[理研ニュース 2010年7月号]
トポロジカル絶縁体・超伝導体と質量ゼロの粒子の不思議な世界
液体・固体・気体、金属・半導体・絶縁体・超伝導体など、物質にはさまざまな状態がある。ここ数年の研究により、“トポロジカル絶縁体”や“トポロジカル超伝導体”と呼ばれる物質のまったく新しい状態が存在することが明らかとなり、物性物理の世界で大きな注目を集めている。トポロジカル絶縁体・超伝導体の大きな特徴は、“質量ゼロの粒子”が現れることだ。古崎 昭 主任研究員たちは、どのような種類のトポロジカル絶縁体・超伝導体が理論的に存在し得るのか、独自の視点から分類表をつくり上げた。そして、ある種のトポロジカル超伝導体には、70年以上前に理論的に予言された“マヨラナ粒子”が存在することを指摘した。トポロジカル絶縁体・超伝導体と質量ゼロの粒子という不思議な世界を古崎主任研究員に案内してもらおう。

物質の新しい状態
「これまでトポロジーは物理学にあまり用いられてきませんでした。しかしここ数年の研究で、ある種の物質では、電子状態がすでに知られている絶縁体や超伝導体とは異なり、トポロジカル数を持つ“トポロジカル絶縁体”や“トポロジカル超伝導体”となることが分かったのです。量子力学では、物質中の電子状態(電子の波動関数)の集合は数学的には空間と見なせます。その空間の“形”の特徴を表す数が、トポロジカル数です。物質のまったく新しい状態が明らかになり始め、私たち物性物理の研究者が今、とても興奮していることを皆さんにも感じ取っていただきたいと思います」
では、どのような物質がトポロジカル絶縁体・超伝導体となるのか。「今振り返ると、1980年に発見された“整数量子ホール効果”を示す物質がトポロジカル絶縁体の一種だったのです」
整数量子ホール効果は、量子力学が関係する現象だ。量子力学は原子や電子などを支配する物理法則である。原子の大きさは約100億分の1メートル。そのようなミクロスケールの物理法則である量子力学が、私たちの目に見えるマクロスケールで現れることはほとんどない。ただし極低温の世界では、量子力学の現象がマクロスケールで見られる。例えば、極低温で電気抵抗がゼロになる超伝導は量子力学に基づく現象だ。
「整数量子ホール効果では、極低温で2次元平面に閉じ込められた電子系に対して、平面に垂直な方向から強い磁場をかけます。そのときに流れる電流と、電流や磁場と垂直方向に生じる電圧の比(ホール伝導率)が、量子力学の基本定数に基づく値の整数倍になる現象が、整数量子ホール効果です。これも量子力学がマクロスケールで現れた現象です。この状態にある物質(電子系)は、整数値のトポロジカル数を持つトポロジカル絶縁体です」
整数量子ホール効果が物理学における大発見だったことは、発見から5年という異例の早さで、発見者に1985年のノーベル物理学賞が贈られたことにも示されている。「ただしトポロジカル絶縁体の研究が最近発展したのは、“量子スピンホール効果”という、もう一つの大発見がきっかけです」
スピンとは、電子などの粒子が持つ地球の自転に似た角運動量のことで、右回りと左回りの自転に対応するアップとダウンの2種類のスピンがある。「そのスピンがかかわるスピン軌道相互作用という働きにより、ある種の2次元の物質では、磁場をかけなくても“スピン流”に対する整数量子ホール効果が現れます。この状態は、0と1の二つの値のトポロジカル数を持つ“Z2トポロジカル絶縁体”であることを、米国の研究者が2005年に理論的に予言しました。それが量子スピンホール効果です」
この現象は2007年に実験で確かめられた。さらにZ2トポロジカル絶縁体は、3次元の物質でも現れることが指摘され、それも2008年に実験で確かめられている。
「そしてここ数年の研究により、整数量子ホール効果や量子スピンホール効果を示す物質が、トポロジカル絶縁体という物質の新しい状態として理解できること、さらにある種の超伝導体もトポロジカル数を持つトポロジカル超伝導体であることが、理論的に明らかになりました」

