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研究最前線
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原酒
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究極の理論「超ひも理論」を完成させる
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究極理論とは何か
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アインシュタインとインフェルトが著した『物理学はいかに創られたか』(岩波新書)。「小学校5年生のとき、たまたま父の本棚にあったこの本を手にしました。内容をきちんと理解できたはずはないのですが、“考えるということだけで、ここまで分かるものなのか。物理学とはすごいものだ”と強い印象を受けました」。こうして物理学を志した川合主任研究員は今、アインシュタインが生涯夢見て果たせなかった「究極理論」の完成に挑んでいる。
物理学では、物質をどんどん細かく見ていき、物質の最小単位である素粒子の性質や、素粒子同士に働く力を統一的に説明する理論を追求してきた。1970年代末、その理論がほぼ完成し、80年代の初めには、理論の正しさが実験で確かめられた。現在、その理論は「標準モデル」と呼ばれている。 「現在までのところ、標準モデルが間違っているという実験データはありません。しかし標準モデルには二つの大きな問題点があります」 一つは、電子の質量や重力定数など数十個のパラメーターを式に入れる必要があること。標準モデルでは、電子の質量や重力定数などの値を理論からは導き出せないのだ。 もう一つは、素粒子の世界で重力がどのように働くのかを、うまく説明できないこと。自然界には重力以外に、「電磁気力」「強い力」「弱い力」と呼ばれる三つの力がある。標準モデルではこの三つの力は統一的に説明できた。しかし、重力だけはどうしてもうまく標準モデルに組み込めない。 「重力をほかの三つの力と統一し、1個のパラメーターもない式から、標準モデルに必要な数十個のパラメーターの値を導き出す、それが私たちの追い求めている究極理論。その究極理論の最有力候補が“超ひも理論”です(図1)」 ![]() |
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“点”から“ひも”へ
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標準モデルと超ひも理論の大きな違いは、物質の最小単位として、標準モデルが大きさのない“点”を考えているのに対し、超ひも理論は、ある程度の広がりをもった“ひも”を考えていることである(図2)。点がひもに変わったことが、どのような意味を持つのだろうか。
例えば、点同士は限りなく近づくことができ、そのときの重力の値を計算すると答えが無限大になってしまい、現実ではあり得ない。この無限大の問題が、標準モデルが重力をうまく組み込めない理由だ。「広がったひもを考えると、無限大の値を生み出すような状況を想定しなくてよくなるのです。そのため、理論に重力を自然に組み込むことができます」 ただし、超ひも理論には大きな難点があった。私たちの宇宙は、空間の3次元に時間の1次元を加えた4次元の時空だが、超ひも理論を数学的に矛盾なく記述するには、10次元の時空が必要になってしまうのだ。このため超ひも理論は、現実の宇宙を説明する理論にはならないと考えられ、長い間注目されず、研究者の数も極めて限られていた。 ![]() |
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超ひも理論の進展
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1984年、状況が一変した。10次元のうち、余分な6次元を小さく丸める“時空のコンパクト化”を考えると、超ひも理論から、標準モデルが示す4次元の時空に似たものを導き出せることが分かったのだ。
「当時、私は米国のコーネル大学にいたのですが、すぐにグループをつくり、超ひも理論の研究を始めました。急いで研究をしなければ、明日にでも誰かが超ひも理論を先に完成させてしまうのではないかと、研究者はみんな強迫観念に取りつかれていましたね」 しかし、第一次のブームは3〜4年で沈静化してしまった。超ひも理論を正確に数式化できないため、コンパクト化する次元の数や方法がいくらでも考えられ、さまざまな次元を持つ非常に多くの時空が導き出されてしまったのだ。例えば6次元をコンパクト化して導く4次元の時空に限ってみても、たくさんの時空が導き出され、それぞれの時空は標準モデルが示す4次元時空と似ているのだが、少しずつ違うものに見える。 この問題を解決する糸口が見え始めたのが、1995年からの第二次ブームである。超ひも理論から導かれるいろいろな時空の関係性が分かり始めたのだ。それぞれの時空は、一つの理論を異なる側面から見ているために、違ったものに見えるらしい。 さらに「M理論」が華々しく登場した。M理論では、物質の最小単位は1次元的なひもである必要はなく、2次元の膜でもいいと考える。M理論は次元が一つ増えた、11次元の理論である。このM理論が、超ひも理論から導かれるいろいろな時空を統合できるとの期待が広がった。しかし11次元になったため、理論を正確に数式化することが今まで以上に難しい。「現在では、M理論も、ひもの極限的な状態の一つを示すにすぎないと考える研究者が増えてきました」
