刊行物

特集

宇宙誕生から約137億年、そして宇宙未到の領域へ



 “日本現代物理学の父”と呼ばれる仁科芳雄博士の研究を受け継ぐ理研和光研究所 仁科加速器研究センターは、最先端加速器施設「RIビームファクトリー」を中核に、米国のブルックヘブン国立研究所と英国のラザフォード・アップルトン研究所にも拠点を構え、各研究機関が有する加速器を使って原子核物理、素粒子物理、さらにそれらの応用研究を進めている。
 陽子の成り立ちや重い元素の起源を探る研究、さらには宇宙では生成されてこなかった原子核をつくりその性質を探る、いわば“宇宙未到の領域”の研究など、それぞれの拠点における活動や将来の展望を、延與(えんよ)秀人センター長に聞いた。

延與秀人
仁科加速器研究センター

宇宙で生まれたすべての原子核を生成

―まず、RIビームファクトリー(RIBF)での実験について教えてください。

図1 核図表
図1 核図表
従来の理論によると、超新星爆発により緑の矢印上の中性子過剰核が次々と生成され、それらが壊れて鉄からウランまでの重い元素ができたと考えられている。

延與:あらゆる物質の源である元素の起源を探ることが、大きな研究テーマです。原子番号1の水素から26の鉄は、星の中心部で起きる核融合反応で合成されます。しかし、鉄よりも重い(原子番号が大きい)元素がどのように合成されたのか、大きな謎です。
 そもそも原子は電子と原子核で構成されており、原子核は陽子と中性子で構成されています。元素の種類は陽子の数で決まります。
 鉄より重い元素は、重い星(太陽の約8倍以上)がその一生を終えるときに起こす超新星爆発によって合成され、宇宙空間に散らばったと考えられています。超新星爆発が起きると大量の中性子がつくられ、星の中にある鉄より軽い元素の原子核が中性子をどんどん吸収します。それらの原子核は陽子数に比べて中性子数が非常に多い「中性子過剰核」になります。中性子過剰核はとても不安定なため、すぐに壊れて、原子番号が一つ大きな原子核になります。この過程が次々に繰り返され、原子番号92のウランまでの、鉄より重い元素が合成されたと考えられています(図1)。そのような元素合成の道筋をたどる実験をRIBFで進めています。

―どのようにして、その道筋をたどるのですか。

延與:超新星爆発の全過程を地上で再現することは難しいので、合成の道筋でできたと考えられる中性子過剰核を生成します。そして、それぞれの寿命や質量、大きさ、形などの性質を調べます。その実験データをもとにコンピュータでシミュレーションし、元素合成の道筋をたどります。
 RIBFは、元素合成の道筋でできたような中性子過剰核、あるいは陽子過剰核を大量に生成して、その性質を詳しく調べることができることが最大の特長です。RIBFにはそれら不安定な原子核(不安定核)を約4000種つくる能力があります。宇宙で生まれたすべての原子核を生成することが可能です。

RIBF外部利用者制度で世界とシナジーを生み出す

―RIBFには、国内外から研究者が集結して、実験を進めていますね。

延與:世界最高性能のRIBFをフル活用して原子核物理を発展させるには、国内外の研究者を巻き込んで共同研究体制を築く必要があります。そのために2006年に仁科加速器研究センターが設立されたのです。
 共同研究の輪をさらに大きく広げるために、2010年から「RIBF外部利用者制度」の運用を開始しました。以前は、外部機関の人がRIBFを利用する場合、客員研究員や研修生として理研に所属する必要があり、研究成果などの知的財産は理研に帰属していました。外部機関の人たちが独自に開発した測定装置をRIBFに持ち込んで実験しても、それは理研の成果になっていたのです。
 RIBF外部利用者制度は、外部機関の人が、本来の所属のままRIBFで研究を行うことができる制度です。研究成果の知的財産も本人(所属機関)に帰属します。RIBFという世界最高性能の装置を持ったからには、世界に対してそれ相応の責任があり、対等な立場で共同研究を行う体制を整備する必要があります。そうしてこそ、世界中の研究者たちとのシナジー(相乗効果)が生まれます。

