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タンパク質の分解系から生命の仕組みを読み解く


作物研究に向けシロイヌナズナから情報発信

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タンパク質の分解系から
生命の仕組みを読み解く


細胞分裂や発生・分化、代謝、分泌など、さまざまな生命現象が生じるときには、特定のタンパク質が決められた時期につくられる必要がある。ただし、それだけでは十分ではない。特定のタンパク質が決められた時期に分解されることも必須であることが分かってきた。では、どのタンパク質が分解されるのか。それを調べる手法は、これまで確立されていなかった。岸 努 独立主幹研究員は、分解されるタンパク質を突き止める独自の手法を開発し、生命現象の未知のメカニズムを解明し始めている。


松井 南 MATSUI Minami
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新しい研究には、新しい手法が必要
 「やはり不安でした」と、岸 努 独立主幹研究員は苦悩の日々を振り返る。
 「今度こそは! と新しい手法の開発実験を繰り返しても、なかなか成功しない……。そんな状況が2年も続きました」
 ちょうどそのころ、岸独立主幹研究員はRichard(リチャード) J. Roberts(ロバーツ)博士(1993年ノーベル生理学・医学賞受賞)と、あるセミナーで話す機会に恵まれた。
 「“新しいことをやるには、新しい手法をつくる必要がある。既存の手法を自分の見たい現象に合わせてつくりかえれば、新しい手法になる。君のやっている実験はとても重要だから、ぜひ続けるべきだ”と励まされました。それから、わずか2ヶ月後のことです。実験に成功したのは」
 2003年、岸独立主幹研究員は、ユビキチン化によって分解されるタンパク質を突き止める新しい手法の開発実験に、ついに成功した。


分解されるタンパク質を突き止める
 分解されるタンパク質は、生命現象においてどのような役割を果たしているのか。
 「例えば細胞が分裂するときには、DNAが合成される時期(S期)や、その前の準備期(G1期)があります。準備期でDNAの合成に必要ないくつかのタンパク質がつくられます。しかしそれらがすべてそろっても、DNAの合成は始まりません。それはなぜか。DNAの合成に移ることを抑えているタンパク質があるからです。そのタンパク質が分解されて初めて、DNAの合成という新しい段階に移ることが分かってきました」
 分解されるタンパク質は、生命現象のメカニズムを理解する上でとても重要なことが分かってきたが、これまで分解されるタンパク質を突き止める手法が確立されていなかった。
 「あるタンパク質に着目していれば、それが分解されるかどうかを調べることはできます。しかし、細胞の中にはさまざまなタンパク質が多数存在しているため、その中で急に分解されてなくなるものを突き止めることは難しかったのです」
 そもそもタンパク質は、どのようにして分解されるのか。その代表的な方法が、ユビキチン化による分解である(図1)。それはE2やE3、プロテアソームなどの酵素によって行われる。まずE3が分解すべき標的タンパク質に結合する。そしてE2が標的タンパク質にユビキチンというタンパク質を付ける。このユビキチンを目印にして、標的タンパク質をプロテアソームが分解する。
 「分解されるタンパク質を調べるには、E3と結合するものを見つければいい。多くの研究者がそう考えて実験しました。しかし成功した例はほとんどありません。E3と結合したタンパク質は、すぐに分解されてしまい、検出できないのです。だからE3と結合しても、タンパク質が分解されないようにすればいい。それが私の基本的なアイデアです」
 岸独立主幹研究員は、実験のしやすい酵母を使って新しい手法の開発を始めた。タンパク質とE3が結合したかどうかを知るには、ツーハイブリッド法という既存の手法を応用する。まず分解されるかどうかを調べたいタンパク質とE3の遺伝子を操作して、一緒に酵母に導入する。酵母の中でそのタンパク質とE3が結合すると、色素分解酵素の遺伝子を発現させるスイッチ(転写因子)が完成し、その酵素が新たにつくられる仕掛けにしておく。そして酵母の培地に色素を入れておくと、調べたいタンパク質とE3が結合した酵母では色素が分解されて青く光る、という仕組みだ。
 岸独立主幹研究員は、E3と結合してもタンパク質が分解されないように、E3の遺伝子から、タンパク質との結合には不要だがユビキチン化に必要な部分を取り除いて酵母に導入した。こうすれば、タンパク質がE3と結合してもユビキチンが付かないので、分解は進まないはずだ。
 この方法をまず、E3と結合することがすでに分かっているタンパク質で試してみた。
 「最初はこれでうまくいくはずだと思っていました。でも青く光らない(図2左)。実験は失敗です。ただし、これでうまくいくのだったら、ほかの研究者が先に成功していたでしょう」
 なぜ、この実験は失敗したのか。
 「分かってみれば簡単なことです。導入したE3とは別に、酵母がもともと持っているE3があります。そのE3が正常に働き、タンパク質を分解してしまったのです」
 岸独立主幹研究員は、さらに次の手を打った。温度を上げると、酵母がもともと持っているE3が正常に働かなくなるような突然変異を持つ酵母を使ったのだ。
 そして冒頭で紹介した2003年のある朝、出勤した岸独立主幹研究員は、真っ先に培養装置の扉を開け、シャーレを取り出して酵母を調べた。すると、ついに酵母が青く光っていた(図2右)。


