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特別企画

野依良治 理事長×米沢富美子 慶応義塾大学名誉教授
新春特別対談

研究最前線
MESSAGE
理研における脳科学、さらなる発展を!
〜利根川 進 RIKEN-MIT脳科学研究センター長〜
SPOT NEWS
生物界で最小のゲノムを発見
TOPICS
原酒




野依良治理事長× 米沢富美子慶応義塾大学名誉教授
新春特別対談


理研に期待する
YONEZAWA Fumiko  米沢富美子 慶応義塾大学名誉教授野依:理化学研究所(理研)に来て3年になります。実際に理研の活動を知ることによって理研に対する見方も変わってきました。米沢先生は物理学で大変活躍なさってこられましたが、理研にどういうことを期待しておられるのか、お聞かせいただければと思います。
米沢:私は京都大学の出身で、ドクターを取った後、湯川秀樹先生がいらした基礎物理学研究所(基研)の助手を5年間務めました。その後、外国に行き、帰国後、基研に戻り助教授として5年間務めました。早い時期の基研、私が助手だったころは研究費があまりないときでしたが、まさにニールス・ボーア※1のコペンハーゲン学派のように世界中から自費で物理学者たちが集まってきて、すごい話を聞くことができました。いながらにして世界の情報が手に入り、基研が物理学のメッカのような形で、日本中の主に理論家たちが夜を徹して物理学の話をしていました。そういうところで私は若いころを過ごすことができました。理研にも、基研と同じような役割を果たしていただければと思います。
野依:ボーアの話が出ましたが、ボーアのところに行かれた仁科芳雄先生が1928年に帰国されて、理研で日本の物理の伝統をつくられた。湯川先生も理研とかかわりが深く、朝永振一郎先生も。その後、理論だけではなくて、加速器を含めた実験物理の方でも理研は大きな貢献をしてきました。
米沢:最近、『人物で語る物理入門』※2という本を書きました。出版社から「一般の人が電車の中で読める本を」と要求され、アリストテレスからマレー・ゲルマン※3までを書くために、自分が今まで知らなかったような科学の歴史や物理の歴史を勉強しました。あらためて日本の物理学において理研が果たした役割、その大きさがよく分かりました。
野依:先生がお書きになったのは、物理の世界の英雄伝でしょうか。
米沢:伝記であって、かつ物理の内容もちゃんとフォローできる内容になっています。物理だけだとなかなか読んでくれないので、“人物で語る”ことで一般の人も手に取ってくれると思います。
野依:理科離れといわれている今、そういうお仕事は非常に大事だと思います。科学を進めるのは人ですから、立派な人たち、優れた人たち、志の高い人たちが理科、科学に入ってきてくれることを大いに望んでいます。ヨーロッパに行くと、街のあちこちに科学者の名前が付いた通りや建物があります。電磁気学の単位にしても、クーロン、ワット、アンペア、ガウス……、これはみんな人の名前なんですよね。理科がいつも身近にあります。
米沢:本当は子どもたちの理科離れではなくて、大人の理科離れだと思うんです。まず大人に理科系の学問、あるいはそのもたらした効果を知っていただく。理科、物理、化学で業績を残した人たちも、私たちとつながった生身の人間だということを知ってもらうことが非常に大事だと思います。
野依:日本の科学技術の推進の方策は、最初は富国強兵を目的に、後には経済の状況を良くするためにやっていた傾向が非常に強いですよね。米沢先生と私は同年で、私たちが育ったころはまだ日本が大変貧しくて、そういう考え方が成り立ちました。しかし今の若い世代は、これ以上の物質的に豊かな生活はあまり実感できないと思います。ですから、理科の本当の楽しさとか美しさ、そういったことを知ってもらいたいと思うんです
米沢:本当に豊かになるというのは、心が豊かになることがとても大事ですね。今、科学技術予算が増えていますが、成果主義が多いと思います。例えば、太陽電池という応用が一番向こうの端にあるとすると、私が携わっていた結晶構造を持たないアモルファス材料の基礎研究は、一番こちら側にあって、その間をつなぐにはたくさんのステップが要るわけです。2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊先生が、テレビで「先生の発見は何の役に立つのですか」と聞かれて、すごく困っていらっしゃったんですね。今すぐに役には立たなくても、“ものの考え方”に由来した研究がとても大事だと思います。
野依:私は、サイエンスの世界に民主主義が間違って持ち込まれて、研究費の採択とか評価が一様に多数決で決まることは非常にまずいと思っています。私は異端であるとか前衛的であることが、サイエンスの全体を考えた場合に最も大事だと思うんですね。今、大きな成果を生んでいる研究も、発端のところは必ず異端であり前衛的であったと思います。若い人も多数派に迎合することなく少数派であること、これに誇りを持ってほしいと思います。
米沢:まさに何十年か前に湯川先生は、生物物理とか、宇宙物理とか、今まで別々の学問だったものを融合した領域を“境界領域”という言葉で表現され、とてもエンカレッジされていました。日本における宇宙物理とか生物物理の大きな成功の最初を築かれたのが湯川先生だったと思います。その21世紀バージョンを、野依先生は異端という言葉で表現なさっている――すごく期待しています。
野依:かつて化学は経験主義でした。1981年にノーベル化学賞を受賞した福井謙一先生は、「理論的で、さらには予言できるものでないと学問ではない」と言われ、京都大学の工学部にいたときに理学部の物理学科の講義を聴きに行かれて、自学自習によって大きな理論体系をつくられました。理研は物理、化学、生物という区分けを越えて、非常に幅の広い領域を研究しているので、新しい人が広い視野を持って新しい分野を拓いていってほしいと思っています。


