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スズメバチに学んだスポーツ飲料VAAM
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VAAMの発見
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米国での約4年間にわたる研究の後、阿部特別招聘研究員は1978年から理研でスズメバチの毒の研究を始めた。「米国ではビタミンAと網膜に関する研究など、三つの研究所で異なったテーマの研究を並行して行いました。そこは豊かな、自由で極めて機能的な社会でした。帰国したとき、米国と同じ研究テーマで競争したら絶対にかなわないと思ったわけです。そこで、日本独自の研究テーマであるスズメバチの毒を選びました。スズメバチ(Vespa属)は米国にもヨーロッパにもいないからです」
しかしその選択には、命懸けの苦難が待ち受けていた。「素人がいきなりスズメバチの採取を始めたので、刺されるんですよ。あるとき私は顔を刺されてしまいました。30分後に血圧が急激に下がり、意識はあるが動けない。瞳孔(どうこう)が開いて、明るいところを見ると霧がかかったようなハレーションを起こす。すごく美しい世界です(笑)。スズメバチの毒の研究を本気になってやろうと思ったのは、このときからです。こいつの毒はただものではない、すごい! と身をもって実感しました」 1981年にはスズメバチの神経毒の成分である「マンダラトキシン」を発見するなど研究は順調に進展し、さらに多くのスズメバチを採取することが必要となった。「刺されるのは相手を知らないから。そこで生態を詳しく調べて、もっと安全に効率よく捕獲しようと考えました」。あるとき、巣を採られてしまったため、巣に戻れずに樹液の出るクヌギに2〜3日外泊していた多くのスズメバチが、死んでいるのを見つけた。「周りに餌となる虫はいくらでもいます。生態系の頂点にいる最強の昆虫であるスズメバチがなぜ死んでしまうのか、不思議に思いました」 スズメバチの成虫は腰がくびれていて、そこに細い食道が通っているため、液体や流動食しか食べられない。成虫は捕まえた虫などを自分の食糧にするのではなく、肉団子状にして持ち帰り、幼虫に与え、その代わりに幼虫の口から栄養液をもらう「栄養交換」を行っている(表紙上段:樹液に集まるオオスズメバチの成虫と栄養液を出す幼虫)。社会性昆虫の栄養交換については、すでに生態学者によって観察されていた。しかし栄養液の役割や重要性については、まったく何も明らかにされていなかった。「栄養液は成虫の生存に不可欠であり、だから巣がなくなって栄養液をもらえない成虫は死んでしまう。この栄養液と肉団子の交換こそが、1000匹ものスズメバチが集まり社会を築く上での“きずな”となっているのだと私は考えました。そこで、この栄養液の成分を調べてみました」 オオスズメバチの栄養液を分析すると、タンパク質の原料となる20種類のアミノ酸のうち、プロリンやグリシン、アラニンなどに富んだ17種類のアミノ酸混合物であることが分かった。「私たち哺乳(ほにゅう)動物にとって理想的なタンパク質として知られるカゼイン(ミルクの主成分)のアミノ酸組成とは、非常に異なっています。さらに関東地域にいる4種類のスズメバチの幼虫を捕まえて栄養液を調べてみたところ、どれも似たアミノ酸組成を示しました。これは、スズメバチに共通した能力、例えば働きバチのスタミナを維持するために必要なアミノ酸組成を示しているのではないかと思いました。そこで、この栄養液中のアミノ酸混合物をVAAM(Vespa Amino Acid Mixture:スズメバチ・アミノ酸混合物)と名付け、さらに詳しく調べてみることにしました」 |
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VAAMが脂肪を燃やす
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体長わずか5cmのスズメバチが、1日に約100kmもの距離を飛び回る。その羽を動かすための飛翔(ひしょう)筋は、1分間に2000回も伸び縮みができる。「スズメバチの飛翔筋は、地球上のあらゆる生物の中で最高の能力を持つ筋肉です。スズメバチの抜群のスタミナとその飛翔筋の働きを支えるには、たくさんのエネルギーを効率よく生み出すことが必要です。そのエネルギー生産とVAAMとが関係しているのではないかと、私は考えました。さらに、飛翔筋でアミノ酸のエネルギー代謝が活性化すると、脂質が効率よく燃焼することを突き止めました」
