4月号 No322 Aplil 2008
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研究最前線

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研究最前線/柱

ミュオンで核融合の実用化を目指す

松崎禎市郎
仁科加速器研究センター 理研-RAL支所長



約1500万℃という超高温の太陽の中心部では、
核融合により、ばく大なエネルギーが発生している。
それが太陽の輝きの源だ。
ところが、素粒子の一種であるミュオンを用いると、
極低温の世界で核融合を引き起こすことができる。
「ミュオンを使えば比較的小さな施設において
低コストで核融合を起こすことができます」。
こう語る松崎禎市郎(ていいちろう) 理研-RAL支所長たちは、
ミュオンを用いた核融合の実用化を目指して、
世界で唯一の基礎実験を進めている。



ミュオン触媒核融合



理研-RALミュオン施設
松崎禎市郎 仁科加速器研究センター理研-RAL支所長 1935年、湯川秀樹博士は“中間子”という未知の粒子の存在を予測し、原子核を構成する陽子と中性子は中間子をやりとりすることで“核力(強い力)”が働き結び付いているという“中間子論”を発表(図1)。この業績により、1949年にノーベル物理学賞を受賞した。
 中間子が崩壊すると、ミュオンとニュートリノという粒子ができる。ミュオンは1937年に宇宙線の中から発見された。その発見者の一人が、わが国の原子核物理学の先駆者として知られ、理研の主任研究員を務めた仁科芳雄博士だ。「仁科博士の名を冠した理研仁科加速器研究センターでミュオンを用いた研究ができることを、私たちはとても誇りに思っています」と松崎禎市郎 理研-RAL支所長は語る。
 ミュオンとは、どのような粒子なのか。「手の平を広げてみてください」と松崎支所長。「1秒間に約1個のミュオンが手の平を通り抜けています」。宇宙からやって来る陽子が大気中の原子核とぶつかると、中間子がつくられる。その中間子がすぐに壊れてミュオンとニュートリノが生成され、地上に降り注いでいるのだ。
 現在では、加速器で陽子を加速して物質に衝突させ、人工的にミュオンを生成することができる。世界最高強度のパルス状ミュオンビームを発生させ、ミュオンを利用した研究をリードしてきたのが、理研-RALミュオン施設だ。これは理研が1995年に英国のラザフォード・アップルトン研究所(RAL)に完成させた施設だ(図2)。
 ミュオンを使うと何ができるのか。「例えば、物質の磁性を詳しく調べることができます。ミュオンはスピンという磁石の性質を持ちます。中間子が壊れてミュオンができるとき、スピンが一定方向に向いて生成される性質があるので、スピンの向き(磁極の向き)がそろったミュオンビームができます。ミュオンビームが物質中に静止すると、物質の磁性に反応してスピンの向きが変わるので、その様子をとらえることで、物質の磁性を詳しく調べることができるのです。現在、理研-RALミュオン施設では、超伝導体など新しい材料の磁性を調べる研究を行っています」

図1 核力とは
図2 ラザフォード・アップルトン研究所(RAL)の全景と理研-RALミュオン施設(右)

地上で核融合を起こす
 理研-RALミュオン施設の大きな研究テーマの一つが、ミュオンを使った核融合だ。水素のような軽い元素の原子核同士が融合して、より重い元素の原子核ができる反応が、核融合である。核融合に伴い、ばく大なエネルギーが発生する。太陽の輝きも、中心部で起きている核融合によるものだ。
 豊富な水素を燃料として核融合を地上で起こし、そのエネルギーによって発電を行う核融合発電が実用化できれば、人類のエネルギー問題は解決するともいわれている。
 ただし、核融合はとても起きにくい反応だ。核融合を起こすには、原子核同士を約10兆分の1cmという至近距離に近づけて、核力が働くようにする必要がある。「しかし、原子核同士はプラスの電荷を帯びているので反発し合います。その電気的な反発力に打ち勝って原子核同士を近づけるのがとても難しいのです」
 太陽は地球の約33万倍もの質量を持つガスの塊である。その中心部は、巨大な重力による超高温・超高密度状態で水素原子核が激しく飛び回り、水素原子核同士が10兆分の1cm以内に近づき、次々に核融合が起きている。
 では、地上で核融合を起こすにはどうすればいいのか。燃料には、水素より核融合が起きやすく、発生するエネルギーも大きい二重水素の原子核(d)と三重水素の原子核(t)を用いる。水素の原子核は陽子1個だけだが、二重水素の原子核は1個の中性子と1個の陽子、三重水素の原子核は2個の中性子と1個の陽子からなる。
 核融合を起こすための代表的な方法は二つある。その一つが、電子と原子核がばらばらになったプラズマを磁場で閉じ込めて超高温に加熱する“磁場閉じ込め方式”。もう一つが、レーザーなどによって燃料を一気に圧縮して固体の1000倍という超高密度状態にする“慣性閉じ込め方式”だ。どちらの方式も、燃料を超高温・超高密度状態にして核融合を引き起こすため、巨大な施設が必要になる。
 「ところがミュオンを使った核融合では、燃料を超高温、超高密度にする必要はないんです」と松崎支所長は言う。「そのため、磁場閉じ込め方式や慣性閉じ込め方式よりも小規模な施設により、低コストで長時間、安定して核融合を起こせる可能性があります」
 では、ミュオンを利用して、いったいどのような方法で核融合を引き起こすのだろう。


極低温で起きるミュオンによる核融合
 ミュオンは電子の仲間である。寿命は100万分の2秒。質量は陽子の9分の1、電子の207倍だ。ミュオンには、プラスとマイナスの粒子があり、物質中ではプラスのミュオンは“軽い陽子”、マイナスのミュオンは“重い電子”として振る舞う。
 ミュオンによる核融合では、“重い電子”であるマイナスのミュオンを用いる。二重水素と三重水素の混合ガスを約−250℃以下という極低温に冷却して液体や固体にした燃料にミュオン(μ)ビームを打ち込むと、水素原子に似たミュオン三重水素原子(tμ)ができる。ただし、ミュオンは電子よりも207倍重いので、電子よりも原子核のはるかに近くを回り、tμは極めて小さな原子となる。tμは電気的に中性なので、電気的な反発力を受けることなく二重水素と衝突して、ミュオン、二重水素原子核、三重水素原子核からなる水素分子に似たdtμ分子ができる。このdtμ分子もtμ原子と同様に極めて小さな分子となり、この小さな分子の中で二重水素と三重水素の原子核が至近距離に近づき、d−t核融合が起きるのだ(記事冒頭の図)。
 核融合が起きると、ミュオンは原子核から離れて自由になる。そしてまた新しいdtμ分子をつくり、核融合を次々と引き起こす。このように、ミュオンが触媒のように働き次々に核融合を引き起こすので、この反応は“ミュオン触媒核融合”と呼ばれている。


