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命をつなぐ生殖細胞の成り立ちに迫る
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生殖細胞ができるまで
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私たちの体は、およそ60兆個もの細胞から成る。そのほとんどが、個体の死とともにその役割を終える。しかし、生殖細胞は例外だ。
「生殖細胞は、概念的には不死です」と中村チームリーダーは言う。「細胞は、体細胞と生殖細胞に分けられます。体細胞は体をつくる細胞で、個体の生を維持しています。生殖細胞は、卵(らん)や精子に分化し、次世代に遺伝情報を伝える細胞です。生物が種として維持されていくために必要な細胞なのです。私たちは、生殖細胞の形成機構の解明を目指して、ショウジョウバエを使って研究を進めています」 まず、生殖細胞が形成されるまでの流れを見てみよう(図1)。卵母細胞は哺育(ほいく)細胞と結合し、濾胞(ろほう)細胞に包まれている。哺育細胞は卵形成に必要なRNAやタンパク質などをつくり、そのタンパク質は“細胞質連絡”というすき間を通って卵母細胞へ運ばれていく。「卵母細胞では、すべてのタンパク質が均一に存在するのではなく、いくつかのタンパク質が後極に集中していることが分かっています。この部分を取り除いてしまうと、生殖細胞は形成されません。卵母細胞の後極には、生殖細胞をつくるために必要な情報が局在しているのです。この特殊な細胞質を生殖質といいます」 卵母細胞が成熟して卵となり、精子と受精すると、胚発生が始まる(図1右)。胚発生のごく初期に生殖質を取り込んだものだけが、生殖細胞になることを運命付けられた唯一の細胞、極細胞になる。極細胞はいったん胚の外側にくびれ出た後、胚の内側に移動していく。そして生殖巣の中で成熟して、生殖細胞になるのだ。「生殖質に局在し、生殖細胞の形成に不可欠なタンパク質は、すでにいくつも見つかっています。しかし、これらタンパク質の実際の分子機能、さらには生殖質から極細胞、そして生殖細胞までのストーリーが、まだうまくつながっていません。私たちは、その間を埋めて全体のストーリーを完成させたいのです」 ![]() |
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生殖質形成におけるmRNAの翻訳制御
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「生殖質の形成は、Oskar(オスカー)タンパク質の後極への局在から始まることが分かっています。そこで、卵形成におけるoskar遺伝子のmRNAの分布をまず見てください(図2左、赤)」と中村チームリーダーは言って、図を差し出した。mRNAは、DNAの遺伝子部分が核の中で転写されたものだ。核の外に放出されたmRNAの塩基配列はアミノ酸の連なりに翻訳され、タンパク質がつくられる。
「卵形成のとても早い時期からoskar mRNAが卵母細胞に濃縮しているでしょう。でも、Oskarタンパク質は、形成中期以降の卵母細胞の後極にのみ局在しています(図2右、矢印)。つまり、oskar mRNAは、哺育細胞の核から放出されて卵母細胞の後極まで輸送される間、タンパク質への翻訳が抑制されているのです。このことから、生殖質の形成には、mRNAが卵の後極に輸送され、そこに局在すること、そして後極以外での翻訳の抑制が重要であることが分かります」 mRNAの局在と翻訳の制御は、頭部や背と腹の決定など、さまざまな生命現象に深くかかわっていることが知られている。しかし、そのメカニズムはよく分かっていなかった。そうした中、生殖系列研究チームは、mRNAの翻訳の抑制にかかわる重要なタンパク質を発見した。 翻訳の開始は一般に、eIF4Eというタンパク質がmRNAに結合することで制御されていることが分かっている(図3左)。研究チームがまず注目したのもeIF4Eだ。「生化学的手法でoskar mRNAと複合体を形成しているタンパク質の単離・同定を進めた結果、eIF4Eとともにいくつかのタンパク質が存在していることが分かりました。それらの中で、Cup(カップ)と命名されていたタンパク質は、eIF4Eと直接結合することでoskar mRNAの翻訳を抑制していることが分かったのです(図3右)。さらにCupは、Bruno(ブルーノ)というタンパク質にも結合することが判明しました。Brunoは、oskar mRNAのある領域に特異的に結合することが知られています。つまり、CupはeIF4EとBrunoに結合することで、oskar mRNAの翻訳を特異的に抑制していたのです。よく似た翻訳抑制機構は、すでにカエルで一例報告されています。しかし、これらのタンパク質はカエルとショウジョウバエでアミノ酸配列レベルの類似性は認められません。このことは、種を超えて保存されているのは特定のタンパク質の機能ではなく、翻訳抑制機構の“形”であることを予想させます」 この発見は、今後どう展開していくのだろうか。 