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研究最前線

気管支喘息やアレルギーに関わる遺伝子を突き止め、臨床に活かしたい


「日本で喘息(ぜんそく)が原因で死亡する人は、減少傾向にありますが、現在でも 年間2000人を超えています。アレルギー性鼻炎やアトピー性皮膚炎で苦しんでいる 患者さんもたくさんいます。喘息死をゼロに近づけること、そしてアレルギーの苦痛を 少しでも和らげること、それが私たちの目標です」。そう語るのは、 理研横浜研究所 ゲノム医科学研究センター(CGM) 呼吸器疾患研究チームの 玉利(たまり)真由美チームリーダーである。 研究チームでは、“ゲノムワイド関連解析”を駆使して、呼吸器疾患や アレルギー疾患と関わりがある遺伝子を突き止め、発症や重症化の メカニズムを解明し、科学的根拠に基づいたより効果的な治療法の開発に 役立てようとしている。2011年には、世界で初めて 成人の気管支喘息の発症に関わる五つのゲノム領域を発見した。 また、アトピー性皮膚炎についての解析も進行中だ。


玉利真由美
ゲノム医科学研究センター 呼吸器疾患研究チーム 横浜研究所
広田朝光


タイトル図 SNPを用いたゲノムワイド関連解析とその成果

 
ゲノムワイド関連解析とは

 「私は子どものころからアトピー性皮膚炎で皮膚科に通っていました。お医者さんは“掻(か)いては駄目”と言うのですが、我慢できずに掻いてしまう。悪化して、また病院へ。その繰り返しでした」と玉利真由美チームリーダー(TL)。「今、アレルギー疾患で困っている人がたくさんいます。この状況を変えたいという思いで研究しています」
 玉利TLが率いる呼吸器疾患研究チームのターゲットは、気管支や慢性閉塞(へいそく)性肺疾患(COPD)などの呼吸器疾患と、アトピー性皮膚炎やアレルギー性鼻炎、食物アレルギー、花粉症などのアレルギー疾患である。「それらの疾患の発症や重症化のメカニズム、病態を科学的に明らかにして有効な予防法や治療法につなげることが、私たちの任務です」
 2011年8月、呼吸器疾患研究チームから大きな成果が発表された。「成人気管支喘息の発症に関わる五つのゲノム領域を発見しました(タイトル図)。そこで使ったのが、“ゲノムワイド関連解析(GWAS(ジーワス):Genome-Wide Association Study)”という手法です」
 ゲノムワイド関連解析について簡単に紹介しておこう。“ゲノム”とは、生物が持っている遺伝情報全体をいう。その実体であるDNAは、A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、T(チミン)という4種類の塩基の連なりである。ヒトゲノムは約30億個の塩基対からなり、それが親から子へ伝えられる。「ヒトゲノムの塩基配列は、2003年に解読されました。一人一人の塩基配列を比べるとほとんど同じですが、300〜1000個に1ケ所くらい、1個だけ塩基配列が違っている場所があります。そのような個人間における1塩基の違いを“1塩基多型(SNP(スニップ):Single Nucleotide Polymorphism)”と呼びます」(タイトル図A)。ヒトゲノムの中には1000万ケ所以上のSNPがあり、その中に疾患へのかかりやすさ、重症化のしやすさ、薬の効果や副作用の出方などに関わっているものがある。「患者さんとその疾患にかかっていない人のゲノムを比べ、患者さんにだけ高頻度または低頻度に現れるSNPのタイプが分かれば、そのSNPを手掛かりに疾患に関連するゲノム領域、さらには遺伝子を見つけることができます」
 この研究にはCGMの各チームの連携が欠かせない。まず、CGMが共同研究機関や文部科学省“オーダーメイド医療実現化プロジェクト”のバイオバンクからDNA試料の提供を受ける。疾患とSNPの関連を精度よく求めるには数千〜数万人のDNA試料が必要だ。次に、多型解析技術開発チーム(久保充明TL)が、各SNPのタイピングを行う。「連鎖不平衡(ふへいこう)マップが完成したことで、1000万ケ所以上のSNP のうち約55万ケ所だけ調べれば、ゲノム全体の約90%の情報が得られるようになりました」と玉利TL(タイトル図B)。とはいえ、データ量は膨大だ。それを統計解析研究チーム(高橋篤TL)が解析し、疾患とSNPとの関連の強さを数値化する。最後に、呼吸器疾患研究チームが、その結果を別途収集したほかの集団のDNA試料でも検証し、それらの結果を統合して疾患と関連するゲノム領域や遺伝子を突き止めていく。「CGMのタイピングと統計解析の技術は、世界トップレベルです。正確さとスピードが圧倒的に違います。成人気管支喘息の成果も、CGMのチームワークがあってこそのものです」

