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研究最前線

独自の手法と技で構造解析の難問に挑む


樹状細胞から見えてきた免疫の仕組み

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原酒



独自の手法と技で構造解析の難問に挑む


越野広雪 
KOSHINO Hiroyuki 
中央研究所 先端技術開発支援センター
物質構造解析チーム チームリーダー

橋爪大輔 HASHIZUME Daisuke 
中央研究所 先端技術開発支援センター
物質構造解析チーム 先任研究員



写真1 越野チームリーダー(左)と橋爪 先任研究員新しい薬や材料の開発を目指して、膨大な数の化合物が発見され、つくり出されている。ただし、化合物の分子構造が分からなければ、機能を詳しく調べたり構造を改変したりして、新しい機能を持つ薬や材料を生み出す研究が先に進まない。分子構造と機能は密接に結び付いているからだ。しかし、分子構造が突き止めにくい化合物もたくさんある。その中でも特に解析が難しい化合物が日本中から送られてくる研究室が理研にある。物質構造解析チームだ。解析チームは構造解析の難問に挑むとともに、新しい解析手法の開発や化学反応の解明を目指した研究を進めている。

コメント01

NMRで分子構造のパズルを解く
 「NMR(核磁気共鳴)による構造解析は、パズルを解くことに似ています」。NMRを駆使して、薬などの候補となる複雑な天然有機化合物の構造解析を進める越野広雪チームリーダーはそう語る。
 「ジグソーパズルでは、ある一つのピースを間違った場所に置くと、ほかのピースもうまく当てはめられなくなって、先に進めないことがありますよね。NMRでも同じようなことがあるんです」
 NMRとは、どのような構造解析法なのか。
 化合物の分子量と原子の組成は、質量分析法によって分かる。化合物の単結晶をつくることができれば、X線回折法によって分子構造を突き止めることができるが、有機化合物などには結晶にならないものも多い。その場合の代表的な構造解析法がNMRによるものだ。
 すべての原子核が磁性を示すわけではないが、水素や炭素(13C)の原子核など、“小さな磁石”と見なすことができるものがある。NMRでは、磁場の中に分子を置き、ある周波数の電波(ラジオ波)を与える。すると、分子中で水素や炭素原子が置かれた状況によって、その“小さな磁石”が特定の異なる周波数でエネルギーを吸収する。それが“化学シフト”と呼ばれるデータに表れる。化学シフトは電子密度によって大きく変化し、水素や炭素原子がほかの原子とどのような化学結合をしているのか、近くにある別の原子とどのくらいの距離と角度で配置しているのかが反映されている。分子中に含まれる水素や炭素原子一つひとつが出す化学シフトを解析し、原子の結合関係を調べて部分構造を導き出し、さらに部分構造をつなげて、分子全体の構造を導き出していくのだ(表紙:水素と炭素の結合関係を示すデータ)。
 「ですから、パズルのように、一つの化学シフトがどの原子からの信号かを取り違えると、つまずいてしまうことがよくあるのです。その間違いを正しく考え直すと、ほかの部分の構造も一気に解けることがあります」


立体構造を考慮した予測システム
図1 鏡像異性体 構造解析の手法の進歩により、比較的簡単に分子構造が突き止められるケースが増えてきた。しかし、構造解析が難しいケースもいまだにたくさんある。構造解析が難しい理由の一つに、分子の立体構造の多様さがある。特に有機化合物には、原子の種類や数が同じでも、原子の立体的なつながり方や配置が違うため、異なる性質を示す“異性体”がたくさん存在する。
 例えば、右手と左手は鏡に映した関係にあり、一見形は同じだが互いを重ね合わせることができない。このような関係にあるものを“鏡像異性体”と呼ぶ(図1)。左手系と右手系の分子では、性質が大きく異なる場合がある。そのために起きた不幸な事件が、サリドマイドの悲劇である。1960年代に鎮静剤・睡眠薬として使われたサリドマイドが、胎児に奇形をもたらした。サリドマイドの右手系の分子には薬効があるが、左手系には副作用があったのだ。理研の野依良治 理事長は、左手系と右手系の有機化合物をつくり分ける触媒を開発したことにより、2001年のノーベル化学賞を受賞した。新しい薬や材料をつくるとき、異性体のような立体構造の違いを考慮して開発を進めることが、とても重要なのだ。
  「残念ながら鏡像異性体はそのままではNMRで左右を区別することはできませんが、ほかの分子と結合させて比較するなどのテクニックで区別できます。私たちは、立体構造の違いが異性体の化学シフトにどのように反映されるのかを、数多くの経験によって知っています。ですから構造解析の相談を受けたとき、“あなたの推定したこの部分の構造と化学シフトが一致しないのではないですか”などと指摘することができるのです」
 越野チームリーダーたちは、その豊富な知識をデータベースに蓄積して、推定した構造から化学シフトを予測し、構造解析を支援するシステムを国立情報学研究所と共同で開発した。化学シフトの予測システムはすでに市販されているが、異性体のような立体構造の違いまでは、考慮されていない。
 越野チームリーダーたちは、有機化合物の基本構造を取り出し、原子同士がどのような角度で配置しているかを情報化することにより、異性体のような立体構造の違いをコンピュータ上にうまく表現できる表記法CAST(キャスト)Canonical representation of Stereochemistry)法を開発した。
  「このCAST法で表記した部分構造と化学シフトをデータベースに蓄積し、それと研究者がNMRを使って推定した構造とを照合することで、異性体などの立体構造の違いも考慮に入れて化学シフトを予測することができるようになりました。それが、このシステムの最大の特長です」
 このシステムにより、すでに発表された分子構造の間違いを訂正することもできる(図2)。「データベースに新しいデータを入れるとき、そのデータが正しいものかどうかを評価することが重要です。私たちのシステムでは、新しいデータと蓄積されているデータに矛盾がある場合、どちらかが間違っているのではないかと指摘してくれるのです」
 「しかし」と越野チームリーダーは続ける。「データベースに基づく予測は、似た構造を持つデータが蓄積されている場合に限って可能です。研究者たちは、新しい構造の化合物をどんどんつくり出しています。まったく新しい構造を持つ化合物の化学シフトを予測することはできません」