「mRNAが後極に到着した後、今度はmRNAの翻訳の制御が解除されなければなりません。この翻訳抑制の解除がどのように起きるのか。それが今、一番知りたいところです。また、私たちは生殖質の形成に異常が見られる突然変異体を数十種類見つけています。その原因遺伝子を見つけていくことで、生殖質の形成機構の解明に近づけると期待しています」 oskar mRNAは、翻訳を制御しているCupやeIF4E、Brunoなどさまざまなタンパク質とともに顆粒をつくっている。この顆粒にも注目が集まっている。 「同じような顆粒が神経細胞や培養細胞、出芽酵母にもあることが分かったのです。神経細胞では、mRNAが軸索や樹状突起の先端まで移動し、局所的に翻訳されています。それが、記憶や学習といった神経の可塑性に深くかかわっているといわれています。神経細胞で見られる顆粒の構成要素を調べてみると、卵形成過程で見られる顆粒とよく似ているのです」 現在、海外のグループと共同研究を進めているところだ。「mRNAの輸送・局在、翻訳の制御は、さまざまな生命現象で観察されることから、普遍的な分子機構と考えられます。記憶・学習は、人が最も知りたいと思っていることの一つです。その分子機構についての知見を、私たちの生殖細胞の研究から提供できると思います」 ![]() ![]() |
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細胞の移動・生存に新モデル
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生殖細胞の移動についても、新たな展開があった。「極細胞が形成されただけでは、生殖細胞になれません。極細胞が生殖巣まで移動していって初めて生殖細胞に分化できます(表紙、青が胚の中を移動する極細胞)。私たちは、極細胞の移動と生存について、面白い発見をしました」
極細胞は、wunen(ウーネン)という遺伝子が発現している体細胞を避けるように移動していくことが知られていた。wunenは、リン脂質脱リン酸化酵素(lipid phosphate phosphatase:LPP)をつくる遺伝子だ。LPPは、細胞外に存在する特定のリン脂質を分解して、脂質産物を細胞内に取り入れる機能を持つ。 「これまで、極細胞はwunenが発現している環境を嫌うと単純に考えられていました。実際、体細胞でwunenを過剰発現させると、極細胞は移動途中で死んでしまう。ところが、私たちの研究から、極細胞にもwunenと同様の活性を持つwunen2が発現していることが分かったのです。しかもwunen2を欠く極細胞は、移動途中で死んでしまうのです」 従来の見解と相反する結果に、中村チームリーダーも最初は戸惑ったという。そして、一つの仮説に行き着いた。「極細胞の生存には、LPPによって細胞外に存在するあるリン脂質を分解し、その脂質産物を細胞内に取り入れることが必要であるらしい。極細胞はそのような生存に必須の脂質を確実に取り入れるために、競争相手となるwunenを発現している体細胞を避けて移動するのでしょう。極細胞と体細胞の競合というのは、細胞の移動・生存のまったく新しいモデルです」 LPPは、神経細胞の軸索伸長や胚帯外の血管形成などにもかかわっていることが分かっている。中村チームリーダーは、「この話は、今後ますます面白くなりますよ」と言う。
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生殖細胞が再生するホヤ
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生殖系列研究チームでは、脊索(せきさく)動物のカタユウレイボヤを用いた研究も始めた。なぜホヤなのか。「ホヤはショウジョウバエと同様、卵に生殖質があり、正常発生過程では生殖質を取り込んだ細胞が生殖細胞に分化します。ショウジョウバエは、生殖質の機能が異常となると生殖細胞は形成されず、その個体は子孫を残すことができません。しかしホヤは、幼生期に生殖細胞を取り除いても変態後にはまた生殖細胞が再生する、とても興味深い生物なのです」
生殖質は、すべての生物の卵にあるわけではない。例えば、マウスやヒトの卵に生殖質はない。マウスやヒトでは、胚の発生過程で細胞同士の相互作用によって特殊なシグナルを受け取った細胞が生殖細胞となる。「生殖質による形成と、シグナルによる形成、両方の生殖細胞の形成システムを持つ生物は現在のところホヤしか知られていません。ホヤを研究することで、二つのシステムが進化の過程でどのように移り変わってきたのかを知ることができると期待しています」 中村チームリーダーは、取材中、何度もこう繰り返した。「私たちの最終目的は、ショウジョウバエの生殖細胞を理解することばかりではありません。そこから見えてくる、生命の普遍原理を知りたいのです」。そして力強く言う。「自分たちが面白いと思ったことを一つ一つやっていくことで、生命の普遍原理にたどり着くと確信しています」■
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金属ナノ構造で光イメージング技術を開発
ナノメートルの分解能を持つ光学システム 2005年12月21日、文部科学省においてプレスリリース |
