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理研、第2ステージへ
第2期中期計画スタート 特集号 |
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巻頭インタビュー
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特別企画
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原酒
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世界の「かけがえのない存在」を目指して
野依良治 理事長に聞く |
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2008年4月、理研は独立行政法人としての 第2期中期計画(2008〜2012年度)を掲げ、新たなスタートを切った。 今後、理研は何を目指すのか。野依良治 理事長に、経営理念を聞いた。 |
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まだ世界第一級の研究所とは言えない
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──独立行政法人第1期(2003年10月〜2008年3月)の活動を、どのように評価しますか。野依:数多くの研究開発型独立行政法人の中で、理研はよく頑張ったと自信を持って言えます。ただし、それは国内での相対評価であって、国際的な視点で見ると、S・A・B・Cの4段階評価でAあるいはBプラスであったと思います。着任時の思い入れを考えると、大いなる反省を伴う自己評価です。さまざまな分野で素晴らしい研究をしていることは確かですが、まだまだ、世界第一級の研究所たるには改革が必要です。 ──厳しい自己評価ですね。 野依:日本は今、さまざまな面で国際競争力を失いつつありますが、科学・技術だけは常に世界を先導するレベルにいないと、国際社会で日本は生き残れなくなると思います。そういう意味から、科学・技術研究のマネージメントを、もっとしっかりとするべきです。研究所は、素晴らしい研究者がいれば成り立つというものではありません。経営を担うフロントがしっかりしていないと駄目です。理研では、理事長の私をはじめ、研究部門の所長・センター長、事務部門の部長クラスを含めたフロントが経験不足で、まだ世界水準の運営能力を持っていないと感じています。研究者の国際化も不十分ですが、フロントの国際化はそれ以上に不十分です。 大学も同様で、私は「教育再生会議」でも、日本の主要大学は、学長・学部長・教授を国際的な視野で募集、登用すべきだと主張しました。 ──科学・技術の発展のためには、国際化が不可欠だということですか。 野依:端的に言って、その国の科学・技術研究の活動水準は、国際化の度合いに比例しています。それは、経済・産業やスポーツ、芸術の世界でも同じです。 「The World Is Flat」(トーマス・フリードマン)、このグローバル化した社会において最も大切なことは、日本人の価値観、思想や意思を世界へ発信し、理解を得ることです。国際化によって初めて、世界の人たちとの協力関係が生まれ、国の安全保障も得られます。研究成果の発信、受信はもちろん、人の交流も双方向でなくてはいけません。理研でも、優秀な人に海外から来てもらうと同時に、研究拠点を海外に設け、そこに日本人が行って海外の人と一緒に研究活動を行い、競争者、協同者たちの多様な文化を知ることが必要です。
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スケールの大きな本質的研究を行う
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──第2期中期計画では、三つの柱を掲げています(図)。理事長就任時に提唱された「野依イニシアチブ」に替わるものですか。野依:野依イニシアチブに基づいて、運営の方向性をより鮮明にしたものです。 まず、一番目の柱が「科学技術に飛躍的進歩をもたらす理研」です。理研でなければできない研究活動を行い、科学の発展に貢献します。それは何か。 大学では、研究者個人の発想や動機を最大限に尊重することが大切で、研究はできるだけ多様であるべきです。一方、理研は国が目指す戦略的な研究を担う使命があります。いかなる研究も個人の発想が大切ですが、理研ではそれらを統合することによって、個人ではできない組織的な研究を行うことが可能です。理研では、末梢(まっしょう)的な研究をやる必要はありません。スケールの大きな本格的・本質的な研究を行うことにより、科学に飛躍的な進歩をもたらしたいと思います。それにはやはり、フロントのリーダーシップ、マネージメント力が重要です。 もちろん、理研は戦略的な研究だけに特化していくということではありません。個人の自由な発想に基づき、科学の新しい芽を次々に生み出していくことは、理研の重要な役割です。 さらに理研には、研究の基盤となる先端技術を開発し、提供する使命があります。現在開発を進めているX線自由電子レーザーや次世代スーパーコンピュータ、バイオリソース(生物遺伝資源)などです。このような研究基盤がなければ、現在の、そして今後の科学・技術研究は成り立ちません。 人材育成もさらに強く打ち出していきたいと思います。研究は要するに人です。理研で育った若い研究者が、その後、国内外に場を得て活躍していくことが、社会貢献につながります。アジア諸国で「理研卒業生」たちが目覚ましい活躍をしています。 理研は、自ら高水準の研究を行うだけでなく、研究基盤の開発・提供と人材育成の面からも、包括的かつ着実に科学の発展を支えていきます。 |
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人類社会全体への貢献
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──二番目の柱が「社会に貢献し、信頼される理研」ですね。
野依:科学・技術研究の意義は、時代とともに移り変わってきました。かつては主に知的好奇心を満たすためのものでした。やがて富国強兵・殖産興業のために社会や国からの負託に応える形で研究を行うようになりました。さらに近年、「社会のための科学」ということが言われ始めています。 ただし社会といっても、現代社会はさまざまな価値観や利害関係を持つ人々の集まりです。国家間においても価値観や利害が対立しています。しかしこれからは、環境やエネルギー、食糧、感染症などのグローバルな問題の解決のために、人類が共通の価値観を持ち、人類全体の存続をかけてそれに立ち向かわなければいけない時代です。そこに、科学・技術は大きく貢献できると思います。 理研は、社会に貢献し、信頼される存在でなくてはなりません。理研で働くすべての人に、「公共的利益が自らの利益を決定して、初めて社会における正統な存在となる」というピーター・ドラッカー(経営学者・社会学者)の理念を共有してほしいと思います。 日本の科学・技術研究は、個々のプレーヤーの質は決して悪くありませんが、しばしば全体責任を持つ経営陣に明確な理念と推進力が欠けています。理研を、社会のため、公益のために仕事をした人が報われる研究所にしたいと考えています。 |
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世界の尊敬と信頼を集める理研に
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──三番目の柱が「世界的ブランド力のある理研」です。なぜブランド力が必要なのですか。
野依:世界的ブランド力がなければ一番目や二番目の柱を到底実現できないからです。ブランドとは尊敬と信頼の象徴です。理研を、日本はもちろん、世界中の人たちが知っている存在、信頼と尊敬を集めるような存在にしたいのです。人物でいえば、難民や貧困問題の解決に尽力されてきた緒方貞子さん(現・国際協力機構理事長)、街であれば伝統文化の京都のような。 理研がブランド力を得るには、優れた研究をすることはもちろんですが、私たちが公共利益に向けて活動していることを、もっと社会にアピールする必要があります。しかし、理研の名前と活動は、情けないくらい一般の人たちには知られていません。文化力の向上が必要です。今、独立行政法人の整理合理化計画の中で、理研にも厳しい逆風が吹いていますが、理研を積極的に応援してくれる人が少なく、大多数の人が無関心という状況です。ブランド力が足りないことを痛感しています。 一般の人たちに科学への関心と理解を深めていただき、社会における科学・技術の重要性を認識していただくこと、それと理研の知名度を上げることは、セットで取り組まなければいけない重要な課題です。そこではやはり、私たちフロントや事務部門の役割が大きいと思います。 理研が、世界の「かけがえのない存在」となることを目指して、しっかりと経営していきたいと思いますので、ご理解とご支援をお願い申し上げます。■ |
