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コンピュータの中で生きる細胞
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世界初のライブセルモデリング
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横田秀夫チームリーダー率いる生物基盤構築チームの研究室に入ると、あちらこちらに生物の写真がはってある。ザリガニ(図1)、カブトムシ、クワガタ、マウス……。全身以外に、断面の写真もある。取材は、そんな研究室の一角で行われた。
「私たちが今取り組んでいる一番大きな課題が、“ライブセルモデリング”です(図2)」と横田チームリーダー。「生きた細胞をそのままコンピュータの中に再現してしまおうという研究です。理研には、細胞生物学の研究室がたくさんあります。そういった研究室と共同で、2006〜07年度の計画で進めています」。ライブセルモデリングには、理研の6つの研究所・研究センターの研究者が参加している。 なぜ今、ライブモデリングなのか? 横田チームリーダーは、「これまでの生物学では、現象を観察して証拠の写真を撮り、その解釈を文章で表現することが中心でした。しかし、生物のシステムを理解するためには、次のステップが必要だと考えています」と答える。「次のステップとは、現象のメカニズムを解明するためのシミュレーションです。そのためにはまず、シミュレーションに使うことができる形や現象を数値で記述した、細胞のデジタル化されたモデルをつくる必要があります」 コンピュータの中に細胞をつくる研究は、ほかにもいくつかある。それらとは、どう違うのか。「慶應義塾大学先端生命科学研究所のE-CELLシステムは、細胞を均一な物体が入っている閉じた袋と考えて、代謝をシミュレーションしようというものです。実際の細胞の中にはミトコンドリアやゴルジ体などのオルガネラ(細胞小器官)がたくさんあり、物質をやりとりしていますが、E-CELLにその概念は入っていません。また、米国のバーチャルセルは、円形の細胞の中に核があるだけの極端に単純化されたものです。私たちがつくるのは、複雑な、あるがままの細胞です」。そして、「複雑なものを単純化した系で考えるのがサイエンス。そういう意味では、ライブセルモデリングは賢くない方法ですね」と笑う。 しかし、横田チームリーダーには勝算がある。その自信の根拠が、これまでVCADシステム研究プログラムなどで蓄積してきた技術だ。CADとはcomputer aided designの略で、コンピュータを使って設計を行うこと。ものづくりの現場では、設計、シミュレーション、加工などの各段階でコンピュータが使われているが、今まではデータの互換性がないため、変換時のデータ欠落による不具合などが問題になっていた。VCADは、牧野内昭武プログラムディレクターを中心に開発された、設計からシミュレーション、加工までを一つのデータで動かすことができる画期的なソフトウェアだ。Vはvolume。従来のCADは外側のデータだけだが、VCADは中身のデータも入っている。 VCADシステム研究プログラムは現在、第2期(2006〜10年度)。横田チームリーダーは、第1期(2001〜05年度)ではVCAT(ブイキャット)開発チームを率いていた。「VCADは、人工物だけではなく自然物も扱うことができます。しかし、人工物と自然物では大きな違いがあります。人工物の多くは設計図があるので、そのデータをVCADに入れればシミュレーションができる。一方、自然物には設計図がないので、まずCTやMRIなどの断層撮影法を使って形状と内部のデータを取る必要があります。そして、そのデータをVCADで扱えるように加工するシステムがVCATです。VCATとVCADによって、自然物をコンピュータの中に再現し、これまでできなかった自然物のシミュレーションが可能になるのです」 例えば、MRIによって得られたヒトの全身データをVCATでVCAD用に加工することによって、人体の力学シミュレーションを行うことが可能になる。横田チームリーダーが兼務している中央研究所の生体力学シミュレーション特別研究ユニットでは、VCATシステムを用いて人体モデルを構築している。外部から力がかかったとき人体がどのように変形するかが分かるので、病気やけがの診断や手術の方針を検討したり、医療器具の開発にも役立つと期待されている。 また、自然物のデータを取るときには、生体力学シミュレーション特別研究ユニットで開発している3次元内部構造顕微鏡も活躍する。試料を−80℃で凍らせ、スライスしながら断面の写真を連続撮影する装置だ(写真1)。18×13.5×20cmまでの試料を観察できる。図1上は、3次元内部構造顕微鏡によってザリガニを厚さ0.03mmでスライスした断面画像の一部。30分ほどかけて約3000枚の連続断面画像を撮影した。厚さは細胞サイズ以下の0.001mmまで薄くできる。「得られたデータをVCATによって積み上げ、ザリガニの部分だけを抽出すると、全体像を再現できます(図1左下)。VCADシステムに入れれば、望み通りの断面を見ることができるだけでなく、例えば、熱したザリガニの周りの空気の流れもシミュレーションできます(図1右下)」。研究室にはられていた生物の写真は、こうしてつくられたものだったのだ。 「3次元空間を対象としたVCATは、ほぼ完成したといっていいでしょう。そこで、第2期ではチーム名を“生物基盤構築”と変え、ライブセルモデリングに取り組むことにしました」