女性研究者が活躍する場
NOYORI Ryoji  野依良治 理事長野依:女性研究者が活躍する環境を、ぜひつくりたいと思っています。現在、理研は研究者の16%が女性研究者です。技術者・テクニカルスタッフ・技師などを入れると26%が女性です。女性研究者が活躍する場はどういうものであればいいでしょうか。
米沢:日本は、大変な先進国だと皆さん思っているみたいですが、実は理科系も文科系も社会科学系もすべてを入れた女性研究者の割合は、OECD(経済協力開発機構)30ヶ国の中でも最下位で、10〜11%です。その中で理科系だけをみると4%ぐらいです。理研は日本の中では非常に優れている方だと思います。
 サイエンスという分野の性格上、研究者がいても作家などと違って、ロールモデルみたいな形では子どもたちの目に見えません。特に女性科学者の姿は見えにくいと思います。そのことが、理科離れの一つの原因にもなっているのではないでしょうか。
 もう一つの大きな理由は、日本人の中に“サイエンスは女には向かない”といった思い込みがあることです。その思い込みは男性ばかりでなく女性にもあって、それが子どもたちに伝播(でんぱ)しています。精神的土壌と戦うことは、数値目標を立てて達成すれば完了というわけにはいかないので、何をどこまでクリアしたらいいというところがないわけです。これは非常に時間がかかると思います。できるところから一つずつ崩していくという意味で、理研の取り組みは非常にうれしいことです。
野依:先生は1970年代に米国で研究されましたが、米国では、どういう取り組みがなされていたのですか。
米沢:米国でも特別な取り組みはされていなかったと思います。OECDのランク付けでいうと、G7(ジーセブン)やG8(ジーエイト)に入っている主要先進国の女性研究者の比率が結構低い。そして日本は最下位。私は昨年「ロレアル−ユネスコ女性科学賞」を頂きました。授賞式のスピーチで、米国の受賞者が「成功した女性科学者の中には、“私は女性だからという理由で差別を受けたこともないし、苦労したこともない”と言う人がいるけれども、そういうことは言ってほしくない。そういう人が、そういう発言をすることによって、あたかも女性差別がなかったかのように聞こえてしまうから」と話されました。フランスでも女性は、1973年までエコール・ポリテクニーク(理工科大学)に入学できなかった。1903年にノーベル物理学賞を受賞したマリー・キュリーも入会を拒否されたフランス科学アカデミーでは、女性の入会が認められたのは1979年。日本では、猿橋勝子先生が日本学術会議の会員になったのは1981年です。女性がサイエンスの世界に参画するのが難しいのは世界的現象だと思います。
野依:理研では日本初の女性の理学博士、黒田チカ先生がずいぶん昔に活躍されたこともあって、立派な女性科学者を育てたいと思っています。
米沢:ぜひそうしてください。今、現に働いている女性科学者もたくさんいることを、みんなに知らせてほしいと思います。
野依:科学の世界だけではなく、政治の世界も、経済の世界も、さまざまな公的社会を男性がつくってきたところに問題の根源があるんだと思います。その結果、力の競争社会になっている気がします。しかし、21世紀は競争の世界から協調の世界へ移るべきだと思います。そういう意味で女性の価値観、特性、これが生かされなければいけない。
米沢:21世紀は男性もしなやかになって。女性だってしかるべき状況に置かれれば、非常に戦闘的だと思うし、女性が優しいと思ったら大間違いです(笑)。理科系に限らず研究者の中で女性の割合が少ないので増やさなければいけないというのは、女性がやると優しいから、優しいものができるから、というのではなく、人類の人口の半分が女性なのだから、どこの分野でも女性が半分いて当たり前だという、そのロジックだけでいいと思います。プラスアルファとして、男性がつくってきたギスギスした社会を女性的に変えていくことも可能かもしれませんが、それは次のステップで考えていく。そこでは女性が参画するよりも男性が変わっていくことが必要だと思います。
野依:逆に言うと、女性が中心的にかかわってきた事柄に対して、家庭教育も含めて、男性がもっともっと参加していくことも大事ですね。私にとって個人的には反省材料ですが。
米沢:立派な家庭を築き、立派な社会を築き、社会全体として立派な後継者を育てていくこと、それが男性自身にとっての解放でもあると思うんです。それが、人間として男女は関係なく、本当に幸せなことだと思います。
野依:米沢先生が物理を始められたころは、今よりももっと女性は少なかったですね。
米沢:私が京都大学の理学部に入ったとき、クラス50人の中で女性は私一人でした。だから最初、とても不便でしたね。今のように簡単に女の子に口を利いてくれるような男の子たちではなくて、最初は、次の授業は休みとか、そういう情報もなかなか入ってこなくて、すごく困ったんです。そのうちに私が自分が女だということを忘れて、たぶんみんなも忘れて、それでうまくいったんだと思います。


