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ゴルジ体をめぐる大論争に決着
新型レーザー顕微鏡を開発
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ゴルジ体に関する十数年来の大論争
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細胞の中には、細胞小器官と呼ばれるさまざまな構造体がある。その多くは、20世紀に登場した電子顕微鏡によって見つかったが、ゴルジ体はいち早く1898年に発見されている。ただし、ゴルジ体の機能が分かってきたのは1970年代以降のことだ。ゴルジ体は、新しくつくられたタンパク質を受け取り、酵素によって“化粧直し(修飾)”を行い、目的地ごとに仕分けして送り出している。「細胞ではさまざまなタンパク質がつくられていますが、それがきちんと働くには、それぞれの目的地まで運ばれる必要があります。ゴルジ体は、そのタンパク質輸送の要となる“配送センター”の役目をしているのです」。中野明彦主任研究員は、ゴルジ体の重要性をこう説明する。 高等動植物のゴルジ体は、平べったい袋(槽(そう))が積み重なった構造をしていて、タンパク質が入ってくる側をシス、中間部をメディアル、仕分けされて出ていく側をトランスと呼ぶ(図1)。シス、メディアル、トランスでは働いている酵素が違う。 新しくつくられたタンパク質は、シス−メディアル−トランスの間を、小さな袋(小胞)に乗って移動していくと考えられていた。「1980年代の初め、この“小胞輸送モデル”を支持する実験データが発表され、ほとんどの研究者がこのモデルを正しいと信じました。ところが1990年代に入り、主に顕微鏡で細胞内を調べていた研究者たちが、小胞輸送モデルは間違いではないかと言いだし、“槽成熟モデル”が提案されました」。槽成熟モデルは、タンパク質は移動せずに、ゴルジ槽の性質がシスからトランスへと変化(成熟)していくという説だ。 「どちらのモデルが正しいか、世界中の研究者が真っ二つに分かれて、十数年、激論を戦わせてきました。なぜこれが大問題なのか。小胞輸送モデルは、細胞内には細胞小器官の区画が安定に存在しているという従来の考え方に基づいています。一方、槽成熟モデルは、何もなかったところにシスが生まれ、メディアル、トランスへと性質が変化して消えていく、つまり細胞小器官は移ろい行くものだという考え方なんです。これは細胞内の現象を考える上での大きなパラダイムシフトです」 |
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生きた細胞をナノスケールで見る
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小胞輸送モデルは、美容院に例えると、お客さん(タンパク質)が各担当者(酵素)のいる席(槽)へと移動しながら化粧直しが進むスタイル。一方、槽成熟モデルは、お客さんは席を移動せずに、担当者が入れ替わりながら化粧直しが進むスタイルだ。つまり、ある槽を観察し続けたとき、酵素が入れ替われば槽成熟モデルが正しいことになる。
「シスやトランスの酵素が、それぞれ違う蛍光色で光るようにします。小胞輸送モデルが正しければ、一つ一つの槽の色は変わりません。槽成熟モデルが正しければ、色が変わるはずです。生きた細胞のゴルジ槽をナノスケールの分解能で観察し続けることができれば、どちらのモデルが正しいか簡単に決着をつけられるはずです」 ただし、その観察が簡単ではない。光学顕微鏡は分解能が低いため、生きた細胞内のナノスケールの現象をとらえ切れない。高い分解能を持つ電子顕微鏡は生きた細胞を見ることができないので、静止画しか撮れない。「私は1997年に理研に主任研究員として赴任しました。そのとき、先輩の主任研究員から“理研は面白いことにチャレンジできるところだから、大学ではできなかったことをやった方がいい”とアドバイスを受けました。そこで、専門外だった顕微鏡の開発に挑み、生きた細胞内の微細な現象を見てみようと思いました」 中野主任研究員は、新しい顕微鏡をつくるための技術を探し始めた。「1997年の冬、日本分子生物学会に参加したとき、同時開催されていた機器展を歩き回っていました。ある会社のブースを通り過ぎようとすると、“新しい共焦点スキャナーをつくったんです。見ていきませんか?”と声を掛けられました。客引きに引っ掛かったんです(笑)。それが(株)横河電機の市原 昭さんでした」 中野主任研究員はそこで、(株)横河電機が独自に開発した“ニポウディスク式共焦点スキャナー”に出会った。「これはすごい! 私が見たい現象を見るにはこの原理しかない、と思いました」 1980年代に開発され、急速に普及した光学顕微鏡に、共焦点レーザー走査顕微鏡がある。