世界で唯一のミュオン触媒核融合実験施設
図3 ミュオン触媒核融合実験装置 理研-RALミュオン施設では、約1ccの燃料にミュオンビームを打ち込み、毎秒約100万回のd−t核融合を引き起こしている(図3)。一般に、1個のミュオンを生成するのに5GeVというエネルギーが必要だ。理研-RALミュオン施設では、1個のミュオンは崩壊する前に120回の核融合を起こし、2GeVのエネルギーが発生する。つまり、5GeVでつくったミュオンで2GeVのエネルギーを生み出しているので、エネルギー収支は40%だ。
 エネルギー収支が釣り合った状態を“科学的ブレークイーブン”という。それを達成するには1個のミュオンによって300回の核融合を引き起こす必要がある。さらに核融合発電を経済的に成り立たせるためには、科学的ブレークイーブンを大きく上回る効率が必要だ。「それには科学的ブレークイーブンの3〜10倍以上の効率が必要だと考えられています」。つまり、1個のミュオンで1000〜3000回以上の核融合を起こす必要がある。
 「5〜10年前まで、米国、スイス、ロシアのミュオン施設でもミュオン触媒核融合の実験が行われ、そこでもエネルギー収支は40%ほどでした。しかし、これらの国は、ミュオン施設の廃止や放射性物質である三重水素を扱う専門家の不足などの理由からこの研究から手を引き、現在では私たちが世界で唯一、ミュオン触媒核融合の基礎実験を続け、科学的ブレークイーブン、さらにその先の核融合の実用化を目指しています」
 核融合とともに生まれるヘリウムの原子核(α粒子)はプラスの電荷を帯びているので、核融合反応後に自由になったマイナスのミュオンの約1%がヘリウムの原子核に付着してミュオンヘリウム原子(αμ)をつくる(記事冒頭の図)。するとそのミュオンは核融合を触媒することができなくなってしまう。しかし、ミュオンヘリウム原子は燃料中を移動するとき、二重水素や三重水素とぶつかってミュオンがはぎ取られて自由になる可能性がある。「私たちの実験により、そもそもミュオンヘリウム原子ができないようにコントロールするのは極めて難しいことが分かってきました。いったんできたミュオンヘリウム原子からミュオンをいかに効率よくはぎ取るか、dtμ分子をいかに効率よくつくるか、この2点が研究のポイントです」
 燃料の密度をより高くできれば、二重水素や三重水素とミュオンヘリウム原子がぶつかる確率が高くなり、ミュオンがはぎ取られやすくなる。またミュオン三重水素と二重水素が出合ってdtμ分子ができる確率も高まり、1個のミュオンが引き起こす核融合の回数、核融合サイクルの効率が高くなる。
 「もし、ミュオンヘリウム原子からミュオンを100%はぎ取ることができれば、dtμ分子ができる効率が現状のままでも1個のミュオンで340回の核融合を引き起こし、科学的ブレークイーブンを達成できます。さらに燃料を液体水素の5倍の密度にできれば、1個のミュオンで1200回の核融合を引き起こすことが可能となります。例えば慣性閉じ込め方式のレーザー技術と併用すれば、5〜10倍の密度にすることが簡単にできると思います。これまでの核融合研究では、違う方式を併用した研究はほとんど行われてきませんでした。ぜひ共同研究を実現したいですね」
 また、松崎支所長たちの最近の実験により、固体燃料の温度を5K(0K=−273.15℃)から17Kへと上げると、核融合サイクルの効率が上昇することが分かった。「さらに固体燃料の温度を上げていくと、核融合サイクルの効率がどのように上昇するのか調べたいと思います。これ以上、温度を上げると固体燃料が溶けて液体となってしまいますが、1000気圧の圧力をかければ、温度を約30Kまで上げても燃料は固体のままです。私たちはそのための実験装置の設計を行いました。これは世界でまだ誰もやったことがない実験です」
 松崎支所長たちには、ほかにもさまざまなアイデアがある。「レーザーを当てて燃料中の二重水素の分子励起状態をコントロールすれば、dtμ分子ができやすくなる可能性があります。また、燃料に電場をかけると、その力でミュオンヘリウム原子からミュオンがはぎ取られる効率が向上するかもしれません」
 2008年、新たなミュオン施設が日本に誕生した。高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が共同で建設・運営を進めている大強度陽子加速器施設J-PARCで、ミュオンビームを発生させることに成功したのだ。J-PARCは、目標性能を達成すれば、世界最高強度のミュオンビーム施設となる。「日本原子力研究開発機構には、放射性物質である三重水素を扱う専門家がいます。J-PARCはミュオン触媒核融合の実用化研究を行う最適な施設になり得ます。基礎研究を続けてきた理研-RALミュオン施設とJ-PARCが連携して、ミュオン触媒核融合の実用化研究を進めていくことができればいいですね」
 エネルギー収支の科学的ブレークイーブンを実現し、その先に核融合を実用化できる可能性のあるミュオン触媒核融合の研究の行方が、松崎支所長たちの肩にかかっている。

(取材・執筆:立山 晃)







関連情報


理研-RALミュオン施設のホームページ
http://nectar.nd.rl.ac.uk/~rikenral/index.html







研究最前線/柱

核内ノンコーディングRNA
──未踏の分野を切り開く

中川真一
基幹研究所 中川独立主幹研究ユニット 独立主幹研究員



中川独立主幹研究ユニットの主要な研究ターゲットは、
“Gomafu(ゴマフ)”というRNAである。DNAに書かれた遺伝情報は
RNAに転写され、核の外に運び出されて私たちの体をつくる
タンパク質へと翻訳される。これが生命科学の常識だった。ところが
2005年、タンパク質へ翻訳されないノンコーディングRNAが
たくさんあることが明らかになり、研究者たちを驚かせた。
GomafuもノンコーディングRNAの一つである。しかも、
核の外に出ていかない奇妙なノンコーディングRNAだ。
Gomafuは、なぜ核内にとどまり、どのような働きをするのか。
未踏の分野、核内ノンコーディングRNA研究の
最前線を紹介しよう。


