クロイツフェルト・ヤコブ病やBSE(牛海綿状脳症(うしかいめんじょうのうしょう))で知られるプリオン病は、プリオンというタンパク質の異常により発症する神経変性疾患だ。プリオン病には細菌やウイルスを介した感染症とは異なり、プリオンだけを感染源とする“タンパク質単独仮説”があり、研究者の間で長年議論されてきた。理研脳科学総合研究センター タンパク質構造疾患研究チームの田中元雅チームリーダーらは、酵母プリオンを用いて、タンパク質単独仮説を世界で初めて実証。タンパク質のアミロイド(凝集体)構造の違いがさまざまな症状を引き起こす特異なメカニズムを解明し、治療法の確立していない神経変性疾患の病態解明や治療法開発に役立てようとしている。

プリオン病発症の流れと表現型
プリオン病の病原体は、細菌やウイルスではなく、プリオンという感染性のタンパク質と考えられている。DNAの塩基配列が翻訳された直後のプリオンは、アミノ酸が数珠つなぎになったひも状を呈している。それが折り畳まれて(フォールディング)、特有の立体構造となる。何らかの理由で誤った折り畳みになると(ミスフォールディング)、複数のプリオンが重合して線維状のアミロイドを形成することがある。このアミロイドの蓄積がプリオン病の発症に関与すると考えられている。
正常型プリオンは、ひもがらせん状になったαへリックスを多く含んだ構造をしており、水に溶けやすい。一方、異常型プリオンは、ひもが帯状に平行に並んだβシートに富む構造をしており、水に溶けにくい、という違いがある。
社会問題となったプリオン病
神経細胞が死滅し、スポンジのように脳が穴だらけになるプリオン病。長い潜伏期間を経て発病すると、認知障害や妄想といった症状が急速に進行し、やがて体が制御できなくなり1〜2年で死に至る恐ろしい病気だ。ヒツジではスクレイピー、ウシではBSE(通称、狂牛病)、ヒトではクロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob Disease:CJD)などが知られている。
1990年代半ばに英国でCJDが集団発生したことを覚えている人も多いだろう。当時、スクレイピーにかかったヒツジの脳や肉骨粉(にくこっぷん)を含む飼料を食べたウシがBSEになり、そのウシを食べたヒトがCJDになることが明らかとなり、種を超えてプリオン病が感染する恐怖が社会問題にまで発展した。
「通常、感染症の病原体は細菌やウイルスなどで、生体に感染した病原体は核酸(DNAやRNA)を複製して自己増殖します。ところが、プリオン病では、病原体は細菌やウイルスではなく、核酸も検出されていません。しかも、同じプリオン病であっても、患者さんによって障害が出る脳の部位、進行の速さ、症状などがまるで違うのです(タイトル図)。発症のメカニズムは解明されておらず、根本的な治療法は今のところありません」と田中元雅チームリーダー(TL)。
タンパク質単独仮説
ここで、プリオン病に関するこれまでの研究を紹介しておこう。1982年、米国のスタンリー・プルシナー博士(1997年ノーベル生理学・医学賞)が、プリオン病患者の脳から微細な物質を発見。その正体は、253個のアミノ酸からなるタンパク質で、“プリオン”と名付けられた。「プルシナー博士は、プリオン病は細菌やウイルスではなく、プリオンという感染性のタンパク質によって引き起こされるとする“タンパク質単独仮説”を提唱しました」。この仮説では、“正常型プリオン”のほかに、正常型とアミノ酸配列がまったく同じ“異常型プリオン”があり、病因はこの異常型プリオンにあるとされている(タイトル図)。
「タンパク質が正常に機能するには、数珠つなぎになったアミノ酸が正しく折り畳まれなければなりません。この折り畳みをフォールディングといいます。異常型プリオンは、折り畳みがうまくいかずにミスフォールドしたもので、帯状のβシートという構造を多く持ちます。タンパク質単独仮説は、異常型プリオンの構造が鋳型となり、正常型プリオンを異常型の構造に変換し、次第に線維状のアミロイドを形成していくというものです」
タンパク質単独仮説を支持する実験データもいくつか得られてはいるが、タンパク質のみで感染するという医学の常識に反するこの仮説に対して、世界中の研究者の間で長年議論が続いてきた。「この仮説を実証するには、プリオンのみがプリオン病の感染源であり、ほかの因子が関係していないことを証明しなければなりません。また、同じアミノ酸配列を持つプリオンから重篤度や疾患部位特異性など、表現型に違いが生じる謎を解明する必要があります」と田中TL。
仮説の実証に成功
2004年、田中TLはまず、“酵母プリオン”を使って、プリオンのみがプリオン病の感染源であることの証明に挑んだ。「単細胞の酵母にも、哺乳動物のプリオンと同様の振る舞いをするタンパク質があり、それを酵母プリオンといいます。私たちは、酵母プリオンの一つ“Sup35”のアミロイドをつくり、これをプリオン感染していない酵母に直接導入する手法を開発しました。すると、その酵母内の正常型プリオンの100%近くが次々とアミロイド化しました。つまり、プリオンのみで感染したのです」
