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研究最前線

進化する超微細加工技術――ELID研削法からブロードバンド加工へ

レンズや半導体基板といった光学・電子部品などの精密加工では、物質表面を削る研削(けんさく)と、鏡面のようにきれいな面に仕上げる研磨(けんま)が、その性能を左右する。そこに画期的な技術革新をもたらしたのが"ELID(エリッド)研削法"だ。
この手法を使うと、研磨することなしに表面の凹凸をナノレベル(100万分の1mm)の超高精度に仕上げることが可能。
ELID研削法を開発した大森整 主任研究員が率いる大森素形材工学研究室は、研究者や技術革新に挑む企業のエンジニアがしばしば訪れる駆け込み寺となっている。
さまざまなニーズに対処するなかでELID研削法は日々進化を遂げ、次なる目標"ブロードバンド加工"に動き始めている。

デスクトップ型ELID加工機を使ったマイクロ・ファブリケーション

タイトル図: デスクトップ型ELID加工機を使ったマイクロ・ファブリケーション
イラストは、デスクトップ型ELID加工機における加工時の模式図。ノズル内の水の電解で生じた水酸化物イオン(OH)が砥石にかかると、砥石表面の導電材イオンと反応する。すると不導体被膜が形成され、砥粒(切れ刃)が砥石表面に突出し目立てができる。この状態でワークが研削できるようになる。研削が進行すると砥粒が摩耗し、不導体被膜がはがれる。そして再びOHが砥石にかかり導電材が溶けだす。このサイクルが繰り返されることで、いつも同じ量の目立てが行われつつ、ワークが研削されていく。

大 森  整Hitoshi Ohmori

私たちの技術を使って、日本人研究者にノーベル賞をとってもらうこと。それが私の夢です。大 森  整Hitoshi Ohmori基幹研究所 大森素形材工学研究室 主任研究員

おおもり・ひとし。1962年、茨城県生まれ。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。 1991年、理研素形材工学研究室研究員。副主任研究員を経て2001年より現職。専門は超精密・超微細機械加工研究。

進化し続けるELID

大森整 主任研究員がELID(ELectrolytic In-process Dressing:電解インプロセスドレッシング)研削法を発表したのは、今から約四半世紀前の1987年。当時は鏡面加工する場合、研削した後に研磨する、この二つの工程が必要だった。一方、ELIDは、研削と研磨を同時に行うことができる。

「ELIDの砥石は、金属などの導電材に砥粒(とりゅう)という小さくて硬いダイヤモンドなどの粒子を均一に混ぜて固めたものです。これを高速で回転させて材料(ワーク)を削るのですが、少し使うと目詰まりや目つぶれが起こって削れなくなるため、研削をたびたび中断して砥粒を砥石表面に出して切れ味を回復させる"目立て(Dressing)"をする必要があります。ELIDの場合、ワーク表面を削っている間も、電解によって(Electrolytic)砥石の導電材だけが選択的に除去されるため、研削と目立てを同時(In-process)に行うことができるのです。目立て量も電気的に制御することができるため、微細な砥粒を使用することができます。そのため削り痕(あと)を小さくすることが可能となり、ナノレベルの精密な鏡面加工が実現しました」。ELIDは画期的な方法であったため、産業界の注目を集めた。

その後、要求される加工精度は年々厳しくなり、特殊金属や複合材料といった柔らかいワークが増えてきた。しばらくは砥粒を小さくすることで対処できていたが、砥粒の直径が1μm(=1000分の1mm)以下くらいになると砥石の回転軸のふれの問題がいよいよ避けられなくなり、技術革新を迫られた。そこで、大森主任研究員は1993年、"弾性砥石"を使ったELIDに取り組み、表面の凹凸差が平均0.3nmの鏡面加工に成功。「弾性砥石と言っても60〜70%は金属で、残りが合成樹脂、いわゆるプラスチックです。この割合がちょうどいいのです。今では、弾性砥石を使ったELIDが主流になり、ミラーなど光学部品の仕上げ段階では欠かせないものになっています」

続いて、ELIDを使って3次元形状の加工にも挑戦。砥石やワークの位置をナノ精度で検出・設定できる工作機械とELIDとを組み合わせ、コンピュータ制御する超精密多自由度の加工システムを開発し、非球面レンズの鏡面加工に成功している。

最近は、より効率的に、より高精度に微細部品を加工生産する技術"マイクロ・ファブリケーション"のニーズが高まっている。タイトル図は、工具やセンサ、電極に使われる先端径1μmのワークを"デスクトップ型ELID加工機"で加工している様子。大森主任研究員は「ワークが小さいなら装置も小さくできるはず」と、研削液を噴射するノズル部に電極を内蔵したデスクトップ型ELID加工機を2004年に開発した。タイトル図のワークのように先が細い微小形状のものでも、折ることなくナノ精度で加工できる。このデスクトップ型ELID加工機は、2010年に電源部がコンパクト化され、これまでに民間企業や研究機関に多く導入されている。「マイクロレベルから10cmまでの小さなワークの精密加工が可能です。スペースもとらないし、家庭用電源(100ボルト)で動く。さらには1個でも100個でも加工できます。大規模工場は生産コストが安い中国など海外に移っていくでしょう。必要な時に、必要な数だけ、精密加工できる"オンデマンド・ファブリケーション"なら日本に残せます」と大森主任研究員。