質量ゼロの粒子
「トポロジカル絶縁体と、その外側に広がる真空(絶縁体)のトポロジカル数は異なります。トポロジカル数が変わる境界、つまり物質の端や表面で質量ゼロの粒子が現れるのです。例えば量子スピンホール効果を示す2次元物質の端では、アップスピンとダウンスピンの電子が互いに逆方向に動いています(図2)。本来、電子は陽子の1836分の1の質量があるのですが、端で運動するアップスピンとダウンスピンの電子は、質量ゼロの粒子として振る舞います。端にいる電子は、真空中の電子の運動方程式(ディラック方程式)において電子質量をゼロとしたものと同じ方程式に従って運動するので、質量ゼロの粒子と見なせるのです」
質量ゼロの粒子として振る舞う電子の存在は、トポロジカル絶縁体・超伝導体とは別の物質であるグラフェンで2005年に初めて実験的に確かめられた。グラフェンは鉛筆の芯にも使われている黒鉛(グラファイト)の仲間だ。グラファイトは炭素シートの層が積み重なってできている。その炭素原子シート1層分を取り出したものがグラフェンである。「このグラフェンの中の電子が質量ゼロの粒子として振る舞い、光速の300分の1という超高速で動いています」。これは現在のコンピュータに使われるシリコン中の電子が動く速度の数倍だ。このため、グラフェンは未来の超高速コンピュータの材料としても期待されている。
さらに2009年、理研基幹研究所 加藤分子物性研究室(加藤礼三 主任研究員)の田嶋尚也 専任研究員たちは、α-(BEDT-TTF)2I3という有機導体で、質量ゼロの粒子として振る舞う電子の存在を実験的に確かめ、大きな注目を集めている。「私たち物性物理の研究者にとって、質量ゼロの粒子はとてもエキサイティングな研究対象です」

トポロジカル絶縁体・超伝導体を分類
どのような視点で分類を行うのか。「トポロジカル絶縁体・超伝導体の表面では電子などの粒子が自由に動き回っています。普通の物質に不純物や結晶の欠陥などの乱れがあると、電子の波同士の干渉によって電子が局在して動けなくなり、電流が流れない“アンダーソン局在”という状態になります(図3)。ところが、トポロジカル絶縁体・超伝導体に不純物を入れて乱れを大きくしても、その表面では電子が自由に流れるのです。では、どのような条件で電子は局在できずに自由に流れるのか。私たちはアンダーソン局在の理論を応用して分析し、その条件をピックアップして分類表をつくり上げたのです」(図4)

天才が70年以上前に予言した粒子が現れる

ヘリウムを絶対零度(−273.15℃)近くまで冷やすと液体となり、さらに冷やすと超流動になる。超流動では粘性がなくなるため、超流動ヘリウムを円筒容器に入れて何らかの形で流れをつくると、いつまでも流れ続ける。この超流動も量子力学がマクロスケールで現れた現象だ。
「3Heの超流動B相がつくるトポロジカル超流動体の表面では、励起した3He原子が質量ゼロの粒子として自由に動き回ります。驚くべきことに、それは“マヨラナ粒子”であることを私たちは理論的に突き止めました」
マヨラナ粒子は、イタリアのエットーレ・マヨラナが70年以上前に理論的に予言した粒子だ。「マヨラナは天才的な物理学者でした。しかし、この予言をした翌年に30代前半の若さで行方不明になってしまった伝説の人です」
マヨラナが行方不明になる前の1929年、英国のボール・ディラックが、物質をつくる粒子には、電荷などの性質が反対の“反粒子”が存在すると予言した。「例えば電荷がマイナスの電子にはプラスの陽電子、プラスの陽子にはマイナスの反陽子があることを理論的に導き出したのです」。1932年、宇宙線の中に陽電子が発見され、反粒子の存在が確かめられた。
「マヨラナは1937年、電気的に中性で、粒子と反粒子の区別がつけられない粒子があるはずだ、と理論的に予言しました。それがマヨラナ粒子です。その存在は、まだ実験で確かめられていませんが、素粒子のニュートリノがマヨラナ粒子の一種ではないかという説があります」
古崎主任研究員たちの指摘により、トポロジカル絶縁体・超流動体の研究でも、マヨラナ粒子が大きな注目を集めている。「3Heの超流動B相だけでなく、ある種のトポロジカル超伝導体の表面にもマヨラナ粒子が現れるはずです。私たちは最近、マヨラナ粒子の存在を実証するための実験方法を発表しました」
理研基幹研究所には、3He超流動などの極低温の物理実験で世界トップグループを走る河野低温物理研究室(河野公俊 主任研究員)がある。「河野主任研究員たちと協力して、世界で初めてマヨラナ粒子の存在を確かめる実験に貢献していきたいですね」
さらに、マヨラナ粒子を量子コンピュータへ応用するアイデアが、別の研究グループから提案されている。量子コンピュータとは、計算量が膨大なため現在のスーパーコンピュータでも何千年もかかるようなある種の問題を、量子力学の現象を利用することにより短時間で計算できると期待されている未来のコンピュータだ。ただし、量子コンピュータの開発では、量子力学の現象が起きる“コヒーレンス状態”が、外部からの影響ですぐに壊れてしまうことが大きな課題となっている。「トポロジカル超伝導体の表面(端)にできるマヨラナ粒子は、外部からの影響を受けにくく、コヒーレンス状態を長く保つことができると理論的に予想されています。そのため、マヨラナ粒子を量子コンピュータに応用することが考えられ始めたのです」
物質が示す面白い現象を探し出す
(取材・執筆:立山 晃/フォトンクリエイト)
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