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電子機器に欠かせない半導体素子として「電界効果トランジスタ(FET)」がある。金属(ゲート電極)と半導体の間に絶縁体(誘電体)を挟んだコンデンサに正の電圧をかけると、半導体表面に電子が蓄積し、その蓄積量に応じて電流が流れる。このような電圧で電流を制御する仕組みを利用したスイッチング素子がFETだ。これまでFETの微細化が盛んに行われてきたが、物理的、技術的に限界が見えてきた。理研基幹研究所 強相関複合材料研究チームの中野匡規(まさき)特別研究員、岩佐義宏チームリーダーらの研究グループは、強相関(きょうそうかん)酸化物と電気二重層を用いて新しいFETを開発し、わずか1Vという低電圧で電気的性質や結晶構造を変化させることに成功。超低消費電力デバイス開発につながるこの成果について、中野特別研究員に聞いた。

― まず「強相関酸化物」について教えてください。

中野:普通の金属では、電子1個1個が周りの電子の影響を受けることなく金属中を自由に動き回り、電気が流れます。一方、強相関酸化物に代表される特殊な金属では、電子が多量に存在するものの、電子同士が強く反発し合って身動きが取れなくなり、電気が流れません。ところが、磁場や光、圧力などわずかな刺激を外部から加えると、絶縁体から金属へ相転移して電気が流れたり、磁石としての性質を帯びたりします。

― 電界効果トランジスタ(FET)と強相関酸化物の関係は。

中野:シリコンをベースとした従来の半導体エレクトロニクスでは、FETなどの素子を微細化、高集積化することで高性能化を目指してきました。しかし、微細化には限界があり、それを乗り越えるための新技術の創出が必要になってきています。次世代エレクトロニクス材料の候補の一つとして期待されているのが強相関酸化物です。私たちが開発したFETの特徴の一つは、従来のFETで半導体だった部分を強相関酸化物に置き換えたことです。
 強相関酸化物を使ってFETの動作を実現するには、電圧で強相関酸化物の相転移を起こす必要がありますが、これまで成功例がありませんでした。その理由は、強相関酸化物中の電子同士の反発力を打ち消すことができるほどの大きな電界をつくることができなかったからです。

― その課題をどのように克服したのですか。

図:電気二重層トランジスタ(EDLT)の模式図と実際のデバイスの写真 ゲート電極とVO2間に電圧をかけていないOFF状態では、VO2内部の電子は身動きが取れない。正の電圧をかけてON状態にすると、イオン液体の陽イオンがVO2との界面付近にぎっしりたまる。これに対応してVO2の表面にたくさんの電子が集まり、イオン液体とVO2の界面付近に電気二重層が形成される。すると、VO2内部の電子が集団で動き始め、VO2全体の電気的性質が絶縁体から金属へ、結晶構造が単斜晶構造から正方晶構造へ変化する。

電気二重層トランジスタ(EDLT)の模式図と実際のデバイスの写真

ゲート電極とVO2間に電圧をかけていないOFF状態では、VO2内部の電子は身動きが取れない。正の電圧をかけてON状態にすると、イオン液体の陽イオンがVO2との界面付近にぎっしりたまる。これに対応してVO2の表面にたくさんの電子が集まり、イオン液体とVO2の界面付近に電気二重層が形成される。すると、VO2内部の電子が集団で動き始め、VO2全体の電気的性質が絶縁体から金属へ、結晶構造が単斜晶構造から正方晶構造へ変化する。

中野:従来のFETで誘電体だった部分をイオン液体に置き換えました。イオン液体というのは、常温で液体状態にある塩(えん)のことです。このイオン液体をゲート電極と強相関酸化物で挟んで電圧を加えると、陰イオンが正の電圧がかかったゲート電極の方へ、陽イオンが負の電圧がかかった強相関酸化物の方へ移動して界面にびっしりと整列します。これに対応して強相関酸化物の表面にたくさんの電子が集まり、イオン液体と強相関酸化物の界面付近に「電気二重層」が形成されて、大きな電界ができます()。するとそれが引き金となり、身動きが取れなくなっていた内部の電子が集団で動き始めます。私たちは、強相関酸化物と電気二重層を利用することで、電圧による相転移の制御に成功しました。

― 開発したデバイスについて教えてください。

中野:強相関酸化物として「二酸化バナジウム(VO2)」を使い、ゲート電極とVO2の間にイオン液体を満たした「電気二重層トランジスタ(EDLT)」をつくりました()。VO2には、温度を上げると室温より高い温度で絶縁体から金属へと相転移し、相転移の前後で結晶構造が変化する性質があります。

― 実験の結果は。

中野:ゲート電極に電圧を加えたときの、VO2の電気抵抗の変化を調べました。その結果、わずか1Vで電気抵抗が1000分の1に減少し、絶縁体から金属に相転移することが分かりました。また、この相転移前後で結晶構造が大きく変化していることを、理研播磨研究所の大型放射光施設「SPring-8」を利用したX線構造解析で明らかにしました。

― 今後の応用展開は。

中野:室温において、わずかな電圧で絶縁体と金属の相転移をスイッチできるという今回の成果は、強相関酸化物を使った超低消費電力のスイッチング素子など、新しい電子デバイスへの応用につながります。また、低抵抗状態(金属状態)がゲート電圧を遮断しても長時間保持できることから、不揮発性メモリーとしても使える可能性があります。