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――新しい顕微鏡の特徴を教えてください。
河田:理科実験などで親しまれている光学顕微鏡は、反射鏡から可視光を取り入れ、その光を試料に当てて観察します。分解能は利用する可視光の波長で決まっており、現在の光学顕微鏡では、300nm程度のものまでしか見ることができません。より細かいものを見るためには、可視光より波長が短いX線(放射光)や電子線を使用する必要があります。しかしこれらは、装置が大掛かりであることや、真空中でしか観察できないなどの制約があります。また、原子そのものを見るためには、STM(走査型トンネル顕微鏡)やAFM(原子間力顕微鏡)が使われていますが、これらは表面形状しか観察できません。これらの顕微鏡では、バイオサイエンス研究にとって重要な生体試料を生きたまま観察できないのです。今回、開発・設計した顕微鏡は、生体試料を生きたまま観察できるという光学顕微鏡の特徴を持ちながら、可視光の分解能をはるかに超えたナノメートルサイズのものまで見分ける性能があります。 |
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――開発のポイントは。
河田:銀製のナノサイズの円柱を剣山のように並べたデバイスを、レンズとして使ったのが秘訣(ひけつ)です(図)。試料に当てた光は、まず円柱の片側で表面プラズモン(自由電子の集団的振動)に変換されます。そして、円柱の別の端に伝わり、円柱から再び光の情報として得られます。その際、円柱を伝わる情報は円柱の直径サイズ分となり、円柱一つ一つの情報を統合して、試料の全体像を見ることになります。今回の場合は円柱の直径が20nm、長さが50〜150nmで、配列間隔が40nmなので、分解能も40nmとなります。理論的には1nmの分解能が実現可能ですが、実用レベルでは10nmから20nmが最適と考えています。 ![]() |
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――この顕微鏡の原理を発見したきっかけは。
河田:光を使ってナノを見る装置をつくることは、私の30年来の夢です。ガラスやプラスチックのレンズとか凹面鏡とかを使っている限り、ナノのイメージングは不可能で、ナノのレンズを見つけなければ、と長年考えていました。10年ほど前に金属の針を試料上で動かして画像を得る「近接場顕微鏡」を発明しました。今回は、金属ナノ構造と光の相互作用である「プラズモン」という量子の研究をしているときに思い付いたのです。発見というより、発明というべきかもしれませんね。 |
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――具体的には何に使用できるのでしょうか。
河田:細胞内の酵素などの働きや生体内の分子レベルの相互作用など、ナノサイズのさまざまな現象を直接目にすることができるので、新たな発見が次々と出てくるでしょう。半導体の集積回路をつくるリソグラフィーにも活用できますし、この顕微鏡自身がレーザー発振することで、ナノレベルの加工ができるようになります。そのほかに、ナノ分野のデバイス開発にも活用することができるなど、広い用途があります。■ |
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プレスリリースは下記URLを参照ください。 http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2005/051221/index.html ※本成果は米国の科学雑誌『Physical Review Letters』(12月31日号)に掲載され、毎日新聞(1/5)などに取り上げられた。 |
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抗インフルエンザウイルス薬の開発促進へ
ウイルス増殖に必須なタンパク質の 2006年1月20日、文部科学省においてプレスリリース |
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――今回構築したデータベースについて教えてください。
梅山:インフルエンザウイルスは多形性の粒子です。インフルエンザウイルス粒子の内部にはウイルス遺伝子であるRNAが存在し、表面には針状の突起が出ています(図1)。この突起の一つである「ヘマグルチニン」がヒトの細胞などに吸着し、細胞内に入り込んで次から次へと複製を繰り返します。そして、もう一つの突起「ノイラミニダーゼ」の働きで細胞表面から子孫ウイルスが放出され、未感染細胞へと次第に広がり、猛威を振るうのです。今回開発したデータベースは、ノイラミニダーゼのタンパク質立体構造を予測してまとめたものです。ノイラミニダーゼは、抗インフルエンザウイルス薬開発の第一標的となるタンパク質ですが、頻繁に形を変え、その実態をつかむのは難しいとされていました。作成したデータは、その変化(変異)がどの程度であるかを予測したもので、薬の開発にとって欠かせない情報となります。 ![]() |