生命は進化の長い過程を通じて、脂肪を生命維持のエネルギーストックとするために、簡単には脂肪が燃焼しないエネルギー代謝機構をつくり上げ、飛躍的な進歩を遂げた。脂肪がエネルギーに換わるには、分解された活性酢酸(アセチル-CoA)がクエン酸回路(TCAサイクル)と呼ばれる反応経路に取り込まれる必要がある(図1)。ただし、活性酢酸はオキサロ酢酸と結び付いてクエン酸にならないと、この回路に取り込まれない。脂肪からはオキサロ酢酸ができないので、あらかじめクエン酸回路が反応してオキサロ酢酸が準備されていないと、脂肪はエネルギーとして燃えないのだ。クエン酸回路は通常、糖の分解で生成したピルビン酸から活性酢酸とオキサロ酢酸の両方がつくられ、両者が結合してクエン酸が生成することで初めてスタートする。実際、ヒトが運動すると、まず糖が分解されてクエン酸回路が回り、脂肪が効率よく燃え始めるまでに10〜15分かかる。 「このクエン酸回路の始動を、VAAMにたくさん含まれているプロリンやグリシン、アラニン、グルタミン酸(後にグルタミンと判明)だけでできるのではないかと考え、“アミノ酸エンジン”という作業仮説を立てました(図1)。それは飛翔筋でアミノ酸のエネルギー代謝が活発であることなど、酵素代謝学上の多くの証拠があったからです」。つまり、VAAMに豊富に含まれるプロリン、アラニン、グリシンがそれぞれ反応サイクルをつくり、グルタミンとともにクエン酸回路を始動させるエンジンの役割を果たし、運動の開始からすぐに脂肪が効率よく燃焼してたくさんのエネルギーがつくられるという仮説だ。 クエン酸回路は昆虫ばかりでなく脊椎(せきつい)動物にも共通のシステムなので、アミノ酸エンジン仮説が正しければ、マウスやヒトでもVAAMの効果が表れるはずだ。阿部特別招聘研究員がマウスにVAAMを投与してプールで泳がせたところ、ほかの栄養液を投与したときよりも1時間以上も長く泳ぎ続けることができた。また30分泳いだ後の血液を比べてみると、VAAMを投与したマウスは、糖が燃えてできる乳酸の値が低く、ブドウ糖の値が減らずに、脂肪の値(遊離脂肪酸)が顕著に高かった(図2)。これらのデータは、糖があまり消費されずにクエン酸回路が回り、脂肪が効率よく消費されていることを示している。糖が燃えてできる乳酸は疲労物質で、筋肉にたまると運動がしづらくなる。VAAMは乳酸値を低く抑える疲労防止の効果もあるのだ。クエン酸回路に関係するほかの代謝物データも、アミノ酸エンジン仮説を支持するものだった。 ![]() ![]() |
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VAAM実用化の秘訣
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1991年5月号(No.110)の本誌『理研ニュース』に、「疲れを知らない子供のように」と題した記事が掲載された。阿部特別招聘研究員がVAAMの効果を紹介した400字ほどの小さな記事だった。「この記事を見て、たくさんの食品企業やアミノ酸企業が訪ねてきました。しかし最初はみんな、VAAMの効果を信じませんでした。アミノ酸が単独で特定の生理作用を示すことは知られていましたが、アミノ酸の混合物が新たな機能を発揮するという概念は、私がVAAMで初めて示したものだったからです。VAAMを持ち帰って自分たちで動物実験をしてその効果を確かめた企業もありました。すると動物の種類を変えてみても、いずれも確かに効果のあることが分かりました」
