2011年3月11日の東日本大震災に伴って発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故で、セシウムやストロンチウム、ヨウ素などの放射性物質が飛散した。その除去が、現在も大きな課題となっている。理研と筑波大学、(独)水産総合研究センター、慶應義塾大学の研究グループは、事故の直後から放射性物質を除去する装置の開発に着手した。そしてわずか4ヶ月で、太陽光を用いて藻類(そうるい)を大量培養し、その藻類に放射性物質を吸収させて回収する装置の試作機開発に成功。海水や淡水中に放出された放射性物質の除去に役立つと注目されている。
理研で開発に携わった研究者4人に、開発の経緯、放射性物質を回収する仕組み、そして今後の計画について聞いた。
科学者として何ができるのか
―放射性物質回収のための装置の開発は、いつから始まったのでしょうか。

開発に携わった理研和光研究所の研究者
前列左:和田智之ユニットリーダー(基幹研究所 光グリーンテクノロジー特別研究ユニット)、
前列右:戎崎俊一 主任研究員(基幹研究所 戎崎計算宇宙物理研究室)、
後列左:大森 整 主任研究員(基幹研究所 大森素形材工学研究室)、
後列右:羽場宏光チームリーダー(仁科加速器研究センター RI応用チーム)。
和田:2011年3月に東京電力福島第一原子力発電所の事故が発生した直後です。科学者として何ができるのか、何をすべきかと仲間と話していたとき、戎崎さんが、藻類が水中の放射性物質を吸収することを教えてくれたのです。
戎崎:イギリスとフランスの間にあるドーバー海峡に面した白い崖(がけ)は、炭酸カルシウムの殻を持つ円石藻(えんせきそう)の死骸などが堆積した地層です。その炭酸カルシウムの殻にはストロンチウムが濃集していることが知られています。円石藻は、微細藻類という植物プランクトンの一種です。調べてみると、微細藻類の中には、ヨウ素やセシウムを吸収するものもいることが分かりました。
和田:もともと、私と戎崎さん、そして大森さんは、海底の藻類からバイオマス燃料をつくる研究を一緒に進めていました。大森さんが開発したフレネルレンズで太陽光を集め、その太陽光を戎崎さんが開発したライトガイドで光ファイバーに導き、海底に光を届けます。この光で大型の藻類を効率よく育てようと計画していたのです。このシステムを使って微細藻類を育てれば、水中の放射性物質を効率よく取り除くことができるのではないか、と考えました(図1)。あとは、どの藻類を使うかです。藻類は私たちの手には負えないので、藻類研究で有名な筑波大学の井上勲教授に相談に行きました。すると、できるでしょう、やりましょうと、話が一気に現実味を帯びてきました。
―羽場チームリーダーの所属は、理研仁科加速器研究センター RI応用チームです。加速器と藻類のつながりは。

図1 放射性物質回収のための太陽光を用いた藻類成長プラントの仕組み
特殊な大型レンズ“フレネルレンズ”で太陽光を集め、ライトガイドで光ファイバーに導いて水槽に伝達する。その光で藻類を培養し、水中に含まれる放射性物質を藻類に吸収させる。

図2 放射性物質を吸収する藻類の大量培養実験
ストロンチウムとセシウム、ヨウ素を同時に吸収する藻類を500リットルのプールで大量培養することに成功。上は使用した藻類の顕微鏡写真。
羽場:藻類による元素の吸収を調べるには、その元素の放射性同位体(RI)を用いる手法が有効です。調べたい元素のRIを加え、それが出す放射線を手掛かりにRIを追跡し、藻類にどれだけ吸収されたかを調べることができます。RI応用チームでは、理研の最先端加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」でRIをつくり、それをさまざまな分野の研究者に提供して使ってもらっています。以前、筑波大学のグループに提供したこともありました。
和田:水産総合研究センターと慶應義塾大学にも参加してもらえることになり、急いで構想をまとめました。戎崎さんと話をしてから1週間もたっていなかったと思います。そして、総合科学技術会議のプロジェクト「放射性物質による環境影響への対策基盤の確立」の一つとして、本格的に開発を始めたのが2011年6月でした。
放射性物質を吸収する藻類を選定し、大量に培養
―各機関の分担は。