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行列模型で超ひも理論を完成させる
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第二次ブームは終わり、現在、超ひも理論の研究は多少沈静化してしまったように見える。第三次のブームが訪れ、超ひも理論が完成する日は来るのだろうか。
「近い将来、完成できると思います」と川合主任研究員は力強く語る。果たして、どのような方法で超ひも理論を完成させようとしているのだろうか。 「超ひも理論は、実は2次元以下でも数学的に矛盾なく理論化できます。私たちは4次元に住んでいるので、2次元の超ひも理論は現実を説明できない“おもちゃの理論”です。しかし、2次元であれば数学的に簡単になり、超ひも理論を完成できることが、1990年ごろに分かったのです。このとき登場したアイデアが、高校の数学でも習う“行列”を使った模型です」 川合主任研究員と行列模型との出会いは、大学院のときだった。1984年、標準モデルを行列模型で研究した業績により、川合主任研究員は20代の若さで仁科賞を受賞した。 「行列模型を使うと、ひもの振る舞いもうまく表すことができます。10次元の超ひも理論は、現在の数学では完成できないという研究者もいますが、物理の本質と数学的な複雑さは関係がないと思います。私たちが見いだしたUB行列模型(図3)を少し改良すれば、超ひも理論を完成できるはずです。その完成した式は、高校生も理解できるでしょう」 では、完成した超ひも理論は、その正しさを証明できるのだろうか。「1個のパラメーターもない式から、標準モデルに必要な数十個のパラメーターの値を正確に導き出せれば、理論の十分な証明になります。ただし、ひもの存在自体を実験で確かめるには、最新の加速器が生み出せる値の1015倍のエネルギーが必要です。加速器のエネルギーは10年で約10倍になっているので、楽観的に考えると150年後、22世紀の半ばには、ひもが見えるかもしれません」
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人類を生み出した50回目の宇宙
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すべての現象を説明できる超ひも理論は、宇宙の誕生や進化の謎さえ解くことができるだろう。第二次のブームでは、「ブレーンワールド」というアイデアが生まれた。10次元の中に、私たちの4次元の宇宙が膜のように閉じ込められているという考え方だ。ただし、川合主任研究員は「可能性があることは事実ですが、私は信じていません」と切り捨てる。
川合主任研究員は、京都大学の二宮正夫教授、福間将文助教授とともに「サイクリック宇宙論」を提案している。 現在、一般的に広く受け入れられている宇宙誕生の理論では、生まれたばかりの宇宙は、素粒子のような超ミクロな大きさだったが、すぐにインフレーションと呼ばれる急膨張を起こし、1ミリから1メートル程度の目に見えるくらいの大きさの火の球(たま)、ビッグバン宇宙に成長したと考えている(図1)。「インフレーションは可能性としてはあり得ますが、それが起きるには特殊な前提が必要です。素粒子論の研究者である私は、素直に受け入れられません」 現在の宇宙の観測結果から逆算すると、ビッグバン宇宙の大きさは、1ミリから1メートル程度だったことは確かだ。インフレーションが起きなかったのなら、ビッグバン宇宙はどのようにして、目に見えるくらいの大きさになったのか。その疑問に答えるのが、サイクリック宇宙論だ。 宇宙は膨張した後、もし物質の密度が高いと、重力によってやがて収縮に転じ、最後に1点に収束してしまう。これを「ビッグクランチ」という。従来の理論では、ビッグクランチが起きると、そこで宇宙は終わると考えられていた。ただし超ひも理論によると、ビッグクランチが起きた後に、再びビッグバンが起きて宇宙は膨張に転じる。 「宇宙は1回きりではなく、何度も収縮と膨張、ビッグクランチとビッグバンを繰り返してきたと考えられます。しかもそのたびに約4倍ずつビッグバン宇宙は大きくなります。50回くらい膨張と収縮を繰り返すと、ビッグバン宇宙の大きさは1ミリから1メートル程度になります」 サイクリック宇宙論によると、膨張と収縮を繰り返すごとに宇宙の寿命も約8倍ずつ長くなる。現在の宇宙の年齢は約137億年だが、1世代前の宇宙の寿命は約30億〜40億年と推定される。これでは知的生命が生まれるには短過ぎるだろう。私たち人類が存在できるのは、宇宙が膨張と収縮を繰り返し、寿命が長い宇宙になったからかもしれない。ただし、「サイクリック宇宙論はまだ試論であり、正しさを強く主張するものではありません」と川合主任研究員は言う。 超ひも理論が完成し、宇宙の謎の解明が急進展して人類が存在できる理由が明らかになる、そのような物理学の最もエキサイティングな時代に私たちは居合わせている。近い将来、川合理論物理学研究室から物理学の歴史に残る大きな成果が発表されることを期待しよう。■
