ヒトのタンパク質の多くは糖タンパク質として存在している。糖タンパク質とは、タンパク質に糖が鎖のようにつながった糖鎖が結合したものだ。1993年、学生だった鈴木 匡(ただし)チームリーダーは、哺乳動物にはないと考えられていた酵素“PNGase”が、細胞質に存在することを発見。そして2000年には、酵母を使ってPNGaseをつくる遺伝子を突き止めた。PNGase は糖タンパク質からN 型糖鎖を切り離す酵素である。それでは、細胞質で切り離された糖鎖はどうなるのか。「細胞質で進む糖鎖の分解過程は、ほとんど研究されていません。私は糖鎖の合成から分解までの一生が知りたいのです」「楽しくなければ、研究じゃない!」と語る鈴木チームリーダーが進めてきた研究を紹介しよう。
不真面目な学生に与えられた研究テーマ
「ジャズバンドの活動に熱中していて、まれに見る不真面目な学生でした」と、鈴木 匡チームリーダー(TL)は東京大学理学部に在籍していたころを振り返る。「4年生のとき、糖鎖研究の第一人者、井上康男教授の研究室に入りました。井上先生の授業は分かりづらいことで有名でしたが、“この分野は何も分かってない”と繰り返され、そこだけは理解できました(笑)。それなら楽しそうだと、井上研究室を志望したのです」
糖鎖がタンパク質や脂質に結合して、糖タンパク質や糖脂質となる。それらの多くは、細胞膜に埋め込まれており、糖鎖を細胞の外側に出している。外側に出た糖鎖により、隣の細胞と情報交換したり、細胞外の情報や物質を細胞内に取り込んだりして、細胞の分化、免疫やホルモンの調節、細菌やウイルス感染など、さまざまな生命現象に関与している。
そのような糖鎖の役割を調べる際、酵素を使ってタンパク質から糖鎖を切り離す必要がある。代表的な糖鎖であるN 型糖鎖を糖タンパク質から切り離す酵素として使われていたのが“PNGase”だ。それは植物や細菌由来のものだったが、メダカの胚にも存在することを井上研究室で発見していた。
「“PNGaseが哺乳動物にもあるかどうか探してみなさい”と井上先生から指示されました。しかし、PNGaseは哺乳動物にはない、というのが当時の定説でした。井上先生は不真面目な学生に重要な研究はさせられないと、そのテーマを与えたのだと思います。私は定説に反するとは知らず、宝探しみたいで面白そうだと、PNGaseを探し始めました」
まず糖タンパク質のタンパク質部分に目印を付けておく。PNGaseが存在すれば、その酵素活性により糖鎖が切り離され、目印を付けたタンパク質の性質が変わる。
「私は凝り性で、いろいろと試行錯誤しているうちに実験が楽しくなりました。そして、さまざまな条件で実験を続けるうちに、目印を付けたタンパク質の性質が変わったことを示すデータが集まりました。そこで、“細胞質にPNGaseがありそうです”と井上先生に報告したら、“そんなはずはない”と、実験をやり直すように指示されました」
真核生物の細胞は、小胞体やゴルジ体などの細胞小器官を持つ。それら細胞小器官以外の部分を細胞質と呼ぶ。「PNGaseが細胞質にあるということも当時の定説に反していたのです。きちんとした実験を行い、データを集めたことにより、井上先生はようやく認めてくださいました」
1993年、鈴木TLは哺乳動物の細胞質にPNGaseが存在することを論文発表した。「“大学院に進み、井上先生のもとでPNGaseの研究を続けたい”とお願いしたら、先生はいい顔をしませんでした。バンドのライブがあると1週間ほど無断で研究室に行かなかったりしていたからでしょう(苦笑)」
7年かけてPNGaseの遺伝子を同定
鈴木TLは大学院へ進み、井上研究室でPNGaseをつくる遺伝子を突き止める実験を始めた。そのために、PNGaseだけを純粋に取り出す精製を続けた。そもそも酵素などのタンパク質は、遺伝子の情報に従ってアミノ酸が鎖状につながってできている。PNGaseを精製してそのアミノ酸の配列を調べれば、遺伝子を同定することができる。
