理研播磨研究所で開発が進められてきたX線自由電子レーザー(XFEL)施設“SACLA(さくら)”(表紙参照)は昨年6月、X線レーザーの発振に成功。そして、今年3月から供用が開始され、さまざまな実験が進められている。
「SACLAでは、病気に関わるタンパク質の原子スケールの構造や、化学反応の過程で超高速に動く分子や原子などを直接観察することができるため、創薬や触媒・材料開発に大変革をもたらすと期待されています。しかし、SACLAの真の実力は、そこにとどまりません。誰も予想しなかった物理現象を発見できるはずです」と石川哲也 所長。SACLAは、どのような果実を実らせるのか。

反応過程そのものを観る
―SACLAでは現在、どのようなテーマの実験が進められているのですか。

SACLAは2012年3月7日に供用運転を開始。写真は、その記念すべき第1回目の実験で得られたデータ。
石川:テーマの公募や選定は、高輝度光科学研究センターが行っています。昨年10月の1回目の公募には、国内外の研究グループから55件のテーマの応募があり、その中から25テーマが選定されました。そして今年3月から7月にかけて順次、SACLAによる実験が行われています。それぞれのテーマの具体的内容はまだ公表できませんが、測定がすでに終了しているものもあります。解析が順調に進めば、この記事が出るころには最初の研究成果が発表されているかもしれません。5月には2回目の公募が行われます。
―SACLAで何を観るのですか。
石川:SACLAが出す光は、可視光よりも波長がとても短いX線(0.1nm近辺:1nm=10億分の1m)です。X線を使うと、物質の原子スケールの構造を観ることができます。
―SACLAに隣接する大型放射光施設“SPring-8”の光もX線ですね。
石川:SPring-8で原子スケールの構造を観るには、原子や分子をたくさん並べて大きな結晶をつくる必要があります。一方、SACLAのX線は、光の波の山と山、谷と谷がそろったレーザーで、SPring-8のX線より10億倍以上も明るいので、極微な結晶、あるいは結晶化することなく1分子で、原子スケールの構造を観ることができます。そこがSPring-8との決定的な違いです。
病気に関わる重要なタンパク質で、大きな結晶をつくることが難しく、構造解析が進まなかったものがたくさんあります。SACLAには、そのようなタンパク質の構造を解析することが期待されています。病気に関わるタンパク質の原子スケールの構造が分かれば、それに結合して機能を制御する分子を設計することができます。その分子が薬になるのです。
―ほかの具体例も教えてください。
石川:SACLAの特徴の一つに、発光時間が100兆分の1秒と極めて短いことがあります。つまり、超高速で動いている原子や分子の様子を観ることができるのです。例えば、触媒による化学反応の過程は、速過ぎて観ることができませんでした。理科の教科書には、「触媒は、それ自身は変化しないが化学反応を促進する物質」などと書かれています。しかし、反応過程で触媒が何も変化しないはずはありません。触媒は何らかの変化を瞬時に起こして触媒としての機能を果たしてから、元の状態に戻っているはずです。
そのような反応過程は、物質が機能を果たす過程そのものです。しかしこれまでは、化学反応が起こる前と起きた後を観て、反応過程で何が起こっているのかを予想してきました。反応過程については基本的にはブラックボックスだったので、さまざまな仮説が出され、長年にわたり論争されているものがたくさんあります。SACLAは反応過程における原子や分子の変化そのものを観ることができるので、論争に結着をつけることができるはずです。“本当はこうなっている”と。
京とSPring-8を活用する
―どのように反応過程を観るのですか。
石川:実は、SACLAの光は強過ぎるため、光を当てた瞬間に試料が壊れてしまいます。そのため、同一の試料の反応過程を時系列に観察することはできません。SACLAでは、異なる反応段階の試料をたくさん用意して観察します。パラパラ漫画のような画像を一枚一枚撮影するようなものです。しかし、その画像の反応段階はランダムなので、時系列に並べ直さなければなりません。
そこで必要なのが、SPring-8との連携です。SPring-8のX線では試料は壊れないので、同一試料で時系列に観察することができます。それは原子スケールではなく、ぼやけた画像ですが、その画像と比較することでSACLAのランダムな画像を時系列に並べることができます。