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数学で脳の原理を解く
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脳の情報処理の仕組み
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甘利ユニットリーダーは、脳の驚くべき能力を次のような例で説明する。「私たちは、人の顔を見てすぐに誰だか思い出せますよね。ずいぶん前に会った人で、前よりちょっと太ったりしていても、すぐに思い出せます。それをコンピュータにやらせるのは、情報処理のステップ数がとても多くなってしまい、大変なことなんです」
情報の処理速度では、脳はコンピュータの100万分の1以下と格段に遅いが、とても少ないステップ数で、瞬時に顔の認識ができる。それができるのは、なぜか。 「数の力です」と甘利ユニットリーダーは答える。ヒトの脳全体には1000億個以上の神経細胞があり、それぞれの神経細胞は、ほかの1万個ほどの神経細胞とつながっている。 「膨大な数の神経細胞が並列的に働き、情報をやりとりすることで、瞬時に情報処理を行っているのです。このとき、それぞれの神経細胞は、コンピュータ素子のように正確ではなく、相当いいかげんに働いています。しかし神経回路全体としては、最終的にきちんとした答えを導き出すことができます」 このような複雑なシステムを、甘利ユニットリーダーは数学を使って解明しようとしてきた。「数学は、物事の本質を理解するための手段として人類が築き上げてきた文化です。いま私たちは、生命現象、特に脳という複雑なシステムを目の前にして、数学でこれを理解しようとしています。ただし、これまでの数学では歯が立たないので、新しい数学が必要になります。生命現象や脳を理解しようとすることが、新しい数学や科学を生み出す原動力にもなるはずです」 |
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学習の本質とは何か
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「脳を理解するための新しい数学をつくるといっても、すぐにはできないので、従来の数学理論だけに頼るのでなく“数学的センス”を総動員して研究を進めてきました」と語る甘利ユニットリーダー。その具体的な研究テーマの一つは、学習である。
例えば、手書き文字の判別。“これはA、これはB”と、さまざまな手書き文字の例題を示して訓練する。「すると、ここが不思議なところなのですが、脳の中に“何らかの感覚”ができてきて、例題とは少し違ったAとBも見分けることができるようになるんです。つまり人間はいろいろな例題から、その背後にある法則性や仕組みを学び取ることができる、それが学習の本質です」 このとき脳では何が起こっているのか。訓練するに従って、神経細胞同士のつなぎ目である「シナプス」で、情報が流れやすくなったり流れにくくなったりして、神経回路の情報の受け渡し方が変わる。こうして、ある課題の学習が進むと考えられている。 では、たくさんの神経細胞からできた複雑な神経回路ほど学習は速く進むのか。どのくらいの数の例題を訓練すればよいのか。 「神経回路があまり複雑だと、調整が必要なシナプスの数が非常に多くなってしまいます。また、訓練する例題の数が少ないときに複雑な神経回路を総動員すると、例えば、例題で示された手書きのAとBは完ぺきに見分けられるが、例題以外のAとBが出てくると見分けられないという現象が起きます。細かい部分を詳しく見過ぎて、法則性を見いだせないのです。このような回路の複雑さや例題数と学習の進み方の関係を、私たちは数学的に分析して、一般的な法則を導き出そうとしています。数学的に抽象化された法則は、人間だけでなくコンピュータにも適用できるはずです」
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学習の特異点
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甘利ユニットリーダーは、数学の中でも、図形や空間の性質を研究する幾何学を重要な手段として用いる。神経回路と学習の関係も図形空間で表現して、その法則を見いだそうとしている。
