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研究最前線

ヘルパーかキラーか、運命の分かれ道

ウイルスや細菌など異物(抗原)が体内へ侵入すると、それを感知して抗原に対して攻撃を仕掛ける――これが、生体が編み出した一大戦略、免疫だ。この免疫には、情報伝達や調節機能を担って司令塔のような役割を果たす“ヘルパーT細胞”と、抗原に感染した細胞を直接攻撃する“キラーT細胞”が重要な役割を果たしている。ヘルパーかキラーか、元は同じ細胞が分化する際にどちらの道を選ぶのか、その運命決定メカニズムの解明を目指す谷内一郎チームリーダーは、そこから生物の進化の秘密にまで迫ろうとしている。

タイトル図: 免疫システムと造血幹細胞からの分化過程

タイトル図: 免疫システムと造血幹細胞からの分化過程

谷内一郎

免疫を極めれば、人間が多種多様な生物と共生するためのヒントが見つかるかもしれません。 谷内一郎  免疫・アレルギー科学総合研究センター免疫転写制御研究チーム チームリーダー

たにうち・いちろう。1964年生まれ。医学博士。九州大学医学部医学系大学院博士課程修了。1996年、米国ニューヨーク大学スカボール分子医学研究所に留学。九州大学生体防御医学研究所助教授などを経て、2004年4月から現職。

免疫システムにおけるT細胞の役割

生体はウイルスや細菌など異物(抗原)の侵入を感知すると、抗原に対して攻撃を仕掛ける免疫システムを備えている。このシステムを担うのは、白血球の中にある免疫細胞だ。免疫細胞には、樹状細胞、マクロファージ、T細胞(Tリンパ球)、B細胞(Bリンパ球)などがあり、これらの細胞が血液やリンパ液の流れに乗って全身を循環し、抗原の侵入を感知すると、それぞれの細胞が協力しながら適切に機能する(タイトル図)

「ヒトなど高等動物の免疫システムの主役を担うのはリンパ球です。リンパ球は、その役割から“B細胞”と“T細胞”に分類でき、T細胞はさらに“ヘルパーT細胞”と“キラーT細胞”に分類できます。病原菌やウイルスの侵入に対して、まず樹状細胞やマクロファージなど、抗原を感知する細胞(抗原提示細胞)が働き、ヘルパーT細胞に異物の情報を伝えます。すると、情報を受け取ったヘルパーT細胞は、キラーT細胞とB細胞に指令を出します。キラーT細胞は直接ウイルスに感染した細胞やがん細胞を攻撃し、B細胞は抗体を放出して病原菌を攻撃します。このように免疫システムは、それぞれの免疫細胞がそれぞれの役割を果たすことで機能しているのです」と谷内一郎チームリーダー(TL)。

ヘルパーT細胞のマスター転写因子“Th-POK”

免疫細胞は機能こそ違うが、どの細胞も骨髄にある造血幹細胞からつくられている(タイトル図)。多くの免疫細胞が骨髄でつくられるのに対して、T細胞は心臓近くの胸腺(きょうせん)という臓器でつくれる。骨髄から移動してきたT細胞前駆細胞は胸腺において、多様な抗原を認識するための多様なT細胞クローンを形成する過程や、自己と非自己を見極める過程が行われる。このような選別(正の選別)を通過した“ダブルポジティブ(DP)胸腺細胞”は、ヘルパーT細胞かキラーT細胞か、どちらに分化するかの運命決定を迫られる。

「私はヘルパーかキラーか、T細胞の運命決定メカニズムの解明を目指しています。異なる役割を持つ2種類のT細胞への運命決定メカニズムを理解することは、臓器移植における拒絶反応、アレルギーや自己免疫疾患、さらにはがん細胞を人為的に制御する上でも大変重要です。また、人工的にヘルパーT細胞やキラーT細胞をつくることができれば、再生医療や免疫療法への応用にもつながります」

