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研究最前線

細胞が死んで、動いて、 体をつくる


「私たち生物の始まりは、 たった1個の受精卵です。受精卵が分裂を繰り返し、 複雑な体がつくられていきます。不思議だと思いませんか」。 理研神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター 組織形成ダイナミクス研究チームの倉永英里奈チームリーダーは、 そう問いかける。「細胞が単に分裂して数を増やしていくだけでは、 組織や器官にはなりません。細胞同士がやりとりをしたり、 移動したり、ときには死んだりと、ダイナミックに 変化しています。細胞がどのように動くと、生物の体が 形づくられていくのか。それを解き明かしたいのです」。 倉永チームリーダーは、ライブイメージングで 細胞1個1個の動きを見ることで、 形づくりの謎に挑んでいる。


倉永英里奈
神戸研究所 組織形成ダイナミクス研究チーム 発生・再生科学総合研究センター

外生殖器原基の 回転運動
タイトル図 外生殖器原基の回転運動


表皮細胞の入れ替わりを“観る”

 倉永チームリーダー(TL)が研究対象とするショウジョウバエの受精卵は、縦0.5mm、横0.1mmほど。卵から生まれた幼虫は5日ほどでさなぎになり、さらに4日ほどで体長約2mmの成虫になる。「棒のような形をしていた幼虫の体が頭・胸・腹に分かれ、さらに脚と羽を持ったまったく違う姿になって、さなぎから出てきます。さなぎの中で何が起きているのだろう。不思議でたまりませんでした」
 倉永TLが特に興味を持ったのが、ショウジョウバエの表皮細胞だ。幼虫の体はプヨプヨと柔らかい。その表皮細胞は殺菌作用のある物質を分泌する機能を持ち、1個1個がとても大きい。一方、成虫の体は硬い。その表皮細胞は硬い膜をつくる物質を分泌する機能を持ち、1個1個が小さい。「さなぎの中で、幼虫の表皮細胞から成虫の表皮細胞に入れ替わるのです。古い教科書には、幼虫の組織が“溶ける”とか“崩壊する”と書いてあります。しかし、体の表面を覆っている表皮などが溶けてしまったら、体の形を保つことができませんよね。では、どのように入れ替わっているのか。表皮細胞の変化を、どうしても自分たちの目で見たくなりました」
 生きたさなぎの中を見ることができるのだろうか。「ライブイメージングという方法を使えば可能です」。ライブイメージングとは、緑色蛍光タンパク質(GFP)などを使って見たい分子や細胞を生きたまま光らせ、時間を追って観察する技術だ。
 ショウジョウバエのさなぎの表皮細胞をライブイメージングで観察した結果が、図1だ。このライブイメージング解析は、倉永TLが東京大学薬学部遺伝学教室(三浦正幸教授)の講師をしているときに、当時大学院生だった中嶋悠一朗さん(現・米国ストアーズ研究所研究員)と一緒に行った。細胞同士を接着させるカドヘリンという分子を蛍光タンパク質で光らせているので、細胞と細胞の境目が分かるようになっている。「左側に大きい細胞が、右側に小さい細胞がありますよね。大きい細胞は幼虫の、小さい細胞は成虫の表皮細胞です」
 観察を続けると、成虫の表皮細胞がどんどん分裂して増えていく。一方、幼虫の表皮細胞はどんどん小さくなっていき、きゅっと縮んでなくなってしまう。やがて、幼虫の表皮細胞はすべてなくなり、成虫の表皮細胞だけになる。「幼虫の表皮細胞は細胞死(アポトーシス)を起こしたのです。ただし、細胞死によって幼虫の表皮細胞が一気になくなるのではなく、細胞死と成虫の表皮細胞の増殖が、うまくバランスを保ちながら入れ替わっていました」
 縮んでなくなってしまったように見えた幼虫の表皮細胞は、実は表皮の下にするりと落ちていく。そこには特殊な細胞が待ち構えていて、落ちてきた死んだ細胞を食べてしまう。幼虫の表皮細胞があったところは成虫の表皮細胞が埋め、穴が開いてしまうことはない。
 「まるで、幼虫の表皮細胞と成虫の表皮細胞が話し合いをしながら入れ替わっているようです」と倉永TL。細胞死と増殖がどのように相互作用しているかを詳しく調べたところ、面白いことが分かり始めた。「細胞死を引き起こす分子の一つに、カスパーゼという酵素があります。蛍光タンパク質を使って、カスパーゼの活性をライブイメージングで調べてみました」。すると、カスパーゼが活性化されている幼虫の表皮細胞は、増殖している成虫の表皮細胞と接していることが分かった。「細胞死のスイッチを入れているのは、どうやら増殖している成虫の表皮細胞の方らしい。成虫の表皮細胞がどのように幼虫の表皮細胞のカスパーゼを活性化させるのか、これから解明していきたいと考えています」


図1 さなぎにおける表皮細胞の入れ替わり
右側の小さな成虫の表皮細胞の増殖に伴って、左側の大きな幼虫の表皮細胞は次第に縮んでいき、表皮の下に落ち込んで処理される。(撮影・提供:中嶋悠一朗博士)

長い輸精管は回転によってつくられている?