例えば神経回路の中で、情報の流れ方の変化が学習の進展に及ぼす影響が大きいシナプスでつながった神経細胞同士の距離は広がっている、逆に影響が小さいシナプスでつながったもの同士は距離が縮まっていると表す。すると神経回路全体はシナプスの数と同じ次元を持つ多次元の、“曲がった(変形した)”空間として表現される。神経回路の複雑さや例題の数、学習の進展によって、この空間はさまざまに変形する。 「このような空間を相手に、神経回路と学習の関係を探っています。今、私が夢中になって研究しているのは、空間の1点が極端に縮んだ“特異点”ができる現象です(表紙下段)。これは、あるシナプスの情報の流れ方をどのように変えても、学習がまったく進まないことを意味しています」 手書き文字を見分ける例でいえば、あるシナプスを流れやすくしても、逆に流れにくくしても、判別の能力が変わらない。どのように変えればいいか分からず、学習が止まってしまう現象を発見したのだ。 実際に、コンピュータの画像認識システムでは学習が進まなくなる現象が知られていたが、その原因が分からなかった。「原因は特異点ができてしまうことだったのです。数学で特異点ができない条件を導き、対策を考えることができるようになりました」 |
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「情報幾何」の提唱
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神経細胞とは電気信号を出す細胞で、ほかのたくさんの細胞から信号を受け取り、その信号の強さがある一定の値を超えると、電気信号を発する(図1)。これを「発火」という。発火は情報処理にどのようにかかわっているのだろうか。「例えば、同じ図形を繰り返し見せる実験を行うと、個々の発火の仕方はいつも同じではなく、かなりでたらめに見えます。しかしまったくのでたらめではなく法則性があります。私たちは、その法則性を解く鍵は“確率”だと考えています。例えば、1回発火するとすぐ次に発火する確率が高かったり、ある時間間隔を置いて発火する確率が高かったりします」 発火の回数や時間間隔は、情報を表現する手段になっていると考えられている。例えば、筋肉に“強い力を出せ”という情報を伝える場合には、たくさんの神経細胞が短時間に何回も発火し、弱い力しか出さない場合には、発火の回数は少ない。規則的な時間間隔で発火するか、不規則に発火するかでも、違った意味の情報になると考えられる。 また、例えば3個の神経細胞があったとき、そのうちの2個ずつを比べるとバラバラに活動しているように見えるが、3個を同時にとらえると関係性が見えてくる場合がある。 このような神経細胞の活動を解析するには、確率や統計といった数学理論が有効だ。ここでも甘利ユニットリーダーは、確率分布や統計分布の形を幾何学で解析する研究を進めてきた(図2)。 「1980年代、さまざまな数学理論を統合して情報を扱う幾何学、“情報幾何”をつくろうと私は言いだしました」 なぜ、幾何学なのか? 「現象を図形空間で表現する幾何学が、数学の中で最も直観的で、イメージが浮かびやすいんですよ」と語る甘利ユニットリーダーは、国際神経回路学会の創立理事、会長などを歴任、脳の理論研究を世界的にリードしてきた。 ![]() |
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意識と無意識の間で進む思考過程
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甘利ユニットリーダーは、今後の目標を次のように語る。「例えば、単純な生物でも外から刺激があったとき、逃げたり、近づいたり、自分で行動を決めるわけです。その思考過程で情報がどのように表現されていて、情報処理がどのように進み、最終的に判断を下すのか、そのダイナミクスを記述できる数学理論をつくりたいのです。さらに人間の思考過程のメカニズムを探るには、意識や心の問題も避けては通れないでしょう」
人間の思考過程は、意識の領域で情報処理をしている部分と、無意識の領域で処理している部分がある。例えば、手書き文字の判別は無意識の領域で行っていて、どう判別しているのか言葉だけでは言い尽くせない。 「数学の問題を解く場合でも、こうやれば解けそうだとか、ここで行き詰まっているなとか、いろいろなことが意識の領域に上ってきます。脳は無意識の領域で情報処理を行い、その結果を意識の領域に上げているのです。ただし答案用紙には、意識の領域で論理的に考えたことしか書けません。コンピュータには、その論理で書ける部分だけを取り出してきてプログラムをつくり、情報処理をさせています。人間の場合は、もちろん論理的な情報処理もできますが、論理では書けない無意識の領域で行っている情報処理が大事なんです」 |
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脳研究の未来
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脳の数学理論の研究が進展すれば、脳のようなシステムには何ができて、何ができないのかが明らかになるだろう。それは、人間とは何かを理解する大きな手段になるとともに、工学的に脳のようなシステムをつくることにも応用できる。例えば、人間のように、さまざまな状況を的確に判断して行動できるロボットをつくることもできるだろう。研究は今後どのように進んでいくのだろうか。
