3体問題、4体問題は難しい

図1 肥山ストレンジネス核物理研究室の研究戦略
肥山准主任研究員が開発した“無限小変位ガウス・ローブ法”を中心に据え、それをハイパー核物理や宇宙・天体核物理など、物理学のさまざまな分野に適用して、その理解に貢献する。さらにフィードバックすることで、計算式を発展させていく。
「これが私の研究戦略です」。そう言って、肥山准主任研究員は、1枚の図を示した(図1)。「私がつくった計算法“無限小変位ガウス・ローブ法”を物理学のいろいろな分野に適用して、新しい現象を予言し、発見し、解明することで新しい物理を切り拓く。その結果、計算法が発展し、別の分野の新しい問題にそれを適用して、さらに新しい物理を暴き出していく。この研究戦略はずっと温めていたもので、理研に来てようやく実現できそうです」
無限小変位ガウス・ローブ法とは? 「量子力学的な3体問題や4体問題などの多体問題を精密に解く計算式です」と肥山准主任研究員(タイトル図)。量子力学とは、原子核などミクロの世界を扱う物理学である。3体問題とは3個の粒子の相互作用を扱う問題で、4体問題では粒子が4個に増える。「2人のときは物事を決めやすいでしょう。でも3人になると、いろいろな思惑が働いて問題が複雑になります。もう1人加わると、もっと複雑になります。それと同じように、2体問題は簡単ですが、3体問題、4体問題になると格段に難しくなるのです」
2体問題は、2個の粒子が固く結合しているか、緩く結合しているかの2通りだけだ。3体問題では、3個すべてが固くまたは緩く結合する場合と、2個が固く結合して1個が緩く結合する場合が3通りあるから、全部で5通りだ。4体問題では、4個すべてが固くまたは緩く結合する場合、2個ずつ固く結合して2グループに分離する場合、3個が固く結合して1個が緩く結合する場合など、9通りに増える(タイトル図)。具体的には、量子力学において粒子の振る舞いを記述するシュレーディンガー方程式に、それらすべての可能性を取り入れて解いていくのだが、3体系では“6変数の2階偏微分方程式”、4体系では“9変数の2階偏微分方程式”という複雑な式を解かなければならない。
「3体以上の多体問題を解くことはとても難しく、それを精密に解くことが原子核物理の最前線の課題の一つになっています。私が学んだ九州大学では、3体問題を解くことができる計算法を開発していました」
肥山准主任研究員が九州大学に在籍していた1990年代前半、3体問題を精度よく解ける計算法には、米国とロシア、そして1988年に九州大学が開発したものがあった。同じ問題を解くと、三者の答えは一致する。しかし、その速さが違った。米国とロシアの計算式は答えが出るまでに10時間かかるが、九州大学の“ガウス関数展開法”はわずか3分で答えが出る。
「学部3年生のとき、ガウス関数展開法を開発した上村正康教授の原子核物理学の講義でその話を聞きました。“ガウス関数展開法は誰でも使いやすいので、 この方法をマスターすれば早くから世界最前線の研究ができる”という言葉に惹かれて、この世界に足を踏み入れたのです」
無限小変位ガウス・ローブ法を開発
肥山准主任研究員は、大学4年生のときに原子核理論研究室に所属し、上村教授との研究を行うために迷わず大学院に進学した。「修士1年生の7月ごろから本格的に3体問題に取り組み始めたのですが、“誰でも使いやすい”といわれた計算式が、私にはとても使いにくく、途方に暮れていました。球面調和関数という計算がとても面倒なのです」
肥山准主任研究員は、球面調和関数を使わなくてよい、簡単な方法を探してみようと考えた。すると、すぐ見つかった。「ガウス・ローブ法です。1960年代に開発されたもので、教科書にも“修士の学生に一番使いやすい方法だ”と書いてありました。よしよし、と思いながら読み進めると、“修士の学生の練習問題にはよいが、いくつかの問題があるため3体問題には使えない”とあったので、がっかりしました。でも、その問題を解決すればいいんだと思い直したのです」
上村教授とも議論を重ね、ついにガウス関数展開法を発展させた“無限小変位ガウス・ローブ法”を開発。1996年のことだ。「ガウス関数展開法より計算が容易になるだけでなく、それでは解くことができなかった複雑な3体問題、さらには4体問題も解けるようになりました」
国際計算テストを実施
2001年、4体問題についての国際計算テストが行われた。当時、4体問題が解けるのは世界で7グループだけだった。肥山准主任研究員のグループもその一つだ。各グループはそれぞれ独自の計算式を用いており、信頼性を試そうと企画された。“陽子2個と中性子2個で構成されるヘリウム4(4He)の原子核のエネルギーや波動関数を求めよ”というのが問題だ。得られた答えを、取りまとめをしている研究者に一斉に電子メールで送る。直ちに論文にまとめられ、科学雑誌『Physical Review』に投稿された。参加グループは、そこで初めてほかのグループの答えを知る。
