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研究最前線

鉄と生物の化学を究める


私たちヒトの体を構成するタンパク質は約10万種類あり、その3割には金属がイオンや錯体の形で含まれている。「金属を含むことで、アミノ酸だけから成るタンパク質ではできない化学反応を行えるようになります」と城 宜嗣(しろ よしつぐ)主任研究員。理研播磨研究所 放射光科学総合研究センター城生体金属科学研究室では、主に鉄を含む酵素などのタンパク質の立体構造解析を行い、その化学反応の仕組みを探る研究を進めてきた。今年1月に発表したバクテリアの酵素の研究は、タンパク質の立体構造から生物の進化を探る成果として大きな注目を集めている。


城 宜嗣
放射光科学総合研究センター 利用技術開拓研究部門 城生体金属科学研究室

一酸化窒素還元酵素(NOR)とチトクロム酸化酵素(COX)
タイトル図 一酸化窒素還元酵素(NOR)とチトクロム酸化酵素(COX)


立体構造が想像力を刺激する

 城 宜嗣主任研究員は1976年、京都大学工学部で化学を学び始めた。「福井謙一先生(1981年ノーベル化学賞受賞)の研究にも大きな貢献を果たした米沢貞次郎教授の研究室に入りました。そこではNMR(核磁気共鳴)を使って、鉄(Fe)を含むタンパク質の化学的な性質を測定していました」
 金属を含むタンパク質の多くは、化学反応を進める酵素として働く。酵素の中で金属は“活性中心”をつくり、反応する物質と相互作用して原子同士を結合したり、逆に結合を切断したりする。そして、周りのタンパク質が金属と反応物質の相互作用をコントロールしている。「私は酵素の中の金属が、どのように原子同士を結合したり切断したりして化学反応を進めているのか、その過程に興味があります」
 しかし、原子スケールの世界で瞬時に起こる化学反応を直接見ることはできない。そのため、化学反応の過程はブラックボックスとなっている。反応前と反応後の状態などから推測するしかないのが現状だ。
 1987年、理研に入所した城主任研究員は、ある学会で米国の研究者の発表を聴いた。「その発表は、私がずっと興味を持っていた鉄を含んだ酵素の立体構造解析に成功したという報告でした。その研究者は解析した立体構造をスクリーンに映しながら、化学反応がどのように進むのか、まるで反応過程を見てきたように語っていました。それを聴いて、“私も立体構造の解析をやってみたい!”と思ったのです」
 そもそもタンパク質は、遺伝子の情報に従って約20種類のアミノ酸が並んで鎖状となり、それが立体的に折り畳まれてできている。2〜3Å(1Å=100億分の1m)以下という細かさでタンパク質の立体構造を解析することで、アミノ酸や原子の種類や配置が分かる。「実は、そのような原子スケールの立体構造解析だけでは、化学反応の過程は分かりません。ただし、どの種類のアミノ酸や原子がどこに配置しているのかが分かると、私たち化学者の想像力は大いに刺激され、化学反応の過程を推測し議論することができるのです」
 タンパク質の立体構造を解析する代表的な手法は、X線結晶構造解析法だ。たくさんのタンパク質分子がきれいに並んだ結晶をつくり、そこにX線を当てて解析することで、原子スケールの立体構造を得ることができる。「しかし、私が入所した当時、理研でもタンパク質のX線結晶構造解析をしている人はほとんどいませんでした。その中で私は、結晶化の専門家の協力を得て立体構造解析を始めました」

一酸化窒素還元酵素“NOR”

図1 一酸化窒素から亜酸化窒素への還元反応
図1 一酸化窒素から亜酸化窒素への還元反応
2個ずつの水素イオン(H)と電子(e-)に、2個の一酸化窒素(NO)が反応すると、“N(窒素)同士が結合する”現象と“一方のNOから酸素(O)が切断される”現象が起きて、亜酸化窒素(N2O)と水(H2O)ができる。

