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研究最前線

新しい原子核像を構築する


エイズ克服に挑む

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新しい原子核像を構築する


本林 透 
MOTOBAYASHI Tohru
中央研究所
本林重イオン核物理研究室 主任研究員



本林 透 MOTOBAYASHI Tohru本林重イオン核物理研究室では、世界最高性能を誇る理研の重イオン加速器施設でつくった不安定核のビーム(RIビーム)を用いて、原子核の構造や元素の起源の解明を目指している。「私たちは、原子核を知っているつもりでいたけれども、その構造さえ十分には理解していなかったのです。また、鉄より重いウランまでの元素は超新星爆発でつくられたといわれていますが、それらの原子核がどのようにつくられたか、まだ誰も確かめていません」と本林透主任研究員は語る。「私たちは、原子核の本質の理解を進め、新しい原子核像をつくりたいのです」。2006年には次世代の重イオン加速器施設RIビームファクトリー(RIBF)が完成する。少しずつ姿を現してきた新しい原子核像と、RIBFでどこまで分かるのか、その展望を聞いた。

コメント01

既存の原子核像を超えた原子核の発見
 「原子核が卵のような振る舞いをするんですよ」。研究室の最近の成果を尋ねると、そういう答えが返ってきた。「原子核が卵」とは、どういうことだろうか。
 すべての物質は原子から成り、原子は原子核と電子で構成され、原子核は陽子と中性子から成る。原子核物理は1950年ごろから、さまざまな方法で本格的に研究されるようになり、原子核の理解が深められてきた。
 「私が大学生だった1970年代には、すでに原子核像が確立されていました。湯川秀樹博士が発見した核力によって陽子と中性子が強く結び付き、一体となって運動していると考えられていました。中性子と陽子の数が違っても、分布している領域は同じだということも、原子核の常識。ところが、私たちが行った16C(炭素の不安定核の一つ)の研究では、常識からかけ離れた原子核の様相が見えてきたのです。原子核の中心部分では、陽子と中性子が結び付いて丸くなり、一緒に動いています。しかし、周辺部分では中性子がだ円形に広がり、中性子だけが動いているのです。その様子から、中心に丸い黄身、周りにだ円形の白身を持つ卵をイメージしました」
 これまでの原子核像が覆されようとしているのだろうか。「これまでの原子核像が間違っていたのではありません」と本林主任研究員はきっぱり言う。「少し前まで、私たちが知っている原子核は、安定なものだけでした。それが、天然には存在しない不安定な原子核についても調べることができるようになって、既存の原子核像だけでは済まないことがたくさん出てきました。原子核の知識が広がった、と言うべきでしょう」
 天然に存在するほとんどの原子核は、時間が経過しても壊れて別な原子核に変わってしまうことはない。このような「安定核」は、ほぼ同数の陽子と中性子から成る。一方、すぐに放射線を出して崩壊し、ほかの種類の原子核に変わってしまうものを「放射性同位体元素(ラジオアイソトープ:RI)」といい、原子核物理学では「不安定核」と呼ぶ。不安定核は、陽子か中性子どちらかの数が極端に多くなっている。16Cは陽子6個と中性子10個から成り、中性子が4個多い不安定核だ。「不安定核は安定核とは違った構造を持ち、不思議な現象を起こすと以前から考えられていましたが、調べる方法がありませんでした。1980年代にRIビームが登場し、ようやく不安定核を調べることができるようになったのです」
 安定な原子核を光速の40%以上に加速したビームを、標的の原子核と衝突させると、原子核の一部が削り取られていろいろな不安定核ができる。目的の不安定核だけを選別してビームとして取り出したものが「RIビーム」だ。RIビームをよく知られている原子核に衝突させ、その反応を調べることで、不安定核の構造や性質などを知ることができる。
 理研の重イオン加速器「リングサイクロトロン」では、これまでに十数個の不安定核を新たに発見し、多くの不安定核についても構造や性質を調べてきた。16C以外にも、従来の原子核像を覆す異常な原子核構造が見つかっている(図1)。
 「中性子が周辺に広がっている原子核はこれまでにも発見されており、薄く広がっているものは中性子ハロー、皮のように取り囲んでいるものは中性子スキンと呼ばれています。今回の16Cの発見はその延長ですが、中性子が多い不安定核では、中性子の分布だけでなくその形や運動も特異であることを明らかにしたという点で、大きな意義を持ちます」
 本林主任研究員は、中性子の密度が低い不安定原子核の周辺部分では、ハローやスキン以外にも不思議な現象が起きているのではないかと考えている。「スケールは違いますが、超伝導と同じような現象が原子核で起きていることは分かっています。超伝導状態で2個の電子がクーパーペアをつくって動くのと同様に、2個の陽子や中性子のペアが大きな範囲で関連しながら動いているのです。ところが、不安定核の周辺では、2個の中性子ペアが固まって一緒になって動いているのかもしれない。そのあたりをぜひ明らかにしていきたいですね」