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工学的手法で細胞を俯瞰する
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「各オルガネラや局所的な現象についての緻密な研究が進み、個別の対象ごとの仕組みはかなり分かってきました。しかし、互いの位置関係や物質がどう運ばれていくかなど、細胞全体の情報はあまり分かっていません。私たちは、外から俯瞰して統一的な指標で細胞を見ようとしています」
では、どのようにしてコンピュータの中に生きた細胞を再現するのだろうか。「ある程度の大きさを持った自然物については、CTなどVCATに入れるデータを取る手法が確立されています。細胞については、その方法がまだありませんでしたが、ちょうどいいタイミングでライブセルイメージングという技術が発達してきました。これが使えます」。細胞を高分解能で観察するには、薬品で固定したり、真空中に入れなければならなかった。見ているのは死んだ細胞だ。それが最近では、レーザー顕微鏡と蛍光タンパク質により、細胞を生きたまま観察できるようになった。しかも理研には、脳科学総合研究センターの宮脇敦史チームリーダー率いる細胞機能探索技術開発チームなど、世界トップレベルのライブセルイメージング技術を持つ研究室がある。 ライブセルモデリングの手順は、まず理研バイオリソースセンター細胞材料開発室で保存しているHeLa細胞を培養し、ライブセルモデリングに参加する細胞生物学の各研究室に渡す。HeLa(ヒーラ)細胞とは、ライフサイエンスの実験でよく使われるヒトのがん細胞だ。各研究室では、自分たちが得意とするオルガネラを観察し、細胞内での位置や形、物質の移動を画像として記録する。その画像から横田チームリーダーらが必要な情報を抽出し、統合していく。 しかし、HeLa細胞という同じ種類の細胞とはいえ、各研究室では各オルガネラを、違う細胞を使って観察する。それをどう統合するのだろうか。「細胞の外形が三角形になる新しい培養基板を中央研究所の前田バイオ工学研究室が開発しています。外形を三角形にすると、核と大きなオルガネラの位置がだいたいそろうので、細胞は違っても統一的なデータを取ることができます。これは、工学分野で性能測定のためによくやるベンチマークの手法です」 世界で初めての挑戦。もちろん課題はある。「近年著しい発展を遂げているライブセルイメージングの技術ですが、長時間にわたる細胞の4次元情報を得るにはまだ力不足です。蛍光が強くなるように細胞に当てるレーザーを強くすると、細胞が途中で死んでしまう。長く観察しようとレーザーを弱くすれば、蛍光も弱くなって画像処理が困難になってしまう。生物学者と私たち工学者が一緒に新技術を開発していく必要があります」 VCATについても、時間変化を扱うことができる4次元版に改良しなければならない。それにはオルガネラの境界や特定の部分を自動的に抜き出す技術開発が不可欠だ。しかし、横田チームリーダーは迷うことなく、こう言い切った。「2年計画の最後、2008年の3月ごろには、オルガネラの位置や形、物質のやりとりを再現した細胞のモデルがコンピュータの中にできていますよ」 |
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次はシミュレーションへ
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ライブセルモデルは世界に公開し、生物研究の基本ツールとして広く使ってもらう計画だ。しかし、それが最終目標ではない。「イメージングで見える対象は限られます。実際には、目に見えない何かが背後で働いている。細胞のモデルをコンピュータの中につくり、シミュレーションができるようになれば、何がどう動いているのかを推測できます。それによって初めて生物を理解できるのです」
「でも」と横田チームリーダー。「シミュレーションは大変ですよ。10年、いや、もっとかかるかもしれません。細胞の現象を記述する方程式がまだ分かっていないからです。とにかく、やってみるしかないでしょう」 理研を中心に次世代スーパーコンピュータの開発が進められ、2012年に完成予定だ。横田チームリーダーらは、次世代スーパーコンピュータで細胞シミュレーションに挑む。そして、横田チームリーダーにはやりたいことがある。「発生のシミュレーションです。1個の受精卵が個体になっていく様子を追っていきたいのです」 では、シミュレーションの先には何があるのだろうか。「細胞の機能を制御したり、改良したり、エンジニアリングができるようになります。そうすれば、再生医療用の組織をつくったり、医療分野に展開していくこともできるでしょう」 大学院の修士過程までは生物学を学んでいた横田チームリーダー。しかし、当時のイメージング技術に限界を感じ、必要なツールを自ら開発するために精密工学に移った。そして現在は情報工学。「昔から細胞のモデルをつくり、シミュレーションをやりたかったんですよ。ようやくその原点に戻ってきました」。そう語る横田チームリーダーの顔には、自信に満ちた笑みがこぼれた。■