サイエンスの将来と教育
野依良治 理事長野依:米沢先生は女性として初めて物理学会の会長も務められました。物理の将来、サイエンスの将来についてお聞かせいただけないでしょうか。
米沢:「物理は終わった」と過去に何度も言われましたが、そのたびに、新しいものが出てきました。だから物理の将来について、あるいはサイエンスの将来について、私たちは予言することはできない。私たちは今までの知識しかなく、この先のことは一切知らないのですから、これで何が終わったとは絶対言えない。その意味で21世紀の物理は、まだ分からないことがいっぱいあるんです。もっと高いエネルギーの加速器ができれば、クォークよりもっと小さいものが見つかるかもしれない。宇宙にも、まだ解かれていない問題がたくさんある。コンピュータが進歩し、加速器が進歩しているわけですから、21世紀はきっと素晴らしい発見や発明がまた出てきて、物理学の中で革命が起こってくる世紀だと思っています。若い人たちにメッセージを送るならば、物理の中にも不思議なことがまだまだいっぱいあると伝えたいです。
野依:化学は一言で言えば、“もの”のサイエンスです。その範囲が、私たちが学生のときから50年が経過し、物質の範囲が非常に広がった。私たちが学生の時代には生物の分野だった遺伝子、タンパク質、そしてイオンチャネルとか、そういう巨大分子に関しても、極めて精密な化学構造が分かるようになった。そこまで包含(ほうがん)した形で化学は進まなければいけないし、そこから始まらなければいけない。化学の可能性はずいぶん広がったと思います。
 もう一つ、化学の特徴は工学と似て、科学技術に密接にかかわり合いを持っていて、ここが非常に難しいですね。新しい社会的な価値を創造できるような総合的なサイエンスをいかにしてやっていくか、それが大事ですが、古典的な化学だけではどうしようもない。生物や物理あるいは工学との連携が大いに必要になってきていると思います。今こそ化学は教育から全面的にやり直さなければいけない、と私は世の中に訴えています。
米沢:本当におっしゃる通りですね。物理、化学という学問自体に壁がなくなったのに、教えるところではまだ壁が残ったまま。あるいは教える先生たちの心の中でもまだ壁がなくなっていません。子どもたちがサイエンスを面白いと思わないのは、先生が面白いと思っていないからかもしれないですね。先生が情熱的に「ほら、こんなに面白いでしょう!」と教えれば、子どもたちが「そうだったのか」と分かってくれると思います。サイエンスの将来は、まさに教育にかかっているのですね。教育はサイエンスだけではなくて、日本の将来を決定していくものだと思います。
野依:学校、大学だけではなく、一般社会さらに家庭においても、科学ほど面白いものはない、科学技術ほど重要なものはない、そういうことを世の中に伝えていくことがとても大事ですね。


研究活動の国際化
米沢富美子 慶応義塾大学名誉教授野依:最後に、日本の科学研究の国際化はこれからのキーワードだと思うのですが、日本からの情報発信も含めてお聞かせいただけますか。
米沢:昔、日本はある意味で情報僻地(へきち)、サイエンスにおいても情報僻地だったのですが、電子メール、あるいはインターネットを通じて、今は世界が一つになった。情報を受け取るだけでなく、日本の科学者の成果を情報発信していくことは、とても大事なことだと思います。理研は「あそこに行けば最先端を見ることができる、最先端の話ができる」という存在になっているし、過去もそうでした。これからも違った形で、ますますそういうふうに育てていただければと思います。
野依:私も同感です。現在はIT社会で、実験結果などが世界中で入り乱れて交換されていますが、やはり基本は科学者同士が顔を合わせる、そういう場が必要ですね。情報だけではなく、哲学、あるいは思想を交換することが、さらに重要だと思います。そういった意味で、理研は世界中から一番優れた人を招いて、大いに活躍してもらう。同時に理研の若い人たちも思い切って世界に飛び出して活躍してほしいと思っています。現在のところ、理研の研究者の11%が外国籍ですが、近いうちに20%に増やしたいと思っています。理研にアジアやヨーロッパ、米国の文化を持ち込んでもらうと同時に、日本の文化を海外へ伝えていくことは、科学の発展だけでなく、世界平和のためにも大きく貢献するのではないかと思っています。
米沢:素晴らしいですね。今、野依先生が最後におっしゃったように、サイエンスには国境がなくてサイエンティストの心にも国境がない、それが本当に世界平和の第一歩になってくれるような21世紀であってほしいですね。すごくうれしかったです、先生とお話ができて。ありがとうございました。
野依:ありがとうございました。




※1:ニールス・ボーア(1885〜1962)
1921年、コペンハーゲンに理論物理学研究所を開き、外国から多くの物理学者を招いてコペンハーゲン学派を形成した。1922年ノーベル物理学賞受賞。量子力学誕生期の中心的存在。


※2:『人物で語る物理入門』上・下巻(岩波新書)


※3:マレー・ゲルマン(1929〜)
物理学者。「クォークの父」と呼ばれる。1969年ノーベル物理学賞受賞。「複雑系」研究で有名なサンタフェ研究所(米国)の設立者の一人。