図1 異常な原子核構造の発見

2006年、RIビームファクトリー完成
 「私たちは、まだ原子核のほんの一面しか見ていないのかもしれません。中性子の数が極端に多い不安定核をもっとたくさんつくり、よりいっそう広いところから見渡したら、新しい原子核像がつくれるのではないか。私たちは、それを狙っているのです。理研の和光研究所で建設が進められているRIビームファクトリー(RIBF)ならば、それが可能になると思います」
 RIBFは2006年に完成し、同年末にファーストビームを予定している。本林主任研究員はRIBFへの期待をこう語る。
 「RIBFの重イオン加速器は水素からウランまですべての元素の重イオンビームを世界最高強度でつくることができるため、生成できる不安定核の種類も飛躍的に増えます。理論的には、原子核は1万種類あると予測されますが、RIBFは3000種類を超す不安定核をつくることができます(図2)。扱うことができる原子核の領域が広がれば、原子核の新しい像をますます正確に描くことができるようになります」
 生成できる原子核の種類を広げていくことは、元素の起源を解き明かすことにもなる。
 まず宇宙が誕生したビッグバン直後に水素とヘリウム、リチウムがつくられ、それらを材料としてできた恒星の内部で鉄までの元素が合成された。しかし、鉄より重いウランまでの元素がどのようにして合成されたのか、まだ解明されていない。超新星爆発によってわずか1秒の間に、図2の緑色の矢印上の不安定核がつくられ、それがベータ崩壊してウランまでの元素ができたという「ウラン合成仮説」が有力だが、本林主任研究員はこう指摘する。「私たち人類は、超新星の爆発によって合成されたという不安定核のほとんどを、まだ1個もつくったことがないのです。これでは、はっきりしたことは何も言えません」
 RIBFであれば、ウラン原子核のビームから超新星爆発によってつくられたと考えられている不安定核をつくることが可能だ。合成された不安定核の寿命などの性質を測定し、安定核になるまでの崩壊過程を調べることで、ウラン合成仮説の真偽を確かめることができると期待されている。元素の起源を探ることは、RIBFの大きな課題の一つである。

図2 RIBFによって生成可能な不安定核の領域

クーロン分解で天体の核反応を探る
図3 クーロン分解 宇宙には中性子だけから成る中性子星という天体がある。中性子星の表面でどのような核反応が起きているかを解き明かすことも、研究室のテーマの一つである。「RIビームを使ってそのような天体の核反応過程を見たのは、私たちが世界で初めてです」と本林主任研究員は言う。中性子星の表面では、不安定核が陽子と結合してガンマ線を出すという反応が起きている。その反応を調べるために、本林主任研究員が選んだ手法が「クーロン分解」だ。
 クーロン分解とは、鉛などの重い原子核のすぐ近くをRIビームが通過すると仮想光子によるガンマ線を発生して、ビームの原子核がそのガンマ線を吸収して分解される、というものである(図3)。だが、中性子星の表面で起きている核反応現象とは逆ではないか。
 「物理の世界には“時間反転不変性”という法則があります。時計を逆回しにすることで、何が起きたのかを知ることができるのです」と本林主任研究員は解説する。「そもそもクーロン分解が可能であることは、1938年にノーベル物理学賞を受賞したEnrico Fermi(エンリコ フェルミ)などによって1930年代から提唱されていましたが、私たちは初めてこの理論を天体の核反応で実現したのです。こういう開拓的な仕事は面白いですね」
 研究室では、太陽ニュートリノを生成する核反応などについても、クーロン分解を用いて研究を進めている。また、この方法で原子核のエネルギーを分解しない程度に少しだけ上げることもできる。これが「クーロン励起」である。励起された原子核は振動したり回転したりするので、その運動を詳しく調べると、原子核の形を知ることができる。16Cが卵のような振る舞いをすることが明らかになったのも、クーロン励起による成果である。
 「クーロン分解やクーロン励起は海外でも注目され、米国のミシガン州立大学(MSU)やドイツの重イオン科学研究所(GSI)などでも実験を始めています。でも、うちがやっぱりトップ。RIBFができれば、さらに大きく引き離すことでしょう」と本林主任研究員は本家の自信を見せる。
 本林重イオン核物理研究室は、2007年の実験開始に向け、ますます忙しくなる。「RIBFは世界最高性能ですが、それで成果を出すには、RIBFの特性を生かした実験を行うため、特性に合った優れた観測装置が必要です。光速の60%もの高速の不安定核から出るガンマ線をとらえ、原子核の構造を調べるDALIという装置も、RIBF用のものをつくらなければなりません。いま、設計を考えているところです(表紙上段)。装置づくりは大変ですが、これが実験物理の醍醐味でもあります」
 RIBFの始動により、原子核の領域は大きく広がる。そこから何が見えてくるのか。2007年からが楽しみだ。







関連情報:


「荷電粒子核反応断面積測定の新展開」プラズマ・核融合学会誌、79巻9号(2003)878


「原子核の辺境を探索する」パリティ、2000年12月号








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エイズ克服に挑む


間 陽子 
AIDA Yoko
中央研究所
分子ウイルス学研究ユニット ユニットリーダー



間 陽子 AIDA Yoko「21世紀は、人類がその存亡をかけて、ウイルスと戦う世紀です」と間(あいだ) 陽子ユニットリーダーは語る。現在、世界の死亡原因の約3割が感染症だが、今後その割合は急上昇するおそれがある。近年、新たなウイルス感染症が次々と現れているからだ。その代表が、年間約300万人もの命を奪っているエイズである。間ユニットリーダーは、牛白血病ウイルス(BLV)の研究などで長年培ってきたウイルス学者としての能力のすべてを、エイズ克服に注ぎ込んでいる。さらに将来は、多くのウイルスに共通する複製メカニズムを標的にした薬を開発して、新たに出現するウイルスに対抗しようとしている。

コメント02

動物の命を救いたい!
 「農林水産省で動物の育種をやっていた父は、速く走る馬を育てたいという夢をかなえるために公務員をやめて青森で競走馬の牧場を始めました。冬になると交通手段は馬ぞりしかないような雪深い片田舎です。私はその牧場で生まれ育ちました。“速く走る馬をつくることは芸術だ”と寝食を忘れて仕事に情熱を注ぐ父。仕事とは命を懸けてやるもの、そんな父の姿を見て育ったのです」
 こう生い立ちを語る間 陽子ユニットリーダーは、大学の獣医学部へ進学し、ある事件に出会った。「父が育てた馬が菊花賞をとった1976年、英国で口蹄疫(こうていえき)が発生した様子を映し出した衝撃的なビデオを見たのです。口蹄疫は、牛や羊などの偶蹄類動物に類を見ないほど激しい勢いで感染して大きな経済的損失をもたらす、とても怖いウイルス感染症です。感染した牛だけでなく、周囲十数kmの、感染の可能性のあるすべての動物が焼却処分にされました。それまで、尊敬する父の後を継ぎたいと思っていましたが、次々と焼却される動物たちを見ていると涙があふれてきて、動物の命を救えるウイルス学者になろうと決めたのです」


抗病性家畜の作出を目指す
 間ユニットリーダーは大学院のときから牛白血病ウイルス(BLV)の研究に取り組んできた。牛に感染したBLVは約10年の潜伏期間の後、免疫細胞の中のBリンパ球をがん化して地方病性牛白血病を発症させる。BLVは世界中に蔓延(まんえん)し、日本でも多くの牛が感染している。BLVにより白血病が発症すると、治療法がないため必ず死に至ることから、経済的被害はとても大きく、社会問題になっている。
 ただし、BLV感染牛で白血病を発症する割合は、100頭に約2〜3頭である。「どの牛が発症するか予知できれば、どんなに農家の方々の役に立つだろう、と研究を始めたのです」。間ユニットリーダーは、BLVによりがん化した細胞に現れるタンパク質(腫瘍関連抗原=腫瘍マーカー)を発見し、それを認識する抗体を作成することに成功した。その抗体反応が、ある一定の数値を超えた感染牛は、数年後に白血病になる確率が高いことを証明した。またこの抗体を利用して治療薬をがん細胞へ運び破壊し、牛を救える可能性があることも実験的に示した。この研究により間ユニットリーダーは獣医学博士号を取得した。
 その後、理研の研究員となった間ユニットリーダーは、1989年ごろからBLVの研究を再開した。そして、自ら発見した腫瘍関連抗原の正体が、MHC(主要組織適合抗原複合体)クラスIIDRというタンパク質であることを突き止めた。ウイルスが体内に入ると免疫系の樹状細胞に取り込まれ、細胞内部で分解される。MHCはそのウイルス断片を捕まえて細胞の外側へ掲げ、ウイルスの情報を免疫系に伝える。すると免疫系が活性化し、そのウイルスやウイルス感染細胞を排除する。
 このMHCの遺伝子は、個体ごとにさまざまなタイプ(多型)がある。間ユニットリーダーらは、牛のMHCの多型を独自に開発した方法で調べ、BLV感染により白血病を発症しやすい遺伝子タイプだけではなく、抵抗性を示すものがあることを突き止めた。このタイプのMHCは、BLV断片を免疫系に伝え、高い免疫反応によってウイルス増殖を著しく抑制する結果、白血病を誘発しないと考えられる。
 さらに、間ユニットリーダーらはこの研究を発展させ、抗病性家畜を生み出そうとしている。「BLVだけでなく、主な感染症の原因となる細菌やウイルスに共通に高い反応性を示すMHC遺伝子タイプを見つけ出せば、それを保有する免疫力に優れた抗病性家畜を育種でつくり出せるはずです。それによって、ワクチン接種や抗生物質投与の必要がない、安心・安全な環境づくりに貢献できると思います」