 城主任研究員が立体構造解析の最初のターゲットに選んだのは、カビの一種(Fusarium oxysprum )が持つ一酸化窒素還元酵素“NOR”だった。NORは、一酸化窒素(NO)を還元し、亜酸化窒素(N2O)をつくる化学反応を進める酵素だ(図1)。2個ずつの水素イオンと電子と、2個の一酸化窒素(NO)が反応して、“N(窒素)原子同士が結合する”現象と“一方のNOから酸素(O)が切断される”現象が起きて、N2Oと水(H2O)ができる。「とてもシンプルですが、そこに化学のエッセンスが詰め込まれています。私はX線結晶構造解析以外に、分光法などの手法でもこの酵素について研究を進め、その反応過程について仮説を提唱しました」
 カビのNORの活性中心には鉄原子が1個ある。活性中心に1個目のNOが近づき、そこに2個の電子が一気に入ると反応がとても起きやすい状態になる。次に、2個目のNOが近づき、NとNが結合すると同時にOが切断される、という仮説だった。「この仮説を発表すると、ある研究者から“君は大胆なことを言うね”と驚かれました。生物における化学反応で、2個の電子が一つの分子に一気に入る反応は、普通は見られない現象だからです。そして1997年、私たちはカビのNORの立体構造解析に成功しました(タイトル図A)。その立体構造は私の仮説を裏付けるもので、多くの人に納得してもらうことができました。まさに“百聞は一見にしかず”です」
 カビのNORの立体構造は、世界中の研究者が利用する“蛋白質構造データバンク”に理研の名前で登録した最初期のタンパク質の一つだ。この研究成果が発表された直後の1997年10月、理研は播磨研究所を開設。大型放射光施設“SPring-8”の供用を開始した。世界最高強度のX線を発振することができるSPring-8は、X線結晶構造解析の強力な手段だ。「私はこれを機に理研和光研究所から播磨研究所へ研究の拠点を移しました」
 これまでに、播磨研究所ではSPring-8を駆使して、解析が難しかったタンパク質の立体構造を次々と決定している。

