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研究最前線
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ナノスケールの“はんこ”を創った研究者 |
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原酒
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100兆分の1秒の光パルスで
分子の未知の振る舞いを観る
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科学を根底から支える分光学
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田原主任研究員はまず、無色透明な液体が入った三つのフラスコを取り出した。「三つともクマリンという分子が溶けています。どれもほとんど色が付いていません。ところが、光を当てると、別々の色で光ります(写真1)」
なぜ、光を当てると違う色で光るのか?「光を分子に当てると、光と分子が相互作用して、ある特定の色(波長)の光を吸収したり、散乱したり、蛍光を発したりします。実は、この三つのフラスコは、クマリン分子を溶かしている液体がそれぞれ違います。そのため、溶けているクマリン分子の状態も違うので、光と分子の相互作用の仕方が変わり、それぞれ別の色で光るのです」 光を分子に当てたときに生じる光の色を調べることで、分子の性質や状態を探る。このような分野を分光学という。「一般に“見る”というと、形を見ることをイメージしますが、分光学では光で分子の性質や状態を知ることを“観る”と言います。光と分子の相互作用を深く理解して、物質を観る新しい方法を開発し、今まで観えなかったものを観る。それが分光学です」 その分光学の知識をもとにして、宇宙のかなたの星で起きている現象を理解したり、新しい化学物質をつくったり、生命現象を理解したりすることができる。「分光学はあらゆる科学分野を根底から支えているのです」 |
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サイエンスの限界に挑む
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田原主任研究員は、10フェムト秒、つまり1秒の100兆分の1という極限的に短い時間の光パルスを駆使した独自の分光法を開発し(表紙写真)、化学反応の過程で分子が変化する様子をとらえる研究を進めてきた。化学反応が起きるとき、分子中の原子が動き、分子の形が変わる。その変化は、フェムト秒レベルの極めて短い時間に起きる出来事だ。
例えば、7-アザインドール二量体という物質に紫外光を当てると、水素結合に関係する二つの水素が移動することが約40年前から知られていた(図1)。しかし、光で起こるこの化学反応の過程は長い間、よく分からなかった。 1995年、米国のAhmed Zewail(アーメド ズベイル)博士(1999年ノーベル化学賞受賞)たちは、水素は一つずつ順番に動くと主張した。1997年、この主張に異議を唱えたのが、田原主任研究員だった。「私たちの実験データでは、二つの水素は同時に動いていると考えられました。論争になるとは思わず、気楽に論文を発表しました(笑)」。こうしてどちらが正しいのか、世界的な大論争が始まり、この10年間、なかなか決着がつかなかった。水素の移動は極めて短い時間に起こる出来事なので、どちらが正しいか、はっきりと見分けることができなかったからだ。 2007年、田原主任研究員は長年の論争に決着をつける決定的な論文を発表した。「一つずつ順番に動くなら、一方の水素だけが動いた中間状態があるはずです。私たちは10兆分の1秒ごとに撮影できるカメラによって、水素の動きを示す蛍光を連続的に撮影し、中間状態がないことを突き止めました。二つの水素は1兆分の1秒の間に同時に移動していたのです。これでこの論争に決着がついたと思います」 7-アザインドール二量体は、DNA塩基対と似た構造を持つ。この成果は、紫外線によりDNAがどのように傷付くのか、その化学的な仕組みを理解することに役立つと期待される。しかし、この論争が大きな注目を集めた理由はそれだけではない、と田原主任研究員は言う。 「多くの研究者がこの論争を面白がったのは、これがF1レースのようなものだったからだと思います。レーシングカーのように時速300キロで走ることができる車をつくっても、公道は走れません。しかし、どれだけ速い車をつくれるのか、テクノロジーの限界に挑むところにF1の意義があります。私たちの論争も、1兆分の1秒の間に起こる現象を見分けられるのか、サイエンスの限界に挑んだことが、多くの研究者を引き付けたのだと思います」 ![]() |