予想外のメカニズムを解明!
 開発した新手法によって、分解される未知のタンパク質を探る実験を岸独立主幹研究員たちは開始した。そして、E3と結合する四つのタンパク質を突き止めた。これらのうちの三つが、分解されることが初めて分かったタンパク質だ。
 その中の一つがカルシウムイオン信号に関係するものだった。カルシウムイオンは細胞内部の情報伝達信号として働く。例えば、カルシウムイオン信号を受け取ると、カルシニューリンという酵素が活性化し、さまざまなタンパク質の合成が始まる経路がある。
 「これは酵母からヒトまでほぼ共通な経路で、ヒトでは免疫系のT細胞の活性化や心臓の形成、細胞分裂などで働きます。例えばヒトでは、カルシニューリンの活性化の制御が乱れると、心臓が大きくなり過ぎる心肥大という病気になることが知られています」
 カルシウムイオン信号によりカルシニューリンが活性化すると、さまざまなタンパク質とともにRcn1というタンパク質がつくられる。このRcn1は、カルシニューリンの働きを抑える機能がある。カルシニューリンが活性化し過ぎない仕組みになっているのだ。
 しかしRcn1にリン酸が付く(リン酸化)と、逆にカルシニューリンの働きが活性化する。
 「Rcn1にリン酸が付くと、その形が変化し、カルシニューリンを活性化するようになると考えられていました(図3)。しかし、なぜリン酸が付いただけで、機能が抑制から活性化へと正反対に変わるのか。それが大きな謎でした」
 その謎を、岸独立主幹研究員たちは解き明かした。新手法により、Rcn1がユビキチン化により分解されるタンパク質であることを見いだしたのだ。
 「カルシニューリンを抑制するRcn1にリン酸が付くと、ユビキチン化により分解されます。その結果、カルシニューリンの働きが活性化するのです(図4)」
 Rcn1は、なぜ分解される必要があるのか。岸独立主幹研究員たちは実験に基づき、次のような二つの必要性を見いだした。
 「カルシウムイオン信号を受けると、Rcn1をリン酸化して分解する経路がすぐに動きだします。カルシウムイオン信号を受けてからしばらくの間は、カルシニューリンの活性を高く維持してさまざまなタンパク質をつくるために、その働きを抑制するRcn1を分解する必要があるのです。これが一つ目です。しかし、カルシニューリンの活性が高いほどRcn1もたくさんつくられるので、やがてRcn1が蓄積してカルシニューリンの活性を抑えます。
 しかしいつまでもRcn1が分解されずに残っていると、次にカルシウムイオンの信号を受けたときにカルシニューリンが活性化しなくなってしまいます。だから蓄積したRcn1は、きれいに分解される必要があるのです。これが二つ目です」
 このように、Rcn1を合成する経路と、Rcn1を分解する経路を組み合わせることで、この情報伝達経路は全体としてうまく機能すると考えられる。
 「カルシニューリンの情報伝達経路の研究を続けてきた研究者たちにとって、このタンパク質分解の経路は予想外のメカニズムだと思います。おそらく、ほかの似たような仕組みの情報伝達経路でも、タンパク質分解の経路が組み込まれているのではないかと、私は予想しています。
 自分でつくった新しい手法で、実際に生命現象の新しいメカニズムを解明できた。そのことがとてもうれしいですね」


高等生物への適用を目指す
 酵母で調べたRcn1と似たタンパク質はヒトにも存在し、DSCR1と名付けられている。そして、カルシニューリンの伝達経路は記憶・学習にも関係すること、ダウン症の患者ではDSCR1が過剰に発現していることが知られている。
 岸独立主幹研究員たちは、このDSCR1が分解されるタンパク質であることも突き止めた。DSCR1の研究を進めることで、ダウン症で現れる神経疾患のメカニズム解明や治療薬の開発につながるものと期待される。
 岸独立主幹研究員は、分解されるタンパク質を突き止める手法を、解析が難しい高等生物にも適用できるようにしていきたいと展望を語る。
 「解析が難しい現象を調べる新しい手法を開発して、予想もされていなかった生命現象のメカニズムを見いだす。これからも私は、そういうスタンスで研究を続けていきたいと思います」


(取材・執筆:立山 晃)









関連情報


特願2006-537847「ユビキチンリガーゼによるユビキチン化の標的タンパク質をスクリーニングする方法」






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作物研究に向けシロイヌナズナから
情報発信


人類が直面している環境、健康、食糧の問題を解決するため生命科学分野の研究は、ますます期待を集めている。理研バイオリソースセンター(BRC)は、生命科学の研究に不可欠な実験動植物の個体や細胞、遺伝子などを体系的に収集し、保存・提供を行うことを目的として、2001年に設立された。BRCの中で植物のリソース事業を担っているのが、小林正智室長率いる実験植物開発室である。シロイヌナズナなどのモデル実験植物の研究を支援するとともに、そこで明らかになった遺伝子機能の情報や確立された技術を作物に応用するために必要となる基盤の整備を目指している。


松井 南 MATSUI Minami
コメント01


生物学の基盤を支えるバイオリソース
 バイオリソースとは? その問い掛けに、小林正智室長は「簡単に説明すると、生物学の実験材料ですね」と答える。「実験材料の標準的なものを集め、保存し、提供することが、理研バイオリソースセンター(BRC)の業務の一つです」
 BRCが設立されたのは2001年。その背景には、さまざまな生物においてゲノムの解析が進んだことがある。「現在の生物学において、研究のやりやすさやスピードは、対象とする生物のゲノムがどれだけ精密に解析されているかが大きく影響します。ゲノムが精密に解析されているモデル生物の個体や細胞、遺伝子といった“リソース”、明らかになった遺伝子機能などの“情報”、そしてモデル生物の研究で培われた“技術”を駆使することによって、研究は大きく進むのです。BRCは、モデル生物のリソース、情報、技術の三つを世界中の研究者に提供することで、生物学が飛躍的に発展するための基盤を支える、世界的にも重要な拠点の一つです」
 実験植物開発室が取り扱うリソースの中心は、シロイヌナズナだ。シロイヌナズナはアブラナ科の植物で、2000年12月に高等植物で初めて全ゲノムが解読され、その遺伝子は約2万7000個であると分かった。「シロイヌナズナを使う最大の利点は、実験室で栽培できること(図1)。また、種子をまいてから次世代の種子が実るまでが3ヶ月と短いなど、ほかの植物と比べてけた違いに実験に使いやすいのです。そのため、植物の生きる仕組みを明らかにする基礎研究分野では、シロイヌナズナを活用した研究手法が主流になっています」