図2 開発したシステムによる構造訂正の例

構造解析には、ひらめきも重要
 新しい構造を持つ化合物の構造解析には、やはり人間の深い洞察力が必要なのだ。また一方で越野チームリーダーは、構造解析にはひらめきも重要なことを示す面白いエピソードを語ってくれた。
 「ある大学の先生から、微生物から取り出した有機化合物の構造解析を頼まれました。ちょうど同じころ、理研のある研究室からも、微生物由来の有機化合物の解析を依頼されました。どちらも構造解析が難航していたので、私のところに持ち込まれたのです。当然、別々に解析を進めていました。しかし一方のNMR測定を低温で行いシグナルがきれいに見えてきたとき、“この二つの化合物の構造は似ているのかもしれない”とひらめいたのです。そこで一方の化合物のNMRデータと、他方の化合物の質量分析のデータを組み合わせて、構造を推定してみました。普通に考えると、とてもナンセンスなことです。しかし、その推定した構造に合わせてデータを取り直してみると、二つの化合物はまったく同じものであることが分かりました。化合物を溶かす溶媒によってNMRデータのパターンが大きく異なる極めてまれなケースだったため、当初、同じ物質だと気付かなかった珍しい例です」
 越野チームリーダーは、「私には、NMRのデータの中でも、好きなタイプと嫌いなタイプがあります。ほかの人が見たらまったく分からないでしょうが……」と笑う。「適度に解析の難しいNMRデータは、パズルを解くように楽しみながら構造解析ができます」


炭素の“5本の手”を見る
 「私はパズルを解くのは苦手。一気に答えを見たいんです」と語るのは、X線回折で構造解析を進める橋爪大輔 先任研究員である。単結晶ができなければNMR、単結晶ができればX線回折という流れが、構造解析の主流だ。「X線回折では、結晶を装置にセットして30秒で測定、1時間で詳細な立体構造を導き出せることもあります」
 X線回折法は、X線を試料の単結晶に当て、その中の電子によって散乱したX線の計測データをコンピュータで変換して、分子の詳細な立体構造を導き出す。「私は立体構造のさらに細かいところ、X線で化学結合を見る研究を行っています。化学結合とは、原子や分子同士の電子のやりとりです。X線で化学結合をつかさどる電子を見ようとしているのです」
 橋爪先任研究員は、X線回折により、今まで誰も見たことのない炭素の“5本の手”を見ることに成功した(図3)。4個の原子と結合することができる炭素は、“4本の手を持つ”と表現される。
 「ただしある分子中では、炭素は5個の原子と結合します。なぜ、炭素が5本の手を出すのか。それをX線で見たのです。炭素の5本の手のうち3本は普通の共有結合でしたが、残りの2本は、電子が多い領域から炭素の電子が少ない領域へ、電子が受け渡されることによる弱い結合でした。X線では強い結合は見やすいのですが、弱い結合はなかなか見ることができません。炭素の5本の手が見えたときには、うれしかったですね。X線で、このような弱い化学結合を明確に見ることができるのは、日本ではたぶん、私一人だけ。世界でもごく少数です」
 炭素の5本の手は、理研播磨研究所にある世界最高輝度を誇る大型放射光施設SPring-8が放つX線を駆使して計測された。「しかしSPring-8で同じ結晶を使っても、うまく計測できる人とできない人がいます。化合物の種類や見たい構造に合わせて、X線のどの波長を選ぶか、どのような手順でデータを取るかで、計測の成否が決まるのです」
 播磨研究所では、SPring-8より10億倍も強いX線を放つX線自由電子レーザーの開発を、2010年の完成を目指して進めている。「X線自由電子レーザーを使えば、化学反応が進むときに電子の状態がどのように変わっていくのかを、アニメーションのように見ることができるはずです。私はその計測の準備を始めています。そのような計測により化学反応に対する理解をいっそう深めることができます。その知識は、画期的な機能を持つ薬や材料の開発にも大いに役立つはずです」
 「パズルのような謎解きが好きだ」とNMRで構造解析の難問に挑む越野チームリーダーと、「一気に答えを見たい」とX線回折法の最先端を切り開く橋爪先任研究員。個性も手法も異なるプロフェッショナルたちが、日本の研究力を根底から支えている。
(取材・執筆:立山 晃)

