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研究最前線

気管支喘息やアレルギーに関わる遺伝子を突き止め、臨床に活かしたい


生きている動物や人間の体の中で、 特定の分子が働いている様子を画像化する 分子イメージング。 その有力な手段の一つが、 PET(陽電子放出断層画像法)だ。 理研神戸研究所 分子イメージング科学研究センター(CMIS) 分子プローブ機能評価研究チームの 尾上(おのえ)浩隆チームリーダーたちは、 脳の分子イメージングにより、 脳梗塞(こうそく)や脊髄損傷、パーキンソン病など 脳疾患に対する再生医療に 貢献しようとしている。


尾上浩隆
分子プローブ機能評価研究チーム 分子イメージング科学研究センター(CMIS) 神戸研究所


タイトル図 脊髄損傷のリハビリにおける脳活動の変化

 
無麻酔下のサルをPETで測定したパイオニア

 尾上浩隆チームリーダー(TL)は1989年、大阪バイオサイエンス研究所の睡眠研究グループに加わり、サルを使った実験に携わるようになった。当時、同研究所では、現CMISの渡辺恭良(やすよし)センター長がPETを使った研究を進めていた。「あるとき、渡辺先生に“サルの脳を、麻酔をかけずにPETで観たい”と相談され、挑戦することにしました」
 PETで生体内の特定の分子、“ターゲット分子”を観る場合、そのターゲット分子とだけ結合する分子に標識(放射性同位体)を付けた“分子プローブ”をつくる。それを体内に投与し、放射性同位体の崩壊に伴うガンマ線を測定することで、ターゲット分子がどこに、どれくらい存在しているのかを画像化することができる。例えば、脳の神経細胞は活動するときにグルコース(ブドウ糖)をたくさん消費するので、グルコースの類似体に放射性同位体を付けた薬剤を投与することで、神経細胞の活動をPETで測定することもできる。
 「PET測定する際には頭を固定する必要があるため、サルで実験するときは麻酔をかけていました。ところが、麻酔をかけると脳の活動も抑えられてしまうなどの影響が出てしまい、本来の脳の機能を観ることが難しくなります。そこで無麻酔で測定することが望まれていたのです」
 尾上TLはまず、サルの頭を固定する独自の装置を開発した。「実際に測定してみたところ、頭を固定されたサルは大きなストレスを感じてしまい、脳の活動が低下するなどの影響が現れました。それでは、本来の脳機能を測っていることにはなりません。ストレスをなくすためには、サルをリラックスさせる必要があります。それには、実験者とサルとのコミュニケーションがとても大切でした」
 サルを扱うコツは?「サルが威嚇してくることがあります。実はそのとき、サルは人をやっつけようとしているのではなく、逆に身の危険を感じて怖がっているのです。そのことを理解できるようになると、サルのことが分かってきます。サルは人のことをよく見ています。“この人ならば安心だ”という信頼関係を築く必要があります」
 尾上TLたちは1994年、無麻酔下のサルをPETで測定することに世界で初めて成功した。「現在でも、この測定ができるのは、当時共同研究を行った(独)放射線医学総合研究所と浜松ホトニクス(株)くらいです」

