刊行物

[理研ニュース 2010年9月号]

研究最前線

電子複雑系でグリーン未来物質をつくる

2009年7月にイタリアで開催されたラクイラ・サミットで主要8ヶ国(G8)は、温室効果ガス排出量を2050年までに世界全体で少なくとも50%削減する目標を再確認し、先進国は80%以上削減する目標を掲げた。その実現には、既存技術の改良だけでなく、新しい原理に基づく革新的技術の開発が必要不可欠だ。このような状況のもと、理研基幹研究所は、環境・エネルギー問題の解決に貢献する新材料“グリーン未来物質”をつくり出すことを目指し、今年4月、グリーン未来物質創成研究領域を発足。そして高木英典 主任研究員(高木磁性研究室)らは、同領域に電子複雑系機能材料研究グループを立ち上げた。同グループは、電子がさまざまな状態に変化する“電子複雑系”を利用して、新しい原理に基づく“高温超伝導体”や“熱電変換材料”をつくろうとしている。

高木英典

さまざまな状態に変化する電子複雑系


 2011年は、オランダのヘイケ・カメルリング・オンネスが、物質の電気抵抗がある温度(転移温度)でゼロになる超伝導体を発見してからちょうど100年目に当たる。また、転移温度が30K(約−243℃)と、従来のものより高い銅酸化物高温超伝導体が発見された1986年から四半世紀がたつ。同年、銅酸化物高温超伝導体の発見の追試に成功したのが高木英典 主任研究員だ。これがきっかけとなり、より高い転移温度の超伝導体を探す“超伝導フィーバー”が世界中に巻き起こった。高温超伝導体により、エネルギーロスのない送電や電力貯蔵を実現できれば、環境・エネルギー問題の解決に大きく貢献すると期待されたからだ。現在、銅酸化物高温超伝導体の転移温度の最高記録は、160K(約−113℃・高圧下)となっている。
 高温超伝導体となる銅酸化物は、もともと電気が流れにくい。なぜそのような物質が超伝導になるのか。
 「金属では原子から一部の電子が離れて自由に動き回っています。いわば気体のような状態にある電子に電圧をかけると、電気が流れるのです」。一方、銅酸化物などの遷移金属酸化物(周期表の3族から11族に属する金属を含む酸化物)にも、原子から離れて動くことのできる電子は存在する。「しかし電子が動ける軌道が狭いため、隣の原子へ移動しようとしても、もともとそこにある電子の電気的な力ではじかれてしまいます。これは、電子同士が反発し合い身動きできずに並んでいる固体のような状態で、絶縁体です。このように相互作用が強い電子集団(強相関電子系)は、少し条件を変えると状態(電子相)ががらりと変わる“電子複雑系”です」
 例えば、電子が反発し合って身動きできない状態から、電子をはぎ取った場所(ホール)を増やしていくと、電子が少しずつ動ける状態になる。「固体が溶けて、ねばねばした液体のような状態となり、やがて電子が自由に動き回れる気体のような状態へと変わっていくのです(図1上)。このように条件を変えると状態がさまざまに変化する、そこが電子複雑系のとても面白いところです」
 高温超伝導は、電子複雑系の状態が変化するときに現れる現象だ。超伝導体中の電子は、“クーパー対”と呼ばれるペアを組むことが知られている。銅酸化物の中で、電気的に反発し合うはずの電子がどのようにしてクーパー対をつくり、高温超伝導を実現しているのか、そのメカニズムはいまだによく分かっていない。高木主任研究員たちは、STM(走査型トンネル顕微鏡)を使って銅酸化物高温超伝導体の電子状態を直接観測する世界最先端の研究を進めてきた。「銅酸化物高温超伝導体ではほとんどの電子は固まっていて、一部分だけが溶けて動けるような状態になっていることが分かりました。その状態がクーパー対をつくり、超伝導を実現するメカニズムの本質だと考えられます」
 電子複雑系には超伝導以外にもさまざまな未知の電子状態が潜んでいる。「私たちは、新しい電子の状態を発見して、それを利用した新しい原理の材料をつくり出すことを目指してきました」