まず、DP胸腺細胞の分化について、これまでの研究で明らかになっていることを紹介しよう。(タイトル図)に示すように2種類のT細胞は、CD4とCD8という細胞表面の糖タンパク質の発現パターンで、簡単に見分けることができる。ヘルパーT細胞は、CD4だけを発現し、キラーT細胞はCD8だけを発現している。これら二つのT細胞の祖先であるDP胸腺細胞は、CD4とCD8を共に発現している。

T細胞の表面にはCD4やCD8だけでなく抗原を認識する受容体“T細胞抗原受容体(TCR)”があり、抗原提示細胞の表面には抗原を提示する分子“主要組織適合抗原(MHC)”が発現している。TCRが抗原を提示しているMHCと反応すると、MHCからTCRへ抗原情報が引き渡される。MHCにはI型とII型の2タイプがあるが、I型はウイルス感染細胞を含むほとんどすべての細胞がもち、II型は抗原提示細胞だけがもつ。T細胞上のTCRはどちらかのMHCとしか反応せず、これを“MHC拘束性”という。

ヘルパーT細胞に発現するCD4は、抗原提示細胞のII型MHCだけに結合してTCRとII型MHCの反応を助ける(タイトル図A)。一方、キラーT細胞に発現するCD8は、ウイルス感染細胞などのI型MHCだけに結合してTCRとI型MHCの反応を助ける(タイトル図B)。このようにキラーとヘルパーというT細胞への分化は、I型とII型というTCRのMHC拘束性とよく相関する。「ヘルパーT細胞かキラーT細胞か、この運命決定にはMHC拘束性に起因するTCRからの信号が関係していると考えられてきましたが、どのようにかかわっているのかはまだよくわかっていません」

この謎を解くには、遺伝子レベルでの研究が必要となる。「多細胞生物では、同じ個体の体細胞はすべて同じゲノム(全遺伝情報)を持っています。例えば皮膚細胞へ分化するには、DNAに書きこまれた全遺伝情報の中から、皮膚細胞への分化に必要な遺伝子だけを転写する(読みとる)必要があります。遺伝子の転写は、転写因子と呼ばれるタンパク質が、DNAの遺伝子発現制御領域に結合することで調節されています。転写因子の中で、ある特定のタイプの細胞への分化スイッチをオンにする因子を“マスター転写因子”と呼びます」

2005年、DP胸腺細胞の分化決定において、米国の研究グループから画期的な成果が発表された。ヘルパーT細胞のマスター転写因子が発見されたのだ。“Th-POK(ティエイチ ポック)”と名前が付いたその転写因子を人為的に強制発現させたマウスでは、すべてのDP胸腺細胞がヘルパーT細胞に分化すること、逆にTh-POKの機能を欠損させたマウスでは、すべてのDP胸腺細胞がキラーT細胞に分化することがわかった。「つまり、DP胸腺細胞の分化決定のカギは、Th-POKが発現するかしないかにかかっていたのです。次に解決すべき問題は、Th-POKの発現がどのようにして制御されているかです」

キラー細胞へ分化させる“Runx”

図1:RunxによるTh-POKの発現抑制

図1:RunxによるTh-POKの発現抑制
DP胸腺細胞からキラーT細胞が分化するには、RunxがTh-POKサイレンサーに結合し、Th-POKの発現が抑制されることが必須である。Th-POKの発現が正常に抑制されないと、キラーT細胞に分化しない。ヘルパーT細胞に分化するには、Th-POKの発現抑制機構が解除される必要がある。

そして2008年2月、谷内TLらはTh-POKの発現メカニズムの解明に成功した。免疫細胞の分化に重要な働きをすると想定されていた転写因子“Runx(ランクス)”に注目した谷内TLは、このRunxがTh-POK遺伝子上の“サイレンサー”に結合して、Th-POKの発現を抑制していることを突き止めたのだ(図1)。遺伝子のDNA配列には、遺伝情報をもとにつくられるタンパク質の構造が書かれた領域とは別に、遺伝子の発現を調節する制御領域とよばれる配列がある。特定の転写因子が結合することで遺伝子の発現を抑制する働きをもつ制御領域がサイレンサーだ。「私たちは2002年、CD4遺伝子のサイレンサーに結合する転写因子がRunxであることを発見していました。このRunxがDP胸腺細胞の分化運命決定にも何らかの役割を果たしているのではないかと考えたのです」