これは普通、1本のレーザービームで試料をスキャンして高い分解能の画像を得る。ただし1枚の画像のスキャンに1秒以上の時間が必要だった。これではゴルジ槽の素早い変化はとらえられない。一方、ニポウディスク式共焦点スキャナーは、約1000本のレーザービームにより1枚の画像を約1000分の1秒でスキャンすることができる。 しかし蛍光タンパク質の光は暗いので、スキャンした像を撮影するのに、普通のCCD(電荷結合素子)カメラの感度では結局、積算に1秒以上かかってしまう。「この問題を解決するため、市原さんに紹介されたのが、HARP(ハープ)方式の撮像管を発明したNHK放送技術研究所の谷岡健吉さん(現・同研究所所長)です。谷岡さんは、自らHARPカメラを担いで私たちの研究室に来てくれました。すると信じられないくらいの超高感度で素晴らしい画像が撮れたんです」。HARP(High-gain Avalanche Rushing amorphous Photoconductor)方式は放送業界の大発明といわれており、HARPカメラは1995年に函館空港で起きたハイジャック事件の際、暗闇の中で機動隊が機内に突入する様子を見事にとらえて一躍有名になった。現在、この超高感度カメラは、ナイター中継や深海探査など、さまざまな場面で活躍している。 2002年、中野主任研究員らは、HARPカメラとニポウディスク式共焦点スキャナーという独創的な国産技術を組み合わせた新型レーザー顕微鏡の開発を、産官連携のプロジェクトとしてスタートさせた。 |
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ダイナミックなゴルジ槽の変化を見た
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「シスやトランスの酵素が違う色で光る試料をようやく作製して、ニポウディスク式共焦点スキャナーの初期モデルを使って観察を続けていると、実際にゴルジ槽の色が変わる様子が見えたんです。飛び上がるほど興奮しましたね。国際学会で発表して大きな反響を呼んだのですが、さまざまな反論も受けました。共焦点レーザー走査顕微鏡は試料のある断面を写し出しますが、例えば、その断面をシスが通った後に別のトランスが通ったのではないかという反論です。2次元の断面ではなく、3次元の動画を撮ってゴルジ槽の変化を証明する必要がありました」
2004年、新型レーザー顕微鏡が完成した(表紙上段)。この顕微鏡は、普通のCCDカメラの1万倍の感度で1000分の5秒ごとに断面像を撮り、それを積み重ねて3次元の動画をつくることができる。ただし、最後に立ちはだかったのが光の波長の限界だ。光学顕微鏡の分解能は可視光の波長の半分、200nmくらいが原理的に限界だといわれてきた。中野主任研究員らは、その限界を超える100nm以下の分解能を目指して、“deconvolution(デコンボリューション)(畳み込み積分の逆演算)”と呼ばれる数学的な処理を最後に用いた。 2005年夏、中野主任研究員はゴルジ体の論争に決着をつけるべく、米国で開かれる国際会議へ旅立った。「実は、研究室の時田(松浦)公美(くみ)さんからdeconvolutionした数メガバイトの動画ファイルを受け取ったのは、幸いなことに無線ネットワークが利用できたニューヨークの空港でした。その動画を見た途端、本当に体がぞくぞくしてきました。今までぼんやりしていたゴルジ槽の変化がはっきりと見えたんです。それから数日間、興奮してろくに食事も取らず、徹夜を続けてデータを解析して発表資料をつくり、国際学会に臨みました。論文も一気に書き上げました。おかげで5kgもやせました(笑)」 細胞内のある場所にシスの酵素が現れ、メディアルやトランスの酵素が加わってせめぎ合い、やがてトランスの酵素一色となり消えていく。一つの槽がこのように変化することを、動画は鮮やかに映し出していた(図2・表紙上段の蛍光画像)。これは槽成熟モデルが正しいことを示す決定的な証拠だ。 酵素は膜に埋め込まれていて、膜から外れることはなく、膜とともに移動する。トランス側の槽の膜の一部がちぎれて小胞となったり、チューブのように伸びたりしてシス側の槽の膜と融合し、トランス側の酵素が移動する。さらに槽の膜の一部がちぎれてシス側の酵素が取り除かれ、槽全体の性質がシスからトランスへと変わっていく。その様子も動画はとらえていた。「ゴルジ槽は非常に柔軟で、ダイナミックに変化していたのです」 実は、この観察に用いた酵母では、ゴルジ槽は細胞内でばらばらに存在している。では、槽が積み重なった高等動植物のゴルジ体ではどうなっているのだろう。「一つ一つの槽はシスとして生まれ、トランスへと変化し、消えることを繰り返していますが、全体としてはシス−メディアル−トランスのユニットが常にそろっているのだと思います。最近、ゴルジ体以外の細胞小器官も生まれては消えているという報告が出始めました。従来の細胞の概念は、今、大きく変わろうとしています」