さまざまな電子状態に変化する電子複雑系

夢の物質“量子スピン液体”を実現

量子スピン液体を示す遷移金属酸化物「Na4Ir3O8」
 電子複雑系の状態は、スピンという磁石の性質によっても変化する。スピンとは電子が持つ地球の自転に似た角運動量のことで、アップとダウンの2種類の向きがある。例えば二つの棒磁石を並べるとき、N極とS極の向きをそろえようとすると反発力が働き、交互に並べると安定になる。同様に、原子が四角形の格子をつくっている物質では、アップとダウンの電子が交互に並ぶことで安定する(図1下左)。「このようにスピンが決まった向きに並んだ状態は、スピンが固体をつくっていると見なすことができます。それでは、原子が三角形の格子状に並んだ物質では、スピンの向きはどうなると思いますか? ペアを組もうとすると1個があぶれてしまう三角関係で、スピンの向きが安定しません(図1下右)。このような状態を“フラストレーション”と呼び、スピンが液体をつくっていると見なすことができます」
 物質中の電子は通常、温度を下げていくとより安定な状態になろうとする。ただしフラストレーションが極めて強い物質では、絶対零度(0K=−273.15℃)でもスピンの向きが安定しない“量子スピン液体”という状態が現れることが、1973年に理論的に予言された。「実際にその状態を実現することは難しく、理論の夢だといわれてきました」
 ところが2007年、高木主任研究員たちはNa4Ir3O8という遷移金属酸化物で量子スピン液体の実現に成功した(図2)。Na4Ir3O8は、三角形格子がらせん状に巻かれた構造をしており、高木主任研究員らはこの構造を“ハイパーカゴメ格子”と名付けた。「同時期に別の研究グループも異なる構造で量子スピン液体を実現し、量子スピン液体が今、大きな注目を集めています」

10℃の電子氷と熱膨張ゼロの材料


 固体・液体・気体などさまざまな状態に変化する電子複雑系により、どのような機能を持つ新材料をつくり出せるのか。「一番分かりやすい例は“10℃の電子氷”でしょう。10℃が適温のワインを0℃の氷で冷やすと、冷え過ぎてしまいます。お寿司(すし)屋さんでもネタが凍ってしまわないように、氷から少し離して置いています。10℃の氷があったら便利ですよね。そこで私たちは、10℃で電子状態が液体から固体に変わる冷却剤をつくりました」
 さらに高木主任研究員たちは、フラストレーションを利用して熱膨張ゼロの新材料、Mn3XNの開発にも成功した(図3)。「その材料の元となったマンガン窒化物は、マンガン原子が三角形格子をつくっています。温度が高いときの電子状態は液体ですが、室温付近まで温度を下げていくと固体になろうとします。しかし、三角形格子に電子が並ぼうとしてもフラストレーションが強くてスピンの向きが安定しません。それをどうやって解決すると思いますか? 本人(電子)同士では解決できないので、周囲(格子)が手助けするのです。格子が膨らんで電子同士の距離を離すことでフラストレーションを解消します。つまり、このマンガン窒化物は温度を下げると膨らみ、温度を上げると縮む物質です」
 通常、物質は温度が上がると熱膨張を起こす。例えば、長さ100mmの鉄は、温度が1℃上がると0.0012mm(1.2μm)伸びる。このようなわずかな熱膨張が、ナノメートル(1nmは10億分の1m)の精度が求められるコンピュータの半導体回路の加工装置や高精度計測機器では問題となる。
 「温度を上げると縮むマンガン窒化物は、特定の温度で急激に収縮します。この物質に含まれている銅や亜鉛をゲルマニウムやスズに置き換えることにより、約100℃の温度幅でゆっくりと収縮するようになりました。さらに物質をつくるときの温度などを調節することで、私たちは2008年、室温を含む約70℃の温度幅で体積が変化しない“熱膨張ゼロ”の材料開発に成功したのです」
 従来の熱膨張ゼロ材料は、温度を上げると膨張する物質と収縮する物質を混合した複合材のため、ゆがみや亀裂が入りやすく強度に問題があった。また希少元素を使用しているため高価であるという問題もあった。「マンガン窒化物は単一物質なのでゆがみや亀裂が入りにくく、従来の材料に比べて安価というメリットもあります」