こうしてVAAMの実用化への取り組みが始まった。当初、ある企業が1缶100円を目標に商品化を試みたが、コストと味の点で、うまくいかなかった。次に明治乳業が新たな価格・商品設定で実用化を目指した。難問だった味の問題も明治乳業の研究者たちが苦労の末にグレープフルーツ味に整えて、スポーツ飲料「VAAM」が1995年に発売された。 その後、今から数年前にさらに味が改良されたことで爆発的に普及した。現在、毎日のように愛飲しているヘビーユーザーが100万人以上いると推定されている。さらに、VAAMの成功により、各社からさまざまなアミノ酸飲料が発売されるようになった。「日本は世界のアミノ酸生産量の8割以上を占めています。納豆やみそ、しょうゆに代表される発酵技術の伝統をもとに、アミノ酸生産で世界をリードしてきました。そこにVAAMというアミノ酸の新たな可能性を示す商品が登場したことで、現在のアミノ酸ブームが巻き起こったのです」。VAAMは理研の研究成果を特許化したライセンス収入のトップを誇っている。阿部特別招聘研究員は、実用化の秘訣(ひけつ)をこう語る。「実用化を進めるに当たっては、VAAMの内容に詳しいのは私しかいないので、企業と緊密にコミュニケーションを取ることが重要でした。仲間意識を強固にして、みんなでVAAMを成功に導いたのです」
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アミノ酸混合物のさらなる可能性
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阿部特別招聘研究員は、VAAMがクエン酸回路の活性化だけでなく、中枢神経や末梢(まっしょう)神経のホルモンであり神経系においてさまざまな作用を持つアドレナリン(エピネフリン)やノルアドレナリン(ノルエピネフリン)の血中濃度を増加させ、体脂肪の分解を促すことを突き止めている。自律神経系の調節、中枢性疲労の抑制効果など、VAAMはホルモン・神経系にも作用するのだ。さらにアルコールに対する肝機能保護など、VAAMのさまざまな機能が明らかになりつつある。
VAAM以外にも、アミノ酸の組み合わせ方は無数にあり、今後、新たな機能を持つアミノ酸混合物が開発されていくことだろう。私たちの体の中の臓器同士もアミノ酸組成によって互いの機能を調節し合っているはずだ、と阿部特別招聘研究員は言う。「体内にがん細胞ができたときには、血液中のアミノ酸が特徴的な組成を示すことが知られています。将来は、アミノ酸が体内の情報伝達を担っていることを解明するとともに、アミノ酸環境の生命機能調節の研究を発展させていきたいと考えています」 VAAMで切り開いたアミノ酸混合物の研究は、さらなる豊かな進展を見せようとしている。■
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生殖細胞の起源と特性:全能性の謎に迫る
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哺乳類の生殖細胞の起源
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生殖細胞がなくても個体は生存できる。しかし、遺伝情報を祖先から受け継ぎ、子孫へ伝えることができるのは生殖細胞だけだ。「なぜ生殖細胞には次の世代をつくる全能性があるのか。その生殖細胞はどのようなメカニズムでつくられるのか。生殖細胞には、ゲノムの全能力を引き出す秘密が隠されています。それを知りたいのです」と斎藤チームリーダーは研究テーマを説明する。
生殖細胞のつくられ方は、例えばカエルやショウジョウバエと、哺乳類では異なる。 カエルなどの卵(らん)の中には、生殖細胞を生み出すための「生殖顆粒(かりゅう)」と呼ばれる構造があらかじめ含まれている。卵は受精すると細胞分裂を繰り返し、さまざまな種類の体細胞へと分化していくが、生殖顆粒を含む細胞だけは生殖細胞へと分化していく。生殖顆粒には体細胞への分化に必要な遺伝子の発現を抑える働きがあり、それを含む細胞は受精卵が持つ全能性を潜在的に保ったまま生殖細胞へと分化していくのだ。 一方、マウスやヒトなど哺乳類の卵には生殖顆粒は存在しない。マウスの場合、受精後3.5日に胚盤胞(はいばんほう)という状態になる(図1)。胚盤胞の外側の細胞(栄養外胚葉)は胎盤など胎児の成長を支える組織となり、内側の細胞(内部細胞塊)が胎児の体となる。この内部細胞塊の一つ一つの細胞はいずれも、あらゆる種類の細胞に分化できる多分化能を持っている。 内部細胞塊の細胞群は体細胞へと分化を始めるが、やがて一部の細胞が体細胞化への道を外れ、生殖細胞へ分化する。では、体細胞と生殖細胞の運命の分かれ道は、どのようにして決まるのか。 「1990年代末に私が哺乳類の生殖細胞の研究を始めたとき、いつ、どこで、どのような遺伝子が働いて生殖細胞がつくられるのか、まったく分かっていませんでした。