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生物学や医学に大変革をもたらす
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新型レーザー顕微鏡は、約50nmの3次元分解能を達成した。「生きた細胞をこれだけの分解能で観察できれば、生物学や医学の世界が変わると思います」。この新型レーザー顕微鏡は、2〜3年後に市販される予定だ。そして中野生体膜研究室では、感度や撮影スピードの向上を目指してさらなる開発を続け、生命の仕組みに迫ろうとしている。
「ゴルジ体は一度に数百種類のタンパク質を仕分けしています。それぞれのタンパク質がゴルジ体の中でどのように仕分けされていくのか追跡したいですね。もちろんゴルジ体以外にも、見たい現象が山ほどあります。生きた細胞をナノスケールで見ることで、今までどうしても解けなかった謎の答えが一目瞭然(りょうぜん)となる、そういう発見が続々と生まれることでしょう。そして、生命の本質にさらに迫る新たな謎も見えてくるはずです」■
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クローンをつくる“匠の技”
核初期化の謎に迫る
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世界初の体細胞クローンマウス誕生
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世界初の体細胞クローンマウスを誕生させたのが、ゲノム・リプログラミング研究チームを率いる若山照彦チームリーダーである。1998年、ハワイ大学の柳町隆造(やなぎまち りゅうぞう)研究室に留学中のことだ。前年に、世界初となった哺乳類の体細胞クローン、ヒツジの「ドリー」が誕生していた。若山チームリーダーは、当時をこう振り返る。
「哺乳類の体細胞クローンは誰もが、もちろん私も不可能だと思っていましたから、ドリーの誕生は衝撃的でしたね。でも、ドリーをつくった技術は、すでに受精卵クローンで確立されていたもので、技術的なブレークスルーではありません。“不可能だと思って誰もがやらなかったことをやった”という概念のブレークスルーですね。だったら、それまで不可能だといわれていたマウスでも体細胞クローンができるかもしれない、そう思いました」 クローンとは、同一の遺伝情報を持つ個体をいう。クローンには、つくり方によって「受精卵クローン」と「体細胞クローン」がある。受精卵クローンをつくるには、まずメスの卵管から受精卵を取り出し、受精卵が8個の細胞に分裂した段階で1個1個の細胞に分ける。その後、それらの細胞の核をあらかじめ核を取り除いた卵子に移植して、子宮に戻す。初めての受精卵クローンは、1952年にカエルで成功した。そして1986年にヒツジで成功して以来、畜産の分野ですでに実用化されている。一方、体細胞クローンは、皮膚や乳腺(にゅうせん)、卵丘(らんきゅう)などいろいろな体細胞の核を、あらかじめ核を取り除いた卵子に移植することでつくられる(図1)。 「私たちの体細胞クローンマウスも、技術的なブレークスルーはありません。運が良かったんですよ」と若山チームリーダーは言う。「マイクロマニピュレーターを使って卵子から核を取り除く技術は日本にいたころから持っていましたし、ハワイ大ではマイクロマニピュレーターを使って顕微鏡下で精子を卵子に入れて受精させる顕微受精をやっていました。体細胞クローンの核移植は、顕微受精の精子が体細胞の核に代わるだけです。たまたま持っていた技術と、ピエゾドライブを組み合わせたらできた、というのが本当のところなのです」 マイクロマニピュレーターは、ジョイスティックを動かすことで1μmオーダーの微細な作業ができる機械である(図2)。ピエゾドライブはマイクロマニピュレーターに接続し、ピエゾという素子に電気を流すことで先端のピペットが高速で振動するものだ。普通、細胞にピペットを刺すとつぶれてしまうが、ピエゾドライブを使えば細胞をつぶすことなく一瞬で細胞膜に穴を開け、効率的に核を取り除いたり挿入したりできる。もちろん、マイクロマニピュレーター、特にピエゾドライブの操作は難しく、熟練が必要だ。 体細胞クローンがマウスで成功した意義は大きい。体細胞クローンであることが疑問視されていたドリーの追試となっただけでなく、マウスは実験動物であることから、クローン研究を本格的に進めることができるようになったからだ。
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クローンマウスの成功率の向上に成功
