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原酒
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次世代のものつくりの基盤
「ボリュームCAD」を開発する 加瀬 究 |
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CADとは
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まず、CADとは何か。ボリュームCAD開発チームを率いる加瀬究(きわむ)チームリーダーはこう説明する。「CADは、Computer Aided Designの略。つまり、コンピュータを使って設計をすることです」
かつて、設計図といえば手書きの図面だった。図面は断面だけだが、ものをつくるために必要なデータがすべてかかれている。職人は、図面から出来上がりの形状を思い浮かべ、ものをつくり上げていく。しかし、それには熟練が必要であり、最近日本では職人の技を受け継ぐ若者が育っていない。 「職人の技を頼らずに済ませるには、どうしたらよいか。図面にかかれているデータを、すべてコンピュータで扱えるデータに置き換えることです。しかも断面ではなく、だれが見ても分かるように3次元の形状を表現しようというのがCADの原点です」 CADの概念が出てきたのは1960年代。それ以来、3次元の複雑な形をより精密に表現しようと、CADは進化を続けてきた(図1)。3次元空間に置いた点と点を結んだ線で形状を表現したのが、ワイヤーフレーム・モデルである。表面の一部分だけ皮をかぶせたのがサーフェス・モデル、そしてさらに進んで、表面全体に皮をかぶせて外と内の区別ができるようにしたのがソリッド・モデルだ。 CADは自動車や機器、建築物など、身の回りにあるさまざまなものの設計に使われ、ものつくりに不可欠なシステムとなっている。
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ものつくり情報の統合化
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現在のものつくりにおいてコンピュータを使うのは、設計だけではない。ものつくりの工程には、設計、解析、加工、検査があり、それぞれの段階でコンピュータが使われている。コンピュータを使った設計はCAD、解析はCAE(Computer Aided Engineering)、加工はCAM(キャム)(Computer Aided Manufacturing)、検査はCAT(キャット)(Computer Aided Testing)と呼ばれる。しかし、それぞれの工程で異なるソフトウエアが使われているため、データを統一的に扱うことができない。変換によってデータが欠落することもある。そして一番問題となるのは、従来のCADでは適切なシミュレーションができないことだ。
ものをつくるときには、さまざまな実験を行って、ものの性能や強度などを解析する必要がある。実験には試作品が必要だ。しかも、実験によって設計を修正し、再び試作品をつくって実験するということを何度も繰り返さなければならないため、多くの時間とコストがかかってしまう。その問題を解決してくれるのが、シミュレーションだ。 試作品をつくらずとも、コンピュータで実験をシミュレーションできれば、時間とコストが大幅に削減できる。しかし、加瀬チームリーダーは「これまでのサーフェスやソリッドのCADデータは、シミュレーションに直接使えません」と指摘する。「ソリッド・モデルは、確かにそれっぽく見えますが、実際のものとはずいぶん離れています。実際のものは、金属であったりプラスチックであったり、それぞれ性質の異なった中身が詰まっています。ところがソリッド・モデルは3次元CADといいながらも、皮だけで、中はがらんどうなんです」 ソリッド・モデルをシミュレーションに使うこともできるが、メッシュと呼ばれる細かい要素に分割しなければならず、それが大変なのだという。しかも、パーツを取ったりくっつけたりする複雑な操作をしていると、数値誤差がたまって穴が開いてしまったりして破綻することがある。 「そこで、シミュレーションに直接使えるように、もっとリアルなもの、中身が詰まっている“真の3次元CAD”をやりましょうというのが“ボリュームCAD(VCAD)”の始まりです」 こうして2001年4月、理研に「ものつくり情報技術統合化研究プログラム」(プログラムディレクター、牧野内昭武)が立ち上がった。「普通は“ものづくり”と濁ることが多いですが、牧野内ディレクターが“ものつくり”の方がきれいだと主張したのです。“ものつくり大学”の総長をされている哲学者の梅原猛さんも、“ものつくり”の方が日本語としてきれいだとおっしゃったらしいですね」 研究プログラムは、ボリュームCAD開発チーム、VCAT開発チーム、製品機能シミュレーションチーム、加工成形シミュレーションチーム、VCADものつくり応用チーム、そして事業化推進チームから成る。「事業化推進チームがあることからも分かるように、研究をして論文を書くだけでなく、その成果を使えるようにすることが、このプロジェクトに与えられた任務でもあるのです」 プロジェクトの核となるボリュームCADの開発を任された加瀬チームリーダーは、「どうせやるならば、まったく新しいシステムをつくりたい」という思いを抱いて、大きな課題に立ち向かっていった。「CAD、シミュレーション、CAM、CATを完全に統合する、次世代のものつくりの基盤システムになるものを狙っていました」 |