ELIDの主要ユーザは精密加工を必要とするメーカーが多い。光学部品、半導体、金型、自動車、医療分野など、業種もさまざまだ。ELIDがカスタマイズされ、量産ラインに導入された例もある。2006年、富士重工業(株)と共同で、自動車エンジンのシリンダー内壁を磨くホーニングにELIDを応用し"ELIDホーニング工法"を開発。作業時間の半減に成功している。

ゴム砥石、カーボン砥石への挑戦

ELIDの進化はさらに続く。現在、大森主任研究員らが取り組んでいるテーマの一つが、前述の弾性砥石以上に弾性の強い新たな砥石の開発だ。その候補の一つとなっているのが"ゴム"。しかし、ゴムだけでは導電性がないため電解されない。「導電性のある材料や金属をゴムに混ぜた砥石にする計画です」。その材料の候補の一つが"カーボン(炭素)"。例えば半導体メモリなどは、裏面を削ってシリコン製の基板を薄くするのが理想とされている。ELIDなら加工時に与えるダメージも少なく、薄くできるが、金属を使った砥石なので電解により砥石から金属イオンが出る。「ほとんどの場合、問題はなかったのですが、メーカーの方から金属を使わない砥石でELIDを利用できませんかと言われ、カーボンに行き着いたのです。カーボンは金属ではありませんが電気を通し、イオン化しても半導体に影響しないからです」

さらに砥石の材料とするカーボンも、独自に作製することを考えている。「米糠(こめぬか)や、葦(あし)などの水草といった未利用資源を活用しようと考えています。水草は繊維組織があるので、焼いた後の灰は繊維状のカーボンになります。まだ、基礎研究の段階ですが、カーボン砥石はユニークな性能が得られるかもしれません」。将来、環境に優しい米糠由来、水草由来のカーボン砥石が実用化されるかもしれない。

表面の性質を変える

もう一つのテーマは"表面改質"。ELIDが世に出たとき、「ELIDで磨いた表面は錆びにくい」との声が多く寄せられた。「意外な反応で驚きましたが、その仕組みを調べたところ、水酸化物イオン(OH)がポイントでした。電解により砥石と電極の間に流す研削液から、OHが発生します。OHは砥石表面にかかり目立てを引き起こしますが、同時にワーク表面にもかかり、その表面に薄い酸化層を形成します。これが保護膜となり錆びにくくしていたのです。錆びが大敵の金型の材料や、人工歯根・人工関節など各種インプラントの加工にもELIDは最適です」

この表面改質をさらに積極的に利用できないか。砥粒や研削液の成分を意図的に変えれば、さまざまな表面改質が起こせるのではないかと、大森主任研究員は考え研究を進めている。「例えば、砥粒をダイヤモンドからアルミナや酸化クロムに変えると、表面の濡れやすさ"濡れ性"を変えることができます。また、ダイヤモンドとシリカを混ぜた砥粒を持つ砥石で加工すると、あとから被せるコーティング層との密着性に優れたワーク表面になります。さらにワークを強靭にすることも可能だったのです」。タイトル図にある直径1μmの細長いワークがなぜ折れることなくつくれるのか。「調べてみると加工中に酸素イオンがワークにたくさん入りこみ、金属組織が強化されていたのです。ELIDの強みは、①複合曲面のような複雑な形状を効率よくつくれる、②ナノスケールの精度で鏡面のように表面をなめらかに加工できる、③ワーク表面に機能を付加できる、の三つです。つまり、形をつくり、粗さをつくり、機能をつくるの三位一体です。最近は、機能付加の研究の割合が増えています」

液体・気体研磨、そしてブロードバンド加工へ

ELID以外にチャレンジしているテーマがあるか尋ねたところ、「ELIDは剛体砥石から弾性砥石へと大きく発展しましたが、実はその次があります。固体ではなく、液体で磨くのです」と返ってきた。

2008年、大森主任研究員は大阪大学の山内和人 教授と共同で、今年3月に完成した理研播磨研究所の「X線自由電子レーザー施設SACLA(さくら)」から出るX線(波長0.6nm)を集光する鏡を作製した(図1)。この集光鏡の形状は複雑な非球面。その鏡面加工には原子1個レベルの表面精度が要求された。「ELIDでそこまでの細かさで仕上げるには課題があります。そこで、山内教授のグループが進めている液体で研磨する"EEM(Elastic Emission Machining)加工法"と組み合わせることにしました。EEMは化学反応を利用し、原子1個のレベルで鏡面仕上げができる加工法です。まず、ELIDで形と粗さを、その後、EEMで原子1 個のレベルに仕上げたのです。この細かさで非球面を加工できる技術を持っているのは、私たちだけです」