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真の国際化とは
伊藤正男 脳科学総合研究センター 特別顧問 ×竹市雅俊 発生・再生科学総合研究センター長 |
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理化学研究所は、2008年4月からスタートした 第2期の中期計画において、「国際化」を重要課題の一つとしている。 理研がさらに国際化を進めるには何をすべきか、 脳科学総合研究センター(BSI)で国際化にいち早く取り組んできた 伊藤正男特別顧問と、BSIをモデルにしながら国際化を推し進めた 発生・再生科学総合研究センター(CDB)の竹市雅俊センター長に 聞いた。2007年に全米科学アカデミー会員となった2人が考える 真の国際化とは……。 |
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サイエンスの魅力とバリアフリー
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司会:理研の国際化の現状(図1)と今後の課題について、どのようにお考えですか。伊藤:国際化とは、バリアフリーが基本だと思います。外国と日本との文化的・社会的な溝をなくして、日本人が外国に行って研究したり、外国人が日本に来て研究したり、自由に行き来できる状態を理想として、BSIでは国際化に取り組んできました。しかし、理想を実現するためには、理研内のバイリンガル化や、子どもの教育をはじめとする家族の社会的な活動のサポートなど、解決しなければならない問題がたくさんあります。 竹市:外国人に日本に来て研究をしてもらうためには、そこで行われているサイエンスに魅力があり、そこに行けば非常に優れた研究ができることを示すことが、当然のことながら、まず大事です。次に、バリアフリーの環境をつくる。この二つが並行して進まないと、国際化はうまくいかないでしょう。 バリアフリーについては、言葉が最大のポイントですが、生活環境も重要です。CDBのチームリーダーに内定していた外国人が、家族の問題で辞退したことがあります。研究者本人だけでなく、配偶者や子どもが、それまでと同じような生活環境でいられるかは、日本に来るかどうかを決める大きな条件です。場合によっては、配偶者の職を見つけてあげる必要もあるでしょう。最近、シンガポールが優れた研究者を集めることに成功しています。シンガポールが英語圏で、欧米の人はそれまでと変わらない生活ができることが最大の要因でしょう。 ![]() |
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国際的にビジブルに
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司会:BSIでは、優れた若手研究者の育成を目的とする「理研BSIサマープログラム」(図2)を1999年から毎年行っています。このプログラムは、外国人研究者を増やすことに貢献していますか。伊藤:サマープログラムには毎年、ポスドクや大学院生など若い外国人研究者が50人くらい参加しています。どうしてわざわざ日本に来たのかと彼らに聞くと、“偉い先生ではなく、自分と一緒になってアクティブに研究してくれる良い先生を探しに来た”と言うんですよ。 サッカーや野球のように、すでに一流となっている人を連れてくるのも、外国人研究者を増やす一つの方法です。しかし、私の経験では、それはなかなか成功しません。短期間で帰ってしまうことが多いのです。むしろ、若い人に来てもらって育てた方がいいと感じています。BSIのヘンシュ貴雄グループディレクター(臨界期機構研究グループ)は、米国で教育を受けて研究を始め、若いときに日本に来た1人です。彼は、“BSIはメッセージをもっと出すべきだ”とよく言っています。“私たちのところに来れば一流の研究者に育てますと、もっとアピールすれば、たくさんの外国人が来るのに”と。 竹市:どんなに良い研究者がいても、それを国際的にビジブルにしないことには、海外の人には分かりません。私たちは2002年から毎年、「CDBシンポジウム」を開催しています(図3)。発生・再生研究の分野で国際的に最もホットなテーマを選び、一流の研究者を呼びます。ポスター発表も公募し、海外からの応募数は毎年増え続けています。CDBに行けば面白い話が聞けると、海外にも評判が広がっているんですね。日本人は今まで、新しいことを学ぶために欧米で開催されるシンポジウムに出掛けていきました。それを逆方向にしようという試みです。シンポジウムに来たことでCDBは素晴らしいと知り、CDBで研究をしたいという若い外国人が増え始めています。 司会:日本の若い研究者が最近、外国に出ていかなくなってきたとよく聞きますが、どう思われますか。 竹市:その一番大きな要因は、日本国内でポスドクのポジションが増えたことですよ。それとは少し別の問題ですが、最近の若い研究者には熱意がなくなっていると感じます。昔、“米国の研究室で日曜日に働いているのは日本人だけだ”と言われていました。ところが最近は、日本人ではなく、中国などアジアのほかの国の研究者だそうです。私は米国の研究者に、“中国の若い研究者を自国のサイエンスをもっと盛り立てるために中国に帰すべきだ”と言ったことがあります。すると、“そうなったら私たちのサイエンスが駄目になる”と米国の研究者は言うんです。昔は、日本人がそのような存在だったのですが……。 “最近の日本の若い人はどうか”と聞くと、“昔ほど頼りにならない”という答えが返ってきます。 伊藤:BSIにはインドからたくさんの研究者が来ています。彼らは割り切っていて、“インドのサイエンスは輸出産業だ”と言います。外国に行って働くことにはまったく違和感がない。日本はそういう人たちをうまく受け入れて、いい仕事をしてもらうとよいのでしょう。 竹市:「基礎科学特別研究員制度」(若手研究者が自由な発想で主体的に研究できる場を提供する理研独自の制度)に、2007年度から外国人枠ができました。しかし本来は、日本人枠と外国人枠に分けずに公募すべきです。欧米の場合、研究職の募集に国籍の枠はありません。誰でも応募できて、その中で優秀な人を採用するというのが、本当の国際化です。 伊藤:BSIのサマープログラムはそういう方針でやっています。応募書類の名前は伏せて選考するのですが、日本人はみんな落ちてしまう。書類の書き方に熱意が感じられないんです。例えば、参加希望の理由を書く欄に“神経科学に興味があるから”としか書いていないことがあります。外国人は2〜3ページ書いてくる。それで差がついてしまうんです。 竹市:そういった応募書類の書き方のトレーニングは、私たちの責任でもありますね。
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日本で育った外国人研究者が世界へ
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司会:BSIでは設立当初、外国人研究者の比率を30%にするという目標を掲げていました。その数値の根拠は。