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Kitta Cube――切った立方体
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「とにかく中身をボクセルと呼ばれる立方体で埋めてしまおう、というのがボリュームCADの第一歩でした」と加瀬チームリーダーは語る。
2次元の形状を表す基本単位が「ピクセル」であり、「ボクセル」はその3次元版だ。ソリッド・モデルは連続体のため一部分だけ取り出すことは不可能だ。一方、ボクセル・モデルでは立方体1個1個に番地が書き込めるため、ばらばらにして複数のコンピュータで別々に処理できるという利点もある。大きなデータを扱う場合、並列処理ができることは重要である。 しかし、立方体を積み重ねただけの従来のボクセル・モデルは、表面が凸凹していて“美しくない”(図1)。そこで加瀬チームリーダーと手嶋吉法(よしのり)研究員は、新しい方法を考えた。「表面を滑らかにするには、やはり斜めの面が欲しい。そこで、立方体の中に三角形の面を閉じ込めたのです」 立方体の縁にある線(稜)1本ごとに1点を決め、3点を結んで三角形の面で仕切ってしまうことにしたのだ(図2)。複雑な形状を三角形で近似してしまうという“思い切った”方法だが、切断点の置き方だけを数えても2万3520パターン、全体としては1064パターンもの多様な仕切り方を実現できることが、手嶋研究員によって明らかにされている。実際、図1を見ると、ボリューム・モデルはボクセル・モデルよりも細かい形状を表現できることが分かるだろう。 この方法を手嶋研究員と加瀬チームリーダーは「Kitta Cube(キッタ キューブ)」と名付けた。Kittaは日本語の「切った」。つまり「切った立方体」ということだ。日本発のオリジナルであることを世界に示したいと考え、日本語と英語を組み合わせた名前にしたのだという。
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セルを階層化する
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「ボリュームCADの一番大事なところは、セルと呼ばれる立方体に形状の情報だけでなく物性値も入っていることです」と加瀬チームリーダーは言う。物性値とは、硬度、温度、ひずみなど、さまざまな変数を指す。これまでCADは形状を表すものであり、物性値を入れたものはなかった。「形と物性を一緒の枠組みで表現する。これは誰でも考えそうなことですが、今まではないんです」
ボリュームCADのセルは2種類に分けられる。境界を持っているもの(境界セル)と、境界を持っていないもの(非境界セル)だ(図3)。境界はものの輪郭でもあるから、境界セルは形状の情報と外と内の2種類の物性値を持つ。外は空気、内は鉄といった具合だ。一方、非境界セルは1つの物性値だけを持つ。境界セルと非境界セルを重ねていけば、鉄の中にさらにアルミがあるといった多媒質も表現できる。 加瀬チームリーダーは、プロジェクトが始まって2年目、開発中のソフトウエアに大きな改変を加えた。「セルのサイズを場所によって変えることができる階層化版を、企業から来てもらっている宇佐見修吾研究員が中心となってつくりました。形状や物性値の変化率が大きいところは細かいセルになっていた方が、都合がいいでしょう。それをできるようにしたのです(図4)」 細かい形状を表現するには、同じサイズの小さいセルを積み上げた方がきれいだが、何もないところにも小さいセルが必要になり、無駄だ。形状の変化が多いところ、物性の変化が大きいところだけ「八分木(はちぶんき)(octree)法」を用いて細分化することで、データ量を少なくすることができる。セルの各辺を二分すると、1個のセルが8個に分かれる。これが八分木法だ。 「セルの中に面を入れたこと。セルを階層化すること。ボリュームCADの特徴は、大きくいうとこの2つです。でも、こういう考え方をしているCADはほかにはありません。どうせやるならば、自分たちだけしか考えつかない、まったく新しいものをつくりたいと思っていました」 そしてプロジェクト3年目には、ボリュームCADのフレームワークをつくった。「フレームワークとは、いわば道路のようなインフラですね。使いたい人が自由に使えるような関数を提供しようというものです」 現在は、データを数台のコンピュータで並列処理するためのシステムづくりを加藤昌也研究員が中心となって進めている。
