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生物多様性の謎を解き、抗体医薬をつくる


心筋梗塞のオーダーメイド治療への一歩

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生物多様性の謎を解き、抗体医薬をつくる


太田邦史 
OHTA Kunihiro 
中央研究所 太田遺伝システム制御研究室
准主任研究員



太田邦史 OHTA Kunihiro国連報告によると、新型インフルエンザが世界規模で大流行すると、最悪、1億5000万人もの命が奪われるおそれがある。このような新興感染症の治療・診断に有効な抗体医薬を約1週間で作製できるシステムが、近い将来実用化される。太田邦史 准主任研究員らが開発を進める「ADLib(アドリブ)(Autonomously Diversifying Library)システム」である。抗体医薬は副作用がほとんどなく治療効果も高いので、近年、抗がん剤などとして開発・普及が急進展している。しかし、動物の体内で抗体をつくる従来の方法には、新しい抗体ができるのに数ヶ月以上かかったり、抗体ができない物質があるなどの大きな課題があった。太田准主任研究員らは、試験管の中で抗体をつくる新しいシステムを築くことでこれらの課題を克服し、抗体医薬の可能性を大きく広げようとしている。

コメント01

“高速進化”を引き起こす
図1 クロマチン構造とDNAの組換え 太田准主任研究員は、子供のころから生物に興味を抱いてきた。「生物とは何か。その大きな特徴の一つが多様性です。地球上にはたくさんの種が存在し、同じ種の中でも違いがあります。多様性は、生物にとってどういう意味があり、どのような仕組みで生み出されるのか。それを探りたいのです」
 生物の多様性を生み出す仕組みの一つが、精子や卵子をつくる減数分裂のときに起きるDNAの組換え(遺伝的組換え)だ。両親から受け継いだDNAを切ったりつないだりして混ぜ合わせ、新しい組み合わせの遺伝子を持つ精子や卵子が多数つくられる。兄弟でも顔つきや性格に違いがあるのはこのためだ。さまざまな遺伝子を持つ子供が多数生まれることで、環境変動が起きても生き残れるものがあり、命が受け継がれてきた。
 DNAは通常、ヒストンというタンパク質に巻き付いて数珠状になり、「クロマチン構造」をつくっている(図1)。これではDNAを切る酵素が近づけず、DNAを切ったりつないだりする組換えは始まらない。太田准主任研究員らは、ヒストンのアセチル化レベルが上がるとDNAの一部がむき出しになってDNAの組換えが始まること、また、この反応は生物が環境ストレスを感じることで促進されることを明らかにした。「生物はピンチになると潜在能力を発揮するんです。例えば、植物は冬になって日照や栄養が少なくなりストレスを感じると、DNA組換えを行い、花を咲かせて子孫を残す準備を始めます。生命多様化の歴史でも、例えば約5億4000万年前に生物種数の増加が一気に進んだ“カンブリア爆発”と呼ばれる出来事が想定されていますが、何らかの環境変動が生物にストレスを与え、DNA組換えが促進されて多様化が進んだのかもしれません」
 太田准主任研究員らは、DNA組換えの分子メカニズムの解明を進めるとともに、DNAの任意の場所で組換えを起こしたり、組換えを活性化して“高速進化”を引き起こし、有用な作物や酵母を生み出す技術の開発を進めている。


試験管の中で多様な抗体をつくる
図2 ジーンコンバージョン  遺伝的組換えの進化型が、免疫系で抗体がつくられる仕組みだ。抗体はY字の形をしたタンパク質である(表紙上段)。その一部分が少しずつ違った1000億種類の抗体が用意されていて、どんな異物(抗原)が入ってきても、それにぴったりと結合する専用の抗体をたくさんつくって異物を排除し、体を守る。
 タンパク質の設計図である遺伝子は、ヒトで2万2000個。なぜ2万2000個の遺伝子から1000億種類もの抗体を生み出せるのか。その謎を解明して1987年のノーベル生理学・医学賞を受賞したのが、現在、理研-MIT脳科学研究センターのセンター長を務める利根川進博士である。抗体をつくる“工場”であるB細胞ができるとき、DNAの組換えが起きて多様な抗体遺伝子がつくられることを明らかにしたのだ。
 近年、抗体医薬が大きな注目を集めている。新しい抗体を人工的につくり出し、診断や治療に用いるものだ。「“ハーセプチン”という乳がんの抗体医薬が有名です。従来の抗がん剤は副作用が強く、生存期間を少し延ばすだけの薬が多数でした。ところが、一部の抗がん剤と併用することで、副作用がほとんどなく、治療効果が高い抗がん抗体医薬が開発され始めたのです」
 ただし、従来の抗体作製法には大きな問題がある。抗原を注射してマウスやラットなどの体内で抗体をつくらせるのだが、この方法では良い抗体ができるのに通常4〜6ヶ月かかる。しかも、もともと体の中にある生体分子と似た抗原は異物として認識されないため、抗体は得られない。これは自分自身の体を攻撃する抗体をつくるB細胞を排除する「免疫寛容」という仕組みがあるからだ。毒性が強い抗原を注射すると、動物が死んでしまう場合もある。
 「多様な抗体をつくる仕組みを試験管の中で実現できれば、これらの課題を克服できます。私たちはニワトリのB細胞由来の培養細胞DT40に注目しました。この細胞は、試験管の中でも、わずかな頻度ですがジーンコンバージョンというタイプのDNA組換えを起こします(図2)。これを活性化できれば、さまざまな抗体をつくれます」
 DT40のDNA組換えを活性化させるために、太田遺伝システム制御研究室の瀬尾秀宗(ひでたか)研究員が、トリコスタチンAという薬剤を用いてヒストンのアセチル化レベルを上げる実験を行った。「ところが1週間たっても効果が表れません。普通ならあきらめるところですが、瀬尾君はずっとDT40の培養を続けました。すると数週間して、DNAの組換えが活性化したのです」
 この実験をきっかけに開発されたのが、新しい抗体作製システム「ADLibシステム」である(図3)。まず、DT40にトリコスタチンAを作用させて数週間培養すると、DNAの組換えが加速してさまざまな抗体遺伝子を持つ細胞集団“ライブラリー”ができる。特定の抗原を粒状の磁石(磁気ビーズ)に付けて、1億個弱の細胞からなるこのライブラリーに入れる。ライブラリーのそれぞれの細胞は抗体を表面に突き出しているので、特定の細胞が結び付き、磁気ビーズを磁石でつり上げると、目的の抗体をつくる細胞を取り出せる。その細胞を培養すると、1週間ほどで目的の抗体を入手することができる仕組みだ。