世界最大の完全長cDNAコレクション
 BRCは、生命科学の研究に用いられるバイオリソースの収集・保存・提供体制の整備を目的とした国家プロジェクト「ナショナルバイオリソースプロジェクト」に参加し、シロイヌナズナに関しても中核機関となっている。遺伝子の働きは、遺伝子を破壊したり過剰に発現させたりした変異体をつくり、現れる変化を見ることで推測できる。ゲノム科学総合研究センター(GSC)など理研内の研究センターや、全国の大学・研究機関でつくり出されたシロイヌナズナの変異体を、BRCは収集し、それらのリソースを保管し、研究者からの申し込みに応じて提供する。BRCでは現在、シロイヌナズナの変異体7万系統を中心に、世界各地のシロイヌナズナ野生株や近縁種の種子を保存している。
 シロイヌナズナのリソースセンターの整備は、欧米が先行した。「私たちがリソース事業を始めたとき、すでに10年の差がありました」と小林室長。「しかも欧米の場合はリソースを開発するための研究に大きな費用が投入され、労せずして大量のリソースが集まってきます。これでは規模で競争しても意味がありませんから、ユニークな事業を実施することが大事になってきます」
 では、BRCの特徴は?「二つあります。一つは、全遺伝子の約7割をカバーする、世界最大のシロイヌナズナの完全長cDNAコレクションです」。完全長cDNAとは、あるタンパク質をつくる完全な情報だけを持っているRNAをDNAにコピーしたもの。GSCが開発した技術で、この完全長cDNAを使うことで遺伝子の働きを効率よく調べることができる。


種子、遺伝子、そして培養細胞も
 もう一つのBRCの特徴は、種子と遺伝子に加えて培養細胞を扱っていること(図2)。欧米のシロイヌナズナのリソースセンターでは、細胞は扱っていない。「ある薬物に対して植物がどのような反応をするかについて個体を使って調べるのには、時間も場所も、そして手間もかかります。一方、細胞であれば、その変化を短期間に詳しく見ることができます。あるタンパク質が細胞のどの小器官で働いているかを見ることも、細胞でないと難しい。細胞をうまく活用することで、研究に深みが出るといえるでしょう。しかも、将来は細胞に有用物質をつくらせるという、応用面での発展も考えられます」
 日本がリソースとして細胞を維持しているのは、植物バイオがブームだった1980年代から細胞培養のノウハウを蓄積してきたためだという。細胞は液体や固体の培地で培養し、1週間から数週間に一度、新しい培地に移す“植え継ぎ”をしなければならない。これは根気の要る作業だ。器用で辛抱強いという日本人の特性によるところも大きいのかもしれない。
 しかも、BRCには超低温保存技術という、細胞を扱うための強力な手段がある。細胞には水分が多いため、凍らせると水分が結晶をつくり、細胞膜にダメージを与える。こうなると、解凍したときにはもはや細胞は生きられない。しかし、超低温保存技術を使うと、半永久的な保存が期待できる(図3)。系統ごとに条件を変えなければならず、現在はBY-2細胞という最も標準的なタバコの系統だけだが、今後対象を増やしていくための準備を進めている。
 2004年度からは、この超低温保存技術の技術研修も開始した。これまでに40名以上の全国各地の研究者や大学院生などが研修を受けている。「培養細胞の超低温保存技術はとても評価が高く、その論文は日本植物細胞分子生物学会から2006年の“論文賞”を頂きました。技術を開発した研究員の努力のたまものです」。また、2005年にはシロイヌナズナのバイオリソース整備における貢献に対して、日本植物学会より“特別賞”を授与されている。リソース事業において最も注意していることは「信頼性の確保」と小林室長は言う。そして、それを実現している技術者たちへの感謝の言葉を何度も口にした。


遺伝子情報を串刺しにするSABRE
 実験植物開発室は2007年6月、BRCの情報解析技術室と共同でデータベース「SABRE(セイバー)Systematic consolidation of Arabidopsis and other Botanical REsource)」を開発し、公開した(図4)。シロイヌナズナの研究情報は、世界中の研究者の連携によってTAIR(テア)The Arabidopsis Information Resource)というデータベースに集められている。その情報を実験植物開発室が扱っているヒメツリガネゴケ、タバコ、ポプラの遺伝子情報と結び付けたデータベースがSABREだ。SABREに遺伝子名やキーワードを入力すると、シロイヌナズナ、ヒメツリガネゴケ、タバコ、ポプラの類似遺伝子や、TAIRに入っている関連情報を瞬時に得ることができる。「DNAは生物学共通の言語です。違う種類の植物、さらには動物と植物で似た遺伝子を持っていることもあります。SABREは、猛烈なスピードで研究が進展しているシロイヌナズナの遺伝子情報を使って、ほかの植物の遺伝子の機能を明らかにするためのツールになります」
 SABREとは、サーベル、あるいはフェンシングで使う剣を指す。「情報解析技術室の深海(ふかみ)薫室長に考えていただいたこの名前は、三つの意味を掛けているんですよ」と小林室長。「まず、いろいろな植物種の遺伝情報を串刺しにして結び付けること。さらに、それらを研究材料としている研究者同士を結び付けることも意味している。そしてもう一つ、小幡裕一BRCセンター長がフェンシングの名選手だったので、それも掛けています」
 2010年までにシロイヌナズナの全遺伝子の機能を解明しようというプロジェクトが、国際協力のもとで進んでいる。これに伴い、TAIRの情報は刻々と増えていく。小林室長は、SABREの将来をこのように展望している。「いろいろな植物種を加えていくことによって、インパクトがより大きなデータベースになると期待されます。できることなら、日本にある植物の遺伝子の情報がすべて集まっているオールジャパンのデータベースにしたい。日本が得意なイネもぜひ入れたいですね」