哺乳類の生殖細胞の研究をするのなら、その起源から理解したいと思いました」 以前から、マウスの受精後約7日目の胚をある方法で染めると、生殖細胞の源になる始原生殖細胞ができてくる領域が、特徴的に染色されることが知られていた。斎藤チームリーダーらは、その領域を切り出して、どんな遺伝子が働いているのかを調べることにした。その切片は約250個の細胞から成り、始原生殖細胞と体細胞が含まれているが、顕微鏡で見てもどれも形が同じで区別できない。斎藤チームリーダーらは切片の細胞をばらばらにして、「単一細胞遺伝子発現解析」という高度な技術を用いて、1個1個の細胞の中で発現している遺伝子を調べ上げた。そして、どの遺伝子が働き、どの遺伝子が働いていないかのパターンから、始原生殖細胞と体細胞を選別することに成功した。こうして斎藤チームリーダーらは、生殖細胞が形成される分子機構を提唱した。その重要なポイントは、体細胞で発現している遺伝子群の特異的な抑制である。体細胞の性質を決める「ホックス遺伝子群」が、始原生殖細胞では完全に抑制されているのだ。 さらに始原生殖細胞でのみ発現しているBlimp(ブリンプ)1という遺伝子を見つけ出した。「このBlimp1を人工的に破壊した受精卵を発生させると、生殖細胞ができませんでした。Blimp1が生殖細胞の運命決定に重要な役割を果たしていると考えられます」 では、Blimp1はいつから発現するのか。大日向(おおひなた)康秀研究員がBlimp1の発現部位が光るようにして観察すると、受精後6.25日目の特定の個所(図1)が明るく光っていた(表紙下段)。2005年、その画像は英国の科学雑誌『Nature』(7月14日号)の表紙を飾った。「従来、新しい世代の生殖細胞は受精後約7日目に現れると大まかに考えられていましたが、6.25日目という予想外に早い時期に原始外胚葉内で生殖細胞の形成が始まることが初めて分かったのです」 隣接している胚体外外胚葉(将来、胎盤など胎児の成長を支える組織となる領域)から何らかのシグナルを受けて、Blimp1は発現すると考えられる。「このBlimp1がホックス遺伝子の発現を抑えているのかもしれません。ただし、Blimp1以外にも生殖細胞への分化に必要なユニークな遺伝子が存在することが分かってきました。哺乳類の生殖細胞の形成機構は、かなり複雑なようです」。斎藤チームリーダーらは、「単一細胞マイクロアレイ」という単一細胞における遺伝子発現を網羅的に解析する技術の開発に成功し、生殖細胞の形成機構をさらに詳細に探っている。 ![]() |
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遺伝子発現を制御するマーク
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体細胞も生殖細胞も、すべての遺伝情報であるゲノムを持っている。では、なぜ生殖細胞だけがさまざまな細胞へ分化し、次の世代をつくる全能性を獲得できるのか。体細胞と生殖細胞では何が違うのか。その大きな違いは、ゲノム上に付けられている遺伝子発現をコントロールする“マーク”の付き方だと考えられる。
ゲノムに付くマークには、大きく分けて2種類が知られている。一つは、DNAにある塩基の一種であるシトシンにメチル基が付く「DNAのメチル化」。もう一つは、DNAが巻き付くヒストンというタンパク質がメチル化やアセチル化される「ヒストン修飾」である。DNAのメチル化では、遺伝子発現のスイッチとなる領域(プロモーターなど)がメチル化されることで、スイッチが入りにくくなる。ヒストン修飾は、ヒストンのどの部分がメチル化・アセチル化されるかなどによって、スイッチの入りやすさ、遺伝子発現の抑制の度合いに違いが表れる。ある種の刺激があるとすぐに遺伝子が発現するマークもある。 例えば、それらのマークの付き方により特定の遺伝子の発現が制御される「ゲノムインプリンティング」という哺乳類に特有の現象がある。私たちは、父と母に由来する2セットのゲノムを持つ。両者はまったく同じ能力を持っていると考えられていた。しかし、人工的に父・父由来のゲノムの受精卵をつくると胎盤が巨大化し、逆に母・母由来の受精卵をつくると胎盤がほとんどできずに、いずれも発生が途中で止まってしまう。父と母のゲノムは働き方に違いがあるのだ。それは、父と母の生殖細胞の中で、ゲノム上の異なる個所に遺伝子発現を特異的に制御するマークが付けられるゲノムインプリンティングが行われ、精子や卵子がつくられるからだ。