「物理学では、相対論も量子論も、最終的には一つの方程式に行き着いたわけです。しかし脳の数学理論は、そうはいきません。ミクロからマクロまで、脳のさまざまな側面をとらえる重層的な理論をつくり、それを体系化する必要があると思います」 最後に甘利ユニットリーダーは、今後の展望を次のように力強く語った。「脳の数学理論は、遅くとも今世紀半ばには完成できると思います。現在は3〜4合目まで来たところでしょうか。急速に進展している脳研究は、これから難しい局面に差し掛かり、ブレークスルーが必要です。ただし最近、理論と実験の研究が急速に結び付きつつあり、展望は明るいと思っています。私が楽観的なのは、人間には複雑な現象でも、その本質を見抜く能力があると信じているからです。物理でも化学でも、いくら複雑に見えても、数学的に体系化することに成功してきました。脳についても、きっとできるはずです」■
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触覚を用いて人を抱き上げる
ロボット「RI-MAN」の研究・開発 2006年3月13日、バイオ・ミメティックコントロール研究センター |
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――心を和ませる“癒(いや)しロボット”をはじめ、さまざまなロボットがありますが、「RI-MAN」のセールスポイントを教えてください。羅:柔らかい面状触覚センサーを埋め込んであり、人間と同じサイズの人形を全身で優しく抱き上げることができる点が最大の特徴です。“触覚センサー”、モーター間の出力を足し合わせて利用することができる“干渉駆動機構”、人間の抱え上げる動作を模倣する“全身マニピュレーション”の三つの働きで、動作中にずり落ちそうになる人形を抱えることができます。 |
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――持ち上げて運ぶ機械には、フォークリフトなどがありますが。
向井:普通、ロボットが物を持ち上げる場合にはアームの先端で“つまむ”、あるいは“載せる”ので、重い物体を操作するためには各関節に強い力を発生させる必要があります。「RI-MAN」は、筋肉の仕組みにヒントを得た干渉駆動機構と全身マニピュレーションにより小型でありながら巧みに力を生み出し、抱き上げる際には腕全体を使って力を分散させるので、それほど大きなモーターを必要としません。これまでのロボットとはまったく違った働きをします。 |
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――どうして人間と同じサイズほどに小型化できたのですか。
羅:先ほど述べたように、干渉駆動機構と全身マニピュレーションにより大きな力を生み出せるので、小さなモーターが使え、小型化につながりました。さらに、人間の神経系を参考にした“階層型分散処理構造”を有する情報処理システムを開発し、搭載しています。大脳に相当する認知用PC、小脳に対応した運動用PC、脊髄に相当する超小型汎用計測制御装置C-CHIP(3cm×4cm)をネットワーク化し、ネットワーク内の通信を人間の神経系よりも速い2ミリ秒(1ミリ秒=1/1000秒)以内で行います。 |
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――安全性はどうですか。
向井:人と接するロボットの根幹は“安全性”です。暴走や人を傷付けることは許されません。「RI-MAN」にはシリコーン製のソフトな外装、関節への巻き込み防止機構、電気制御系の安全回路を装備するなど、各レベルでの安全対策を施しています。今後は没入型動力学シミュレーション技術を駆使して、触覚を使ったより安全な動作制御技術を探求していくつもりです。 |
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――実用化はいつごろになりますか。
羅:今回は要素技術を組み上げてやっと動かせる状態にしたばかりなので、さらに研究を重ねる必要があります。5年後をめどに実用のレベルで人間を抱きかかえられるように努力したいと思っています。一連の研究を通じて、介護やリハビリテーション、引っ越しなどの力仕事の補助を行うロボットの実現を目指します。■ |
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プレスリリースは下記URLを参照ください。 http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2006/060313/index.html ※本成果は朝日新聞(2/28)、日本経済新聞(3/14)、TIME Magazine(3/27)など国内外の多数の新聞・雑誌・TVに取り上げられた。 |
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湯川秀樹博士が残した一枚の「手ぬぐい」 T. D. Lee前理研BNL研究センター長からの贈り物 |
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2005年9月、野依良治理事長は米国ニューヨーク州を訪れた。目的は理研BNL研究センターの視察とT. D. Lee教授を訪問することであった。Lee教授は「パリティの非保存」に関する研究で1957年にノーベル物理学賞を受賞した。1997年から2003年まで理研BNL研究センターのセンター長で、現在は名誉センター長兼理研研究顧問を務めており、野依理事長がぜひともその貢献に感謝したいとのことであった。