「しかし、精製がどうしてもうまくいきませんでした。博士課程の最後の2年間は、大好きなバンド活動も中断して、ほとんど家にも帰らず大学に寝泊まりしながら精製を続けましたが、成功しませんでした。ちょうどそのころ、1996年に米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究グループが哺乳動物の細胞質にPNGaseが存在し、タンパク質の品質管理に関与すると発表して、世界的に認知されました。私がその酵素活性を発表したときは見向きもされなかったのですが……」
鈴木TLは1997年に博士課程を修了。「すでに井上先生は東京大学を退官され、台湾の大学で新しく研究室を立ち上げられていました。井上先生にPNGaseの研究を続けさせてくださいとお願いしたところ、二つ条件を出されました。一つ目は哺乳動物のPNGaseの研究は自分たちで続けるので、それ以外の生物で実験すること。二つ目は糖鎖研究の大家であるウィリアム・レナーツ博士のもとで実験することでした」
鈴木TLは奨学金を頼りに、米国・ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校のレナーツ博士のもとで酵母を使ったPNGaseの実験を始めた。「ところが実験を始めた直後、ほかの研究グループが酵母にはPNGaseは存在しない、と論文発表したのです。気落ちしながらも実験を続けた私は、ある偶然をきっかけに、酵母の細胞質にもPNGaseがあることを発見しました。しかし精製はもう嫌でした。そこで遺伝学の手法を学び始めました」
PNGaseの酵素活性のない変異体を見つけて、どの遺伝子で変異が起きているのかを調べれば、PNGaseの遺伝子を突き止めることができる。ストーニーブルック校では酵母を使った遺伝学が盛んで、400種類を超える変異体が保存されていた。「私はその中から、PNGaseの酵素活性がないものを探したところ、352番と名付けられた変異体に行き着きました」
352番は、どの遺伝子に変異があるのか。「1980年代に、遺伝子変異が酵母の16個の染色体のうちのどれに起きているのかを突き止める手法が開発されていました。しかし、それはあまりに面倒な手法なので、ほとんど使われていませんでした。ところが幸運なことに、ストーニーブルック校にたった1人、その手法を知っている研究者がいたのです。そして、352番の変異が酵母の16番染色体で起きていることを突き止めることができました」
1990年代後半、すべての遺伝子を1個ずつ欠損(ノックアウト)した酵母をつくる国際プロジェクトが進行していた。そして、ノックアウトできたものから順次、遺伝子の情報とともに研究者に分与されていた。「遺伝子変異の染色体上の位置を突き止めたのとほぼ同時期に、その付近にある複数の遺伝子のノックアウト酵母が分与され始めました。早速、それらを取り寄せて調べたところ、PNGaseの酵素活性が失われている酵母を、すぐに見つけることができました」
2000年、こうして鈴木TLは酵母のPNGaseをつくる遺伝子を同定した。「そのころになると、さまざまな生物のゲノム(全遺伝子情報)の解読が進められ、酵母のPNGaseの遺伝子に相当するものが、ヒトやマウスなどほかの生物種でも見つかりました。遺伝子さえ分かれば、いろいろな生物種を使ってその役割を詳しく調べる実験が可能になります」
タンパク質の品質管理で働くPNGase
PNGaseは、哺乳動物においてどのような役割を担っているのか。「私は修士課程2年のときに井上先生から指示されて、さまざまな論文を読み込んでPNGaseの役割を予想し、1995年に総説にまとめて発表しました。その中で、MITの研究グループに先駆けて、タンパク質の品質管理を役割の一つに挙げています」