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2002年、若山チームリーダーは、理研発生・再生科学総合研究センターでゲノム・リプログラミング研究チームを立ち上げた。「体細胞クローンマウスの成功率を上げること。それが、私たちの一番大きな目標です」と若山チームリーダーは言う。
体細胞クローンは成功率が極めて低い。例えば最初のクローンヒツジの場合、体細胞の核を227個の卵子に移植したが、生まれたのはドリー1頭だけだった。成功率は0.4%以下だ。若山チームリーダーのマウスでも、成功率は2%程度。そのほか、ウシやヤギなどで体細胞クローンが誕生しているが、いずれも成功率は2〜10%だ。ようやく生まれても、すべての個体に肥満や呼吸器障害など何らかの異常が見られ、短命なものも多い。それはなぜなのか。その鍵を握っているのが、研究チーム名にもなっている「リプログラミング」である。 「リプログラミングとは、さまざまな種類に分化している細胞の核を初期化して、未分化である受精卵の核の状態に戻すことです」と若山チームリーダーは解説する。「卵子も精子も、分化が進み特殊化した細胞です。でも、受精すると、核が初期化され、新たな個体をつくり出すことができるようになります。体細胞クローンの成功率が低く、異常が多いのは、卵子に移植した体細胞の核の初期化が不完全なためだと考えられています。初期化を100%完成させることができれば、異常もなくなるでしょう。しかし、そもそも卵子や精子の核の初期化がどのように起きるのか、まだ分かっていないのです」 世界中で、核の初期化のメカニズム解明を目指した研究が行われている。多くの研究者が遺伝子の発現やタンパク質の働きなどを調べる分子生物学的な手法で迫る中、若山チームリーダーはまったく異なる戦略をとっている。「分子生物学的な研究では、世界中にライバルが多過ぎてとうてい勝てません。でも、私たちは、マイクロマニピュレーターの技術に関しては世界トップレベルです。それを駆使して、体細胞クローンをたくさんつくることに徹するのが、私たちの進む道だと思っています。いろいろな条件を試して、成功率に変化が出れば、それが初期化にかかわっているかもしれません」 そして2005年、ずっと2%のままだった成功率を向上させることに成功した。クローン胚の培養液に、ヒストンの脱アセチル化を抑えるトリコスタチンAという薬剤を、5ナノmolの濃度で発生開始から10時間だけ加えたところ、成功率が6%に上がったのだ。「変えた条件は、薬だけ。それで成功率が上がったということは、トリコスタチンAが初期化を促進したと考えられます。体細胞クローンの研究が始まって以来、成功率を明らかに改善できた初めての例です。初期化のメカニズムを明らかにする一つの切り口になると、期待されています」 ゲノム・リプログラミング研究チームはなぜ、この画期的な成果を挙げることができたのか。「今回の発見は、岸上哲士(さとし)研究員が最適条件を突き止めてくれたおかげです。濃度と処理時間が一番重要で、その条件以外では逆に毒になってしまう。初期化にかかわる要因を探すためには、候補となる薬剤それぞれについて、タイミングや濃度などさまざまな条件を粘り強く試す必要があります。それには、核移植をした卵子が大量に必要です。私は1日200個、各研究員も1日100〜150個の卵子に核移植することができますから、研究チーム全体では1日に1000個です。世界中で、そんな研究室はありません」と、若山チームリーダーは断言する。そもそも、体細胞クローンマウスを確実につくることができる研究室は、ここを含めて世界中で四つしかない。
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体細胞由来のES細胞への期待
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しかし、体細胞クローンマウスの成功率が向上したといっても、まだ6%だ。そこで、確実にクローンマウスをつくるために若山チームリーダーが注目したのが、体細胞由来のES細胞(胚性幹細胞)だ。「クローン胚を子宮に戻さずに胚盤胞まで培養し、ES細胞をつくり出すのです(図1)。体細胞クローンの成功率は6%ですが、ES細胞は50%くらいの確率でできます。ES細胞は一度つくってしまえば、無限に増えていきますから、その核を使えば、理論上無限にクローンを生み出すことができます」