エイズ発症の鍵を握るVpr
 BLVは、逆転写酵素を持つRNAウイルスであることから、「レトロウイルス」に分類される。1980年にヒトのレトロウイルスとして最初に発見されたのが、成人T細胞白血病ウイルス(HTLV)だ。BLVはHTLVに最も近縁のウイルスである。その後、1983年に発見されたエイズを引き起こすヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)も、レトロウイルスである。
 「私がBLVなど動物に感染するレトロウイルスの研究で培ってきた能力のすべてを、エイズの克服に注ぎ込みたいと思うようになりました」と振り返る間ユニットリーダーは、1996年からHIV-1の研究をスタートさせた。
 現在、HIV-1の感染者数は全世界で約4200万人、毎年約500万人が新たに感染し、約300万人がエイズで命を落としている。エイズで親を失った孤児は約1500万人に上ると推計されている。その被害の大半がサハラ砂漠以南のアフリカ諸国で起きている。家族や社会を支える働き手の多くがエイズによって失われ、アフリカの貧困問題をさらに深刻化させている。エイズの克服は、まさに人類の最重要課題である。
 HIV-1は、免疫系の特定の細胞に感染する。やがて感染細胞内でウイルスが大量に複製され、次々に感染が広がって免疫系が破壊され、エイズが発症する。現在、HIV-1に感染しても抗ウイルス化学療法剤によってウイルスの複製を阻害し、発症を遅らせることが可能になってきた。しかしウイルスの変異が早いためすぐに薬が効かなくなったり、副作用が表れたりする場合がある。エイズを克服するには、HIV-1の未知の複製メカニズムを明らかにして、新たな作用点を持つ薬を開発する必要がある。
 そこで間ユニットリーダーが注目したのが、HIV-1の「アクセサリー遺伝子」と呼ばれるいくつかの遺伝子である。アクセサリー遺伝子は、その名の通り、ウイルスの複製には不要な “飾りの遺伝子”だと考えられていた。「私たちは、さまざまなアクセサリー遺伝子を片っ端から細胞に導入して、シャーレの中で2週間培養した後、顕微鏡で観察しました。するとvpr というアクセサリー遺伝子を導入した細胞が、普通よりも何倍も大きい巨大細胞に変化していました(図1)。思わず、“これだ!”と叫びました。ウイルスが寄生する宿主細胞に最も劇的な変化を与えるものこそ、大きな発見をもたらすと直感したのです」
 HIV-1粒子は、RNAとそれを保護するタンパク質の殻から成る(図2)。vpr 遺伝子がつくるVprタンパク質は、HIV-1粒子中にRNAや逆転写酵素とともに含まれている。HIV-1は細胞に吸着・侵入すると、タンパク質の殻を脱ぎ捨て、裸のRNAとなる。そして逆転写酵素によってRNAからDNAがつくられる。つくられたDNAは核の内へ入り(核移行)、細胞のDNAの中に組み込まれる。そのウイルス由来のDNAに基づきRNAが転写され、スプライシングおよび翻訳という過程を経て、HIV-1ウイルスの部品となるRNAやタンパク質がつくられる。そしてそれらが集合し、何万というHIV-1が一気に複製され、細胞外に放出され(発芽)、別の細胞に次々に感染していく。
 細胞は、DNA複製開始前の準備段階のG1期、DNA複製が行われるS期、細胞分裂前のチェック段階のG2期、細胞分裂が起きるM期という順序の細胞周期で増殖していくが、HIV-1の複製は宿主の細胞周期がG2という時期で停止したとき、最も活発になる。1998年、Vprは細胞周期をG2で停止させることを他の研究グループが論文発表し、Vprがエイズ発症の鍵を握ることを明らかにした。「私たちが発見したVprによる巨大細胞も、Vprが細胞周期をG2で止めた結果であることに気付いていたのですが、先を越されました」と悔しがる間ユニットリーダーらは、Vprの未知の機能を探る研究を続けた。

図1 HIV-1 Vprの構造(左)とVprを導入した巨大細胞
図2 HIV-1の細胞への感染・複製過程

エイズの遺伝子治療実験に成功
 間ユニットリーダーらはVprがG1期で細胞周期を止め、アポトーシス(細胞死)を引き起こす現象をマウスの細胞で発見した。「この現象がヒトの細胞でも起こることを確かめるために、Vprのさまざまな変異体をつくり、ヒトの細胞で発現させる実験を行いました。夜も寝ないで膨大な実験数をこなした結果、C81という変異体が、ヒトの細胞周期をG1期で止め、アポトーシスを引き起こすことを発見しました(表紙下段)」
 このC81をHIV-1感染細胞に特異的に発現させ、アポトーシスを引き起こして、ウイルスを体内から完全に排除することによってエイズの発症を防げるはずだ。「私たちは、C81をHIV-1感染細胞だけに導入できるベクター(運び屋)を開発し、サルに投与する遺伝子治療実験を行ったところ、血中のウイルス量がゼロになりました。現在、ヒトへの応用を目指して研究を進めています」