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野依理事長たちは9月28日午後、コロンビア大学を訪れた。Lee教授の居室は1949年に同大学教授に就任した湯川秀樹博士(同年ノーベル物理学賞受賞)が使っていた部屋でもある。Lee教授は53年前にこの部屋を引き継いで以来、湯川博士への敬愛の意味も込めて、博士の残した当時の家具などを今も大切に使っているのだ。Lee教授は、若き日の湯川博士が黒板の前で撮影した有名な写真などを見ながら当時の事柄を説明した後、「湯川博士からのプレゼント」と言って一枚の手ぬぐいを広げた。それは、応接セットのテーブルセンターとして残されていたもので、Lee教授はそれを手ぬぐい(京都の一力茶屋のもの)であるとは知らないまま、捨ててはいけないもののような気がして大切に保管していた。そして、今回の野依理事長の訪問に当たり、「この遺品は、この時を待っていたのだ」と直感したという。こうして53年もの時を経て、湯川博士の手ぬぐいは野依理事長に手渡された。
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手ぬぐいを受け取った野依理事長は感慨深げにこう語りだした。「これは私にとって宝物です。実を言うと、私は湯川先生に導かれて科学者になったようなものです。1939年、ヨーロッパ行きの客船“靖国丸”に、生まれて間もない私を残して技術視察に向かう私の両親と、第8回ソルヴェイ会議(ノーベル賞級の物理学者が最先端の理論について討論する有名な会議)に向かう新進気鋭の物理学者・湯川博士(32歳)が偶然乗り合わせていたんです」。当時、日本からヨーロッパまでの船旅は約1ヶ月かかり、その間の社交的催しとして湯川博士が“中間子論”を講義したのだ。「湯川博士はその理論をかみ砕いて、柔らかい京都弁で講義したそうですが、もとより難解な理論物理のこと、“さっぱり分からなかった”というのが私の父の感想でした」。結局、ソルヴェイ会議は第二次大戦前夜の緊迫した状況下で急きょ中止され、中間子論が発表されるのは後のことになったが、洋上で類希(たぐいまれ)な研究者の話を聴くのは得難い体験で、「父をはじめ乗客に深い印象を与えたことは間違いないでしょう。さらに、父母と湯川博士は米国を経て日本に戻る客船“鎌倉丸”に再び乗り合わせ、共に帰国の途に就きました。それが縁で湯川博士と私の両親は年賀状のやりとりを始めたそうです。1949年に湯川博士が日本人として初めてノーベル賞を受賞し、国中が沸き返った時に私は小学5年生、父母から忘れられない感動と憧れをもってその話を聞き、科学者を志すようになりました」
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この話はLee教授にとってもまったく思いがけないことだった。たった一枚の手ぬぐいが、半世紀もの時間、日本とアメリカという遠く離れた地、そして3人の科学者、湯川博士、Lee教授、野依理事長を、まるでパズルのように結び付けたのだ。■
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執筆:下山田ちはる(監査・コンプライアンス室) |
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加速器科学で世界をリードする「仁科加速器研究センター」が発足
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当研究所は4月1日、「仁科加速器研究センター」を発足させました。同センターは水素からウランまでの全元素のRI(不安定原子核)ビームを種類と強度において現在の水準をはるかにしのぐ性能で発生させる、次世代の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー」の国際共用を促進するとともに、原子核とそれを構成する素粒子の実体とその本質を究明し、物質創成の謎の解明を目指します。さらに素粒子、原子核を農業、医療など産業に応用するための研究も推進します。センター長には矢野安重氏が就任しました。 |
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「RNA新機能研究プログラム」が発足
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当研究所は4月1日、フロンティア研究システムに「RNA新機能研究プログラム」を発足させました。近年、理研における網羅的ゲノム研究の成果として、多数のnon-coding RNA(ncRNA:タンパク質をコードしないRNA)が発見されました。RNA新機能研究プログラムは、理研オリジナルの機能性RNA研究の成果(RNA大陸の発見および機能性RNAが転写制御に果たす役割)に基づいて、RNAの多様な生理機能を解明・活用する新しい研究領域の開拓を目指します。 |