若山チームリーダーは農学部の出身であり、畜産への応用にとても興味があるという。「私がやっているマウスのクローン技術が役立ち、おいしい神戸牛を安く食べることができるようになったらいいですよね」 ES細胞はすべての細胞に分化することができる能力を持っている。患者の体細胞からES細胞をつくり、必要な細胞や組織へと分化させた後に患者の体内に戻せば、免疫拒絶反応の心配をせずに治療ができる。ES細胞から卵子や精子をつくり出せば、不妊治療も可能だ。すでに研究チームでは、精子をつくることができない不妊マウスの尻尾の細胞からES細胞をつくり、それを精子に分化させ、その精子を卵子と受精させて子をつくることに成功している。体細胞由来のES細胞を用いたクローン技術は、失われた細胞や組織をつくり出し機能をよみがえらせることができることから、再生医療への応用という面からも熱い視線が注がれている。 |
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限界を乗り越える
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若山チームリーダーは、核移植の技術を習いたいという人を可能な限り受け入れている。「私自身、いろいろな技術を人から習いました。だから、新しい技術をつくったら、人に教えるのは当然です。また、自分以外の人が再現できないと、うそだと見られてしまう。自分がつくった技術が広まることは、技術者としてはうれしいことです」
若山チームリーダー専用のマイクロマニピュレーターシステムの脇には、太陽系のイラストが飾ってある。その理由を尋ねると、「宇宙飛行士になりたかったんです」と返ってきた。「宇宙飛行士の採用試験も受けましたよ。英語で落ちましたが……。子供のころからサイエンスフィクションが大好きで、宇宙に行くのが夢でした。“クローン”という言葉もサイエンスフィクションで知り、わくわくしたことを覚えています。宇宙に行くという夢はかないませんでしたが、好きなことをやってきたら、ここにいたという感じですね」 では、これからの夢は? 「無理だといわれていたことでも、新しい技術を開発すれば違う結果を出せるかもしれない。限界を乗り越えることをやっていきたいですね」■
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“夢の光”への第一歩
X線自由電子レーザー(XFEL)試験加速器から 2006年6月22日、理研東京事務所および理研播磨研究所においてプレスリリース |
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――X線自由電子レーザー(XFEL)がなぜ必要なのですか。
新竹:タンパク質1分子からでも立体構造が分かるという夢の実現には、波長がナノレベル以下で、しかも極めて明るい光源が必要です。レーザーは位相がそろっているという特長を持つため干渉性が高く、現在のSPring-8で得られる放射光よりも一段と明るい光が得られます。しかし、レーザーの発振に原子の励起レベルの遷移を利用する方法では、X線ほどの短い波長の光は得られません。そこで、自由電子レーザーの登場となるわけです。 |
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――理研のXFELの特徴は何ですか。
新竹:世界最高性能で、コンパクトかつ低コストのXFELを目指しています。その実現のためには、さまざまな画期的な技術が必要です。私たちは2005年に、実証実験のために全長60mの装置の建設を開始しました。それは、「Cバンド加速器」、「超高圧電子銃」、「真空封止型アンジュレータ」、「精密なアラインメント」という、四つの革新的な技術の集積です(図1)。Cバンド加速器は、1992年に私が提案したもので、従来の2倍の効率で電子を加速できます。国内企業各社の協力のもとで、10年以上の歳月をかけて成功したものです。 ![]() |
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――「電子銃」も世界から注目されているそうですが。
新竹:今回開発した超高圧電子銃では、単結晶を超高温に加熱したときに出る熱電子を用いて、史上最高の細くて鋭い電子ビームの発生に成功しました。電子ビームからレーザーを発振するには、装置を高精度で真っすぐ並べるアラインメント技術が必要です。SPring-8で培った経験が大いに役立ち、実証試験装置では、熱膨張が鉄の10分の1以下のセラミックを架台(かだい)として使用し、直線の配列誤差を髪の毛1本(50μm)以下に抑えることができました。真空封止型アンジュレータは、光源建設グループの北村英男グループディレクターのアイデアです。ビームが通過する磁石の列を丸ごと真空タンクに入れて、上下の磁石をより接近させたものです。性能と効果の面で比較すると、同じ機能を実現できる世界最小のアンジュレータといえるでしょう。 |