集光鏡では大森主任研究員と山内教授らが二つの手法を組み合わせたが、大森主任研究員はさらに未踏の領域をカバーする新たな研磨法を検討中だ。「原子1個レベルの鏡面加工が可能な液体研磨は、凹凸差の大きい表面を加工する場合、時間がかかります。そこで、固体と液体で研磨する間に、粘性の強い液体、粘弾性体(ねんだんせいたい)を入れて時間短縮と精度をさらに向上させる方法を考えています」。粘弾性体の候補は、磁場をかけると粘性が強くなり、かけないと普通の液体になる"磁気粘性流体"だ。磁場の強さをかえて粘性を制御することができる。「まず、固体研磨でワーク表面をカンナのように削りとっていく。次に、ワーク表面に残った凹凸を磁気粘性流体で研磨してならす。最後に、液体研磨で原子1個レベルに仕上げます」

図1:理研播磨研究所のX線自由電子レーザー施設「SACLA」の集光ミラー

図1:理研播磨研究所のX線自由電子レーザー施設「SACLA」の集光ミラー

さらに、その次の手法も検討中と語る大森主任研究員。「ワークに残留していた加工時の歪(ひずみ)、"加工歪"を、プラズマ化したガスを表面にあてて取り除く。気体研磨です。今年後半に試作機をつくる予定です」。真空中でのプラズマエッチングのように、ガスの粒子をワーク表面に当てて磨こうというのだ。

次々と新しい手法を考案、開発している大森主任研究員の最終目標は何なのか。「それは"ブロードバンド(広帯域)加工"です(図2)。ワークの加工断面を"波形"とみなすと、①形状、②うねり(大きな凹凸)、③粗さ(小さな凹凸)が入れ子状態になっており、その波長と振幅に応じて、剛体、弾性体、粘弾性体、液体、気体それぞれの加工法が得意とする領域があります。加工対象がどんなものでも有限の時間内に狙った精度で磨くためには、隣り合う加工法の領域がすべて重なってブロードバンドになっているのが理想です。領域が重なる部分については、加工メカニズムの科学的解明、制御・チューニング技術の開発など、研究課題はたくさんありますが、ブロードバンド加工の実現に向けて、新しい方法論と分野を構築したいと考えています。実現すれば、サイズや精度に応じてどの加工法が相応しいか、あるいはどれとどれを組み合わせればよいかが見通せるようになります」

図2:ブロードバンド加工の概念図
ワークの断面を段階的に拡大していくと、形状、うねり、粗さは、入れ子のような関係を持った“波形”の重なりで表せる。それらの波長と振幅を想定して、最適な研削・研磨の手段を組み合わせるのがブロードバンド加工である。

図2:ブロードバンド加工の概念図

最先端科学を支える

研究者からは、ELIDやマイクロ・ファブリケーションだけでなく、加工対象のワークが大きい"ウルトラ・ファブリケーション"の依頼も増えている。「大きいと加工に時間がかかります。すると、温度変化によりワークが伸び縮みしたり、工具が擦り減ったりして加工位置がズレてしまいます。大きいので形を精密測定する装置もありません。加工精度を一定に保つための制御プログラムも必要です。したがって、ウルトラ・ファブリケーションは一品生産にならざるをえないのです」

その一例が、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」に取り付けられる予定のJEM-EUSO(ジェムユーゾ)望遠鏡用のレンズだ。直径は1.5m、材質はアクリル。この両面に浅い溝を彫るフレネル加工を施し、薄くして軽量化した回折レンズをつくる必要があった。さらに、太陽光を集光する大型レンズの加工も究極のウルトラ・ファブリケーションだ。既に2m級のレンズを依頼され、太陽光集光によるレーザーやエネルギー生成に向けた新しいアプリケーション開拓を目指して研究開発を進めている。

ほかにも、天文観測機器や最先端の光科学研究のためのレンズなどの相談が多い。「究極の光学素子のニーズは、さらに高まるでしょう。これらのニーズに応えていくためにもブロードバンド加工の実現が必要です」

新たなニーズが持ち込まれてきたとき、「三つの視点で加工方針を決めるようにしています」と大森主任研究員。一つ目はワークのサイズ。ウルトラ・ファブリケーションとマイクロ・ファブリケーションが両端に位置する。二つ目は数量。一品生産か大量生産かを示す。ニーズに応じて柔軟に素早く生産するオンデマンド・ファブリケーションの視点が重要だ。三つ目は精度。ナノレベルの高精度を目指す。「ELIDを発表してからこれまでの20数年間を振り返ると、その都度断片的に対処してきた感があります。これとこれは技術的には繋がっていたなとか、同時並行で進めていたらもっと早く研究が進んでいたなとか、痛感することがあります。今後は、これまでに培ってきたさまざまな技術を、そして新たに開発した技術をブロードバンド加工として常に体系化しておき、ニーズが持ち込まれたとき、三つの視点で分析すれば使う方法や工具を的確に素早く選択できる。そのような合理的アプローチがとれるようにしていきます」

日本のものつくりが生き残る道を模索し、最先端科学を支える技術革新を続ける大森主任研究員。最後に夢はありますかと聞いたところ、「私たちの技術を使って、日本人研究者にノーベル賞をとってもらうこと。それが私の夢です」と静かに笑った。

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