図3 ADLibシステムの原理

抗体で新しい医学・生命科学を拓く
 生命活動に重要な生体分子ほど、ヒトと動物で共通性が高く、形が似ている。従来の抗体作製法では、重要なヒトの生体分子の多くが、動物の体内でも異物として認識されず、その抗体をつくる細胞が免疫寛容によって排除されてしまう。免疫寛容が働かないADLibシステムならば、ヒトのあらゆる生体分子の抗体をつくることができる。この特長を利用して、個人の体質に合った最適な治療法を選ぶ「オーダーメイド医療」の診断薬として応用することが期待される。「例えば、“イレッサ”という肺がんの薬があります。これはある人には大変よく効きますが、ある人には副作用が大きいという性質があります。その違いは、ある特定の生体分子のわずかな個人差で決まります。その違いをADLibシステムでつくった抗体で識別して、イレッサを投与すべきかどうか判断することができるでしょう」
 従来の抗体作製法では、数百μg以上の抗原量が必要だったが、ADLibシステムでは原理的には1μg未満の抗原で抗体を作製できる。しかも分子量が小さい抗原の抗体をつくることもできる。従来、良い抗体はできないといわれた糖鎖の抗体も作製可能だ。糖鎖は、細胞の情報伝達などを担う生体分子であり、医学・生命科学の重要なターゲットとなっている。しかし、構造や機能が極めて多様な糖鎖を解析することは難しかった。多様な糖鎖の違いを識別できる抗体ができれば、研究の進展に大きく貢献できるだろう。
 「今まで新しい抗体をつくるのに、半年以上かかりました。ADLibシステムならば、従来、作製不可能だった新しい抗体を次々につくり、実験を進めていくことができます。ADLibシステムは臨床や基礎医学、あらゆる生命科学で重要な研究基盤技術となるでしょう。理研にはバイオ関係のたくさんの研究室があるので、連携してさまざまな抗体をつくり、新しい学問分野を開拓していきたいと思います」


人類の危機を救うADLibシステム
 「抗体の面白いところは、研究や診断のためにつくった抗体が、そのまま治療薬として使える場合があることです」。従来にない抗体をつくることができるADLibシステムにより、がんなどの難病の新しい治療薬を開発できるだろう。さらに、新しい抗体を1週間ほどでつくれる特長を生かして期待されるのが、新型インフルエンザやSARS (サーズ)などの新興感染症やバイオテロの拡大阻止である。
 新型感染症やバイオテロを引き起こす病原体の正体が解明されても、従来の技術ではワクチンや診断薬・治療薬の開発に時間がかかるため、その間に爆発的に流行してしまうおそれがある。ADLibシステムならば、診断薬や治療薬を迅速につくり出し、感染の拡大を食い止めることが可能だと期待される。現在、新型インフルエンザの流行に備え、“タミフル”という薬の備蓄が進んでいるが、これはウイルスの増殖を抑える薬なので、感染して48時間以内に服用する必要がある。一方、ウイルスを直接攻撃する抗体医薬は、タミフルのような時間的な制約がなく、治療効果が1ヶ月ほど持続する。