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極薄の膜で人類の課題を解決する


国武豊喜 
KUNITAKE Toyoki 
フロンティア研究システム 
時空間機能材料研究グループ グループディレクター
トポケミカルデザイン研究チーム チームリーダー



国武豊喜 KUNITAKE Toyoki21世紀は、石油よりも水資源の不足の方が深刻だといわれている。このような資源や環境問題の解決に大きく貢献する可能性を秘めた新材料の作製に、トポケミカルデザイン研究チームが成功した。わずか20nm(100万分の2cm)という薄さだが、大きさが数cm四方もある巨大ナノ膜だ。この巨大ナノ膜を海水を淡水化する逆浸透膜に応用して、安価に淡水をつくり出したり、燃料電池の心臓部である電解質膜に用いて発電効率を大幅に向上させることができると期待されている。

コメント01

膜の機能は“ものを分けること”
図1 細胞膜の構造 国武豊喜チームリーダーらが作製した巨大ナノ膜の厚さは約20nm。この膜を1万枚重ねても、官製はがきの厚さ(約0.2mm)ほどにしかならない。実は私たちの体にも、このような極限的な薄さでありながら、優れた機能を持つ膜がある。細胞を包んでいる細胞膜だ。その厚さは脂質分子2個分、5〜10nmである(図1)。
 「細胞膜の役割は、内と外を区切り、細胞に必要な物質や情報を取り入れたり、要らないものを外へ捨てたりすることです。つまり、必要なものとそうでないものを分離すること。生き物でも人工的な材料でも、膜の最も本質的な機能は “ものを分けること”なんです」
 こう語る国武チームリーダーは1970年代、九州大学で細胞膜と同じような構造と厚さを持つ人工膜をつくり出すことに世界で初めて成功した。せっけんに似た分子を水に溶かすと、分子同士が自然と集まり膜構造ができたのだ。このように、分子同士が自然と集まって構造をつくることを“自己組織化”という。自己組織化は、分子や原子を操り、従来にない機能を持つ新材料や装置をつくる、ナノテクノロジーに積極的に応用されている。国武チームリーダーは、この自己組織化を使った手法により、さまざまな性質を持つ薄膜をつくり出してきた。その国武チームリーダーが1999年、理研にトポケミカルデザイン研究チームを立ち上げて取り組んだのが、今まで実現困難だと考えられていた巨大ナノ膜をつくることである。


巨大ナノ膜をつくる!
図2 巨大ナノ膜の構造 「厚さはナノスケールだけれども面積は大きい、そういう巨大ナノ膜ができれば応用分野が一気に広がることは、ほかの研究者もみんな分かっていました。これまでも、すぐに破れてしまうような巨大ナノ膜は作製可能でした。巨大なシャボン玉がいい例です。ただし、ものを分けるための材料として膜を利用するには、丈夫で穴などの欠陥がないことが必要です。材料として使える丈夫な巨大ナノ膜をつくるのは難しいだろうと、みんなが思っていたのです」
 それではなぜ、国武チームリーダーたちは巨大ナノ膜をつくり出すことができたのか。
 「理研でセラミックスの薄膜を作製することに取り組み始めました。薄膜はガラス板などの基板の上でつくります。基板上では、ナノの厚さで大きな面積を持つ膜も比較的簡単につくることができます。しかし、膜を基板からはがすときに破れてしまうことが多いのです。私たちはセラミックスの膜と基板の間に、はがしやすい層を設ける工夫をしました。この工夫により、辛うじて材料として使えそうな強度を持つ膜ができました。これならば、もう少し柔軟性を加えることで、丈夫な巨大ナノ膜を作製できそうだと思ったのです。そこで、セラミックスの強度と有機分子の柔軟性を組み合わせたハイブリッド膜をつくることにしました」
 これまでも、無機分子と有機分子のハイブリッド膜をつくる研究は多くの研究者によって行われてきた。しかし、その作製を阻む大きな壁があった。「丈夫な膜をつくるには、無機と有機の分子同士を絡み合わせる必要があります。しかし、無機分子と有機分子は性質が違うので、薄い膜の中で絡み合わせることが難しかったんです。私たちは、うまく絡み合う無機分子と有機分子の組み合わせを選び出すことで、巨大ナノ膜を作製することができました」
 この巨大ナノ膜では、セラミックスの一種であるジルコニアという無機材料と、アクリルポリマーという有機材料とがそれぞれ網目構造をつくり、その2種類の網目構造が絡み合っている(図2)。この構造こそが強度と柔軟性を生み出している(図3)。最初にできた巨大ナノ膜の厚さは35nmだが、現在では約20nmにまで薄くすることに成功している。
 さらに国武チームリーダーたちは、網目構造をもっと細かくすれば、有機分子だけでも丈夫な巨大ナノ膜ができることを明らかにした。エポキシオリゴマーとポリアミンという2種類の有機分子からなる巨大ナノ膜の作製に成功したのだ。