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「理研文化の日」で米長邦雄 永世棋聖・日本将棋連盟会長が特別講演
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野依良治理事長が提唱する「野依イニシアチブ」の五つの基本方針のもとで、理研はその存在を広く社会に示す運営を進めています。その中の「文化に貢献する理研」において、科学者も科学研究だけではなく、論理性や情緒性を培うことが大事であるとの想いから、理研では毎年、和光研究所の桜が咲く華やかな時期を「理研文化の日」と定めました。2回目となる今年は、米長邦雄 永世棋聖(日本将棋連盟会長)をお招きし「人間の脳と将棋」というテーマで、江戸時代の将棋の逸話や将棋が強くなる方法、将棋と脳研究の行き着く先について講演していただきました。講演会後には懇談会と将棋イベントとして武市三郎六段との十一面指しの対局を開催し、所員との交流を深めました。 |
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新グループディレクター等の紹介
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カラーパープル
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鮮やかで艶(あで)やかなパープル。それは情熱の色。塗料や衣料品に使える色むらのない一定したパープルの再現は、昔から難しいとされてきました。生活にパープル系の色彩と輝きが添えられるようになったのは、必要な天然色素の化学構造が明らかにされ、新しい染料が合成されてからのこと。理研初の女性研究員、黒田チカは色の構造研究に一生を捧げた人物です。そして染料の構造研究によって、科学だけではなく、理研、さらには女性に新しい道を切り拓きました。 3月8日は国際女性デー。この日は、女性の歩みを振り返り、さらに平等で開かれた未来について考える日です。こうした精神に導かれた私は、理研の女性研究員のルーツを調べるために理研の中にある記念史料室を訪れ、その奥深くにあった黒田の記録と出会いました。黒田は、モノに色調を与えている色素の特性を化学的に研究しました。中でもナスの明るいパープル、タマネギの皮の黄色、ベニバナの赤色を出す色素の化学構造を詳しく正確に記しています。さらに黒田は、前世紀初頭にまだ残っていた男女不平等の壁を壊し、今日ではほとんどの女性が当然の権利と考えている(帝国)大学で学問を学ぶ機会を勝ち取りました。1913年、女性で初めて東北帝国大学への入学が認められたのです。11年後には、「ベニバナの色素構造の解明」により、女性として日本で二番目の博士号(化学)を授与され、同年、理研に就職します。 このように書くと黒田の人生は順風満帆そうに見えますが、「そのように片付けられたら日本の女性研究者の戦いと勝利が見えてこない」と日本の科学史研究家の大坪寿美子は、語っています。黒田チカには性別を超え、かつ女性を学問に導いてくれるメンター(助言者)が必要であり、そのメンターこそが日本の有機化学の大家、長井長義(ながいながよし)でした。長井は、東京女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)で長井の実験助手を務めていた黒田に東北帝国大学へ願書を出すよう勧めました。大坪は、「黒田、そして黒田に続く女性たちに扉を開いたのは長井である」とも語っています。しかし当時の日本では、女性は、男性と同じような雇用機会は与えられていませんでした。女性科学者の草分けたちは、研究を続けるために独身を貫くか、子供を産むことを一つの職業選択と見ていた社会からの圧力を受け入れ、家庭を持った上で仕事をしていたのです。大坪は、「今では結婚して家庭を持っている女性科学者も多い。子供を持つということは、男性にとっては大きな飛躍の機会になるが、女性にとっては研究キャリアの妨げになる」と言っています。 今日でも、日本人であるか否かを問わず、女性の科学者が「日本のような男性社会で研究するのは並大抵のことではない」と警告されるのは珍しくありません。しかしながら、こうした状況は、黒田のころより明らかに良くなっているようです。理研の敷地内に設けられた託児所、家族のいる研究員を支援する新しい試み、研究室を持つ女性の増加など、理研は変わりつつあります。それもこれも、黒田ら女性科学者の草分けたちのおかげです。 黒田の色彩豊かなキャリアとパイオニア精神は、さまざまな意味で理研そのものを表すものです。それは、閉ざされた扉の心配をする必要がなかった有名な男性研究員の比ではありません。『カラーパープル』※と同様、黒田のルーツは個性的で鮮やかです。彼女は科学の新しい道を切り拓いただけではありません。後輩が今歩いている新しい道筋をも切り拓いてくれたのです。 ■ ![]() ※『カラーパープル』 アリス・ウォーカー著。米国におけるジェンダーおよび人種差別について著す。 1983年、ピューリッツァー賞および全米図書賞を受賞。 |
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