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鋳造・射出成形のシミュレーションに期待
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プログラム全体では、ボリュームCADに関して現在までに30数件の特許を申請している。特許化したものはすでに企業によって使われ、実際に製品が販売されている。
開発中のボリュームCADソフトウエアは、プロジェクトの研究チームに使ってもらうのはもちろん、「ボリュームCADシステム研究会」を立ち上げ、会員の企業や研究者に使用してもらい、その結果を開発にフィードバックしている。 「研究会の中では、“ボリュームCADは鋳造やプラスチックの射出成形にはかなりいい、使ってみたい”という声が多いですね」と加瀬チームリーダーは確かな感触をつかんでいる。 ものつくりでは、設計に基づいて金型(かながた)をつくり、そこに溶かした金属やプラスチックを流し込んで固める鋳造や射出成形が一般的に行われている。しかし、実際に成形してみると、ゆがみが出たり、ひびが入ったり、肝心なところにすができたりしてしまうことがある。これまでは、そのたびに金型を直していた。 ボリュームCADを使えば、実際に金属を流し入れなくてもシミュレーションによって、最適な金型の形状を導き出すことが可能になる。完成形だけでなく、鋳造するときの金属の流れもシミュレーションできるため、不具合の原因を突き止め、対策も取りやすい。ボリュームCADによるシミュレーションは、従来の直交格子のメッシュを使って行ったシミュレーションよりも、実験結果に近いことが分かるだろう(図5)。これは、水のように境界がはっきりしないものと、逆に境界がはっきりしてほしい斜めの向きの流路の両方を自然に表現できる、ボリュームCADの特徴をよく現した例である。 |
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広がるボリュームCADの可能性
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次世代のものつくりの基盤システムを目指して開発が進められているボリュームCADであるが、対象は人工物だけではない。地殻変動や人体の血流にも用途は広がる。去年から参加した大竹豊研究員の活躍も期待されている。「人工物から自然物、そして固体シミュレーションにも液体シミュレーションにも使える汎用性も、ボリュームCADの魅力です」
そして加瀬チームリーダーは、ボリュームCADの未来をこう語った。「ゆくゆくはボリュームCADのソフトウエアを無償で公開していく予定です。それを学生や若い研究者が使って、新しいものを生み出すことに役立てば、うれしいですね」 ■ |
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タンパク質の構造を電子顕微鏡で決定し、
医療に役立てる 宮澤淳夫 |
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アセチルコリン受容体
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「命の仕組みをタンパク質の機能から読み取る。それが究極の目標です」と宮澤チームリーダーは語り始めた。では、命とは何か。「外界からの刺激を受けて応答することが、“生きている”、“命がある”ということだと思います。応答は1個1個の細胞の働きにより実現します。さらに、その細胞の働きはタンパク質の機能に基づいています。命の仕組みを知るには、タンパク質の機能メカニズムを調べることが重要なのです」 宮澤チームリーダーは、刺激に対する応答で重要な役割を果たす「アセチルコリン受容体」の解明に取り組んできた。アセチルコリン受容体は筋肉細胞の細胞膜に埋め込まれていて、神経細胞の終末から放出されるアセチルコリンを受け取る(図1)。受容体にアセチルコリンが結合するとイオンの通り道(チャネル)が開き、細胞外からプラスの電気を帯びたナトリウムイオン(Na+)が流入し、電気信号が発生する。こうして神経細胞からの情報が伝わり、筋肉が収縮する。 アセチルコリンのように、神経細胞の情報を伝える化学物質を「神経伝達物質」と呼ぶ。現在、数十種類の神経伝達物質が見つかっているが、アセチルコリンは1921年に最初に発見された神経伝達物質だ。1970年にはアセチルコリン受容体が発見され、1982年には京都大学の沼正作(しょうさく)教授(当時)らがそのアミノ酸配列(1次構造)を決定した。 そもそもタンパク質は、遺伝子の情報に基づいて約20種類のアミノ酸が連なってできている。沼博士らはアセチルコリン受容体をつくるアミノ酸のつながり方を解明したのだ。 ただしそれだけでは機能メカニズムは分からない。タンパク質は、アミノ酸の1次元的な連なりが複雑に折り畳まれて3次元的な立体構造を持つことで機能を発揮するからだ。 |
