生命現象の根幹を担う核酸(DNAやRNA)—— この核酸には、遺伝情報の記憶だけでなく、生体反応を触媒する酵素としての役割もある。近年、核酸の触媒としての機能を利用しようとする研究が進んでいたが、核酸は水にしか溶けないため、利用範囲が限られていた。今回、理研和光研究所 基幹研究所 伊藤ナノ医工学研究室の阿部 洋 専任研究員、伊藤嘉浩 主任研究員らを中心とする研究チームは、核酸に化粧品の材料として利用されているポリエチレングリコール(PEG)を結合させた「PEG-DNA」を作製。その可溶性を調べたところ、クロロホルムなどほとんどの有機溶媒に溶けること、さらに有機溶媒中で触媒機能を発揮することが分かった。新たな有機合成反応を利用した機能性分子の開発などにつながるこの成果について、阿部専任研究員に聞いた。
― まず核酸について教えてください。
阿部:核酸にはDNA(デオキシリボ核酸)とRNA(リボ核酸)の2種類があります。塩基という化学物質で構成されており、その塩基配列で遺伝情報を記憶したり、酵素として生体反応を触媒するなど、多くの役割を持っています。
近年、人工的につくった触媒機能を持つDNA「DNAザイム」や、そのRNA版の「リボザイム」が、有機合成反応を触媒することが分かってきました。これらの触媒機能は進化分子工学の手法を使って自由自在にデザインすることも可能です。しかし、核酸は水にしか溶けないため、こうした機能を有機溶媒中で利用することができません。核酸を有機溶媒に溶かすことができれば、有機合成反応への利用範囲が大きく広がると期待されていたのです。
― どのような方法で、有機溶媒に溶ける核酸をつくったのですか。
図1 ジクロロエタン溶液に溶けるPEG-DNA
PEG-DNAを有機溶媒のジクロロエタンに溶かしたところ、少なくとも0.2mmol/L(ミリモル/リットル)の濃度まで溶けることを確認した。
図2 メタノール中でDNAザイムが触媒機能を発揮している様子
酸化反応を触媒する「DNAザイム」と、酸化すると青紫色に光る「ルミノール」を、有機溶媒のメタノールに混ぜた。その結果、ルミノールが青紫色に発色し、有機溶媒でもDNAザイムの触媒機能が発揮されることが分かった。
阿部:化粧品の材料に使われている化合物に、ポリエチレングリコール(PEG)があります。このPEGをタンパク質に結合させると、そのタンパク質は水にも有機溶媒にも溶けるようになります。これがヒントになりました。
まず、A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)という4種類の塩基を21個つなげた「オリゴ核酸」を合成し、その末端にPEGを1個だけ結合させた「PEG-DNA」をつくりました。このPEG-DNAをクロロホルム、ベンゼン、塩化メチレン、ジクロロエタン、エタノール、メタノールといった有機溶媒に入れてみたところ、どの有機溶媒にも溶けることが分かりました(図1)。
― 有機溶媒中の触媒機能はどうでしたか。
阿部:溶けた核酸が触媒として機能するには、立体構造が元のまま維持されていなければなりません。そこで、PEG-DNAの立体構造を水中とジクロロエタン中で比較したところ、両者は同じ立体構造でした。また、水中では水温が50〜59℃に上がると立体構造が崩れるのに対し、有機溶媒中では10〜80℃の範囲で立体構造が維持されていました。有機溶媒の方が、より広い温度範囲で触媒機能を利用できるのです。
次に、酸化反応を触媒するDNAザイムにPEGを結合させ、メタノールに溶かしたところ、やはり立体構造は維持されていました。さらに、酸化すると青紫色に光るルミノールも一緒に混ぜてみました。すると、水中とほぼ同じ速度で酸化反応が進行し、青紫色の発光が確認できました(図2)。つまり、有機溶媒中でも核酸の触媒機能が発揮されることが分かったのです。
― 今後の展開は。
阿部:今回、水の中で進化し生まれたDNAザイムが、まったく違う環境である有機溶媒中でも機能することが分かりました。核酸の性質を水中と有機溶媒中とで比較できるようになったので、「有機溶媒中の塩基の水素結合は水中より強くなるのか」「核酸の立体構造は溶媒の種類によってどう影響を受けるのか」といった核酸の相互作用に関する謎が解明されていくでしょう。また、有機合成反応の利用範囲が広がり、新たな機能性分子の開発にもつながります。
●『Angewandte Chemie International Edition』オンライン版(5月18日)掲載。本論文は、Angewandte編集委員が特に重要性を認めた論文としてHot Paperに選ばれた。
http://www.wiley.co.jp/blog/pse/?p=8347