和田:筑波大学は、放射性物質を吸収する藻類の選定を担当しました。189種類の微細藻類を1種類ずつ培養し、放射性物質のセシウム、ストロンチウム、ヨウ素について吸収能力を計測しました。藻類は種ごとに培養条件が違うそうです。藻類の培養のノウハウを持っている筑波大学でなければできなかったでしょう。
羽場:藻類への取り込みを調べる実験で使うセシウムとヨウ素のRIは、海外製品がすぐに調達できました。しかし、今回の事故で放出されたストロンチウムは、ストロンチウム90というベータ線のみを放出するRIで、筑波大学での実験にはガンマ線を放出するRIが必要でした。そこで、理研のRIBFでストロンチウム85を急いで開発し、筑波大学に提供しました。
和田:実験の結果、セシウムは3種、ヨウ素は4種、ストロンチウムは1種の藻類が、高効率で吸収することが分かりました。
放射性物質の除去には、大量の藻類が必要です。大量培養の技術開発を担当したのが、水産総合研究センターです。まずは、ストロンチウムとヨウ素とセシウムを同時に吸収する1種を使い、大量培養技術の開発を行いました。200ミリリットルの容器から始めて、光の強さや温度など最適の培養条件を見つけ、徐々にスケールアップしながら最終的に500リットルのプールでの大量培養に成功しました(図2)。
大量の藻類があれば放射性物質をたくさん取り除くことができますが、その成長を早めることができればもっと効率が上がります。そのために、フレネルレンズで集光した太陽光を使います。
フレネルレンズで太陽光を集め、ライトガイドで光ファイバーに導く
―フレネルレンズとは。
大森:太陽光を損失なく集めるためには、透明度が高く、表面の粗さを抑えたレンズが必要です。また、太陽の動きに合わせてレンズの向きを変えるため、軽量でなければなりません。こうした条件を満たすのが、私たちが開発したアクリル製のフレネルレンズです。
フレネルレンズは、光を効率的に集光するため、表面に微細な溝を切ってあります。表面の粗さを抑えるため、この溝の深さを数ナノメートルレベル(1nm=10億分の1m)にする必要があるのですが、私たちはアクリルに微細な溝を直接切ることができる超微細加工技術を持っています。もともとは、戎崎さんが計画している「JEM-EUSO(ジェム ユーゾ)」という宇宙望遠鏡のレンズを製作するために開発した技術です。いろいろな用途に利用したいと考えていましたが、藻類の培養に使うことになるとは思ってもいませんでした。
―望遠鏡のレンズとの違いは。
大森:望遠鏡のレンズは円形ですが、今回は1辺1mの四角形です(図3左上)。フレネルレンズは、アクリル板を回転させながらダイヤモンドナイフで同心円状の溝を切っていきます。和田さんからレンズの仕様を伝えられたとき、つくりにくいなあと思いました。四角形の場合、角の部分ではツールがアクリル板に入ったり抜けたりするので、均一な溝を切るのがとても難しくなるからです。でも、チャレンジがないと技術開発は進みません。さまざまな工夫をして、溝の表面精度を10nm以下にできました。
和田:放射性物質を含んだ海水や淡水を大量に処理するためには、装置をたくさん並べる必要があります。その場合、円では効率が悪いので四角にしたのです。四角いレンズをつくるのが大変だと、今知りました(笑)。
―集光した太陽光を光ファイバーに導くライトガイドの仕組みは。
戎崎:フレネルレンズの性能が良過ぎるため、その焦点温度は千数百℃にもなってしまいます。鉄も溶けてしまうほどの高温なので、そのままでは光ファイバーに導くことが不可能です。そこで、9個のマイクロレンズを使って焦点を分け、温度を下げる構造にしました(図3右中)。各マイクロレンズの焦点位置に光ファイバーを配置しています。ライトガイドが受けた太陽光の74%が光ファイバーへ入り、培養水槽に伝達されます。
放射性物質を効率的に吸収
―これで放射性物質を回収する装置の要素がそろいました。
和田:太陽光を集光するフレネルレンズ、その太陽光を光ファイバーに導くライトガイド、藻類の大量培養プール、それらを連結させたものが藻類成長プラントです。私と慶應大学は、その試作機の開発を担当しました(図3)。光ファイバーで伝達されてくる太陽光はとても強いのですが、大量培養された藻類のプールでは約5cm先までしか照らすことができませんでした。これでは藻類の成長を促進させることができません。そこで、中央に光ファイバーを通した光照射ユニットを別につくり、大量培養プールから藻類を含んだ水を循環させるようにしました(図3右下)。