次に、同じアミノ酸配列を持つプリオンから異なる表現型が生じる謎に取り組んだ。田中TLらが着目したのはアミロイド構造だ(タイトル図)。「私たちは、同じアミノ酸配列のSup35から異なる“コンフォメーション(同一分子中の各原子の立体的な配置)”を持つアミロイドをつくる方法を開発しました。ポイントは、添加物などを加えずに単に異なる温度でSup35を重合させたこと。4℃と37℃で重合させた二つのアミロイドを調べ、実際に異なるコンフォメーションになっていることを確認しました。次に、この二つのアミロイドをそれぞれプリオン感染していない酵母へ直接導入し、感染実験を行いました。その結果、4℃で重合したアミロイドを導入した酵母は白色、37℃で重合したアミロイドを導入した酵母はピンク色と、異なる色になりました。また感染率も異なり、4℃で重合したアミロイドの方が37℃で重合したものに比べ、より高率にプリオン感染を引き起こしました」。さらに重要なことは、この感染実験で現れた表現型(この場合、色)は、導入したアミロイドの量に依存しなかったことだ。「実験に用いたのはアミノ酸配列が同じSup35です。つまり、異なる表現型の出現は、アミロイドの量ではなく、“コンフォメーションの違い”に由来することが分かりました」
ハンチントン病にも関わるアミロイド構造
図1 アミロイド構造に依存した細胞毒性
ハンチンチンエキソン1を4℃と37℃で凝集させたところ、4℃で凝集したアミロイドはポリグルタミンが露出した脆弱なアミロイド構造で、より毒性が高いことが分かった。
さらに研究を進めていくと、プリオン病だけでなく、同じ神経変性疾患のハンチントン病の発症にもアミロイド構造の多様性が関与していることが分かってきた。ハンチントン病は、不随意運動、認知力低下を伴う疾患で、治療方法が見つかっていない難病だ。
まずタンパク質がつくられる過程を簡単に説明しておこう。DNAの遺伝子領域の塩基の並び方(塩基配列)は、アミノ酸のつながり方を指定する暗号になっている。塩基には、アデニン(A)・チミン(T)・グアニン(G)・シトシン(C)の4種類があり、塩基が三つ一組みで一つのアミノ酸を指定する。このアミノ酸が連なってタンパク質がつくられる。
「ハンチントン病の原因となるタンパク質“ハンチンチン”の遺伝子領域の一つエキソン1には、C、A、Gの三つ一組みの繰り返し配列“CAGリピート”があります。CAGはアミノ酸の一つ、グルタミンを指定し、グルタミンが長くつながったものをポリグルタミンといいます。ハンチントン病の患者さんでは、CAGリピートが通常よりも多い36個以上繰り返され、異常に伸長したポリグルタミンがつくられます。この異常なポリグルタミンを含むハンチンチンがアミロイドとなり、発症に関わるのです。しかし、詳細な発症メカニズムはまだ分かっていません」
2009年、田中TLらは精製したハンチンチンのエキソン1を、酵母プリオンのときと同様に4℃と37℃で凝集させ、アミロイドを形成させた。「4℃で凝集させたアミロイドは、βシートに加え、ひも状構造のループやU字形のループ構造であるターンを多く含む脆弱(ぜいじゃく)な構造で、ポリグルタミンの一部が凝集体の外に露出しています(図1)。一方、37℃で凝集させたアミロイドはβシートが多い強固な構造で、ポリグルタミンが凝集体の中に埋もれた構造になります。興味深いことに、試験管内で4℃や37℃で凝集させたアミロイドとよく似た構造を持つアミロイドが、ハンチントン病モデルマウスの脳内でも観察され、脳の中の領域によってアミロイドの構造が違うことも分かりました。さらに、アミロイドの構造の違いが毒性の強弱をもたらすかどうかを調べたところ、4℃で凝集したアミロイドは毒性が強く、37℃で形成したアミロイドは弱いという、プリオン酵母と同様の結果になりました。これは露出したポリグルタミンが周辺の正常なタンパク質と相互作用し、それらを巻き込んで凝集することで、正常なタンパク質の機能を失わせるからだと考えられます」
アミロイド構造の形成過程
「私を含む多くの研究者は、感染性や毒性の高いアミロイドは“ガチガチに固まった状態”ではないかと、何となくイメージしていました。もちろん、そこには何の根拠もありません。しかし実際には反対で、感染性の高いプリオン、毒性の強いハンチンチンのアミロイドは、むしろ脆弱な構造でした。脆弱なアミロイドは細胞内で細かく分断されます。そして、分断された一つひとつのアミロイド断片がそれぞれに働いて、より感染性が高まることが明らかになっています。では、アミノ酸配列の同じタンパク質からどのように異なるアミロイド構造が生成されるのか。特に、感染性や毒性の高いアミロイド構造が生じるメカニズムを解明すれば、プリオン病、ハンチントン病などアミロイドを原因とする神経変性疾患の病態解明や、新たな治療法の開発に近づけます」