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化学反応をリアルタイムで追う
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「論争のポイントは、中間状態があるかどうか、という点でした。私たちはさらに進んで、分子がある状態から違う状態へ変化する過程をリアルタイムで観測する研究を行っています」
例えば、10-ヒドロキシベンゾキノリンという分子に光を当てると、酸素と結合していた水素が移動して窒素と結合する(図2)。このような化学反応の過程をリアルタイムでとらえることにより、分子中の原子の動き方には、さまざまなケースがあることが分かってきた。「例えば、光が当たった原子が、光に押された方向へそのまま動いて反応する場合も、押されたのとは違う方向へ移動して反応する場合もあるのです」 このような観測により、将来は光で化学反応をコントロールすることができるかもしれない、と田原主任研究員は夢を語る。 「次の段階では、光の当て方を変えて原子を今までとは違う方向へ押してやることで、化学反応自体を変えられるかどうかを調べていこうと考えています」
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新たな知を生み出す
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「フェムト秒の光パルスを駆使して、化学反応の過程をリアルタイムで観測できる研究室は、私たちを含めて世界に数ヶ所しかありません」と語る田原主任研究員だが、「2001年、理研中央研究所に研究の場を移した当初は、ずいぶん悩みました」と打ち明けた。
「大学などでは、異分野の研究者と話す機会はほとんどありません。ところが、理研には、自然科学のあらゆる分野のトップサイエンティストがいて、その人たちと顔を突き合わせて話をする機会がよくあります。話してみると、価値観やものの見方が違います。その中で私の研究にはどういう意味があるのかと、価値観を揺さぶられ、悩みました。そして最終的には、自分の本質に忠実であろうと考えるに至りました。つまり、F1的な研究をやること。先端的で典型的なテーマにチャレンジすることで、その背後にある一般的な現象を理解するための知を深めることです。エンジニアリングは既存の知を使って役に立つものを生み出しますが、サイエンスで重要なのは、新たな知を生み出すことです」 |
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界面の分子を観る
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「最後に、私たちの最も新しいF1的な研究を紹介しましょう」。田原主任研究員は再び、液体の入ったフラスコを取り出した。「液体と空気が接している界面、ここでは分子は何色をしているのか分かりますか? 私たちはこの界面にある分子の色だけをとらえて、その状態を知る方法を開発しました」
界面では、さまざまな化学反応が起きている。例えば、空気中を飛んでいる水滴の界面で起きている化学反応を知ることが、大気汚染などのメカニズムを解明する上で重要だ。また、生命の仕組みを解明するには、生体膜という界面の上で起きているさまざまな化学反応を知る必要がある。「ところが、界面で分子がどのような状態になっているのか、それを観るための方法の開発はとても遅れているのです」 1980年代、強い光を当てて界面の分子だけを観測する、「二次の非線形分光」と呼ばれる方法が考案された。それによって界面の分子の色を観測することが、原理的にはできる。「しかし、これまでは当てる光の色(波長)を少しずつ変えながら、スペクトル(波長ごとの強度の分布)を取る必要があり、実験に何日もかかってしまいます。そのため、この方法はあまり発展していませんでした」 田原主任研究員らは、この実験時間をわずか1分程度に短縮する方法を開発した。「さまざまな色を含む白色のフェムト秒光パルスを当てて、一度にスペクトルを取ってしまおうというアイデアです。この方法は、世界でもまだ、私たちにしかできません」 この方法によって、驚くべきことが分かった。「水と空気の界面では、分子はその構造の違いによって、油やアルコールなど、あたかも異なる液体の中にいるかのような違った色を示していることが分かったのです。そしてそれは、どうも分子の構造によって分子の傾き方や浮き上がり方が違うために起こるようだ、ということが分かりました(図3)。水と空気の界面で、そのような違いがあるなんて、今まで思ってもみなかった現象です。こんな基礎的なことが、21世紀になるまで分かっていなかったんです。とてもシンプルなことです。だからこの成果はとても自慢なんです。シンプルなことにこそ、サイエンスの最も本質的なことが示されているからです。今後は生体を含めて複雑なシステムの中で、シンプルなことを見つける実験をしていきたいですね」 ![]() |
