細胞内分子の挙動をリアルタイムで観る――。この技術が確立すると、例えば薬剤分子の開発期間が短縮され、創薬や診断・治療が飛躍的に進歩するだろう。現在、細胞内分子の挙動をリアルタイムで観るには、目的の分子に蛍光分子をタグとして結合させて細胞に取り込ませる方法があるが、これには問題があった。蛍光分子が大きいため、その影響で目的の分子の性質が変わってしまうことがあるのだ。今回、理研基幹研究所 袖岡有機合成化学研究室の袖岡幹子 主任研究員は、細胞の中の小さな分子の動きを小さなタグを付けて観察することに成功した。大阪大学の藤田克昌 准教授らとの共同研究による成果。「この分子がなければ、あの生命現象は解けなかった、そういわれる研究がしたい」と語る袖岡 主任研究員に、この成果について聞いた。
>現在の分子の挙動を観る方法について教えてください。
袖岡:①目的の分子を細胞に取り込ませた後に蛍光分子で染色する、②あらかじめ目的の分子に蛍光分子をタグとして結合させてから細胞に取り込ませる、といった方法があります。しかし、①の場合、染色の段階で細胞が死んでしまうことがある、②の場合、結合した蛍光分子の影響で目的の分子の性質が変わってしまうことがあるという問題があります。これは、蛍光分子を構成する原子の数が20〜30個以上と、サイズが大きいためです。
>今回開発した手法に利用した「ラマン顕微鏡」とは。
袖岡:物質に光を当てると、光が散乱します。当てた光と同じ波長の散乱光もありますが、一部の散乱光は、物質を構成する分子の振動に応じて、波長(色)が変化します。この現象をラマン効果、その散乱光をラマン散乱光といいます。ラマン散乱光を検出しながら物質をイメージングする顕微鏡がラマン顕微鏡です。分子の種類によって振動の仕方が違うので、色が異なります。つまり色の違いで分子の種類を見分けることができるのです。このため、先ほどの①のように細胞を染色する必要がありません。
私たちは、もともと細胞内に存在する分子とは波長の異なるラマン散乱光を発する小さな分子を探し、それをタグに利用することを考えました。これで、②の分子サイズの問題も解決できます。いくつか候補分子が見つかったのですが、中でも2個の炭素原子が三重結合でつながった「アルキン」に着目しました。
図:EdU処理した細胞(左)と無処理細胞(右)のラマンイメージ
赤がEdU。青と緑は、もともと細胞内に存在するチトクロームcと脂質。EdU処理した細胞(左)のみ、核に赤色が観察される。
>なぜアルキンに着目したのですか。
袖岡:細胞を構成する分子には三重結合を持つものが少ないためです。実際にラマン顕微鏡を使って、アルキンタグを付けた分子の細胞内での様子を観察することに成功しました。
具体的には、細胞がDNAを複製するときの材料となる2’‐デオキシチミジン(dT)によく似た2’‐デオキシウリジン(dU)に、アルキンを結合させた「5‐エチニル‐2‐デオキシウリジン(EdU)」を使いました。そのEdUを人間の子宮頸がん由来の細胞(HeLa(ヒーラ)細胞)の培養液に加え、ラマン顕微鏡で観察したところ、EdUが細胞に取り込まれた後、細胞核に集まっていく様子をはっきりと観察できたのです(図)。また、DNAが複製される周期もdTとEdUでほとんど変わらないことが分かりました。dTは31個の原子からなる小さな分子ですが、アルキンタグを付けたEdUもdTと同じような性質を示したと考えられます。
>今後の展開は。
袖岡:この方法は、EdUに限らず、ほかの分子のリアルタイムイメージングにも適用できると考えています。しかし、ラマン顕微鏡の感度の限界のために比較的長い露光時間が必要です。今後、技術開発を続け、さらに進化したリアルタイムでダイナミックなイメージング法を開発する予定です。
『Journal of The American Chemical Society』 (2011年4月27日号)掲載
※本成果は、JST戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「袖岡生細胞分子化学プロジェクト」(研究総括者:袖岡幹子 主任研究員)によって得られた。