エマージングウイルスに対抗する
 現在、世界の死亡原因の約3割が感染症だが、今後その割合は急上昇し、人類を存亡の危機に陥れる可能性がある。近年、HIV-1やエボラウイルス、SARSコロナウイルスなどのエマージング(新興)ウイルスが次々と出現しており、交通網の発達により、感染域が急拡大するおそれがあるからだ。エマージングウイルスとの戦いに、人類は対抗する手段があるのだろうか。「エマージングウイルスに個別に対抗するのは至難の技です。個々のウイルスは複製メカニズムが異なりますが、共通の部分もあるはずです。その共通の複製メカニズムを標的にすべきです」
 共通の複製過程として、間ユニットリーダーらが現在注目しているのが、核移行やスプライシングである。核移行を行わないウイルスもあるが、B型肝炎ウイルスなどのポックスウイルスを除くすべてのDNAウイルス、レトロウイルスやインフルエンザウイルスなど多くのRNAウイルスが核移行を行う。間ユニットリーダーらは、HIV-1の核移行には、Vprの核膜への結合、Vprと細胞内のタンパク質であるinprotinαとの結合が必須であることを発見した。その結合を阻害すると、HIV-1はマクロファージという免疫系細胞に感染できないことも確かめた。
 さらに、VprはSAP145という細胞内のタンパク質と結合して、スプライシングを阻害することを突き止めた。この働きを利用して、複製を防ぐことも可能なはずだ。「ウイルスの増殖は宿主細胞に依存しているため、ウイルスのタンパク質と宿主のタンパク質との相互作用を標的にするという、独自のアイデアに基づくエイズ治療薬をつくりたいと考えています。さらに核移行やスプライシングなどのメカニズムを詳細に調べて、将来は、多くのウイルスに共通の複製メカニズムを明らかにし、そこを標的にした薬を生み出してエマージングウイルスに対抗することを目指しています」
 間ユニットリーダーらは、今日もウイルスとの戦いの最前線で研究を続けている。







関連情報:


特願2005-222165「ウシ白血病発症に対する抵抗性の判定方法」


特願2005-054161「HIV-1感染を阻害する変異体Vprタンパク質及びHIV-1感染阻害剤のスクリーニング方法」


特願2004-298188「アポトーシス誘導物質を含む医薬組成物」








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世の中に役立つ理研を目指して

武田健二 新理事に聞く



武田健二 新理事4月1日、武田健二氏が新理事に就任した。野依イニシアチブの「世の中に役立つ理研」を担当する。武田理事は1947年生まれの58歳。佐田登志夫 東京大学名誉教授(元・理研副理事長)のもとで精密機械工学を学んだ後、(株)日立製作所に入社。同社生産技術研究所の立ち上げに携わるとともに、生産・物流管理システム開発を一人で始め一部門にまで育て上げた。その後、本社新事業開発本部、日立アメリカ上級副社長CTO、ベンチャー投資北米部門プレジデント、研究アライアンス室長を歴任。理研研究プライオリティー会議の研究政策審議員を務めた。武田理事に、理研が果たすべき社会貢献、理事としての抱負などを聞いた。

科学技術が果たす安全保障への貢献
――まず、理研の印象からお聞かせください。
武田:理研に入ってあらためて新鮮な驚きだったのは、理研の持つ価値です。ここにはすごい宝があると確信しました。これだけの宝があれば、世の中にさらに大きなインパクトを与えられるはずです。
――理研は、どのような形で世の中の役に立つことが求められているとお考えですか。
武田:研究成果を知的財産化し、産業界で実用化し、特許収入という形で社会貢献を説明すると分かりやすい。しかし、それだけが理研の社会貢献であるはずはないと思います。私は、一流の科学者は人類の大事な宝だと思っています。その中でも理研はえりすぐりの科学者を抱えていること、そしてたくさんの国民の税金を使っている責任を考えた場合、理研の社会貢献はもっと広いものでなくてはいけないと思うのです。
――野依理事長は、文明社会を支える科学技術の重要性を主張されていますね。
武田:民間企業の経験しかない私が理研の理事就任のお話をお受けしたのは、野依理事長の強いリーダーシップと、社会や科学に対する問題意識や危機感に共感したからです。野依理事長のメッセージで、私がとても印象的だったのは、科学技術の果たす役割をしっかりと見据えている点です。“20世紀、科学技術は戦争と経済の活性化に大きなインパクトを与えた。しかし21世紀には、持続する文明社会、地球と人類を守ることに貢献すべきだ”というのが野依理事長の主張です。私はその主張に同感です。理研が繁栄するとか、日本がどうなるという以前に、地球環境を持続的に守ること、健康や資源の問題を含めて人類の幸福に貢献することが、科学技術の、そして理研の究極の使命だと思います。その使命を達成する過程で、研究成果のある部分は知的財産化して特許収入を得るなど、はっきりとした経済的・金銭的価値として表れる。そういう形を目指すべきだと私は考えています。
――日本にとって、科学技術はどのような意義を持つとお考えですか。
武田:私は、理研が行っているような基礎科学は、広い意味での国の安全保障にも貢献すると考えています。戦争が起きないようにすることが、最大の安全保障です。戦争の原因となる地球環境や資源、食糧、健康などの問題の解決には、科学技術が不可欠です。これらの問題に対して日本が科学技術によって他国に高い貢献を示せば、日本は大切な国、価値ある国だという認識が国際社会で得られます。それは日本の安全保障につながることになると思うのです。科学技術は、日本が他国へ貢献できる大きな力であり、さらに相互互恵の原則で科学技術の国際交流を行えば、互いを大事にする力になり得ると思います。
――ただし、科学技術の世界でも国際的な競争が激しいですね。
武田:一流の科学者は人類の宝なので、世界的な争奪戦も起きるわけです。理研の科学者の皆さんには、ご自分が宝だということを忘れないでほしいと思います。宝は狙われる可能性もあるのです。