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ボルボックスで探る多細胞生物への進化
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多細胞化したばかりの生物、ボルボックス
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「大学2年生のとき、数理生物学者の本多久夫さん(現・兵庫大学教授)が著した『シートからの身体づくり』(中公新書)を読んだことが、今の研究を始めるきっかけです」。西井一郎 独立主幹研究員はこう振り返る。「動物の複雑な身体が形づくられる仕組みを、“細胞シートの変形”というシンプルなモデルで説明した本です。とても面白いと思いました。自分の研究に当てはめたとき、複雑な身体づくりを研究するには、動物よりもシンプルな生物を研究材料に選ぶべきだ。そう考えて、大学院のときに探し当てたのがボルボックスです」
ボルボックスは湖や沼にすむ緑藻の一種で、球状の身体を持ち、鞭毛(べんもう)を使って回転しながら泳ぐ。「ボルボックスは世界で19種が知られていますが、現在、世界で最も多く研究に使われているのは、Volvox carteri(ボルボックス カルテリ)という種で、兵庫県で採取された日本由来の株なんです」 Volvox carteriは、約2000個の小さな体細胞が1層に並んで球状の個体をつくり、内部に16個の大きな生殖細胞を包み込んでいる。私たちの身体をつくる体細胞には、神経細胞や筋肉細胞などさまざまな種類があるが、ボルボックスの体細胞は1種類だけ。ボルボックスは1種類の体細胞と生殖細胞からなる極めてシンプルな多細胞生物だ。 「なぜボルボックスはこんなにもシンプルなのか。それはボルボックスが生命進化の歴史ではつい最近、5000万年前から現在までの間に、クラミドモナスという単細胞生物から多細胞生物へ進化したばかりだからです(図1)」 ![]() |
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身体の表裏が反転
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「ボルボックスは、さまざまな場所からたくさんの細胞が集まってきて形づくられていると誤解されている方も多いかもしれません。しかしそうではなく、1個の生殖細胞から子どもが生まれます」
生殖細胞が約2000個の細胞に分裂し終わった後、インバージョン(反転)という細胞シートの変形運動が起きる(図2)。「このときまで、親の身体とは反対に、生殖細胞は球体の外側、鞭毛は内側を向いています。それが球体の一方の極に開いた十字形の穴から、まるでミカンの皮をむくように表裏が反転していくのです。こうして生殖細胞は球体の内側に入り、鞭毛が外側を向くことで、泳ぐことができるようになります」 1970年代、このインバージョンができない突然変異体が数種見つかったが、原因遺伝子は突き止められなかった。「私がボルボックスの研究を始めた1990年代、インバージョンの研究は、もうほとんど誰も行っていませんでした。しかし、新しい技術を使えば、突然変異体をたくさんつくり、その原因遺伝子を突き止められるはず。そうすればインバージョンは、遺伝子や分子レベルで身体づくりを研究する上でよいモデルになると考え、実験を始めました」 西井独立主幹研究員は、最初に見つけた突然変異体にInvA(インブエイ)と名付けた。InvAは、穴がめくれ始めたところでインバージョンが止まってしまう。「インバージョンが起きるとき、まず細胞の形が細長くなり、細胞同士のつなぎ目(原形質連絡)が真ん中から、細長くなった先端へ移ります(図3)。それが穴の周囲の細胞から順番に起きることで、ミカンの皮をむくように表裏が反転するのです。ところがInvAは、細胞は細長くなりますが、つなぎ目は先端へ移りません。そのため、インバージョンが途中で止まってしまうのです」 西井独立主幹研究員は、InvAの原因遺伝子がキネシンという“運び屋”の役目をするモータータンパク質の遺伝子であることを突き止めた。キネシンがつなぎ目を先端へ運び、インバージョンが起きると考えられる。 細胞の変形とつなぎ目の移動は、穴の周囲の細胞から順番に起きる。細胞はどのようにして自分の順番が分かるのだろう。「個々の細胞が自分の位置を認識しているとは思えません。インバージョンが起きる準備が整ったときに、人工的に穴を開けると、そこからインバージョンが始まります。穴があると、周囲の細胞がそれを感知してインバージョンが始まり、情報が順番に伝わっていく何らかの仕組みがあるはずです。しかしその仕組みは、まだまったく分かっていません」
