9月号 No327 September 2008
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研究最前線

研究最前線
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原酒




研究最前線/柱

ブラックホールの素顔を暴く

牧島一夫
基幹研究所 牧島宇宙放射線研究室 主任研究員



「今日はブラックホールの話をしましょう」と
牧島一夫主任研究員は話し始めた。
「理研では宇宙の研究もやっているのか?」と
疑問に思う人もいるだろう。
「理研の宇宙研究があまり知られていないのは、とても残念です。
牧島宇宙放射線研究室は、理研で活躍した日本の現代物理学の父、
仁科芳雄先生(1890〜1951年)の直系の研究室の一つです。
仁科先生の宇宙線研究以来、理研では宇宙の研究が脈々と続き、
画期的な成果が続出しています」。牧島宇宙放射線研究室では、
HETE(ヘティ)-2衛星によって“謎の天体現象”
ガンマ線バーストの正体を明らかにした。また、
X線天文衛星「すざく」でブラックホールの進化を探り、
国際宇宙ステーションにMAXI(マキシ)(全天X線監視装置)を設置して
ブラックホールの合体の瞬間を見ようとしている。



ブラックホールの進化



理研とブラックホールの深い関係
牧島一夫 基幹研究所 
牧島宇宙放射線研究室
主任研究員 すべてのものを吸い込み、光さえも出てくることができない天体、ブラックホール。「最初は、アインシュタインの一般相対性理論から導き出された空想上の天体とされていて、その存在を本気で信じている人はいませんでした」と牧島一夫主任研究員は説明する。
 恒星についての研究が進むと、太陽質量の10倍以上の重い恒星は、一生の最後に重力崩壊を起こしてつぶれ、超新星爆発を起こすことが分かってきた。研究者たちが、その中心は密度が非常に高くなり、ブラックホールになるかもしれないと気付いたのは、20世紀半ばである。そして1962年、イタリアのリカルド・ジャッコーニ(2002年ノーベル物理学賞受賞)によって、X線を出している謎の天体が初めて発見された。X線は、超新星爆発の残骸やブラックホールなど、数千万度から数億度という超高温で、激しく活動している天体が発する。日本にも、X線とブラックホールを語る上で欠かすことができない人物がいる。
 「1988〜93年に理研の理事長を務めた小田稔先生です」と牧島主任研究員。「小田先生が注目したのが、はくちょう座X-1と呼ばれる、とても強いX線星です。1971年、その強度が1秒以下の速い周期で変動していることを発見した小田先生は、“はくちょう座X-1は、非常に小さく特異な天体に違いない。ブラックホールにガスなどが降着している結果かもしれない”と書いています。これが、実在の天体をブラックホールに結び付けた世界初の論文です」。続く数年間に世界中で行われた観測により、はくちょう座X-1は、太陽の10倍程度の質量を持つブラックホールと、普通の恒星との連星であることが明らかになった。恒星のガスがブラックホールに吸い込まれていくときに、強いX線を出していたのだ。
 「ブラックホールの存在は、1980年代には市民権を得ました。しかし、科学者というのは疑い深いもの。本当にブラックホールは存在するのか、それはどのくらいの質量で、どこにあるのか。理研の宇宙放射線研究室では、二代にわたってブラックホールを追い続けてきました」


謎の天体現象、ガンマ線バーストの正体
 牧島主任研究員が宇宙放射線研究室に着任したのは2001年4月。「私たちはブラックホールについて三つのプロジェクトを進めています。そのうち二つは前主任研究員の松岡勝先生(現 宇宙航空研究開発機構主幹研究員)からの継続、もう一つは私が始めたものです」
 一つ目は、松岡前主任研究員から引き継いだHETE(ヘティ)-2衛星(High Energy Transient Explorer-2:高エネルギートランジェント天体探査機)だ。理研と米国、フランスが共同で開発したガンマ線バーストを監視する衛星である。
 ガンマ線バーストが初めてとらえられたのは1967年、ソ連の核実験を監視していた米国の人工衛星によってだ。核爆発によって発生するガンマ線をとらえるのが目的だったが、不思議なことに、地上からではなく、宇宙のさまざまな方向から強烈なガンマ線が時々やって来るのだ。「当時は米軍の最高軍事機密だったようです。やがて天体現象だと分かりましたが、いつ、どこで起きるのか予測がつかない。しかも、強烈なガンマ線は数秒から数分で消えてしまい、ガンマ線がやって来た方向を望遠鏡で観測しても、怪しい天体は見当たらない。“謎の天体現象”と呼ばれていたガンマ線バーストに初めて本格的に挑んだのが、HETE-2です」
 HETE-2は、ガンマ線バーストをとらえると、その位置を自動的に求め、すぐに地上局に通報する。位置情報はインターネットで世界中の天文台やアマチュア天文家に即時配信される。すると、ガンマ線バーストの残光を観測しようと、望遠鏡が一斉にその方向に向けられる。「衛星と地上観測の連携が最高にうまくいったのが、2003年3月29日に発生したガンマ線バースト(GRB030329)です」と牧島主任研究員。その位置情報は発生から73分後、世界中に通報された。そして理研和光キャンパスにある研究本館の屋上に設置した口径20cmの自動望遠鏡が、世界で最も早く、ガンマ線バーストの残光の観測に成功した。今まで何もなかった位置に、13等級の天体が出現していたのだ(図1)。
 GRB030329までの距離は約18億光年。距離が測定されたガンマ線バーストの中で2番目に近かったことから長期間詳しい観測ができ、画期的な成果がもたらされた。「大型望遠鏡で残光を波長ごとに詳しく観測したところ、発生直後はこれまで観測されたガンマ線バーストの典型的な様子でした。しかし、10日ほどたつと様子が変わっていったのです。それは、“極超新星”と呼ばれる種類の超新星爆発で観測されるものとよく一致していました。私たちは、とうとうガンマ線バーストの正体を暴いたのです。非常に重い星が一生の最後に重力でつぶれて極超新星爆発を起こすとき、ある確率でガンマ線バーストが発生すると考えられます」。この発見は、ガンマ線バーストの発生源を明らかにしたと同時に、もう一つ大きな意味を持つ。「極超新星爆発の後にはブラックホールができます。私たちは、ブラックホール誕生の瞬間を見たのです」
 ガンマ線バーストには、バーストの継続時間が2秒より短いタイプと、長いタイプがある。GRB030329は後者だ。継続時間が長いタイプは極超新星爆発に伴う現象であることが突きとめられた。一方、HETE-2などによる別のガンマ線バーストの観測から、短いタイプは中性子星同士の衝突・合体に伴う現象である可能性が高い。中性子星は、太陽質量の10倍程度の星が超新星爆発を起こしたとき、その中心部がつぶれてできる天体で、その質量は太陽の3倍未満だ。
 HETE-2は目的を達し、2007年3月末に運用を終了した。ガンマ線バーストはもう謎の天体現象ではない。