経営を科学的アプローチで行う
――理事として、どのように理研を経営していくお考えですか。
武田:一般に、自然科学や工学、技術など理系の分野では、日本は世界と競争してもそれほど負けていないと思います。しかし、日本は最後には負けて、成果を他国に取られてしまう場合が多い。例えば企業戦争などでもそうです。理系が強いのに、なぜ日本は負けてしまうのか。それは文系のパワーが足りないからだと思います。日本の多くの組織のトップは文系が占めていますが、その文系が弱いから負けてしまうのです。ではなぜ、文系が弱いのか。社会科学や人文科学という言葉があるのにもかかわらず、日本では文系の分野は科学ではないと思われているからです。経営も科学とは別ものだと思われています。ですから、雇用形態や賃金体系、人事、財務、組織、広報などを含めた経営問題の議論が、こうすべきだという“べき論”に終始して、データの裏付けのない論争になってしまうのです。
 理研の科学者の方々には、経営は皆さんが得意な科学の一分野だと、ぜひ認識してほしいと思います。経営も科学的なアプローチをとるべきものです。つまり、まず仮説を立て、それを実行した後、きちんとデータを取り、うまくいっていなかったら仮説を立て直すということを不断に続けることが、経営には必要です。


一流のものを示す
図 小・中学生を対象としたクリスマスレクチャー――ご専門は工学ですね。
武田:大学で工学部に入ったのですが、実は機械いじりはあまり好きではなくて……(笑)。そもそも大学入試の願書を書くときに、刹那(せつな)的に理系に行くと決めたのです。私自身は、日本の戦後教育の悪例だと思っています。私はいわゆる団塊の世代です。最初に入った小学校は、児童数の急増で校舎が足りなくて、午前と午後の2部授業でした。たくさんの人との競争の中で、落ちこぼれないようにすることが、私たちの世代の性(さが)になっています。競争の中で、私はどの科目も特別に好きだったわけではないのですが、物理や数学がどちらかというと得意だったので、何となく理系を選んだのです。本来なら、医者や科学者、弁護士などなりたいものがあって、そのために大学を目指すというのが、あるべき姿ですよね。しかし日本では、将来、何になりたいということではなく、数学や物理の得意・不得意で理系と文系に分かれてしまう。そして大学に入ると目的を達成したと遊んでしまう傾向があります。
――どうすればこの状況を変えられるでしょうか。
武田:人間には、何かモデルが必要なんです。“親の背中を見て育つ”という言葉がありますが、ああなりたいとか、ああはなりたくないというモデルから、自分の人生を選んでいくわけです。例えば、子供のころに野依先生の話を聞いて科学者になりたいとあこがれた人は、あの先生のいる名古屋大学へ行きたいと勉強する。あこがれの先生のいる大学に入学できれば、さらにそこで猛然と勉強する。そのように、人生の進路のモデルとなるような情報を早い段階から子供たちに与えれば、選択肢も広がるし、選択に対する動機もより鮮明になる。その方が、選択や動機があいまいなまま育つより、本人にとって幸せなことだと思います。
――具体的に、どのような情報提供が考えられますか。
武田:例えば、私は日立にいたときに、立命館大学に日立のさまざまな分野の技術者を派遣して、大学1年生に講義をしてもらいました。技術の難しい話ではなく、NHKの「プロジェクトX」のような技術者の感動体験を語ってもらったのです。通常、企業が学生に働き掛けるのは、就職戦線が始まるころですが、4年間遊んでしまった後に、いい話を聞かせても遅過ぎます。
 中学生くらいになれば、一流のものは感覚的に分かるものです。子供たちに合わせようとレベルを下げ過ぎると、それを敏感に感じ取ります。理研には一流のものがたくさんありますから、それをレベルを下げることなく示すことが大事だと思います。そうすれば、分からないものを分かりたいと、引きつけられる子供が出てくるはずです。そのような情報発信や広報も、理研が行うべきとても大事な社会貢献だと思います。




※:野依イニシアチブ
野依良治理事長が提唱する五つのテーマ。1. 見える理研、2. 科学技術史に輝き続ける理研、3. 研究者がやる気を出せる理研、4. 世の中の役に立つ理研、5. 文化に貢献する理研。全理事に1項目ずつ担当が割り当てられている。