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多細胞化に必要な遺伝子
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「ボルボックスで何らかの遺伝子を見つけると、そのもととなった遺伝子を単細胞生物のクラミドモナスで探し、働きを調べることができます。この方法で単細胞生物からどのようにして多細胞生物へ進化したのかを研究できるのです。ボルボックスのインバージョンで働くキネシンは、クラミドモナスでは細胞分裂のときに働いているようです。ボルボックスのインバージョンは、クラミドモナスの細胞分裂に由来しているのかもしれません」
そもそもなぜ、ボルボックスはインバージョンを行うのか。「それはおそらく、クラミドモナス時代からの“しがらみ”だと思います。クラミドモナスは、一つの細胞壁の中で最大16個くらいに連続的に細胞分裂します。そのとき鞭毛を生やす装置が内側を向いていることが、ボルボックスのインバージョンの起源だと思います」 西井独立主幹研究員たちは現在までに、インバージョンができない突然変異体の原因遺伝子を、invAを含めて四つ突き止めた。「その四つの遺伝子には、いずれもクラミドモナスに、もととなる遺伝子がありました。単細胞生物であるクラミドモナスは、インバージョンのような身体づくりを行う必要はありません。それにもかかわらず、身体づくりに必要な遺伝子は、クラミドモナスの段階ですでにそろっていたと思います。単細胞生物から多細胞生物へという大きな進化は、そのとき、たくさんの新しい遺伝子ができたのではなく、クラミドモナスがすでに持っていた何らかの機能をうまく利用し、さらにいくつかの遺伝子が少し変化することで、実現できたのでしょう。それをこれから確かめていきたいと思います」 |
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雄と雌の起源
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「クラミドモナスとボルボックスの間には、細胞数や細胞分化の程度が中間的な種が存在します(図1)。例えば中間的な種では、体細胞と生殖細胞という細胞分化が起きていません。進化のある段階から細胞の大きさに違いが現れ、プレオドリナやボルボックスに進化した段階で初めてはっきりと小さな体細胞と大きな生殖細胞に分化します。そういう経緯を研究できる生物種グループは、珍しいと思います」
ボルボックスは、発生のある段階で小さい細胞と大きい細胞に分かれる分裂が起き、直径8μm(0.008mm)以上の細胞が生殖細胞、それよりも小さな細胞が体細胞となる。驚くべきことに、細胞は何らかの方法で自分の大きさを測り、運命を決めているのだ。「8μm以下の細胞ではregAという遺伝子が働きます。この遺伝子が働かないと、細胞はすべて生殖細胞になってしまいます。regAは細胞が生殖細胞にならないようにブレーキをかけているのです。私たちは共同研究で、regAのもととなる遺伝子もクラミドモナスで見つけました。regAは進化の速い遺伝子で、ボルボックスへの進化の過程で複数回、重複化していることが分かりました。しかし、起源となったクラミドモナスでどのような働きをしているのかは、まだよく分かっていません」 単細胞生物にも性別を持つものがある。ただし、生殖細胞がつくられ、精子を持つ雄と卵(らん)を持つ雌が現れるのは、多細胞化に伴って始まった。「ボルボックスは、栄養状態が良ければ、雄と雌はそれぞれ無性生殖を行い、どんどん増えていきます。しかし栄養状態が悪くなり飢餓状態になると、雄が周りの仲間に“無性生殖をやめて、有性生殖にしよう”とフェロモンを出して伝えます。すると雌は48個の卵をつくります。雄は約100個の精子からなる塊を128個つくり、それらを体外に放出します。精子の塊が雌の身体に入ると、精子はばらばらに分かれて卵を目指します。受精してできた接合子は乾燥に強く、水がなくても土の中で生きていけます。それほど生命力が強いのです」 このような、運動能力に優れた小さな精子と、栄養を蓄えた運動能力のない大きな卵という生殖の仕組みは、どのように始まったのか。「東京大学の野崎久義 助教授は、プレオドリナというボルボックスとクラミドモナスの中間的な種で、精子をつくるために必要な遺伝子を見つけ、OTOKOGI(オトコギ)と名付けました。OTOKOGIのもととなる遺伝子は、クラミドモナスの性を決めるもので、性染色体に相当する領域にあることが分かっていました。その遺伝子をボルボックスでも、つい最近、野崎研究室と私たちの共同研究で突き止めました。ボルボックスとクラミドモナスはゲノム(全遺伝情報)がすでに解読されているので、精子と卵による生殖の進化に伴ったゲノムレベルでの進化が分かりつつあります」 |
