理研横浜研究所 植物科学研究センター(PSC)の篠崎一雄センター長が、 2011年の“世界で最も注目を集めた研究者”の第5位に選出された。 世界で最も注目を集めた研究者とは、引用回数の多い論文“ホットペーパー” にノミネートされた論文の数が多い上位10人の研究者をいう。 「植物科学の論文が、自然科学の全分野の中で引用回数の多い論文の 上位に入ったことは、私自身も驚いています」と篠崎センター長。 世界が注目した論文とは、どのような研究なのか。篠崎センター長が グループディレクターを兼任する機能開発研究グループの 最新の成果とともに紹介しよう。 今、植物科学が注目される理由とは。
世界で最も注目を集めた研究者
「びっくりしました」。2011年の“世界で最も注目を集めた研究者(Hottest Researchers)”に選ばれた感想を聞くと、そう返ってきた。これは、世界的な情報サービス企業であるトムソン・ロイター社が独自の調査に基づき毎年選出しているものだ。同社は、学術論文情報データベースに収録した過去2年分の論文について、直近2ヶ月の引用回数を調査。その引用回数が上位0.1%の論文を“ホットペーパー”と呼び、その数が多い10人(数が同じ場合は増加)を“世界で最も注目を集めた研究者”として選出している。篠崎センター長は、11報がホットペーパーとなり、世界第5位となった。
2011年の“世界で最も注目を集めた研究者”には15人が選出された。約半分の7人がヒトの病気に関する遺伝学やゲノム解析で、そのほかでは疫学や材料工学が多い。「植物科学は私だけです。植物科学分野に限れば私の論文の引用回数は最近5年間ずっとトップですが、これは自然科学の全分野が対象です。その中でも引用回数が多いのは驚きでした」
アブシジン酸のシグナル伝達経路を解明

図1 アブシジン酸のシグナル伝達経路
通常の状態(左):脱リン酸化酵素PP2Cがリン酸化酵素SnRK2に結合してその働きを抑制することで、アブシジン酸のシグナル伝達をオフにしている。
乾燥ストレス(右):アブシジン酸が結合した受容体はPP2Cに結合し、PP2Cの活性を抑制する。その結果、SnRK2が活性化し、アブシジン酸のシグナル伝達がオンになる。
どのような論文が引用されたのか。「11報のうち9報が、植物ホルモン“アブシジン酸”の機能と制御機構の解明や、乾燥などの環境ストレス応答のトランスクリプトーム(全転写物)やメタボローム(全代謝物)解析に関する研究です。あとの2報は補助的に関わった研究で、ダイズのゲノムシーケンス解析と植物の転写因子の機能解明です」と篠崎センター長。それらの成果のいくつかを紹介しよう。
植物は、生育環境が悪化しても動物のように移動できない。そのため、植物は乾燥や低温、塩害などの環境ストレスにさらされると、制御機構を起動させ、環境の変化に適応する。アブシジン酸は乾燥や塩ストレスの応答と適応で中心的な役割を果たすことが知られている。乾燥ストレスにさらされるとアブシジン酸の合成量を増やし、葉の裏にある気孔を閉鎖することで蒸散(じょうさん)によって水分が失われるのを防ぐのだ。また、乾燥に耐えられるようにさまざまな遺伝子の発現を誘導する。
「アブシジン酸の合成や分解に関する研究は、私たちのグループやPSC生殖制御研究チームの南原英司チームリーダー(現・トロント大学助教授)などの研究で明らかになっていましたが、細胞内のシグナル伝達の研究は遅れていました。シグナル伝達は、受容体にアブシジン酸が結合することから始まります。しかし始まりである受容体が分からず、その発見を目指し激しい競争が繰り広げられていました。間違った報告も数多くありました。アブシジン酸の受容体が海外のグループによってようやく発見されたのが、2009年です」
篠崎センター長も、アブシジン酸の受容体の発見を目指していた一人だ。受容体の発見はならなかったが、タンパク質脱リン酸化酵素“PP2C”とリン酸化酵素“SnRK2”の相互作用により、アブシジン酸のシグナル伝達経路のオンとオフが制御されることを突き止めていた。アブシジン酸の受容体が発見されると、梅澤泰史研究員を中心にPP2CやSnRK2との関係を調べた(図1)。「アブシジン酸が受容体に結合すると、その受容体がPP2Cに結合することが分かりました。その結果、PP2Cの活性が抑制されます。すると、PP2Cによって抑制されていたSnRK2が機能するようになり、転写因子などをリン酸化して遺伝子の発現を誘導したり気孔を閉鎖したり、さまざまな応答を引き起こすのです」。こうしてアブシジン酸が受容体に結合してから遺伝子が発現するまでのシグナル伝達経路が世界で初めて明らかになった。この成果は2009年9月、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)』のオンライン版に掲載された。