伊藤:2人に1人ではちょっと多過ぎて、5人に1人では少な過ぎる。3人に1人がいいところだな、というくらいの感覚です。でも実際にやってみると、これがぎりぎりの線でした。25%まではいくのですが、それを超えられない。ほうっておくと下がってしまう。BSIでは25%と15%の間を行ったり来たりしています。 いくら国際化といっても、やはり、日本の社会にサポートされている研究所なんだ、という思いもあります。3分の2くらいの比重で日本人がいないと、組織が不安定になってしまうのではないかと心配な気もします。 竹市:CDBでは数値目標はつくっていません。本当に国際化したいのなら数値目標は必要ないと思います。 日本特有のものを残しておきたいというのならば、外国人の割合はあるレベルで止まってしまう。あるいは、米国のように90%が外国人でセンター長も外国人でよいとするか。私たちがどのくらい真剣に国際化をしたいと考えているか、決心のしどころですね。現在、理研の経営陣やセンター長は全員日本人です。“そこに外国人が1人でも加わったらどうなってしまうのだろう”という心配がある限り、真の国際化はできません。本当に国際化すると、ナショナリズムとの対立が必ず現れるものです。 伊藤:若いときにBSIに来て日本の風土になじみ、研究者として育った人は何人もいます。しかし、ある程度育つと、今の環境では物足らなくなって、外へ出ていくことばかり考えるようになる傾向もあります。外国に戻ることも結構なのですが、やはり残ってほしいという思いもあります。 竹市:日本人が外国で成功すると、ああなりたいと思うけれども、逆はあまりないですね。日本に来た外国人が成功する例が増えるとよいです。 伊藤:ヘンシュさんに、ハーバード大学から理学部と医学部で研究室を持ってくれないかと声が掛かりました。39歳という若さでハーバード大学の教授に抜擢されたのは、喜ばしいことです。現在はBSIのグループディレクターを兼務してもらっています。 竹市:CDBに在籍中の外国人にも、これから来る外国人にも、CDBで素晴らしい研究業績を挙げてほしいと思います。そしてヘンシュさんのような人が出れば、CDBの国際的なステイタスがますます高くなる。若い外国人研究者が日本で育ち、また世界に散らばるという仕組みが理想ですね。 |
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思い切ったことをやらなければ変わらない
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司会:さらなる国際化のために、理研はどういうところを強化しなければいけないのか。何か提案はありますか。
伊藤:BSIでは10年かけて、考えられることは全部やってきたつもりですが、当初の目標は達成できていません。今までで足りなかったところを補うのではなく、新機軸を打ち出し、よほど思い切ったことをやらないと駄目でしょう。 国際化というと外国人に来てもらうことばかり考えがちだけれども、日本人をもっと売り出すことも大事な国際化です。日本人が外国へ行くということだけでなく、日本の研究が世界へ浸透するようにしないといけない。そのために、英語で論文を書く能力やプレゼンテーションの技術をもっと高めないといけないでしょう。 竹市:サイエンスの魅力については、日本は相当なレベルに達しています。例えば、京都大学教授の山中伸弥さんのiPS細胞(ヒト人工多能性幹細胞)のように、世界中で話題になるものが出てくるようになりました。もちろんさらに頑張らなければいけませんが、同時にバリアフリーをもっと進めていくべきです。まだまだ中途半端だと思います。例えば、文部科学省の科学研究費補助金(科研費)は外国人も申請できますが、説明が日本語だったりします。英語での申請と日本語での申請が対等でなければ、本当のバリアフリーではない。そういうことを地道に一つ一つ変えていかなければならないと思います。 伊藤:CDBでは、セミナーは英語ですか。 竹市:はい。それはBSIから学んだ最大のポイントです。 伊藤:BSIではこのごろ少し崩れてきて、日本語のセミナーが時々あるんですよ。よくないと感じています。外国人がいないので、日本語だけで会話をしている研究室もあります。研究室に1人でも外国人を入れるべきだと言っているのですが、現実はそうなっていない。国際化と叫んでいるだけではなく、何か新しい思い切った手を打たないといけないのは事実ですね。 |
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国際人として自分をアピールせよ
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司会:最後に、若手研究者へメッセージをお願いします。
伊藤:科学者は国際人であってほしい。バリアがあるのを嘆いていないで、自分でバリアを取り除く努力をして、国際人として活躍してほしいと思います。 竹市:自然科学に国の壁というのは、あり得ません。自然現象の真理は一つですからね。日本だ、外国だ、と意識せずにやるべきものです。しかし、言葉の問題は大きいですね。論文はすべて英語だし、英語が話せないと国際的にはやっていけないことは、若い人も十分に分かっています。しかし現実には、英語が苦手な人が多い。プレゼンテーションも外国人ほどうまくできない。すべて外国のまねをするのではなく、日本固有のものがあっていいと思いますが、科学に対する姿勢に関しては外国人に学ぶことは多いので、積極的に取り入れてほしいです。 伊藤:BSIの前回のリトリート(異なった分野の研究者同士が日常から離れリラックスした環境でディスカッションをする)で、「ホットトピックコンテスト」をやりました。最新の話題について30分ずつ20人くらいに話してもらい、投票で順位を決めます。すると、1位と2位は外国人で、ようやく3位に日本人のチームリーダーが入りました。日本人のプレゼンテーションは、内容はとても良いのですが、聞いている人に分かってもらおうという気持ちが出ていません。聴衆を見ずにスクリーンの方を向いてデータだけをしゃべりまくってしまう。それでは、相手に伝わりません。 竹市:日本の若い研究者が自分のプレゼンテーションに対して出た質問に何も答えられない場面を、しばしば見掛けます。言葉の壁で答えられないのならともかく、日本語でも答えられないというのは、私には非常に不満です。自分の研究を真剣に考えていれば、どんな質問に対しても何らかの答えができるはずです。自分の研究をどうやったらアピールできるかを、聞く人の立場になってもっとよく考えるトレーニングを自らしてほしいですね。それが、私から若い研究者への重要なメッセージです。 司会:ありがとうございました。■
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研究循環システムの核
「基幹研究所」を設立 玉尾皓平 基幹研究所長に聞く |
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2008年4月、中央研究所とフロンティア研究システムが統合し、 「基幹研究所」が発足した。 この統合により、基幹研究所は何を目指すのか。 玉尾皓平(こうへい) 基幹研究所長に聞いた。 |
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──なぜ中央研究所とフロンティア研究システムを統合したのですか。玉尾:中央研究所は、主任研究員制度のもと、研究者の自由な発想に基づき科学の新しい芽を生み出す力として、理研の長い歴史において中心的な役割を果たしてきました。一方、フロンティア研究システムは、プロジェクト型の柔軟な組織で、新しい芽を大きく育てる役割を担ってきました。 今、科学の各分野の研究は深化し拡大することで、それぞれの分野の境界が重なり合うようになってきました。例えば、私の専門分野である化学でも、生命科学や物理学と融合・連携を図って新しい科学を生み出すことが、大変重要な時期になっています。また科学の位置付けも、「科学のための科学」から「社会のための科学」へ大きく転換しています。 そのような背景の中で、中央研究所とフロンティア研究システムを統合し、両方の長所を融合・連携させることで、新しい科学を生み出し発展させ、その成果を社会へ還元していくべきだと判断したのです。 |
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研究循環システムと四つの研究領域
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──どのような仕組みで、新しい科学を生み出し発展させていくのですか。