図3 巨大ナノ膜

安価に海水から淡水を得る
 巨大ナノ膜は、具体的にどのような応用が期待できるのだろう。「応用研究はまだこれからですが、特に環境や資源・エネルギー分野で大きな貢献ができると思います。これらの分野の問題を解決するには、ものを分ける、必要なものだけを分離する技術が重要だからです。例えば、巨大ナノ膜の技術で、海水から安価に淡水を取り出すことができるようになるかもしれません」
 人口増加や経済発展、さらには地球温暖化による気候変動、特に砂漠化により、水資源の不足が深刻化すると懸念されている。世界的な水資源の不足は、大量に水を必要とする食糧生産にも直結するので、海外の水資源を使って生産された食糧を大量に輸入している日本にとっても死活問題だ。
 水資源の問題を解決する技術として期待されているのが、海水の淡水化である。これまでも中東の産油国などで、たくさんのエネルギーを使って海水を熱して蒸発させ、淡水を得る方法が用いられてきた。
 しかし近年、エネルギー消費の少ない逆浸透膜を使う方式が各国で採用され始めている。海水に圧力をかけて逆浸透膜から淡水を染み出させる方式である。この方式は、汚水の浄化にも利用できるので、衛生環境の改善にも大いに役立っている。また排水を再利用することや、半導体製造などに必要な超純水をつくり出すことにも利用されている。
 「できるだけ少ないエネルギー、つまり低コストで海水や汚水から淡水やきれいな水を得る技術が、世界的に求められています。逆浸透膜を使う方法でも海水や汚水に圧力をかけるのにエネルギーが必要ですが、逆浸透膜が薄ければ薄いほど、その圧力は小さくて済みます」
 現在使われている逆浸透膜は、最も薄いものでも数百nmの厚さがある。それよりも1桁(けた)薄い巨大ナノ膜を逆浸透膜として利用できれば、必要なエネルギーを大幅に削減して、低コストで淡水やきれいな水を得ることができるだろう。
 「巨大ナノ膜を使えば、海水にわずかに含まれているウランや金などの希少資源を効率よく回収することもできるかもしれません」と、国武チームリーダーは夢を大きく広げる。
 巨大ナノ膜を利用すれば、クリーンな発電システムとして開発が進む燃料電池の発電効率を向上させることもできるだろう。燃料電池にはいくつかのタイプがあるが、近年、自動車用や家庭用として注目されているのが、電解質膜を用いるタイプだ。「この電解質膜とは、水素イオンだけを通す膜です。この膜が薄ければ薄いほど発電効率が良くなります」
 現在使われている電解質膜は約10〜100μmである。巨大ナノ膜を電解質膜に応用できれば、その厚さを3〜4桁以上薄くでき、発電効率を大幅に向上できる可能性がある。


細胞膜の機能を再現
 細胞膜が優れた機能を発揮できるのは、そこにイオンチャネルや受容体と呼ばれる膜タンパク質が貫通しているからだ(図1)。膜タンパク質は、外からの情報を受け取るセンサーや、特定の物質だけを出し入れする通路として機能している。
 「サイズが数nmくらいの膜タンパク質1分子が、そういう優れた機能を持っているんです。巨大ナノ膜に膜タンパク質をたくさん埋め込めば、細胞膜の優れた機能を大規模に再現することができるでしょう」
 膜タンパク質を体外に取り出して、その機能を利用することは、これまで簡単ではなかった。膜タンパク質が貫通できるほど薄く、大きな膜をつくることができなかったからだ。
 細胞膜の機能を再現した巨大ナノ膜は、どのような用途への応用が期待できるのだろう。
 「例えば病気の兆候を見つけ出す高感度のセンサーができるでしょう」と国武チームリーダーは語る。病気になると血液の中で特定の分子濃度が上昇する場合がある。従来とらえ切れなかった微量な分子を感知する高感度センサーができれば、病気の早期発見に大いに役立つだろう。


巨大ナノ膜の大きな可能性
 細胞膜をつくる脂質分子には、水になじみやすい部分となじみにくい部分がある。水の中で脂質分子は、水になじみにくい部分同士を内側にして結び付くという化学的な原理で膜構造ができる(図1)。
 「私たちが自己組織化で人工膜をつくる場合でも、そこで働いている化学的な原理自体は単純です。しかしそのような単純な原理を利用して思い通りの構造をつくり出すには、分子の設計や合成の条件を細かく設定する必要があります。まず仮説を立てて、いろいろな条件で試してみます。もちろん最初は失敗ばかりです。めげずに実験しているうちに、“こうすればできるんだ!”と分かる瞬間が訪れます。それは細かい条件と単純な原理がうまく結び付いて新しい材料が生まれる瞬間、研究をしていて最も面白い瞬間です。できてしまうと、割合簡単なことです。しかし、その簡単なことがなかなか分からないものなんです」
 最後に国武チームリーダーは、今回の研究成果の意義を次のように語った。「みんなが“なんだ、巨大ナノ膜もできるんだ”と思ったことが大事です。これから多くの研究者が、さまざまな物質で巨大ナノ膜の作製に取り組み始めるはずです。現在の時空間機能材料研究プロジェクトは今年の秋には終了しますが、大きな可能性を持つこの材料を何らかの形で実用化に結び付けたいと望んでいます」





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記念史料室から

利根川 進理研における脳科学、
さらなる発展を!