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新しいものを観るには
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田原主任研究員は、学生のころ、良いサイエンティストになるための戦略を練ったと振り返る。
「同級生には頭のいい人がたくさんいました。ただ、彼らは難しいことを言ってあれこれ批評はするけれど、あまりチャレンジをしない。例えば2回ぐらい試して、1回成功する。私はそれほど頭がいいわけではないが、元気と体力には自信がある。彼らが2回やるうちに、10回チャレンジすれば、3回くらいは成功できるだろう。10回あれば、ばからしいと思われるようなアイデアも試すことができる。その中には、本当に新しいことがあるかもしれない。そういうやり方をしようと思ったのです」。さらに、「新しいものを観るには、基礎的な力をしっかりと身に付けた“おっちょこちょい”でなければいけない」と続ける。「ばからしいと思われるアイデアにもチャレンジする、おっちょこちょい。そういうアイデアもやってみないとどうしても我慢できないという“内圧”、好奇心が研究者には大事だと思います」■
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統計でオーダーメイド医療を実現させる
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日本の医療の弱点は統計
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「10年ほど前から医療が変わったんです。気付いていましたか」と鎌谷直之チームリーダー。同じ薬を同じ量使っても、効果がある人とない人がいたり、副作用が起きる人と起きない人がいたり、現在の医療には多くの問題があると指摘されるようになったことが、医療が変わるきっかけだった。
「これまでは、動物や試験管の実験でうまくいったらヒトにも有効だとして、医療に応用していました。それでは、うまくいくはずがありません。やはりヒトを対象にした臨床試験の結果をもとに医療をやらなければ駄目だという考え方が出てきました。キーワードはEBM(Evidence Based Medicine)。証拠に基づいた医療が行われるようになったのです」 それに伴って、薬の開発も変わった。大きな影響を与えたのが、1991年から始まった日米欧の医薬品管理当局と産業界の代表が参加するICH(International Conference on Harmonization:日米EU医薬品規制調和国際会議)だ。そこでは、新薬の品質・有効性・安全性を評価する国際的な統一基準づくりなどが話し合われてきた。 「まず、医薬品の臨床試験の実施基準(GCP:Good Clinical Practice)が合意されました」と鎌谷チームリーダー。「日本では、GCPについては、臨床試験を行う際には患者さんによく説明をしなければならないというインフォームドコンセントの部分が大きく取り上げられました。しかし実は、薬の開発の最終段階でヒトを対象にした臨床試験をある程度のサンプルサイズで行い、その有効性・安全性を客観的・統計的に評価しなければいけないという、EBMの部分の方が大きかったのです」 ICHのGCPをもとにして、すでに認可されている薬の再評価を行ったところ、驚くべき結果となった。日本の薬だけが次々と不合格になってしまったのだ。その理由を鎌谷チームリーダーはこう説明する。「日本は、化学合成や分子生物学、マウスの実験研究では優れています。でも、統計が駄目なんです」。さらに、「日本には統計ができる研究者は極めて少ない」とまで言う。「日本の大学には統計学部も統計学科もないでしょう。たとえ統計ができる人がいても、多くは数学上の統計学、数理統計学です。統計学の歴史をひもとくと、実は遺伝学から発達した学問なのですが、それもほとんど知られていません」 統計学者として有名な英国のロナルド・フィッシャーも、同時に遺伝学者だった。また、現在の統計学の基礎をつくったといわれる英国のフランシス・ゴルトンとカール・ピアソンも遺伝学者で、ゴルトンはチャールズ・ダーウィンの従兄だ。「進化も遺伝も、要は生物の“多様性”です。多様性を研究しだすと、統計学が必要になります。欧米では遺伝学と統計学が初めから結び付いていましたが、日本には別々に入ってきたために、どちらも育たなかったのです」 日本で統計学が育たない別の理由がGenetics(遺伝学)の日本語訳と教育にある、と鎌谷チームリーダーは指摘する。「Geneticsにはheredity(遺伝)の部分とvariation(多様性)の部分がありますが、日本ではGeneticsとheredityの両方に“遺伝”という日本語を当ててしまいました。