そして2010年、田中TLらはSup35を対象に、4℃と37℃におけるアミロイドの形成過程を、理研播磨研究所にある大型放射光施設「SPring-8」を使って詳しく調べた。「タンパク質溶液にX線を照射し、散乱強度を測定することで、タンパク質の結合状態や構造を調べるX線小角散乱という方法を用いました。その結果、37℃ではSup35は単量体(モノマー)であるのに対し、4℃では複数のモノマーが結合した安定な重合体(オリゴマー)を形成していることが分かりました(図2)。また、温度を4℃、37℃と繰り返し変えても、それぞれの温度で同じ散乱強度を示したことから、Sup35のオリゴマー形成は温度変化に対して可逆的であることが分かりました。さらに、4〜9℃で形成したアミロイドはオリゴマーを経由して感染性の高い脆弱な構造になること、10〜37℃で形成したアミロイドはオリゴマーを経由せずに感染性の低い堅い構造になることが分かりました。つまり、安定なオリゴマーが形成されるか否かが、アミロイドの最終的な構造や表現型を決定する要因になっていたのです」
次に、4〜9℃でオリゴマー形成に関わるアミノ酸を特定するためにSup35の変異体を作製し、どのアミノ酸の変異によってオリゴマーの量が減少するかをX線小角散乱法で調べた。その結果、プリオンドメインという123個からなるアミノ酸配列中の、最初の約100個のアミノ酸が、オリゴマー形成に関与していることが明らかとなった。
「さらに、その中の50〜100番目のアミノ酸同士が結合すると、オリゴマー形成が始まることが分かりました(図2)。ほかの研究グループにより、アミロイド形成に使われるアミノ酸は、4℃では最初の35個、37℃では最初の70個であることが報告されています。これらの結果から、4℃では複数のモノマーがそれぞれの50〜100番目のアミノ酸を介して相互作用(非天然相互作用)して、最初にオリゴマーを形成する。次に、そのオリゴマーが足場となってモノマーが順次結合していき伸長する。オリゴマーの形成によって、この伸長の際に使われるアミノ酸が35個と少なくなるために、脆弱なアミロイド構造になります。一方、オリゴマーが形成されない37℃では、4℃のときの倍の70個のアミノ酸が結合に参加できるので、安定した堅いアミロイド構造を形成するのです」。脆弱なアミロイドは細胞内で分断されやすく、より多くのアミロイド断片を生じて感染性が高まるのだ。こうして、感染性の高いアミロイド構造の生成メカニズムが解明された。
図2 Sup35タンパク質のアミロイド形成過程と酵母プリオン株の表現型
4℃では、各モノマーの50〜100番目のアミノ酸(黄色)同士が非天然相互作用(緑色の線)により結合し、オリゴマーが形成される。次に、そのオリゴマーが足場となり、モノマーが1〜35番目のアミノ酸を介して順次結合していき伸長する。形成されるアミロイド構造は脆弱なため細胞内で分断されやすく、より多くのアミロイド断片を生じて感染性の高い表現型となる。一方、37℃ではオリゴマーを形成せず、モノマーが1〜70番目のアミノ酸を介して順次結合していき伸長する。形成されるアミロイド構造は堅いため分断されにくく、感染性の低い表現型となる。
タンパク質によるスイッチング
「これまでは病気を引き起こす原因としてのみ見ていたアミロイドですが、最近では生体内で細胞の機能を制御する役割を果たしているのではないかと考えています。タンパク質が可溶型(プリオン病の場合は正常型)である状態と凝集型(プリオン病の場合は異常型)である状態は、実は比較的普通に起こっている現象で、例えば環境の変化に応じてその都度、変換しているのかもしれません。例えば可溶型はスイッチオン、凝集型はオフとして機能していて、何らかの環境変化に適応している。もしも同様のスイッチングをゲノムの変化によって行おうとすれば、どこかに変異が入ってしまうリスクがありますが、タンパク質だけでオン・オフができればそのリスクを回避できます」と話す田中TLは、プリオンのような、タンパク質の可溶・凝集状態の可逆的なスイッチングを利用した細胞機能の発見を目指し、研究をスタートさせている。
「もちろん、プリオン病やハンチントン病といった神経変性疾患の病態を解明し、新しい治療戦略や創薬に役立つような研究も進めていきます」。すでに酵母プリオンでは、感染性を高める上で重要な役割を果たす“分断タンパク質”が同定されている。この分断タンパク質の機能を阻害すると、アミロイドは分断されずに伸びる一方で、その後プリオン化した状態から正常な状態に戻ることが分かっている。この仕組みを応用すれば、分断する因子をブロックするという治療につながるかもしれない。「しかし、多くの課題があります。哺乳類に関しては分断タンパク質が見つかっていませんし、タンパク質だけを用いて高効率でプリオン感染させることも、実はできていません。哺乳類の場合は、核酸などの補助因子がないと感染性の高いアミロイドはできないのではないかと指摘する研究者もいます。私たちは、酵母プリオンで発見したメカニズムをきっかけに、新たな道が切り拓けると信じて研究を進めています」
(取材・構成/牛島美笛)