図1 ガンマ線バーストGRB030329

成長途中のブラックホールはあるのか
図2 X線で見た渦巻き銀河の例(M83銀河)  はくちょう座X-1のような連星系をなす太陽質量の10倍程度のブラックホールとは別に、銀河の中心には太陽質量の100万倍から10億倍もある巨大ブラックホールが存在することが知られている。私たちの銀河系の中心にも巨大ブラックホールがある。「“一つの銀河に一つの巨大ブラックホール”というのは、もう定説です。しかし、巨大ブラックホールがどのようにできたのかが分からないのです」
 実は、その鍵となる天体があった。「1980年代から銀河の渦巻きの腕の部分には、はくちょう座X-1より100〜1000倍明るいX線を出す天体があることが知られていました(図2)。その存在は、研究者を悩ませてきたのです」。そう語る牧島主任研究員は、日本のX線天文衛星「あすか」や米国の「チャンドラ」などを用いて異常に明るいX線天体が太陽の数十倍から数百倍の質量を持つ“中質量ブラックホール”である可能性を突きとめ、国際的な論争を巻き起こした。それらに「ULX(超大光度X線天体)」という名前を付けたのも牧島主任研究員である。
 こうした観測結果に触発された理研の戎崎(えびすざき)計算宇宙物理研究室の戎崎俊一主任研究員は、数値シミュレーションによって、巨大ブラックホールが出来上がるまでのシナリオを描き出した。「シナリオでは、まず星団の中で超巨大星ができ、それがつぶれてかなり重いブラックホールが誕生します。その際、ガンマ線バーストが発生するのかもしれません」と牧島主任研究員は解説する。「ブラックホールは、近くにある恒星のガスを次々と吸い尽くし、ULXとして輝きながら巨大化していきます。次第に銀河の中心へと落下していき、その過程でブラックホール同士が合体を繰り返し、最後は一つの巨大ブラックホールになるというものです」(記事冒頭の図
 このシナリオの鍵を握るULXの正体を解明しようと牧島主任研究員が着手したのが、二つ目のプロジェクト、X線天文衛星「すざく」だ。2005年7月に打ち上げられた「すざく」には、牧島宇宙放射線研究室と宇宙航空研究開発機構、東京大学などが共同で開発した硬X線検出器が搭載されている。高いエネルギーのX線(硬X線)まで高精度で観測できるため、ブラックホールに吸い込まれるガスの挙動などをより詳しく知ることができる。
 「『すざく』の観測を通じて、連星系ブラックホール、ULX、巨大ブラックホールの三者の間に、とてもよく似た性質が浮かび上がってきました。ULXが、連星系ブラックホールと巨大ブラックホールをつなぐ中質量ブラックホールである可能性が、一段と強まっています。『すざく』の活躍と、理研における観測的研究と理論研究の協力によって、謎のULXの正体が解明され、巨大ブラックホールとの関連が明らかになっていくことでしょう」


ブラックホールの合体をとらえる
 三つ目はMAXI(マキシ)(Monitor of All-sky X-Ray Image:全天X線監視装置)のプロジェクトだ。「巨大ブラックホールが合体してできたのなら、合体寸前のブラックホールがあるはずです。松岡前主任研究員がMAXIを提案した1997年当時、こうしたシナリオは知られていませんでしたが、私は着任するや、MAXIこそブラックホールの合体をとらえるのに絶好の装置であることに気付いたのです」
 合体しつつあるブラックホールは、互いの周りを回転し、ガスを吸い込み合っているはずだ。すると、二つのブラックホールの位置関係によって吸い込むガスの量が変わるため、X線の強度は周期的に変化するだろう。全天のX線源を観測するMAXIで約100個の巨大ブラックホールを監視し、その中から周期的にX線の明るさが変化する天体を探し出す。「数ヶ月周期で変化する天体があれば、それは合体寸前のブラックホールでしょう」
 2008年6月、MAXIの国際ワークショップが理研で開催された。海外からの33人を含む約180人の参加があり、期待の高さが分かる。MAXIは組み立てを終え、今秋には米国のNASAへ運ばれる予定だ。そして2009年5月、スペースシャトルで打ち上げられ、国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」に取り付けられる(図3)。
 HETE-2、「すざく」、MAXIと衛星プロジェクトを抱える牧島宇宙放射線研究室。ほかにも、チベットでの高エネルギー中性子の観測、全天の1/10を常時モニターし突発的な天体現象を観測しようという超広視野ロボット望遠鏡WIDGET(ウィジェット)、南極大陸から国立極地研究所が掘り出した氷柱を利用して過去の超新星爆発を調査する研究、雷雲の中で発生するガンマ線を地上でとらえる観測など、いくつものプロジェクトが進行中だ。「人工衛星のプロジェクトはサイクルが長いため、新しい発想がさび付いてしまうというデメリットもあります。若い人には小回りの利くプロジェクトも同時に動かすように言っています。頭をリフレッシュできるし、プロジェクトを立ち上げる訓練にもなります」
 牧島宇宙放射線研究室は総勢およそ30人。基礎科学特別研究員や大学院生も多く、理研の中でも平均年齢の若い研究室の一つだろう。「仁科先生から続く理研の宇宙研究を若い人たちと一緒にもり立てていくことが、私の任務だと思っています」。そう語る牧島主任研究員の後ろには、仁科博士が戦後間もないころに書いた「国破山河在 城春草木深」の額が掛けられていた。