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電子顕微鏡で構造を解く
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英国医学研究評議会(MRC)分子生物学研究所のNigel Unwin(ナイジェル アンウィン)博士らは、1984年からアセチルコリン受容体の立体構造の決定に乗り出した。1995年からは宮澤チームリーダーがUnwin博士のグループに加わり、さらに理研播磨研究所メンブレンダイナミクス研究グループの藤吉好則グループディレクター(京都大学教授)の全面的な協力を得て、2003年に構造を決定した。構造決定には約20年もの歳月を要したのだ。そこにはどのような困難があったのだろう。
タンパク質の構造解析の代表的な方法は、X線結晶解析である。これは、タンパク質の結晶にX線を当て、結晶中のたくさんのタンパク質分子からの回折像から立体構造を導く方法である。結晶回折法では、まずタンパク質の結晶化が必要なのだが、アセチルコリン受容体を含んだ細胞膜を生理的条件に近い状態で結晶化すると、シートのような2次元結晶が丸まったチューブ状結晶になる(図2)。しかし現在のところ、X線結晶解析では立体的な3次元結晶しか解析できない。薄い2次元結晶やチューブ状結晶では、得られる回折データが少なすぎて解析ができないのだ。 結晶化を必要としないNMR(核磁気共鳴法)という方法も、タンパク質の構造解析で大きな成果を出し始めている。ただしNMRで解析できるタンパク質の大きさは、かける磁場の強さに依存するため、現在のところ分子量が約3万以下の小さな分子や、分子の一部分(機能ドメインなど)に限られる。アセチルコリン受容体の分子量は約29万なので、NMRで全体構造を解析することはできない。 そこで宮澤チームリーダーらが用いたのが、電子顕微鏡による電子線結晶解析という第3の方法である。X線に比べて電子線は物質との相互作用が強い。このため強い回折データが得られ、2次元結晶やチューブ状結晶を解析できるのだ。ただし、その強い相互作用によって発生する熱でタンパク質の構造が壊れてしまうという問題点がある。それを克服するためには、試料をできるだけ冷やさなければならない。 宮澤チームリーダーは、藤吉グループディレクターが長年の苦労の末に開発した極低温電子顕微鏡を駆使してアセチルコリン受容体の撮影を行った。この顕微鏡は、液体へリウムにより−269℃という極低温に試料を冷却してダメージを最小限に抑えて撮影できる、世界に数台しかない装置である。ただし、アセチルコリン受容体の構造解析には約1万枚の写真を撮影する必要があり、8年もの歳月がかかった。その理由を宮澤チームリーダーはこう説明する。 「アミノ酸配列(1次構造)を立体構造に当てはめるには4Å(1Åは100億分の1m)という原子スケールの分解能が必要です。それには約100万個のタンパク質分子からの回折データを集め、それを平均化しなければなりません。X線で3次元結晶を解析する場合、その結晶中に少なくとも100兆個以上の分子が含まれているので、1回撮影すれば原子構造を決定するのに十分な4Å以上の高い分解能が得られます。しかしアセチルコリン受容体のチューブ状結晶には、たった3000個の分子しかありません。だから300枚以上の写真が必要なんです。しかも撮影した写真がすべて使えるわけではない。例えばチューブが曲がっていたりすると解析に使えません。1万枚から解析に使える写真をようやく359枚得て、アセチルコリン受容体の立体構造を決定することができたのです(図3)」
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100億分の1mの精度で制御
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立体構造から、どのような機能メカニズムが分かったのだろう。