玉尾:基幹研究所の各研究室や研究ユニットが連携して研究推進グループをつくり、新しい科学の芽を生み出す。さらに理研の各センターや所外の研究者たちと連携した「研究領域」を設け、その芽を大きく育てる。その研究領域をセンター化して、新しい科学を発展させる。その過程で生まれた新しい種は、基幹研究所に戻し、芽を出させ大きく育てていく──このような理研全体の所内連携を強化した研究循環システムを構築することを、この4月からスタートした第2期中期計画で目指しています。そして、基幹研究所はその循環の核として機能することが求められています(図1)。この循環システムの中で研究領域を設けたことが、基幹研究所の大きな特徴です。 ──どのような研究領域をつくったのですか。 玉尾:四つの研究領域を設けました(図2)。まず「先端計算科学研究領域」です。理研では2012年度の完成を目指して次世代スーパーコンピュータの開発を進めています。この研究領域は、その次世代スーパーコンピュータを駆使して新しい科学を行うための中核的な研究部隊となることが求められています。 次が「ケミカルバイオロジー研究領域」です。ケミカルバイオロジーは、タンパク質などの生体分子に作用する分子を利用することによって、生命現象の仕組みを解明したり、創薬に結び付けたりする研究です。理研が力を入れてきた天然物分子のライブラリーを生かしたケミカルバイオロジー研究と、糖鎖の研究を統合することで、理研のさまざまな生命科学の研究成果を、創薬などの形で社会に還元していきます。そのためにこの研究領域は、産業界との連携を強化します。 「物質機能創成研究領域」は、中央研究所やフロンティア研究システムで幅広く取り組んできた、新しい物質をつくり出す研究を統合したものです。新しい物質を生み出さなければ、科学は発展しません。この研究領域は、有機トランジスタや有機太陽電池、新しい超伝導体や熱電変換材料などの創製、そして量子コンピュータの実現を目指した研究を行います。 そして四つ目が、「先端光科学研究領域」です。理研は光の科学において優れた研究成果を多数生み出しています。X線レーザーからテラヘルツ光まで、さまざまな光の科学の研究を統合し、さらにはX線自由電子レーザーの建設を進めている理研播磨研究所のグループとともに、光の科学をさらに発展させていきます。 研究領域は10年間を一つの期限として、センターや国内外の研究拠点へ育てていきたいと考えています。第2期中期計画の5年間に、さらに2〜3の新しい研究領域が生み出されることを期待しています。
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連携の強化
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──基幹研究所に「連携研究部門」が設けられました。どのような連携を進めるのですか。
玉尾:特に国際連携が重要だと考えています。世界のトップの大学・研究機関と連携して、人的交流や共同研究を促進します。その具体例の一つが、韓国・漢陽(ハンヤン)大学に発足した国際連携研究グループです。これは理研でナノサイエンスの研究を進めてきた原正彦チームリーダーが率いる研究チームの分室です。理研から日本の研究者が常駐し、韓国の研究者と連携して研究を進めます。5月には、漢陽大学に新しい施設が完成し、一つのフロアが国際連携研究グループに提供されます。実はこの施設は、ソウル市長をされていた 李 明博(イ ミョンバク)・新大統領が財政支援を決めて建設が進められました。今、国際連携研究グループは日韓の科学技術協力の象徴的存在となりつつあります。この研究グループをアジア全体の物質科学研究ネットワークの中核として発展させていく計画です。 さらに連携研究部門では、産業連携や国内の大学や研究機関との連携、そして所内連携を推進します。 ──理研内部の連携が、今まで不十分だったということですか。 玉尾:そうです。とても不十分だったと思います。所内にどのような研究者がいて、具体的にどのような研究が進められているか、情報交換が十分になされていませんでした。今まで所内連携は個人的なつながりで進められてきたため、異分野交流があまり進んでいませんでした。「所内連携促進室」を設け、そこに専任の人を常駐させて情報交換を組織的に進めることにより、分野を超えた連携を促します。 所内連携に組織的に取り組むことにより、異分野交流で生まれた小さな芽をいち早く見つけ、早い段階から予算的な支援を行い、発展させることが可能となります。 理研を支えてきた中央研究所では、研究室間に分野の垣根がなく、異分野間で活発な交流が行われてきたことが大きな強みでした。基幹研究所、そして理研全体においても、分野や組織の垣根のない柔軟な運営を行い、新しい科学を生み出し、その成果を社会へ還元していきたいと思います。■
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新生 横浜研究所、新たなステージへ
小川智也 横浜研究所長に聞く |
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多くの世界的な成果を挙げたゲノム科学総合研究センター(GSC)が 2008年3月に研究組織としての幕を閉じ、 この4月から新生横浜研究所がスタートした。 GSCの成果をどのように生かし、新たなステージを切り拓いていくのか。 小川智也 横浜研究所長に聞いた。 |
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オールジャパンの研究基盤を築く
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──なぜ、GSCを終了させたのですか。小川:GSCの各研究グループが、一つのセンターとしてまとまる求心力よりも、それぞれに発展していく遠心力の方が大きくなったと判断し、独立させたのです。 ──各研究グループをどのように改編したのですか。 小川:タンパク質をつくる情報を持たないRNAがたくさん存在するという“RNA大陸の発見”をもたらした林 また、システム情報生物学研究グループで世界最速の専用計算機を開発した泰地真弘人(まこと)さんたちの研究チームは、和光研究所にある基幹研究所の先端計算科学研究領域の立ち上げに加わりました。また同じ研究グループでチームリーダーとして活躍した豊田哲郎さんが部門長を務める「生命情報基盤研究部門」を横浜研究所に新設しました。理研には現在、生命科学に関するデータベースが80以上あります。この部門ではそれらを統合して、外部からのアクセスを容易にします。 これらの領域と部門は、理研のライフサイエンス研究センター群を貫き、理研そして日本全体の生命科学を支えていく共通の研究基盤として発展させていきます(図)。 さまざまな病気のモデルマウスを開発してきた城石俊彦さんたちのゲノム機能情報研究グループは、筑波研究所のバイオリソースセンターに加わります。バイオリソース(生物遺伝資源)も研究を支える基盤です。 GSCの研究成果を理研全体、そしてオールジャパンの研究基盤として発展させ、生命科学に飛躍的な発展をもたらそうとしているのです。 ──今、生命科学の発展に研究基盤が重要だということですか。 小川:とても重要です。生命に関する情報は膨大ですが、無限ではなく有限です。ヒトゲノム解読に象徴されるように、生命に関する情報が網羅的に得られる時代になりました。かつて生命科学は、研究室単位のスモールサイエンスで大きな成果を挙げることができました。しかし現在は、研究を大きく発展させるには、膨大な情報を活用して新しい情報や概念を取り込むことが必要です。膨大な情報を活用するには、解析技術やデータベース、バイオリソースなどの研究基盤が不可欠なのです。 ──2000年に発足した遺伝子多型研究センター(SRC)は、ゲノム医科学研究センターとして、新たなスタートを切りました。 小川:SRCで遺伝子の個人差と病気のなりやすさや薬の効き方の違いを解明してきた研究成果を、実際の治療や診断に役立つように応用・普及させることが、ゲノム医科学研究センターの使命です。 それには産業界との連携が絶対に欠かせません。理研では、理研と企業の研究者が緊密に交流しながら技術移転を行うことを、陸上競技のリレーに例えて「バトンゾーン」と呼んでいます。ゲノム医科学研究センターは理研の代表的なバトンゾーンセンターになるでしょう。 ![]() |
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任期制研究者・技術者への支援
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──今回の組織改革を成功に導くためには、何が重要だとお考えですか。