そのため、遺伝学はheredityだけの学問になり、多様性は抜け落ちてしまった。その結果、日本では遺伝学の多様性の部分の研究が育たなかったのです」 また、現在の高校の学習指導要領には「遺伝」とだけある。ゆとり教育以前は「遺伝・変異」とあった。「変異という言葉は不適切で多様性とすべきですが、とにかく今は遺伝だけで、多様性は教えていません。教育の現場で遺伝と多様性が教えられるように働き掛けたいと、教科書を集めて勉強しているところです。ヒトはもともと多様なもの、区別はあるけれども差別はない、そういう社会をつくるためにも、多様性を教えることが必要です」 鎌谷チームリーダーは、なぜそういう日本の中にいながら、遺伝統計学を専門としたのだろうか。「30年も前になりますが、私は東京大学医学部を卒業したとき、これからは三つのことが大事になると考えたのです。コンピュータと統計と遺伝子です。コンピュータも統計学も遺伝学も全部独学ですよ」 今後は統計学が分かる人を育てていくべきだと鎌谷チームリーダーは指摘するが、それは医療にかかわる人に限った話ではないのだという。「DNAを調べると、がんなど病気に関連する遺伝子が必ず見つかります。リスクは誰もが持っていますし、調べるほど数が増えます。しかし、リスクは1個、2個と数を数えてはいけない。リスクは悪いことが起きる確率のことです。重さを量らなければいけないのです。リスクの重さを量るのが統計です。これからは情報がどんどん開示されていきますから、統計の知識を身に付けないと人々は膨大な数のリスクに押しつぶされてしまうでしょう」 |
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SNP研究では世界をリード
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もちろん日本にも、多様性に注目し、統計学を取り入れて大きな成果を挙げているグループがある。それが理研遺伝子多型研究センター(SRC)だ。
ヒトの遺伝情報をつかさどるDNAは、4種類の塩基のうちAとT、GとCが対になった、30億塩基対からできている。そのうち99.9%はまったく同じだが、残りの0.1%は個人ごとに違っている。この個人ごとの塩基配列の違いを「多型」と呼ぶ。多型にはいくつか種類があり、最も多いのが塩基1個だけが違っている「SNP(スニップ)(Single Nucleotide Polymorphism:一塩基多型)」である。SNPは、病気のなりやすさや薬の効き方、副作用などに関連していると考えられている。SRCでは、病気や薬の効き方や副作用と関連しているSNPを見つけ、病気のメカニズム解明や治療法の開発と同時に、“オーダーメイド医療”と呼ばれる一人ひとりに合った医療の実現を目指している。 「SNPと病気との関連を調べる研究では、日本は世界をリードしています。SRCが全ゲノムのデータをもとに心筋梗塞(こうそく)のなりやすさに関連するSNPを特定したのが2002年。その後も、関節リウマチなどに関連するSNPを特定しています。ほかの国で網膜症に関連するSNPなどが特定され始めたのが2005年。日本は世界より3年も先行しています」 そして2003年、鎌谷チームリーダーはSRCで統計解析研究チームを立ち上げた。新しく始まった文部科学省のオーダーメイド医療実現化プロジェクトで、情報解析を担当するためだ。オーダーメイド医療実現化プロジェクトは、がん、糖尿病、心筋梗塞など約47疾患を対象に、患者さん合計30万人からDNA試料を提供してもらい、解析・研究するというもの。「病気のなりやすさに関連しているSNPの解析も行いますが、薬の効き方や副作用と関連しているSNPを特定することに力点を置いています。後者の方が、いち早く臨床に応用でき、患者さんに直接役立つからです。薬を使う前に患者さんのSNPを調べ、効果があるか、副作用が起きるかどうかを予測して、薬の種類や量を決める。これがオーダーメイド医療です」 しかし、オーダーメイド医療実現化プロジェクトの情報解析は、第一人者の鎌谷チームリーダーをもってしても難しいという。「患者さん一人当たり50万ヶ所のSNPがそれぞれ4種類ある塩基のうちどの型かを調べたデータが、私たちのところに届きます。それがとんでもない人数分ある。これほどの数の情報解析は、今まで誰もやったことがありません。しかも、その結果が医療現場で使われるのですから、間違いは許されません。膨大なデータの中から、A薬の効きやすさに関係しているのはどこにあるSNPで、効くのはどの型の場合か、あるいはB薬で副作用が起きるのはどこにあるSNPがどの型の場合か、といった関係を正確に導き出すことができる“アルゴリズム”の構築が、私たちの役目です(図1)」 アルゴリズムとは、判断論理のこと。難しい数式で書かれていることが多く、「私も、人が書いたものは分かりません」と鎌谷チームリーダーは笑う。「ほかの人に分からなくてもいいんです。正しい結果を導き出せれば。一つのSNPでは薬の効き方や副作用の起き方に与える効果はとても小さく、複数のSNPが関連していることもあります。一つずつでは効果が小さいSNPでも関連を見つけることができるアルゴリズムをつくること、私たちは今、それに挑戦しているのです(図2)」
