[理研ニュース 2010年10月号]
持続可能な社会を築くイノベーション“4”を目指す
地球規模での環境・エネルギー問題に直面している人類が持続可能な社会を築くためには、エネルギーの消費をできるだけ抑え、エネルギーを効率よくつくり出し無駄なく利用する新技術の開発が不可欠だ。理研基幹研究所の十倉好紀グループディレクターたちは、電力をほとんど消費しない情報処理や光や熱の電力への変換効率を飛躍的に向上させるため、新しい原理に基づく電子技術の開発を目指している。

物理学がイノベーション“4”を引き起こす
電磁誘導は、コイルの中へ磁石を出し入れすると、コイルに電流が流れる現象だ。それを利用して発電機がつくられ、さまざまな形で電力を利用する社会が築かれた。電力に支えられた現代文明は、電磁誘導の発見が生み出したと言っても過言ではない。「さらに近年、携帯電話やパソコン、インターネットなどの情報機器が急速に普及し、社会や経済、そして私たちの生活様式までが、がらりと変わりました。この大革命は、約60年前にトランジスタを生み出した半導体エレクトロニクスが引き起こしたものです。その基盤には物理学があります」
十倉GDは、次に目指すべき大革命を「イノベーション“4”」と名付けている。①太陽電池の発電効率を40%以上に、②熱を電力に、電力を熱に変換する熱電変換の性能指数(ZT)を4以上に、③電気抵抗がゼロとなる超伝導が起きる温度を室温を十分に超える400K(約127℃)以上に、そして④蓄電池のエネルギー密度を400Wh/kg以上にする、という四つの目標だ。「これらの数値目標は、現在の性能指数をおのおの3倍に向上させることに相当します。さらに、電力をほとんど消費せずエネルギーを無駄にしない電子情報処理も目標です。このイノベーション“4”が実現すれば、社会に大革命をもたらし持続可能な社会を築くことができるはずです。ただし、イノベーション“4”は既存技術の改良では達成は難しいでしょう。新しい原理に基づく電子技術の開発が必要です」
十倉GDたちは、現在の半導体エレクトロニクスとはまったく異なる原理の電子技術を生み出す研究を続けてきた。「従来の半導体素子の中では、電子が1個だけ独立して存在していると見なすことができます。つまり、電子間の絡み合いが弱いのです。一方、たくさんの電子が高密度に詰め込まれて強く相互作用している電子集団のことを“強相関電子系”といいます。強相関電子系では、半導体では重要でなかった電子のスピンや軌道など、電荷以外の性質も重要な役割を果たすようになります。私たちは、強相関電子系の特徴を生かし、独立した電子1個ずつでは実現できなかった新しい機能を生み出そうとしています。例えば、高温超伝導も強相関電子系に現れる現象です。電子技術にはまだ無限の可能性が残されているのです」
「強相関電子系の電子状態は、いわば電子がつくる固体です」と十倉GD。「物質中の電子状態は、半導体では希薄なガス、金属では液体といえます。容器を傾けると液体が流れるように、金属に電圧をかけると電気が流れます。一方、電子状態が固体の強相関電子系は、電子が高密度に詰め込まれているため電子同士が電気的に反発し合って身動きできません。そこに電圧をかけても電気が流れません。つまり、絶縁体(モット絶縁体)です。しかし、熱や光、磁場など外部からわずかな刺激を加えると、固体から液体へ一瞬で相転移が起き、電子が動けるようになります。強相関電子系では、その状態を超高速・ナノメートルスケール(ナノは10億分の1)で変化させることができるのです」
電子の異なる機能の懸け橋“交差相関”
交差相関の典型例が、1990年代に十倉GDがマンガン酸化物で実現した“超巨大磁気抵抗効果”だ。これは、磁場をかけると電気抵抗が1000分の1以下に激減する現象である。なぜ“磁場をかけると電気抵抗が変化する”という当たり前ではない応答をするのか。「強相関電子系を利用すると、“磁化を持たない絶縁体”と“磁化を持つ金属”が競い合う状態をつくり出せます(図2)。このように電子の異なる機能をセットにした二つの状態を競合させておくことが交差相関のポイントです。磁化を持たない絶縁体に磁場を与えると、磁化を持つと同時に金属に変わり、電気抵抗が激減するのです」