小川:理研で、GSCのような戦略センターを発展的に解消したのは、今回が初めてです。私たちは理研全体を活性化させるために、組織改革を主体的に行いました。今後も、このような組織改革を行っていかなければいけません。その意味からも、今回のGSCの改編を、ぜひ成功させる必要があります。 GSCの発展的解消は3月で終了したわけではありません。今後の発展を見守っていく必要があります。横浜研究所の研究者や技術者は、ほぼ全員が任期制です。組織改革で最も重要なことは、研究者や技術者にさらに活躍してもらうことです。それには、今回理研を離れた人に対しても何らかの支援をしていくことが、横浜研究所の重要な役割だと考えています。 ──どのような支援が考えられますか。 小川:例えば、理研出身者のネットワークをつくることができれば、共同研究や就職活動にも役立つでしょう。理研にはOB会があり、現在私が会長をしているのですが、その会員のほとんどは定年制を勤め上げた人たちです。任期制で理研に在籍し、その後、理研を離れた現役世代の研究者をネットワーク化する仕組みが欠落しているのです。 研究者が定年制で同じ研究室にずっと在籍することは、研究活動にとって必ずしもプラスになるとは限りません。人材をもっと流動させなければ、研究社会における国際競争にも負けてしまうという認識のもと、理研では日本の研究機関でいち早く任期制を取り入れました。それがうまく機能した実績により、GSCなど任期制の研究者を集めたプロジェクト型の戦略センターが次々と設立され、さらに理研以外の研究機関や大学にも任期制が広がっていきました。 しかし今回、GSCで任期制というリスクを背負いながら世界的な成果を出した研究者・技術者たちが、そのキャリアを理研の外でさらに発展させられなければ、理系の学生たちは任期制の研究職を敬遠して、科学技術立国は根底から崩れていくことになるでしょう。 キャリアアップの大きな障害の一つが、日本社会に人材流動が根付いていないことです。例えば30歳代半ばまで研究者としてのキャリアを積み、その後、新聞社などに入って科学技術ジャーナリストへ転身したり、中学や高校の理科教師として活躍する、あるいは行政機関などで科学技術行政に携わるといったルートが日本では広く敷かれていません。米国ではそのような人材流動が社会を活性化しています。 国際化の問題にしても、優秀な外国人研究者に来てもらうには、その子どもたちが通える公立のインターナショナルスクールなど、外国人家族が暮らす生活環境を整備することが必要です。女性研究者・技術者を増やすという課題でも、社会的な育児環境の整備が欠かせません。 研究者社会だけでは解決できない課題が日本社会にはあります。社会へ向けて主張し、課題の解決を促していくことも、私たちの重要な役割だと考えています。■
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脱科学者の科学論 岡田節人京都大学名誉教授 |
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音楽にも造詣(ぞうけい)が深い文化人で、インタビューの前日の2月4日に81歳になられた発生学の権威、岡田節人(ときんど)先生。お名前の「節人」は節分生まれであることに由来するという。昨年は文化勲章を受章された。“何年も前に、「脱科学」宣言しました。(勲章ももらって)もうあがりやと思うてます。もう何も科学についてお話しすることはありません”とおっしゃりながらも、「脱科学」前のさまざまな経験から、示唆に富むお話を熱っぽく語っていただいた。 |
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理研とのかかわりについてお聞かせください。
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岡田:理研との最初のかかわりは、1988年10月に創設された「国際フロンティア研究システム」の立ち上げで、チームリーダーの選出にかかわりました。次は1993年に開催された理研の外部評価機関「第1回理研アドバイザリーカウンシル(RAC(ラック))」の委員のときです。私が参加したRACは大変組織立っていて、良い会議でした。理研は学術研究という目標に向かって巨大な組織をつくり、そのアクティビティーを維持するために、RACのような組織をつくって外部評価を始めたわけです。そして、2000年には私の研究分野である発生学と再生学を研究する「発生・再生科学総合研究センター(CDB)」までつくった。こんな大きな組織は、国の基幹的な研究所である理研でないとつくれない。反面、小さいものはつくれないし後戻りできないという点は情けなく、官僚的システムの欠点です。
私は、CDBの立ち上げの際に助言だけしました。設立時に、今日のこの発展した姿は予想していました。あの当時、それを理研や国家がよく認めたと思います。今でも思い出しますが、実験動物のイモリやプラナリアで遊んでいるという印象を政治家やお役人に与えるとまずいということで、将来の応用性しか話しませんでした。でも、イモリやプラナリアの話をせんことには、発生学の話は始まりませんな。幼稚園の子どもでも分かり、しかも実験できる。理研という巨大な組織の中で、そんなプラナリアのような研究ができるゆとりがあるということは、日本の将来のためにはありがたいことです。 私は、学術研究は、芸術と並んで今や絶滅危惧(きぐ)種だと思っています。私の言う学術研究とは、芸術と同じように個人の高い精神性が必要な文明活動で、個人が生かされない巨大なプロジェクトで行われている現在の多くの研究とは異なるものです。この学術研究と芸術は、同じころにピークを迎え、現在は絶滅が危惧されています。この2種類の絶滅危惧種に、国家予算の何%かを充てて、絶滅までに細々と清らかに貧しく生き続ける余地を与えてほしいと思います。 |
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発生学の将来、科学の将来についてどう思われますか。
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岡田:マウスの皮膚細胞からあらゆる細胞に分化できる万能細胞(iPS細胞)をつくり出した京都大学の山中伸弥教授の研究は、素晴らしいですな。しかし、細胞が全能であることは前世紀から分かっていたことです。それが、とうとう見事なテクノロジーになった。これは夢のような出来事です。これから再生学はどんどん発展して、応用研究も盛んになるでしょうが、そのときには学問としての「再生の謎」というのは、ある意味もう終わっている。学問としては終末ですな。
以前、科学の歴史を振り返り、“それぞれの国にそれぞれの科学がある”と書いたことがあります。社会的背景に左右されるのであれば科学とはいえない、でも、科学も人間のやることですから。今でも悪夢を見ますよ、1930年代に国家権力を盾に間違った学説を強要し続けたロシアのルイセンコ的な全体主義*1が、日本にもまた来よるんではないか、と。当時、ロシアでは有能な科学者がシベリアに追放されたりした。日本でも、私の知人で、ルイセンコ説に反対した若い植物学の研究者が自殺したりしました。日本人は全体主義が好きですから、心配しています。 ただ、これからの日本の研究者に降りかかってくる不幸は、そうした政治的なものではなく、特許や論文を早く出せといった、プレッシャーでしょう。そういうプレッシャーをかわすには、ビッグサイエンスから身を退ける、ということしかないでしょうね。しかし、今は職業科学者、つまり、巨額の研究資金をもらえるように論文を量産する職業論文制作者の時代ですから。悲しいことですが、この時代はあと50〜60年は続きますね。論文制作が一つの経済活動になっているわけで、それは一朝一夕には終わらんでしょう。 しかし、論文の引用回数以外にはよい研究評価方法がない。くじ引きというわけにもいきませんからね。科学研究の裏には、一般大衆が付いていない。つまり、芸術のように一般大衆の判定を求めるわけにはいかず、科学は悲しいことに、強権をもって評価する世界に入ってしまいました。 |
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今、科学コミュニケーションという考え方で科学を大衆に開く動きがあります。
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岡田:私はそういう傾向が増えたというより、そういうことを志向するのをばかげていると思う人が減ったと見ています。これは大きいことです。もう一つ、自然を保護するというのも、今では「悪」ではなくなった。この二つの点は、私が生きてきたこの20〜30年の間に起こった、大きな意識変化です。
この半世紀の間、一向に変わらないことは、科学は一般大衆に訴える表現力をまったく持っていないということです。科学の論文は表現とはいえず、自己満足に近い。今もって科学の表現方法は言語です。数学も、数式という言語によって語られるものです。例えば音楽は、楽譜という表現方法を持ちます。そして、音楽には演奏家という味方が付いている。サイエンスにも演奏家に当たるものが必要です。科学を表現する特別な能力を持った、「科学演奏家」が要る。科学を演奏してください、とお願いしたいのです。 |