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――どのように立体構造データをつくったのですか。梅山:立体構造の予測には、私たちが独自に開発した「全自動ホモロジーモデリングソフト」を使いました。タンパク質はアミノ酸がつながってできていますが、このソフトは立体構造が決定されていないタンパク質の構造を、類似のアミノ酸配列を持ち立体構造が解明されているタンパク質を参考にして予測します。ホモロジーモデリングという計算法は、コンピュータを使ってタンパク質の立体構造を予測する方法の中では、最も信頼度が高い手法です。私たちは、米国の国立バイオテクノロジー情報センター(NCBI)のnonredundant protein sequence database(重複のないタンパク質配列データベース)に登録されているアミノ酸配列をもとに、1603個という多数のノイラミニダーゼの立体構造を予測し(図2)、Web上(http://protein.gsc.riken.jp/jp/Research/index_na.html)で公開しました。 |
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――公開したデータベースを利用して何ができるのですか。
梅山:既存の抗インフルエンザウイルス薬には、ノイラミニダーゼの機能を阻害する「タミフル」などがあります。ところが、ノイラミニダーゼは頻繁に変異を続けるため、既存のノイラミニダーゼ阻害剤が効かなくなる危険性が示唆されています。公開したデータベースには、さまざまな亜型や変異体のノイラミニダーゼの予測構造が入っていますので、新規のノイラミニダーゼ阻害剤の開発に役立つものと考えています。■ |
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プレスリリースは下記URLを参照ください。 http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2006/060120/index.html ※本成果は日本経済新聞(1/21)など多数の新聞に取り上げられた。 |
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「科学研究上の不正行為への基本的対応方針」を制定
土肥義治理事に聞く |
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理研科学者会議からの声明
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――科学研究上の不正行為とは?
土肥:科学研究における実験データや試料の「捏造(ねつぞう)」、「改ざん」、そしてアイデアの「盗用」です。研究を提案・実行し、必要に応じて見直し、最終的に成果を発表する、この研究プロセスにおいて不正行為があってはなりません。研究プロセスの誠実性は、研究者に求められる最も大切なことです。 ――不正行為に関するニュースを見聞きする機会が多くなったように思います。不正行為が増えているのでしょうか。 土肥:必ずしも数が増えたとは思っていません。科学研究に多額の税金が投入されるようになり、また科学の成果が社会に大きな影響を及ぼすようになってきたため、マスメディアや一般の方々の科学に対する関心が高くなってきたことが背景にあると思います。 ――不正行為に関する方針制定のきっかけは? 土肥:2004年8月、理研の研究者によって研究論文の不正発表疑惑について指摘がありました。調査の結果、理研の研究者2人がかかわった2本の論文にデータの改ざんがあること、ほかの1本については改ざんのあった可能性が高いことが明らかになり、2004年12月に発表しました。 理研は、多額の税金を研究費として頂いています。それを誠実に使って自然科学の研究を進め、成果を出し、社会に還元する。それが理研の最大の責務です。社会から信頼され、期待されて初めて私たちの研究活動は成り立つのです。信用をなくしたら、理研の存在意義がなくなってしまいます。私たちは、不正行為が起きてしまったことを深く反省し、二度と繰り返さないためにはどうすべきか、議論を重ねてきました。 ――不正が分かってから1年でどのような動きがあったのでしょうか。 土肥:2005年4月には、研究不正の防止に取り組み、対応の窓口となる「監査・コンプライアンス室」を設置しました。 11月には、理研科学者会議※2が「科学研究における不正行為とその防止に関する声明」を出しました(表1)。そこには、理研の研究者としてのあるべき姿が示されています。研究者は、それを肝に銘じて研究活動を進めていただきたいと思います。 ![]() |
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適正かつ厳正な対応、原則公表
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――今回制定した「科学研究上の不正行為への基本的対応方針」の主な内容は?