抗体医薬の可能性を大きく広げる
 現在、米国企業を中心に抗体医薬の開発が盛んに進められ、多くの薬が臨床試験されている。抗体医薬の市場規模は急速に拡大しており、2010年には米国における市場が約5兆円規模になるとの予測もある。ただし、これは従来の方法で作製可能な抗体医薬の市場予測だ。あらゆる抗体をつくることができるADLibシステムは、抗体医薬の市場規模をさらに大きく広げるだろう。
 太田准主任研究員はADLibシステムの実用化のため、理研が支援する理研ベンチャー制度によ(株)カイオム・バイオサイエンスを2005年2月に設立 した。そこには、次々と優秀な人材が集結している。「皆さん、私たちの技術にほれ込んで、素晴らしい経歴を持った方々が来てくださいます」と同社の取締役を兼務する太田准主任研究員は語る。
 現在、ADLibシステムでできるのは、Ig(免疫グロブリン)Mというタイプのニワトリの抗体だが、本格的な実用化には、生成しやすく安定性の高いIgGというタイプの、ヒト型の抗体にする必要がある。「そのための原理は分かっていますので、あとは実行のみです。近い将来に実現できると思います。さらに私たちは、ヒトの抗体産生の仕組みを試験管の中で実現する“スーパーADLibシステム”を目指しています。しかしそれには、DNA組換えの仕組みを探る基礎研究を着実に進めていく必要があります」
 太田准主任研究員は、基礎と応用を両輪に、研究を強力に推進していく方針だ。その未来に医学・生命科学の新しい可能性が拓けていることを、すでに多くの人たちが確信し始めている。









関連情報:


特願2004-524174「体細胞相同組換えの促進方法及び特異的抗体の作製方法」


特願2002-376555「体細胞相同組換えの誘発方法」







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心筋梗塞のオーダーメイド治療への一歩


田中敏博 
TANAKA Toshihiro 
遺伝子多型研究センター 疾患関連遺伝子研究グループ
心筋梗塞関連遺伝子研究チーム チームリーダー



田中敏博 TANAKA Toshihiro心筋梗塞は、心臓の筋肉に血液を送り込んでいる冠動脈が詰まり、心筋細胞が壊死(えし)してしまう疾患である。発症後、迅速に適切な治療を受けなければ、死に至ることもある。日本では、年間150万人が心筋梗塞を発症していることから、心筋梗塞の危険因子を特定し、発症あるいは再発を予防する方法の確立が急務となっている。そうした中、心筋梗塞の発症に関連している遺伝子を二つ突き止め、世界から注目されているのが、心筋梗塞関連遺伝子研究チームを率いる田中敏博チームリーダー(疾患関連遺伝子研究グループ・グループディレクター)である。この成果は、個人間の遺伝情報の違いを調べることで、どのくらい心筋梗塞になりやすいかを前もって診断し、発症を予防する“オーダーメイド医療”実現への大きな一歩である。

コメント02

より多くの患者のために
 「患者のために何かをしたいと思っています」。田中チームリーダーは、こう語り始めた。「私は大学を卒業後、循環器系の医者として臨床の現場にいました。心筋梗塞など心疾患の患者が救急車で次々と運ばれてくるような病院でした。一人一人の患者と向き合い、良くなって退院していけば、医者としての喜びが得られます。今ある技術で、一人一人の役に立つことは、もちろんとても大事な仕事です。でも次第に、日々の喜びは得られなくとも、“一人ではなく、その病気に苦しんでいるもっと多くの人のために何かしてあげることができるのではないか”、そう考えるようになりました。遺伝子多型研究センター(SRC)の疾患関連遺伝子研究グループには九つの研究チームがありますが、ほとんどのチームリーダーは、医者です。みんな、たくさんの患者のために何かをしたいという想いを抱いて、ここに来て研究をしています」
 患者のためになる研究。そのためにSRCで注目しているのが、一人一人の遺伝情報の違いだ。ヒトの遺伝情報は、A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)という4種類の塩基の並び方によって書かれている。ヒトの全遺伝情報は“ヒトゲノム”と呼ばれ、約30億塩基対からなる。ヒトの遺伝情報は、大部分は誰もが同じだが、個人ごとに違っている部分がある。この個人間の塩基配列の違いを“多型(たけい)”と呼ぶ。「人によって肌や目の色が違ったりするのは、主に遺伝情報の違いによるものです。同じことが病気のかかりやすさについてもいえるのではないか。それが、私たちの研究の出発点です」
 糖尿病や高血圧、心筋梗塞などは“生活習慣病”と呼ばれる通り、発症には環境が関与している。しかし、同じように甘い物を食べていても、糖尿病になる人もいれば、ならない人もいる。「生活習慣病のなりやすさには、環境だけでなく遺伝的な違いもかかわっているのです。私たちは、多型の中でも最も単純なSNP(スニップ)(一塩基多型)に着目して、病気のなりやすさにかかわっている遺伝子を見つけようとしています」
 田中チームリーダーは「ここから先は、実現までに時間が必要なのですが」と続ける。「今は医者が患者の症状を診て治療法を決めていますが、遺伝情報を含めて診た方が、理論上、根本的な治療につながりやすいはずです。個人間の遺伝情報の違いを把握することによって、一人一人の個性に応じた医療を提供することができるようになります。いわゆる“オーダーメイド医療”につながっていく。私たちが今やっているのは、そのための基礎づくりです」