図3 炭素の“5本の手”








関連情報:


特許第3918920号「NMR測定方法」







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樹状細胞から見えてきた免疫の仕組み


改正恒康 
KAISHO Tsuneyasu 
免疫・アレルギー科学総合研究センター
生体防御研究チーム
チームリーダー



改正恒康 KAISHO Tsuneyasu外から病原体が体内に侵入してくると、生物は免疫機構を発動して病原体を排除する。改正恒康(かいしょうつねやす)チームリーダーが率いる生体防御研究チームでは、樹状細胞という細胞に注目し、免疫機構の解明を目指している。そして、免疫機構において重要な働きをするインターフェロンの産生に必須な役割を果たしている物質を特定することに成功した。この成果は、免疫機構が自分を攻撃してしまう自己免疫疾患や、患者数が急増しているアレルギー疾患の治療にもつながると期待されている。病原体から体を守る巧妙な仕組みを紹介しよう。

コメント02

自然免疫と獲得免疫をつなぐ
 私たちのまわりにはさまざまなウイルスや細菌などが存在し、そのうちあるものは病原体として体内に侵入してくる。しかし、生物は侵入してきた病原体を排除し、自らを防御するシステムを持っている。それが“免疫”だ。
 免疫システムの概要を、改正恒康チームリーダーはこう説明する。「私たちほ乳類は、外から侵入してきた病原体に対して、生まれながらに備わっている“自然免疫”をまず働かせて排除しようとします。さらに、一度感染した病原体に対して特異的に働く“獲得免疫”を作動させて、徹底的にやっつけるのです(図1)」
 免疫研究の対象は長い間、獲得免疫が主役だった。「100億を超えるといわれる多種多様な病原体に対して、獲得免疫で働くB細胞とT細胞がどのように対応しているのか、誰もがそのメカニズムを知りたいと、盛んに研究をしていました。B細胞とT細胞の表面にあって病原体を認識する受容体はいくつかのパーツからなり、パーツが組み替わることでレパートリーを増やしていることを明らかにしたのが、利根川進先生です。その機構は“遺伝子の再構成”と呼ばれています。1970年代から1990年代まで、免疫学においては獲得免疫の研究が脚光を浴びていました」。利根川博士は、1987年にノーベル医学・生理学賞を受賞し、現在、RIKEN-MIT脳科学研究センター長を務めている。
 一方の自然免疫については、1990年代に入ってもまだマクロファージや樹状細胞が病原体を認識する仕組みが分からず、研究が進んでいなかった。その状況が変わったのは、1990年代の後半だ。「Toll様(トルよう)受容体(Toll-Like Receptor:TLR)が発見され、それが病原体を認識していることが分かったのです。免疫反応の開始点である受容体が発見されたことで、自然免疫についての研究がようやく盛んになってきました。これまでに、マウスでは12種類、ヒトでは10種類のToll様受容体が見つかっています」
 しかし、ここで疑問が出てくる。Toll様受容体は十数種類。これでは、自然界にあると考えられている100億種類の病原体を特異的に認識することはとうていできないのではないか。獲得免疫のB細胞やT細胞は遺伝子の再構成によって1000兆種類ものレパートリーを生み出せるが、自然免疫はその仕組みを持たない。自然免疫はどのようにして、多様な病原体に立ち向かうのだろうか。
 「受容体の種類が十数個というのは、やはり少ないと感じますよね」と改正チームリーダー。「Toll様受容体は、私たちの体にはないが、どの病原体にもある程度共通に存在し、しかも病原体の生存に不可欠な成分を認識することで、限られたレパートリーで多様な病原体に対応しているのです」。自然免疫は狙い撃ちはしないが、さまざまな病原体に対応できる。そこで防ぎ切れなかった病原体を狙い撃ちするのが獲得免疫だ。自然免疫と獲得免疫が連係してこそ、病原体を確実に排除することができるのだ。
 「自然免疫と獲得免疫をつなぐ重要な役割をしているのが樹状細胞です。樹状細胞は、木の枝のように突起を四方八方に伸ばした形をしていることから名付けられた細胞で、いくつかのタイプがあります。樹状細胞は、Toll様受容体によって病原体を認識し、いろんな種類のサイトカインという物質をつくります。このサイトカインは、病原体を排除するように働いたりすると同時に、獲得免疫を活性化させるのです。同じToll様受容体でも、それが発現する樹状細胞のタイプによって違う情報が伝わり、異なる免疫反応が起きます。この樹状細胞のタイプの違いが、免疫研究の中でとてもホットな分野になっているのです。私たちは、樹状細胞がどのように獲得免疫に信号を伝えるのか、そのために働くサイトカインはどのようなメカニズムでつくられているのかを明らかにしたいと考えています」