さまざまな電子状態に変化する電子複雑系

高効率の熱電変換材料をつくる


 高木主任研究員たちは2010年、理研基幹研究所に電子複雑系機能材料研究グループを立ち上げた。「私たちの目標は、電子複雑系を利用して環境・エネルギー問題の解決に貢献する“グリーン未来物質”をつくることです。その代表例が、高効率の“熱電変換材料”です」
 例えば自動車エンジンの中でガソリンが燃焼して生まれる熱エネルギーのうち、動力として利用されているのは3割にすぎず、7割は廃熱として捨てられている。火力発電所やさまざまな工場でも、化石燃料を燃やして発生させた熱エネルギーの大半が廃熱となっている。それをいかに有効利用するかが、化石燃料の使用量を抑え二酸化炭素排出量を削減するためのポイントとなる。そこで期待されているのが、熱を電気に変換する熱電変換材料である。
 「現在、実用化されているビスマス・テルル(Bi2Te3)系の熱電変換材料は、高温では利用できず、熱から電気への変換効率も高くありません。逆に、熱電変換材料に電気を流すと吸熱反応を示します。例えば、ビジネスホテルの客室や病院の病室などに、熱電変換材料を使った冷蔵庫が置かれています。ジュースやビールを冷やすことはできますが製氷室はありません。電気から熱への変換効率が低いからです。私たちは、氷がつくれるくらい高効率の熱電変換材料の開発を目指しています」
 それでは、変換効率を高めるにはどうすればよいのか。「熱を電気に変換する原理は、温度差です。温度変化により電子(あるいはホール)が移動することで電圧が生じて発電します。そのとき、電子状態の乱雑さ(エントロピー)が大きいほど、変換効率が高くなります。より乱雑になることができる電子ほど、たくさんの電気を生み出すことができるのです。例えば、フラストレーションの強い電子は不安定なため、より乱雑になることができ、エントロピーが大きくなります。私たちはフラストレーションなどを利用して、高効率で発電する新しい原理の熱電変換材料をつくろうとしています」(図4
 自動車や工場などの廃熱を有効利用するには数百℃以上の高温で使用できなければならない。「私たちが扱っている遷移金属酸化物は熱に強い丈夫な材料なので、高温で高効率に発電できる熱電変換材料を実現できるはずです」


新しい熱電変換材料の原理


新しいメカニズムの超伝導体を探す

 2008年、東京工業大学の細野秀雄 教授たちの研究グループが鉄系超伝導体を発見し、世界中の注目を集めている。なぜ高い注目を集めているのか。「銅酸化物以外で最も高い55K(約−218℃)という転移温度を実現したこと。また従来、磁性を持つ鉄やコバルト、ニッケルを含む物質は、超伝導にはならないと考えられていたからです。鉄系超伝導体は、銅酸化物などとは違うメカニズムで超伝導が実現しているはずです」
 高木磁性研究室の花栗哲郎 専任研究員は今年4月、STMを用いて鉄系超伝導体のクーパー対の構造を観察することに成功した。「金属超伝導体はs波、銅酸化物超伝導体はd波と呼ばれるクーパー対の構造を持つことが知られています。ところが鉄系超伝導体はs±波という従来にない構造のクーパー対をつくっていることを、世界で初めて実証したのです(図5)。鉄系超伝導体のメカニズムの本質は、スピンの揺らぎにあると考えられます」
 超伝導研究の進展により、室温で超伝導になる“室温超伝導体”実現への期待が高まっている。極低温に冷却する必要のない室温超伝導体は、究極のグリーン未来物質となる。
 「転移温度の最高記録、160Kの銅酸化物高温超伝導体が発見されたのは1994年です。それ以来16年もの間、記録が更新されていません。これは1911年に超伝導体が発見されて以来、最長の停滞期間です。現在、より高い転移温度の超伝導体を見つける“もの探し”の研究は停滞期にあります。この現状を打破するため、転移温度の記録を塗り替える新しいメカニズムの高温超伝導体を発見して、再び世界中がもの探しの競争を始めるきっかけをつくりたいですね」
クーパー対の構造