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――結果はいかがでしたか。
新竹:今回、高品質な電子ビームを安定に供給・加速できるようになり、波長49nm、最大出力110kWのレーザーを確認しました(図2)。自由電子レーザーの波長としてはドイツのDESY(デイジー)研究所の13nmに次ぐ世界第2位の値です。XFELでは0.1nm以下を目指します。 ![]() |
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――今後、期待される研究は。
新竹:XFELは、例えば創薬研究のツールとして注目されています。生物学・医学などで重要な、細胞膜に存在する膜タンパク質のほとんどは、結晶化が困難です。XFELならば、その高い輝度と干渉性から、タンパク質を結晶化せずに1分子からでも構造を明らかにできると期待されています。■ |
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究極の触媒を見つけ、
究極のゴムづくりを目指す研究者 会田 昭二郎(かいた しょうじろう)
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1300ccの大型バイクで通勤し、一見研究者には見えない会田昭二郎 副チームリーダー。まず小学生時代のことを尋ねた。「ミョウバンを薬局で買ってきて、コップの中に入れ、そこへ糸を垂らしていると結晶ができてくるんです。面白かったですよ!」と当時を振り返る。高校時代は?「将来のことは全然考えていませんでした」と笑う。その後、大学受験を機に一番好きだった化学の勉強に力を入れ、1987年、東京理科大学へ進学した。入学後はあまり勉強をせずに遊んでいたという会田副チームリーダーが、最も熱中していたのは車。「車の中でもなぜかタイヤに興味がありました。サーキットに走りに行って“タイヤが違うと走りも違うな”と思っていました」と語る。そして、大学3年のときに転機が訪れた。「4年生になるときの研究室配属で、楽なところに応募しましたが落ちてしまい、泣く泣く高分子の研究室に入りました(笑)。高分子の研究は仕事量が多くてきついので、希望者が誰もいなかったんです。でも、そこで人が変わったんですよ。鍛えられましたね」
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その後大学院へ進み、1年弱、米国へ留学した。留学先は2005年にノーベル化学賞を受賞したRobert (ロバート)H. Grubbs(グラブス)博士の研究室。そこで現在の研究対象、有機金属錯体に出会うこととなる。帰国後、ゴムメーカーに就職したが、有機金属錯体、中でも誰もゴム研究の対象にしていなかった希土類金属錯体を研究したいとの気持ちから退職し、研究の場を求め1998年10月に理研に入所した。理研では若槻(わかつき)康雄主任研究員(当時)とともに希土類金属錯体を触媒としてゴムをつくる研究に熱中した。そして、2004年10月に発足した“融合的連携研究プログラム”のエラストマー精密重合研究チームの副チームリーダーに就任し、本格的な実用化を目指す計画がスタートした。「企業側からチームリーダーを招聘(しょうへい)し、理研側が副チームリーダーを出すという今までにない研究体制で、基礎研究を応用に結び付けるにはとてもいい制度です。現在、(株)ブリヂストンほか民間1社との共同研究で、実用化を目指しています。必ず成功させますよ」と語る。
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会田副チームリーダーが目指している究極のゴムとは、いったいどんなゴムなのか? タイヤで例えると“摩耗しにくく、よく転がる”ゴム。現在、世の中に存在している合成ゴムの分子構造には、「バグ」に例えられる乱れが少量ながら存在する。今までの技術では、この「バグ」を取り除いて分子構造の純度をどんなに高めようとしても、例えば高シスポリブタジエンという種類の合成ゴムでは、純度98.5%程度が限界だった。それを解決する方法を会田副チームリーダーはこう説明する。「希土類金属錯体触媒を使うと、その限界を超えることができます。構造純度を高めることで決定的にゴムの性質が変わるんです。でも、例えば純度99%以上は“つくれないから仕方ない”と誰もがあきらめていました。それをつくり、実用化できたら、どんなにいいものができるだろう……、それが今ならできる! この触媒を使えばできる!」