脳内を観ながら効率的にリハビリを行う

 尾上TLは2006年、CMISの前身である理研分子イメージング研究プログラムに分子プローブ機能評価研究チームを立ち上げた。「CMISには新しい分子プローブを開発しているチームがあります。開発した新しい分子プローブが生体内できちんと働くのかを確かめ、ターゲット分子に届かない場合にはその原因を明らかにして、新しい分子プローブづくりに役立つ情報を得ることが、私たちのチームの重要な仕事の一つです」
 生体内のさまざまな分子の様子を測定することで、何が可能になるのか。「私たちは、無麻酔下のサルのPET測定法などを駆使して、脳の機能回復や再生医療に貢献するさまざまな研究を進めています。ここでは、二つの研究を紹介しましょう」
 一つ目は、リハビリによって運動機能が回復するときに、脳内で何が起きているのかを調べる研究だ。尾上TLたちは、自然科学研究機構 生理学研究所の伊佐 正教授、西村幸男准教授や浜松ホトニクス(株)中央研究所PETセンターと共同で、脊髄損傷により手の指で物をつまむことができなくなったサルを対象に、リハビリの過程で脳内にどのような変化が起きるのかを、PETで調べた(タイトル図)。
 例えば右手に運動指令を送るのは、本来は左脳の運動野だ。「しかしリハビリを始めた初期段階で、左脳だけでなく右脳の運動野にも活動が見られました(タイトル図B)。初めは、右手がうまく動かないので、もどかしくて左手も動かし、そのため右脳にも活動が見られるのだろうと考えていました」
 右脳の運動野の役割を確かめるため、尾上TLたちは回復初期に薬剤で右脳の活動を抑えた。すると、それまでできるようになっていた右手の運動機能が再び損なわれてしまった。「この結果から、回復初期には右脳の運動野も、右手を動かすことに必要なことが分かりました。本来使われていなかった右脳からの運動指令が、運動機能を回復させるとともに、本来の左脳運動野の神経ネットワーク再編を促すと考えられます。そして運動機能がさらに回復すると、左脳の活動がより活発化し、右脳の活動はほとんど見られなくなります。このような時々刻々と変化する回復過程における脳内の神経ネットワーク再編の仕組みが、PETによって初めて分かってきました」
 さらに2011年、尾上TLたちはリハビリの過程で、やる気や報酬に関係する大脳辺縁系の側坐(そくざ)核などが活動することを発見した。「どうして大脳辺縁系が活動するのか、最初は分かりませんでした。リハビリ訓練をしたサルに報酬として餌を与えるので、活動するのかもしれないと思いました。しかし、さらに詳しく調べてみると、リハビリにより運動機能の回復が進むほど、本来、運動指令を送る側の運動野と大脳辺縁系の活動が、強い相関を示すことが分かりました(タイトル図C)。もしかすると運動野の神経ネットワークが再編して運動機能が回復していくとき、大脳辺縁系からそれをサポートする信号が出ているのかもしれません」
 脳梗塞や脊髄損傷で体が動かなくなった患者さんは、とても大きなショックを受け、強い抑うつ状態になる場合がある。また、リハビリによる効果がなかなか目に見える形で現れないため、やる気を失ってしまうケースもある。そのような精神状態が回復を遅らせる可能性がある。
 「PETを用いたサルの実験などにより、リハビリで脳が回復する過程を詳しく解明できれば、人のリハビリ現場で脳の回復が進んでいるかどうかをチェックすることができるようになります。また、効果が表に現れていなくても、脳が回復していることが分かれば、リハビリしている本人のやる気は高まります。そのためには、人のリハビリ現場において、より簡易な方法で脳の状態を調べる技術を開発する必要があります。さらに、大脳辺縁系がどのように運動野の回復に関与するのかを詳しく解明できれば、精神状態の改善を担当する神経内科医と、身体機能の改善を担当する理学療法士が連携して、より効果的なリハビリを図っていくことも可能になるはずです」

iPS細胞でパーキンソン病を根本的に治療する


図1 細胞移植を行ったパーキンソン病モデルサル
ドーパミンがつくられている部位が赤色で示されている。ヒトES細胞からつくった細胞を移植したパーキンソン病モデルサルの12ヶ月後の脳内では、正常なサルと同様にドーパミンがつくられていることが確かめられた。