土肥:不正防止策と不正が発生した場合の対応措置を規定しています。研究不正の調査依頼、通報、相談は、監査・コンプライアンス室が随時受け付けます。職員から選ばれた相談員や弁護士が対応する窓口も設けています。疑義が発生したときには予備調査を行い、必要に応じて外部専門家を含めた調査委員会を設置します。調査委員会は、研究不正の疑義を受けた研究者からも弁明を聞きます。調査の結果、不正があったと認定された場合、懲戒委員会にかけます。研究不正に対する措置を明確に規定したのは、日本で初めてだと思います。 ――研究不正を行った研究者の処分は? 土肥:懲戒委員会で検討した上で具体的な処分が決定されます。調査結果は原則公表し、必要に応じて研究費の返還も求めます。研究上の不正は、研究者としての自殺行為です。何年かたったらまた理研で研究していい、ということはまったく考えていません。不正行為とは、それほど重いことなのです。 |
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研究不正の起きない研究環境を
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――不正防止のための対策は?
土肥:方針では、理研の研究者としての行動規準を定めています。“研究不正を行わないこと”“研究不正に荷担しないこと”“周りの者に対して不正をさせないこと”の3項目です。 また、一番大切なことは、研究不正が起こることのない研究環境をつくることです。そのために研究責任者が遵守すべき事項を定めています(表2)。一つ目は、研究責任者は、実験手続きやデータの処理などについて研究員と定期的によく議論すること。新しいデータや研究分野というのは、革新的であればあるほど、理解してもらうためには時間と議論を要します。議論を通じてのみ、学問の進歩があります。議論がない研究室では、新しい分野の開拓はできないでしょう。 二つ目は、データを記録するラボノートブックは私的なものではなく、研究所が管理すべきものであるという意識を持つこと。三つ目は、ラボノートブックの管理の徹底です。ラボノートブックは、論文発表後も5年間は保管しておくことを義務付けています。予想もしなかったデータの発見が新しい分野を切り開き、科学の進展は事実の上に築き上げられてきました。ラボノートブックは、研究者にとって命の次に大事なものなのです。 四つ目は、論文を発表するときには、責任分担について、責任著者と共著者との間でよく議論して確認をすることです。 ――不正を生み出す背景には、研究評価方法の問題があるとの指摘もありますが。 土肥:評価は、非常に難しい問題です。しかし、研究の本当の目的は、新しい科学の創造です。決して、評価の高いジャーナルに論文を発表することが目的ではありません。研究組織は、論文掲載数や競争的資金の獲得などを基準に研究者を評価しては絶対にいけないと思います。科学者個人の評価は、シンプルであるほどいいと思います。この2〜3年で何をしてきたか、そしてこれから何をするかで評価すべきです。研究者自身も、研究の目的をもう一度認識してほしいと思います。 ――研究者の倫理についての教育は、どのように行っているのでしょうか。 土肥:毎年、研究者を対象に講習会を行っています。また、理研では最近、30歳代の研究責任者も増えています。それはとてもいいことなのですが、ポスドクからいきなり研究責任者になり、戸惑ってしまうこともあります。そこを研究所としてきちんと手当てしなければ、不正などの問題発生につながりかねません。そこで、理研では2005年末に、『ラボラトリー・マネージメント・ブック』を作成しました。研究責任者がどのように研究を進めるべきかを整理したガイドラインです。まずは研究責任者が研究倫理も含めた勉強をして、さらに研究員を教育してもらう必要があると考えたのです。こうしたガイドブックの作成は、日本で初めてではないでしょうか。 かつて、理研は「科学者たちの自由な楽園※3」と呼ばれました。今後も、そうあるべきだと思います。しかし私たちは、理研が社会の中に存在している研究機関であることを認識し、科学の本質が何かを強く意識して研究活動を行っていかなければならないのです。■ ![]() |
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歴史秘話 サイクロトロンと原爆研究(前編)
中根良平 元理研副理事長に聞く |