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会田副チームリーダーは最後にこう語った。「私がよく思っていることは“人と違うことをしよう!”ということです。人と違うことには二通りあって、一つはほかの人が“価値を見いだせないからやっていないこと”、もう一つはほかの人が“絶対にできないと思っていること”です」。そして「自分がやった仕事を次の世代を担う子供たちに伝えていけたらいいですね」。“人と違うことをしよう!”をモットーとする会田副チームリーダーの研究室から“究極のゴム”のできる日が楽しみだ。■
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渡辺精一とライブスチーム 高度な技術が研究を支える |
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2006年6月、さまざまな色のSL模型が理研の「記念史料室」に寄贈され、和光キャンパスの「理研ギャラリー」に並べられている(写真1)。一瞬本物かと思えるほど精巧につくられたこれらのSL模型は、すべて実物を忠実に縮小したものである。今も燃料を入れれば走らせることができる。蒸気エンジンを使って実際に走行するSL模型を「ライブスチーム」と呼び、多くの愛好家たちに親しまれている。理研に展示されているライブスチームは、すべて渡辺精一によって製作されたものである。ライブスチーム愛好家の間でその名を知られる渡辺だが、科学研究所時代(1948〜1958年)から理研に在籍し、海洋物理の研究を行っていた正真正銘の研究者である。 |
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海洋を研究対象とする場合、研究調査の舞台はもちろん海である。研究を遂行するためには、地上とまったく異なる条件下での極めて高度な技術を駆使した機材が必要である。渡辺はそうした研究機材の開発に欠かせない巧みな工作技術を持っていた。彼は在籍した海洋物理研究室の仲間とともに、自らの技術を駆使して水中カメラの開発を行った。写真2は、1956年に鳴門海峡の渦を撮影したときに用いられた水中カメラである。このカメラは優れた発明として東京都知事から表彰された。そのほかにも、水中移動を可能にした動力付き水中バイクを開発し、当時の新聞に紹介されたことがある。渡辺の技術は、海洋光学、深海水の物性の解明などに大きく貢献し、理研の海洋物理研究の発展に寄与した。
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渡辺は研究だけではなく、若いころから情熱を傾けたライブスチームの製作にもその才能を発揮した。渡辺のライブスチームは、出来合いの部品をつなぎ合わせたものではなく、設計図も自らの手で引き、一つ一つの部品に至るまでほとんどが手づくりである。しかも、単なる走るミニチュアではなく、人を乗せて走ることができる。渡辺のライブスチームは、理研の和光キャンパスだけでなく、自宅の庭や各地で行われたさまざまなイベントで、多くの人を乗せて走った(写真3)。
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理研ギャラリーに並べられた機関車の中で、とりわけ大きな姿を誇る「フライング・ジロー」号がある。これは、レールの間隔が5インチ(127mm)サイズの模型としては国産第一号のものである。渡辺は、若くして亡くなった弟の二郎にちなんで、この愛称をつけた。フライング・ジローは、今は弟と共にいる渡辺の技術を語り継ぐ貴重な証拠である。彼のライブスチーム製作の集大成である『ライブスチーム 模型機関車の設計と製作』(誠文堂新光社)は、ライブスチーム愛好家たちの必読書となっている。そして、渡辺が実践した“高度な技術で研究を支える”という理研の伝統は今も受け継がれ、世界最先端の研究を牽引(けんいん)している。■
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※ライブスチームは渡辺精一博士夫人、隆子様のご厚意により理化学研究所に寄贈されたものです。
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ものつくり支援ツール「VCADシステム」ソフトウェアを公開
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第1回キャリア開発セミナー
「研究者のキャリアについて考える」を開催 |