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オーダーメイド医療は始まっている
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オーダーメイド医療を実現するには何が必要か。「遺伝情報を扱うわけですから、悪用されるのではないかと不安を感じている人もいます。単に青写真を見せるのではなく、オーダーメイド医療がいかに役に立つか、実際の例を示していくことが必要です。私が所長を務める東京女子医科大学膠原(こうげん)病リウマチ痛風センターは、疾患は限られているのですが、そのよい例になるでしょう」
関節リウマチにはよく使われる2種類の薬がある。しかし、人によって効き方に差があり、重い副作用を起こすこともある。そこで、薬の効き方や副作用との関連がすでに明らかになっているSNPについて患者さんの型を事前に調べ、副作用がなく治療効果が高い薬の種類と量を決めている。「遺伝子を使って薬の投与方法を変える例は散発的にはありましたが、システマチックに実施したのは世界で私たちが初めてでしょう。2004年から始め、約300人に実施しました。その中で重い副作用は一人も出ていません」 オーダーメイド医療への期待が高まる。しかし、ここでも統計学がネックとなると、鎌谷チームリーダーは指摘する。「副作用の確率は、0%か100%かではなく、A薬では30%、B薬では50%というように出る。その結果を客観的に評価するには、統計の知識が必要になります。ほとんどの病院では、それができる人がいないでしょう。繰り返しになりますが、皆さんにはもっと統計学を勉強していただきたいのです」 統計というと数学をイメージし、尻込みしてしまう人もいるかもしれない。しかし、鎌谷チームリーダーは笑って言う。「皆さんは気付いていないようですが、いつも統計を使っているんですよ。ほら、ホームページの検索サイトのGoogle。Googleは、検索語を含むページを膨大な中から抽出し、順位付けをして一瞬で表示します。あれは、複雑なアルゴリズムを使った統計なんです。少しは統計を身近に感じてもらえましたか?」■
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世界初の強力な人工リンパ節を開発
免疫力の低下したマウスが、免疫能力を大幅に回復 |
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――リンパ節とはどんなものですか。
渡邊:免疫器官の一つで、全身のリンパ節はリンパ管でつながっています。体に入った異物(抗原)を食い止める関所といってもよいでしょう。全身の血管系ともつながっており、免疫細胞が流入してきます。ヒトでは卵形をした5〜10mm程度の大きさで、全身に分布しており、その構造は、支持・骨格の部分、リンパ液が流れるリンパ洞、免疫細胞のB細胞が集まる「濾胞(ろほう)」やT細胞が集まる領域などからできています。高度に組織化した3次元構造を取り、免疫反応に応じて細胞組織も変化します。 |
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――人工リンパ節はどうやってつくるのですか。
渡邊:生体適合材料であるスポンジ状の「コラーゲン」に、リンパ節の構築を促す機能を持つと考えられる「ストローマ細胞」と、侵入した抗原の情報をB細胞やT細胞に伝える「樹状細胞」とを染み込ませたものを、正常マウスの腎臓の皮膜下に2〜3週間埋め込むと、人工リンパ節が形成されます。自然リンパ節と非常によく似た3次元構造になっています。 |
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――人工リンパ節の免疫機能について教えてください。
渡邊:人工リンパ節を正常マウスに移植した後、静脈に抗原を注射すると、自然リンパ節と同様に抗原特異的な二次免疫反応によって、強力な免疫グロブリンG(IgG)クラスの抗体が産生されることを確認しました。その産生量は、正常マウスでは、10万種類以上の抗原に対応するすべての抗体を合わせても血液1ml中で1000μgですが、人工リンパ節を移植したマウスでは、1種類の抗原に対する1種類の抗体の量が500〜800μgという高濃度に達しました。 |
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――重度な免疫不全症のマウスに移植した結果は。