作物との連携が重要課題
 実験植物開発室には、リソースを収集、保存、提供するための技術者だけでなく、研究者もいる。これもBRCの大きな特徴だ。米国のシロイヌナズナのリソースセンターは保存して提供することに徹しているので、研究者はいない。リソースセンターに研究者なんて要らないという議論もあったが、自らリソースの価値を掘り下げてこそ活用度が高まりリソースの付加価値も高まる、その結果、諸外国に対して優位に立てる、というのがBRCの戦略だ。
 「BRCで扱っているリソースは、宝の山なんですよ」と小林室長。「どんな宝があるかは、一番近くにいる研究者でなければ分かりません。しかし、私たちは“シロイヌナズナ研究室”ではありませんので、植物全体、特に作物との連携をサポートするという考え方が重要だと思います。そのためにも、作物の研究者が興味を持つような題材にシロイヌナズナを使うと、こんなことができるとPRする。それによってシロイヌナズナの利用も増えるし、作物の研究も進む。相乗効果を期待しているんです」
 2007年5月にプレスリリースした酸性土壌の耐性にかかわる遺伝子を発見したという研究も、そのようなPRの一つだ。土壌が酸性になってしまうと作物の生育が悪くなる。酸性土壌は耕作地の40%をも占めるといわれ、そんな環境でも育つ作物の開発が切望されていた。今回、シロイヌナズナでSTOP1という遺伝子に異常があると、酸性の土壌では根を伸ばすことができなくなることが分かった。その結果、作物におけるSTOP1を詳しく調べることで、酸性土壌でも育つ新品種をつくり出すことが可能になる。
 「リソース事業は、受け身になりがちです。寄託を待ち、提供依頼を待っている。でも、それでは現在の生物学の進歩には追いつきません。むしろ生物学の動きを先取りしなければいけないのです。“先導性”はBRCの大きな目標の一つです。今後は作物との連携が大きなテーマ。作物へ応用していくという最終的な目標を考えなければ、シロイヌナズナの研究は100%生きてきません」と、小林室長は強調する。
 実験植物開発室では、作物へ応用していく試験的な研究を外部と共同で行っている。例えば、ハクサイの病害抵抗性について、シロイヌナズナの情報と技術を応用しようという課題を、大学や国公立の研究機関と共同で進めている。ハクサイはシロイヌナズナと同じアブラナ科だ。まず、シロイヌナズナの情報から病害抵抗性にかかわるハクサイの遺伝子を知ることができる。また、シロイヌナズナでは、遺伝子の発現を網羅的に調べることができるマイクロアレイという技術がある。病害抵抗性にかかわるハクサイの遺伝子を集めたマイクロアレイをつくり、いろいろな品種のハクサイで遺伝子の発現を調べれば、どの品種が病気に強いかを評価することができる。「作物の育種の研究者はシロイヌナズナについてあまり知りませんが、双方が交流することで既存の情報と技術を駆使して、いっそう効率的に育種ができる可能性があるのです。作物の研究者を勇気づける、そんなことを目指しています」
 最後に植物研究の重要性について、小林室長は熱く語った。「植物が動物を生かしてくれている。もう一度それを認識しないといけないでしょう。産業革命以降、工業が発達し、農業はそれほど重要ではないという誤解すら生まれています。酸素をつくるのも植物、動物が生きていくための糧を与えるのも植物。植物は、人類の存在には欠かせないかけがえのないパートナーなのです。植物研究は、私たちが直面している環境、健康、食糧の問題を解決し、人類が地球で生存し続けるためにとても重要なのです」


(取材・執筆:鈴木志乃)









関連情報






「シロイヌナズナ」『生物の科学 遺伝』2006年9月号

「世界の植物研究をリードするシロイヌナズナ」『細胞工学』2006年11月号






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感染症研究の国際ネットワークを築く

永井美之 感染症研究ネットワーク支援センター長に聞く



永井美之センター長アジアやアフリカに日本の研究者が常駐して、相手国の研究者とともに本格的な共同研究を行う――日本では前例のないスタイルの国際ネットワークが2005年、文部科学省の主導によりスタートした。その目的は、世界と日本の安全・安心のために感染症研究を進めることにある。同年、この国際ネットワークを支援するため、理研に感染症研究ネットワーク支援センター(CRNID(クルニド))が設立された。永井美之センター長に、その目的と今後の抱負を聞いた。


世界と日本の安全・安心のために
――CRNID設立の背景を教えてください。
永井:1950年代までの日本人の3大死因は、肺・気管支炎、胃腸炎、結核と、いずれも感染症でした。このころまでは、日本でも感染症研究が活発に行われていました。しかしその後、3大死因が、がん、心疾患、脳血管障害へと移り変わるにつれて、感染症の研究資金が減り、研究を担う人材も層が薄くなってしまいました。一方、近年になってエイズなど「新興・再興感染症」が次々と出現しています。さらに最近、新型肺炎SARSや新型インフルエンザの脅威が世界的な大問題となっています。そこで、日本の感染症研究を立て直そう、ということになったのです。
――なぜ、国際ネットワークが必要なのですか。
永井:感染症に国境はないからです。日本の中に閉じこもっていては感染症の研究はできません。国内の研究拠点を整備するとともに、そこと連携した海外研究拠点を新興・再興感染症の発生源となり得る国々に設け、日本の研究者が常駐して、相手国の研究者と共同研究を行う。そして、相手国で新興・再興感染症が新たに広がり始めたときには、すぐにその病原体のサンプルを相手国と共有して高度な解析を行い、それをもとに対策を講じて日本の安全・安心に役立てる――そのような方針が、2004年の政府の“骨太の方針”に盛り込まれました。それを受けて、2005年に文部科学省が「新興・再興感染症研究拠点形成プログラム」を立ち上げ、プログラムを支援するCRNIDが理研に設立されました。
――国際ネットワーク形成の現状は?
永井:2007年現在、アジアを中心に6ヶ国、計10ヶ所に海外研究拠点が築かれました()。これらは、国内拠点が海外の研究機関と連携してできたものです。その海外の研究機関は、日本がかつて技術援助を行ったところや、国内拠点となった各大学が個別に人材交流や共同研究を続けてきたところです。
 このような日本との共同研究の拠点を設けることで、相手国も感染症研究のレベルアップが図れます。そもそも海外には、感染症が大きな社会問題となっている国がたくさんあります。世界の年間死者の死因の約3分の1は、今なおエイズ、マラリア、結核をはじめとする感染症です。例えば、アフリカのいくつかの国では、エイズによって社会や経済を支える若い年齢層の命が多数失われ、国が成り立つかどうかさえ心配されている状況です。
――感染症が世界の人々の健康や社会発展の大きな障害となっているのですね。
永井:そうです。もともとこのプログラムは日本の安全・安心のために始まったのですが、それだけでは一面的過ぎます。まず相手国の安全・安心に貢献することが第一。それが日本の安全・安心にもつながるという視点が大切です。ですから、まず相手国で問題となっている感染症、例えばマラリアや結核、デング熱、コレラ、そして世界的な脅威となっているエイズやインフルエンザなどを研究テーマとしています。
――海外拠点での活動のスタイルは、これまでの技術援助とは違うのですか。
永井:まったく異なります。これまでの技術援助では、日本の研究者が入れ代わり立ち代わり短期間出張して、技術を教えては帰国するといった形です。技術移転が終われば日本の研究者は引き揚げます。一方、このプログラムでは、特定の日本の研究者が海外拠点に長期間常駐し、相手国の研究者を採用して研究室をつくり、じっくり腰を落ち着けて本格的な共同研究を行っています。その点が相手国からも高く評価されています。
 実は、私たちには二つの手本があります。一つは英国・オックスフォード大学の熱帯医学ネットワークです。1979年のタイ拠点から始まり、現在14の海外拠点を持っています。もう一つはフランス・パスツール研究所の国際ネットワークです。30の海外拠点を持ち、実に110年以上の歴史があります。
 私たちのプログラムは、文部科学省のほかのプログラムと同様、一期5年の計画です。しかし、このような取り組みを5年や10年という短期間で終了させたら、日本は国際的な批判を受けるでしょう。少なくとも20〜30年、さらに50年、100年といった長いスパンで、日本が国家レベルで責任を持って取り組む必要があります。