心筋梗塞の発症率が1.8倍になるSNP
図1 LTA遺伝子と心筋梗塞との関連  心筋梗塞関連遺伝子研究チームのターゲットは、その名の通り心筋梗塞だ。心筋梗塞は、心筋という心臓の筋肉に血液を運ぶ冠動脈が詰まり、酸素や栄養分が運ばれなくなるために、心筋細胞が壊死してしまう疾患である。不整脈や心不全が起きたり、突然死する危険性がある。心筋梗塞を含む心疾患は、悪性新生物(がん)に次いで日本人の死因の第二位で、一般診療医療費の20%を占める。心筋梗塞の予防や治療法の確立は、重要な課題だ。
 そのためには、心筋梗塞の危険因子を明らかにする必要がある。喫煙や運動不足、ストレスなど、環境要因はある程度明らかになっている。しかし、遺伝要因については、ほとんど手が付けられていない状態だった。その状況を打ち破ったのが、田中チームリーダーたちである。
 「現在までに、二つの遺伝子が心筋梗塞の発症に関連していることを明らかにしました。一つはLTAです。この遺伝子には心筋梗塞と関連するSNPが2個あって、一つはタンパク質の量を調整し、もう一つはタンパク質の性質を変えます(図1)。このSNPは必ずペアで遺伝し、ペアのパターンによっては、心筋梗塞の発症率が1.8倍高くなることが分かりました」
 LTAと心筋梗塞との関連を突き止めたのは2002年だ。「疾患に関連する候補として挙がっていた遺伝子を調べてSNPが関係していることを明らかにした論文は、それまでにも出ていました。私たちは、遺伝子の候補を絞らずにゲノムの広範囲を大規模に調べることで、心筋梗塞に関連するSNPを突き止めました。このような方法でSNPと疾患のかかりやすさの関係を明らかにしたのは、世界で初めてです」
 研究チームでは、心筋梗塞の患者と一般の人、それぞれ約1000人のDNAについて、JSNPという日本人のSNPデータベース(http://snp.ims.u-tokyo.ac.jp)の中から6万5000個のSNPを調べ、患者で有意に多いパターンを見つけていった。「この研究のやり方では、狙い撃ちはしません。漁に例えれば、一本釣りではなく地引網です。だからこそ、思いがけない遺伝子が見つかることもあるのです」
 LTAも、まさに意外な遺伝子だった。「LTAは、別名TNFβです。心筋梗塞には炎症がかかわっているだろうといわれていて、腫瘍細胞などを死滅させるTNFαというタンパク質が以前から注目され、研究もたくさん行われていました。TNFβは、いわば日陰者です。仮説を置いたやり方では、TNFαに目がいって、TNFβとのかかわりは見つけられなかったでしょうね」


芋づる式に関連遺伝子をつかまえる
図2 LGALS2遺伝子と心筋梗塞の関連  LTAタンパクは炎症に関連することが分かっていたが、それ以上のことは未知だった。「機能の理解を深めるため“LTAと結合する分子を見つけよう”と研究を行い、見つけたのがガレクチン2というタンパク質でした。そして、ガレクチン2をつくる遺伝子であるLGALS2を調べたら、その中にあるSNPも心筋梗塞に関係することが分かったのです」
 ガレクチン1は細胞同士を接着する機能などを持ち、がんに関係するタンパク質として活発に調べられていた。一方、ガレクチン2もまた日陰者で、機能解析はまったく行われていなかった。研究チームでガレクチン2の機能を調べたところ、チューブリンと結合することが分かった。チューブリンは細胞内にあるタンパク質で、微小管を形成し、細胞の形を安定させたり変えたりする働きをしている。「最近、チューブリンは細胞内の物質輸送においてレールの役目をしていることが分かってきました。ガレクチン2はLTAタンパクと結合し、チューブリンの上を伝ってLTAを細胞外に運び出しているのではないかと考えています。LGALS2遺伝子の中にあるSNPが特定のパターンの場合、ガレクチン2が減少し、細胞外に分泌されるLTAも減り、心筋梗塞を発症しにくくなります(図2)」
 田中チームリーダーは、LGALS2を見つけ出した手法を“芋づる式”と表現する。「最初の一つを見つけるのは大変ですが、見つかってしまえば、芋づるをたぐるように関連する遺伝子が次々と見つかってくると考えています。今も、その方法を継続しているところです」