図1 自然免疫と獲得免疫をつなぐ樹状細胞の機能

インターフェロン産生機構の一端を解明
 樹状細胞の中でも一番の変わり種は、形質細胞様樹状細胞だ。
 「形質細胞様樹状細胞は以前から形態学的には知られていましたが、その機能は未解明のままでした。それが数年前、ウイルスに感染するとインターフェロンを大量につくり出すことが、分かったのです。インターフェロンはサイトカインの一種で、高い抗ウイルス作用を持ちます。インターフェロンの産生は、形質細胞様樹状細胞に特徴的な機能です。そこで、形質細胞様樹状細胞におけるインターフェロンの産生機構を明らかにしようと研究を進めてきました」
 形質細胞様樹状細胞には2種類のToll様受容体、TLR7とTLR9がある(図2)。それらは、細胞表面ではなくエンドソームという細胞内小器官の表面にあり、どちらもウイルス由来の核酸成分、すなわちTLR7は一本鎖RNA、TLR9はDNAの断片であるCpG DNAと結合する。
 TLR7とTLR9に核酸成分が結合すると、いくつもの物質を介して情報が伝達され、インターフェロンが産生される。インターフェロンの産生には、IRF7という物質が必須であることも分かっていた。しかし、IRF7は特定のDNA配列に結合して遺伝子の発現を調節する物質なので、それが働くには何かによってリン酸化され、DNAがある核の中に入っていく必要がある。しかし、その鍵を握る物質が分からずにいた。
 改正チームリーダーが注目したのが、IKKα(アイケイケイアルファ)(IκB Kinase(アイカッパビーキナーゼ) α)という物質だ。「IKKファミリーは4種類あり、そのうち3種類は自然免疫で働くことが知られていました。でもIKKαだけは、機能が未解明のままでした。もしかしたら……と考えたのです」と振り返る。その予測は的中した。IKKαはIRF7をリン酸化し、インターフェロンの産生に非常に重要な役割を果たしていることが明らかになった。
 「この成果を発表してから、講演依頼が増えましたし、製薬会社からの問い合わせもありますね」と改正チームリーダーは言う。今回の発見は、インターフェロンの産生機構を解明したというだけでなく、大きな可能性をはらんでいるのだ。


図2 形質細胞様樹状細胞におけるインターフェロンの産生機構

自己免疫疾患の治療へ期待
 Toll様受容体は私たちの体にはない成分を認識すると言ったが、実は例外もある。例えば、一本鎖RNAやCpG DNAは健康な人の体内にもある。しかしその量は、病原体の核酸に比べて自分自身のものはずっと少なく、しかも普通はすぐに分解されてしまうので問題ない。しかし、自分自身の核酸に対する抗体ができて、抗体と結合した状態になると分解されにくくなり、長く血液中にとどまるようになる。この状況では、核酸を介したToll様受容体が刺激されて、困ったこと、つまり、免疫システムが自分自身を攻撃してしまう自己免疫疾患を引き起こすのだ。
 「私たちの成果は、自己免疫疾患の治療につなげることができると期待されています。自己免疫疾患の患者さんでは、インターフェロンが非常に増えていることが分かっています。IKKαの働きを阻害することで、インターフェロンの産生を抑えることができるかもしれません」
 TLR7とTLR9を介した情報伝達は、インターフェロンだけでなく、病原体を排除する炎症性のサイトカインの産生にもかかわっている。できることなら、炎症性サイトカインの産生はそのままに、インターフェロンの産生だけを抑えたい。「IKKαはインターフェロンの産生に優位にかかわっていますから、ターゲットとして理想的です。これらの研究はマウスを使って行っていますが、ヒトでも共通の機構があると考えています。ヒトの細胞を対象にした研究も、大学などと共同で進めているところです」
 さらに改正チームリーダーは、「アレルギーの治療に応用できる可能性もあります」と言う。樹状細胞が産生するインターフェロンは、T細胞の分化にもかかわっている。T細胞は2種類に分化し、それぞれ異なった働きをする。細菌やウイルスを攻撃する1型ヘルパーT細胞(Th1)と、アレルギーを引き起こす2型ヘルパーT細胞(Th2)だ(図1)。特に形質細胞様樹状細胞で産生されたインターフェロンは、T細胞をTh1に分化させる作用を持つ。「IKKαの働きを強めてインターフェロンの産生を多くし、Th1を増やすことができれば、アレルギーを治療できる可能性もあります。しかし、インターフェロンが増え過ぎてしまうと、自己免疫疾患の問題も出てくるので、実現にはさらなる研究が必要でしょう」
 なぜ免疫の研究を始めたのかと尋ねると、こんな答えが返ってきた。「医学部にいたので、病気を治すことにつながる研究をしたいと思っていました。当時、免疫学は分子生物学の手法が導入されて非常に華やかでしたが、免疫の病気については、ほとんど分かっていませんでした。自分もちょっと背伸びすれば届くかな、と誤解したのが始まりです(笑)」
 では、何を目指しているのか。「面白い生命現象を自分で見つけるのが楽しいですね。そして、できれば、その成果を使って自己免疫疾患やアレルギー疾患を治したいです。やっぱり、一応、医者ですから。道のりはまだ遠いですが、それなりに手応えは感じています」
 改正チームリーダーは現在、IKKα以外にもインターフェロンの産生に大きく関与している物質があるのではないかと考え、研究を進めているという。いまだ原因不明の自己免疫疾患、国民の3人に1人がかかっているといわれるアレルギー疾患の新たな治療法が、生体防御研究チームから生み出されることを期待したい。
(取材・執筆:鈴木志乃)