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現在、科学者の倫理が大きな問題になっています。
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岡田:煩わしいことです。当たり前のことやないですか。人のお金を盗むな、というのと同じような倫理観。いや、そんな大げさなものではなく、単純な善悪の基準を持ち、その範囲で判断しなさい、ということです。こんなこと、教えるということが間違っている。これはあまり騒がなくても、静かにしてさえいれば終わると思います。もちろん、論文データなど、どこまでをもって盗むというかは問題ですが。触発されたのか、盗んだのか。それを糾弾するようになると、窮屈になる。こうした問題も、お金と名誉が、科学の背景にオーラのごとくに輝いているからです。ええ時代ですな。私の持っている勲章も含めて。どえらいことです。お金と名誉がなくなれば、そうした問題もいっぺんに消えます。脱科学した方がよろしいですな(笑)。
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若い研究者に一言、お願いします。
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岡田:今の科学者は国際性を持てといわれているようですが、それも単純なことです。私は学生に、“学会に行ったら、必ず何か発言して帰れ。What is DNA? でもよろしい”と言い続けてきました。ある程度の強制です。もう一つ強制したのは、外人が来とる間は日本人同士でも英語で話せ、ということ。この二つを教室の教訓にしてきた。湯川秀樹は英語嫌い、外人嫌いだった。今西錦司(きんじ)*2も。だからといって国際人でないとはいえないわけです。でも社交性は必要です。友達をつくらないと。そのためには、しゃべらなければしょうがないですからな。研究については、われわれの研究は実験ですから、メスで切ってあまり汚い切り方をするようなやつには、もう出ていってくれと。「手際」よく、ということです。これはあらゆる実験的研究に通じる教訓です。
科学者自身の文化度を上げるのは、いいことです。海外の研究者には教養がある人が多いが、日本人はマルチ人間が嫌いですな。若い科学者には、良い文化的許容度を持った人間になってほしい。そうした文化的許容度がないから、善悪の判断ができないんでしょう。 |
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任期制度について、どうお考えですか。
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岡田:任期制度が導入され、ポスドクが過剰になっているのも現代の特徴ですね。任期制度は、逆らうべからずの社会の流れ。一定年月我慢していれば定年制の職に就けるという悪しき習慣がなくなったのはよかった。しかし、少し気の毒ですな。5年やそこらで、独創性のあるものができるかという。それに、マルチ人間は日本では受け入れられないので、ポスドクが転身できない点が、米国とは違う日本独自の問題です。ポスドクが生き延びられる社会になるということと、学術研究が生き延びられるということは同じだと考えています。
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最後に、以前“「科学」に代わる言葉がないだろうかと思う”とエッセイに書かれていたことに触れると、“今のところありません。でも、「智」という言葉が好きです。この言葉ですべてを包括できると思います”と答えられた。■ |
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「2007年度理化学研究所科学講演会」を開催
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免疫学の第一線で活躍する研究者が集った「2007年度理化学研究所科学講演会」が2月2日、丸ビルホール(東京都千代田区)で、「免疫が未来を開拓する」をテーマに開催されました。会場は435名の来場者で埋め尽くされ、最先端の研究の話に熱心に聞き入っていました。また、来場者と演者との活発な質疑応答があり、理研に期待する声などが寄せられました。 |
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免疫系ヒト化マウスは医療革命の礎に
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石川 文彦 免疫・アレルギー科学総合研究センター ヒト疾患モデル研究ユニット ユニットリーダー |
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免疫学は、実験動物であるマウスの免疫システムの詳しい解析と遺伝子工学の応用によって、20 世紀に大きな発展を遂げました。しかし、ヒトの免疫系を研究する場合、骨髄・胸腺(きょうせん)などの免疫組織は体の奥深くにあるため、組織を取り出して免疫細胞を研究することが困難です。この問題を解決するため、マウスの体内にヒトの免疫系を再現した 「免疫系ヒト化マウス 」の作製に挑戦し、成功しました。それにより、マウス体内でヒトの血液幹細胞からさまざまなヒト免疫細胞をつくったり、白血病などのヒトの病気を再現できるようになりました。今後、ヒトの免疫系と病気についてより正確な理解が得られ、新しい免疫療法、移植医療の発展につながると大きな期待が寄せられています。 |
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アレルギーは克服できるのか
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谷口 克 免疫・アレルギー科学総合研究センター センター長 |
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当センターの使命は、免疫系の持つ複雑な統御機構を総合的に理解し、生命科学における新しいパラダイムをつくることです。同時に、免疫系の崩壊によって起きる自己免疫疾患やアレルギー疾患などの原因究明と治療法開発、有効なワクチンやがん免疫療法の開発、臓器移植拒絶反応の人為的制御法の確立など、医療現場での実践を目指した免疫の基礎研究によって、医学・医療に貢献することです。中でも、アレルギー疾患の発病メカニズムの解明と、根本治療法・予防法の開発を目指しています。スギ花粉症に関しては、すでにアナフィラキシーを起こさないスギ花粉ワクチンの開発に成功しました。現在、臨床試験のためのスポンサーを探しているところです。 |
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一分子を追跡し免疫の謎を解き明かす
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斉藤 隆 免疫・アレルギー科学総合研究センター 副センター長 |
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免疫系は、体に侵入する膨大な数の外敵(抗原)を認識して、それを排除します。まず、外敵抗原を取り込んだ「樹状細胞」が、近くのリンパ節に移動し、そこで個々の抗原に特異的な受容体(TCR) を持つ「T 細胞」と接着して、T 細胞を活性化し、免疫反応が開始されます。このT細胞の活性化のメカニズムを明らかにするため、新たに開発された新型レーザー顕微鏡で、細胞表面の分子の動きを追跡しました。その結果、免疫反応が開始されるとき、分子100個ほどの「ミクロクラスター」が形成されることを発見しました。ミクロクラスターは、免疫系の抗原認識と細胞活性化の最小ユニットと考えられるものです。これは、分子レベルでの免疫制御機構の解明に道を拓き、免疫制御製剤の開発にもつながるものです。 |
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自己免疫疾患の抗体療法