成果を患者に届ける
 今後の研究戦略は? 「心筋梗塞に関連する遺伝子は、LTAとLGALS2だけではありません。これからも関連遺伝子を次々に見つけていきます。私たちの役割は、いわば“SNPハンター”です」
 SNPハンターが活躍する基盤が、急速に整いつつある。2005年10月、ハップマップという国際プロジェクトの第1期が終了し、日本人を含むアジア、アフリカ、ヨーロッパのそれぞれを起源とする人についてSNPのデータベースが完成したのだ。「ハップマッププロジェクトで明らかになった25万個のSNPを調べれば、ゲノムの9割はカバーできるといわれています。これまでに私たちが解析に使ったのは、わずか6万5000個のSNPですから、心筋梗塞に関連する遺伝子がまた新しく見つかるでしょう」
 その一方で、「もう少しLTAタンパクやガレクチン2タンパクと心筋梗塞とのかかわりを追いかけたい気もします」と田中チームリーダーは語る。「しかし、それはSRCの使命とは少々ずれているという意識もあります。私たちが見つけた遺伝子、タンパク質に興味を持った研究者が、心筋梗塞の発症までをつなぐ研究をしてくれるといいのですが……」
 遺伝子から心筋梗塞の発症までがつながれば、夢が一つ実現する。「健康診断などの機会にDNAを調べ、心筋梗塞になりやすい遺伝子を持っている人には喫煙や運動不足など生活習慣に気をつけるように指導することで、発症予防に役立つでしょう。また、発症してしまった人に対してもDNAを調べ、生活習慣の改善を指導すれば、再発率を下げることができます。オーダーメイド医療の実現に一歩一歩着実に近づいているという感触を持っています」
 田中チームリーダーの研究にとって一番大切なものを尋ねたら、「患者さん」という答えが返ってきた。「私たちの研究は、患者さんから試料を提供していただかないと始まりません。しかも、環境の影響を排除して遺伝要因を浮かび上がらせるためには、数が必要です。私たちのところには、3000人の心筋梗塞の患者さんの試料があります。これは、SNPと疾患のなりやすさの関係を解析し、自信を持って成果を公表できる数です」
 研究チームでは、大阪大学大学院医学系研究科病態情報内科学、大阪急性冠動脈症候群研究会(OACIS(オアシス))の協力で、患者のインフォームドコンセントを得た上で血液を提供していただいている。「協力していただいた患者さんには、研究成果は直接還元されません。それでも提供してくださるのは、将来同じ病気になった人たちのために、というボランティア精神からだと思います。私たちは、その想いに応えたいと思っています」
 最後に、田中チームリーダーの夢を聞いた。「疾患に関連する遺伝子をたくさん見つけ、その中から一つでも患者さんの役に立つことにつながればと思っています。しかし、私たちSNPハンターだけの力では、不可能です。私たちは遺伝子をどんどん見つけますから、その機能を調べて心筋梗塞との関連を検証して予防や治療へとつなげ、患者さんに届けてくれる人が必要なのです。そのための体制づくりが、今後の課題です」









関連情報:









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世界最高水準のバイオリソースセンターを築く

小幡裕一 バイオリソースセンター長に聞く



小幡裕一 バイオリソースセンター長理研の使命の一つは、オールジャパンの研究基盤を築くことである。2001年に設立されたバイオリソースセンター(BRC)は、バイオリソース(生物遺伝資源)の収集・保存・開発・提供を行う日本で唯一の総合的専門機関である。生物実験に不可欠な動植物、細胞、遺伝子、微生物などのバイオリソースの整備は、生命科学の発展の鍵を握るとともに知的財産権と直結し、製薬・バイオ産業の行方を左右する。世界最高水準のバイオリソースセンターを目指す小幡裕一センター長に今後の展望を聞いた。

利用され、感謝と敬意を集めるBRCに
――BRCが目指す“世界最高水準のバイオリソースセンター”とは、どのようなものですか。
小幡:バイオリソースは、生命科学の研究材料です。BRCで収集・保存・開発しているバイオリソースを利用してもらい、優れた研究成果が生まれ、国民生活の向上や科学の発展、健康・食糧・環境問題といった人類的課題の解決に結び付くことが最も重要です。そのような成果をもたらすことで、「BRCを利用してよかった」と皆さんから感謝と敬意を集める、それが私たちの目指す世界最高水準のバイオリソースセンターの姿です。
――BRCのこれまでの実績は?
小幡:マウスの保存数は1850系統と世界第2位。植物(シロイヌナズナ)、細胞、遺伝子の保存数も欧米と肩を並べる世界の三大拠点の一つになりました。微生物も、新種登録株数で世界第2位です。
 これらのバイオリソースを大学や研究機関、企業に年間約1万件提供しています。これまでの提供先は、日本国内では2851機関、ほとんどの大学や研究機関が私たちのバイオリソースを使って研究しています(図1)。BRCは日本の生命科学を支援するハブ(中継拠点)として貢献しています。外国へも1381機関、欧米の有名な研究所へ次々と提供してきました。アジアへの提供も増えています(図2)。理研そして日本の研究者から譲渡・寄託されたバイオリソースを世界に向けて提供しているBRCは、日本の研究成果を世界に発信する役割も担っています。
 今までは研究者が論文を発表すると、その研究に用いたバイオリソースを提供してほしいという要求に研究者自身が対応してきたため、研究者にとって大きな負担でした。最近では、論文が発表される前に研究者からバイオリソースがBRCに寄託され、要求のあった研究者へはBRCからすぐに提供できるようになりました。BRCに最もホットなバイオリソースが集まり、その提供を通じて国内外に研究成果をどんどん発信しています。
 バイオリソースを有効に利用して成果を挙げてもらうには、利用者のバイオリソースを扱う技術の向上も必要です。BRCでは、大学や企業から人を受け入れて研修事業を実施しており、大変好評です。今後はアジア諸国からも受け入れる計画です。