関連情報:






「TLRシグナルにおけるIKKαの役割」『細胞工学』2006年7月号


特願2005-163647 IκBキナーゼαを用いたインターフェロン-α産生誘導の応用


特願2007-067609 p65媒介シグナル伝達の調節剤及びそのスクリーニング方法







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SPOT NEWS
自閉症に関連する遺伝子異常を発見

病因解明や早期診断の手掛かりに



1988年公開の映画、『レインマン』でダスティン・ホフマンが好演したことで知られる「自閉症」。人口1000人当たり1人以上の割合で発症する珍しくない疾患だが、いまだにその発症メカニズムや治療法は分かっていない。今回、自閉症の発症に遺伝子「CADPS2(キャドプスツー)」が関連していることを発見した。CADPS2遺伝子の欠損したマウスを作製し解析したところ、神経回路形成や記憶・学習機能を調節するタンパク質「脳由来神経栄養因子(BDNF)」の分泌が著しく減少していることが分かり、しかもそのマウスの行動は、自閉症に見られるような特徴を持っていた。さらに、自閉症患者でもCADPS2遺伝子に異常があることが分かった。この成果について、理研脳科学総合研究センター 分子神経形成研究チームの定方哲史(さだかたてつし)基礎科学特別研究員と古市貞一チームリーダーに聞いた。

――「自閉症」はどんな疾患ですか。
古市:3歳までに発症する精神疾患で、人口1000人に1人以上の割合で発症し、男女比は4対1であることが知られています。自閉症の患者さんには、言葉の発達が遅れたり、対人関係がうまくできないなどの特徴が見られます。残念ながら、その発症のメカニズムはまだ分かっていません。最近では、原因は脳の発達障害で、遺伝子の異常が関与していると考えられています。例えば、一卵性双生児では1人が発症するともう1人は70〜90%の確率で発症、一方、二卵性双生児では0〜10%程度というデータがあります。

――今回の成果のポイントを教えてください。
定方:私たちはこれまでに、「CADPS2タンパク質」と、神経回路形成や記憶・学習機能を調節する「脳由来神経栄養因子(BDNF)」の関係を調べてきました。今回、CADPS2遺伝子を欠損させたマウスをつくり、その行動を調べました。すると、そのマウスは自閉症の症状によく似た行動を示しました。また、その小脳では自閉症に特有の形態異常が見られ、BDNFの分泌が著しく減少していました。さらに、自閉症の患者さんに協力していただき、CADPS2遺伝子の発現を解析したところ、遺伝子から転写されるRNAの一部が抜け落ちているケースが見つかりました。この欠損型CADPS2遺伝子について調べたところ、この遺伝子がBDNFの分泌パターンに異常を引き起こし、その結果、神経ネットワークが正常に形成されなくなる可能性が示唆されました()。
図 CADPS2タンパク質とBDNF分泌の関係
――自閉症の原因遺伝子として今まで分かっていた遺伝子はありますか。
古市:四つほどありましたが、発症頻度が1%以下と非常に低かったり、ヒトで指摘された遺伝子がその欠損マウスでは自閉症のような行動を示さなかったりという状況でした。ヒトでもマウスでも関連性が示唆でき、16人中4人という高い割合でCADPS2遺伝子の異常が確認されたことが、重要なポイントです。

――今後、どのような応用が考えられますか。
古市:CADPS2遺伝子の異常を検出することで、自閉症の早期診断が可能になります。自閉症は今のところ完治できないものの、行動療法などで早期にサポートすることによって病状改善が期待できるため、早期診断はとても重要です。また、現在、自閉症の薬は多動や睡眠障害を抑える対症療法的なものしかありませんが、今回解明した発症メカニズムから、創薬の可能性を探っていこうと考えています。




本研究成果は米国の医学誌『Journal of Clinical Investigation』(4月号)に掲載され、日本経済新聞(3/23)、朝日新聞(4/9)などに取り上げられた。


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SPOT NEWS
極低温で金属が絶縁体に変わる

“汚い”物質中の電子が持つ美しい対称性



金属は電気をよく通す性質を持っている。ところが、金属を極低温で不純物や結晶の格子欠陥が多く混ざった“汚い”状態にすると、絶縁体になる。金属の中で“汚さ”をどんどん増やすと、自由に動いていた電子が動きを止め、まったく電気を通さない絶縁体に変わってしまうのだ。この相転移点での物理現象を定量的に説明する理論は、これまでなかった。理研中央研究所の古崎物性理論研究室は、米国シカゴ大学、カリフォルニア大学と共同で、極低温で金属が絶縁体に突然変わる臨界現象では、汚い金属中の不規則電子系が美しい対称性「共形(きょうけい)不変性」(図1)を持つことを、世界で初めて明らかにした。この理論は、半導体デバイスなどに使われる物質の基礎的な理解に革新をもたらすと期待されている。今回の成果について、古崎 昭 主任研究員、小布施(おぶせ)秀明基礎科学特別研究員に聞いた。