渡邊:重症複合型免疫不全(SCID)のマウスは、免疫反応を引き起こすB細胞とT細胞がなく、血中にも抗体がほとんどないため、正常なマウスでは病気にならないような病原体に感染して死んでしまいます。人工リンパ節をSCIDマウスに移植したところ、正常マウスに移植した場合の10〜100倍もIgG抗体が産生されることが分かりました。また、人工リンパ節は免疫機能の低い個体の中の方が、正常な個体の中よりも強い免疫反応を誘導でき、この免疫機能が30日以上もの長期間にわたり維持されることも分かりました。さらに、免疫記憶細胞が人工リンパ節では濃縮されており、2度目に同じ抗原に出合った際に起こる二次免疫反応が、より強力かつ速やかに誘導されることが示唆されました。 |
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――今後の可能性について教えてください。
渡邊:免疫不全症、重症の感染症、エイズなどの難治性感染症やがんの免疫療法などに利用できる可能性があります(図)。今後、免疫系がヒトに似ているヒト化マウスなどを使って、ヒトに使える人工リンパ節とリンパ組織の構築の研究を進めていきます。また、人工リンパ節によって免疫反応を3次元的に解析することが可能になり、複雑な免疫の仕組みをさらに詳細に解明することによって、免疫不全症の治療などの研究が前進すると思います。■ |
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※本成果は、米国の科学雑誌『The Journal of Clinical Investigation』4月号(オンライン版3月15日)に掲載され、毎日新聞(3/16)、日本経済新聞(3/16)、NHK総合テレビニュースなどに取り上げられた。 |
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人工飼育でヌタウナギの胚の発生に成功
進化発生の不明な生物が脊椎動物の仲間入り |
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――ヌタウナギはどんなところで捕れるのですか。
太田:今回用いた種は、水深200メートル程度の日本の近海で、漁師さんの網やかごに掛かります。ただ、せっかく捕った魚にそのヌメリによる被害をもたらすので、日本ではあまり喜ばれていません。韓国では食用され、韓国、中国などでは皮をなめして工芸品として売られています。日本からヌタウナギを輸出しているほどです。 |
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――意外ですね。
倉谷:私たちが食べているウナギとはまったく違う生き物で、あごすら持たない奇妙な動物です。古くから動物学者の間で、このヌタウナギを発生学上、どのように扱うかが論議され続けていました。18世紀には原始的な外見から脊椎動物と見なされていませんでした。19世紀中ごろから脊椎動物との関係が認識され始め、世界の海域で調査されるようになりました。発生研究に関しては、1899年に米国のB. ディーンが詳細な発生過程を報告して以来、100年以上進展がないままでした。 |
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――なぜですか。
倉谷:その大きな理由は、ヌタウナギの仲間のほとんどが深海性で、生理や生態についての研究を十分に行うことができなかったことと、発生学の研究に欠かせない卵の入手が困難だったことが挙げられます。 |
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――飼育ができず、詳しい観察も不可能だったのですか。
太田:その問題を解決したのが、今回の成果といえます。受精卵を確保するために、島根県沖の海域で地元の漁師さんとともに成体のヌタウナギを50尾前後捕獲し、専用の水槽で飼育して数十個の卵を得ました。そのうち7個が受精卵でした。人工飼育下で卵を得るところまではこれまでしばしば行われていましたが、今回のようにそれが発生したのは初めてです。受精卵は成長して胚となり、6個を組織観察と遺伝子発現解析に使い、残り1個を遺伝子解析用の標識遺伝子を採るために使いました。 |
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――その結果、何が分かったのですか。倉谷:脊椎動物の特徴を表す細胞の一つに、神経堤細胞があります。今回、私たちは、この細胞がヌタウナギに存在していることを発見しました(図2)。ヌタウナギはヒトと同じような発生のプログラムを持っていることになり、脊椎動物の体をつくり出す基本的な仕組みが、5億年前までさかのぼれることが分かりました。また、受精卵が目で見て分かる大きさの胚になるのに約4ヶ月かかり、これまで考えられていたよりもかなり発生速度が遅いことが分かりました。このことが、これまで研究者が失敗し続けた要因になっているのかもしれません。 |