利根川 進

RIKEN-MIT脳科学研究センター長


1939年9月5日、愛知県生まれ。1963年、京都大学理学部化学科卒。同年4月、同大学院理学研究科に進学。1968年、カリフォルニア大学サンディエゴ校博士課程修了。1987年、「遺伝子工学的手法による抗体生成に関する免疫グロブリンの構造解明」でノーベル医学・生理学賞を受賞。



日本における脳科学研究の中核的拠点を目指して1997年に設立された理研脳科学総合研究センター(BSI)。BSIは、世界的なレベルで研究をリードできる研究体制を構築するとともに、国内外の研究機関との連携を推し進めるため、1998年、米国・マサチューセッツ工科大学(MIT)にRIKEN-MIT脳科学研究センター(RMNRC)を設置した。RMNRCで活動する六つの研究チームを束ね、今も現役で研究を続ける1987年ノーベル医学・生理学賞受賞者、利根川 進RMNRCセンター長に、 RMNRCのこれまでの活動の評価と今後の展望を聞いた。


――RMNRCのこれまでの活動についての評価をお聞かせください。
利根川:RMNRC設立の大きな目的の一つは、ラボラトリーヘッドクラスの海外の優秀な研究者をBSIに招いて国際化を促進することでした。BSIは、外国人研究者の比率の目標値を25〜30%に設定していますが、この目標値はまだ達成されていません。
 しかし、今後この比率は改善すると考えています。なぜなら、サマースクールやリトリートなど、さまざまな機会にMITの研究者がBSIを訪れ、BSIへの親近感が増しているからです。海外の研究者が生活しやすい環境をさらに整備すれば、BSIでの研究を望む研究者はもっと増えるでしょう。

――BSIからRMNRCを訪れる研究者へはどのような影響がありましたか。
利根川:MITには、上下の別なくファーストネームで呼び合う、研究室の枠組みを越えた開放的な研究環境があります。日本から来る研究者は皆、目から鱗(うろこ)が落ちるような経験をしているようです。日本人研究者は集中力があって、大変緻密(ちみつ)な研究をしますが、コミュニケーションを取るのが下手で、自分の研究にだけ没頭しがちです。しかし、一人前の研究者になるためには、他分野の研究にも興味を持ち、ほかの人の考えを聞き入れ、理解できる能力が必要です。そのためには、ほかの研究者とインフォーマルな関係をつくって人間の幅を広げる努力も必要です。
 RMNRCを含めMITの開放的な雰囲気は、米国の研究機関の中でも傑出した理想的な研究環境で、共同研究も極めて盛んです。私の研究室は、電子工学が専門のMatthew Wilson(マシュー ウィルソン)チームリーダーの研究室と多くの共同研究を行い、優れた成果を出しています。こうした理想的な研究環境が実現した背景の一つに、RMNRCには優秀な人材が集まっていて、研究者が互いに尊敬し合っていることがあります。優秀な人材というのは、論文を量産できるということではなく、一緒に研究することがとにかく面白いと思えるような人材のことです。もう一つの背景として、ラボラトリーヘッドが皆、“開放的かつ創造的な研究環境をつくろう”という、熱意を持っていることがあります。

――RMNRCの今後と日本の脳科学への期待をお聞かせください。
利根川:脳研究ではマウスの遺伝子操作技術が非常に重要で、私たちの研究室の技術は世界でも最先端です。その技術を一段と高め、新たな研究の流れを導くため、現在、BSIだけでなく理研のほかの研究センターを含めた共同研究を計画しています。
 日本の脳科学研究に関して力説したいのは、まず、非常にユニークで重要な研究機関であるBSIを、さらに発展させていくべきだということです。BSIを創設された伊藤正男 特別顧問は、研究者が流動的で国際的な米国型の研究体制の重要性をよく認識されていました。
 一方、日本の科学技術政策の担当者には、大きな視野で脳の研究を継続させることを強く要望したい。米国はいったん新しい計画を実行すると決めると、腰を据えて取り組みます。100年計画で進めている脳の研究は、まだ始まったばかりです。日本も、より長期的な視点に立って脳科学研究を推進すべきだと思います。私は、今後もBSIの発展に積極的に貢献したいと考えています。




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SPOT NEWS


当研究所は北里大学、放送大学、米国アリゾナ大学と共同で、半翅目(はんしもく)昆虫「キジラミ」に共生する細菌「カルソネラ」のゲノムが、生物界のゲノムで最小となる16万塩基対しかないことを発見した。これまで最小とされていたブフネラ(アブラムシ共生細菌)のゲノムの約1/3の大きさだ。今回、発見したゲノムは、ただ単に遺伝子数が少ないだけでなく、遺伝子の長さが短く、さらに遺伝子同士がオーバーラップしているなど、これまで知られていなかった極限まで切り詰められた特殊な構造を持つことが分かった。この発見について、中央研究所 工藤環境分子生物学研究室の中鉢(なかばち)淳 客員研究員、ゲノム科学総合研究センター ゲノム基盤施設シーケンス技術チームの服部正平 客員主幹研究員に聞いた。

図 キジラミの幼虫(左)と、キジラミから取り出した菌細胞(右)
――カルソネラはどのような細菌ですか。
中鉢:カルソネラは「キジラミ」の共生細菌で、キジラミ体腔(たいこう)内の特殊な細胞(菌細胞)の細胞質内だけに存在します。大腸菌などに近縁で、腸内細菌が起源とされますが、2億年ほど前に宿主細胞内に侵入した後は、キジラミの親から子へと感染し、共生を続けてきたと考えられています。