図3 MAXI(全天X線監視装置)

(取材・執筆:鈴木志乃)


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研究最前線/柱

コレステロールの機能を探り
メタボリック症候群の克服を目指す

小林俊秀
基幹研究所 小林脂質生物学研究室 主任研究員



「コレステロールは健康に悪いもの
というイメージが強いかもしれません。
しかし、コレステロールがなければ、私たちは生きていけません。
それほど大切な物質なんです。
ただし、その機能はまだよく分かっていません」
こう語る小林俊秀主任研究員たちは、細胞内のコレステロールを
見る技術を駆使してその機能を探るとともに、
“悪玉コレステロール”の分泌を抑える薬を開発し、
メタボリック症候群の克服を目指している。



細胞膜のコレステロール濃度の違いにより、異なる受容体が集まる



メタボリック症候群とコレステロール
小林俊秀 KOBAYASHI Toshihide へその周りのサイズ(腹囲)が男性で85cm以上、女性で90cm以上の人は、内臓に脂肪が蓄積した「内臓脂肪型肥満」の可能性がある。内臓脂肪型肥満に加えて、高血糖、高血圧、脂質異常のいずれか二つ以上を併せ持った状態が、「メタボリック症候群(内臓脂肪症候群)」だ。メタボリック症候群が怖いのは、その状態を放置すると、血管壁にコレステロールなどがたまって動脈硬化が進み、心臓病や脳卒中など命にかかわる病気になる可能性が高いからである。
 コレステロールは細胞で合成されるとともに、食事からも摂取される。食事から多量のコレステロールを摂取すると、血液中のコレステロール値が上昇し、動脈硬化が進行するおそれがある。
 「ただし、コレステロールは生命維持に欠かせない大切な物質なんです」と小林俊秀主任研究員は説明する。「私たちの体の中では、たくさんのエネルギーを消費してコレステロールをつくっています。コレステロールは人体にとってとても大切なため、分解する仕組みはありません。過剰なコレステロールは体外に排出するしかないのです。コレステロールを獲得するために、私たちの体は長い時間をかけて進化してきました。コレステロールの過剰が問題になってきたのは、飽食の時代となったほんのこの数十年のことです」


コレステロールは生体膜の主成分
 コレステロールは脂質の一種である。脂質は私たちの体を構成する物質の中で、水、タンパク質に次いで多い。脂質は脂肪としてエネルギー源となるほか、細胞膜などの生体膜をつくる。その脂質の中でもコレステロールは、生体膜の構築や維持に必要な主成分の一つである。
 コレステロールとともに生体膜の主要成分であるリン脂質分子には、水になじむ親水性の部分と水を避ける疎水性の部分がある。二つのリン脂質分子が疎水性の部分を内側にして並び、脂質二重膜をつくる。コレステロールと脂質二重膜などの脂質により細胞膜はつくられている(記事冒頭の図)。
 脂質二重膜だけであれば、たった1種類の脂質からでも人工的につくることができる。一方、生体膜は数千種類以上の脂質からできていることが分かっている。性質の異なる脂質からなる生体膜は、コレステロールがないと分離して壊れてしまう。従って、私たちの体はコレステロールがなければ生命を維持していくことができないのだ。
 ただし、生体膜を維持する以外に、コレステロールにどのような機能があるのかはよく分かっていない。それは、コレステロールなどの脂質はタンパク質などに比べて分子量がとても小さいため、その働きを観察することが極めて難しかったからだ。