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核分裂の発見から原爆研究へ
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――米国のE. O. ローレンス(1939年、ノーベル物理学賞)が世界初のサイクロトロンを完成させたのが1931年。理研がサイクロトロンの研究を始めたのはいつですか。
中根:1935年に仁科先生たちが、“小サイクロトロン”(磁極直径65cm)の建設を始めました。ちょうどそのころ、イタリアのE. フェルミが重要な予言をしました。天然に存在する最も重い元素は原子番号92番のウランですが、そのウランに中性子を当てると93番元素ができるはずだと言ったのです。こうして世界中で93番元素をつくる競争が始まりました。理研でも1937年に小サイクロトロンを完成させ、その競争に参加しました。 そして1938年、ドイツのO. ハーンらが“核分裂”という大発見をしました。93番元素をつくろうとウランに中性子を当てたら、何と二つに分裂し、ばく大なエネルギーを発生したのです。これを利用して原爆ができるかもしれないと考えられるようになりました。不幸なことに、1939年にナチス・ドイツの侵攻により第二次世界大戦が始まりました。ナチスよりも先に原爆をつくるべきだとA. アインシュタインがルーズベルト米大統領に勧告し、米国で原爆研究が始まったのです。 ――日本では、いつごろから原爆開発が検討され始めたのですか。 中根:1940年に陸軍の航空技術研究所で、理研の研究者を呼んで原爆開発の調査を始めました。そして1941年4月、陸軍が理研に原爆研究を依頼します。理研の大河内正敏(まさとし)所長はすぐに仁科先生に相談しましたが、この段階では先生は断っているんです。その年の12月には太平洋戦争が始まりました。1942年8月に海軍が“核物理応用研究会”をつくり、仁科先生が委員長を務め、長岡半太郎先生、菊池正士(せいし)先生、嵯峨根遼吉(さがねりょうきち)先生など第一線の研究者が参加して、原爆開発の可能性を検討しました。そして「理論的には原爆をつくることは可能、しかし、米国でもこの戦争中には原爆を完成できないだろう」という結論を出しました。 ところが翌年になって、仁科先生は原爆研究を引き受けます。これは“ニ号研究”と呼ばれ、東条英機首相の直々の命令で、陸軍航空本部の委託研究として1943年1月に始まったものです。 ![]() |
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なぜ原爆研究を引き受けたのか?
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――戦争中に原爆はできないと結論を出しながら、なぜ仁科博士は“ニ号研究”を引き受けたのですか。
中根:それは、分かりません。戦後もその理由について、仁科先生は何も語っていません。私は主な理由が二つあったと推測しています。 ウランには、ウラン235とウラン238という同位体があり、核分裂するのはウラン235ですが、天然ウランにわずか0.7%しか含まれていません。だから天然ウランそのものに中性子を照射しても爆発しません。しかし、ウラン235を例えば100%近くに濃縮すれば、核分裂と同時に発生する中性子によって次々に核分裂の連鎖反応が起きて、原爆になる可能性があると考えられたわけです。1942年ごろ、仁科研究室の玉木英彦先生が、「10%に濃縮したウラン235を10kgつくれば、連鎖反応が起きる」という理論計算を行いました。この計算結果を仁科先生が陸軍航空技術研究所に報告したところ、やはり原爆研究に着手してくれと東条首相の命令が下ったらしいのです。ただし「核分裂の連鎖反応は原爆にも発展するし、原子炉にもなる。どちらの開発が先になるか分からない」と仁科先生は陸軍の担当者に言い、担当者も「どちらでも結構です」と答えています。日本が戦争を始めたのは、石油資源がなかったからです。軍部もエネルギー源の重要性が念頭にあったのでしょう。仁科先生は「核を爆弾として使うより、エネルギー源として利用する方がよいのだが」とたびたび言っていたそうです。 ――原爆研究を引き受けたもう一つの理由とは? 中根:それを推測するには、当時の仁科先生たちの研究状況を振り返る必要があります。1940年に仁科先生たちは、“ウラン235の対称核分裂”を発見しました。ハーンらは速度の遅い中性子で核分裂を発見したので、欧米では遅い中性子の研究が主流でした。