GomafuのRNAの分布(緑色)。受精後14日目のマウスの網膜。



自分はなぜここにいるのだろうか
中川真一 基幹研究所 中川独立主幹研究ユニット独立主幹研究員 「一言で言えば、自分がなぜここにいるのかを知りたいのです」。研究ユニットの概要を尋ねると、中川真一独立主幹研究員からは、そう返ってきた。「ほ乳類、特にヒトには、大きく、そしてとても複雑な神経系があります。その神経系がどのようなメカニズムによってできていくのか。それを、網膜を使って解き明かそうとしています」
 なぜ網膜を使うのか。「網膜は、神経系の一部です。外界から眼球を通ってきた光の情報は網膜で受け取られ、視神経を通じて脳に伝えられます。網膜を構成する細胞は6種類の神経細胞と1種類のグリア細胞で、ほかの神経組織に比べ種類が少なく、それらは規則正しい層構造を形成しています。しかも頭がい骨の中にある脳と比べ、薬を入れたり操作したりすることが簡単にできるので、使いやすいツールとして神経系のいろいろな研究に使われています」
 中川独立主幹研究員が網膜を使い始めたのは、大学院修了後に留学した英国のケンブリッジ大学解剖学教室が網膜の視神経の研究をしていたことが大きな理由だ。しかし、もう一つ理由がある。「大学の実習で見た網膜が、とてもきれいだったからです。網膜は色素細胞の皮に包まれています。その皮をむくと、半透明のとてもきれいな網膜が現れるのです。研究対象がきれいかどうかは、僕にとって非常に重要な要素です」


網膜幹細胞としての性質を維持するWnt
 「網膜については、以前からとても不思議な現象が知られています」と中川独立主幹研究員。網膜細胞をばらばらにして培養しても、そのままではきれいな層構造はできない。多くの研究者が層形成にかかわる因子を突き止めようとしたが、30年以上も分からないままだった。その状況を打開したのが中川独立主幹研究員だ。「たまたま近くの研究室にあったタンパク質をもらい、ばらばらにした網膜細胞に加えて培養してみました。すると、正常な層構造が形成されたのです(図1)」
 普通は、さまざまなタンパク質を加えたり、遺伝子を操作したり、培養液の成分を詳細に分析したりと、数知れない大変な作業を行った末、ようやく探していた因子にたどり着くものだ。「僕も険しい登山を覚悟してフル装備を整えていたんです。でも、さあ出発だと玄関を開けたら、目の前にあった。そんな感じです。非常にラッキーでした」
 網膜の細胞の層構造の形成にかかわっていたのは、Wnt(ウイント)という情報伝達を担うタンパク質だった。「Wntがあると網膜になるもとの細胞、網膜幹細胞の複製・分裂が盛んになり、各種の網膜細胞へと分化します。実は、ばらばらになった細胞が層状に再配列するのではなく、網膜幹細胞から新たに細胞がつくられ、層構造が形成されていたのです。どうやらWntには、網膜幹細胞としての性質を維持する働きがあるようです」
 網膜幹細胞としての性質を維持する因子はそれまで一つも知られていなかったため、重要な発見として注目を集めた。

図1 網膜細胞の培養結果

Gomafuとの出会い
 ほ乳類の脳の特徴の一つは、ヒトの大脳皮質に見られるような層構造だ。同じ種類の細胞が層をつくって並んでいる。「網膜や大脳皮質のように、細胞が規則正しく並ぶのは、とても面白い現象です。Wntは網膜幹細胞としての性質を維持する働きはありますが、細胞を並べる働きまではないようです。では、何が細胞を規則正しく並べているのか。そのメカニズムを明らかにしたいと思ったのです」。そして、中川独立主幹研究員は、理研発生・再生科学総合研究センターの研究員を経て、独立主幹研究ユニットを立ち上げた。
 中川独立主幹研究員が考えた戦略はこうだ。それぞれの層ごとに、細胞は異なる性質を持っているに違いない。その性質を決めているものを突き止めれば、層構造を形成するメカニズムが解けるはずだ。「まずは、特定の種類の網膜細胞だけに発現している遺伝子を見つけることから始めました。そういう遺伝子はたくさんあります。それらの遺伝子のRNAの細胞内分布を見比べると、1種類だけ、ほかと分布の様子が明らかに違うものがありました」
 RNAとは、DNAの遺伝子領域が転写されたものだ。その情報がアミノ酸の配列に翻訳され、タンパク質となるものは、“メッセンジャーRNA”と呼ばれる。
 「核の中でDNAから転写されたRNAは、核の外に運ばれてタンパク質に翻訳されます(図2)。通常、RNAはすぐに核の外に出ていくため、その分布を調べると、核の部分には何もなく、細胞の真ん中が抜けているように見えるのです。これは遺伝子発現を調べたことがある研究者なら、誰もが知っていることです」
 ところが、1種類のRNAだけは違った。「真ん中が抜けていない。つまり、そのRNAは核の中にだけ分布していたのです。それまでたくさんのRNAの分布を見てきましたが、そんなRNAは見たことがありませんでした」(記事冒頭の図
 まるでRNAの分布がゴマフアザラシの模様のように見えることから、中川独立主幹研究員はこのRNAの遺伝子を「Gomafu(ゴマフ)」と名付けた。「遺伝子の名前は普通、機能に関係する言葉を付けます。しかし、この遺伝子は機能がまだ分からないので、見た目の印象から名付けました」。後にGomafuは神経細胞、特に大きな細胞体を持つ神経細胞で強く発現していることが分かった。
 中川独立主幹研究ユニットの現在のメインのテーマは、このGomafuの機能解明だ。「層構造の形成メカニズムの研究はどうなってしまったのかという感じですが。研究者の悪い癖で、不思議なことに出会うと調べたくなってしまうのです。しかも、Gomafuの分布が、とてもきれいなんですよ。これをやらずにはいられないでしょう」