 倉永TLの最近の研究ターゲットは、ショウジョウバエの“外生殖器原基(がいせいしょくきげんき)”である(タイトル図B)。それは生殖器になることを運命づけられている細胞群で、幼虫の体の後端にあり外から見ることができる。「外生殖器原基は、発生の過程で回転するんです」と倉永TL。このことは、1930年代に出された解剖学の教科書にも書かれている。しかし、そこに載っているのは不鮮明な数枚のスケッチだけだ。「2005年、その様子を初めて観ることに成功しました。蛍光実体顕微鏡で1時間おきに連続写真を撮って並べただけの低画質な映像でしたが、とても感動しました。本当に回っている!と」
 倉永TL自身、連続写真の映像を見るまで、外生殖器原基が本当に回るのかどうか半信半疑だったという。「まさに“百聞は一見にしかず”ですね。そしてその後、ライブイメージングで、さなぎの外生殖器原基を観察してみました。すると、12〜14時間かけて、時計回りにぐるっと360度回転する様子を鮮明に捉えることができました」(タイトル図A
 外生殖器原基は、なぜ回転するのだろうか。「その理由はまだ分かりませんが、一つの可能性として、精子を精巣まで運ぶ輸精管を長くつくるためであると考えられます」と倉永TL。ショウジョウバエの成虫の体長は約2mm。それに対して精子は1.8mmもある。輸精管も1.6mmと長く、とぐろを巻いたような状態で体内に収められている。その長い輸精管がつくられるには、さなぎのときに外生殖器原基が回転することが必要なのかもしれない。実際、回転が足らないと、輸精管は短くなってしまった。
 倉永TLは、ライブイメージングの成果を2011年3月に発表。「フランスにもショウジョウバエの外生殖器原基のライブイメージングをしているグループがいます。彼らは2010年10月、その成果を発表しました。世界初とはならず、少し残念でした」。両者のライブイメージングは、さなぎの保湿の仕方などに違いがある。フランスのグループの手法では、さなぎが羽化して成虫になることはない。「私たちの手法では、羽化して成虫になります。より自然に近い現象を観察できていると思います」


細胞死が回転を加速させている?

 倉永TLが外生殖器原基をターゲットにしたのは、もともと細胞死に興味があったからだ。「細胞死を引き起こすあるタンパク質に変異があると、オスの成虫の外生殖器の角度が曲がってしまうという報告が、1991年にありました。成虫で見られる外生殖器の角度異常の原因として、外生殖器原基の回転が途中で止まってしまうことが考えられます。外生殖器原基の回転と細胞死には関係があるかもしれない。ライブイメージングで回転の様子を見てみよう。そう思ったのがきっかけです」
 そして、前述の通り外生殖器原基の回転をライブイメージングで捉えることに成功。「回転の様子を見ていると、とても不思議に思いました。どのようなメカニズムで回転しているのか。動くところと動かないところの境界はどこで、その境界で何が起きているのか。なぜ360度ぴったりで止まるのか。分からないことだらけです」
 倉永TLは、ライブイメージングを駆使して、外生殖器原基が回転するメカニズムの解明に着手した。まず取り組んだのが、回転速度の測定だ。「正常なショウジョウバエでは、さなぎが形成されてから約24時間後に外生殖器原基が回転し始め、12〜14時間かけて360度回転します。スタートからゴールまで一定速度で回転していると思っていましたが、回転速度を計測してみたらそうではなく、驚きました」と倉永TL。
 タイトル図Cが計測結果だ。動き始めはゆっくりだが、2時間ほどたつと加速する。そして9時間ほどたつと減速し始め、12〜14時間後に止まる。「まるで自動車がギアチェンジするように加速していて、予想外でした」
 次に、外生殖器原基の回転が途中で止まってしまうショウジョウバエについてライブイメージングで調べた。すると、さらに興味深いことが分かった。「動き始めが鈍いか、回転速度が遅いのではないかと予測していました」。ところが、動き始めて2時間くらいは、正常な個体と違いはなかった。違いは加速だった。そして、回転は正常な個体と同じく12〜14時間続くが、180度までしか回転しない。「回転が異常な個体では、ギアチェンジが起きないのです。この個体では、前述のカスパーゼを阻害するタンパク質が発現しているため、細胞死が起きません。加速のメカニズムに細胞死が寄与しているのではないか、そう考えました」