 二つ目は、細胞移植による脳の再生医療の効果を調べる研究だ。脳では通常、損傷した部位に新しい神経細胞が補われることがほとんどない。そこで近年、さまざまな組織の細胞に分化する能力を持つiPS細胞(人工多能性幹細胞)を用いた細胞移植による脳の再生に、大きな期待が集まっている。尾上TLたちは、京都大学iPS細胞研究所の高橋 淳准教授らと共同で、パーキンソン病の根本的な治療法の開発を目指す研究を進めている。パーキンソン病は手足の自由が利かなくなる脳の病気だ。手足を動かすとき、脳内では神経細胞がドーパミンという物質をやりとりすることで信号が伝わる。脳の黒質という部位で加齢とともに神経細胞が死んでいき、ドーパミンが不足することでパーキンソン病が発症する。
 「現在は、ドーパミンのもととなる物質を投薬することで、不足したドーパミンを補う治療が行われています。治療開始当初は効果が高いのですが、治療を続けていくと投与量を増やさなければ効かなくなり、これが長期に及ぶと、手足がくねくねと勝手に動いてしまうジスキネジアと呼ばれる不随意運動などの副作用が現れる恐れもあります」
 健常な脳内では、神経細胞が適切な濃度のドーパミンを分泌し、過剰なものは再び取り込む。一方、ドーパミンを外部から投与する治療では、濃度を適切に保つことが難しい。「そもそもこの治療では、ドーパミンを分泌する神経細胞が死んでいくことを食い止めることはできません。そこで、一部では中絶胎児の細胞を移植する治療も行われてきました。しかし、これは倫理的な問題に加え、移植に最適な細胞を確保することが難しいという問題がありました」
 iPS細胞研究所では、iPS細胞から移植に最も適したドーパミン細胞をつくり出す研究が行われている。「最近、その研究は、ほぼ最終段階に近づいてきたようです」
 細胞移植のもう一つの問題点は、移植した細胞が脳内できちんと機能しているかどうか確かめることが難しかったことだ。「ドーパミンをつくるときに働く酵素や、再取り込みを行うときに働くトランスポーターというタンパク質にそれぞれ結合する分子プローブにより、移植した細胞が分化・生着(せいちゃく)してドーパミンをつくっているか、過剰なものの再取り込みを行っているかを、PETで確かめることができます。さらに別の分子プローブを使うと、移植した細胞が腫瘍(しゅよう)化していないか、炎症が起きていないかなど、安全性も確かめることもできます」
 尾上TLと京都大学再生医科学研究所の共同研究グループは、薬剤によりパーキンソン病の症状を再現したサルを用いて、ヒトES細胞(胚性幹細胞)やヒトiPS細胞からつくった細胞を移植する治療の効果を確認する実験を始めている。「サルの脳に移植した細胞が分化・生着し、ドーパミンをつくっていることをPETで確認しました(図1)。また、標識合成に携わる研究者の方々と協力して、脳内の炎症を捉えることのできる新しい分子プローブの開発にも成功しました。今後3〜5年かけてサルを用いた実験を進めて治療効果や安全性を確かめ、その後、ヒトに対する臨床試験へ進むことを目指しています」。将来のヒトに対する移植治療の現場でも、移植した細胞がきちんと機能しているかどうか、PETにより確かめることが有効だ。「その技術を確立し、臨床の現場に普及させていくことも私たちの重要な役割だと考えています」

無麻酔下のマウスのPET測定に成功


図2 PETによるマウスの脳活動の測定
左図の青色は脳の活動が低く、赤色は高いことを示している。麻酔を使用すると脳の活動が低下する(下)。分子プローブ機能評価研究チームは、無麻酔下でマウスをPETで測定することに世界で初めて成功した(上)。
 右図は、認知症モデルマウスと正常老齢マウスの脳活動をPETで比較解析した結果。認知症モデルマウスは、赤く示した側坐核で活動が低下していることが分かった。



図3 マーモセットの親子とPET装置
ウイルスベクターを利用してマーモセットの特定の遺伝子発現を抑制する方法が確立されている。PETによる分子イメージングは、動物を生かしたまま、遺伝子発現の場所や程度を特定するために必要不可欠な技術となっている。