図2 ノンコーディングRNA

核の中にとどまるノンコーディングRNA
 Gomafuには、二つの大きな謎がある。一つ目の謎は、“なぜRNAなのに核の外に出ていかないのか”だ。そもそも、Gomafuのように核の外に出ていかないRNAはほかにもあるのだろうか。「僕が知っている限り、四つしかありません。Xist(イグジスト)、NEAT(ニート)1、NEAT2、そしてGomafuです」
 GomafuやXist、NEAT1、NEAT2のようにタンパク質に翻訳されないRNAは、“ノンコーディングRNA”と呼ばれる。かつて、RNAに転写されタンパク質に翻訳されるDNAは全体の2%にすぎず、大半はジャンク(がらくた)だと考えられていた。ところが2005年、理研ゲノム科学総合研究センターの林良英プロジェクトディレクター(現 理研オミックス基盤研究領域 領域長)たちが、DNA全体の実に70%がRNAに転写されており、その多くはタンパク質に翻訳されないノンコーディングRNAであること、また一部のノンコーディングRNAは機能を持っていることを論文発表し、大きな注目を集めた。マウスゲノムの塩基配列から明らかになったノンコーディングRNAはデータベース化され、公表されている。
 「僕たちはデータベースにある数百個のノンコーディングRNAについても分布を調べましたが、明らかに核の中に蓄積していて“核内ノンコーディングRNA”と呼べるのは、現在のところGomafu、Xist、NEAT1、NEAT2の四つだけです(図2)。たくさんあるノンコーディングRNAの中で、Gomafuはなぜ核の外に出ていかないのか」
 二つ目の謎は、“Gomafuは何をしているのか”である。Xistは古くから研究されており、X染色体を覆うようにくっつき、X染色体の働きを抑えてしまうことが明らかになっている。NEAT1、NEAT2は発現量が多いため、さまざまな報告例があるものの、まだその機能は分かっていない。そしてGomafuについても、発現量が多いことは分かっているが、機能は未解明である。
 Gomafuの機能が分かれば、なぜ核内にとどまるのかも、必然的に分かってくるだろう。「まずは既存の技術を使って攻めていくしかありません」と中川独立主幹研究員。一つの有効なアプローチは、Gomafuの機能を阻害して、どのような変化が起きるかを見ることだ。また、RNAは不安定なものだが、Gomafuはあるタンパク質と結合することで安定な構造体をつくっているようだ。Gomafuと結合しているタンパク質を特定できれば、何らかの手掛かりが得られるかもしれない。
 既存の技術だけでは限界があり、新しい技術を取り入れなければ、Gomafuの機能は解明できないかもしれない。「理研のいいところは、生物系だけではなく、いろいろな分野の研究室がすぐ近くにたくさんあること。どうアプローチしたらいいのか、行き詰まったときは、違う分野の研究者の話を聞くとヒントをもらえることがあります」
 MIAT(ミアット)という遺伝子のある1個の塩基が特定の塩基に置き換わっていると、心筋梗塞を発症する確率が1.38倍になる——中川独立主幹研究員は、その論文に目をとめた。理研ゲノム医科学研究センターの田中敏博グループディレクター(GD)と大阪大学のグループとの共同研究による成果だ。実はMIATとGomafuは、同じ遺伝子である。発見は田中GDたちの方が先だが、データベースに掲載される前に中川独立主幹研究員も発見したため、一つの遺伝子に二つの名前が付くことになってしまった。「田中GDたちの論文を読み、Gomafuはやはり何か重要なことをしているに違いないと確信しました。Gomafuの研究を続けていく勇気をもらいました」


顕微鏡の向こうに見える美しい世界
 研究ユニットのホームページに掲載された中川独立主幹研究員の自己紹介には、「顕微鏡の向こうに見える世界に感激する、そんな仕事を目指しています」とある。「僕はビジュアル系なんです(笑)」と中川独立主幹研究員。「顕微鏡をのぞいて、きれいな細胞や組織が見えたときが、一番うれしい瞬間です。Gomafuの塩基配列を初めて見たのは、林領域長たちです。でも、世界で初めてその分布を顕微鏡で見たのは、間違いなく僕。とてもきれいでした。その瞬間は、忘れられません」
 中川独立主幹研究員は、Gomafuの機能解明が簡単にできるとは考えていない。「僕は自転車で走っているとき、坂を見ると、つい上ってしまうんです。1〜2年で分かりそうなことをやってもつまらない。20年、30年もかかりそうなことをやっていけば、今まで知らなかった新しい世界が開けてくるに違いありません」
 子どものころから研究者を憧憬(どうけい)していたという中川独立主幹研究員。中学生のときに読んだ岡田節人(ときんど)博士(京都大学名誉教授)の『細胞の社会—生命秩序の基本をさぐる』と、コンラート・ローレンツの『ソロモンの指環—動物行動学入門』に大きな影響を受け、生物の研究を志して京都大学へ進んだ。農学部に入学したものの、大学3年のとき理学部へ編入。そのとき初めて、岡田博士の研究室が京大にあったことを知る。そして、岡田博士の直系に当たる竹市雅俊 理研発生・再生総合研究センター センター長(当時、京大教授)の研究室に入った。「岡田先生、竹市先生と続く研究室で研究できたことは、僕にとって大きな誇りです」
 研究者としての夢を尋ねると、「分野をつくりたい」という答えが返ってきた。「教科書にはいくつかの章があります。そこに、“核内ノンコーディングRNA”という新しい章を加えたいですね」

(取材・構成:鈴木志乃)






関連情報


研究ユニットホームページ 
http://www.riken.jp/lab-www/nakagawa/







特集/柱

理研天然化合物バンク
「NPDepo」が新薬開発を加速する



化合物の働きを利用して生命現象の解明に挑む
「ケミカルバイオロジー」が今、注目されている。
基礎研究に役立つだけでなく、新しい医薬品の
開発にもつながると期待されているからだ。
理研は2007年、ケミカルバイオロジー研究の推進に
不可欠な天然化合物バンク「NPDepo(エヌピーデポ)」を設立。
微生物がつくり出す天然化合物を中心に化合物の
収集・保存・提供を本格的に開始した。
NPDepoの設立の目的、仕組み、そして期待される成果を、
理研基幹研究所ケミカルバイオロジー研究領域の
長田(おさだ)裕之 領域長と、化合物バンクの管理を担当する
斎藤臣雄(たみお) 先任研究員に聞いた。