しかし、仁科先生たちは速い中性子の研究をしていました。ウラン(92番)に遅い中性子を当てると、バリウム(56番)とクリプトン(36番)という質量が“非対称”な核分裂生成物に分裂します。一方、速い中性子を当てると、ウランが真っ二つに分かれる“対称核分裂”を起こし、銀(47番)などができる現象を仁科先生たちは発見したのです。 また、速い中性子がウラン238にぶつかるとウラン237に変わり、β線という放射線を出して壊れることを仁科先生たちは発見しました。すると、ウラン237から93番元素ができるはずなんです。93番元素生成の可能性を世界で最初に示したのは、仁科先生たちだったのです。1940年10月にシカゴでシンポジウムがあり、そこでフェルミが、仁科先生らによる対称核分裂とウラン237の発見を紹介すると、聴衆から大きな拍手が沸き起こったそうです。そのような素晴らしい仁科先生たちの業績が、不思議なことに日本ではあまり知られていません。 ただし、仁科先生たちは93番元素を化学的に分離することができませんでした。結局、93番元素は、1940年に米国のE. M. マクミランらが発見し、ネプツニウムと命名されました。マクミランらに先を越された理由の一つは、仁科先生たちが小サイクロトロンで研究していたのに対し、マクミランらはローレンスのもとで大型のサイクロトロンによるはるかに多量の中性子で、たくさんの93番元素をつくることができたことです。仁科先生たちも1938年から、“大サイクロトロン”(磁極直径150cm)の建設を進めていましたが、1940年の段階ではうまく稼働していませんでした。実は、1940年に米国のG. T. シーボーグらが94番元素であるプルトニウムを発見しましたが、発表しませんでした。私たちもその発見を戦後に知ったのです。93番元素の発見をあと一歩で逃したため、94番元素は先につくりたい、そのためには原爆研究を引き受けて大サイクロトロンを完成させなければならないと、仁科先生は考えたと思うのです。太平洋戦争が始まったとき、仁科先生は「戦時中であろうと基礎研究は推進すべきである。戦争が終わったとき、つまらない研究ばかりをしていたら、日本の恥だ」と語っています。仁科先生は大サイクロトロンを完成させ、核分裂の連鎖反応を実証する基礎研究を行うことを念頭に“ニ号研究”を受託されたのだと思います。事実、1944年2月の戦時研究動員会議に提出された書類には、“ニ号研究”の中に大サイクロトロンの建設とそれを利用した核分裂の研究が含まれています。 ――大サイクロトロンは、1940年に米国のローレンスから設計図の青焼き(コピー)をもらってきて、完成させたといわれていますね。 中根:そうです。私も長らくそう信じていました。しかし最近、青焼きは渡せないという、ローレンスの弟子からの断り状を発見して、びっくりしたのです。 |
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(4月号に続く)■
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小坂文部科学大臣、横浜研究所を視察
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小坂憲次 文部科学大臣が12月26日、理研横浜研究所を視察しました。まず、遺伝子解析施設を視察し、ゲノム科学総合研究センターの林 |
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白楽ロックビル氏講演会
「理解し回避したい研究者の事件」を開催 |
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当研究所は「研究不正防止」に対する研究所員の意識向上を目的に、白楽ロックビル氏(林 正男 お茶の水女子大学理学部生物学科 教授)による講演会「理解し回避したい研究者の事件」を1月19日、和光キャンパスで開催しました。“科学研究者の事件全体像”、“研究不正の動向”、“研究不正の回避”などについて白楽氏が講演し、250名以上の職員が聴講しました。 当研究所は昨年4月、「監査・コンプライアンス室」を設置し、12月には「科学研究上の不正行為への基本的対応方針」を制定するなど、科学研究上の不正が起こりにくい体制の構築に積極的に取り組んでいます。 |
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※関連記事:「『科学研究上の不正行為への基本的対応方針』を制定」を参照ください。 |