コレステロール濃度が生体膜の機能に重要
 なぜ、生体膜をつくる脂質の種類は数千も必要なのか。この謎に答える「脂質ラフト」と呼ばれる仮説が、1988年にドイツのK. Simons(シモンズ)博士たちによって提唱された。
 細胞が機能するためには、細胞外と情報や物質のやりとりをしなければならない。ただし脂質二重膜は、情報や物質をやりとりする機能を備えていないので、脂質二重膜に埋め込まれたタンパク質の受容体がその機能を担っている。
 受容体が細胞外から受けた情報は、細胞内のタンパク質に伝えられる。その時点で情報伝達が完了となる。しかし、受容体と細胞内のタンパク質とは常に同じ場所に存在するわけではないので、情報に応じて受容体と細胞内タンパク質を特定の領域に集めた方が、情報伝達の効率は高まるだろう。生体膜では異なる種類の脂質が集まってそれぞれ特徴的な領域をつくり、特定のタンパク質を集めることで、多種多様な情報伝達や物質の移動を効率的に行っている。だからこそ、生体膜をつくる脂質には数千もの種類が必要なのだ──Simons博士たちはそう考えた。そして、そのような領域の一つを「脂質ラフト」と名付け、それはスフィンゴ脂質と呼ばれる脂質とコレステロールが同じ場所に集まってできていると予測した。
 小林主任研究員は、脂質ラフトが提唱されたころ、Simons博士のもとで研究を行った経験を持つ。「サイエンスで大事なのは、検証ができる仮説を立てること。たとえそれが間違っていても、仮説を検証することでサイエンスは進むということを、私はSimons博士から学びました。それは、日本の生物学の世界では、育ちにくい考え方です。日本では事実を見つけることに重きが置かれます。もちろんそれは大切なのですが、仮説を考えることも同じくらい大切なのです」
 脂質ラフトは本当に存在するのかどうか。それは、仮説が提唱されてから20年たった現在でも結論が出ていない。小林主任研究員たちは、スフィンゴ脂質とコレステロールを見る新しい技術を開発して、脂質ラフト仮説を検証する実験を行った。
 「その結果は意外なものでした。スフィンゴ脂質を見ると、確かに脂質ラフト仮説とおりのスフィンゴ脂質が多く集まった領域が見えてきました。ところが次にコレステロールを見ると、スフィンゴ脂質とは違う場所にも広く分布していたのです」
 小林主任研究員たちは、脂質ラフト仮説が示したスフィンゴ脂質とコレステロールからなる領域よりも、コレステロールがはるかに広い領域に分布していることを見いだしたのだ。しかし、脂質ラフト仮説を検証することで、サイエンスは次のステップに進み始めた。
 「コレステロールを見ることによって、その濃度分布が生体膜の機能に重要な役割を果たしていることが分かってきたのです。例えば、生体膜にコレステロール濃度が高い領域があると、ある種の情報伝達が抑えられ、濃度が均一になると情報が伝わる現象を発見しました」
 コレステロール濃度が高いところに、ある種の情報伝達をブロックする受容体が集まり、効率的にその情報伝達をブロックする。しかし濃度が高い領域がないと効率的にブロックできずに、情報が伝達されると考えられる。「コレステロール濃度の高いところに集まる受容体や、逆に低いところに集まる受容体があるのかもしれません」(記事冒頭の図
 つまり、特定の情報伝達にかかわる受容体を集めて、情報伝達を効率的に行う機能を、コレステロール1種類のみで濃度の違いにより実現している可能性があるのだ。
 もしコレステロールだけで多種多様な情報伝達を効率的に行えるのならば、脂質は数千種類も必要ないではないか。もともとの疑問である、なぜ脂質の種類は数千も必要なのかという謎は、どう説明がつくのか。「その謎には、まったく答えられていません。やっとコレステロールという1種類の脂質の機能が分かり始めたところです。そして、解明すべき脂質が数千種類も残されている。さらに複数の種類の脂質が組み合わさったときの機能も解明する必要がある。解明すべきことが山積している、それが脂質研究の現状です。脂質の研究は本当に大変だな、というのが実感です」


メタボリック症候群の克服に挑む
 小林脂質生物学研究室では今、コレステロールを見て、その機能を解明する研究を集中的に行っている。
 「細胞内のコレステロールの分布を詳細に見ることができるのは、世界でも私たちの研究室だけだと思います(図1)。最近になって、コレステロールの機能が次々と分かり始めてきました」
 小林主任研究員たちは、細胞分裂でもコレステロールが重要な役割を果たしていることを見いだした。「細胞膜のコレステロール濃度が低いと、細胞分裂が特定の段階で止まってしまうのです。細胞分裂にどのようにコレステロールがかかわっているか、今後解明を進めていきたいと思います」
 また、細胞が自身の細胞膜とともに細胞外の物質を取り込むエンドサイトーシスという現象でも、コレステロールが重要なことが分かった。「ある種のエンドサイトーシスが起きる速度は、細胞の密度によって大きく変化します。このとき細胞のコレステロール量が劇的に変化することが分かりました。細胞の密度が高いと細胞内コレステロール量が増え、エンドサイトーシスの速度が遅くなるのです(図2)」
 小林主任研究員たちは、細胞分裂やエンドサイトーシスといった生命の基本現象におけるコレステロールの機能を探るとともに、メタボリック症候群の克服を目指した研究も行っている。そこで特に注目しているのが、小胞体と呼ばれる細胞内小器官にあるコレステロールだ。
 体内では主に肝細胞の小胞体でコレステロールが合成され、それがある種のタンパク質と結合して、細胞膜へ移動し、LDLとして血液中に分泌される。それぞれの細胞はLDLを取り込んで、コレステロールを利用する。
 しかし、LDLや食事から摂取したコレステロールの血中濃度が高い状態が続くと、コレステロールが血管壁にたまって、動脈硬化の原因となる。LDLが“悪玉コレステロール”といわれるゆえんである。
 肝細胞のコレステロール濃度を下げる化合物が開発され、それがLDLの分泌量を下げる動脈硬化の予防薬になると期待された。しかし、その化合物だけではLDLの分泌量を下げる効果がないことが分かった。
 「私たちは肝細胞にある小胞体のコレステロール濃度がLDLの分泌量をコントロールしていることを発見しました。その仕組みを分子レベルで解明できれば、LDL分泌量を下げる薬の開発に大きく貢献できると思います」
 小林主任研究員たちは、その研究をフランスの国立保健医学研究所とともに進めている。「近い将来にLDL分泌量を下げる薬の開発に役立つ研究成果を出したいですね」