理研の強みを生かす
――今後の目標を教えてください。
永井:例えば、オックスフォード大学のベトナム拠点では、現地で問題となっているマラリアや結核、デング熱などの臨床研究を地道に進め、そこで蓄積されたノウハウを活用し、2003年以降に発生した鳥インフルエンザのヒトへの感染に即座に対応しました。そのときの解析データが現在、WHO(国際保健機構)のインフルエンザ対策の学問的な基盤となっています。私たちの国際ネットワークも、そのような世界的貢献を目指しています。
 さらに、私はCRNIDが理研にあることを生かしていきたいと考えています。例えば、理研ゲノム科学総合研究センター(GSC)では、SMAPという方法が開発されています。血液1滴から遺伝子の個人差を30分で調べることができ、例えば肺がんに対する抗がん剤の薬効や副作用の度合いを診断できます。今までこのような診断には1時間半から数日程度かかっていましたが、それが30分でできるなら、病状の進行が速い感染症の診断・治療にも大変有効です。私たちCRNIDがコーディネートして、SMAPをインフルエンザなどの診断・治療に応用する共同研究が、GSCと東京大学医科学研究所との間で始まりました。また、遺伝子の個人差と病気との関係を調べる研究で世界の最先端を行く理研遺伝子多型研究センター(SRC)と、長崎大学との共同研究も始まりました。デング熱には重症化する場合としない場合があり、それと遺伝子の個人差との関係を調べる研究です。このように、理研にある最新のバイオ技術を感染症研究に結び付け、海外拠点に導入していくことで、日本の国際ネットワークの特色を出していきたいと考えています。


感染症研究は面白い
――永井センター長ご自身は、ウイルス研究で大きな業績を挙げてこられました。ご著書『センダイウイルス物語−日本発の知と技』(岩波書店、2006)からも、研究の醍醐(だいご)味がひしひしと伝わってきます。
永井:ウイルスが生物に感染し、病気を引き起こす仕組みはとても複雑です。しかし、実験手法を工夫すると、意外と単純な仕組みが見えてきて大変面白いのです。例えば、約1万5000塩基からなるウイルスゲノムのわずか数塩基の変異で、ウイルス毒性が極端に違ってくることを発見したときには、興奮を隠せませんでした。ウイルス研究で開発した技術が、大きな波及効果をもたらすケースもあります。私たちが開発したセンダイウイルスに任意の遺伝子を組み込む技術を応用して、国家プロジェクトの成果を基礎としているベンチャー企業のディナベック(株)が、世界が待ち望むエイズワクチンの開発を進めています。これは最近、新聞などで話題になりました。日本の若い人たちが、この分野にどんどん入ってきてほしいですね。

(取材・構成:立山 晃)



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SPOT NEWS
悪玉「ピロリ菌」の増殖を抑える糖鎖を
世界で初めて合成


胃がんや胃潰瘍(かいよう)などの病気を引き起こす原因として注目されている「ピロリ菌」。このピロリ菌は日本人の保菌率が高いことでも知られている。胃の粘膜表面に生息して悪さをするが、胃の深部の粘膜部では見つかっていない。その理由は、胃の粘膜深部に存在するある糖タンパク質の糖鎖末端部が、ピロリ菌の増殖を防ぐためとされている。ところが、この糖鎖が結合した糖タンパク質はごくわずかしか取り出せず、人工的に合成しようとしても、立体構造が複雑なため誰一人として成功していなかった。しかし、理研中央研究所の伊藤細胞制御化学研究室は、この糖鎖の合成に世界で初めて成功。この成果は、ピロリ菌を退治する新薬の開発の、新たな糸口となると期待されている。この偉業を達成した眞鍋史乃 専任研究員に詳細を聞いた。

――ピロリ菌について教えてください。
眞鍋:学名をヘリコバクター・ピロリといいます。ヘリコとは“らせん”のことです。体がらせん状によじれて、鞭毛(べんもう)を持っています。胃の粘膜表面に生息している細菌で、胃がんや胃潰瘍、十二指腸潰瘍などの原因菌として一躍注目されました。