化合物を出発点に生命現象を解く
	研究循環システムの核
「基幹研究所」を設立
玉尾皓平 基幹研究所長に聞く
──ケミカルバイオロジーとは何ですか。
長田:化学と生物学の融合研究を「ケミカルバイオロジー」といいます。定義がとても広いので、私たちは化合物を出発点として生命現象を解明するところに焦点を絞って研究を進めています。分子生物学では、遺伝情報を担うDNAやRNAを操作して目的のタンパク質をつくることができないようにして、細胞や個体にどのような影響が出るかを調べ、複雑な生命現象を解明しようとしています。化合物の中には特定のタンパク質と結合して、そのタンパク質の働きを強めたり阻害したりするものがあります。私たちは、そのような化合物を使い、生命現象を解き明かそうとしているのです。
──新しい研究分野なのでしょうか。
長田:米国ハーバード大学のスチュアート・シュライバー教授が「FK506」という化合物を使ってタンパク質の働きを操作し、FK506が免疫反応を抑制する仕組みを見事に示しました。これをきっかけにケミカルバイオロジーが注目され、2000年ごろから一気に広がりました。
 しかし、私たちから見れば、新しいことではありません。FK506は、藤沢薬品工業(株)(現・アステラス製薬(株))が発見した化合物で、茨城県筑波山の土壌に生息する放線菌がつくるものです。日本では1950年代から、微生物がつくり出す化合物を探し、その構造や生理活性を明らかにする微生物化学が盛んで、世界をリードしてきました。日本の研究者はシュライバー教授よりずっと前からケミカルバイオロジーをやっていたのです。
──ケミカルバイオロジーには、どのようなことが期待されているのでしょうか。
長田:生命現象の解明にも役立ちますが、最も期待されているのは新薬開発への貢献です。微生物がつくる化合物の中には、抗生物質のペニシリンやストレプトマイシンのように、医薬品になるものがあります。FK506は、臓器移植に欠かせない免疫抑制剤として使われています。欧米では巨大な製薬企業が膨大な資金を使って、“薬の種”となる化合物を網羅的に探しています。日本でも、独自に薬の種を見つけ、新薬につなげていく必要があります。そのために、理研に化合物バンクをつくったのです。

長田裕之 領域長&斎藤臣雄 先任研究員


問い合わせ先

TEL
048-467-8275(担当:斎藤臣雄)


FAX
048-462-4669



E-Mail



理研天然化合物バンク「NPDepo」
──化合物バンクとは、どういうものですか。
長田:ケミカルバイオロジーでは、いかにユニークな化合物を持っているかが研究の質を左右します。ユニークな化合物をたくさん集め、保管し、効率よく提供できる仕組みをつくれば、新しい発見がたくさん生まれます。その拠点となるのが化合物バンクです。(財)微生物化学研究会や京都大学、北里大学、東京医科歯科大学などでは自前で化合物ライブラリーを整備していましたが、日本には外部に化合物を提供しているところはありませんでした。そこで2007年、日本初の公的化合物バンクとして「理研天然化合物バンク(NPDepo(エヌピーデポ):RIKEN Natural Products Depository)」を設立したのです。同じころに国家プロジェクトとして東京大学に生物機能制御化合物ライブラリー機構が発足しています。
──NPDepoはどのような仕組みになっているのですか。
斎藤:微生物がつくる天然化合物を重視している点が、NPDepoの大きな特徴です。微生物がつくる化合物を精製したり、その構造類縁体を合成している全国の研究者から、化合物を寄託していただいています。寄託された化合物を保存するとともに、化合物の構造、物性、生理活性などの情報をデータベース「天然化合物エンサイクロペディア(NPEdia(エヌペディア):Natural Products Encyclopedia)」に蓄えていきます。化合物を使いたいという研究者には、契約書(MTA:Material Transfer Agreement)を取り交わした上で、化合物を提供します。その後、利用者から実験結果を報告してもらい、NPEdiaに情報を加えるとともに、化合物の提供者にも報告します。
長田:活性が分からないまま研究室に眠っている化合物を、ぜひNPDepoに寄託していただきたいのです。2008年12月現在の収蔵化合物は2万4700種類ですが、最終的には10万種類を目指しています。
──理研ではバイオリソースセンターが生物資源を収集・保存・提供しています。化合物特有の難しさはありますか。
斎藤:マウスやシロイヌナズナ、細胞は繁殖・増殖させることができますが、天然化合物は使い切ってしまったら終わり。いかに節約して使うかが重要です。
 寄託された化合物は、粉や液体など元の状態のまま瓶に入れ、4℃で保管しています。一部は溶液にして、プラスチックチューブに小分けして冷凍保存しています。利用申し込みがあると、多くの場合はまず、プラスチックプレートに化合物を入れて送ります。96個の小さなくぼみ(ウェル)に5μℓずつ違う種類が入っているので、1枚のプレートで96種類の化合物の生理活性を調べることができます。しかし、もっと節約したい。そこで、私たちはより微量で化合物の活性を調べることができる「化合物アレイ」を開発しました。スライドガラスの上に約2000種類の化合物が、鎖状のリンカー分子を介して固定されています。調べたいタンパク質を蛍光色素などで標識してアレイにかけると、そのタンパク質と結合する化合物を効率よく探し出すことができます。目的に合った化合物が見つかれば、必要な化合物だけを必要な量だけもう一度提供します。
長田:「あるがままの化学から思うがままの化学へ」。これは、野依良治理事長が不斉(ふせい)触媒の開発に成功した後の化学の進歩を端的に表現した言葉ですが、微生物の生合成でも同じことが言えます。これまでは微生物がつくった化合物をそのまま受け入れるしかありませんでしたが、そういう時代は終わりです。化合物をつくる生合成遺伝子の解析が進み、遺伝子を改変して目的の化合物だけを大量につくり出すこともできるようになってきました。

新薬開発へ期待
──NPDepoの利用状況を教えてください。
斎藤:2008年12月現在、延べ約7万5000種類の化合物を提供しています。2007年12月にケミカルバイオロジー研究棟の一部が完成して環境が整ったことで、利用数が伸びました。
長田:利用数の増加に伴って、成果も次々と論文として発表されています。それらの情報はNPEdiaに加えられ、似た構造の化合物を検索したり、構造から生理活性を予測したり、さらに生理活性を高めるためにはどう構造を変えたらよいかを調べることに役立っています。
──本格始動したNPDepoの展望をお聞かせください。
長田:日本のケミカルバイオロジーの発展に大きく貢献するでしょう。そして、NPDepoから提供した化合物から医薬品が生まれることを期待しています。理研だけでは医薬品を開発できませんが、薬につなげることを常に意識してNPDepoを運営していきます。その意識があるかないかで、やるべきこと、できることが違ってきますから。