 遺伝子改変技術により、さまざまな疾患のモデルマウスがつくり出されている。それらのマウスの脳をPETで測定することができれば、生命科学や医学が大きく進展するはずだ。「ただし、普通はマウスの脳をPETで測定しようとは誰も考えません」。なぜなら、PETの約1.3mmという空間分解能に比べてマウスの脳が小さ過ぎるからだ(直径約1cm)。ニホンザルなどマカク属のサルの脳は握り拳くらいの大きさがあるが、マウスでは小指の先ほどしかない。「それでもマウスに挑戦する気になったのは、CMISの優れたスタッフたちが、質の高いPET画像を得るためのさまざまな工夫をしていたからです」
 問題は、マウスの脳が小さいことだけではない。「実はサル以上にマウスは神経質でストレスを感じやすく、無麻酔での測定が難しいのです。マウスから見ると人は巨大怪獣のようなもの。人に触れられるだけで死の恐怖を感じるのでしょう」
 マウスがストレスを感じないように扱うノウハウを築いたり、マウスの頭を固定したまま、気付かれないように分子プローブを投与するための新しい装置を開発したりするなど、3年間に及ぶ試行錯誤が繰り返された。こうして2010年、無麻酔でのマウスのPET測定法が確立された(図2左)。
 「順天堂大学の本井ゆみ子准教授らが開発した認知症モデルマウスの脳をPETで解析していた水間 広研究員がある日、解析結果を持ってきました。私は思わず“うそだろう”とつぶやきました。それは側坐核で活動が低下していることを示す画像でした(図2右)。私はここまで詳細に解析できることが信じられなくて、もう一度、最初から解析をやり直すようにお願いしました」。その解析結果が正しいことは、解剖した脳組織を顕微鏡で詳細に観察することでも確かめられた。
 尾上TLたちは、無麻酔下のマーモセットのPET測定も始めている(図3)。マーモセットは、体長30cmほどの小型の霊長類で、ヒトと類似した社会生活を営み、成熟が早く繁殖能力に優れるなど、実験動物として有利な特徴を持つ。「マーモセットは、脳の高次機能の研究など脳科学に大変重要です。今後の分子イメージング研究には欠かせないものと考え、分子イメージング研究プログラム設立当初から計画に盛り込み、繁殖が可能な飼育施設を立ち上げました。マーモセットを使うのは、私にとっても理研にとっても初めての経験でした。担当した横山ちひろ研究員や川﨑章弘テクニカルスタッフは苦労の連続でしたが、今では100頭以上のマーモセットが飼育され、CMISだけでなく理研内のほかの研究者にも使ってもらえるまでになりました」
 2009年には、実験動物中央研究所の佐々木えりか博士や慶應義塾大学の岡野栄之教授たちが、遺伝子改変マーモセットをつくることに成功した。「岡野先生たちは現在、遺伝子改変技術を用いてパーキンソン病やアルツハイマー病の疾患モデルマーモセットをつくろうとしています。それらのマーモセットが生まれたら、CMISに連れてきてPETによる測定を行い、治療法の開発を目指した共同研究を行う予定です」

分子イメージングを根付かせたい

 「体の中で何が起きているのか。それをPETなどにより分子レベルで画像化する分子イメージングは、生命科学や医学においてまだ十分に根付いていません。この技術をさらに普及させるためには、多くの有用な新しい分子プローブを開発して、PETによって観ることのできる分子をどんどん増やしていく必要があります。MRI(核磁気共鳴画像装置)などほかの技術との情報の共有や融合を行うことで、生体内のさまざまな分子の時空間的な挙動を明らかにすることができます。生きた体を丸ごと観て、臓器間の分子を介したコミュニケーションをしっかり理解できるように、研究を進めていきたいと思います」と尾上TL。
 分子イメージングが、生命科学や医学を進展させ、病気に苦しむ多くの人たちに福音をもたらすことを期待しよう。


(取材・執筆:立山 晃/フォトンクリエイト)