図1 共形変換に用いた系

――相転移と臨界現象について教えてください。
小布施:相転移とは、状態が突然変わる現象のことです。氷が水になったり、水が蒸発して水蒸気に変わったりする現象は、潜熱を伴う相転移の例です。これに対し、潜熱(せんねつ)を伴わない相転移もあり、その相転移点付近で起きている現象を特に臨界現象と呼び、金属が絶縁体に変わる変化も臨界現象です。

――金属がなぜ絶縁体になるのですか。
古崎:金属中の電子は、量子力学に従って波のように振る舞います。電子の波が金属全体に広がっていると、電子は金属の端からもう一方の端まで抵抗なく移動でき、電流が流れます。極低温で金属中に不純物や結晶の格子欠陥をたくさんつくって電子の通り道の邪魔をしていくと、散乱された電子の波が強く干渉して空間的に局在してしまい、電子が移動できなくなるため絶縁体となるのです。この電子の局在化は、1977年にノーベル物理学賞を受賞したP. W. アンダーソンによって1958年に発見され、「アンダーソン局在」と呼ばれています。しかし半世紀もの間、電子が局在化する瞬間(アンダーソン転移点)の電子の波の性質はよく分かっていませんでした。

――超難問なのですね。
古崎:1980年代に「共形場理論」という強力な理論が登場し、臨界現象の研究は大きく進展しました。多くの臨界現象では、並進・回転・スケールを変えても系の性質が変わらない「共形不変性」があり、「共形場理論」が使えます。ところが不規則電子系のようにランダム性を持った系では「共形不変性」があるかどうかすら分かっておらず、理論的な解明は暗礁に乗り上げていました。

――どうやって謎を解く突破口を開いたんですか。
小布施:私たちは大規模な数値計算によって電子密度の「マルチフラクタル性」(図2)を見いだし、2次元不規則電子系の臨界現象でもやはり「共形不変性」が存在することを証明しました。2次元不規則電子系にも強力な「共形場理論」を使える可能性を示すことに成功したのです。

図2 アンダーソン転移の臨界点における電子状態のマルチフラクタル性

――難しくて理解できませんが、実際にはどんな計算を。
小布施:ガリウム・ヒ素とガリウム・インジウム・ヒ素の「半導体接合面(GaAs/GaInAs)」や、「単層グラファイト膜」では、実験的に2次元電子系をつくることができます。しかし、私たちはさらに単純化した理論模型を使い、理研スーパー・コンバインド・クラスタ(RSCC)で数値シミュレーションしました。

――今後、どう展開するのですか。
古崎:強い磁場を加えると起こる量子ホール効果など、2次元不規則電子系の現象を、「共形場理論」によってより深く解明できると思います。乱流、相転移をはじめ、自然界に現れるフラクタル性を持つ現象の理論展開にも貢献できるでしょう。




本成果は米国の科学雑誌『Physical Review Letters』(4月13日オンライン版)に掲載され、日刊工業新聞(3/30)に取り上げられた。


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TOPICS
「一般公開」好評のうちに幕


当研究所は、科学技術週間(4月16日〜22日)に合わせて、和光研究所をはじめ各所を一般公開しました。それぞれの研究所ではさまざまな催しが行われ、理研の広範囲にわたる研究内容を分かりやすく紹介し、一般の方に科学を身近に感じていただく絶好の機会となりました。


和光研究所 4月21日(土)

●和光研究所 4月21日(土) 約130の研究室が、体験型の展示や工夫を凝らしたパネルを使って研究内容を紹介しました。講演会では、櫻井博儀(ひろよし) 主任研究員(仁科加速器研究センター 櫻井RI物理研究室)が「現代の錬金術で元素創成の旅へ!」、加藤忠史グループディレクター(脳科学総合研究センター 老化・精神疾患研究グループ)が「躁うつ病の謎に迫る」と題して、それぞれ最先端の研究を紹介。「ナノワールドのモンスター!?」、「科学戦隊“実験ジャー”」、「出発進行! みんなで乗ろう!! 研究者が作ったミニSL」など小・中学生向けイベントも大好評で、日ごろ静かな研究所も多くの家族連れでにぎわいました。約6500名の来場者がありました。


筑波研究所 4月18日(水)・21日(土)

●筑波研究所 4月18日(水)・21日(土) 毎年人気のマウスの展示やプリクラ撮影をはじめ、4種類のDNA塩基を4色のビーズに置き換えて楽しく学習できるDNAストラップ工作も、大変好評でした。また、再生医療への応用が期待されている“幹細胞”や、幹細胞からつくり出される血液細胞、骨、軟骨の顕微鏡観察コーナー、生活に深くかかわっている微生物の展示コーナー、マウスに関するクイズコーナーなど多彩な展示もそれぞれ多くの人でにぎわいました。ミニ講座「音はどうして聞こえるの?“ネズミの耳と人の耳”」やシロイヌナズナなどの展示コーナーでも、研究者による丁寧な説明に、多くの見学者が興味深く聞き入っていました。2日間で約920名の来場者がありました。


播磨研究所 4月22日(日)