図1 BRCの国内提供先
図2 BRCの海外提供先

知的財産権に直結するバイオリソース
――以前は、バイオリソースは欧米から入手すればいいという依存体質があったそうですね。
小幡:例えば、米国から提供されたバイオリソースを使って日本の研究者が研究成果を挙げても、そこから生まれる知的財産権は米国に帰属するケースが多く見られました。BRCのような機関がなかったら、依然として依存体質が強く、日本の国費を使って研究した成果が米国の富になる、という状況がずっと続いていたでしょう。生命科学の研究材料であるバイオリソースの整備は知的財産権の帰属に直結し、わが国の今後の生き方にかかわる重要な問題なのです。
――日本でも2002年度から「ナショナル・バイオリソース・プロジェクト」が始まり、国レベルでバイオリソースの整備が始まりました。それ以前は、どのような状況だったのですか。
小幡:それまでは、バイオリソースの収集・保存・提供は大学の先生たちの個人的な努力で続けられてきました。このため、その先生が退職すると、その先生が維持していたバイオリソースが散逸したり、知的財産権ごと欧米に流出してしまうケースがありました。BRCでは、絶滅の危機にひんしていたわが国の貴重なバイオリソースを数多く救済してきました。バイオリソースの保存には当然コストがかかりますが、それをBRCのような中核機関に集約し、効率化することでコストも低減できます。また、個々の研究者が行うよりも高いクオリティーで保存し、提供事業をより活発にできます。


ノックアウトマウス大規模計画への貢献
――欧米のバイオリソース整備の状況は?
小幡:例えば米国では、研究費とは別にバイオリソース整備のための予算がきちんと用意されています。しかもバイオリソース整備にかける予算は日本の約50倍です。米国では国費を使った研究で生まれた新しいバイオリソースは、自分自身で公開・提供するか、リソース機関へ寄託することを義務付けており、網羅的・戦略的なバイオリソース整備が長年続けられてきました。しかし日本には、まだそういう決まりがないので、せっかく開発されたバイオリソースを利用できなくなるケースがあります。BRCのような中核機関への寄託を義務付け、それを継承し、保存・維持できるようにすれば、研究をより発展させていくことができます。
――BRCの今後の展望をお聞かせください。
小幡:BRCの運営方針は、信頼性、継続性、そして先導性です。大学の先生たちが開発したものを保存するだけでなく、研究開発をリードする先導的なバイオリソースをBRCでも開発・整備することを目指しています。
――今後、どんなバイオリソースが重要ですか。
小幡:生命科学の成果を医療や創薬、食糧生産や環境保全に結び付ける研究に有用なバイオリソースの整備が必要です。例えば、遺伝子と病気や健康との関係を探るために、欧州ではEUCOMM (ユーコム)(European Conditional Mouse Mutagenesis Program)、米国ではKOMP(コンプ)(NIH Knockout Mouse Project)というノックアウトマウスの大規模プロジェクトが始まっています。今後5〜10年で、すべての遺伝子を対象に10パターンほどの変異が加えられ、約30万系統のマウスを生み出す計画が立案されています。この爆発的に増加するマウスのバイオリソースに対応するため、世界の中核的なリソースセンターが連携するFIMRe(フィムレ)(Federation of International Mouse Resources)が設立されました。日本からはBRCと熊本大学が参加し、私が副委員長を務めています。しかし、参加国の中で日本だけが、全遺伝子を対象にしたノックアウトマウスのプロジェクトがありません。日本はどのような貢献をすべきか早急に検討し、スタートする必要があります。
 私たちは、アジア諸国とも国際ルールに基づいてバイオリソースのやりとりを行い、アジアのバイオリソースを活用できるネットワークを築こうとしています。
――小幡センター長は、がんの研究者として米国で長年研究され、その後、愛知県がんセンター研究所で活躍されました。BRCの設立に当たり、森脇和郎 初代センター長から再三、誘われたそうですね。
小幡:最初はお断りしたのですが、森脇先生の熱意に負けました。“これは日本のため、人類のためなんだよ”と言われたんです。わが国、そして人類が生き残るためにはバイオリソースがますます重要になり、BRCの果たすべき役割は大変大きいと思います。



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記念史料室から

デービッド・スウィンバンクス理化学研究所 隠れた星


デービッド・スウィンバンクス

理化学研究所 経営顧問
Publishing Director, Nature Publishing Group (NPG)
CEO & Representative Director, NPG Nature Asia-Pacific



理研は、日本で最も傑出した研究機関の一つである。その水準の高さは、ネイチャー・パブリッシング・グループ(NPG)も十分に認識するところである。理研の研究者による非常に質の高い研究論文が、Nature系ジャーナルで毎年大量に発表されているからだ。例えば2005年、理研から43本の研究論文がNature系ジャーナルで発表され、それらは細胞生物学、ゲノム科学、神経科学、天体物理学、物理学など幅広い研究分野にわたっていた。研究者数約3000人の比較的小規模組織であるにもかかわらず、理研は、国内の一流大学と並んで、日本の「トップテン」の研究機関の一つにランクされているのだ。