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未開拓分野への冒険
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「ボルボックスをメインに研究している研究室は、日本では私たちだけ、世界全体でも10ヶ所もありません」。決してメジャーとはいえない未開拓な分野を、西井独立主幹研究員は大学院のときに選択したのだ。「冒険でしょうね。しかし、ある人が釣りに例えてこう言っています。“ハッピーに研究したいなら、すでに釣り人がたくさんいる人気の場所を選ぶのではなく,まだ誰もいない場所に分け入り、大魚が潜んでいそうな池を見つけることだ”。その言葉に私はとても共感を覚えます」
西井独立主幹研究員は、ボルボックスという未開拓の分野で、単細胞生物から多細胞生物への進化の謎とシートからの身体づくりの起源という“大魚”を釣り上げようとしている。■
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T. D. Lee博士からのメッセージ 旭日重光章受章を記念して
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理研の海外研究拠点の一つ、理研ブルックヘブン研究センター(RBRC)は1997年、米国ニューヨーク州のブルックヘブン国立研究所(BNL)内に設立された。設立にあたっては、コロンビア大学教授でノーベル物理学賞受賞者、Tsung-Dao Lee 博士を初代センター長として迎えた。博士はRBRCのその後の発展の基礎を築き、現在、同センターの名誉センター長を務める。昨年11月、Lee博士は物理学分野における日米研究協力および若手研究者の育成に尽力した長年の功績によって「旭日重光章(きょくじつじゅうこうしょう)」を受けることが決まり、今年1月に伊吹文明文部科学大臣より伝達された。理研は、中国高等科学技術センター(CCAST)のセンター長も務める博士の訪中に合わせて、日中の研究協力をいっそう進展させるため、大規模な合同シンポジウムを11月10日に北京で開催した。 今回、旭日重光章の受章と北京でのシンポジウムを機に、理研、そして日本と中国の研究協力について、Lee博士から寄せられたメッセージを紹介する。 |
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確実に成果を挙げたRBRCの10年間
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太陽をシンボルとする旭日重光章は、私が携わってきた学問の本質と深くつながっています。ガリレオやニュートンは、太陽を巡る木星や火星など惑星の運動から、基礎的な物理法則を導き出しました。物理学が天文学から発展したという経緯からも、物理学者である私にとって、天文学を想起させる今回の受章はとてもうれしいものです。もちろん、今回の受章は私一人に与えられた名誉ではなく、RBRCの発展に尽くしてきたすべての人に贈られたものであることを強調したいと思います。1995年、理研は米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)と研究協定を結びました。BNLの超大型衝突型加速器“RHIC(リック)”の建設にあたり、理研はBNLと共同で、核子の内部構造を調べるための“サイベリアンスネーク”という特別な構造の電磁石などを整備しました。そして1997年、RHICを使った物理学研究を理論・実験両面から推進するためにRBRCを設立しました。2002年、RBRCはコロンビア大学と協定を結び、量子色力学に必要な計算を行うコンピュータ“QCDOC”を開発しました。QCDOC は、ゴードン・ベル賞を取った“QCDSP”を発展させたもので、IBMの“BlueGENE”用CPU開発の基礎ともなり、10テラフロップスの演算速度を持ちます。RBRCはこれらの設備を用いて、核子を構成するクォークやグルーオンの特性をスピンの物性から調べるという、新しい視点に基づく研究を開始しました。そして、宇宙の初期状態がクォーク・グルーオンプラズマという粘度の低い液体状態であったことを示すなど、極めて重要な成果を収めてきました。これは、理研の資金協力や、RBRCで育った若い研究者の力なしには達成されなかったことです。 |
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“科学”をベースにした国際協力を
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今回、理研仁科加速器研究センターと中国核物理協会(北京大学、中国近代物理研究所、中国原子能科学研究院、上海応用物理研究所などで構成)との間で核物理分野の研究協力協定が結ばれたことは、とても喜ばしいことです。協定締結に至るまでに各機関の意見調整のための議論を重ね、その結果、より深い相互理解に基づく協定を結ぶことができました。