――ピロリ菌はどうやって退治するのですか。
眞鍋:今は、主に抗生物質が使用されています。しかし、抗生物質に対してアレルギーがある人もいます。また、軟便や下痢などの副作用により、抗生物質の使用をやめて除菌を中途半端にすると、ピロリ菌が薬物耐性菌に変身するおそれがあります。

――今回の成果が新薬の開発につながる可能性があるのですね。
眞鍋:はい。ピロリ菌は胃の粘膜深部では見つかっていません。その理由は、粘膜深部に存在する糖タンパク質の糖鎖末端部分、「cis-N-アセチル-D-グルコサミン」がピロリ菌の増殖を抑制しているためといわれています。天然からはごく微量しか得られないため、もし人工的につくることができれば、ピロリ菌の抗菌剤開発や薬理作用のメカニズム研究に活用することができるのです。

――cis-N-アセチル-D-グルコサミンの合成は難しいのですか。
眞鍋:30年以上前に、糖化学の始祖とされているカナダの研究者L. U. レミューとドイツの研究者H. パールセンが開発した手法、すなわちアジド糖を用いるグリコシル化反応がありますが、原材料となる試薬に爆発性があることや合成収率が低過ぎること、さらに決定的な問題として、選択的な合成を制御することに大きな課題を残していました。

――その課題をどのように解決したのですか。
眞鍋:を見てください。左がアジド糖を用いた従来の糖誘導体で、cis(シス)の選択性がありませんでした。cisとは立体的結合の仕方で、cis結合の糖を人工的に合成するのはとても難しいのです。また、cis結合とは異なるtrans(トランス)結合のものが混じってしまうと、精製が困難になる場合が多々あります。右が私たちが開発した糖誘導体です。糖の水酸基とアミノ酸基を環状に固定する保護基を使い、cis選択性が非常に高い糖誘導体「環状カーバメート糖」を得ました。この環状カーバメート糖を出発原料に使った結果、cis-N-アセチル-D-グルコサミンの合成に効果がありました。



――結果はどうだったのですか。
眞鍋:多数の手順を踏む合成にもかかわらず、全収率の平均が20%を超えています。しかも高い立体選択性を持つ有機合成法として注目されました。従来法では安全性の面からも使いづらくなっていますが、開発した合成法を使うとけた違いに安価なものとなる可能性があります。また、合成糖鎖は、生体由来物質で毒性がほとんどないことから、医薬品開発でも有利になります。今後の課題は生理活性の効果を詳しく調べることです。そのために、企業や大学などの共同研究先を探しているところです。また、今後、環状カーバメート糖を用いて血液の抗凝固薬「ヘパリン」など生理活性を持つ糖鎖を合成することも予定しています。




本成果は米国化学会誌『Journal of Organic Chemistry』に掲載され、毎日新聞(7/14)、日刊工業新聞(7/16)、朝日新聞(7/20)などに取り上げられた。


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SPOT NEWS
遺伝情報の編集機能「スプライシング」を
阻害する物質を発見


私たちの体は、たくさんのタンパク質からできている。そのタンパク質のもととなる設計図はDNAによって書かれているが、そこにはタンパク質の合成に関係ない情報も含まれている。この不要な部分をカットし、必要な部分だけをつないで編集する機能を「スプライシング」と呼ぶ。理研中央研究所 吉田化学遺伝学研究室は東京大学などと共同で、抗がん活性物質「スプライソスタチンA」がスプライシングに必須なタンパク質複合体「SF3b」に結合すると、スプライシングを阻害することを発見。スプライシングは、単細胞生物と人類のような高等生物の“複雑さ”の違いを生み出す一因であるため、その機能を解明することで生物の進化の謎に迫ることができると期待される。この成果について、吉田稔 主任研究員、甲斐田(かいだ)大輔 協力研究員に聞いた。

――スプライシングについて教えてください。
吉田:DNAの持つ遺伝情報がタンパク質に翻訳される過程に「スプライシング」という編集機能が存在します。人類を含めた真核生物では、DNAから転写したmRNA前駆体に、タンパク質のアミノ酸配列の情報を持たない「イントロン」と呼ばれる部分が存在します。遺伝情報がタンパク質に翻訳されて細胞内で正常に機能するためには、このイントロンを取り除き、必要な部分のみを正確につなぎ合わせる作業が必要で、この反応が「スプライシング」です(図1)。細菌には存在せず、酵母から私たち人間までの生物が、このスプライシング機能を持っていますが、高等生物ではより複雑なスプライシングになるため、進化の過程に関係があると考えられています。また、最近ではイントロンはただの無駄な配列ではなく、別の働きを持っていることも分かってきました。



――どんな実験を行ったのですか。
甲斐田:私たちは、抗がん活性を持つ化合物「FR901464」が、どのようにがん細胞を殺すのかを調べていました。その過程でこの化合物の一部を改良し、より高い安定性を持った化合物「スプライソスタチンA」をつくり出しました。スプライソスタチンAを使うと、タンパク質合成に直接は関係ないはずのイントロンに由来するアミノ酸配列を持った、異常なタンパク質がつくられることを発見しました(図2)。そこで、スプライソスタチンAが結合するタンパク質を特定したところ、スプライソスタチンAはスプライシングに必要なタンパク質複合体SF3bに結合していることが分かりました。つまりSF3bはスプライシングによってイントロンを取り除くことにかかわっているのですが、スプライソスタチンAがSF3bと結合すると、その働きが抑えられてしまうのです。これまで、このような効果を持つ化合物は知られていませんでした。



――今後、この成果はどのように展開するのですか。
吉田:スプライシングは生命の進化にかかわっている大切な、しかも謎に満ちた機能です。今後、スプライソスタチンAを用いてスプライシングを詳しく調べることで、進化の過程を明らかにできるかもしれません。また、スプライソスタチンAは強い抗がん活性を持っています。ウイルスの増殖にはスプライシングが非常に深くかかわっていることから、がんやエイズなどの疾患の治療薬の開発という面でも、貴重な発見となりました。




