[理研ニュース 2010年11月号]
理研文化を受け継ぐために
川合眞紀 理事に聞く
2010年4月、理研の研究現場で長年活躍してきた川合眞紀 氏が理事に就任した。
90年以上の歴史を誇る理研の文化を受け継ぎ、研究者たちが能力を最大限に発揮するためには、
どのような研究環境が望ましいのか。川合理事に聞いた。
研究者の能力を最大限に引き出す理研文化

川合:私は理研に、研究者として大きく育てていただきました。理研はすごい研究所だと身をもって感じています。それは、ここで研究すると実力以上の業績を上げることができるからです。その秘密は“ゆとり”だと思います。理研はとてもおおらかな研究環境で、全員がゆとりを持って研究を楽しんでいました。異なる研究分野の人たちがごく自然に議論する雰囲気があり、研究室同士が協力し合う伝統があったのです。例えば、私がまだ自分の装置をほとんど持っていなかったころなど、隣の研究室の人が快く装置を貸してくれました。こういう研究をやりたいと相談にいくと、その研究の実現のためにどんな支援ができるのか、という視点で真剣に考えてくれる。科学を愛する気持ちでつながっていて、自分の研究だけでなく、理研全体の研究を底上げするにはどのような貢献ができるのか、それをみんなが考えていました。このような理研文化を受け継いでいきたいと思います。
──その理研文化を継承するには、何をすべきですか。
川合:科学は何のためにあるのか、それをもう一度真摯(しんし)に問い直すべきです。私は“科学は未来の人類のためにある”と考えています。人類は、環境・エネルギー問題など、既存の技術では克服困難な問題に直面しています。それらに解決の糸口を示し得る唯一の手段、それが科学です。
どのような研究が未来の人類に貢献するのか、すべてを予見することはできません。そのような成果を生むためには、何に役立つかすぐには分からないさまざまな研究テーマを、基礎研究レベルから進めていく必要があるのです。
また、ほかの研究機関との研究テーマの重複が無駄だと指摘されることがあります。しかし科学の世界では、競争することで素晴らしい成果が生み出されてきたという歴史的事実があります。研究資金を一ヶ所に集中投資するよりも、分散して競争させた方が、効率の良い投資になるケースも多いのです。研究資金の投資もゆとりを持たせた方が、結局は効率よく成果が得られるのだと思います。
──しかし近年、研究資金が限られ、社会にすぐに役立つ研究成果を強く求められる傾向にあります。
川合:限られた予算の中で、最大の成果を上げるにはどうすればいいのか。それには、研究者一人ひとりに最大限の力を発揮していただかなければなりません。上から細かく口を出さなくても、研究者それぞれが自由に楽しく高いモチベーションを持って研究に集中すること。そういう中から未来の人類に貢献する研究成果が次々と生まれ、社会にすぐに役立つ技術も次々に生まれてくる。それが研究所経営の理想形です。
ゆとりを生み出すために
──その理想の実現には、何が必要でしょうか。川合:やはり精神的なゆとりを持てる研究環境をつくり出すことだと思います。ゆとりがなくなると、ほかの人のことまで気が回らなくなり、理研文化も継承できません。
近年、研究費の中で、外部から競争で獲得する競争的資金の比率が大きくなってきました。研究室を主宰する研究者たちは、次は競争的資金を得られなくなるのではないか、という不安を抱えながら研究を進めています。その資金の一部で若い研究者を任期制で雇っているので、資金が得られないと、若い研究者を路頭に迷わせることになるからです。競争的資金の比率が高くなり過ぎると、年度ごとの予算の増減幅が大きくなり、大きな不安を抱え、つらい思いをする研究者が増えてしまいます。このような状況は精神的なゆとりを失わせ、最終的には研究資金の投資効率の低下を招くおそれがあります。国の科学技術政策にもかかわることですが、研究費のある一定量を安定な基盤的経費で確保した上で、プラスアルファとして競争的資金を得るという形が望ましいと思います。
──最近、理研でも任期制研究者の比率が高くなりました(図)。
川合:若い研究者のほとんどが任期制です。任期制により、さまざまな研究機関で経験を積むこと自体はとても良いことです。欧米でも40歳くらいまでの研究者のほとんどが、任期制ポストに就いています。しかし、日本の雇用習慣や文化の中で、任期制の導入が若い研究者に大きな不安を与え、モチベーションの上がらない状況をつくり出している面があることも事実です。
私自身も博士号を取得した後の5年間、理研を皮切りに大学、国立研究所、企業の研究所と、4ヶ所の研究機関をそれぞれ1年ほどの任期で渡り歩きました。そのときは、着任するとまず9ヶ月で成果が出せる研究テーマを考えました。そして残りの3ヶ月でその仕事をまとめて次の職を探しました。これはとても無駄な時間の使い方です。精神的にも肉体的にもかなり苦しい時期があり、研究者としての能力を十分に発揮できる働き方とはいえませんでした。
現在、大きな研究プロジェクトが終わったとき、多くの任期制研究者の雇用を打ち切らなければならないという問題もあります。任期制であっても、期限が来たらすっぱりと雇用を打ち切るのではなく、ある一定期間、継続して支援することを可能にする工夫が必要です。若い研究者たちが精神的なゆとりを持ち、能力を十分に発揮してもらうための仕組みを考えていきたいと思います。
──川合理事は、子育てと研究を両立されてきました。女性研究者がさらに活躍するにはどのような環境が望まれますか。
川合:私の子育ては比較的恵まれていました。大学勤めをしている父や母にも保育園のお迎え担当を分担してもらうなど、実家を無理矢理引き込んで協力してもらいましたので(笑)。給与をすべてつぎ込んで家事を人にお願いしていた時期もありますが、子育てと仕事の両立にもっと苦労されている方は多いと思います。
理研では近年、男女共同参画に力を入れています。保育所をつくったり、出産休暇や育児休暇を取りやすくするための支援を行うなど、女性が働く職場としてとても充実した環境になっています。理研は一つの研究室の人数が大学などに比べて多いので、誰かが産休・育休を取ったとき、周囲の人たちがフォローするゆとりがあると思います。
このような環境の中、理研で育った女性研究者が、大学やほかの研究機関の研究室主宰者に続々と就任して大活躍しています。これは理研の誇るべき大きな貢献です。
社会的にも女性が活躍できる環境はかなり整備されてきたと思います。私が個人的に解決できなかったのは、単身赴任の問題です。私は関東、夫は関西で研究を続けてきました。日本では夫婦を同じ職場で働かせることを避ける風潮が残っていますが、欧米では夫婦の研究者を同じ大学で採用するケースが多いのです。その方が二人とも力を発揮できるからです。日本でも、この問題をもっと考慮すべきです。

ゆとりを持って120%の力で働く
川合:私たちは、主として未来の人類のための研究を行っていることを、それは絶やしてはならない長期戦の仕事であることを、一般の人たちへ伝えたいと思います。
理研で働く皆さんには、自分たちの仕事の素晴らしさを再認識して、自信を持っていただきたい。私が言いたいのは、ゆとりを持って70%の力で仕事をしましょう、ということではありません。ゆとりを持って120%の力で仕事をしてください、という厳しいメッセージです。理研は研究者にとって、とても楽しい研究所です。“この研究環境はすごい!”と自画自賛したくなるほどです。その理研文化を受け継ぐために、理事として皆さんと一緒に考えていきたいと思います。■
(取材・構成:立山 晃/フォトンクリエイト)
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