(取材・構成:鈴木志乃)


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SPOT NEWS/柱

ぜんそくの原因、悪玉細胞を発見

アレルギー性ぜんそくの根治へ大きく前進

2008年11月17日プレスリリース



アレルギー疾患は、花粉症や食物アレルギーなど、日本人の約3割がかかっている国民的な病気といわれている。一方、ぜんそくは発作的に気道が収縮し、のどがゼイゼイ鳴り、咳(せき)や痰(たん)が出て呼吸が苦しくなる症状が繰り返される病気である。この二つの病気が関係するアレルギー性ぜんそくは、慢性的な炎症が気道に起きる病気で、死に至るケースもある。理研免疫・アレルギー科学総合研究センター 免疫制御研究グループは、マウスを用いた実験により、アレルギー性ぜんそくの発作を起こすもとになる「気道過敏症」の発症の仕組みを解明し、その発症を抗体の投与によって抑制することに成功した。今回の分子メカニズムの解明は、治療薬の開発にもつながると期待されている。この成果について渡会浩志(わたらい ひろし)上級研究員に聞いた。

──
「アレルギー性ぜんそく」はどんな病気ですか。
渡会:WHO(世界保健機関)の統計によると、患者数が世界で約3億人、日本で約300万人、年間死亡者数は世界で25万人以上、日本で3000人以上にも及ぶ疾患で、その数は年々増加する一方です。ダニ、ハウスダスト、花粉などのアレルゲンや、風邪のウイルス、ストレス、タバコの煙のような外部からの刺激が引き金になって免疫システムが過剰に反応し、気道が過敏になって発症します。しかし、発症の初期の段階で、どの細胞がどういう作用をするのか、その分子メカニズムは分かっていませんでした。
──
今回、原因となる細胞を見つけたのですね。
渡会:はい。マウスの脾臓(ひぞう)や肺のB細胞、T細胞、NK細胞、ナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)などの各免疫担当細胞の遺伝子発現レベルを詳しく観察しました。その結果、一部のNKT細胞の表面だけに「インターロイキン-17レセプターB(IL-17RB)」という受容体が発現することを見つけました。このIL-17RBを発現する「IL-17RB陽性NKT細胞」が、発症の原因となる悪玉細胞だったのです。
──
どんな実験をしたのですか。
図 アレルギー性ぜんそくに至る気道過敏症発症の概念図渡会:まず、悪玉細胞にアレルゲン(アレルギー原因物質)からつくられるタンパク質「IL-25」を加えると、IL-25が悪玉細胞表面のIL-17RB受容体と結合し、Th2サイトカインやECF-Lを大量に産生することが分かりました()。これらは、気道炎症を引き起こすタンパク質です。
 次に、生体内で悪玉細胞の関与を確認するために、アレルゲンとしてよく用いられる卵白アルブミンでアレルギー性ぜんそくを誘発させたマウスを使って実験しました。その結果、NKT細胞ノックアウトマウス(NKT細胞をつくる遺伝子を欠損させたマウス)ではIL-25 依存性のアレルギー気道炎症が起きない、抗IL-17RB抗体を投与すると、マウスのアレルギー気道炎症が起きない、NKT細胞ノックアウトマウスに悪玉細胞を移入すると、アレルギー気道炎症が悪玉細胞の量に依存して悪化することが分かりました。
──
臨床現場へ応用できそうですか。
渡会:今回、アレルゲンにさらされた際の初期反応の分子メカニズムが分かりました。初期の段階で気道過敏症の発症を抑えられれば、慢性化の予防につながります。マウスの実験ではありますが、抗体治療が有効であることが分かりました。ヒトも同じ仕組みで発症していると考えられますので、IL-25やIL-17RBは新しい治療薬のターゲットになるでしょう。ヒトでの研究をさらに進め、アレルギー性ぜんそくの克服につながる可能性を探りたいと思います。


● 本研究成果は、米国の科学雑誌『Journal of Experimental Medicine』(11月17日)に掲載されたほか、朝日・読売・毎日・産経・日本経済新聞(11/18)などに取り上げられた。

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SPOT NEWS/柱

シロアリの強力な木質分解能の謎を解く

腸内原生生物と細菌の共生の仕組みが明らかに

2008年11月14日プレスリリース



 理研基幹研究所 環境分子分解科学研究チーム(大熊盛也チームヘッド)を中心とする研究グループが、イエシロアリの腸内原生生物の細胞内に共生している細菌のゲノム配列を完全に解読し、シロアリ・原生生物・細菌の三者の複雑な共生メカニズムの解明に成功した。
 イエシロアリが木造建築物に及ぼす経済的被害は、日本だけでも年間数百億円に上ると推定されている。一方、シロアリの強力な木質分解能力は、食料に適さないセルロース系バイオマスから次世代バイオ燃料を製造することにつながると注目を集めている。しかし、その強力な分解能力を生み出しているシロアリ腸内の微生物(原生生物と細菌)はほとんどが培養できなかったため、三者の共生メカニズムは謎のままだった。
 今回、研究グループは独自の手法を用いて、培養できなかった細菌の一種、「CfPt1-2細菌」から全ゲノムを取得し、ゲノム配列を解読した。そのゲノム配列から機能を調べたところ、CfPt1-2細菌は、19種類ものアミノ酸と数種類のビタミンを合成できる能力を持っていることが分かった。木質成分には乏しい、これら必須の窒素化合物をCfPt1-2細菌が原生生物やシロアリに提供していたのだ。
 この細菌は空気中の窒素を吸収して、アミノ酸やビタミンの原材料となるアンモニアを合成していた。さらに、原生生物の窒素老廃物と考えられているアンモニアと尿素を細菌内に取り込み再利用していた。
 今後、さらに詳細なシロアリ腸内共生メカニズムの解明が進むと、複雑で巧妙な共生関係による木質の強力な分解メカニズムの解明につながる。また、バイオ燃料開発のほか、新しいシロアリ駆除法の開発などにつながると期待されている。