通常、ある遺伝子が発現するときには、父・母由来の両方の遺伝子が発現する。しかし、ゲノムインプリンティングされた遺伝子は、父親もしくは母親由来のゲノムからしか発現が起こらない。 「父のゲノムは母体から栄養をできるだけ吸い取るように胎盤を大きく、逆に母のゲノムは母体を守ろうと胎盤が大きくなり過ぎるのを防ぐように働くのでは、と考えられています。その両者のバランスで正常な発生が進むのです。ゲノムインプリンティングの異常が原因の、先天性発生異常も知られています。このようにゲノムインプリンティングは、哺乳類が子宮の中で胎盤を使って胎児を育てるために必要なシステムだと考えられています」
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マークを再編集して全能性を獲得
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斎藤チームリーダーらは、生殖細胞の中でゲノム上のマークがどのように変化するのかを詳しく調べている(図2)。受精のための特殊な細胞である卵子や精子には、それぞれに必要なマークが付いている。しかし受精後、そのマークが取られていき、3.5日目の胚盤胞期でゲノム全体のDNAメチル化の相対量は最低の状態になる。ただしゲノムインプリンティングのマークだけは胚盤胞でも消えない。その後、体細胞へと分化していくにつれてマークが増えていく。体細胞に分化した細胞では、ゲノムインプリンティングのマークは生涯にわたり消えない。「体細胞では、分化していく過程で、例えば神経細胞の中で筋肉細胞の遺伝子が働かないように、不要な遺伝子には発現を強く抑制するマークがたくさん付いていきます。だから体細胞はさまざまな細胞には分化できないのです」
しかしBlimp1が発現し生殖細胞の形成がほぼ完了する8.0日目以降、生殖細胞では抑制性のマークが再び消えていくことを、研修生の関由行さんが発見した(図2、H3K9me2・メチル化DNA)。「生殖細胞の中でだけ、ゲノム上に付いた通常は安定であるはずの抑制性のマークがきれいに消され、ゲノムは初期化されて“新品”の状態になるのです。その後、初期胚や内部細胞塊に特徴的なマーク(図2、H3K27me3)が付くことが分かりました」。このようなゲノム上のマークの初期化と再編集によって、生殖細胞は全能性を獲得すると考えられる。そしてゲノムインプリンティングのマークもその数日後に消えてしまう。 近年、話題になっている体細胞クローンは、受精卵に体細胞のゲノムを入れるものである。しかしクローン動物が誕生する成功率は1%程度と低く、生まれたクローン動物にもさまざまな異常が見られる。その原因は、体細胞のゲノムには取れにくく強い抑制のマークがたくさん付いていて、発生の過程でそのマークが取り切られないことだと考えられる。「ところが、異常のあるクローン動物の雄と雌を交配させると、正常な子供が生まれます。それはクローン動物のゲノムのうち、生殖細胞の中でだけ、マークがきれいに取られ初期化されるからです」 生殖細胞の中でゲノム上のマークが再編集される分子メカニズムが分かれば、将来、決まってしまった細胞の運命を自在に操れるようになるかもしれない。個人の体細胞の運命を自由に書き換え、医療に応用できる可能性もある。 「ただし、安定なマークを取る分子メカニズムなど、まだ分かっていないことがたくさんあります。私たちは、生殖細胞初期発生の基本メカニズムを解明する基礎研究をさらに進めていくことが、そうした問いへの答えにつながると考えています。そして一つの究極として、私は体細胞から卵(らん)を論理的につくり出してみたい。卵は発生の神秘をすべて抱えている唯一の細胞だからです」 斎藤チームリーダーらが進める生殖細胞の研究は、発生の神秘に迫るとともに、将来は医療に大きなインパクトをもたらす可能性を秘めている。■ ![]() |
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科学技術の未来を発信する理研科学者会議
茅 幸二議長に聞く |
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研究者からの発信