本研究成果は英国の科学誌『Nature Chemical Biology』オンライン版(7月23日付)に掲載され、日本経済新聞(7/23)、日刊工業新聞(7/23)などに取り上げられた。


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記念史料室から

中谷宇吉郎とチャールズ・ウィルソン
霧箱を通じた交流


図1 紅花の色素を観察する和田 水

「雪の結晶」で有名な中谷(なかや)宇吉郎(1900〜1962年)と、「霧箱」の発明により1927年にノーベル物理学賞を受賞したチャールズ・ウィルソン(1869〜1959年)。2007年4月、英国でウィルソンのお孫さんから中谷ゆかりの品を受け取った。ゆかりの品は、中谷がウィルソンへあてた76年前の手紙(1931年12月)と、中谷家の家族写真(1934年11月、札幌にて撮影)の二品(写真1)。霧箱を通じた二人の交流がよみがえる。


中谷宇吉郎が理研の助手として研究に従事していたことをご存知だろうか? 中谷は1925年に東京帝國大學(現・東京大学)を卒業後、理研寺田寅彦研究室の助手となり、火花放電に関する研究を行っていた。その後、文部省在外研究員として、1928年4月から1年間、英国に留学することになる。留学先は、熱電子の研究で1928年にノーベル物理学賞を受賞したキングスカレッジのオーエン・リチャードソンの研究室である。その間、数回にわたりウィルソンを訪れては、寺田研で行っていた研究について指導を受けていた。


「霧箱」は、“電子線やアルファ線などの電気を持った放射線の飛跡を観測するための装置”というイメージが強いが、そもそもこの装置は、人工的に雲をつくるために考案された装置というところが面白い。霧箱の中にイオンをつくる目的で放射線を入れたら、放射線の飛跡が観測できることが分かり、霧箱は原子物理学、原子核・素粒子物理学の重要な装置として君臨することになる。中谷は、理研在籍時代に電気火花の形についての研究を行っており、放電時に放出される紫外光を写真に撮って放電現象の研究をしていた。留学直前には、寺田の助言もあって、紫外光を出す前の段階でのイオン化作用の様子を、霧箱で観測することを試みていた。中谷は帰国後、北海道大学の助教授となるが、山崎文男(後に理研仁科芳雄研究室を継承し、放射線研究室を主宰)と共同研究を行って、1934年に世界で初めて電気放電の霧箱写真を撮ることに成功した。この業績によって、気体の絶縁破壊の研究が飛躍的に進んだ。


帰国後も中谷はウィルソンと交流を続けている。今回、英国から持ち帰った手紙は1931年のもので、北大での講義で忙しい様子と、結婚して幸せに暮らしていることがつづられている。その後も中谷は霧箱による放電観測の成功をウィルソンに逐次報告していたようで、中谷の随筆によれば、ウィルソンが中谷らの研究成果の紹介や論文校正を助けてくれたようだ。1934年から36年の間に、中谷の論文が『Nature』と『Proceedings of The Royal Society』に合わせて3本掲載されており、1934年の家族写真は、感謝の気持ちと家族の紹介を兼ねて、中谷からウィルソンに贈られたに違いない。


さて、持ち帰った中谷ゆかりの品は、2007年5月10日に理研の和光キャンパスで中谷の次女、中谷芙二子(ふじこ)さんらの立ち会いのもと、無事に「中谷宇吉郎 雪の科学館」(石川県加賀市)の神田健三 館長の手に渡り、正式に寄贈された(写真2)。たまたま芙二子さんを茅幸二所長(理研中央研究所)のところまでお連れしたときの、茅所長の驚きを今も思い出す。お二人の父親の代から、中谷家と茅家は家族同士のお付き合いがあるとのこと。この日は、タイムマシンに乗って約70年前を旅することができた。

図2 和田 水(左から2番目)と黒田チカ(中央)。1964年、資源科学研究所で撮影。
どういう経緯で中谷ゆかりの品を持ち帰ることになったのか? 誌面の都合でその経緯は書けないが、結論から言えば「ご縁」だったとしか言いようがない。詳細は立ち話やお酒の席で。なお、ゆかりの二品は、6月21日から9月4日まで「雪の科学館」で展示された。



展示期間が延長され、2007年10月29日までとなりました。


(執筆:櫻井RI物理研究室 主任研究員 櫻井博儀)



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TOPICS
「RIKEN Honorary Fellow」をマハティール マレーシア前首相に


「ジョイントリトリート」を開催 当研究所はマレーシアの前首相、マハティール・ビン・モハマド博士に「RIKEN Honorary Fellow」の称号を授与しました。2005年11月の江崎玲於奈博士(1973年ノーベル物理学賞受賞)に続き、2人目となります。この制度は、研究所の活性化や国際性の向上のみならず、科学と社会のかかわりや科学分野以外への意識拡大などに、より大きな貢献を期待して称号を授与するものです。
 マハティール博士は1981年にマレーシア首相に就任以来、23年にわたり同国の安定と発展に尽くすとともに、科学への深い理解のもと、科学技術政策を積極的に推進してこられました。また、アジアと世界の繁栄のために政治および外交上で絶大な功績を残されています。
 7月31日、その授与式(写真)および特別講演会が和光キャンパスで開催されました。マハティール博士は「科学とアジアの将来」と題して、アジア各国がその文化的特色を生かしながら連携していくことの重要性を力説し、大勢の職員が聴講しました。


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バイオ・ミメティックコントロール研究センター、一般公開を開催


「ジョイントリトリート」を開催 バイオ・ミメティックコントロール研究センターは8月25日、「なごや・サイエンス・ひろば」事業(名古屋市主催)に共催し、研究施設を一般公開しました。歩行と直立の姿勢からバランス年齢を測定するコーナー、音に反応する小型ロボットを拍手で集めるゲーム、自分と同じ姿勢が画面内に再現される映像シミュレーションなど、子どもから大人まで楽しめる体験型展示を用いて研究内容を紹介しました。また、やわらかい人工筋肉、新聞などで話題になった人を優しく抱きかかえることができるロボット「RI-MAN(リーマン)」の動作実演なども、大変人気がありました。8月最後の土曜日を楽しむ家族を中心に700名を超える来場者がありました。