野依良治理事長は「日中協力は非常に重要だ」と強調していますが、私もまったく同感です。今、世界はさまざまな局面で危機にひんしています。日中両国が手を取り合い、協調して物事に取り組めば、アジアだけでなく世界の、そして将来の人類の平和に貢献できるでしょう。そのためには“科学”をベースにした協力が最良です。その理由の一つとして、自然の深遠さを探求する科学の人類に及ぼす影響が計り知れないことが挙げられます。もう一つとして、経済活動は競争的側面が強過ぎることが挙げられます。もちろん科学にも競争はありますが、それは切磋琢磨(せっさたくま)という、良い意味での競い合いです。その好例が、理想的な国際研究協力を実現したRBRCなのです。 |
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理想像を求めて
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1996年、私は当時、理研の理事長だった有馬朗人(あきと)氏と協議を重ね、BNLにおける原子核物理研究のための共同研究施設の設立に合意しました。私はこの新しい研究施設の理想像について思いあぐねていたのですが、ふと、仁科芳雄博士とオスカー・クライン博士のエピソードを思い出しました。
1920年代、実験物理学者として功績を挙げていた仁科博士は、デンマークのボーア研究所に赴き、そこで出会ったクライン博士と“X線のコンプトン散乱”について、別々の角度から理論的な研究を進めることになりました。非常に込み入った計算が必要な研究でしたが、彼らは週2回、お互いの計算結果をチェックし合うのみで、独自に研究に取り組みました。そして良いライバル同士としてしのぎを削った結果、X線のコンプトン散乱の断面積と角度分布を与える“クライン−仁科の公式”が導き出されたのです。 このように、当時のボーア研究所は、多くの優秀な研究者が切磋琢磨を重ね、世界的な影響力を持っていました。私は「ボーア研究所のような若い研究者をはぐくむ研究所を設立するのだ」と決意しました。 |
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RBRCとアジアの国際協力関係、さらなる発展を
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こうしてRBRCは、すでに自立した研究者のための国際共同研究施設としてではなく、若い研究者をはぐくむことを主眼として設立に至ったのです。RBRCはこの10年間で、私が理想としたように若い優れた研究者をはぐくみ、世界的に大きな影響力を持つようになりました。この成功の裏には、外国から来た若い研究者がRBRCの研究活動の輪に溶け込んでいけるよう、頻繁にランチタイムセミナーを行ったり、メンター(助言者)をつけるなど、各種の工夫を重ねてきたことがあります。また、ディレクターはRBRC以外に給与を得るポストを持ち、RBRCには定年制のポストを置かないことにしたため、ポストを巡って争う必要がなかったなど、“研究者はサイエンスのことだけ考えればよい”という仕組みが出来上がったこともあるでしょう。
今後もRBRCには、RHICやQCDOCを利用し、RBRCにしかできない物理学を発展させてほしいと願っています。これまで10年間のRBRCのように、共同研究の的を絞れば、目覚ましい成果を挙げることができます。近い将来、日中2国間の協力により、ぜひ、アジアにおいてもRBRCのようなセンターを設立し、素晴らしい国際協力関係を構築したいものです。■ |
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イネの収量ホルモンを活性化する遺伝子を発見
作物の生産性向上に期待 |
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――「LOG遺伝子」について教えてください。
榊原:共同研究者である東京大学・経塚(きょうづか)淳子助教授の研究室で発見されたイネの突然変異体「log」の原因遺伝子のことです。この変異体では花芽の数が減少し、穂も小さくなります。また、めしべがなくて、おしべが1本しかつくられないようなものもあります(図1)。 ![]() |
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――変わった名称ですね。
榊原:“おしべが1本だけ”ということで、「lonely guy」→「log」と名付けられたそうです。ちなみに、発見した男子学生さんは彼女いない歴二十数年ということで、それにも掛けているとか、いないとか(笑)。ハンサムなんですけど。 |
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――なぜLOG遺伝子からサイトカイニンへと話がつながったのですか。