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――理研科学者会議は、どのようなことを目指しているのでしょうか。
茅:理研に限らず、独立行政法人化によって研究所や大学は自立性を持ちユニークであることが求められるようになり、理事会の方針に基づいたトップダウンでの運営が必要になってきました。それは、とても良いことです。理研では理事会の諮問機関としてプライオリティ会議があり、第一線で活躍する外部の研究者を含めた委員によって研究戦略が提言され、それに基づいて研究所が運営されるようになっています。しかし、研究者がすべて理事会やプライオリティ会議の提言だけに従って動くかといえば、そんなことはありません。もちろん助言をいただくことは大切ですが、トップダウンとボトムアップの両方がなければ、組織の運営はうまくいきません。 理研の研究者は生命科学、材料科学、核物理学をはじめ、さまざまな分野において日本のリーダーです。日本の科学技術を先導する研究者たちが集まり、どういう方向の研究をすべきかを議論して理事会に発信する。それをプライオリティ会議で議論して、最終的に理事会が判断する。そういうシステムができたら、理研にとどまらず、日本の、そして世界の科学技術の発展にとってプラスになるでしょう。また研究の方向を自ら発信し受け入れられれば、研究者としてもやる気になり、独創的な成果も期待できます。研究者自身が、自分たちのやるべきことを選び、必要がないものは必要がないとはっきり言いながら、科学技術の未来について提言していく組織が、理研科学者会議です。 ――理研科学者会議のメンバーは? 茅:約30名の委員から成ります。優秀な人を、できるだけ組織や分野の偏りがないように集めました。 私は、このような組織が絶対に必要だと以前から考えていたのです。中央研究所には主任研究員会議があり、これまでも理研そして日本の科学技術に重要な役割を果たしてきました。しかし現在、理研は10の組織から成り、研究拠点も分散しています。また、各組織により定年制・任期制と雇用形態にも違いがあります。研究所やセンターといった組織や拠点、雇用形態の枠を超え、理研の研究者としてみんなで将来を見据えて議論する場が、どうしても必要なのです。 |
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理事長からの六つの諮問
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――これまでに、どのような議論がされているのでしょうか。茅:1月の設置以来、会議は毎月1回開催しています(図1)。野依(のより)良治理事長から六つの諮問をいただき、適宜ワーキンググループをつくって個別に検討した後、その結果を全員で議論しています(表1)。第3号「第3期科学技術基本計画の策定に向けた理研科学者会議からのメッセージ」と、第6号「ペタフロップス・コンピュータの必要性と研究開発方策」については、すでに答申を出しました。 第3期科学技術基本計画(2006〜2010年度)の策定に向けた提言では、私たちが日ごろから感じている理研の研究者がどうあるべきかを中心に考え、「理研科学者会議からの四つの重要メッセージ」(表2)を理事長に受け取っていただきました。 ペタフロップス・コンピュータ(1秒間に1000兆回の浮動小数点演算を行う次世代のコンピュータ)については、開発の必要性と意義、理研が中心となって開発する場合の利点と問題点、どういう研究をすれば活用できるのか、どのような研究の可能性があるのかを、6回にわたり議論しました。そして7月、理研にペタフロップス・コンピュータ利用の準備室を置く、という提言を出しました。時間がたつにつれて、その提言の重みをひしひしと感じています。理研科学者会議から提言を出すことによって、研究者には義務が生じます。研究者が議論して自ら出した結論ですから、理事会の決定が出れば、私たちは日本の新しいコンピュータ科学のリーダーシップを取らなければならないのです。簡単なことではありませんが、研究者の協力態勢はすでにできたと感じています。
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評価、男女参画、支援体制……
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――理研科学者会議として独自に検討している事項はありますか?