世界で初めて成人気管支喘息で解析

 気管支が炎症を起こす気管支喘息にかかると、激しいせきが出たり、呼吸がヒューヒューして息苦しくなったりする。環境要因と遺伝要因が複雑に絡み合って引き起こされ、日本人の約5%が罹患(りかん)するといわれている。「毎年2000人くらいの方が喘息で亡くなっています。その約90%が高齢者です」。そう語るのは、この研究を中心になって進めている広田朝光研究員である。「私たちは、日本での喘息死をゼロに近づけたいと思っています」。玉利TLと広田研究員は声をそろえる。
 気管支喘息についてのゲノムワイド関連解析は、すでに海外の研究機関でも行われている。「私たちの解析の特徴は、対象を成人に限定したことです。北米や欧州の解析では、成人だけでなく小児も対象に入っています」と玉利TL。なぜ成人に限定したのだろうか。
 「小児と成人の気管支喘息は、明らかに違います。小児は風邪をひいたときにだけ悪化する例が多く、適切な治療によって治ることが多いのが特徴です。一方、成人は小児より重症で、毎日きちんと薬剤を吸入しないとすぐに再発してしまうことが多いのです。病態が違うのであれば、関連している遺伝子も違う可能性があります」
 呼吸器疾患研究チームでは、日本人の成人気管支喘息患者1532人と患者ではない3304人について、ゲノム全体に分布する約46万個のSNPを解析した。その結果、五つのゲノム領域に存在するSNPが成人気管支喘息の発症と関連していることが明らかになった(タイトル図 C)。
 解析結果を見た広田研究員は、「ここが関連していたか!」と思わず叫んだという。“ここ”とは、5q22のことだ。“5”は5番染色体、“q”は染色体の長腕(短腕はp)、“22”は番地のようなものを意味している。「この領域には“TSLP ”と“WDR36 ”という遺伝子があります。 WDR36 の詳しい機能は分かっていませんが、TSLP はゲノムワイド関連解析を行う前から私たちが注目していた遺伝子です」と広田研究員。TSLP は、ウイルス感染、空調のカビや黄砂、タバコの煙などを感知して気道上皮細胞で強く発現が誘導される遺伝子で、免疫細胞の2型ヘルパーT細胞に働きかけてアレルギー応答を引き起こすことが知られている。
 「喘息の治療には、吸入ステロイド薬だけでなく、それに長時間作用性吸入β刺激薬(LABA)を配合した製剤の方が、急に症状が悪化する回数が減り、効果的といわれています。私たちは、ステロイドとLABAを両方使うと、ステロイドを単独使用したときよりTSLP の発現が強く抑制されることを、気道上皮細胞を用いた実験で2011年に明らかにしました」と玉利TL。「TSLP を含む領域が気管支喘息に関連していて、配合剤はTSLP の発現を強く抑制する作用があるという科学的根拠が示されました。配合剤が効果的に使用されることを期待しています」
 TSLP を含む領域は、北米で白人を対象に行われたゲノムワイド関連解析でも気管支喘息に関連しているという結果が出ている(図1)。TSLP は、人種を超えて気管支喘息に関連しているらしい。


図1 気管支喘息とアレルギー疾患のゲノムワイド関連解析
人種を超えて共通のゲノム領域や遺伝子もある一方で、人種固有のものもある。複数の疾患に共通して関連しているゲノム領域や遺伝子もある。気管支喘息やアトピー性皮膚炎に関連するゲノム領域には、感染や炎症に関わる免疫応答遺伝子が数多く含まれている。

 