加速のヒントは“動く歩道”にあった

 外生殖器原基は、A8、A9、A10という三つの部位で構成されている(図2左)。ショウジョウバエのオスの場合、リング状のA8が背板に、逆ヘッドホン形をしたA9が外生殖器や輸精管に、中心に位置するA10が肛門に、それぞれ分化する。
 「一見すると、回転するのは外生殖器原基のうちA9とA10です。しかし、よく観察すると、それを取り囲むリング状のA8も動いていることが分かります。ここに加速の鍵があるのではないか。そう考えて、A8を詳しく調べてみることにしました」
 倉永TLは、ライブイメージングによってA8にある細胞の動きを1個ずつ追跡していった。すると、三つのパターンがあることが分かった(図2右)。一つ目は、A9と同じタイミングで動きだし、同じ速度で移動する細胞(青)で、A8の内側にある。二つ目は、A9や青で示した細胞より遅れて動きだし、しかも180度回転して止まってしまう細胞(緑)で、A8の外側にある。三つ目は、移動するが細胞死する細胞(赤)である。「これはどういうことかと、ずっと考えていました。そしてお風呂に入っているとき、“あっ、もしかして動く歩道と同じ原理ではないか”とひらめいたのです」
 A8の外側の細胞(緑)はA9より遅れて動きだすが、そのタイミングはA9が加速する時期と同じだ。そこで、倉永TLは“この細胞の動きが、加速と関わっているのではないか”と考えたのだ。「動く歩道の上を歩いていると、普通に歩くより速くなります。それと同じで、A8の外側の細胞(緑)が動くことで、A8の内側の細胞(青)とA9が加速され、それらの見かけ上の速度が上がるのです」
 では、細胞死が起きない個体ではどうなっているのだろうか。A8の外側の細胞の動きを調べたところ、ほとんど動いていないことが分かった。だからA8の内側の細胞とA9の加速が起きないのだ。「細胞死が起きない個体は外生殖器原基が180度しか回転しなかったことを思い出してください」と倉永TL。「もともとA9は180度しか回転しないのです。A8の外側の細胞が180度回転することと合わさって、合計で360度回転していたのです」


図2 外生殖器原基の構造と細胞の移動
外生殖器原基は、背板になるA8、外生殖器や輸精管になるA9、肛門になるA10から構成される。下の写真は、A8の細胞を移動速度で分類したもの。ライブイメージングによって細胞1個1個の移動する速度を調べ、パターンによって色分けした。
A9と同様に移動する(A8の内側)
A9や青色で示した細胞に遅れて移動する(A8の外側)
移動するが細胞死する

細胞死と細胞移動、そして体の形づくり

 では、加速と細胞死との関わりは、どう説明できるのだろうか。A8の外側において、細胞死の頻度と速度の変化には相関があることも分かってきた。倉永TLは、「まだこれから実験を重ねていかないと分かりませんが」と前置きした上で、こう語った。「表皮細胞の例で見たように、細胞が死ぬとほかの細胞が移動してきて、その場所を埋めます。A8の外側で細胞が死ぬことで、その層の細胞が動きだし、A8の内側とA9の回転を加速している可能性があります。つまり、細胞死が“動く歩道”のエンジンになっている。あるいは、回転する層と回転しない層の境界で細胞死が起き、ブレーキになっている細胞が排除されることで、スムーズに回転できるようになるのかもしれません。つまり、細胞死が“動く歩道”のスイッチになっている。ほかにも、いくつもの解釈があります」。今後は細胞の移動と細胞死との関係を詳しく見ていく計画である。
 細胞死というのは、その細胞が不要だから排除される。そういう認識が一般的である。倉永TLは、「その認識を変える必要があるかもしれない」と指摘する。「細胞の移動を促すなど、細胞死は周りの細胞に影響を与え、体の形づくりに能動的に関わっているのかもしれません。外生殖器原基の回転メカニズムを明らかにしていくことで、細胞死の新しい機能が見いだせるのではないかと期待しています」
 倉永TLが理研発生・再生科学総合研究センター(CDB)で組織形成ダイナミクス研究チームを立ち上げたのは、2011年1月だ。「外生殖器原基の回転の研究は、さまざまな細胞の動きが複合的に作用しているのでとても難しく、悩むことが多くなってきていました。この研究をもう一歩進めるには、発生や細胞死、画像解析、さらには理論など、さまざまな分野の専門家とコラボレーションや議論をする必要があると思ったのです。理研ならばそれができる。実際、日々新しい発見があります」。理研基幹研究所望月敦史 主任研究員「生命現象を数学で解く」参照)やCDBの柴田達夫ユニットリーダーとの共同研究も始まっている。「理論の研究者と組むことで、1個1個の細胞を観察しているだけではとうてい分からないような、細胞が移動する新しいメカニズムを見いだせるかもしれない。今、研究が楽しくて仕方ありません」
 表皮細胞の入れ替わりは、ショウジョウバエの表皮細胞だけに見られるものではない。例えば、私たちの皮膚や腸でも起きていることだ。ショウジョウバエは、ヒトの疾患関連遺伝子の70%以上を持っていることから、ヒトの疾患に関する基礎研究もできる。「背骨のないショウジョウバエの研究を、ゆくゆくは脊椎動物、哺乳類、そしてヒトへとつなげていけたら。そう思いながら研究をしています」と倉永TL。「ショウジョウバエは大好き。かわいいですよ」と、楽しそうに笑った。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)