5〜6年が勝負

―海外でもRIBFに似た性能の加速器の建設計画があるそうですね。

延與:私たちがRIBFで切り拓いた研究の重要性を各国が認識し、追いかけてきています。主なところでは、ドイツ、米国、フランス、韓国が新しい加速器の建設計画を進めています。もちろん後発の加速器は既存のものを上回る性能を目指します。それらの新しい加速器が本格稼働を始めるまでの今後5〜6年のうちに、RIBFで重要な原子核を一通り調べてしまいたいと考えています。

―重要な原子核とは。

延與:そもそも現在の原子核理論は、陽子と中性子がほぼ同数の安定核の実験データをもとにつくられました。陽子や中性子が過剰な不安定核では、現在の理論では説明できない現象が次々と見つかっています。つまり、現在の原子核理論は発展途上にあるのです。
 原子では、原子核の周りのいくつかの軌道を電子が回っていて、それぞれの軌道に入ることのできる電子の数が決まっています。一番外側の軌道まで電子がいっぱいになった原子(ヘリウムやネオンなど)は化学的に安定です。
 同じように、原子核を構成する陽子や中性子もいくつかの軌道を回っていると考えられます。それらの軌道は、中性子あるいは陽子が、2、8、20、28、50、82、126という数のとき満たされます。これを「魔法数」と呼びます。陽子あるいは中性子が魔法数の原子核は特に安定です。
 ただし、それは安定核での話。陽子や中性子が過剰な不安定核ではその魔法数がどうなるのか。特に、陽子と中性子の数が両方とも魔法数になっている不安定核がどんな性質を持つのか。不安定核と魔法数の関係を明らかにしていくことが、新しい原子核理論を築く上で重要です。また、陽子や中性子の数が1個増えると、不安定核の形が急に変わると予測されているものがあります。そのような不安定核をRIBFで生成して、性質を調べることも重要です。
 原子核理論の究極の目標は、中性子と陽子の数から、その原子核の性質を正確に予測できるようにすることです。そのような理論構築に必要な実験データを得ることが実験家の使命です。

陽子は丸くない?

―米国のブルックヘブン国立研究所(BNL)の理研BNL研究センターでは、どんな研究をしているのですか。

延與:原子核を構成する陽子や中性子をさらに細かく見ていくと、それらはクォークとグルーオンで構成されています。現在の宇宙では、クォークは陽子や中性子の中に閉じ込められていて、決して単独で存在することはありません。しかし、約137億年前のビッグバン直後は、クォークやグルーオンがばらばらな状態、「クォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)」だったと考えられています。理研BNL研究センターでは、BNLの重イオン衝突型加速器「RHIC(リック)」を使ってこのQGPを再現し、その性質を調べる実験を進めています詳細は、研究最前線「ビッグバン直後を再現した」参照
 私自身はRHICで陽子スピンの謎を探る実験を進めてきました。

―それはどのような謎ですか。

図2 クォーク、グルーオンの軌道運動のイメージ
図2 クォーク、グルーオンの軌道運動のイメージ
陽子を構成するクォークやグルーオンが公転のような運動をすることで、陽子スピンが生み出されている可能性がある。

延與:陽子と中性子は、3個のクォークがグルーオンをやりとりして結び付いて、できています(図2)。そして陽子、クォーク、グルーオンには地球の自転に似たスピンという性質があります。しかし、クォーク3個のスピンを足し合わせても、陽子スピンの20%の量にしかなりません。これが陽子スピンの謎です。
 残りはグルーオンのスピンが担っているのではないかと考えました。そこで私たちは、RHICを使ってスピンの向きをそろえた陽子同士を超高速で正面衝突させる実験を行い、グルーオンのスピンが陽子スピンにどの程度寄与しているかを調べました。
 その結果はびっくりするほど意外なものでした。グルーオンは陽子スピンをほとんど担っていなかったのです。陽子スピンの謎は、私たちの予測を超えたものだったのです。

―では、ほかの可能性は。

延與:クォークやグルーオンが軌道運動している可能性があります。つまりクォークやグルーオンが公転のような運動をしているイメージです。もしそうだとすると、陽子は丸くなく、つぶれた楕円(だえん)球ということになります(図2)。現在、クォークやグルーオンが軌道運動していることを示唆する実験データが得られ始めています。しかし、その確かな証拠をつかむには、RHICを改造し、陽子と電子を衝突させる必要があります。それを2020年ごろから始めたいと考えています。