図1 細胞内のコレステロールの分布
図2 コレステロールとエンドサイトーシス

脂質研究の新たなステージへ
 小林主任研究員たちは、脂質を見ることによって、その未知の機能を探ってきた。コレステロールなどの特定の脂質を見るためには、見たい脂質だけに結合するタンパク質を開発して、目印とする必要がある。しかしその目印のタンパク質は脂質分子よりも大きい。そのため、目印のタンパク質が脂質の機能に影響を与えてしまう可能性を考慮して実験を進める必要がある。
 「もちろん、目印を付けないで脂質を見ることがベストな方法です。その方法の開発を、理研の物理や化学の研究者たちと進めています」
 小林脂質生物学研究室では、共同研究をさらに大きく推し進めようとしている。「生体分子の中で、DNAやタンパク質、そして糖鎖の研究が進み、あとは脂質しか残っていないという状況です。脂質を見ることを中心に据えて、生物学だけでなく物理や化学などさまざまな分野の研究者、そして理研だけでなく外部の研究者にも参加してもらい、共同研究を進めたいと考えています。動脈硬化に限らず、脂質がかかわる病気はたくさんあります。医科学の研究者とも共同研究を進め、脂質がかかわる病気の解明と克服に貢献していきたいと思います」
 脂質研究の新しい時代が理研から始まろうとしている。

(取材・執筆:立山 晃)






関連情報


「エンドソーム特異的脂質の表面物性と病態」『表面科学』Vol. 28 No. 4 2007


「脂質を見る」『実験医学』Vol. 24 No. 7 (5月号)2006


特許第3838941号「コレステロール検出試薬」







特集/柱

XFEL──誰も見たことのない
ものを見るために
(後編)

開発現場の最前線で奮闘する研究者に聞く



理研播磨研究所で2010年度の完成を目指し、
進められているX線自由電子レーザー(XFEL)計画。
それは、紫外線(10〜400nm)よりも
はるかに波長の短い0.1nm以下のX線でレーザーの性質を持つ
新しい光を生み出し、その光を用いて
誰も見たことのないものを見ようというプロジェクトだ。
X線レーザーを使えば、結晶化が難しいタンパク質の構造や性質も、
原子レベルで調べることができると期待されている。
基礎研究だけでなく、創薬や材料開発、半導体の微細加工などへの
産業応用も期待されるXFELは、
日米欧でそれぞれの計画が進められている。
日本の計画は、独自技術を組み合わせた最もコンパクトな施設で
X線レーザーを生み出そうという画期的なもの。
後編の今回は、X線自由電子レーザー計画推進本部の
田中 均グループディレクター(SCSS試験加速器運転グループ)と
原 徹 チームリーダー(電磁石チーム)に、
XFEL開発の現状を聞いた。


独自技術を組み合わせてコンパクト化
HARA Toru
原 徹 チームリーダー──日本のXFEL施設の特長は何ですか。
原:私たちが開発を進めているXFEL施設の全長は約700m。ヨーロッパが約3.3km、米国が約4kmなので、約5分の1です。その分、建設コストも低くできます。
──コンパクト化が可能となった理由は。
原:XFEL施設は主に、電子ビームをつくる「電子銃」、電子ビームを加速する「線型加速器」、加速した電子ビームからX 線レーザーを発生させる「アンジュレータ」からなります(図1)。コンパクト化のためにそれぞれに独自の技術を開発しました。
田中:線型加速器は、新竹 積(しんたけ つもる)主任研究員(新竹電子ビーム光学研究室)たちが開発した「Cバンド」の技術を用います。加速器では電子を電波によって加速するのですが、Cバンドは従来よりも短い波長の電波で電子を効率的に加速する技術です。この技術により加速器の長さを短くできます。
 アンジュレータには、北村英男グループディレクター(光源研究開発グループ)たちがSPring-8で完成させた「真空封止」の技術を用います。アンジュレータは磁石のN極とS極を交互に周期的に並べた装置です(図2)。そこに線型加速器で加速した電子ビームを通すと蛇行し、ばらばらだった電子の位置が次第にそろってレーザーを発振します。従来は真空容器の外にあった磁石を真空容器の中にすっぽり入れるという常識を覆すアイデアで、磁石の周期を18mmと、従来の半分にすることができました。
 これらの技術を組み合わせることで、とてもコンパクトな施設でX線レーザーを発振することを目指しています。しかし、その実現は困難だろうと、多くの研究者が考えていました。