榊原:東大でLOG遺伝子の解析が進められた結果、“遺伝子の配列情報からは「LOG」は機能未知のタンパク質である”ということが分かりました。“植物の成長がうまくいかないということは、植物成長ホルモンのサイトカイニンに関係があるのでは?”ということになり、“サイトカイニンおたく”で知られる私のところに話が来ました(笑)。そして、LOG遺伝子とよく似た遺伝子が、病原性土壌細菌の一部のゲノム上に存在し、しかも、その遺伝子はサイトカイニン前駆体の合成酵素遺伝子(IPT)に隣接していることを発見したのです。関連遺伝子は近くにあることが多いので、LOGタンパク質がサイトカイニンの代謝にかかわると考え調べた結果、サイトカイニンの前駆体であるヌクレオチド体を活性型に変換することが分かりました(図2)。これまでサイトカイニン前駆体の合成にかかわる遺伝子は分かっていましたが、一番大切な活性化の遺伝子を発見したのは今回が初めてのことです。 ![]() |
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――今後、どのような応用が考えられますか。
榊原:私たちは2005年にサイトカイニンが、イネの着粒数をコントロールする植物ホルモンであることを明らかにしました。これにより、“サイトカイニンの活性を花芽分裂組織で上昇させることでイネの着粒数を多くできる”というストーリーが可能になりました。しかし、これまではサイトカイニン前駆体の合成をコントロールすることしかできませんでした。今回発見した遺伝子を利用すると、サイトカイニンの活性化を直接コントロールできるので、着粒数を増やすことはもちろん、葉の老化を抑制し、さらに光合成を活性化させるなど、より生産性の高い収量増加型のイネをデザインできるかもしれませんね。■ |
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「新興・再興感染症に関するアジアリサーチフォーラム2007」を開催
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近年、新種の感染症や古くからある感染症の再興が、私たちの生活を脅かすのではないかと大きく懸念されており、その原因は地球温暖化の進行や都市化・グローバル化などが考えられています。そうした中、1月15〜16日、「新興・再興感染症に関するアジアリサーチフォーラム2007」が理研・感染症研究ネットワーク支援センターと文部科学省の主催により、長崎市で開催されました。このフォーラムは、文部科学省の「新興・再興感染症研究拠点形成プログラム」の一環として行われたものです。今回は、「蚊」を媒介とした感染症をテーマに、近年ニューヨークを震撼(しんかん)させた西ナイル熱や、依然としてアジアやアフリカなどで流行が認められるデング出血熱、マラリアなどに関する研究成果が発表されました。 報告を行ったのは、このプログラムに参加しているタイ、ベトナム、中国および日本の4ヶ所の研究拠点の研究者と、特別ゲストとして招かれた国内の代表的な研究者、および、上海にある仏・パスツール研究所、米国・NIH(国立衛生研究所)やCDC(疾病予防管理センター)など、海外の代表的な研究機関の研究者です。当日、会場に集まった延べ200人の国内外の関係者は、講演に加えて、45件に上るポスターセッションにも熱心に耳を傾け、活発な議論を交わしました。 |
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第20回「独立行政法人理化学研究所と産業界との交流会」が開催される
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「理化学研究所と親しむ会」が主催する「独立行政法人理化学研究所と産業界との交流会」が2月14日、ホテルオークラ東京で開催されました。「理化学研究所と親しむ会」は、理研と産業界の密接な交流を通じて理研の研究成果と産業界のニーズとを結び付けることを目的とし、毎年、講演会や懇親会などを開催しています。20回目の今回は、小口(おぐち)邦彦 理研と親しむ会会長の開会の辞、野依良治理事長のあいさつに続き、玉尾皓平フロンティア研究システム長が「20周年を迎えたフロンティア研究システム ―理研の活力の源―」、渡辺恭良プログラムディレクター(フロンティア研究システム 分子イメージング研究プログラム)が「創薬と未病(みびょう)・病態科学のための分子イメージング」、国武豊喜グループディレクター(フロンティア研究システム 時空間機能材料研究グループ)が「ナノ材料の未来」と題して講演しました。その後の懇親会では、伊吹文明 文部科学大臣らが出席し、お祝いの言葉を述べました。懇親会場は多くの来場者でにぎわい、理研の最新の研究成果や理研ベンチャーを紹介する45の展示コーナーが設けられました。参加者、432名。 |