世界との比較でも、理研は引けをとらない。例えば、ドイツのマックス・プランク研究所には理研の4倍の研究者がおり、昨年はNature系ジャーナルに122本の研究論文を発表したが、研究者1人当たりに換算した論文数では、理研にわずかながら遅れをとっている。米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)には6000人を超えるトップクラスの大学院生と約1000人の教員がおり、Nature系ジャーナルには105本の論文を発表した。これでも研究者1人当たりの論文数は、理研とほぼ同じである。もちろん、Nature系ジャーナルに発表された研究論文の数だけで研究機関を評価すべきではない。だが理研は、他にも『Science』、『Cell』、『PNAS』、『JACS』、『Physical Review Letters』といった一流のジャーナルに、年間100本をはるかに超える研究論文を発表し、その研究活動の卓越した広さと奥深さを実証している。


ところが、理研にはマックス・プランク研究所やMITのような知名度があるだろうか。残念ながら、答えは「No」だ。日本の研究機関が世界の科学界に足跡を残そうとすると、地理的に欧米から遠いことと言葉の違いというハンディを背負わされる。そのため世界から認められるようになるには特別な努力が必要となる。では理研は、知名度を高めるために何ができるか。日本の地理的な孤立や言葉といった不利な条件を問題とせずに、理研の知名度を有利に欧米の研究者たちに広めることができる情報伝達媒体がある。それはウェブだ。マックス・プランク研究所(www.mpg.de/english/portal)やMIT(web.mit.edu)のウェブサイトを理研(www.riken.jp/engn)のものと比べてみると、前者には洗練されたデザイン、使い勝手の良いナビゲーション機能、ニュース性の強い最新コンテンツがある。これらこそが、理研がウェブで提供すべきものだ。


時代は進み、今や世界の一流研究機関は電子出版社にもなった。例えば、ウェブ上にデータベースを構築し、発表論文を掲載している。米国ではMITや国立衛生研究所(NIH)がその先駆けであり、英国でも多数の大学がそれに追随している。商業出版社側でも、この傾向に対応して、研究機関のデータベースに自らのコンテンツを置けるよう規制を緩め始めている。今、理研は何をすべきか。それはこのチャンスをつかむことだ。世界でトップクラスのウェブサイトを構築し、理研の研究からよりすぐりの成果を英語と日本語で紹介し、最新情報を定期的に発表するのである。そして、理研発信の研究論文を保存し、外部から閲覧できるデータベースを構築するパイオニアとなることである。年間約2000に上る研究論文は、世界中の研究者がアクセスを渇望する膨大な資産となるであろう。


私が理研に対して強く勧めたいのは、欧米の一流研究機関ですでに始まっている出版事業の動きを考察し、主導権を握り、「隠れた」星から「輝く」星になることである。(翻訳:NPG)




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TOPICS
FIMRe Meeting(マウスリソースセンターの国際会議)を開催


世界の主要なマウスリソースセンター17機関が参加するFederation of International Mouse Resources (FIMRe(フィムレ))の国際会議が5月22・23日、理研バイオリソースセンター(つくば市)で開催されました。FIMReは、今後、爆発的な増加が予想されるマウス系統の凍結胚・配偶子、ES細胞および生体を保存・維持し、研究者コミュニティーに提供することを目的として2004年に発足したものです。4回目となる今回の会議では、オブザーバーとして招待したアジアの7機関を含め、13ヶ国24機関の代表者が一堂に会しました。会議ではFIMReの「憲章」が制定され、各センター間のリソースのやりとりに関する同意書のひな型がつくられました。そのほか、会議の運営方針、管理基準、Webサイトなどについても議論し、2日間の会議を終了しました。


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NHK村松秀氏講演会
「史上空前の論文捏造 〜ベル研事件・取材の現場から〜」を開催


当研究所は、職員の“研究不正防止”に対する意識向上を目的に5月16日、和光キャンパスでNHK科学環境番組部 村松秀(しゅう)専任ディレクターの講演会「史上空前の論文捏造(ねつぞう) 〜ベル研事件・取材の現場から〜」を開催しました。村松氏は、米国のベル研究所所属で将来のノーベル賞候補といわれていた若手物理学者による論文捏造事件を丹念に取材し、ドキュメンタリー番組「史上空前の論文捏造」を制作しました。共同研究者、論文掲載雑誌の編集者など多くの関係者への取材を通じて、事件の重さと普遍性をどう考え、どう感じたかを話されました。この講演はテレビ会議システムを通じて理研の各事業所に配信され、約300名の職員が聴講し、職員一人一人が現状の問題について真剣に考えるよい契機となりました。今後も、当研究所は科学研究上の不正が起こりにくい環境づくりを目指し、活動を続けます。


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理研のアジア戦略、「シンガポール連絡事務所」を開設


理研のアジア戦略、「シンガポール連絡事務所」を開設 当研究所はシンガポール政府関係法人の科学技術研究庁(Agency for Science, Technology and Research:A*STAR)と、双方の各研究所を通じて生命科学、生物工学を中心とした協力活動を行うことを主な目的として、昨年9月に協力覚書を締結しました。今年4月、協力活動を有効に進めるため、A*STARの生命科学関連の研究所が集まっているバイオポリスに初めての海外連絡事務所を開設しました。また、これを記念して4月24日、同連絡事務所の開所式と共同講演会をバイオポリスで開催しました。開所式では、武田健二理事が開所のあいさつを行い、野依良治理事長からのメッセージを伝えるとともに理研の紹介を行いました。また、A*STARのPhilip Yeo(フィリップ ヤオ)長官と文部科学省の藤田明博審議官がそれぞれ祝辞を述べました。引き続き行われた講演会では、理研ゲノム科学総合研究センター 榊佳之センター長とA*STARのゲノム研究所 Edison Liu(エディソン リュウ)所長が「理研とA*STARにおける新たな時代に向けての生命科学研究」と題して講演を行い、聴衆の関心を集めました。