図1 XFEL装置の原理と試験加速器
図2 アンジュレータでレーザーを発振させる原理


独自技術で困難を克服
TANAKA Hitoshi
田中 均 グループディレクター ──なぜ実現が難しいと考えられていたのですか。
原:波長の短いX線レーザーを発振させるには、高密度で質の高い電子ビームが必要です。発振するレーザーの波長は電子ビームのエネルギーとアンジュレータの蛇行周期で決まります。レーザーの波長は、電子ビームのエネルギーが高ければ高いほど、アンジュレータの蛇行周期が短ければ短いほど、短くなります。真空封止型アンジュレータは磁石の周期が短く、電子ビームの蛇行周期を短くできるので、従来のアンジュレータに比べれば電子ビームのエネルギーが低くても波長の短いX線レーザーを発振できます。
 ところが、電子ビームのエネルギーが低い場合、より質の高い電子ビームが必要になります。
──電子ビームの質とは。
原:それぞれの電子が真っすぐ平行に進み、そして広がらないのが、質の高い状態です。しかし、電子同士はマイナスの電荷を持っているので、特にエネルギーの低い領域で反発し合って、広がろうとします。一方で線型加速器の場合、電子ビームを進行方向に加速するため、加速すればするほど相対的に電子ビームの広がりは小さくなり、ビームの質は良くなります。
 欧米のXFEL施設では、レーザーを使った電子銃でいきなり高密度の電子ビームをつくり、電子ビームが広がる前に一気に光速近く(相対論領域)まで加速します。光速近くまで加速すると相対論的効果で電子が重くなり、電子同士の反発によるビームの広がりは無視できるようになるのです。しかし欧米の施設で使われているタイプの電子銃では、私たちのプロジェクトで要求されるビームの質を実現するのは困難でした。
──理研の電子ビームの高品質化の方法は。
田中:電子ビームの最終エネルギーが欧米に比べてそれほど高くないので、その分加速する前の段階、つまり電子銃でより質の高い電子ビームをつくらなければなりません。しかし、そのような質の高い電子ビームをつくる電子銃はありませんでした。そこで、新竹主任研究員たちは、電子の発生源(熱カソード)に直径3mmのセリウムボライト(CeB6)の単結晶を用い、それを1500℃という超高温に加熱する方法で、質の高い一様な電子ビームをつくることに成功しました。電子銃から出た電子の広がりを最小限にするためには、密度が低い円筒形の一様な電子ビームをつくることがポイントです。そしてその形をできるだけ崩さず質の高いまま徐々に圧縮し、密度を高くした分、加速するという方法を用います。一様な円筒形を保っていれば、エネルギーがそれほど高くなくても電子ビームは広がりにくく、質が悪くなりません。
 そして2005年秋、その新しい電子銃、Cバンドの線型加速器、真空封止アンジュレータからなる全長60mの試験加速器が完成しました。
──試験加速器で、すぐにレーザーを発生させることができたのですか。
原:そんなに簡単ではないのです(笑)。先ほど田中グループディレクター(GD)がお話しした“電子銃で生み出した密度の低い円筒形の電子ビームを、形を崩さず質の高いまま圧縮しながら加速する”という大きな課題が未解決でした。試験加速器の運転の調整を始めてもレーザーを生み出せる電子ビームをつくることができませんでした。そこで、田中GDに2006年1月から参加してもらったのです。
田中:私はSPring-8の円型加速器で電子ビームの安定化や高密度化の研究をしていました。実は、XFEL計画を推進しているグループから声が掛かったとき、周りから「あの計画は失敗する可能性が大きいからやめておいた方がいい」と言われていました(笑)。
──なぜXFEL計画に参加することにしたのですか。
田中:まず原理的に可能かどうかを考えてみると、私には不可能とは思えませんでした。できないと主張している研究者とも話をしてみましたが、私に不可能だと納得させてくれる人はいなかったのです。

試験加速器でレーザーの増幅に成功
図3 2006年6月、試験加速器でレーザーの増幅に成功──レーザーを発振できる電子ビームをつくり出すことの難しさは。
田中:装置の中で実際に起きている現象はとても複雑なので、現象を単純化しないとイメージできません。そして、こういう運転方法を用いれば、こういう結果になるはずだと予測します。しかし、その予測が現実に成り立つかどうかはまったく分からないのです。
 ただ、2006年7月までに試験加速器でレーザーを発振できることの実証が要請されていたので、夜も眠れないほどすごいプレッシャーでしたね。
──いつごろ、“イケる” という感触を得ましたか。
田中:2006年6月に「レーザー増幅」という現象を見るまで、自分たちのやっていることが正しいのかどうか分からなかったですね(図3)。ベストな方法だと思って生み出した電子ビームをアンジュレータに通す、その最初の実験で、波長49nmのレーザー増幅が起きたのです。もしそれで駄目だったら、次はどうすればいいのか正直まったく分かりませんでした。
──レーザー増幅とは、どのような現象ですか。
原:アンジュレータの中の強力な磁石の力で電子ビームを蛇行させると、放射光と呼ばれる強い光が発生します。その強い光と蛇行する電子ビームが相互作用して、光の波長間隔に電子が並ぶことでレーザーが生み出されます(図2)。電子の位置がばらばらな状態では、そこから出る光の波の山と谷が重なり打ち消し合って、光は弱くなってしまいます。電子が光の波長間隔で並び始めると、光の山と山、谷と谷もそろい始めて光の強さが急に増幅します。それがレーザー増幅です。


世界一のXFEL施設を目指して
──2006年6月、「XFEL試験加速器からレーザー光の発振に成功」と報道されましたが。
原:私たちは、一般の人が分かりやすいように「レーザー発振」という言葉を使いましたが、科学的に厳密にいうと、その時点では「レーザー増幅」の段階でした。
──増幅と発振の違いは。
原:すべての電子が光の波長間隔で完全にそろった状態がレーザー発振です。そこで光の強さはピークに達します。そこに至る途中段階がレーザー増幅です。
田中:学会に行くと、レーザー増幅ができたのに、なぜレーザー発振まで至らないのかと指摘されました。
──その原因はすぐ分かったのですか。
田中:それが、なかなか分かりませんでした。いろいろと検討した結果、やっとアンジュレータの2台目に原因があるらしいことが分かりました。設計と製造の誤差が大きかったのです。結局、2台目の磁石列をメーカーにつくり直してもらい、2007年9月、ついにレーザー発振に成功しました。さらに、今年7月には100メガワット以上の高いパワーで安定してレーザーを発振することに成功しており、着々とXFEL実現に向けて進んでいます。
──今後の課題は。
田中:X線レーザーを発振できる質の高い電子ビームを生み出す技術は、試験加速器で検証できました。しかし、試験加速器のアンジュレータは2台です。XFEL本機では18台並べます。たくさんのアンジュレータを高い精度で真っすぐに並べ、その中を電子ビームと光が離れないように併走させてX線レーザーを発振させる技術の検証はこれからです。それはXFEL計画を進める日米欧のどこでもまだ検証できていない技術です。
──欧米よりも早くX線レーザーを発振できそうですか。
田中:アンジュレータは100mにわたり誤差が約0.004mm以内という超高精度で真っすぐ並べて電子ビームと光を一緒に併走させなければ、X線レーザーを発振できません。しかし、電子ビームの質が高ければ、電子ビームと光の併走距離を相対的に短くでき、アンジュレータの並べ方が直線から多少ずれてもX線レーザーを発振できます。私たちは現在、世界一質の高い電子ビームを生み出すことができます。その点では私たちが有利です。現状では米国が先行していますが、私たちが予定通りに計画を進めれば、世界で初めてX線レーザーを発振できる可能性もあります。
──XFELをどんな施設にしたいですか。
原:利用する人が、この実験は日本のXFELでしかできないと言ってくれるような、特色のある施設に進化させていきたいですね。
田中:きちんとした実験を行うには、質の高いX線レーザーを常に安定供給できないと駄目です。私たちはSPring-8を、世界のどこよりも放射光を安定供給できる施設にしてきたという自負があります。SPring-8の技術を受け継ぎ、XFELも安定性ではどこにも負けない施設にしたいと思います。