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TOPICS
2005年 理化学研究所 科学講演会の開催のお知らせ


本年度の科学講演会を以下のとおり開催いたします。今回は「光」をテーマに、最先端の研究を紹介します。皆様のご来場をお待ちしております。

2005年 理化学研究所 科学講演会
『光がつなぐ「現在・過去・未来」』
日時:
10月11日(火)13:00〜17:10 (開場:12:00)
場所:
神戸国際会議場 3階国際会議室
神戸市中央区港島中町6-9-1
ポートライナー「市民広場駅」下車徒歩1分
新神戸駅からは地下鉄を利用し、三宮駅でポートライナーにお乗り換えください。
入場:
無料(事前申し込み不要)

問い合わせ先:理化学研究所 広報室
       TEL : 048-467-9954
       FAX : 048-462-4715


プログラム

13:00〜13:10
開会挨拶
野依良治
理化学研究所 理事長
13:10〜14:00
「夢の光:X線自由電子レーザー」
北村英男
理研播磨研究所 北村X線超放射研究室 主任研究員
14:00〜14:50
「SPring−8による考古資料の活用:古鏡の研究」
樋口隆康
京都大学 名誉教授/(財)泉屋博古館 館長
14:50〜15:10
休憩
15:10〜16:00
「生殖細胞:全遺伝情報を刷新・継承する仕組みとは?」
斎藤通紀
理研神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター
哺乳類生殖細胞研究チーム チームリーダー
16:00〜16:50
「生体分子イメージングによる病態解明と創薬の飛躍的推進」
渡辺恭良
大阪市立大学大学院 教授/
理研和光研究所 分子イメージング研究プログラム
分子プローブ動態応用研究チーム チームリーダー
16:50〜17:10
質疑応答
17:10
閉会

同時開催

RIKEN Art & Science展「誰もが科学し芸術を志す自由がある。」
時間:11:00〜17:10
場所:神戸国際会議場 3階レセプションホール

作品制作:
神戸芸術工科大学(http://www.kobe-du.ac.jp/gsdr/gsdr/kiso04/


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「分子イメージング研究プログラム」を発足


当研究所は9月1日、最先端の化学、生物学、医学の融合による“分子イメージング”の高度化を目的に「分子イメージング研究プログラム」をフロンティア研究システム内に発足させました。本プログラムは創薬候補分子の探索と創製、短寿命RI標的に対応した新しい化学反応と合成装置の開発、およびそれらを用いた生体内動態、機能評価のための先進的イメージングツールの開発を行います。また、オールジャパン体制の研究ネットワークを構築するとともに人材の育成を図るなど、わが国における分子イメージング研究の拠点形成を目指します。


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理研の常設展示、大阪とつくばに改装オープン

大阪科学技術館とつくばエキスポセンターにある理研の常設展示の内容を一新し、新たにオープンしました。
 大阪科学技術館では「発生の不思議 はじまりはいつもたったひとつ」をテーマに、細胞が分化する仕組みや、理研発生・再生科学総合研究センターで行っている発生研究とその医療応用について、最新の展示技術や体験型シミュレーターなどを取り入れ分かりやすく展示しています。
 つくばエキスポセンターでは「見えない光でものを見る」をテーマに、大型放射光施設SPring-8から導き出される夢の光「放射光」が切り拓く世界を紹介し、光の持つ性質について、楽しい体験装置を通して理解できます。










大阪科学技術館
大阪市西区靱本町1-8-4
http://www.ostec.or.jp/pop/pop1.html

つくばエキスポセンター
茨城県つくば市吾妻2-9
http://www.expocenter.or.jp









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横浜研究所、研究施設を一般公開


横浜研究所、研究施設を一般公開 理研横浜研究所は6月25日、研究施設を一般公開しました。NMR施設、ゲノムシーケンス施設、植物研究に利用される開放系温室、SNPタイピング施設などを公開したほか、各研究室では体験イベントなどを通して研究を紹介。中でも、タンパク質を結晶化させる体験教室「タンパク質の結晶を作ってみよう!」や、アルコールのパッチテストを行いながら遺伝子多型を理解する「アルコール代謝能力の個人差を調べよう!」は人気がありました。また、「植物から紙をつくろう!」などのイベントも行われ、植物細胞を顕微鏡で観察するコーナーや光の変化によって運動する植物の展示コーナーなども設けました。「セルソーターで細胞を取り分けよう!」の実験教室では、高校生が熱心に実験の説明を聞きながら最新の研究を体験していました。講演会では、篠崎一雄センター長(植物科学研究センター)が「植物をゲノムから理解する」、横山茂之プロジェクトディレクター(ゲノム科学総合研究センター)が「タンパク質研究の新展開」と題して最新の研究内容を分かりやすく紹介し、参加者の質問に答えました。アンケート抽選やスタンプラリーなどに夢中になる親子連れも見られ、約1700名に上る来場者がありました。