また、昨年計算性能世界1位を2期連続で獲得したスーパーコンピュータ「京(けい)」との連携も重要です。考えられるいろいろな反応過程を「京」で計算し、SACLAで観察してどれが正解かを知る。それをもとに「京」で再計算し、そしてSACLAで再測定する。このようにSACLAと「京」を繰り返し使うことで、反応過程がより深く理解できるようになるはずです。
物理の教科書を書き換える
―SACLAで、ノーベル賞級の成果が次々と出ると期待されていますね。
石川:化学反応の過程の解明も、画期的な成果です。ただし、SACLAの実力は、それにとどまらないはずです。
―どんな成果が期待できるのですか。
石川:例えば、SACLAの光をさらに細く絞り込んで強い光にして真空に通すと、真空が壊れてマイナスの電子とプラスの陽電子が対でできると予想されています。電子と陽電子が衝突して光が出る現象は知られていますが、その逆の現象を世界で初めて実証できる可能性があるのです。
さらに、現在の物理学では予想されていない現象が起きる可能性もあります。私はそれを一番期待しています。そもそも現在の物理学の理論は、SACLAが放つような強い光は考えないものとして、つくられています。SACLAの光が物質に当たったとき、現在の理論が成り立つのかどうか分かりません。理論で説明できない現象が発見され、物理学の教科書を最初から書き換える必要が生じるかもしれないのです。先人のまったくいない、手付かずの研究分野が広がってくる可能性があり、若い人たちにとって大きなチャンスです。そのような新しい研究分野を切り拓くことができれば、SACLAを苦労して完成させた甲斐(かい)があります。
技術の転換点を築いた
―世界で初めてX線レーザーの発振に成功したのは米国のXFEL施設「LCLS(Linac Coherent Light Source)」で、2009年のことでした。LCLSとSACLAの違いは。
石川:現在の最短波長は、LCLSが0.12nmであるのに対し、SACLAは0.063nmと約半分です。LCLSの特徴は、光のエネルギー密度がとても高いこと。一方、SACLAは安定性に優れ、試料にピンポイントで光を当てることができます。それぞれの特徴を生かした実験が行われていくことでしょう。
SACLAでは現在、LCLSの開発を行った米国スタンフォード大学に所属する研究者たちが、ある実験を進めています。その実験を行うには、LCLSよりもSACLAの方が適していると判断したからです。
―欧州でもXFEL施設の計画が進んでいるそうですね。
石川:当初の予定よりも遅れ、2016年の完成を目指しているようです。SACLAの最大の特徴は、サイズが小さいこと。施設の全長はLCLSが約4km、欧州XFELが約3.3kmに対して、SACLAは約700mです。
―なぜ、小さくできたのですか。
石川:X線レーザーは、加速した電子ビームを、磁石のN極とS極を交互に周期的に並べた「アンジュレータ」という装置に通して蛇行させて発振します。従来のアンジュレータは、電子ビームを走らせる真空容器の外側に磁石がありました。私たちは、磁石ごと真空容器の中に入れることで、磁石の周期を従来の半分にできる“真空封止”の技術を、SPring-8ですでに完成させていました。それらの技術を駆使すればコンパクトなXFEL施設が実現できるはずだ、というのがSACLA開発の出発点です。そして私たちは、それをSACLAで実証したのです。
SACLAの成功を受けて、韓国とスイスがコンパクトなXFEL施設の開発を始めました。オランダや北欧諸国でも検討が進められています。私たちは、技術の転換点を築いたのです。
さらに10分の1のサイズに
―今後、各国でコンパクトなXFEL施設が誕生することになりますね。
石川:私たちは、その先を考えています。原理的には、SACLAの10分の1のサイズの施設でX線レーザーを発振できます。実現すれば、建設コストの大幅低減につながります。全長が100mを切れば、企業が単独でXFEL施設を建設するようになるでしょう。
現在、SACLAで進められている実験にも、大学や研究機関との共同研究の形で、さまざまな企業が参加しています。反応過程で原子や分子がどう動いているかを観察できるXFELは、産業界にこそ実験テーマがたくさんあります。XFELはイノベーションを引き起こす大きな力を秘めています。それをSACLAで実証していきます。
(取材日:2012年3月9日)
取材・構成:立山 晃/フォトンクリエイト