(取材・構成:立山 晃)


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SPOT NEWS/柱

星空をあなたの部屋に
──プラネタリウムを作った研究者

小貫良行 (おぬき よしゆき)小貫良行 (おぬき よしゆき)
1977年、群馬県生まれ。理学博士。群馬県立館林高等学校卒業。2000年、新潟大学理学部物理学科卒業。2005年、新潟大学大学院自然科学研究科博士課程修了。同年より理化学研究所 延與放射線研究室 協力研究員。



 2006年と2007年の和光研究所一般公開で行われた「プラネタリウムを作ってみよう」は、整理券がすぐになくなるほど人気が高かった。その仕掛け人が、仁科加速器研究センター延與(えんよ)放射線研究室の小貫良行 協力研究員だ。

 
手作りプラネタリウムの投影風景 小学生のころの夢は、宇宙飛行士。「向井千秋さんが宇宙飛行士に選ばれたり、ボイジャー2号が天王星に到着したというニュースを見て、宇宙って面白そうだなあと。向井さんは、私と同じ群馬県館林市出身なんです」。しかし、どうすれば宇宙飛行士になれるのか分からない。「一生懸命考えたんです。天文学者になればいいのかも……。早速宇宙の図鑑を買ってもらいました」。図鑑を読んでいるうちに、星座や星に興味を持つように。小学3年生のとき、望遠鏡を自作した。「星は見えませんでしたが……」
 中学・高校ではサッカーに没頭し、サッカーでご飯を食べていきたいと夢見たが……。そしてサッカーの次に好きだった天文・宇宙の道を選び新潟大学へ進んだ。
 趣味は星空散策、特技は星座探し。そんな小貫研究員は、大学の天文部で活動する傍ら、新潟県立自然科学館で天文指導員をしていた。「手作りプラネタリウム」の原型は、そこで生まれた。2005年、理研に入所し、一般公開の人気イベントが誕生した。現在は「プラネタリウム製作キット エトワール」として(株)テクノシステムズから販売されている(http://etoile-t.hp.infoseek.co.jp/)。価格は950円。「科学の入り口として星は最適、ものづくりの楽しさを知ってもらうことも大切です。子どもたちに作ってほしいので、どうしても1000円は切りたかった」
 小貫研究員は「サイエンスチャット」(http://scicha.net/)にも参加している。組織や分野の枠を超えて集まった若手研究者が、一般の人に科学の楽しさを知ってもらおうと、定期的にサイエンスカフェを開催しているのだ。「研究者と一般の人が肩ひじ張らずに気楽に交流する、ご近所付き合いのような関係を目指しています」

 
 専門は素粒子・原子核物理実験。「大学院に入ったころも天文へのあこがれはありましたが、素粒子・原子核物理実験から解き明かすことができる大きな宇宙の謎もあり、補い合う関係だと分かりました。この分野に入って良かった」。現在は、米国のブルックヘブン研究所(BNL)にあるRHIC(リック)加速器のPHENIX(フェニックス)検出器に組み込むシリコン半導体ピクセル放射線検出器の開発中だ。「陽子はスピンを持ち、回転しています。しかし、そのスピンの大きさは、陽子を構成する3個のクォークのスピンだけでは説明できません。この検出器で、陽子スピンの謎を解き明かそうとしているのです」
 小貫研究員は、検出器の組み立てを担当。15×56×0.35mmのセンサーを4枚ずつ並べたものを40個作る。「陽子と陽子が衝突して生じた素粒子を精密測定するため、10μm以下、つまり赤血球1個分より高い精度で並べなければなりません」。気合いと根気で乗り切り、生産のメドが立ったところだ。PHENIX検出器への設置は2009年。2010年ころには、陽子スピンの謎が解き明かされることだろう。
 最後に「目に見えない素粒子や原子核を分かりやすく紹介する楽しいサプライズを仲間と準備中なんです」と教えてくれた。何が出てくるか楽しみだ。

(取材・執筆:鈴木志乃)


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TOPICS/柱
新理事に藤嶋信夫氏

7月11日、藤嶋信夫氏が理事に就任しました。当研究所の発展に尽力された倉持隆雄氏は7月10日をもって退任しました。

藤嶋信夫(ふじしま のぶお)

藤嶋信夫(ふじしま のぶお)
1951年4月8日、広島県生まれ。1979年3月、東京大学大学院工学系研究科修士課程(原子力工学)修了。同年4月、科学技術庁入庁。外務省在英国日本大使館一等書記官、科学技術庁科学技術振興局研究振興課長、文部科学省研究振興局基礎基盤研究課長、文部科学省研究開発局開発企画課長、文部科学省大臣官房政策課長、内閣府大臣官房審議官などを経て、2007年7月より文部科学省大臣官房政策評価審議官。




横浜研究所、一般公開を開催

横浜研究所、一般公開を開催
理研横浜研究所は7月5日、横浜市立大学大学院と合同で一般公開を開催しました。講演会では、石井保之チームリーダー(免疫・アレルギー科学総合研究センター)が「スギ花粉症の撲滅を目指して」、中村祐輔センター長(ゲノム医科学研究センター)が「患者に優しいオーダーメイド医療」というテーマで、それぞれ医療応用へ向けた最先端の研究を紹介しました。また国境を越えて広がる感染症に関するセミナー、普段入ることのできない遺伝子解析施設や植物実験室の見学ツアー、タンパク質の結晶観察などのイベントや展示を70以上の研究室が催し、多くの家族連れや学生でにぎわいました。来場者は、研究者に質問しながら最先端の科学を楽しんでいる様子でした。当日は天候にも恵まれ、過去最高の2064名の来場者がありました。