● 『Science』(11月14日号)掲載

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SPOT NEWS/柱

細胞を生きたまま観察
──「水の窓」領域のX線を発生


2008年11月25日プレスリリース


 理研基幹研究所の高強度軟X線アト秒パルス研究チーム 高橋栄治研究員らは、生きた細胞の詳細な観察に利用可能な卓上サイズのX線光源の開発に成功した。瞬間的に強い光を出す超短パルス赤外レーザー光線をネオンガスに当て、従来の100倍の高効率で波長が約4ナノメートル(1nm=10億分の1m)の軟X線を発生できる。
 X線は医療をはじめ、建築物や部品内部の欠陥の計測など、幅広い分野で活用されている。X線(0.01nm〜数十nm)の中で2.3〜4.4nmの波長域は「水の窓」と呼ばれ、水にほとんど吸収されない反面、生体を構成する炭素に強く吸収される。この波長領域のX線を使えば、水分中の生きた細胞の内部構造をナノメートルレベルの分解能で観察できる。今回の成果により、高出力で位相がそろった(コヒーレントな)「水の窓」領域のX線光源の開発が可能になった。今後、生体観察の夢とされている軟X線顕微鏡の開発や、現在、理研播磨研究所に建設中のX線自由電子レーザー(XFEL)のシード光などへの応用が期待されている。


● 『Physical Review Letters』オンライン版(12月15日)掲載

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SPOT NEWS/柱

簡単・エコ・安価な次世代電子デバイスを
開発した研究者

三成剛生 (みなり たけお)三成剛生 (みなり たけお)
1974年11月27日、島根県生まれ。島根県立松江南高校から1994年、東京大学教養学部へ進学。1999年、某印刷会社入社。2006年、京都大学理学研究科化学専攻博士後期課程修了。2006年、理化学研究所基礎科学特別研究員。



理研基幹研究所に、とても簡単で、しかもエコで安価な方法で、プラスチックの基板上に有機半導体トランジスタをつくった研究者がいる。機能性有機元素化学特別研究ユニットの三成剛生(みなり たけお) 基礎科学特別研究員だ。これまでトランジスタなどの電子デバイスは、シリコンのような無機材料を使用し、リソグラフィーでつくるのが主流だった。無機材料を有機材料に替えると、プラスチックなど折り曲げ可能な材料を基板に使用できるので、多様な使い道がある。そのため、有機半導体デバイスは次世代の電子デバイスとして注目を浴びている。今回、開発したのは「有機半導体の溶液を基板上に塗るだけで、分子が自己集合してデバイスを形成する」という独自の画期的な方法だ。ミステリー小説を愛読し、ギャンブルも嗜(たしな)むという三成研究員の素顔に迫る。


「小学生のとき、将来の夢は小説家か科学者でした」と語る三成研究員。だが、中学・高校のときは遊んでばかりだったという。「高三の夏休みになって、やっと受験勉強を始めたんです。問題集を読み、なぜこんな問題を出すのか、出題者の裏を読んでいました。問題を解くより、つくる方が面白かったですね」。1年浪人した後、東京大学へ。「アーチェリー部に入りました。当時の友達とは今でも仲がいいんですよ。あと、スロットにハマっていましたね(笑)」。卒業後は印刷会社に入社。「製品の収率を上げ、不良品を減らす仕事をしていました。不良品を減らすには、製造ラインを変えるドラスチックなアイデアが必要。入社1年目から全国各地の工場に転勤しましたが、提案したアイデアが認められ、仕事の醍醐味(だいごみ)に目覚めました。面白かったですね」。1年経過後、最初の勤務地である研究所へ。「ほかのこともやってみたいという気持ちが強くなり、大学院に行こうと考えるようになりました」

 
 入社2年で退職し、京都大学大学院へ。会社での仕事のやり方と、アカデミックで要求される考え方がまったく違うため、苦労することになった。「会社では今つくっているものを良くするという考えでしたが、研究は新しいコンセプトを考え出さないと意味がなかったんです。でも、両方を経験して視野が広がりました。学業の傍ら生活費も学費も稼いでいたので、とても忙しかったですね。インターネットショップを経営して鮮魚を販売したりしていました。そのうち、このサイドビジネスが本業になりそうなくらい繁盛したのでやめました(笑)」。成功の秘訣(ひけつ)は?「世の中で何が求められているか、着眼点が良かったんだと思います。研究と一緒ですね」

 
 博士課程を修了した後、理研へ。「印刷会社に勤めているときから、今後発展しそうな分野として有機デバイスに注目していたんです。今回、開発した有機半導体トランジスタ(写真)のつくり方は、まずプラスチック基板上に疎水性と親水性の部分をつくり、その上に有機半導体溶液を塗ります。塗った溶液は親水性の部分だけに付くので、溶媒が蒸発すると、思い通りの形状で有機半導体の薄膜ができます。この方法を応用して、塗布法で有機トランジスタ素子の自己形成に成功したんです」。このテーマは大日本印刷(株)と共同で取り組み、すでにトランジスタ素子として実用化レベルにまで達している。「印刷技術と同じ方法なので、従来技術と比べて簡単で省エネ。トランジスタになる部分だけに材料を塗るので無駄もない。エコで安価な方法です。軽くて軟らかいので、表面にタッチして注文する電子カタログやメニューなどにも使えます。より身近で生活に密着したデバイスですね」。最後に「また新しいことに挑戦したい」と語った三成研究員。次はどんな成果で私たちを驚かせてくれるのだろう。

写真 開発した有機半導体トランジスタアレイ(a)と素子の拡大図(b)

*この研究成果は平成19年度研究奨励ファンドに採択された課題によるものです。研究奨励ファンドは、若手の意欲的な研究を奨励することを目的とし、理研基幹研究所・理研仁科加速器研究センター・理研放射光科学総合研究センターで横断的に実施している理研の所内ファンドです。

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TOPICS/柱
「2008年度 独立行政法人理化学研究所 科学講演会」開催のお知らせ

本年度の科学講演会を右記の通り開催致します。今回は「健康」をテーマに、最先端の研究を紹介します。皆さまのご来場をお待ちしています。

2008年度 独立行政法人理化学研究所 科学講演会
『人類社会と科学−健康を科学する−』
「2008年度 独立行政法人理化学研究所 科学講演会」
日時:
2009年2月28日(土)13:30〜17:30(開場13:00)
場所:
丸ビルホール 東京都千代田区丸の内2-4-1丸ビル7階
・JR東京駅丸の内南口より徒歩1分
・東京メトロ丸ノ内線東京駅より直結
・東京メトロ千代田線二重橋前駅5番出口より徒歩2分
入場:
無料(事前申し込み不要)
問い合わせ:
理化学研究所 広報室 TEL:048-467-9954 FAX:048-462-4715