タンパク質の立体構造から生物進化を語る

 1990年ごろ、生物が酸素を使う好気(こうき)呼吸をするときに不可欠なチトクロム酸化酵素“COX”と、酸素を使わない嫌気(けんき)呼吸をするバクテリアのNORのアミノ酸配列がとても似ていることが、遺伝子解析から分かった。バクテリアのNORは、カビのNORとはまったく異なるアミノ酸配列を持つ酵素だった。では、COXとバクテリアのNORは、どのような関係にあるのか。その関係を解くには地球誕生までさかのぼる必要がある。
 約46億年前に形成された原始地球の大気や海洋には、酸素(O2)がなかったと考えられている。地球に最初の生物が誕生したのは約38億年前なので、そのころの生物は酸素を使わず、窒素や硫黄の酸化物を使った嫌気呼吸を行っていたはずだ。30億年前ごろになると、光合成により酸素を放出する生物が登場し、やがて大気や海洋に酸素が増え始めた。
 酸素はDNAやタンパク質を酸化して損傷するため、当時の生物にとって猛毒だった。ところが、その猛毒の酸素を使った好気呼吸をする生物が登場。好気呼吸は嫌気呼吸に比べて格段に効率よくエネルギーをつくり出すことができる。こうして、生物進化が大きく進み、やがて動物や植物の共通の祖先である真核生物が誕生した。
 好気呼吸の獲得は、約38億年の生物進化史の中でも最も重要なトピックの一つだ。その好気呼吸を可能にした最も重要なタンパク質がCOXである。細胞膜に埋め込まれたCOXは、酸素を還元して細胞内から細胞外へ水素イオンをくみ出すポンプの機能を持つ。これにより細胞の内と外で水素イオン濃度に差が生まれ、それを利用してATPというエネルギー物質がつくられる。
 「生物進化の過程で、嫌気呼吸するバクテリアのNORから、好気呼吸する生物のCOXができたと考えられるようになり、1990年代から、それを確かめるために世界中でNORの立体構造解析が始まったのです。バクテリアのNORは、“cNOR”と“qNOR”の二つに大別されます。私たちは2003年から緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa )のcNORの結晶化を始め、SPring-8による立体構造解析を目指しました」
 城主任研究員たちはその後、好熱性細菌の一種(Geobacillus stearothermophilus )のqNORの構造解析も進めた。「qNORの立体構造解析が先に成功し、その解析成果を論文にまとめて投稿しました。すると査読者から、反論が書かれた分厚い書類が返ってきました。私たちの解析結果は定説を覆すものだったからです」
 qNORも細胞膜に埋め込まれた酵素で、反応に必要な水素イオンを活性中心に取り込む。「NORは水素イオンを細胞外から活性中心に取り込むというのが定説でした。私たちは、qNORは細胞外ではなく細胞内から水素イオンを取り込む、と逆の結論を出したのです」(タイトル図B②
 城主任研究員は反論に応えるために、さまざまな追加実験を行ったが、約3年が経過してもqNORの論文掲載は認められなかった。「そのうちに緑膿菌のcNORの構造解析にも成功しました。その研究成果をまとめた論文は2010年に発表されました。cNORは細胞外から水素イオンを取り込むという定説通りの解析結果だったので、すぐに掲載が認められたのだと思います」(タイトル図B①
 一方、qNORの論文掲載がようやく認められ発表されたのは、今年1月。バクテリアのNORの立体構造解析に成功したのは、世界でも城主任研究員たちだけだ。「バクテリアのNORの立体構造は、予想通りカビのNORとはまったく違うものでした。ところが、cNOR、qNOR、COXの三つの立体構造はそっくりで、進化的に関係があるのは一目瞭然です。cNORとqNORは水素イオンの取り込み方が違うことは、遺伝子解析に基づくアミノ酸の配列だけでは分かりませんでした」
 cNORとqNORは活性中心に鉄原子を2個持つのに対し、COXは鉄原子と銅(Cu)原子を1個ずつ持つ。qNORとCOXはどちらも水素イオンを細胞内から取り込むが、COXにはさらに水素イオンを細胞外へ送り出す通路“水素イオンポンプ”がある。
 そこで城主任研究員は、“qNORは水素イオンポンプの試作品で、その試作品をもとに完成品のCOXがつくられた”と予測している。「共同研究を行っている理研基幹研究所の杉田有治主任研究員(杉田理論分子科学研究室)は、コンピュータ・シミュレーションにより、NORのいくつかのアミノ酸が別の種類のアミノ酸に置き換わることで、水素イオンを細胞内から細胞外へ送り出す通路ができると予測しました。私たちはそのアミノ酸の置換を実際に行い、シミュレーション通りに構造が変化するか、確かめているところです。これまで生物進化は、体の形態や遺伝子レベルで研究されてきました。タンパク質の構造レベルから生物進化を探ることができるようになったことは画期的なことです」

京とSACLAで反応過程を見る

 「バクテリアのNORでは、2個の鉄原子がどのように働いてNOを還元しているのか。私はその反応過程に最も興味があります。その解明のために、NOのような2個の原子から成る分子とNORが結合した状態の結晶をつくり、SPring-8で立体構造解析することを目指しています。その解析結果をもとに、神戸市にある理研のスーパーコンピュータ“京(けい)”を使って反応過程のシミュレーションを行いたいと思います」
 SPring-8に併設されたX線自由電子レーザー施設“SACLA(さくら)”の供用が今年3月から開始された。SPring-8よりも10億倍以上も明るく、100兆分の1秒という短い発光時間のX線レーザーを発振するSACLAを利用すれば、化学反応の過程を直接観測することも可能だと期待されている。「いずれSACLAを使ってNORの反応過程を観測することに挑戦してみたいですね。それに必要な利用技術を開拓することも、私たちの重要な仕事です」