そこで、谷内TLらはDP胸腺細胞でRunxの機能を欠損させたマウスを作製し、いくつかの実験を行った。「まず、そのマウスを調べたところ、驚くことにキラーT細胞がほとんどなくなっていました。Runxの欠損によって、キラーT細胞に分化するはずの細胞までがヘルパーT細胞に分化してしまったのです」。次に、Runxを欠損しているマウスがTh-POKの発現異常を引き起こすかどうかを調べた。その結果、DP胸腺細胞では通常はほとんど発現しないはずのTh-POKが、Runxを欠損しているDP胸腺細胞では、量として40倍以上も発現していることがわかった。「この結果は、DP胸腺細胞では、Th-POKの発現が積極的に抑えられていることを示しています」

そして、RunxがTh-POKの発現を抑えるメカニズムの解明に挑んだ谷内TLは、Th-POK遺伝子上にRunxが結合するサイレンサー領域“Th-POKサイレンサー”を発見。このTh-POKサイレンサーはヘルパーT細胞への分化のマスター転写因子Th-POKの発現を抑えるので、キラーT細胞への分化に欠かせない。

Th-POKサイレンサーを欠損させたマウスを作製したところ、Th-POKが異常に発現し、すべてヘルパーT細胞に分化しました。これらの実験から、RunxがTh-POKサイレンサーに結合して、Th-POKの発現を抑制するというメカニズムが明らかになりました。つまり、キラー細胞への分化にはRunxが必須なのです」

ヘルパーT細胞への分化にはTh-POK遺伝子の発現上昇が必須

RunxがTh-POK遺伝子の発現を抑制するという成果を発表した後、谷内TLらはより詳細なTh-POK遺伝子の発現制御メカニズムの解明に挑んだ。そして2008年9月、Th-POKがTh-POK遺伝子のサイレンサーに直接結合して、同遺伝子の発現を上昇する分子メカニズムを解明(図2)。この成果について、紐解いていこう。

「私たちはまず、Th-POK遺伝子がどのくらい胸腺内で発現しているか詳しく調べました。すると、ヘルパーT細胞への分化に必須なTh-POK遺伝子が、ごく少数ですがキラーT細胞の初期分化過程で発現していることがわかったのです。これは、いったんTh-POK遺伝子を発現した細胞であっても、キラーT細胞へ分化する可能性が残っていることを意味します」。次にDP胸腺細胞の分化の途中でCD8だけ発現量が中程度に低下した細胞群の分化能を調べた。「CD8の発現量が低下するということは、ヘルパーT細胞へ向かって分化が進んでいるはずです。しかし、中程度に低下した段階ではまだキラーT細胞へ分化する能力が残っていることが知られていました。私たちは、その細胞で実際にどの程度、キラーT細胞へ分化する能力が残っているかを調べました。その結果、約半数はキラーT細胞に分化する能力を保持していることがわかりました。これは、ヘルパーT細胞への分化にはTh-POK遺伝子のさらなる発現上昇が必要であることを示唆しています」

次に、Th-POK遺伝子内の“エンハンサー領域”を欠損したマウスを作製し、どのような現象が現れるかを調べた。エンハンサー領域とは、前述のサイレンサーとは逆に遺伝子の発現を促進する機能をもつ制御領域のこと。「私たちは、Th-POK遺伝子内で、二つのエンハンサー領域を探し当てています。このうち、下流にあるエンハンサー領域は、Th-POK遺伝子の発現維持に重要であると予想していましたが、実際にこのエンハンサー領域を欠損したマウスを作製したところ、エンハンサー領域がTh-POK遺伝子の発現上昇と維持に必要であることがわかったのです」