アブシジン酸を細胞から運び出すトランスポーター
アブシジン酸には、別の謎もあった。「運ばれるメカニズムです」と篠崎センター長。「アブシジン酸は水分や養分の通り道“維管束(いかんそく)”の細胞内でつくられます。アブシジン酸が気孔を閉鎖する役割を果たすには、維管束の細胞内から外に運び出され、気孔の細胞内まで移動しなければなりません。しかし、そのメカニズムが分かっていなかったのです」
黒森 崇上級研究員を中心に、これまでに作製してきた約2000種類のシロイヌナズナの変異体にアブシジン酸を添加し、生育状態を解析した。「低い濃度のアブシジン酸でも生育状態が変わる変異体を選び出して調べたところ、いずれも“AtABCG25 ”という遺伝子に変異があることが分かりました。そして、この遺伝子からつくられるAtABCG25タンパク質は、細胞膜を貫通し、細胞内から細胞外への物質輸送を担うトランスポーター(膜輸送体)だったのです。しかも、葉や根の維管束周辺の細胞の細胞膜に存在していました。さらにAtABCG25 を過剰に発現させると、気孔が閉まりやすくなり、水分の蒸散が40%ほど減ることも確認しています。これらの結果から、アブシジン酸を細胞の中から外へ運び出しているのは、AtABCG25タンパク質であることが分かりました」。この成果は、2010年1月、『PNAS』のオンライン版に掲載された。「これで輸送の謎が解決したわけではありません。気孔まで移動したアブシジン酸を細胞の中に取り込むトランスポーターもあります。今、それを調べています」
しかし、なぜアブシジン酸は、機能する気孔ではなく、維管束の細胞でつくられるのだろうか。「維管束に乾燥を感知するセンサーがあると考えられます。乾燥を感知するとすぐに“アブシジン酸をつくれ”という指令を合成酵素に出し、アブシジン酸を大量に合成する。感知する場所でアブシジン酸をつくった方が、素早く乾燥ストレスに対応できるのかもしれません。これは、まだ予測です。これから明らかにしていく計画です」
植物科学が環境問題や食糧問題の解決に役立つ
“最も注目を集めた研究者”は、科学研究の最近の傾向や注目されている研究分野を知る一つの指標となる。今、なぜ植物科学が注目されているのだろうか。「よく聞かれます(笑)。例えば、免疫学と聞けば人の健康に役立つ研究をしていると誰もが分かるでしょう。一方、植物科学というと多くの方は、植物採集をしてスケッチを描いて分類しているというイメージで、それが何に役立つのかと不思議に思うようです。実際には、植物を遺伝子や分子レベルで研究しています。その成果は、作物の収量の向上や乾燥や病気に強い作物をつくり出すなど、食糧問題や環境問題の解決に役立ちます。最近ではバイオ燃料やバイオ素材の開発に関する植物研究も進んでいます。植物科学が役に立つ最先端の科学であることを、皆さんにもっと知ってもらいたいのです」
そうした背景から生まれたのが、“Fascination of Plants Day(国際植物の日)”である。2011年秋、欧州植物科学機構によって、植物の大切さや植物科学の面白さを、より多くの人々と共に見直し共有するための日として提唱された。1年目となる今年は5月18日に、全世界で一斉に実験教室やサイエンスカフェなどさまざまなイベントが行われ、植物科学の面白さ、社会への貢献などがさまざまな形で取り上げられた。“国際植物の日”には理研も全面的に協力している。
篠崎センター長は、シロイヌナズナで明らかになったことを作物に応用する試みを進めている。「地球温暖化や異常気象によって農地の状態が悪化し、作物の収量が年々減少しています。特に干ばつ被害が深刻です。乾燥に強い作物の開発を目指した国際プロジェクトが2007年から始まっています」
それが“DREB (ドレブ)遺伝子等を活用した環境ストレスに強い作物の開発”だ。日本の国際農林水産業研究センターが代表機関となり、理研、メキシコの国際トウモロコシ・小麦改良センター、フィリピンの国際稲研究所、コロンビアの国際熱帯農業センターが参画している。DREB 遺伝子は、篠崎センター長と国際農林水産業研究センターの篠崎和子博士(現・東京大学大学院農学生命科学研究科教授)が共同研究によって1998年、乾燥や塩害などの環境ストレス耐性に重要な役割を持っていることを明らかにした転写制御因子の遺伝子である。DREB 遺伝子やガラクティノール合成酵素遺伝子など、これまで明らかになった乾燥耐性獲得に関わる遺伝子をイネやコムギに導入し、圃場(ほじょう)で栽培して収量などを解析しているところだ(タイトル図A、B)。中には、乾燥条件でも収量が維持される系統も選抜されている。
ポリアミンのトランスポーターを発見

図1 RMV1 遺伝子破壊株のメチルビオロゲン耐性
メチルビオロゲンを含む寒天培地で6日間生育させた(右)。野生型(B)は根の伸長が抑制されている。メチルビオロゲンによる酸化ストレスによる。RMV1 遺伝子破壊株(A)では、根の伸長抑制は起きない。