遺伝子の情報に従ってアミノ酸が並んだ鎖がつくられ、それが立体的に折り畳まれることで、タンパク質は完成する。その折り畳みが正しく行われているかどうかの品質チェックは、小胞体内でタンパク質にN 型糖鎖が付くことで行われる。そして不合格となったタンパク質(変性タンパク質)は、N 型糖鎖が付いたまま小胞体から細胞質へ放出される。
不良品は処分される必要がある。1980年代、変性タンパク質はプロテアソームという細長いトンネルのようなタンパク質複合体で分解されることが分かった。そのトンネルに入るにはN 型糖鎖を切り離す必要がある。「近年の実験により、その役割をPNGaseが担うことが確かめられました。予想通り、PNGaseはタンパク質の品質管理に関わっていたのです」
では、変性タンパク質から切り離された、単独の糖鎖(遊離糖鎖)はどうなるのか。遊離糖鎖が分解されず細胞に蓄積すると、さまざまな病気を発症することが古くから知られていた。そこで、遊離糖鎖の分解に関わる酵素を探す研究が1970年代に盛んに行われた。そして遊離糖鎖はリソソームという細胞小器官で単糖に分解されること、その中で働く酵素に機能不全が起きると遊離糖鎖が蓄積してリソソームが肥大化し、さまざまな病気の原因になることが分かった。
リソソームには糖鎖分解に関わる酵素が複数あり、どれが機能不全になるかによって症状が異なる。それらはリソソーム蓄積病と総称されている。『小さな命が呼ぶとき』という実話に基づく小説や映画の題材ともなったポンペ病や、ムコ多糖症は、いずれもリソソーム蓄積病だ。
「リソソーム蓄積病を引き起こす原因を探ることで、リソソームの中で起きる糖鎖分解の研究は進展しました。しかし、遊離糖鎖はそのままの形でリソソームに運ばれて分解されるのではありません。細胞質においてある程度分解が進んだ後にリソソームへ運ばれます。細胞質における糖鎖の分解過程の研究は、1970年代からほとんど進んでいません」
鈴木TLは2001年に帰国後、細胞質における糖鎖分解に関わる酵素ENGaseとMan2C1の遺伝子を突き止めた(タイトル図)。「それらの酵素が存在することは、いずれも1970年代に発見されていました。私はそれらを再発見して、遺伝子を同定したのです」
細胞質における糖鎖の分解経路を解明する
2007年、鈴木TLは理研に糖鎖代謝学研究チームを立ち上げた。「チームの研究の柱は二つあります。一つは、PNGaseやENGase、Man2C1の役割を詳しく解明すること。もう一つの柱は、糖鎖の合成から分解までの一生を追う研究です。すでに糖鎖合成については解明が進んでいるので、細胞質における糖鎖の分解過程の解明に力を入れています。その研究はいまだに、ほかではほとんど進められていません。その分解経路で働く酵素の遺伝子をすべて同定することを目指しています」(タイトル図)
酵素の存在を確かめることができれば、今では比較的容易に遺伝子を同定できる。「私が大学院生のころは、目的の酵素を丸ごと精製する必要があったので大変でした。今ではゲノム情報が蓄積されているので、目的の酵素の一部分でもアミノ酸の配列が分かれば、遺伝子を同定できます。難しいのはその前段階です。未知の酵素があるかどうか、その存在を確かめる実験系には簡便な方法はありません。存在を確かめたい酵素ごとに試行錯誤して実験系を確立する必要があります」
鈴木TLたちは、哺乳動物と酵母を使って糖鎖の分解過程を調べる研究を進めている。「酵母では、細胞質に存在する遊離糖鎖の90%以上は、PNGaseによって糖タンパク質から切り離されたものです。ただし、酵母ではPNGaseの遺伝子をノックアウトしても、生育に異常は見られません。一方、哺乳動物であるマウスでは、PNGaseの遺伝子をノックアウトすると発生の途中で死んでしまいます。ところが、PNGaseの働く経路は遊離糖鎖ができる主要経路ではありません。ほとんどの遊離糖鎖は、小胞体でタンパク質に付く前に、細胞質へ放出されたものです」(タイトル図)