また、最適な培養条件が維持できるように水温の安定機能を付けました。さらに、光合成を盛んにして成長を促進させるため、二酸化炭素を一定濃度で安定的に供給する機能も付いています。
―藻類成長プラントはどのように使うのでしょうか。
和田:放射性物質に汚染された水が入った水槽や池などにプラントをつなぎ、汚染された水を循環させます。その過程で、藻類が放射性物質を吸収します。放射性物質を吸収した藻類はフィルターなどでこし取って乾燥させ、放射性物質が飛散しないように適正に処理します。
実証実験へ
―実用化に向けた今後の計画は。
和田:当初は、海や川、池の水に含まれる放射性物質の除去を想定していました。しかし、その後の調査によって、川や池には予想されていたほどの放射性物質が含まれていないことが分かってきました。今、問題になっているのは農地の土壌汚染です。藻類成長プラントを使い、農地から放射性物質を除去することを目指しています。
そのためにはまず、土壌に吸着してしまっている放射性物質をはがす必要があります。水田に水を張ってアルカリ性の肥料をまくことで、土壌から放射性物質をはがすことができます。その水田の水をプラントに通すことで、放射性物質を除去します。5月下旬から、福島県南相馬市の水田で実証実験を行っています。
―この藻類成長プラントの利点は。
和田:放射性物質の除去にはゼオライトという鉱物がよく使われますが、放射性物質を吸着したゼオライトをどう処理するのかが課題になっています。それに対して、藻類は乾燥させると体積が大幅に減るため、処理も比較的容易です。人工物ではない藻類を使い、また自然エネルギーである太陽光を使うので、環境への負荷も小さいでしょう。装置の仕組みは単純なので、コストも抑えることができます。放射性物質の除去が必要な地域は広範囲に及ぶので、どれもとても重要な要素です。
―今後の課題は。
和田:大量培養に成功している藻類は今のところ、ストロンチウムとセシウム、ヨウ素を同時に吸収する1種類だけです。セシウムあるいはヨウ素を特異的に高効率で吸収する藻類も大量培養できるようにする必要があります。汚染の状況によって藻類の種類を使い分けられるようになると、除去の効率も上がるでしょう。
大森:装置のコストを抑えるためには、フレネルレンズの量産が必要です。私たちは今まで究極のものをつくる技術を追究してきましたが、精度の高さを維持したまま量産する方法を考え始めています。
戎崎:藻類成長プラントのシステムは、原理実証が済んでいます。私たち科学者ができるのは、基本的にはここまで。実用化には産業界の力が必要です。この技術に興味を持った企業があれば、私たちは喜んで技術を提供します。
技術はつながり、広がっていく
―研究者同士の会話が、みるみる形になっていきました。
和田:プラントの試作機開発まで実質4ヶ月でした。チームワークがとても良かったですね。これは科学者としてやらなければいけないことだと、みんなが認識していたからでしょう。
戎崎:科学者は今も、そして100年後も、役に立つ仕事をしなければいけない。だとしたら、今何をすべきなのか、おのずと分かります。
羽場:今回の原子力発電所の事故で、放射性物質に対する一般の人の印象が大きく変化したかもしれません。しかし、放射性物質の中には、がんなどの病気の診断や治療に使える有用なものも数多くあります。放射性物質について正しい情報を伝え、安全な暮らしの手助けをすることも、私たち科学者がすべき仕事です。
大森:超精密加工の研究をしてきた私にとって、いつも硬いものが相手でした。これをきっかけに、対象をやわらかいもの、生物にも広げていこうと考えています。このシステムは、野菜工場にもすぐに応用できるでしょう。
和田:そうなんです。太陽光をレンズで集めて利用するシステムは、いろいろなことに使えます。木質バイオマスをエタノール化したり、蓄積型のエネルギーに変換したり……。原子力発電所の事故から始まった研究ですが、その成果を社会の役に立つことにつなげていきたいと思っています。
(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)