次に機能開発研究グループの最新の成果を紹介しよう。植物が受けるストレスの一つに酸化ストレスがある。強い光や低温、乾燥などによって細胞内に活性酸素が生じると、細胞はダメージを受ける。「植物が酸化ストレスに対してどう応答するのかを明らかにしようとしています」と藤田美紀研究員。
藤田研究員はまず、酸化ストレスの応答に関わる遺伝子を見つけようとした。そのために使ったのが、パラコートという除草剤の主成分で、酸化ストレスを誘導するメチルビオロゲンという薬剤だ。「ゲノム配列が分かっている野生のシロイヌナズナ25系統を、メチルビオロゲンを含んだ寒天培地で生育させました。すると系統によって、根が長いもの、短いものなど、さまざまな表現型が現れます。“アソシエーション解析”という方法で、表現型とゲノムを関連づけることによって、“RMV1 ”という遺伝子がメチルビオロゲンによる酸化ストレスの耐性に関わっていることが分かりました」
アソシエーション解析は、新しい手法だ。今回は、理研筑波研究所 バイオリソースセンター 実験植物開発室の井内聖(さとし) 専任研究員と小林祐理子 訪問研究員(岐阜大学)が担当した。「根の長さなどの形質を数値化したデータを作成し、彼らに解析を依頼します。彼らは、形質の変異とゲノムの変異との対応の程度から、形質の変異にどの遺伝子の変異が大きく関与しているかを解析します。これまでは形質の変異に関連している遺伝子を見つけるまで何年もかかっていましたが、今回はアソシエーション解析を取り入れることで、7ヶ月という短期間でRMV1 遺伝子の同定に至りました」
RMV1 遺伝子からつくられるRMV1タンパク質は細胞膜に存在する。それを破壊すると、野生型より根が10倍も長くなり、メチルビオロゲンの吸収は4分の1と低下していた(図2)。「RMV1タンパク質はメチルビオロゲンを細胞の中に取り込むトランスポーターだったのです」と藤田研究員。
研究はそれでは終わらなかった。「メチルビオロゲンは自然界には存在しません。ではRMV1タンパク質は、本当は何を細胞の中に取り込んでいるのか。それを調べました」。藤田研究員はまず、さまざまな文献を調べた。メチルビオロゲンとポリアミンは、どちらもアミン類に分類され、部分的に構造が似ている。二つを同時に加えると、メチルビオロゲンの毒性が緩和される。こうした文献から、藤田研究員は「RMV1タンパク質が細胞の中に取り込んでいるのはポリアミンではないか」と予測。「RMV1 遺伝子を過剰発現させると、ポリアミンの取り込みが約3倍になりました。予想通り、RMV1タンパク質はポリアミンのトランスポーターだったのです」
ポリアミンは、すべての生物に存在し、細胞の増殖などに関わる物質だ。しかも、環境ストレスがかかるとポリアミンが蓄積される。またポリアミンを外部から加えるとストレス耐性が高くなるという報告もある。ポリアミンの合成・分解については研究が進んでいるが、その輸送についてはほとんど知られていなかった。それを明らかにした大きな成果である。この成果は今年、『PNAS』オンライン版に4月2日に掲載された。
「藤田研究員が行ったような、野生株のシロイヌナズナの表現型とゲノムを結び付ける解析が注目されています」と篠崎センター長。これまでは、最初にゲノム配列が解析されたCol-0系統を使い遺伝子を破壊したり過剰発現させたりして表現型の変化を調べ、遺伝子の機能を解析してきた。シロイヌナズナには数千にも及ぶ野生株がある。「野生株には、生育してきた環境などの影響で、さまざまな表現型が見られます。その表現型とゲノムの関連を解析することで、Col-0系統からは分からなかった遺伝子の機能が明らかになると期待されています。しかし、表現型は温度や湿度など、わずかな栽培条件の違いによっても変わってしまいます。いかに栽培条件をそろえて表現型を網羅的に解析するか。そうしたフェノーム(全表現型)解析が、これからの課題です」
微生物科学や化学と、植物科学との融合
PSCは2000年に設立され、今年で13年目に入った。篠崎センター長はPSCの今後について、「異分野、特に微生物科学や化学との融合を考えています」と語る。「例えば、化学の分野では人工光合成の研究が進んでいます。その成果は植物の光合成の理解にフィードバックできるかもしれません。人工光合成の研究においても、植物の光合成から学ぶことがきっとあるでしょう。分野が異なれば言葉も考え方も違う。異分野融合は難しい。でも面白いことができそうな予感があります。今後50年を考えると、地球に優しい“持続的な社会”が、重要なキーワードです。PSCでは、その実現に貢献するサイエンスを推進していきます」
(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)