なぜ、哺乳動物と酵母で糖鎖のシステムが異なるのか。「そこが不思議で、面白いところです。酵母では、合成された糖鎖はほぼすべてタンパク質に結合しますが、哺乳動物では、つくられるタンパク質の量よりも糖鎖の量が多いと、余分な糖鎖は細胞質へ放出され分解されていると考えられます。なぜ、そのような一見、無駄なシステムになっているのか。私たちは哺乳動物と酵母の両方で、遊離糖鎖ができる経路で働く酵素の遺伝子を突き止めつつあります。それらを操作して、システムの違いや役割を詳しく調べていきたいと思います」
特定の糖鎖構造を持つ糖タンパク質の可視化に成功

図1 特定の糖鎖構造を持つ糖タンパク質の可視化
糖鎖の特定の糖に蛍光物質(アクセプター)を付ける。タンパク質に付けたGFP(ドナー)に外部から励起光を当てると、励起エネルギーがアクセプターに伝わり光のシグナルを発する。

図2 糖鎖代謝学研究チームのメンバー
前列左より、原田陽一郎 特別研究員、細見 昭 特別研究員、平山弘人 特別研究員、王 麗 特別研究員、黄 澄澄 国際プログラム・アソシエイト(埼玉大学博士課程)、正原由紀テクニカルスタッフ。後列左より、鈴木 匡TL、土屋八恵アシスタント、芳賀淑美 訪問研究員(日本学術振興会博士研究員)、松田次代アシスタント、清野淳一テクニカルスタッフ、上野琴子アシスタント。
そもそも、細胞質における糖鎖分解は、細胞や生物個体にとってどれほど重要なのか。「それは解明してみなければ分かりません。あまり重要でなかった、という結論になっても私は満足です。サイエンスの原動力は好奇心。純粋に面白いと思える研究を続けられる環境が、サイエンスにとって必要です。理研は好奇心に基づく研究を進める上で理想的な環境です。日本の多くの大学では、隣の研究室でも相談しづらい雰囲気です。一方、理研ではあらゆる分野の専門家がそろっていて、こんな面白いことがある、こんなアイデアがあると相談すると、協力してくれます。私にはいろいろなアイデアがあります。今年6月に発表した糖タンパク質の可視化技術も、いろいろな人たちにアイデアを相談して実現しました」
それはFRET(蛍光共鳴エネルギー移動)という手法に基づく技術だ。二つのタンパク質にそれぞれ別の蛍光物質を付ける。それぞれのタンパク質同士が接近すると、一方の蛍光物質(ドナー)からもう一方の蛍光物質(アクセプター)へ励起エネルギーが伝わり、光のシグナルが出る。それによりタンパク質の相互作用を調べることができる手法だ。
鈴木TLはその手法を糖タンパク質に応用することを考えた。特定のタンパク質にドナーとなる蛍光物質(GFP)、糖鎖の特定の糖にアクセプターとなる蛍光物質を付ける(図1)。
「ただし、糖タンパク質は細胞膜に埋め込まれて存在するので、ドナーとアクセプターは細胞膜で隔てられています。あるとき友人で化学が専門の菊地和也教授(大阪大学)に、“細胞膜を隔てては無理ですよね”と尋ねたら、“いや、両者の距離からすると大丈夫だろう”と返ってきました。そこで私は、そのアイデアを理研の専門家たちに相談しました。そして、糖鎖合成に詳しい伊藤幸成主任研究員(伊藤細胞制御化学研究室)や、優れた顕微鏡技術を持つ佐甲(さこう)靖志主任研究員(佐甲細胞情報研究室)たちとの共同研究により、特定の糖鎖構造を持つ糖タンパク質だけを可視化することに成功したのです。この技術は、特定の糖タンパク質の挙動を捉え、糖鎖の一生を研究する上で強力な手法になるはずです」
「最近の研究は、重要性がすでに分かっているテーマや社会に役に立ちそうなテーマに集中する傾向が、世界的に強まっています。そのような風潮の中、細胞質における糖鎖分解のような重要かどうかもまだ分からないテーマに、今の若い人たちが興味を持つか心配でしたが、チームに集まってきたメンバーは皆、意欲的に研究をしています(図2)。チームのモットーは“楽しくなければ、研究じゃない!”です」
鈴木TLはこれからも好奇心に基づき、糖鎖の一生を追い続けていく決意だ。
(取材・執筆:立山 晃/フォトンクリエイト)