質量の起源に迫る

―陽子生成には、質量の謎もあるそうですね。

延與:グルーオンの質量はゼロです。クォークも単独ではとても質量が小さいのですが、不思議なことに、クォークが3個集まって陽子や中性子になると質量が約100倍大きくなるのです。最近、理論的に陽子や中性子の質量を導き出せるようになってきました。実験の方では、RHICを使って、陽子に閉じ込められていたクォークがばらばらになるとき質量が小さくなる現象を観測する実験が続けられています。
 一方、欧州原子核研究機構(CERN(セルン))が行っている大型ハドロン衝突型加速器「LHC」による実験では、宇宙誕生の瞬間にさらに近づき、単独のクォークに小さな質量をもたらすヒッグス粒子を探しています。
 宇宙誕生直後、ヒッグス粒子によりクォークが小さな質量を得たこと、その後、クォークが3個集まり100倍重くなって陽子や中性子になったこと、その両方に、2008年ノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎先生が提唱した「自発的対称性の破れ」という考え方が関係しています。

―LHCでも、QGPの実験を始めているそうですね。

延與:1年のうちに1ヶ月だけ、QGPの実験を行っています。LHCではRHICよりも高い温度のQGPを実現できるので、両者で相補的にQGPの解明を進めることができます。とても難しいのですが、LHCとRHICで温度の違うQGPにおけるクォークの質量を測定することができれば面白いと思います。

ミュオン触媒核融合

―英国のラザフォード・アップルトン研究所(RAL)ではどんな研究をしているのですか。

図3 ミュオン触媒核融合の原理
図3 ミュオン触媒核融合の原理
電子より重いミュオンは、二重水素と三重水素の原子核の周りを回り、極めて小さな分子の中に閉じ込める。その分子の中で二重水素と三重水素が至近距離に近づき核融合反応が起きる。

延與:理研RAL支所では、電子の仲間であるミュオンを使った研究をしています。ミュオンを使うと、物質の磁性を詳しく調べることができます。また、世界で唯一、ミュオン触媒核融合の実験をしています。
 核融合とは、軽い元素の原子核が融合して、より大きい原子核になる反応です。その反応によって発生する膨大なエネルギーを発電に利用しようとしているのです。
 原子核はプラス電荷を持つので、互いに反発します。核融合を起こすには、その反発力に打ち勝って二つの原子核を至近距離に近づける必要があります。そのために磁場やレーザーを使って超高温あるいは超高密度状態を実現して核融合を引き起こす「磁場閉じ込め方式」や「慣性閉じ込め方式」の研究が行われています。しかし、それらの方式には巨大な施設が必要となります。
 一方、ミュオンを使うと、高温・高密度にしなくても核融合を引き起こすことができます(図3)。比較的小さな施設において低コストで核融合のエネルギーを利用できる可能性があるのです。
 問題はエネルギー効率。ミュオンを生成するのに必要なエネルギーと、核融合で発生するエネルギーが等しい状態を、科学的ブレークイーブンと呼びます。現在は、ミュオンをつくるエネルギーの半分を核融合でつくることに成功しています。理研とRALは2018年までミュオン科学協力協定を延長しました。そのときまでに科学的ブレークイーブンを達成したいと考えています。

宇宙未到の領域へ

―今後、原子核物理はどのように発展すると予想していますか。

延與:5〜6年後、RIBFのようにたくさんの原子核を生成できる加速器が各国で次々に稼働し始めます。
 さらに20〜30年後には、世界が協力して一つの超強力な加速器をつくる時代が来るでしょう。

―その加速器は何を目指すのですか。

延與:RIBFでは超新星爆発における重い元素の合成、RHICではQGPと陽子生成など、約137億年間に宇宙がたどってきた道筋を調べる実験を行っています。
 次の時代には、宇宙未到の領域を目指すことが、原子核物理の大きな目標になります。理研の森田浩介准主任研究員たちは2004年、宇宙で生成されたことのない113個の陽子を持つ原子核から成る新元素(113番元素)を発見しました(図1)。また、現在までにドイツやロシアなどの研究グループにより118番元素までの発見が報告されています。
 しかし、それらはいずれも寿命が極めて短いものです。さらに陽子をたくさん持つ原子核の中には、寿命が比較的長い準安定なものが存在するという予想があります。そのような宇宙未到の領域へ到達したいのです。そのための新しい加速器建設の検討を、私たちは始めています。

(取材・構成:立山 晃/フォトンクリエイト)