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――発生学の研究にどんな革新をもたらしますか。
倉谷:ヌタウナギの産卵・受精が水槽内で可能になり、胚発生の研究が格段に進むと思います。生命現象を進化的文脈に沿って正しく理解できるような知見が得られると期待しています。今回、神経堤細胞の脊椎動物における進化的起源に大きなヒントが得られたように、今後さらに脳下垂体や甲状腺など、脊椎動物の重要な組織や器官の進化的起源を知ることも可能になると考えています。■ |
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※本成果は、英国の科学雑誌『Nature』(3月18日号)に掲載され、毎日新聞(3/20)、朝日新聞(3/23夕刊)などに取り上げられた。 |
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ナノスケールの“はんこ”を創った研究者
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週に3〜4回、朝6時半にテニスコートに立つ沖仲研究員。「小学生のころは野球、中高はサッカー、大学はテニス。運動ばかりしていました」。しかし、高校2年のときには、米国・ワシントン州で1年間の留学経験を持つ。「すべてが新鮮で、友達もたくさんできて楽しかったですね」。そして、高校3年の夏休み、「文部省(当時)のプログラムで、米国・イリノイ州のアルゴンヌ国立研究所に約2週間派遣してもらったんです。超伝導を学びながら基礎的な実験をして、“面白い”と感じましたね」
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1994年、大阪府立大学へ進学。「エンジンへの応用を目指した高耐熱性セラミックス材料の研究をしていました。ただ、そのときも研究よりテニスばかりという生活でした(笑)」。その後、奈良先端科学技術大学院大学へ。「修士課程のときに指導教官の布下(ぬのした)正宏先生の勧めで、博士課程に進みました。その後、就職を考えたときも先生に理研の青柳克信(よしのぶ)先生(研究技術開発・支援チームリーダー)を紹介していただき、研究者になりました。研究者になったのは、人とのつながりが大きかったですね」
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2003年、理研に入所し、ナノインプリントの研究を開始。「最初は非線形光学有機フォトニック結晶の開発をしていましたが、長期的な耐久性に問題があり、2005年からガラスを対象にした研究も並行して行うようになりました」。ガラスパターニングのきっかけは?「日本ペイント(株)からポリシランを紹介されたんです。“これはガラスのナノインプリントに使える”とひらめき、日本ペイントと共同研究がスタートしました」。普通、ガラスに直接微細構造を転写しようとすると500〜600℃という高温が必要な上、時間もかかり、装置にも負担がかかる。「ポリシランを使うと80℃以下でパターニングできるんです。図が開発したナノインプリントの工程。図の(2)で金型を“はんこ”のようにポリシランに押し付け微細構造を転写し、(3)の紫外線照射で固め、最終的に(6)の熱処理で、ポリシランがガラスになります。紫外線照射の方法がポイントですね」。苦労した点は?「それぞれの工程で時間や温度など、いろいろな条件があるんです。最適条件を見つけるのに時間がかかりました。また、実はポリシラン単体だけでなく、ほかにもいくつかの材料をブレンドしてあり、材料の組成と配合率も工夫しています」
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今後は?「いくつかの企業から注目されているので、この成果が身の回りの何かに使われるといいですね。特許も出したので、お金持ちになれたらいいなぁと(笑)」。最後に10年後は何をしているか尋ねたところ、「僕はスポーツとか趣味のピアノの時間も大事にする人間。研究だけでなく、ほかも充実させたいです」。研究はあくまでも人生の一部、研究も含めてトータルで充実させてこそ人生は楽しい、と言い切る沖仲研究員、今後が楽しみだ。■
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「第1回理研男女共同参画推進大賞」授賞式を開催