呼吸機能と関連するゲノム領域

 6p21(6番染色体短腕)の領域も、成人気管支喘息の発症に関連していることが分かった。そこは“HLA領域”と呼ばれ、免疫システムにおいて自己と非自己の区別に重要な働きをするヒト白血球型抗原(HLA)や、免疫応答に関連する多くの遺伝子が存在する。「欧州の研究グループからも気管支喘息とHLA領域の関連が報告されています。また2010年には、HLA領域が呼吸機能の指標となる“1秒率”に関連していることが報告されています」と玉利TL。
 思い切り息を吸い込み、力を込めて一気に息を吹き出す、このような呼吸機能の検査を受けたことがあるだろう。吹き出した全体の量に対する最初の1秒間で吹き出した量の割合を“1秒率”と呼ぶ。1秒率が70%未満の場合、閉塞性障害と診断される。1秒率の低下は、気管支喘息の患者さんに特徴的に見られる。「慢性閉塞性肺疾患(COPD)でも1秒率の低下が起きること、気管支喘息とCOPDの合併症も多いことから、この領域に気管支喘息とCOPDに共通して関連する遺伝子があるのかもしれません。これから探っていきます」と玉利TL。COPDは、長期にわたって気道が閉塞状態になる疾患の総称で、長期の喫煙が最大の原因といわれる。患者数が増加しており、その発症や重症化のメカニズム解明や治療法の開発が待たれている。
 成人気管支喘息の発症に関連している三つ目の領域が、4q31(4番染色体長腕)である。この領域には、“USP38 ”と“GAB1 ”という2個の遺伝子がある。USP38 の機能は、まだ分かっていない。GAB1 は、リンパ球細胞の受容体や、炎症を引き起こすサイトカインの受容体を介した情報伝達に関わる遺伝子で、免疫システムにおいて重要な役割を果たすことが知られている。
 四つ目の領域が10p14(10番染色体短腕)である。ここは、“遺伝子砂漠”と呼ばれる、既知の遺伝子が存在しない領域だ。「10p14の中で最も関連を示したSNPから100万塩基離れたところに“GATA3 ”という遺伝子があり、アレルギー応答を引き起こす2型ヘルパーT細胞の分化を調整しています。10p14の関連領域にGATA3 の発現に関わる転写調節領域があるのかもしれません」と玉利TL。
 五つ目の領域が12q13(12番染色体長腕)である。この領域は、“ジーン・リッチ”と呼ばれ、遺伝子がたくさんある。「ゲノムワイド関連解析で分かるのは、“この領域にあるSNPが疾患に関連している”ということだけです。その領域に複数の遺伝子がある場合、どれが関連しているかは、一つ一つ調べていくしかありません。しかし、私たちだけですべての候補遺伝子を調べることはできません」と広田研究員。「私たちの論文を見て、世界各地の研究者が、その領域に含まれる遺伝子について詳しい検証を始めていることでしょう。数年たてば検証結果が次々と発表され、成人気管支喘息に関連する重要な遺伝子が分かってくると期待しています」
 今回明らかになった成人気管支喘息と関連するゲノム領域は、欧米の報告と共通するものがある一方、新規のものもある。広田研究員は、「同じ疾患名が付いていても、人種によって生活環境も違い、病態も異なりますから、関連している遺伝子も違うでしょう。研究の成果を日本で臨床に活かすためには、日本人について知らなければならないのです」と言う。
 論文として発表されたゲノムワイド関連解析の結果は、NIH(米国国立衛生研究所)のホームページで誰でも自由に見ることができる。「解析データには、病態を解明するための“宝”がたくさん埋まっています。例えば、成人気管支喘息との関連が明らかになった12q13領域は、円形脱毛症やI型糖尿病との関連も報告されています。別な疾患を対象としている研究者が見ると、思わぬ発見があったりします」と玉利TL。

喘息死をゼロに近づけたい

 喘息の重症患者さんを救い、喘息死をゼロに近づけたい。そのために、呼吸器疾患研究チームでは、好酸球性副鼻腔炎(こうさんきゅうせいふくびくうえん)の研究も行っている。好酸球性副鼻腔炎とは、白血球の一種である好酸球によって副鼻腔に炎症が起きる疾患である。
 治療効果の高い吸入ステロイド剤が普及し、成人気管支喘息の患者さんのうち90%の人は、症状をうまくコントロールできている。しかし、10%の人は症状をなかなか抑えることができず、年々少しずつ悪化していく。「重症の気管支喘息の患者さんを調べると、好酸球性副鼻腔炎を合併している人が多いことが分かったのです」と玉利TL。
 好酸球性副鼻腔炎は1990年代後半から増加傾向にある。これは、喘息治療に吸入ステロイドが普及した時期と一致する。好酸球性副鼻腔炎の治療には内服ステロイドが有効である。喘息治療にステロイドの内服薬を使っていたときは、好酸球性副鼻腔炎も抑えられていたのだろう。しかし、吸入ステロイドは口から吸って口から吐くために、鼻には届かない。そのことが好酸球性副鼻腔炎の増加に関連している可能性がある。「好酸球性副鼻腔炎は耳鼻科、気管支喘息は呼吸器科と、診断・治療が分かれているために、これまで見過ごされていました。喘息の重症化の予防には耳鼻科と呼吸器科の連携した治療が必要なことを、広く伝えていきたいと思います」
 広田研究員は、「アスピリンなど非ステロイド性抗炎症薬の服用によって起きるアスピリン喘息は重症化することが多く、その病態解明は急務です」と指摘する。「今回の成人気管支喘息のデータをアスピリン喘息の有無に注目して解析することで、アスピリン喘息の病態を明らかにできるかもしれません。その結果を予防につなげていきたいと思っています」

科学的根拠のある有効な治療法を

 呼吸器疾患研究チームでは現在、アトピー性皮膚炎のゲノムワイド関連解析を進めている。
 アトピー性皮膚炎の発症には“フィラグリン(FLG )”という遺伝子が関連していることが報告されている(図1)。FLG は皮膚の保湿に関わる遺伝子だ。「お風呂上がりにワセリンを塗る、というのは科学的根拠のある有効な治療法です。また現在では皮膚科で標準治療を受ければ多くのアトピー性皮膚炎は、うまくコントロールできる時代になりました。私もアトピー性皮膚炎で苦しみましたから、科学的根拠に基づいた予防法や、難治性の症例に対してより有効な治療法を示したいと思っています」と玉利TL。「まだ解析中ですが、今回のゲノムワイド関連解析によって“掻いてはいけない”ことの科学的根拠の一端を示せるかもしれません」
 玉利TLは、多くの医療機関との共同研究を進めている。「臨床の現場にいると、何をすべきなのか、何が重要なのかが見えてきます。現場の先生方と交流することで、患者さんのニーズに合わせた研究を行い、医学に貢献ができると信じています」

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)