さらに実験を進めた結果、Th-POKはヘルパーT細胞への分化を促進すると共に、キラーT細胞への分化能を消去する役割を果たしていること、Th-POK遺伝子の十分な発現上昇は完全なヘルパーT細胞の分化に非常に重要であることがわかった。

Th-POK遺伝子の発現上昇メカニズム

では、Th-POK遺伝子の発現上昇はどのように起こるのか。「先ほど説明した通り、私たちのこれまでの研究からキラーT細胞への分化過程では、CD4遺伝子やTh-POK遺伝子の発現は、Runxがそれぞれのサイレンサーに結合する、つまりサイレンサーが機能することで抑えられていることがわかっています。とすると、ヘルパーT細胞の分化過程では、逆にこれらサイレンサーが機能しないため、CD4遺伝子やTh-POK遺伝子が発現できると考えられます。そのメカニズムをマウスを使って調べたところ、Th-POKがCD4サイレンサーの機能を抑えることで、CD4の発現が維持されることがわかりました。さらに、Th-POKが自分自身の遺伝子内にあるTh-POKサイレンサーに直接結合し、その機能を抑えることで、Th-POK遺伝子の発現が維持されることもわかりました」

図2: サイレンサーの働きを止めてヘルパー T細胞への分化を促進するメカニズム

図2:サイレンサーの働きを止めてヘルパーT細胞への分化を促進するメカニズム

これらの実験結果から導き出したヘルパーT細胞への運命決定メカニズムが図2だ。DP胸腺細胞が、TCRを介して外部から、ヘルパーT細胞への分化の初期シグナルを受け取る(①)と、Th-POK遺伝子の発現が誘導される。発現したTh-POKはCD4サイレンサーに結合してそのサイレンサーが働かないようにする(②)ので、細胞表面上のCD4の発現が維持される(③)。するとTCRからのシグナル伝達が持続する(①)ので、Th-POK遺伝子の発現も持続し、Th-POKが蓄積されていく(④)。一方、Th-POKは、CD4サイレンサーだけでなく、自分自身の遺伝子内にあるTh-POKサイレンサーにも結合してそのサイレンサーが働かないようにする(⑤)ので、Th-POK遺伝子の発現が維持される(⑥)。従ってTh-POKがさらに蓄積されていく(④)。この段階になると、TCRからのシグナル伝達がなくても、Th-POKの増殖によりTh-POK遺伝子の発現が維持されるので、胸腺から全身に出ていった後もヘルパーT細胞がヘルパーT細胞であり続けることができる。

「ヘルパーT細胞への分化過程についてはここまでわかってきました。しかし、Th-POKの初期発現誘導が謎のままです。おそらくII型MHCと結合したTCRからのシグナルによるTh-POKサイレンサーの機能解除がポイントと思いますが、そのメカニズムは明らかになっていません。ただ、Th-POKを中心とした研究が進んだことで、ようやく役者が出揃ったなという印象は持っています」

免疫から進化を考える

最後に「免疫細胞の分化メカニズムから進化の痕跡をたどれるかもしれません」と谷内TL。キラーT細胞は攻撃担当だが、防御策としては初歩的な手段だ。かたや、ヘルパーT細胞はB細胞をも巻き込んで、チームとして闘うという高度な機能を備えている。「このことから、T細胞は最初はキラーT細胞だけで、後にヘルパーT細胞が進化してきた可能性を考えています。だとすると、免疫システムはもともとキラーT細胞や貪食細胞などによる攻撃で成り立っていたが、個人戦だけでは対処しきれなくなり、組織だった体制を構築するためにヘルパーT細胞をつくり出した、と考えることができます」

人間の体内では腸内細菌をはじめ、多様な生物が共生している。免疫はそれらには手を出さず、排除すべきものだけを見分けて攻撃している。そう考えると、免疫は体内の生物を見分ける唯一の感覚器ということになるだろう。「免疫系の発生・進化過程を極めることは、生物が地球上で多種多様な生物と共生して生存するために洗練させてきた生物戦略の理解につながるのです」と、谷内TLは締めくくった。

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