生活用品や化学工業などに幅広く使われている「ケトン(R2C=O)」(図1)。今回、理研和光研究所 基幹研究所 機能性有機元素化学特別研究ユニット(玉尾皓平ユニットリーダー)※ を中心とした研究グループは、巨大な立体保護基を使うことで、ケトンの炭素をゲルマニウム(Ge)に置き換えた「ゲルマノン(R2Ge=O)」の合成に世界で初めて成功した(図2・3)。理研物質評価チームと京都大学との共同研究による成果。ゲルマノンが、ケトンと同じ性質も持つほか、ケトンとは反応しない二酸化炭素と反応して環状化合物を生成することも分かった。今後、ゲルマノンの性質を詳しく調べることで、新しい化学反応、触媒反応の開拓や新たな機能性物質デザインの可能性が広がると期待される。この成果について、松尾司 副ユニットリーダーに聞いた。
― ゲルマノンについて教えてください。
松尾:元素周期表の縦列(族)で、炭素(C)の下には同じ14族のケイ素(Si)、ゲルマニウム(Ge)があります。通常、同じ族の元素は化学的性質が似ていることが多いのですが、自然界においては、炭素は生命体を構成する有機物の構成元素、ケイ素とゲルマニウムは地殻中に存在する元素と、役割がまったく異なっています。 ケトン(R2C=O)の炭素をケイ素に置き換えたものが「シラノン(R2Si=O)」、ゲルマニウムに置き換えたものが「ゲルマノン(R2Ge=O)」です(図1)。シラノンやゲルマノンがどのような性質を持つのか、多くの研究者が関心を示し合成を試みてきましたが、誰も成功していませんでした。その理由はSi=O、Ge=Oという二重結合がC=Oと違って極めて不安定で、ほかの分子と反応しやすく、すぐ壊れてしまうからです。
― どのような方法でゲルマノンを合成したのですか。
図2 X線で解析したゲルマノンの分子構造
ゲルマニウム原子(水色)、酸素原子(赤)、Eind基の炭素原子(灰色)の位置を示す。ゲルマニウム原子と酸素原子と2個のEind基の炭素原子は同一平面上にある。ゲルマニウム原子と酸素原子間の結合長(青と赤)は、1.6468Åだった。
図3 ゲルマノンの結晶
松尾:1981年、米国ウィスコンシン大学の研究者が、ケイ素原子間の二重結合(Si=Si)を持つ化合物「ジシレン」の合成に成功しました。このとき使ったのが立体保護基です。反応性の高い二重結合を外敵から守る城壁のようなものだとお考えください。私たちの研究グループも2011年に独自に開発した「EMind(イーマインド)」という巨大な立体保護基を利用して、四つのケイ素がひし形につながった環状化合物「テトラシラシクロブタジエン」の合成に成功しました。今回、炭素原子28個と水素原子45個からなる、EMindよりも巨大な立体保護基「Eind(イーインド)」を開発しました。これによりゲルマニウムと酸素間の二重結合を保護することが可能となり、ゲルマノンの合成・単離に成功したのです(図2・図3)。
― 「ヘビー級ケトン」とは面白いネーミングですね。
松尾:重いケトン=ヘビー級ケトン。玉尾先生のご意向で、発表する際にインパクトのあるタイトルにしました。このネーミングや結晶の写真をプレスリリースに載せたことにより、想像以上の反響を得ることができました。
― ゲルマノンの性質はどうでしたか。
松尾:ケトンと同じ性質を持つ一方で、異なる性質もありました。例えば、ケトン同士の反応では触媒が必要ですが、ゲルマノンとケトンだと触媒がなくても反応します。また、二酸化炭素(CO2)はケトンとは反応しませんが、ゲルマノンとは常温、常圧で容易に反応して環状化合物を生成しました。これは、ゲルマノンの酸素原子がケトンの酸素原子よりも電子が豊富でマイナスの性質が強いからだと考えられます。
― 今後の展開は。
松尾:シラノン合成へのチャレンジが加速するでしょう。シラノンやゲルマノンを詳細に調べることで、化学結合に関する新たな知見が得られ、新しい化学反応や触媒反応の開拓、機能性物質の設計などに活用されると考えています。
●『Nature Chemistry』オンライン版(3月25日)掲載
※ 機能性有機元素化学特別研究ユニットは3月31日に解散。松尾司副ユニットリーダーは4月1日より、近畿大学理工学部応用化学科准教授に着任され、応用元素化学研究室を主宰しています