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講演会「ラボマネジメントと研究不正」を開催
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2月15日、柳田充弘 京都大学大学院生命科学研究科 特任教授を講師に迎え、職員等の“研究不正防止”に対する問題意識向上を目的とした講演会「ラボマネジメントと研究不正」を和光キャンパスで開催しました。柳田特任教授は、自らの研究生活上で出会った事例と研究室主宰者の経験から、あえて問題を提起する立場を取りたいと前置きし、「正直であることの大切さと難しさ、研究指導者の研究不正に対する態度が極めて重要であり、研究不正の事例を知ること自体が優れた教育になる」と述べ、「新しい芽を抑圧する方向に向かわせないためにも、この件で研究者が発言し、ほかの人の話を聞くことが今、最も大事なこと」と強調しました。講演の後半には、演者と参加者の間で熱い質疑が交わされました。また、講演の模様は各支所へテレビ会議システム配信、和光キャンパスの一部へインターネット配信され、理研全体でおよそ400名が聴講しました。 |
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ライブスチーム外伝
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私が小学生のとき、学校の図書室で一冊の本が目に留まりました。題名は『模型蒸気機関車の製作』だったと思います。そのころの私は鉄道に興味を持ち始めていて、その本も模型をつくる本ということで何げなく借りて読んでみたのですが、内容は想像していたものとはまったく違い、本物と同じメカニズムで動く模型の蒸気機関車(ライブスチーム)をつくるものでした。でも私はその本に引き込まれてしまい、何度も借りては読み返し、果ては設計図もどきの図を書き始めたりしていました。とはいえ、当時のライブスチームは、旋盤など各種の工作機械と専門技術を駆使して、ほとんどの部品を一つずつ手づくりしていくものでした。もとより小学生にはまったく無理な話で、その後冷静になった(笑)。私はオーソドックスな電気で走る鉄道模型の道を歩むことになりました。しかし、私の中には“いつかは自分もライブスチームを”という思いとともに、その本の著者である「渡辺精一」さんの名前が記憶にしっかりと刻まれたのでした。中学生になったある日、私は友達と東京・神田にある交通博物館に行きました。その日は、たまたま博物館の中庭でライブスチームの運転会をやっていました。そこで走っていた何両かの蒸気機関車の1両が、あの『本』の中で紹介されていた「フライング・ジロー号」でした。ということは、それを運転している人は、渡辺精一さんご本人? それはとても感慨深い一瞬でした。ほとんど伝説の人物(ちょっと大げさ)に出会ったようなものでしたから。ついでに係の人に頼み込んでフライング・ジロー号の牽(ひ)く列車に乗せてもらいました。本来、乗れるのは小学生以下だけだったけれど…… それから時は流れ、これらの記憶は思わぬところで呼び覚まされました。それは理研の就職試験の役員面接のときでした。一通りの質疑応答の後、「ところで、何か趣味はありますか?」「そうですね、○○とか、××とか、それから鉄道模型でしょうか」「ほう、鉄道模型といえば、渡辺さんがSLをつくっていたなぁ」「え゛! 渡辺……精一さん、ですか?」。このときまで、渡辺精一さんが理研の職員であったことを私はまったく知りませんでした。残念ながら当時すでに理研を退職されていましたが、世の中にはこんなこともあるのかと思いました。それがきっかけというわけではありませんが、理研に就職した後、私は模型雑誌を読むだけで少しばかり遠ざかっていた鉄道模型に再び手を付けるようになりました。 渡辺さんの機関車が理研ギャラリーに展示されていることを知った私は、平成18年10月のある日の昼休みにギャラリーを訪れ、フライング・ジロー号と35年ぶりに対面しました。あのとき交通博物館の中庭を走っていた機関車は、今は静かにケースの中に納まっていて、でもじっと眺めていると、あの日の機関車のブラスト音や、汽笛や安全弁から噴き上がる蒸気の音、そして石炭の燃えるにおいが、よみがえってくるのでした。 その後結局、渡辺さんにお会いすることはついにありませんでした。神田の交通博物館も埼玉県の大宮へ移転するため閉館しました。そんな中で、おそらくはもう走ることのない緑色の機関車は、理研の展示室で仲間たちとともに静かに時間を過ごしています。私はといえば、老眼にむち打って相変わらず小さな鉄道模型をつくったり走らせたりしています。現在では工作機械などが無くても組み立てられるライブスチームのキットを買うこともできますが、私はもはやライブスチームに手を染めることはないでしょう。それでもなお“いつかは自分もライブスチームを”という思いだけはずっと、私の心の片隅に残り続けるのだろうと思います。 ■ |
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