「このテストはとてもストレスがたまります。結果がばらばらになり、どれが正解か分からないこともあるでしょう。一番恐ろしいのは、私たち以外のグループの答えが一致し、私たちの答えだけが大きく外れてしまうことです。ドキドキしながら論文を読みました」。結果は?「7グループの出した答えが、とてもよく一致していました。私たちの手法も含めて、信頼性が確かめられたのです」
肥山准主任研究員は計算式に改良を加え、5体問題まで解けるようになった。現在、世界で5体問題を解けるのは、肥山准主任研究員のグループを含めて5グループだ。6体問題は3グループと、解けるグループは減っていく。最高は10体問題で、それが解けるのは世界で1グループしかない。
「この1〜2年で6体問題を解けるようにして、まだ誰もやっていない11体問題まで達成したい」と肥山准主任研究員は意気込む。「自分で開発して改良をしてきたこの方法にプライドを持っています。私たちの手法は、粒子と粒子の距離が近い強い相互作用だけでなく、粒子と粒子が離れている弱い相互作用も同時に扱うことができるという、ほかの手法にはない利点があります。そのため、粒子がどのような構造をしていても、その相互作用を精密に解くことができます」
ハイパー核は縮んでいる

図2 ハイパー核とハイペロン
普通の原子核は、陽子(p)と中性子(n)で構成される。ハイペロンを1個含むものをハイパー核、2個含むものをダブルハイパー核と呼ぶ。陽子、中性子、ハイペロンはいずれも3個のクォークから構成される。陽子と中性子を構成するのは、アップクォーク(u)とダウンクォーク(d)である。ハイペロンは1個以上のストレンジクォーク(s)を含むものをいい、ラムダ(Λ)、シグマ(Σ)、グザイ(Ξ)、オメガ(Ω)がある。

図3 2個のハイペロンを含むベリリウム原子核の模式図
この原子核は、陽子(p)4個、中性子(n)5個、ハイペロンのラムダ(Λ)2個の合計11個の粒子から成る(左)。相互作用の理論計算を簡単にするため、2個のヘリウム原子核(α、陽子2個と中性子2個から成る)、1個の中性子、2個のラムダの5体系として単純化した(右)。
「現在、一番力を入れているのが、ハイパー核物理への適用です」と肥山准主任研究員。「普通の原子核は陽子と中性子、この2種類の粒子で構成されています。ハイパー核とは、陽子と中性子に、ハイペロンという粒子が加わった原子核です(図2)。原子核を超えたということで、“ハイパー核”と名付けられました」
では、ハイペロンとは何か。陽子や中性子は3個のクォークで構成されている。そのクォークは、アップ、ダウン、ストレンジなど6種類ある。陽子はアップクォーク2個とダウンクォーク1個、中性子はアップクォーク1個とダウンクォーク2個で構成されている。ハイペロンも3個のクォークで構成されているが、少なくとも1個のストレンジクォークを含むものをいい、ラムダやシグマ、グザイなどいくつかの種類がある(図2)。ただし、ハイペロンは地球上には自然に存在しない。ストレンジクォークは不安定で、ハイペロンの寿命は10億分の1秒より短いからだ。地球上でハイペロンをつくるには、加速器で高エネルギーの粒子を衝突させる必要がある。
陽子と中性子は“核子(かくし)”と呼ばれ、核子と核子の相互作用については、湯川秀樹博士が提唱した中間子論や、標的の核子に別の核子を当てて運動の変化を調べる弾性散乱実験によって理解が進んでいる。しかし、ハイペロンと核子の相互作用、ハイペロンとハイペロンの相互作用はほとんど分かっていない。「核子と核子の弾性散乱実験は4000例以上ありますが、ハイペロンと核子はわずか40例、ハイペロンとハイペロンは1例もありません。だからこそ、ハイパー核における粒子の相互作用を精密に解く必要があるのです。それによって、どのような実験をすべきかを提案することもできます」
肥山准主任研究員は、無限小変位ガウス・ローブ法を用いてハイペロンと核子の相互作用を精密に解き、リチウム6(6Li)の原子核にハイペロンのラムダを入れると、原子核が20%縮むと予言した。その予言に基づき、実験の研究者がリチウム6にラムダが入ったハイパー核をつくって調べたところ、原子核が19%縮んでいることが明らかになった。理論による予言、実験の提案、実験による検証。それがうまく回ってハイパー核の理解が進んだ画期的な例である。