――今回の発見のポイントは何ですか。
中鉢:一般に真核生物の細胞内のみを生活圏とする共生細菌や寄生細菌は、宿主細胞に依存することで不要となった遺伝子を失い、そのゲノムは縮小する傾向があります。ただし、さまざまな系統の細菌ゲノムの解析が進んだにもかかわらず、いずれも50万塩基対程度が最小で、生物のゲノムはこれ以上小さくなることができないと考えられてきました。ところがカルソネラのゲノムサイズは16万塩基対とその1/3程度で、これまでの常識を覆すものでした。宿主昆虫が補償できない、細菌に特異的なプロセスにかかわる遺伝子も含め、あまりに多くの遺伝子を失っているために、宿主の核へ遺伝子が転移している可能性すら考えられます。

――解析方法について教えてください。
服部:カルソネラ以外の共生微生物を持たないキジラミ「Pachypsylla venusta(ペキシラ ベヌスタ)」を用いました。このキジラミはエノキの仲間の葉柄(ようへい)に虫こぶをつくるので、そこから虫を採集し、解剖してカルソネラが共生する菌細胞を集めました。この菌細胞が含んでいるゲノムを特殊な酵素を用いて増幅した後、全ゲノムを数千塩基対の断片に切断して解析する全ゲノムショットガンシーケンス法で、カルソネラの全ゲノム塩基配列を決定しました。

――塩基配列を決定して、どんなことが分かったのですか。
服部:タンパク質をコードしている遺伝子は182しかなく、生命維持に必須と思われる遺伝子の多くが存在していませんでした。遺伝子の数を極端に減らすだけでなく、遺伝子自体を短くし、また遺伝子同士をオーバーラップさせることで、極限までゲノムサイズを小さくしていることが分かりました。

――今後、この研究はどのように展開していくのでしょうか。
中鉢:まずはキジラミ核ゲノムへの遺伝子転移の可能性を詳細に調べなければなりません。“ミトコンドリアや葉緑体といったオルガネラは、20億年ほど前に原始真核細胞に侵入した細菌の末裔(まつえい)である”とする「細胞内共生説」が現在、広く受け入れられています。これらオルガネラが独自に持つゲノムでは、サイズは縮小し、大部分の遺伝子は宿主の核ゲノムに移行しています。もしキジラミの系で遺伝子転移が確認されれば、細菌のオルガネラ化メカニズムの理解が飛躍的に進むと期待されます。
 逆に転移が起きていないのなら、これまで必須と思われていた遺伝子がなくても生命維持に支障がないことを示すことになり、細胞生物が生命を維持するために必要な「最小遺伝子セット」の概念に大きな変更を迫ることになるでしょう。これは生命を一から人工的につくり出そうとする研究「synthetic genomics」に大きく貢献するものです。


本成果は米国の科学雑誌『Science』(10月13日号)に掲載され、朝日新聞(10/13)などに取り上げられた。


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「第6回理化学研究所アドバイザリー・カウンシル」報告書を公表

理研の活動に対する国際的な外部評価委員会「第6回理化学研究所アドバイザリー・カウンシル(RAC(ラック))」が2006年6月7日〜9日に開催され、議長のザック・W・ホール教授(カリフォルニア再生医科学研究所 所長)から、評価結果が提示されました。報告書では、「理研の研究水準は、米国の国立衛生研究所(NIH)、ドイツのマックス・プランク協会などの世界トップクラスに匹敵する」と評価され、研究所の経営については「理事長はじめ経営陣は、透明で裾野の広い統治の仕組みをつくり上げ、改革に力を発揮している」との分析が示されました。今後の課題としては「国際的な指導力を発揮する時期にきており、国際的“理研ブランド”の構築、アジアとの連携強化が必要」などと指摘されています。
詳細は下記URLを参照ください。
http://www.riken.jp/r-world/info/info/2006/061107/index.html


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名古屋・仙台の研究施設を一般公開


理研の研究内容をアピールするとともに、地元の方々との交流を深めるため、バイオ・ミメティックコントロール研究センター(名古屋)とテラヘルツ光研究プログラム(仙台)を一般公開しました。


人間生活支援ロボット「RI-MAN」 バイオ・ミメティックコントロール研究センターは11月11日、「なごや・サイエンス・ひろば」事業(名古屋市主催)に共催し、施設を一般公開しました。昨年、話題となった人間生活支援ロボット「RI-MAN」をはじめ、不安定な地面も歩行できる二足歩行ロボット、人工筋肉ロボットなどさまざまなロボットの動作実演などにより、発展するロボット研究と制御技術に関する研究内容を分かりやすく紹介しました。またバランス感覚の測定、顕微鏡観察、ロボットを使った各種ゲームなども大変人気があり、多くの人たちが科学技術とのふれあいを楽しんでいました。当日はあいにくの雨でしたが、研究センター近隣の方々を中心に約600名の来場者がありました。