●播磨研究所 4月22日(日 初公開された生物系特殊実験施設では、高性能な電子顕微鏡の写真撮影ができることもあって最大で60分待ちの長蛇の列ができました。SPring-8の加速器見学ツアーも予約でいっぱいとなりました。公開した多くの施設はどこも来場者でにぎわい、研究者の説明に目を輝かせて耳を傾けていました。また、高田昌樹 主任研究員(放射光科学総合研究センター 高田構造科学研究室)が「SPring-8の光で見えた超微量のアスベスト」と題して最先端の研究を紹介。さらに、今年はSPring-8供用開始10周年となり、記念ロゴ入りストラップを配布、大変好評でした。中高生の姿も目立ち、昨年より500名以上多い3400名を超す来場者がありました。


神戸研究所 4月21日(土)

●神戸研究所 4月21日(土) 発生・再生科学総合研究センター(CDB)と分子イメージング研究プログラム(MIRP)が施設を公開し、展示や工作教室など多彩なプログラムで日ごろの活動を紹介しました。渡辺恭良プログラムディレクター(MIRP)が「分子と旅する」、高橋政代チームリーダー(CDB 網膜再生医療研究チーム)が「網膜を再生して病気を治すには」と題して講演。また、身近にある放射線の測定や幹細胞をテーマとした展示などで、来場者は研究者の解説に熱心に耳を傾け、研究現場の雰囲気を楽しんでいる様子でした。初の試みとして、来場者と研究者が科学について語り合う「おしゃべりカフェ」を設け、定員を超える参加者が議論を盛り上げました。1200名を超す来場者がありました。








横浜研究所一般公開のお知らせ
皆さまのご来場をお待ちしております!
6月23日(土)
10:00〜17:00(入場は16:30まで)

神奈川県横浜市鶴見区末広町1-7-22
横浜研究所 研究推進部 総務課  
TEL:045-503-9110 E-mail:yi-kokaifaq@riken.jp
URL:http://www.yokohama.riken.jp/jpn/event/20070623/index.html






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知的財産戦略センター 新センター長に齋藤茂和氏

4月1日、知的財産戦略センターの新センター長に、副センター長を務めていた齋藤茂和氏が就任しました。長年、当研究所の発展に尽力された丸山瑛一氏は3月31日をもって退任しました。

齋藤 茂和 (さいとう しげかず)



齋藤 茂和 (さいとう しげかず)
1950年12月24日、神奈川県生まれ。1973年、静岡大学工学部卒。1975年、同大学大学院工学研究科(合成化学専攻)修士課程修了、同年3月、理研入所。1991〜1998年、SPring-8計画推進本部(最後の2年間は(財)高輝度光科学研究センター企画調査部長)。その後、研究業務部長、脳科学研究推進部長、基礎基盤・フロンティア研究推進部長などを経て、2005年より知的財産戦略センター副センター長。


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免疫・アレルギー科学総合研究センター
新ユニットリーダーの紹介

新しく就任したユニットリーダーを紹介します。
1. 生年月日 2. 出生地 3. 最終学歴 4. 主な職歴 5. 研究テーマ 6. 信条 7. 趣味

Miguel Vidal (ミゲル・ビダル)

免疫エピジェネティクス研究ユニット
Miguel Vidal (ミゲル・ビダル)
1. 1956年1月18日 2. マドリード(スペイン) 3. マドリード・コンプルテンセ大学博士課程(スペイン) 4. 国立生物学研究センター(マドリード) 5. 細胞運命のポリコム制御と細胞増殖 6. 人生はつくるものだ。必然の姿などというものはない。 7. 旅行

Willem van Ewijk (ウィレム・バン・エウィック)

胸腺環境研究ユニット
Willem van Ewijk (ウィレム・バン・エウィック)
1. 1943年6月14日 2. オランダ 3. ユトレヒト大学博士課程(オランダ) 4. ライデン大学 分子細胞生物学(オランダ)、ライデン大学医療センター(オランダ) 5. 胸腺でのT細胞分化におけるストローマ細胞の役割の研究 6. accentuate the positive(物事のポジティブな側面に重きを置く) 7. ピアノとトロンボーンの演奏、テニス、ウィンドサーフィン、セイリング

Sujatha Mohan (スジャータ・モハン)

免疫インフォマティクス研究ユニット
Sujatha Mohan (スジャータ・モハン)
1. 1969年1月7日 2. タミル・ナードゥ州(インド) 3. マドラス大学博士課程(インド) 4. バイオインフォマティクス研究所(インド・バンガロール) 5. バイオインフォマティクス 6. Let us grow together(共に学び、共に向上する)  7. 楽器演奏、ヨガ、読書

Andrei Rybouchkin (アンドレイ・リボシュキン)

リンパ球クロン開発研究ユニット
Andrei Rybouchkin (アンドレイ・リボシュキン)
1. 1962年9月11日 2. ペトロザボーツク(ロシア) 3. ヘント州立大学博士課程(ベルギー)  4. 近畿大学 5. 分化段階におけるエピジェネティックな記憶メカニズム解析と再生のためのアプローチ、ヒト疾患に対するクロン治療法や細胞治療モデルの開発 6. Per Aspera Ad Astra(困難を克服して栄光を獲得する) 7. 写真、歴史学、水泳

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「日中フロンティアサイエンスワークショップ」を北京で開催