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新チームリーダー等の紹介

新しく就任したチームリーダー等を紹介します。
1. 生年月日 2. 出生地 3. 最終学歴 4. 主な職歴 5. 研究テーマ 6. 信条 7. 趣味

仁科加速器研究センター
眞鍋 敬 (まなべ けい)

中務原子核理論研究室 准主任研究員
中務 孝 (なかつかさ たかし)
1. 1967年2月17日 2. 東京都 3. 京都大学大学院理学研究科博士課程 4. チョークリバー研究所(カナダ)研究員、マンチェスター工科大学(英国)研究員、理化学研究所RIビーム科学研究室 基礎科学特別研究員、東北大学助手、筑波大学講師 5. 密度汎関数理論による計算核物理学 6. 暇がなければ暇をつくる 7. 映画、スキー、温泉

発生・再生科学総合研究センター
眞鍋 敬 (まなべ けい)

大脳皮質発生研究チーム 
チームリーダー

花嶋 かりな (はなしま かりな)
1. 1971年1月22日 2. 東京都 3. 早稲田大学大学院理工学研究科博士課程 4. ニューヨーク大学スカーボール研究所 研究員 5. 大脳皮質発生の分子機構  7. アウトドア(ダイビング、釣り、乗馬など)

知的財産戦略センター
眞鍋 敬 (まなべ けい)

VCADシステム研究プログラム 
加工応用チーム チームリーダー

山形 豊 (やまがた ゆたか)
1. 1964年5月25日 2. 神奈川県 3. 東京大学大学院工学系研究科博士課程 4. (財)神奈川科学技術アカデミー 研究員、理化学研究所 専任研究員、(株)フューエンス 取締役(兼務) 5. 超精密/微細加工技術、エレクトロスプレーデポジション法、マイクロ流体チップ 6. Eat your own dogfood.(自分のつくっているものを普段から使うようにしよう) 7. 水泳、天体観測

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原酒
もう一つの理研スピリッツ物語


寺岡伸章
TERAOKA Nobuaki
理研中国事務所準備室 室長


筆者近影 歴史は繰り返す。ただし、2度目は異なる枠組みで。

日本帝国主義は、1931年の満州事変の後、清朝最後の皇帝となる溥儀(ふぎ)を擁立して1932年に満州国を樹立したが、国際的な非難を受けて33年、国際連盟を脱退する。その2年後の1935年には、新京(現在の長春)に「大陸科学院」が設立された。大陸科学院設立には歴史的逸話が残されている。満鉄(南満州鉄道)が本渓(ほんけい)湖周辺の地下の石炭を掘削していた際、張学良(ちょうがくりょう)の領分まで掘ってしまい、それが発覚して当時の100万円もの莫大(ばくだい)な賠償金を支払うことになった。ところが、張学良が満州にいなくなったため支払う必要がなくなり、その使用方法を満州国に照会したところ、予想外の資金だから研究所でもつくろうということになったという。

当時の財団法人理化学研究所は、3代目の大河内正敏所長の強力な指導で、理化学興業株式会社のもとに企業を次々と設立していた。大河内所長はまさに時の人であった。満州国は新しい研究所の構想を大河内氏に託し、それをもとに設立されたのが大陸科学院である。大陸科学院は産業の育成発展のために、総合科学研究機関として当時の理研よりも広範な分野を志向し、採鉱、航空機、土木建築、林産、医学、畜産、獣疫、博物館などを擁していた。3代目の院長に就くのが、ビタミンB1の発見者として世界的に著名であった鈴木梅太郎主任研究員である。鈴木博士は大河内氏の説得に応じて、気候の悪い夏と冬を除いて勤務するという条件で、1937年から4年間、院長の責務を勤め上げる。鈴木氏が不幸であったのは、日本帝国主義の傀儡(かいらい)の満州国で任務を全うしなければならなかったことであろう。

終戦後、大陸科学院は中華民国そして中華人民共和国に接収される。大陸科学院の建物は変遷を経て、中国科学院長春応用化学研究所の所有へと移っていく。大陸科学院の微生物研究室は瀋陽応用生態研究所の一部となり、その機器や工場は長春精密機械研究所の一部となる。大陸科学院が整備した研究機器類は、遠く北京や上海の地にも運ばれたという人もいる。現在の中国の化学研究は比較的強い分野であり、中国科学院化学研究所、上海有機化学研究所、大連化学物理研究所、蘭州化学物理研究所など高水準の研究所を擁するようになった。中国人の研究者は、米国の化学雑誌『JACS』に毎年150報以上の論文を発表している。

大陸科学院には、1939年時点、中国人研究者4名を含む総計96名が働いていた。そのうち3名の研究者は台湾に渡り、台湾大学で有機化学を教え、後にノーベル化学賞受賞者となる李遠哲(りえんてつ)氏を育て上げる。李遠哲教授は台湾科学界の大御所として活躍するのみでなく、現在、理研の経営を評価する「アドバイザリーカウンシル」の副議長を務めている。理研のイノベーションスピリッツを築き上げた大河内氏の哲学により設立された大陸科学院がはぐくんだ中国人研究者の系譜が、理研の発展に貢献しているのだ。歴史と運命は連続している。

理研のイノベーションスピリッツは、昨今のイノベーションブームの中で復活しつつある。中国政府もまた、意味は同じ「自己創新」を国家目標として高く掲げ、科学技術強国へと歩き始めている。米国トムソンサイエンティフィック社が発表しているSCIENCE CITATION INDEXの収録論文数では2006年に日本を抜き去った。大陸科学院の本館はすでに撤去されたが、大河内氏、鈴木氏ら日本人科学者の育成しようとしたイノベーションの精神を、今度は中国人研究者の汗と努力と能力によって再生させることを、切に希望している。





理研ニュース 

10
No.316
October 2007

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発行日
平成19年10月5日
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