 テラヘルツ光研究プログラムは テラヘルツ光研究プログラムは、発足後初めてとなる一般公開を10月27日に開催しました。大谷知行(おおたに ちこう)チームリーダー(テラヘルツイメージング研究チーム)が「未来のセンシングテクノロジー・テラヘルツ」、南出泰亜(みなみで ひろあき) 研究員(テラヘルツ光源研究チーム)が「周波数を自在に変化できるテラヘルツ光源の魅力」と題する講演を行い、テラヘルツ光研究の魅力と限りない可能性を紹介、聴衆からは活発な質問がありました。イベントも大変好評で、「固体が生み出す虹色の光」や「超伝導コースター」の体験、「郵便封筒の非破壊検査装置」のデモンストレーションなどは大変にぎわっていました。当日は地元自治体や近隣の方々をはじめ、企業の方々や学生など61名の来場者がありました。


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「第1回 X線自由電子レーザーシンポジウム」を開催


石川哲也プロジェクトリーダー 2006年11月7日、東京都内で「第1回 X線自由電子レーザーシンポジウム」を開催しました。このシンポジウムは、理研と(財)高輝度光科学研究センターが共同で建設を進めている「X線自由電子レーザー(XFEL)」の研究開発の取り組みとその進捗(しんちょく)状況などを報告し、将来の利用研究の方向性を議論することを目的として開催されました。当日は約350名の来場者で会場は埋まり、質疑応答では「XFELの有効利用」、「医療分野への応用」などについて質問がありました。XFEL計画は国家基幹技術として、2010年に世界初となるX線レーザーの発振を目指しています。2006年6月には試験加速器からのレーザー光の発振に成功しています。この計画により硬X線から軟X線までの波長領域のレーザーを出すことが可能となり、物質科学、ナノテクノロジー、生物学、医学など幅広い分野で新しい領域の開拓や豊かな科学的成果が期待されています。


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原酒
理研創立100周年の夢


大河内 眞
OHKOUCHI Shin
理化学研究所 理事


筆者。 新年明けましておめでとうございます。新春に当たり、何か夢のあることを書きたいと考えあぐねた結果、表題のタイトルが浮かんだ。今年は2007年、理研創立100周年まであと10年となったのを機会に、100周年までに理研がこうなっていたい、こうしたいという夢を書いてみたくなったのである。

実は、昨年9月に理研内に「理研創立100周年記念事業検討委員会」が発足した。野依良治理事長以下全理事と見識ある数人の先生方がメンバーであるが、たぶん100周年のときには誰も在職していないだろうということで、具体的な検討は10年後にも必ず在職していると思われる若手のメンバーからなる作業部会を設置して行うこととした。現在までに委員会を1回開催し、まず、全委員が自分の思いを語るフリートーキングを行った。

このコラムでは、私の夢を中心に書かせていただきたい。理研創立100周年、10年後の理研はこうありたいという私の思いの主要なことは、次の5項目である。
第1 「理研のアクティビティーを倍増したい」
 これは、理研の規模を2倍にすることではなく、理研から発展的に独立した組織、理研との連携により発展した大学や企業、理研ベンチャーの発展などを含めて、理研の活力を倍増したいということである。
第2 「創立100周年までにノーベル賞の3部門(物理学、化学、医学・生理学)を理研の研究者で独占したい」
 現在でも毎年、理研から候補者が5〜6名いる中で、大いに期待できるものと思っている。
第3 「理研和光本所のシンボルとなるビルを建設したい」
 事務部門、安全管理部門などを集中させるとともに、内外の研究者などの交流スペース、500人規模の大ホールが欲しい。そして、新しい図書館、フィットネスクラブも欲しい、最上階には展望レストランパブが欲しい、と夢は限りなく広がるものである。おそらく最低でも15階建てぐらいのビルが必要だろう。しかも、国の資金に頼らないで建設したい。日本をはじめ世界中の企業などが理研のために資金を提供してくれる、そんな理研になっていたい。そのためには、今後、ますます企業などとの連携研究を活発化し、今まで以上に“世の中の役に立つ理研”を目指さなければならない。
第4 「長年の夢である理研を中心としたわが国初の科学館をつくりたい」
 理研の歴史は日本の科学技術の歴史でもある。理研の過去、現在、未来が分かり、科学の面白さが体験できるような科学館ができるとよいと思っている。
第5 「理研出身者のネットワークを世界中に構築したい」
 理研出身者は今や世界中で活躍しているが、出身者のデータベース整備が不十分であり、せっかくの人材ネットワークが機能していない。100周年には理研出身者を一堂に集めた交流会を開催したいものである。そのためには、理研に在職したことを誇りに思えるような、さらなる環境づくりが必要であろう。

新春に当たり、私の理研創立100周年の夢をいくつか書かせていただいた。おそらく、理研職員はもとより、『理研ニュース』をご覧になっている多くの外部の方も、理研創立100周年にはこうなってほしいという夢や希望を持っておられると思う。皆さんと一緒に、それぞれの夢が正夢となるよう頑張っていきたい。

最後に、理研創立100周年のときに、自分はどこから理研を見ているか分からないが、次代を担う若手の諸君への熱い期待と本年が理研にとって良き年となるよう祈念して、ペンをおきたい。





理研ニュース 

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No.307
January 2007

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発行日
平成19年1月9日
編集発行
独立行政法人
理化学研究所 広報室
〒351-0198
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