「日中フロンティアサイエンスワークショップ」を北京で開催 3月23〜25日、理研と中国科学院の若手研究者が北京に集い、「持続可能な社会の実現のためにアジアの科学者として何ができるか」をテーマに、ワークショップを開催しました。今回のワークショップは、昨年5月に開催された野依良治理事長と中国科学院の陳竺(チンジク)副院長との会談を受けて実現されたもので、当日は冒頭に両氏から基調講演がありました。参加者は、現在、研究現場でグループリーダー的な役割にあり、将来の科学界を担うと期待される40代を中心とした日中の研究者25名。理研からは、仁科加速器研究センターの櫻井博儀(ひろよし)主任研究員を代表に10名が参加しました。
 参加者は連日、現代科学を特徴付ける分析主義や還元主義(多様で複雑な事象は基本的要素に還元して説明可能という考え)を超えて、いかにして自然や生命現象を全体的に理解することができるのか、あるいはアジア固有の文化に根ざした科学の創造は可能か、などについて議論しました。このワークショップを通して、分野を越えた国際間の協力と多様な発想が、研究のブレークスルーにいかに重要であるかが再確認されました。
 来年のワークショップは、日本で開かれる予定です。


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原酒
フラボノイド:今も昔も


榊原圭子
SAKAKIBARA Keiko
植物科学研究センター 代謝機能研究チーム 研究員


企業勤務時代の筆者 私は企業で約10年働いた後、理研に研究の場を移しました。企業時代には一貫して、植物に広く含まれる色素成分「フラボノイド」の研究をしており、途中、違う分野の研究にも携わりましたが、2年ほど前に縁あって(?)フラボノイドの世界に戻ってきました。フラボノイドを含む植物二次代謝の研究では、その生合成経路の解明が重要なテーマです。しかし、植物全体ではその代謝物が20万種類以上、フラボノイドだけでも6000種類以上存在するといわれています。

新入社員で配属された年、会社は「青いバラの創製」に向かって研究を始めました。オーストラリアのベンチャー企業と共同で「ブルージーン」と呼ばれる遺伝子が取れたとの朗報もつかの間、青くするには色素の修飾系も重要な要素であると分かりました。そして、日本の研究室でも修飾系酵素遺伝子を新たに単離しては次々に特許申請し、ほかの花卉(かき)植物から似た成分「ホモログ」を探し出しては、次々に組換えDNAを増幅・維持・導入させる分子「発現ベクター」を構築して形質転換担当グループへ渡すといった、工場のような日々が続きました。ほかにも、細胞内pH(ペーハー)の制御も必要だとか、一つだけではなく三つの遺伝子を導入した方がいいのではないかなど、手探りが続き、そのころは青いバラが咲く夢まで見ました。退社後になってしまったとはいえ、その成果を目にすることができたのは、何ともうれしいことでした。“実物を見においでよ”との言葉をいただきつつも、まだ見る機会がないのが残念です。

また、黄色色素「aurone(オーロン)」の生合成経路の研究では、手掛かりがまったくなく、タンパク精製用にキンギョソウの花びらを集めて共同研究先にせっせと送ることから始まりました。パートさんたちに総計30kgを超えるつぼみを集めていただきました。花の注文量が多かったので、出入りの花屋さんが私の声を聞くとうれしそうだったのも納得です(笑)。この研究は、タンパク精製が難しく難航しましたが、その後、私たちが行った分子生物学的なアプローチで得たタンパク質と、共同研究先の先生が得た精製タンパク質のアミノ酸配列が一致して原因遺伝子の同定に至り、米国の科学雑誌『Science』に掲載されました。残念ながらこの遺伝子だけでは、黄色色素を植物内で生産することができませんでしたが、最近、もう一つの必要な遺伝子が分かり、こちらの研究も大団円を迎えました。

理研での成果として、2007年2月22日にプレス発表した「植物フラボノイドの構造を決定する酵素を発見」の研究は、モデル実験植物シロイヌナズナが材料でした。シロイヌナズナには100種類以上の植物フラボノイドに関する候補遺伝子が存在していました。しかし、ゲノム配列が決定されているので、目的の遺伝子は必ずこの中にあるはず。それはまるで、ジグソーパズルで外枠となるピースを並べ、あとは中を埋めていくだけの作業に似ていました。強いて言うなら、今回は目的のピースが鉄板入りで、磁石で比較的容易に拾えたとでもいいましょうか。ジグソーパズルには、不定形だったり、絵柄がなかったり、不要なピース入りだったりと完成させるのが難しいものがありますが、研究も、一つひとつの事象にピースを一つずつ当てはめていけば、全体像が見えて完成する日も遠くないだろうと思いながら、今も昔も毎日を送っています。

末筆ながら、この場をお借りして共同研究者の方々、ならびに関係者の方々にお礼申し上げます。


プレスリリースは下記URLを参照ください。
 http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2007/070222/index.html



理研ニュース 

6
No.312
June 2007

理研ロゴ
発行日
平成19年6月5日
編集発行
独立行政法人
理化学研究所 広報室
〒351-0198
埼玉県和光市広沢2番1号
phone: 048-467-4094[ダイヤルイン]
fax: 048-462-4715

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