ヒト・鉄・病原菌

 そもそもカビやバクテリアは、なぜNORを持っているのか。NOは化学反応性の高い有害物質として知られている。カビやバクテリアの嫌気呼吸の過程でNOが発生する。そのNOをNORで還元してN2Oにすることで無害化しているのだ。
 ただし、N2Oは二酸化炭素の300倍もの温室効果を持つ。またN2Oはオゾン層を破壊する最大の要因となっていると指摘されている。「地球温暖化やオゾン層破壊を防ぐために、NORの働きを止める阻害剤の探索を、理研基幹研究所の長田裕之主任研究員(長田抗生物質研究室)、吉田 稔主任研究員(吉田化学遺伝学研究室)たちと始めています」
 城主任研究員たちは、ここで紹介したNOR以外にも、鉄を含むさまざまなタンパク質と酸素の化学反応の解明を進めてきた。例えば、酸素濃度を感知するセンサータンパク質や、脂肪酸の代謝に関係している脂肪酸水酸化酵素、アミノ酸から抗がん剤として期待されている化合物をつくる一原子酸素添加酵素、ヒトのトリプトファン代謝の鍵となる酵素“インドールアミン二原子酸素添加酵素”などだ(図2)。それらの構造と反応メカニズムは、創薬や有用物質を安価につくるための重要なヒントになるはずだ。
 「次に私たちがやるべきことは、そのように生物にとってなくてはならない鉄を、生物はどのように取り込み利用しているのか、それに関連するタンパク質の立体構造解析を行い、化学反応の仕組みを解明することです。それはまさに“生体金属科学”です」
 城主任研究員は、ヒトと病原菌は鉄をめぐって戦っていると指摘する。「マラリアやジフテリアなどの病原菌は、酸素を運ぶ血液中のヘモグロビンから鉄を奪い取って利用します。そのような病原菌に対抗するため、ヒトの免疫細胞“マクロファージ”は有毒なNOを放出して攻撃します。その攻撃に対して病原菌は、鉄を含むNORでNOを無害化し抵抗するのです」
 このように生物にとって重要な鉄だが、過剰な取り込みは害となる。鉄と酸素の反応から活性酸素ができるからだ。反応性の高い活性酸素はDNAやタンパク質にダメージを与えて病気や老化の原因になるといわれている。「病原菌を含む微生物は、体内の鉄の濃度を感知するセンサータンパク質を持っていて、ある濃度になると鉄の取り込み口を閉じます。ヒトはそのような鉄のセンサータンパク質を持っていません。そのセンサータンパク質の働きを抑える阻害剤は、ヒトには無害でもさまざまな病原菌に効果を発揮する可能性があります」

図2 城生体金属科学研究室が立体構造を決定したタンパク質
図2 城生体金属科学研究室が立体構造を決定したタンパク質
いずれも製薬メーカーなどから大きな注目を集めている。カビの一酸化窒素還元酵素(タイトル図A)、脂肪酸水酸化酵素、一原子酸素添加酵素は、立体構造がとてもよく似ているが、反応性や生理作用はまったく異なる。

鉄と生物の化学から学ぶ

 「現在の高機能電子機器には、優れた触媒機能を持つ白金やパラジウムなどのレアメタルが使われています。一方、生物はレアメタルを使わず、地球上にたくさんある鉄や亜鉛、銅など、ありふれた金属を用いてさまざまな化学反応を行い、複雑な生命活動を実現しています。立体構造解析の成果をもとに薬の候補物質を探したり、天然の酵素の立体構造を改変して優れた機能を持つ人工酵素をつくり出したりする応用研究が進められています。そのような研究だけなく、金属を含むタンパク質の化学反応の仕組みを解明することで、生物が行っている巧みな化学反応のエッセンスを学び、応用することができるはずです」
 城主任研究員たちが進める鉄と生物の化学の探求は、工学や創薬など、さまざまな分野の研究者たちの想像力を大いに刺激することだろう。