茅:まず、評価の問題です。国内外の有識者が理研を評価するアドバイザリーカウンシルは非常に良いシステムですが、2年に一度開催という期間に疑問を持っています。 また、ポスドクや任期制についても大きな問題です。数年の任期で成果を出さないと次のポストに就けないという状況では、野心的な挑戦ができなくなってしまう。それは、優秀な研究者を育てるという点でも、非常に心配なことです。 男女参画の問題も議論しました。女性研究者の場合、非常に優秀な人だけが残るというのが現状です。男性研究者は、必ずしもそうではありませんよね。研究をしたいと思ったたくさんの女性が、地道に育っていくことができる環境も必要です。現在、理事会で具体的な方策について検討していただいています。 論文の偽造などミスコンダクト(科学者の不正行為)の問題、研究支援や実用化の問題など、やらなければならないことはたくさんあります。 ――理研科学者会議はどういう組織であるべきだと、お考えですか。 茅:私たちは決定権を持っているわけでもありませんし、予算を要求するための組織でもありません。もっと未来志向で、チャレンジングな提言を理事会に上げていく。理事会はプライオリティ会議に諮(はか)り、理研の運営方針と合うか、実現可能かを見極めて決定する。バランスが重要です。理研科学者会議の意見がすべてだという妄想を持ってはいけません。私たちは、「理研の研究者」という立場で、理研のため、そして日本の、ひいては世界の科学技術のためということを前提に提言していきます。 どんな研究分野でも次のステップに移るとき、必ず分野の融合が起きます。今、まさにそういう時代です。こんな面白い時代に、理研にはさまざまな分野において日本のリーダーとなるべき研究者が集まっている。超一流の研究者が集まり、自由に議論できる理研科学者会議の重要性は、ますます高まっていくと確信しています。■ |
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すばる望遠鏡補償光学系の
ガイド星生成用レーザーの開発
2005年7月6日、理研和光研究所においてデモ公開 |
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――「ガイド星」について教えてください。
和田:地上から望遠鏡で星を観測すると、大気の揺らぎによって星の像がぼやけてしまいます。国立天文台ハワイ観測所の「すばる望遠鏡」では、ぼやけを解消するために補償光学装置(制御素子数36)を装備しています。この装置は、天空の明るい星(恒星)を基準にして周りにある星の像のぼやけを解消するもので、この比較の基準になる星を「ガイド星」といいます。現在装備している補償光学系では、約15等星より明るい星しかガイド星として使えないのですが、そのような星が観測したい天体のすぐそばにある確率は2%程度で、補償光学装置を活用できる場所は限られています。そこで、ガイド星がない場所もはっきり見えるようにするために、人工のガイド星づくりに挑戦しました。 |
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――レーザー人工ガイド星をどうやってつくったのですか。
和田:高度85kmから100kmの間にはナトリウム原子密度の高い層があります。地上からナトリウムD線の波長に共鳴するオレンジ色のレーザー光を照射し、高度約90kmのナトリウム原子を励起します。地上から見ると10〜11等級の明るさで、望みの場所を光らせることができます。Nd(ネオジム):YAG(ヤグ)と呼ばれるレーザーが発する二つの波長の光を混ぜ合わせると、必要な波長のレーザー光を得られます(図)。 ![]() |
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――開発のポイントを教えてください。
和田:国立天文台は、新たに制御素子数188という高度な補償光学装置を開発中です。これと並行して理研と理研ベンチャーの(株)メガオプトで開発したのが今回のシステムです。この成功に至るまでには、1. ハワイのマウナケア山頂での気温変化のもとでも高品質なレーザー光を得ることができる共振器技術、2. ビームの品質を保ちながら光出力を必要な強度にまで上げることのできる光増幅技術、3. 二つの同期された光パルスからオレンジ色の589nmの光に波長を変換する非線形光学を利用した波長変換技術、4. 波長589nmのナトリウムのD線に波長の500万分の1の精度で正確に同調する光制御技術、を確立かつ融合させることが必要でした。 |
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――今後の展開は?