「ハイペロンが2個入ったらどうなるのだろう? 当然、そういう興味が出てきます」と肥山准主任研究員。2009年、茨城県にある高エネルギー加速器研究機構(KEK)が、陽子4個、中性子5個、ハイペロンのラムダ2個から成るベリリウム11(11Be)の原子核をつくり出すことに成功。2個のハイペロンを含む原子核“ダブルハイパー核”をつくった例はとても少なく、これが世界で8例目である。
肥山准主任研究員は2010年、このダブルハイパー核における粒子間の相互作用を精密に解くことに世界で初めて成功した。しかし、原子核を構成している粒子は11個だ(図3左)。無限小変位ガウス・ローブ法で解けるのは5体系までではないか。「陽子2個と中性子2個から成るヘリウム原子核2個と、中性子1個、ハイペロンのラムダ2個の5体系に単純化して計算しました(図3右)。11体系をそのまま解ければそれに越したことはありません。しかし、実験の精度を考えると、5体系に単純化しても問題ないと分かっていました。どこまで単純化することが許されるのか、現実的な時間で解くにはどこまで単純化すべきかを見極めることも、理論研究では重要です」
計算の結果、ハイペロンが2個加わると、ベリリウム原子核が8%縮むことが明らかになった。一方、ダブルハイパー核がどのくらい縮んでいるかを実験的に確かめることは、まだできていない。2014年、KEKの大強度陽子加速器施設(J-PARC)でダブルハイパー核を大量につくる実験が始まる。それにより、ダブルハイパー核における縮む効果が明らかになり、理論と比較できると期待されている。
肥山准主任研究員はJ-PARCの実験に大きな期待を寄せている。「ハイペロンのうちグザイを含むハイパー核はまだ見つかっていません。その探索も重要なテーマです。私はJ-PARCの実験に共同研究者として加わり、理論の立場から、グザイを含むどのようなハイパー核が見つかるかを予言し、実験をガイドしようとしています」
ハイパー核から中性子星の内部を探る
「ハイパー核物理は、宇宙・天体核物理へとつながります」と肥山准主任研究員。太陽の質量の10倍以上の恒星は、一生の最後に超新星爆発を起こす。恒星をつくっていた物質の多くは宇宙空間に吹き飛ばされるが、中心に中性子星が残ることがある。中性子星は半径10kmくらいと小さいが、重さは太陽の1.5倍もある。角砂糖1個の大きさで、10億トンにもなる。中性子星はたくさんの中性子と少しの陽子で構成されるが、異様な密度の大きさから、ハイペロンも安定して存在していると考えられている。
「中性子星の内部構造はどうなっているのか。それが宇宙・天体核物理の最もホットな課題です。私たちのハイパー核における粒子の相互作用の計算は、中性子星の内部構造の理解にも役立つと期待されています」
理論と実験がタッグを組む
理論家というと、どのようなイメージを持っているだろうか。「研究室に一人で閉じこもって、紙に数式を書いて計算したり、パソコンに向かっていたりしている。そういうイメージを持たれることが多いですが、実際は、多くの時間を研究者同士の議論に費やします。一人で考えているとよからぬ方向に突っ走ってしまうことがあるので、議論して方向が間違っていないかを確かめながら進めていくのです。共同研究者のいるところであれば世界中に出掛けていきます」
共同研究者には実験家もいる。「理論家が予測して実験家が確かめる。一回の実験で予測とぴったり合えば、うれしい。でも、違ったら、何か新しい物理があるのかもしれない。それを追究していくことも、また楽しい。理論を修正して、実験で検証して……、その繰り返しです。実験がなければ理論は発展しません。逆に理論がなければ実験も発展しません。物理の進展には、理論と実験の両方が必要なのです」
「世界で誰もやっていない多体問題を解きたい」という肥山准主任研究員。それには計算式の発展とともに、コンピュータの性能向上も重要だと指摘する。「残念ながら、多体系を精密に解くには、あのスーパーコンピュータ『京』でさえ、性能が足りません。今後の進化に期待したいですね。そして、何体問題までいけるのか、限界まで究めたいのです」
そして肥山准主任研究員には今、夢中になっていることがある。「冷却原子です。極低温でヘリウム4原子が4個集まった4体系の構造を、最近解き明かしました。3個が強く相互作用して近くにあり、1個が遠くにある。そんな構造です。昨年から始めてすでに論文が3本掲載されました。今後は、5体系にも応用する予定で、計算はすでに準備的段階で着々と進めています。ぜひ今後の研究成果を楽しみにしていてください」
(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)