プログラム
13:30〜13:40
開会あいさつ
野依良治 理事長
13:40〜14:25
講演1「あなたの“腸”は何歳ですか?−大切な腸内環境コントロール−」
辨野(べんの)義己 理研バイオリソースセンター 微生物材料開発室 室長
14:25〜15:10
講演2「野菜の健康機能成分を作る遺伝子を発見!」
平井優美 理研植物科学研究センター 代謝システム解析チーム チームリーダー
15:10〜15:30
休憩
15:30〜16:15
講演3「患者さんに優しいオーダーメイド医療」
中村祐輔 理研ゲノム医科学研究センター センター長
16:15〜17:00
講演4「肥満はなぜ体に悪いのでしょうか?」
春日雅人 (特別講演) 国立国際医療センター研究所 所長
17:00〜17:30
質疑応答
17:30
閉会



「理研サイエンスセミナー 書道家・武田双雲が読み解く
科学のものがたり」開催のお知らせ

「理研サイエンスセミナー 書道家・武田双雲が読み解く
科学のものがたり」

理研サイエンスセミナーは、「科学に興味はあるけれども、どうやってその世界に踏み込んだらいいのか分からない」という知的好奇心の旺盛な方々のための、新しい形のトークセッションです。
 今回は、独自の創作活動で知られる気鋭の若手書道家・武田双雲氏が、上田泰己(ひろき)チームリーダー(理研発生・再生科学総合研究センター システムバイオロジー研究チーム)と対談します。
 皆さまのご参加をお待ちしています。

テーマ:
あなたという奇跡 −生命の奏でる時間−
日時:
2009年3月12日(木)19:00〜20:30(18:00開場)
場所:
六本木アカデミーヒルズ49 スカイスタジオ
東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー49階
参加費:
無料
申し込み:
要事前申し込み(先着100名様)
受付期間:2009年1月26日(月)〜3月8日(日)申し込み方法は下記URLをご参照ください。
http://www.riken.jp/r-world/event/2008/sci-seminar/index.html
問い合わせ:
理化学研究所 広報室 岡田・伊東
TEL:048-467-9443 FAX:048-462-4715
E-mail:riken-science-seminar@riken.jp





原酒/柱

有田のこと

納富さより NODOMI Sayori
脳科学研究推進部 企画課 係員


筆者(左)と第14代今泉今右衛門氏
 私の故郷、佐賀県には「有田」という日本における磁器発祥の地がある。有田焼の「古伊万里(こいまり)」「柿右衛門(かきえもん)」「鍋島(なべしま)」など、耳にされたことがあるかもしれない。豊臣秀吉の朝鮮出兵により肥前鍋島藩に来た陶工・李参平(り さんぺい)は、この地で磁器に適した石を発見し、日本で初めて磁器の焼成(しょうせい)に成功したといわれている。この時代、肥前の平戸や出島で輸入されていた中国景徳鎮窯(けいとくちんよう)の器を、大名らは競って手に入れていたが、明(みん)の内乱により輸入ができなくなると、国内で唯一磁器が生産できる有田に需要が集中することとなった。
 そのような中、鍋島藩は将軍家や大名に献上することのみを目的とした藩直営の御用窯(ごようがま)を運営し、31人の技を磨き上げた職人を、身分を保証して1ヶ所に住まわせ、技術の漏洩(ろうえい)を許さなかった。その御用窯で、採算を度外視して焼かれたのが、鍋島である。鍋島は「青磁(せいじ)鍋島」「染付(そめつけ)鍋島」「色鍋島」に大別できるが、中でも色鍋島は、陶磁器の最高峰として美しさを誇っている。この格調高い色鍋島を支えていたのが、31人のお抱え陶工以外に用命された御用赤絵屋であった。その中でも今泉今右衛門(いまいずみいまえもん)家(今右衛門窯は現在、国の重要無形文化財としても有名)は、御用赤絵師として絵具の調合や赤絵窯での焼成、また絵付けまで担っていたといわれている。
 220年にわたる御用窯の歴史は、江戸時代の終焉(しゅうえん)とともに終わりを迎える。鍋島は将軍家や大名家向けであったため、一般の人にはなじみの薄いものであったが、これが広く知られ、またその価値を再評価されるところとなった契機として、1916年に出版された1冊の本『柿右衛門と色鍋島』が挙げられる。著者は(財)理研の第3代所長、大河内正敏である。当時、東京帝国大学の教授の傍ら、彩壺(さいこ)会という古陶磁器研究会を主宰し、第1回目の研究会のテーマとして鍋島を取り上げた。その活動は、それまで趣味的に鑑賞されていた鍋島を学術的に研究する発端となり、後世の研究にも大きな功績を残した。理研入所後にこのことを知り、驚くと同時に大変うれしかった。
 今年3月に開催する「理研文化の日」には、第14代今泉今右衛門氏に講演をしていただくことになった。江戸期に御用赤絵屋であった今泉家は、赤絵専業からすべての生産工程を取り込む体制へ転換を図り、一時は衰退の道をたどった鍋島の技法を復興して今日に継承している。現在では国賓への贈答品などもつくられている。先日、今右衛門窯をお訪ねしたときには、14代今右衛門氏が、古くから伝わる技術を磨き、真摯(しんし)なものづくりの精神を守り伝えると同時に、時代の求めに応じた新しいものを取り入れ、現代に息づく作品をつくられていることをあらためて知り、感銘を受けた。私は伝統という言葉の意味が初めて分かった気がした。
 有田の焼物は、美術館、百貨店などでも目にすることができる。また、毎春の有田陶器市は、4kmにわたって通り沿いに600店余りもの店が軒を連ね、100万人の人出でにぎわう。機会があればぜひお出かけいただき、この地で培われた手仕事の極みに触れていただきたい。

第14代今泉今右衛門氏の作品


理研ニュース 

2
No.332
February 2009

理研ロゴ
発行日
平成21年2月5日
編集発行
独立行政法人
理化学研究所 広報室
〒351-0198
埼玉県和光市広沢2番1号
phone: 048-467-4094[ダイヤルイン]
fax: 048-462-4715

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デザイン
株式会社デザインコンビビア
制作協力
有限会社フォトンクリエイト

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