高校生が最先端の科学を体験!
「サマー・サイエンスキャンプ2008」

「サマー・サイエンスキャンプ2008」(独)科学技術振興機構(JST)主催の「サマー・サイエンスキャンプ2008」が7月23日から3日間、和光研究所で開催されました。今年は約7倍の競争率で選ばれた全国各地の高校生10人が、伊藤ナノ医工学研究室の「細胞から臓器を組み立てる」、丑田(うしだ)環境ソフトマテリアル研究ユニットの「クラゲからムチンを取り出そう」、行動発達障害研究チームの「神経の幹細胞を探してみよう」の3コースに分かれて、研究者や技術者から直接、指導を受けました。参加した高校生は、高校の授業では決して触れる機会のない最先端の科学を学びました。
 2日目夕方の交流会には野依良治理事長も出席し、参加した高校生に向けて励ましのメッセージを送りました。野依理事長と間近で話すことができ、「一生の思い出になった」と、大きな刺激を受けた様子でした(写真)。最終日の体験発表会では、「今回経験したことを今後に生かしたい」「社会に貢献できるような研究者になりたい」などの感想が述べられ、充実した体験学習となりました。




新研究室主宰者の紹介

新しく就任した研究室主宰者を紹介します。
Ryoung Shin

植物科学研究センター
機能調節研究ユニット
ユニットリーダー
Ryoung Shin
(リョン シン)

1
生年月日:1973年3月29日
2
出生地:韓国ソウル市
3
最終学歴:高麗大学大学院バイオテクノロジー専攻(Ph.D.)
4
主な職歴:ドナルド・ダンフォース植物科学研究センター独立主幹研究員(米国)
5
研究テーマ:栄養欠乏時および成長時の植物におけるシグナル伝達などの調節要素の解明
6
信条:ベストを尽くす
7
趣味:旅行、映画鑑賞





原酒/柱

僕のグローバリゼーションと小さな幸せ

伊藤裕司 ITO Hiroshi
総務部 グローバル・リレーション推進室 係員


筆者近影
北京で開催された中国科学院との合同ワークショップに参加された研究者の方々と
 オフィスでパソコンに向かって仕事をしていると、英語はもちろんのこと、ときどき中国語、スペイン語なども耳に入ってくる。僕はグローバル・リレーション推進室(Global Relations Office:GRO)に所属している。2008年4月に総務部に新しく設置されたGROは、“理研のグローバル化を強力に推進する”ため、グローバル化戦略、海外に対する広報活動、外国人受け入れのための環境整備に関する企画・立案および実施などを行う。
 GROのスタッフは、専任者のほか、関連する部署・事業所からの兼務者も所属している。外国籍の人、海外大学留学や駐在経験者などが多いが、僕には一度も留学や在外経験がない。なので、英語は僕にとって手ごわい相手である。自分なりに勉強しているが、もうすぐ三十路になるのに、なかなか思うように身に付かず、聞き取れなくて焦ることもしばしば。とはいえ、片言でも通じたときはうれしい。
 早いもので理研に入ってから5年がたち、すでに10回程度海外へ出張する機会に恵まれた。愛知から就職を機に関東にやって来て、さらに国外に関する仕事に接していることは、(尾張弁を話す機会が減った寂しさもあるが)地球規模のつながりを実感できてうれしい。
 出張先は、理研中国事務所準備室の支援、現地でのシンポジウムやワークショップの手伝いなどで中国が多い。あるとき、北京から帰国する際に悪天候と機体不良が続いて現地に足止めになり、なんと2日も延泊、見知らぬお客と相部屋になった。5月12日の四川大地震の際には、ちょうど北京首都空港から市内へ車で移動中だった。北京の震度は小さかったが、中国人の方々が不安そうな顔をして外に出ている姿にも遭遇した。さまざまな場面に出会うが、中でも現地での理研OB会などに参加し、以前理研で頑張っていた大学院生に再会して元気な姿を見たり、OBの方々が研究所長・教授などになって活躍されている姿を見るのはうれしい。
 また、「国際プログラム・アソシエイト(IPA)制度」をはじめとする国内外の連携大学院にも携わってきた。IPA制度は連携大学院を通じて、外国籍の博士課程大学院生の理研への受け入れを奨励するプログラムである。選考や受け入れ手続きなど初めてのことが多い上、連携先の各大学の対応が多様で、調整に手間取ることもある。しかし、学生たちが理研で生き生きと過ごしている姿を見かけたり、彼らを指導している理研の研究者の方々から受け入れている学生が非常に優秀だなどと言ってもらえると、うれしい。
 国際化・グローバル化は労力が掛かるわりには成果が出にくいと言われる。画期的な方策も大事だが、長期間着実に続けることも大事だと思う。GROは2年間という設置期間の中で、各人の力を合わせていろいろな挑戦をしていくと思う。困難も多いと思うが、素晴らしい仲間の中で少しでも力になれるよう取り組んでいきたい。その先にたくさんの“うれしい”があると信じて。


理研ニュース 

9
No.327
September 2008

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発行日
平成20年9月5日
編集発行
独立行政法人
理化学研究所 広報室
〒351-0198
埼玉県和光市広沢2番1号
phone: 048-467-4094[ダイヤルイン]
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デザイン
株式会社デザインコンビビア
制作協力
有限会社フォトンクリエイト

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