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中央研究所 新ユニットリーダー紹介

新しく就任した研究ユニットリーダーを紹介します。
1. 生年月日 2. 出生地 3. 最終学歴 4. 主な職歴 5. 研究テーマ 6. 信条 7. 趣味

菅澤 薫 (すがさわ かおる)

ゲノム損傷応答研究ユニット
菅澤 薫 (すがさわ かおる)
1. 1962年1月26日 2. 千葉県 3. 東京大学大学院薬学系研究科博士課程 4. 理研細胞生理学研究室 5. ゲノムDNA損傷の修復や細胞応答の分子機構とその異常が引き起こす病態の解明 6. 集中力 7. クラシック音楽、サッカー、車の運転

田島 右副 (たじま ゆうすけ)

ナノ統合化材料研究ユニット
田島 右副 (たじま ゆうすけ)
1. 1964年8月14日 2. 三重県 3. 東京理科大学大学院理学研究科博士課程 4. 日本合成ゴム(現JSR)株式会社東京研究所、理研ナノ物質工学研究室 5. フラーレン誘導体の構造制御、機能性ナノカーボン複合材料の開発 6. 適材適所 7. ハーレー・ダビッドソン

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原酒
企業人と大学人をくくる
国際的研究者集団“単量子操作研究グループ”(前編)


外村 彰
TONOMURA Akira
フロンティア研究システム 単量子操作研究グループ グループディレクター


筆者(前列右)、蔡(前列左)、ノリ(後列右)、大谷(後列左) 理研フロンティア研究システムの“単量子操作研究グループ”は、外国人が半数を占める特異なグループである。共同研究で次々と訪問してくる研究者も含めれば、日本人はマイノリティーになってしまう。チームリーダーの蔡兆申(ツァイヅァオシェン)(巨視的量子コヒーレンス研究チーム)とフランコ・ノリ(デジタル・マテリアル研究チーム)は米国籍。外村彰(量子現象観測技術研究チーム)と大谷義近(よしちか)(量子ナノ磁性研究チーム)は日本国籍だ。外村チームのリーダーには、当初、さる英国人研究者に狙いをつけてケンブリッジまで出掛けて説得したが、事情があって実現しなかった。

大谷はアイルランドのダブリン大学、フランスのグルノーブル大学に留学して英語が抜群である。私が大谷と初めて出会ったのもグルノーブルだった。当然、会話はすべて英語と思うかもしれないが、ミーティングなどはすべて日本語である。海外から私のところに来た人は、たとえ教授であっても日本語の特訓をしてもらっている。そもそも私は、カーボンナノチューブの飯島澄男さんから“国粋主義者”と言われてしまったくらい、英語が嫌いで不得意である。「日本人が日本語を大切にしなかったら、日本語は廃語への道を歩む」と本気で思っている。今、繁栄している文明も、100年単位で見れば永遠には続かないことを歴史が物語っている。自然科学の中心も第二次大戦を機に、あっという間にヨーロッパから米国に移ってしまった。グローバリゼーションだといって英語だけ達者な人間ばかりを尊敬していては、今は良くても先々、日本が世界をリードする芽を摘んでしまうことになると思う。

このグループで特異なのは国籍だけではない。私と蔡は企業のフェロー((株)日立製作所、日本電気(株))、ノリと大谷は大学教授(ミシガン大学、東京大学)と、全員兼任である。東北大学助教授を辞めてこのグループに加わった大谷は、唯一の理研専任のリーダーだったが、約1年前から兼任である。一昔前、理研の主任研究員の兼任といえば、東大などの著名な大学教授と相場が決まっていたが、このグループでは外国人や企業人が幅を利かせている。

「バブル崩壊後、窮地に立った企業の基礎研究の救済策ではないか」とか「外国人に国税を使うのは、いかがなものか」といった批判も受けた。だが、このグループは単なる寄せ集めではない。企業や大学の技術者、科学者や理論家が、理研に結集して物理の不思議に挑戦し、未来社会への貢献を目指す。これだけ国際的に優れた研究者が集まったことに、私自身もびっくりしている。私と蔡、ノリは三人ともアメリカ物理学会のフェローであり、私と蔡、そして蔡チームの中村泰信客員研究員の三人は仁科記念賞をもらっている。この異分野の集まりは、通常のグループよりもチーム間の相互作用がずっと強い。その中心的役割を担っているノリは、時たまアメリカから理研にやってくるのではない。昔、年に数回、理研にやってきて不評を買ったリーダーもいるが、それでは理研にいるポスドクを指導し、良い成果を得ることは望めない。(敬称略) −8月号に続く−

単量子操作研究グループの組織




理研ニュース 

7
No.301
July 2006

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発行日
平成18年7月5日
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