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平成18年度一般公開のお知らせ
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科学技術週間〈2006年4月17日(月)〜23日(日)標語“小さな発見 未来につながる 第一歩”〉の行事として、当研究所では下記の日程で一般公開を行います。 理研の最先端の科学研究に親しんでいただくため、研究室・施設の公開をはじめ、講演会、各種のイベントを行います。多数の方のご来場をお待ちしております。(入場無料)
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東戸塚キャンパス顛末記
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理研東戸塚キャンパスは、2005年9月末日に閉鎖された。このキャンパスは、ゲノム科学総合研究センター(GSC)動物ゲノム機能情報研究グループが1999年11月から2005年9月までのおよそ6年間にわたって研究活動を行っていた拠点である。 1998年、動物ゲノム機能情報研究グループ発足当時、勝木元也先生(現・自然科学研究機構基礎生物学研究所長)、城石俊彦プロジェクトディレクター(現・GSC ゲノム機能情報研究グループ)、野田哲生チームリーダー(現・GSC 動物ゲノム変異解析研究チーム)らが研究拠点探しに奔走していた。そのころは、現在鶴見区にある理研横浜研究所の建設も始まっておらず、大規模動物飼育施設を伴った研究施設をどこかに数年間借りられないかと探した結果、横浜市戸塚区の小高い森の中に“旧・味の素生物科学研究所”の建物を見つけ、同社から期限付きで借りることになった。 私も1999年6月ごろから動物ゲノム機能情報研究グループの研究活動に参加することになり、東戸塚の桜並木の急な坂道を上ってこのキャンパスを訪ねた。建物は築30年以上、天井裏はむき出し、高圧機器もとうてい使用許可が下りそうもない状況であった。このような状態でSPF(微生物統御)施設としてマウスの飼育が可能なものに改修できるのだろうかと不安で仕方なかった。早速、当時味の素(株)から設備関係の要員として出向されていた青木好男さんと相談しながら各種補修個所の確認に取り掛かった(青木さんにはその後も東戸塚地区の設備管理にかかわっていただいた)。 突貫工事でどうにか設備改修が完了し、1999年11月から研究活動がスタートした。しかし機器を動かしてみると、空調設備の不調で飼育室の温湿度調整が安定しないなど事故が頻発し、青木さんに深夜に駆けつけてもらう日々が続いた(私たち研究者にとっては「マウスさま」が大事なのである)。それから約6年、東戸塚キャンパスでは延べ100名以上の方が日夜働き、多くの研究成果を挙げた。その間、小長谷明彦プロジェクトディレクター(現・GSC ゲノム情報先端技術研究グループ)や吉田尚弘チームリーダー(現・理研免疫・アレルギー科学総合研究センター アレルギー免疫遺伝研究チーム)も東戸塚で研究活動を続け、お花見や夏のバーベキューなどの交流会も行い、楽しいひとときを過ごした。 やがて、横浜研究所鶴見キャンパスが完成し、ゲノム情報科学研究グループや免疫遺伝研究ユニットは順次移転していった。動物ゲノム機能情報研究グループも理研筑波研究所内のヒト疾患モデル開発研究棟の竣工とともに順次移転していった。しかし、住めば都である。東戸塚キャンパスの設備は決して新品でないが、研究設備に手を入れれば入れるほど愛着がわくものである。機械の様子をうかがいながら施設を動かし、マウスSPF飼育施設として大きな事故もなく運営できたことは幸いであった。 2005年9月23日、これまで東戸塚キャンパスにかかわりのあった方に声をかけ、ささやかな閉鎖式を行った。70名以上の方に集まっていただき、旧交を温め、さしずめ同窓会のようであった。これまで東戸塚で研究活動を続けることができたのは、改修整備から各種諸手続きにまでご協力をいただいた当時のゲノム科学研究推進室をはじめ、横浜研究所研究推進部のご尽力にほかならない。ここに深謝したい。最後に施設を貸与していただき、研究成果とともに多くの思い出を残すことをお許しいただいた味の素(株)にも深く感謝します。 ■ ![]() |
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