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中山文部科学大臣、理研の3研究拠点を視察


中山文部科学大臣、理研の3研究拠点を視察 中山成彬(なりあき)文部科学大臣が、7月14日に理研和光研究所、7月25日に理研播磨研究所と理研神戸研究所を視察しました。和光研究所では大熊健司理事から「理化学研究所の概要」について説明を受けた後、脳科学総合研究センター、加速器研究施設、先端光科学の研究現場を視察しました。播磨研究所ではX線自由電子レーザーのプロトタイプ、RI実験棟、産業利用ビームラインを視察。神戸研究所では発生・再生科学総合研究センターの竹市雅俊センター長から概要説明を受けた後、多能性幹細胞研究チームなど3チームの研究室を視察しました。いずれの研究現場でも活発な意見交換が行われ、理研の最先端の研究内容が伝わる視察となりました。


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「サイエンスキャンプ2005」を開催


青少年の科学技術への関心を高めようと、「サイエンスキャンプ2005」(主催:日本科学技術振興財団、当研究所等18研究機関が参加)が7月27日から3日間、行われました。「世界物理年」の今年は物理をテーマに例年より多くの高校生を受け入れ、全国から選ばれた高校生21人が、当研究所内の宿泊施設に滞在しながら研究者の指導のもとで学習しました。高校生は七つの研究室に分かれ、講義や実験を通して学習し、最終日の体験発表会では、「将来、理研で研究者として働きたい」、「科学の面白さを体験できた」などの感想を述べ、また、指導にあたった研究者に対して感謝の気持ちを表していました。
 サイエンスキャンプは、科学技術を実体験できる場を通して科学の豊かな素養のある青少年を育成する目的で、1995年から行われています。

「サイエンスキャンプ2005」を開催


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原酒
理研で暮らして10年


須田 亮
SUDA Akira
中央研究所 緑川レーザー物理工学研究室 副主任研究員


理研で暮らして10年 早いもので、和光研究所内にある国際交流会館に入居してから10年を迎えた。この間、二人の子を授かり、上の子は小4になる。朝永振一郎博士が「科学者たちの自由な楽園」と表した場所で、さぞ理数系に秀でた子供に育つかと思いきや、どうもそうはいかないらしい。文系というより、むしろ体育系のようだ。これも環境のおかげであるといえなくもない。国際交流会館で育ったわが子にしてみれば、和光キャンパスはわが家の庭である。春は桜、夏は柳、秋は銀杏(いちょう)と四季折々の景観を楽しみながら、広大な敷地の中で伸び伸びと育ってきた。親の運動神経を受け継いでいないかと危ぶんで、早いうちから自転車、鉄棒、縄跳びと仕込んできたことも相まって、運動能力は人並み以上のようである。そういえば、研究室の学生諸君には時折遊び相手となっていただき、感謝の気持ちでいっぱいである。

さて、小職はどうかというと、職場が近いと何かと楽なようであるが、必ずしもそうではない。限られた行動範囲の中では、なかなか自分だけの時間を持てないのである。例えば、世間一般では仕事帰りにちょっと居酒屋に立ち寄り、一杯ということもあるだろうが、ここに居るとそうはいかない。宵を迎えてから、あえて自宅と反対の方向に出掛けるには、大きな力に打ち勝つだけの強い意志が必要である。その点、わが細君は池袋かいわいの幼稚園へ通う子供の送迎と称して、空き時間を有効利用しているもようだ。これにはやられた。

子供の順応性にはいつもながら驚く。英会話(キッズ)スクールに通っている下の子は、事あるごとに自分が習ってきた発音の反復練習を家族に無理強いする。先日、近所に越してきた同い年の子供に接したときは、その子の流暢(りゅうちょう)な英語に面食らったようである。しかし、すぐに慣れっこになり、今ではお互いの家を行き来する仲である。言葉は通じなくても、意思はそれなりに通じているらしい。それはそれでよいのだが、一方では困ったもので、日ごろの練習のたまものであると勘違いしてますます調子づいてくる。迷惑な話であるが、時々遊び相手になってくれる研究室の学生さん(誰?)にも近々英会話を教えてあげたいのだそうだ。その辺で出会ったら、構わず逃げてほしい。

10年前は、隣近所のどこに誰が住んでいるとか、よく把握していたものであるが、最近は人の出入りが目まぐるしく、子供を通じた付き合いでもなければ、ほとんど分からない。2002年の日韓共同開催のサッカーワールドカップでは、ゴールの瞬間、突然階下から大きなうなり声とため息が聞こえた。なんと敵方がこんな身近に大勢居るとは驚いた。そういえば、ジョホールバルのときは、点の取り合いで一喜一憂している様子が互いに手に取るように分かったものだ。対戦国以外の住人にはおよそ迷惑でしかない騒ぎ方であったに違いないが、ここならではの風情としてご容赦いただきたい。

末筆ながら、日ごろお世話になっている国際交流会館フロントの皆さま、管理人の入江夫妻に、この場を借りてお礼を申し上げたい。





理研ニュース 

9
No.291
September 2005

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発行日
平成17年9月5日
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