電力をほとんど消費しない情報処理
現在使われている半導体素子は、電子を動かすことで情報処理を行う。しかし、それには大きな電力が必要な上に、電気抵抗により廃熱が発生してエネルギーが無駄になっている。情報を記録する際にも同様のことがいえる。例えばハードディスクでは情報を記録する際、磁化の向きを反転させるために、コイルに電流を流して磁場を発生させる。それにはやはり大きな電力が必要で、廃熱も発生してエネルギーが無駄になっているのだ。さらに大型コンピュータになると、発生した廃熱をエアコンで冷却せざるを得ず巨大な電力を消費する。
「例えば、“磁場で磁化を反転させる”のではなく“電場で磁化を反転させる”という当たり前でない応答、交差相関が実現できれば、ほとんど電力を使わずに、エネルギーを無駄にすることもなく情報を記録することができます。そのために私たちは“マルチフェロイックス”を利用する研究を行っています」
マルチフェロイックスは、“強誘電性”と“強磁性”という二つの物性を併せ持つ物質だ。強誘電体(図3左)とは、外部からの電場がなくても物質の片方がプラス、反対側がマイナスに帯電した分極を示す物質である。強誘電体に電場をかけるとプラスとマイナスが反転して情報を書き換えることができるため、JR東日本の“Suica”などに利用されている。一方、強磁性体(図3右)は、外部からの磁場がなくても磁化を示す物質だ。強磁性体に磁場をかけると磁化の向きを反転できるため、ハードディスクなどの記録装置に利用されている。「マルチフェロイックスでは、分極と磁化の向きを結び付けることにより、電場で分極を反転させるのと同時に磁化を反転させるという、当たり前でない応答を実現できます」(図4)
では、どのような方法で分極と磁化の向きを結び付けるのか。分極は物質中の電子の分布の偏りによって生じる。一方、磁化はアップとダウンの向きを取り得る電子スピンが一定の向きにそろうことで生じる。電子スピンとは電子の自転に対応した“小さな磁石”で、磁化の源となっている。
「分極の向きは、電子が動く軌道(電子雲)を変形させることで反転できます。マルチフェロイックスの強相関電子系を利用すれば、電子が動く軌道を変形させるのに伴い、電子スピンの向きを反転させることができるので、分極と磁化の向きを結び付けることが可能です」
十倉GDたちは2009年、極低温(-271℃)において電場で磁化の向きを変化させる実験に成功した。「この研究が進展し、室温において電場で磁化と分極の向きを同時に反転できるようになれば、電力をほとんど必要としない大容量メモリーが実現できます」
さらに2010年6月、十倉GDたちはスキルミオン結晶という電子スピンの渦が結晶のように規則的に並んだ現象を、直接観察することに世界で初めて成功し、大きな反響を呼んでいる(図5)。「この電子スピンの渦は少ない電流で動かすことができると予想されています。すなわち、電子スピンの向きだけを次々と変えることで電子スピンの渦を動かして情報処理ができるはずです。電力消費を抑えた情報処理ができる可能性があるのです」

高効率の熱電変換材料をつくる
まず、太陽電池の仕組みを紹介しよう。太陽電池に光の粒子(フォトン)が1個当たると、マイナスの電荷を持つ“電子”とプラスの電荷を持つ“正孔(せいこう)(ホール)”が1対できる。その電子と正孔を分離してプラス極とマイナス極にそれぞれ運ぶことで、電圧が生じて発電することができる。
現在、実用化されている半導体太陽電池の発電効率は十数%にすぎない。「太陽光にはさまざまな波長が含まれています。実は、現在の半導体太陽電池でも、特定波長の光の発電効率は100%に近いのです。それは、特定波長の1個のフォトンから100%に近い確率で電子と正孔を1対つくることができるからです。しかし、特定波長よりも波長が短くエネルギーの高いフォトンが1個当たったときにも、電子と正孔は1対しかできません。そのとき、光のエネルギーが熱となって無駄になっています。これが発電効率が低い理由です。強相関電子系を使えば、その無駄になっているエネルギーにより過渡的に金属状の状態をつくることで、別の電子と正孔をたくさん発生させて、発電効率を飛躍的に向上させることができる可能性があります」(図6)
現在、強相関電子系の研究が世界中で盛んに行われているが、強相関電子系を利用して高効率の太陽電池を実現する研究を進めているのは、十倉GDたちだけだ。


基礎科学が未来を築く
今年、国が進める最先端研究開発支援プログラムの一つとして“強相関量子科学”がスタートした。十倉GDがその中心研究者を務め、理研が研究支援を担当する。そして十倉GDは理研に強相関量子科学研究グループを立ち上げた。「物性理論、薄膜成長、構造解析や計測技術など、さまざまな分野のトップの人たちを集めて集中的に共同研究を行い、イノベーション“4”を実現するための革新的な原理を生み出そうというプロジェクトです」
「ただし、“数年後に応用に役立つ成果を挙げろ”といわれても困ります」と十倉GD。「ファラデーが電磁誘導の発見について一般の人たちに講演したとき、“それが何に役立つのか”と質問され、“生まれたばかりの赤ん坊が将来どのような大人になるか、誰が言い当てることができましょうか”と答えたそうです。私たちが進めているような基礎研究で生まれた成果は、すぐには何の役に立つのか分からない場合もあります。しかし50年、100年という時間スケールで見ると、大革命をもたらし、未来社会に大きく貢献する可能性を秘めているのです」■
(取材・執筆:立山 晃/フォトンクリエイト)
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