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岸本 忠三 大阪大学大学院 生命機能研究科 教授 |
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19世紀末、北里柴三郎とエミール・アドルフ・フォン・ベーリングは、破傷風やジフテリアの毒素を注射されたウマの血清中に毒素を中和する抗毒素(抗体)の存在を発見し、血清療法を確立しました。この研究によりベーリングは1901年、第1回ノーベル生理学・医学賞に輝きました。それから100年、免疫学は飛躍的に進歩し、抗体の4本鎖構造が解明され、細胞融合法を応用してモノクローナル抗体がつくられ、動物の抗体をヒト型化する抗体工学の技術が発達しました。21世紀に入って、抗体をがんや難病の治療に使う医療が進展してきました。30年にわたるインターロイキン-6の私たちの研究成果も、自己免疫疾患に有効な抗体医薬の開発につながりました。その治療の結果から、自己免疫疾患の発症のメカニズムが少しずつ明らかになってきました。 |
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平成20年度一般公開のお知らせ
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科学技術週間〈2008年4月14日(月)〜20日(日)“描こうよ 科学の力で 未来地図”〉の行事として、当研究所では下記の日程で一般公開を行います。 理研の最先端の科学研究に親しんでいただくため、研究室・施設の公開をはじめ、講演会、各種のイベントを行います。多数の方のご来場をお待ちしております。(入場無料) ![]() |
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●和光研究所
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場所:
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埼玉県和光市広沢2-1
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日時:
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4月19日(土)9:30〜16:30(入場は16:00まで)
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問合せ先:
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広報室
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TEL:
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048-467-9954(一般公開専用)
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●筑波研究所
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場所:
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茨城県つくば市高野台3-1-1
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日時:
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4月18日(金)13:00〜16:00
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4月19日(土)10:00〜16:00
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問合せ先:
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筑波研究所研究推進部総務課
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TEL:
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029-836-9111(代表)
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●播磨研究所(SPring-8施設公開に合わせて公開)
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場所:
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兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
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日時:
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4月27日(日)9:30〜16:30(入場は15:30まで)
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問合せ先:
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播磨研究所研究推進部企画課
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TEL:
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0791-58-0900
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●横浜研究所
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場所:
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神奈川県横浜市鶴見区末広町1-7-22
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日時:
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7月5日(土)10:00〜17:00(入場は16:30まで)
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問合せ先:
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横浜研究所研究推進部総務課
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TEL:
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045-503-9110
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●神戸研究所
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場所:
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兵庫県神戸市中央区港島南町2-2-3
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日時:
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5月10日(土)10:00〜16:00(入場は15:30まで)
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問合せ先:
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神戸研究所研究推進部総務課
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TEL:
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078-306-3020
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●テラヘルツ光研究グループ
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場所:
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宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉 519-1399
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日時:
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8月2日(土)9:30〜16:30
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問合せ先:
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テラヘルツ光研究推進室
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TEL:
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022-228-2111
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新独立主幹研究員の紹介
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新しく就任した独立主幹研究員を紹介します。 |
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基幹研究所 Song独立主幹研究ユニット 宋 昌容 (Song Chongyong/ソン チャンヨン) |
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1
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生年月日:1972年5月5日
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2
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出生地:韓国ソウル市
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3
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最終学歴:米国アイオワ州立大学大学院(Ph.D.)
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4
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主な職歴:カリフォルニア大学ロサンゼルス校 ポスドクフェロー
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5
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研究テーマ:X線自由電子レーザーによる原子分解能、コヒーレントX線回折イメージング
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6
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趣味:映画鑑賞、水泳
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7
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勤務地:播磨研究所
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第21回「独立行政法人理化学研究所と
産業界との交流会」が開かれる |
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「理化学研究所と親しむ会」が主催する「独立行政法人理化学研究所と産業界との交流会」が2月13日、ホテルオークラ東京で開催されました。「理化学研究所と親しむ会」は、理研と産業界の密接な交流を通じて理研の研究成果と産業界のニーズとを結び付けることを目的とし、毎年、講演会や懇親会などを開催しています。21回目の今回は、小口(おぐち)邦彦 理研と親しむ会会長の開会の辞、野依良治 理事長のあいさつに続き、矢野安重 仁科加速器研究センター長が「理研RIビームファクトリー始動 〜現代の錬金術師が元素誕生の謎を解く〜」、同センターの川合 光 主任研究員(川合理論物理学研究室)が「究極理論への挑戦 〜超弦理論が解き明かす宇宙の成り立ち〜」、と題して講演しました。その後の懇親会では、渡海紀三朗 文部科学大臣らが出席し、お祝いの言葉を述べました。懇親会場には理研の最新の研究成果などを紹介する44の展示コーナーが設けられ、多くの来場者でにぎわいました。参加者、469名。 |
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和光キャンパスの新しい正門 高橋 俊一 TAKAHASHI Shunichi |
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改修への発端は、当時、施設部担当であった坂田東一理事(現・文部科学省大臣官房長)からの“世界に冠たる理研にふさわしい正門につくり替える必要”との指示によるものであり、また、折しも野依良治理事長が提唱された経営重点10項目の中の「環境整備」にもマッチしたことが、実現への追い風となった。その後、設計会社との協議を始め、数回にわたる役員に対する説明会と有識者(芸術家)との有意義な意見交換などを経て最終案が決定されたもので、検討開始から竣工までに約1年半の歳月を要した。なお、読者の皆さんが来所される際のご参考までに、そのコンセプトをご紹介させていただくと、次のようなものである。 ○理研創設の地である駒込(東京都文京区)にあった正門を模した ○柱身部分に「理研のミッション」の4項目、 柱頭部分に「野依イニシアチブ」の5項目をデザイン化した ○柱の高さ(3.1m)は、間口(まぐち)との黄金比とした ○100年持たせるためのシンプルな門の構造、 カテナリー曲線を上向きとする門扉の形状、 上空から見たデザインを意識した門周辺の舗装などに 有識者意見を反映した 一方、総務部・施設部では、約2年半の歳月をかけ、研究活動の活性化と交流の機会を最大限に促進し独創的な発想が可能となるような研究環境の創出を図るため、中長期先を見据えた「和光キャンパス・ランドスケープ基本計画」を昨年3月に策定した。現況および所内外の方々へのアンケートの調査結果などを徹底的に分析し、その上で広大なキャンパスに大胆な構図で緻密に描き上げたものであり、絶品だと思っている。新しい正門は、その実現に向けた第一歩と位置付けられる。今後の計画的な整備の必要性については、新しい中期計画の中にさりげなく盛り込まれているが、実行に移されるよう切望するものである。 制度などの改革論議や実績評価は世の常であり、今後の理研を取り巻く環境も、時には向かい風を受けることは想像するに難くない。新しい正門にはいろいろな情報を各方面に発信する「世界に貢献する理研」の開かれた顔となるよう期待するとともに、研究・構内環境、研究者などの移り変わりようを、理研の百寿(100歳)の折はもちろん、100年先までも温かく見守ってもらいたいものだ。 和光キャンパスには見事な桜並木と銀杏(いちょう)並木がある。通称「桜通り」は正門から西門へと続く。ある専門家から“ソメイヨシノ(樹齢50〜60年)は非常に状態が良い。弘前城の桜のように強剪定(せんてい)すれば、あと50年は大丈夫。大変貴重な桜になる”とのお墨付きを頂いた。読者の皆さんにも、素晴らしい桜と新しい正門をバックに、記念の写真を撮っていただきたいものである。 ■ |
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