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研究系職員の自らのキャリア形成に関する意識向上を目的に、7月5日、和光キャンパスで第1回キャリア開発セミナー「研究者のキャリアについて考える」を開催しました。当研究所は、本年度の文部科学省委託事業「科学技術人材のキャリアパス多様化促進事業」の実施機関に採択され、研究系職員のキャリアアップや任期終了後の多様な進路選択を支援する活動を行っています。セミナーでは、筑波大学の小林信一教授から主に博士号取得者を取り巻く社会情勢(雇用状況の変化、研究人材のキャリアパス多様化の重要性)について、(株)積水インテグレーテッドリサーチの山本一喜主任研究員から企業研究者の活躍事例や企業内キャリアパス、企業が求める人材像について、講演いただきました。約190名の職員が参加し、今後の自らのキャリアを考える良い契機となりました。今後も引き続き、キャリアアップや多様な進路選択を支援する各種セミナーを開催していく予定です。 ![]() |
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高校生が理研で体験学習! 「サマー・サイエンスキャンプ2006」
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青少年の科学技術への関心を高めることを目的に、「サマー・サイエンスキャンプ2006」(財団法人 日本科学技術振興財団主催、当研究所等23研究機関が参加)が7月26日から3日間、行われました。理研には全国から選ばれた高校生10人が参加し、研究所内の宿泊施設に滞在しながら研究者の指導のもとで最先端の科学を体験学習しました。今年は「細胞を科学してみよう! 〜育てる・測る・考える〜」をテーマに、生物分野の三つの研究コースに分かれて、講義や実験を通して研究の基本を学びました。実習後の体験発表会では、「実験結果を出すために思ったよりたくさんの準備が必要なことが分かった」、「最先端の科学を体験できて感動した」などの感想を発表し、指導に当たった研究者に対して感謝の気持ちを表していました。発表会の後、野依良治理事長と懇談し、高校生から「どうして研究者になったのか」、「ノーベル賞を受賞したときの感想は」などの質問がありました。サイエンスキャンプは、科学の研究を実体験できる場を通じて、豊かな科学的素養を持った青少年を育成する目的で1995年から行われています。 |
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『理研ニュース』メルマガ配信開始!
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プレゼンマスターへの道
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米国で研究生活を送ってもう10年近くになります。言語のハンディ云々(うんぬん)は別にして、一般的にプレゼンテーションによる自己表現力には米国人に一日の長があるな、と感じるときがあります。かく言う私も、高校球児時代に大声のヤジを試合中平気で飛ばしていたわりには、プレゼンや手を挙げて質問するとなると、周囲の注目を過度に意識してか、哀しいほどのチキンハートぶりを発揮してきました。 一つの研究を成熟させていくプロセスの中で、人との質疑応答や議論は欠かせません。質の良いプレゼンは聴衆の注意を核心へと円滑に導き、実りのある議論の土台をつくります。これは研究者にとって重要な能力の一つだと思いますが、言うほど簡単なことではありません(少なくとも私には)。修士時代、「制限時間を守る」「はっきりと大きな声で話す」など、最低限のマナーは守りましたが、講演者の話を理解できるかどうかは聴衆の責任だと少なからず思っていました。私のプレゼンは、「よく眠れちゃって困るプレゼン」の典型例だったに違いありません。 お粗末なプレゼンでは聴衆から得られるフィードバックも乏しいとようやく気付き始めたころ、「クリントン大統領(当時)は、翌日行われる一般教書演説のリハーサルに現在余念がない」との報道を耳にしました。あれほど演説に定評のあるクリントン大統領でもみっちりと練習するんだ、と目から鱗(うろこ)が落ちました。研究発表と政治演説は趣旨が違うにしても、そもそもプレゼンの持つ潜在能力を私は過小評価していたと、己の怠惰を反省しました。それからは学会発表前には会議室に独り籠(こも)って、ストップウォッチを片手に何度も何度も、口角(こうかく)泡を飛ばしながらリハーサルを繰り返しました。途中で人が入ってくるとさすがに恥ずかしいので、深夜、研究室に誰もいなくなったのを見計らって。例えば楽譜通りにピアノの鍵盤(けんばん)をたたくだけでなく、その演奏にも表現があるように、練習を重ねると用意したシナリオの棒読みから、プレゼンにもだんだん表現がつけられるようになります。そこまで行くと、苦痛以外の何ものでもなかったプレゼンが、楽しく感じられるようになりました。表現の自由度が広がると、プレゼンの奥は果てしなく深いことを知ります。 ■ |
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