
筆者近影。
6月に2歳になる息子と。
理研から内定をもらったばかりで、まだ社会というものを知らず、ただ前へ前へと突っ走っていた当時学生の私は、人事担当者にこんなことを聞いた。「理研の事務職員で、その後研究者になられた方はいますか?」。担当者は答えた。「そのような方は知りません」。もっともである。研究という世界はそんなに甘いものではない。しかしそれから十数年、今の自分はもしかすると当時の思いをある意味で実現したのかもしれない、と思うことがある。
私が“研究倫理”なる分野と出会ったのは、紛れもなく理研での業務を通してである。2002年に理研に初めて“研究倫理課※”が設置されたとき、私は初代メンバーの一人となった。未知の分野であったため、土日を返上して学会、研究会、セミナーなどに参加したり、この分野の研究者と交流したりして情報収集に奔走するうち、気が付くとこの分野のとりこになっていた。
人を対象に実施する研究の場合、研究倫理委員会で事前に審査が行われる。私は、研究倫理委員会の事務局業務や研究者への申請書類作成上のアドバイス、所内の講習会で国の指針や理研内の規程などの解説を担当していた。この分野の専門家でもない自分が研究者へ指導的な役割を担っていることに不安を感じる中、「より適切なアドバイスをしたい」「より良い研究を実施してもらいたい」という思いが募っていった(当時、小娘ごときに申請書の駄目出しをされていた研究者のことを思うと心が痛む)。特に、研究倫理には絶対的な“法”が存在せず、罰則規定もさしてあるわけではない“指針”によるところが大きい。ましてや指針すらない分野も存在する。このような状況の中、研究者にどういう立場からアドバイスできるというのか。
そんな思いが募って、2006年から2年間、京都大学大学院医学研究科に当時新設された臨床研究コーディネーターコースに入学し、人を対象に研究を行う際に必要な作法(どういう場合に人を対象に研究してよいのかや、研究実施に必要な計画の立て方、被験者へ渡す説明文書のつくり方など)を学んだ。当時応援してくださった方々にはこの場をお借りしてあらためてお礼を申し上げたい。
大学院では、「研究者がより良い研究を実施できるよう伴走する協働者でありたい」という働き方のスタンスを確立するに至った。いわば、“研究者のパートナー”である。これは、研究倫理に限らず、人事や総務、経理といった事務職すべてに通じることではないだろうか。それぞれが一つの“専門”であって、事務職員は専門的知識を持って業務に当たるというのが理想ではないかと思えてくる。それでは総合職はすべての業務のプロであるべきなのか、という指摘があるかもしれないが、志としてはそうあっていい、と私は思う。
さて、大学院を修了して復職した私が、研究倫理のプロフェッショナルとして日々研究者へ適切なアドバイスを行う業務に就いているかというと、現実にはそうではない。しかし、アフターファイブには研究倫理の研究者としての活動をしている。お粗末な活動時間ではあるが、この研究分野に貢献できるよう、ライフワークとして活動を続けていきたい。そしていつの日か、業務にも活かせる日が来れば、なおうれしい。
ところで、在学2年間で得たもう一つに“人生のパートナー”がある。同僚の中には「いったい何をしに大学院へ行ったのか?」と茶々を入れる人もいる。当然、学びに行ったのだ。しかし、結婚は自分でも予想外の展開で、今では一児の母であることにも我ながら驚く。まさに、「人生とは、何かほかのことを計画しているとき起きてしまう別の出来事(Life is what happens to you while you are making other plans.)」だ。
※ 研究倫理課:当時の理研における研究倫理への取り組みについては、『理研ニュース』2003年5月号(特集)参照。