和田:ハワイ観測所にシステムを移送して、現在、すばる望遠鏡への実装準備に入っています。平成18年度中には、このシステムを用いた試験観測を行う予定です。完成すると、すばる望遠鏡の空間解像力はハッブル宇宙望遠鏡の3.4倍になります。 ■ |
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プレスリリースは下記URLを参照ください。 http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2005/050706/index.html ※本成果は、朝日新聞(7/7)、毎日新聞(7/7)など多数の新聞に取り上げられた。 |
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新理事に大河内眞氏、新監事に加藤武雄氏が就任
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10月1日、大河内眞氏が理事に、加藤武雄氏が監事に就任しました。 当研究所の発展に尽力された柴田勉氏、藤井隆氏は9月30日をもって退任しました。 |
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播磨研究所長に壽榮松宏仁氏、
放射光科学総合研究センター長に飯塚哲太郎氏が就任 |
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日独共催シンポジウム「新元素発見の100年」開催のお知らせ
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核物理、重イオン科学、重粒子線医療応用などの最先端科学技術分野における日独両国の活動と協力の現状、および重粒子科学の将来展望について「新元素発見の100年」と題してシンポジウムを開催します。ドイツ重イオン科学研究所のG. ミュンツェンベルグ博士、理研重イオン加速器科学研究プログラムの矢野安重プログラムディレクターをはじめ、日独の核物理研究で活躍する研究者が講演します。 皆さまのご来場をお待ちしております。 問い合わせ先:理化学研究所 広報室 TEL:048-467-9954
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パソコンソフトのエラーに振り回された記者説明会
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去る4月15日、文部科学省記者クラブ(東京都千代田区丸の内)で、私たちの研究成果の記者説明会をする機会をいただきました。説明会当日の予想外の急場を理研広報室の皆さんにしのいでいただいたというエピソードを紹介します。 私たちのチームはこの春、「関節リウマチ関連遺伝子探索の成果」を『Nature Genetics』誌に発表する機会を得ました。以前、プレスリリースでお世話になったことのある理研横浜研究所の広報担当・星野さんから、「前回と前々回は成果の内容を説明した文書を文部科学省記者クラブに配布するのみだったので、今回は説明会を付けてはどうですか?」との誘いを受けました。何事も経験してみるのがよいかと思い、「説明会付き」の方針が決まりました。 電子版論文のプレスリリースは、ウェブサイト掲載日の数日前に行い、その内容をもとに報道各社が作成した記事が、電子版掲載と同日同時刻以降に配信されるわけです。しかし、掲載日の連絡が電子版論文の出版社から入るのが、掲載日ぎりぎりなのが問題でした。今回の場合、電子版掲載が4月18日(月)午前2時で、掲載日の決定の連絡を受けたのは5日前の13日(水)の午後5時でした。記者説明会を週末にするわけにはいかないので、この時点で15日(金)に実施することが自動的に決まりました。ところが、この日は文部科学大臣記者会見のために会場が使えない可能性があって、私たちの記者説明会の開催自体が危ぶまれ、やきもきさせられました。また、プレスリリースで配布する文章は、関係部署の要望もあって書き直しの回数は数知れず、この期に及んでまだ最終稿がまとまらない始末。さらに、説明会配布資料の印刷のために電子ファイルをメールで広報室に送ると、ソフトウェアの新版と旧版との間の不整合のためか、広報室では開けませんでした。何とか印刷にこぎ着けたのが前日午後、陽が傾きかけた時刻でした。 明くる説明会当日。会場に40分の余裕を持って到着し、無人の説明会場でのんびりとしながら持参のノートパソコンでプレゼンテーション用の電子ファイルを開こうとした私が遭遇したのは、「アプリケーションエラーです。アプリケーションを終了します」という、とんでもなく不愉快なメッセージでした。プレスリリースに当たり、いろいろな方のいろいろなパソコンを経由して私の元に戻ってきたプレゼンテーションファイルが、私のパソコンの設定と合わなくなっていたのです。このとき、説明会開始の20分前。そこへ広報室の駒井さん、田中さんが会場に到着され、そこでお二人が目にされたのは、パソコンの再起動を無意味に繰り返しどんどん血の気を失っている私の姿だったことでしょう。ここで田中さんは、「ここからすぐの理研東京事務所の最新のノートパソコンならこのファイルを開くことができるかもしれない」と提案され、矢のように取りに行ってくださり、つないでみると、ああ、ありがたや、プレゼンテーション用ファイルが開くではありませんか。時計の針は午後1時57分、記者の皆さんがほぼ着席を終えたころでした。私が広報室の皆さんに後光を見たのは言うまでもありません。おかげさまで無事、私たちの成果は朝日新聞などに掲載されました。 ■
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