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理研は2006年6月に男女共同参画推進委員会を設け、男女共同参画の推進に積極的に取り組んでいます。「個別支援コーディネート」の実施の試みや、『男女共同参画だより』の定期的な発行に加え、今回、「第1回理研男女共同参画推進大賞」を選出し、3月30日に授賞式を行いました。大賞に選ばれたのは、2003年度に託児所の設立を実現させた、研究員会議の歴代幹事会のメンバーです。受賞メンバーは、2000年度から理研和光キャンパス内の託児所「りけんキッズわこう」の設立に向けて研究所に働き掛け、粘り強い交渉を続けるとともに、公的機関での実施例の調査や運営業者との交渉までも行うなど、一連の取り組みが評価されました。この賞を設けたことで「“男女共同参画とは?”を考えるきっかけになった」などの意見も聞かれ、職員の意識向上にも貢献しました。 平成18年度研究員会議幹事会代表幹事 松尾一郎 専任研究員(中央研究所 伊藤細胞制御化学研究室) 今回の受賞は歴代の幹事の方々が頑張ってこられた結果で、幹事会の力が形になった一つの象徴だと思います。理研にはさまざまな雇用形態があり、キャリアに対する考え方自体も十人十色で大変な開きがあります。従って、理研のスタイルに合った「理研男女共同参画」を進めなくてはならないと思います。幹事会としては、一人一人が男女共同参画を実感できるような研究体制を提案していけたらと考えています。 |
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新グループディレクター等の紹介
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仁科加速器研究センター
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岩木正哉さんを偲ぶ
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2007年1月30日、あれほど元気で活躍された岩木さんが、闘病の末、亡くなられた。深く哀悼の意を表します。“イオン注入技術で材料表層の改質を行う”。そんな発想を持った岩木さんとの結び付きができたのは、1977年ごろ、故吉田清太、難波進、玉虫伶太の主任研究員の方々の、新分野への期待によるものであった。当時はイオン注入が半導体への不純物ドーピングに使用された草創期であり、それが今日の半導体産業の基幹技術となったことには目を見張る。しかし、広範な材料の特性改善にイオン注入の可能性を探ろうという発想は、さらに斬新なものであった。 その後、岩木さんを中心にした自由なグループは、企業や大学からの参加者も含め発展した。表層改質の対象となる材料として、鉄を起点として、各種金属、炭素材料、さらにセラミックスやプラスチックへと進み、今日の鈴木嘉昭 先任研究員を中心とする人工臓器材料の開発に至り、人の医療に資するものとなった。 当時、私は基礎電気化学の研究に携わり、鉄材料の電極特性を調べれば“鉄表層へのイオン注入効果が見えるはずだ”、そんな思いで岩木チームに参加した。鉄へのチタン注入や炭素注入などで、不思議なアノード溶解抑制効果(防食効果)や耐摩耗性の改善効果を見いだした。当時の常識を超える多量注入によって、どんな化合物が生成するのかが問題視されたが、岩木チームは世界をリードするデータを積み重ねた。炭素材(ダイヤモンドやグラファイト)へのイオン注入によって共通した特異なアモルファス炭素を生成することは、振り返れば大発見であった。論文などでその重要性を十分に主張できなかった点は、残念な記憶である。現在のダイヤモンドライクカーボン技術の隆盛の基礎を岩木さんが生み出していたことになる。 イオン工学の岩木と、電気化学の私のような異分野の研究者が、組織ではなく興味で結び付くことのできた理研の風土に感謝している。それにつけても、基礎から応用、物理から化学までの広い視野、産業界との利害を超えた付き合いに長(た)け、「役に立つ研究」という哲学を持った岩木さんを失ったことは悲しい。 |
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岩木さんとの最初の出会いは、今から約20年前である。Tシャツに短パン、頭に手ぬぐいを巻いていた。とても先生と呼べる格好ではなかった。それ以来「岩木さん」と呼んでいた。若いころの岩木さんもとても面倒見の良い人で、多くの若手研究者を育てた。私は英語論文の書き方を教わり、数々の国際会議へも発表させていただいた。外国に行っても、岩木さんはなぜか必ず日本料理屋を探し出して、週に何回かは日本料理を食べていた。岩木さんは時々、多くの人間がいると鎧(よろい)を着て戦うことがある。大げんかもしたが、二人で話をすると人間味あふれるとても優しい人であった。特に初対面の人と会うとき、相手をすぐ緊張感から解き放たせ、会話に豊かさを加えた。研究以外でも、岩木さんからは人生の技を学んだ。発病前は、岩木さんはセンター長という職で多忙を極めていたので、岩木さんが定年後、ゆっくりといろいろなことを教わろうと思っていた。今はかなわぬ夢となってしまった。 ■ |
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