理研和光研究所 脳科学総合研究センター(BSI)に今年3月末まで 所属していた谷口浩章 助教(Moore研究ユニット元研究員)は昨年末、 東京大学と共同で転写因子“Hamlet(ハムレット)”が嗅覚神経細胞の運命を 変える役割を果たすことを発見、という大きな成果を発表(図)。 そして、今年4月から同志社大学で研究をスタートさせた。 「一つの生物を構成する細胞はどれも同じ遺伝子を持っています。 でも、細胞にはさまざまな種類があり、別の種類の細胞に変わることも あります。何が細胞の運命を変えているのか。その仕組みに 興味があります」と谷口助教。2月に取材した際に「若い人こそ、 理研に来るべきです。BSIのように日本にいながら海外と同じような 環境で研究できる場所があることも伝えていきます」と語った 谷口助教の今の目標は、医療にも役立つ因子を見つけることだ。
「どうして? なぜ? を連発し、大人を困らせる子どもでした。小さいころの夢は研究者。電気関係の特許の仕事をしていた祖父や研究者だった叔父の影響です」と谷口助教。「小学生のときは、授業中に友達としゃべってばかりで、両親に怒られ、家で強制的に勉強させられました。すると、勉強がどんどん面白くなっていきました」。しかし、その勢いは中学で止まってしまった。「興味のないことを覚えることに意味を見いだせませんでした。何の役に立つのだろう、と思ってしまうのです。逆に、興味あることで分からないことがあるのは、とても嫌。そんな困った性格でした」
生物に興味のあった谷口助教は、岡山大学農学部、そして大学院へ進学。「大学院では指導教官が、研究とは何か、そして研究のノウハウを丁寧に教えてくれました。分からないことが分かるようになるのは、とても面白い。しかも、それが世界初だったり、人の役に立つことだったりすると、なおさらです。もっと学びたかったので、博士課程はカナダのラバル大学へ行くことにしました」
しかし、大きな壁にぶつかった。「そこはフランス語圏だったのです。ラボのミーティングも事務手続きもすべてフランス語。半年間、大学に通いながら語学学校で必死にフランス語を勉強しました」。指導教官は若く、谷口助教が初めての学生だった。「初めは教官の英語さえ理解できず、会話を録音して何度も聴いてようやく分かる、という状態でした。彼は、そんな私を根気よく指導してくれました。私も戻るところがないから頑張るしかなかった。カナダでの経験は、大きな自信につながっています」
そしてPh. D. 取得後、カナダのマギル大学へ。「生殖細胞の研究をしていましたが、“エピジェネティクス”を介した細胞の運命決定の仕組みに興味を持ち、テーマを変えました」。エピジェネティクスとは、DNAやヒストンの修飾形態が後天的に変化することで遺伝子の発現が変わる現象をいう。2010年、結婚を機に帰国した谷口助教は、細胞の運命決定に関わる転写因子“Hamlet”の発見者、BSIのMoore Adrian Waltonユニットリーダーのもとで研究を始めた。「同じ塩基配列を持ちながら細胞の運命が変わる仕組みを明らかにできれば、がんの治療や再生医療に大きく貢献できます。私は妹を病気で亡くしているので、医学に貢献したいという強い思いを持って研究しています」
今年4月から同志社大学での研究をスタートさせた。「教育、指導してくれた人がいたからこそ、今の私がある。今度は、私が教育する番です。理研は、研究力が圧倒的に高い。若い人こそ、理研に来るべきです。海外の大学院に行った経験や、BSIのように日本にいながら海外と同じような環境で研究できる場所があることも伝えていきます」。趣味は話すこと、という谷口助教。関西弁、英語、フランス語を駆使して、研究も教育も精力的に進めていくことだろう。
(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)