アセチルコリン受容体は、細胞膜を貫く5つのサブユニットが環状に並んでいる。膜の外側にアセチルコリンをとらえる「リガンド結合領域」が2カ所ある。イオンの通り道となるチャネルは「膜貫通領域(図4)」の内側にあり、5個のらせん構造(αへリックス)が環状に並んで5角形のリングをつくっている(図5)。2カ所のリガンド結合領域にアセチルコリンが結合すると、リガンド結合領域が回転し、それに連動して膜貫通領域にある2つのαヘリックスが回転する。すると5角形のリングが変形して外側に広がってチャネルが開き、ナトリウムイオンが流入する。 ナトリウムイオンの直径は2Åところがチャネルは閉じた状態でも、リングの穴の直径は6Åある。なぜナトリウムイオンは6Åのリングを通れないのか。「生体の中では、プラスのナトリウムイオンの周りに水分子がくっついて水和状態にあります。水和したナトリウムイオンの直径は8Å。だから6Åでは通れない。ところがチャネルが開くとリングの直径が9Åに広がり、水和した8Åのナトリウムイオンが通れるようになるのです。さらにチャネルが閉じているときには、バリンやロイシンなど疎水性のアミノ酸がリングの表面にあって水をはじいている。ところが開いた状態になると、αへリックスが回転してセリンなどの親水性のアミノ酸がリングの表面に現れ、水和したナトリウムイオンが通りやすくなります」。このような受容体の巧妙なメカニズムが、原子スケールで立体構造を決定することにより初めて明らかになったのだ。 神経伝達物質の受容体として初めて立体構造が決定されたのが、アセチルコリン受容体である。この受容体はリガンド結合領域とイオンチャネルが一体となった「リガンド開閉型イオンチャネル」と呼ばれるタイプである。セロトニンやGABA(γ-アミノ酪酸)、グリシンなどの神経伝達物質の受容体も同タイプであり、同じような機能メカニズムを持つと考えられる。宮澤チームリーダーらによる今回の研究成果は、脳・神経科学へ大きな貢献を果たすものである。 |
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病気の原因解明に貢献
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「今回の研究成果について最初にかかってきた電話は、医学部の先生からのものでした。“私が担当している、てんかんの患者さんの病因がこれで解ける!”と言うんです」
てんかんは、脳の神経細胞の異常な活動によって、発作やけいれん、意識喪失などの症状を示す病気である。ある種の家族性てんかんでは、遺伝子の変異により、神経伝達物質の受容体のある部分のアミノ酸がセリンからロイシンに入れ替わっていることは、すでに突き止められていた。しかしそれが受容体の機能とどう関係しているのかがまったく分からなかった。「私たちは、アセチルコリン受容体のチャネルが開くとき、αヘリックスが回転して親水性のセリンが表面に現れ水和したイオンを通しやすくすることを突き止めましたが、そのセリンが疎水性のロイシンに入れ替わっていたのです。従って、チャネルは開いてもイオンが通りにくくなっていると考えられます」 宮澤チームリーダーらの研究成果は、筋力が衰える筋無力症の病因究明にも道を開いた。「家族性の筋無力症では、受容体のリガンド結合領域と膜貫通部位の接続部分にアミノ酸変異があることが分かりました。アセチルコリンが結合してリガンド結合領域が回転しても、膜貫通領域への連動がうまくいかず、チャネルの開閉が制御できなくなっているらしいのです」。タンパク質の立体構造の決定は、病気の原因解明に直結し、難病の根本治療への道を開くのだ。 「私たちの研究からたとえタンパク質の構造が分かっても、すぐには病気は治せません。しかし、治療にあたる医師、病気で苦しむ人々に、“どうしてこんなことになっているのか”、その訳を説明することができる。納得できる科学的な理由とその蓄積が人間にとって大切なんだと思います」
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電子顕微鏡による新解析法
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宮澤チームリーダーは、電子顕微鏡による解析法をさらに発展させようとしている。図6の黄色部分は「単粒子解析」という方法でとらえた「IP3受容体」というタンパク質の全体構造である。「タンパク質分子を精製して、1個1個のタンパク質をいろいろな向きから撮影して立体構造を導いたものです。この方法ではタンパク質を結晶化する必要はありません。しかし10〜20Åと分解能が悪いので、アミノ酸配列は分からない。ただし全体構造が分かれば、そこにほかの解析方法により原子スケールで決定された部分構造を当てはめていくことができます。しかし、この解析法は現在も発展途上にあります。IP3受容体を発見し、研究を先導してきた理研脳科学総合研究センターの御子柴克彦グループディレクター(東京大学教授)の先見性、私たちとともに解析を行った産業技術総合研究所の佐藤主税(ちから)グループリーダーの執念ともいえる努力、そして藤吉グループディレクターの卓越性。これは共同研究というよりも、まさに藤吉グループディレクターのいわれる“総力戦”そのものです」研究チームは、「電子線トモグラフィー」という新しい手法の開発にも取り組んでいる。「細胞の中で、タンパク質はほかのたくさんのタンパク質と相互作用しながら機能を発揮しています。タンパク質の機能を知るには、組織におけるタンパク質同士の配置と相互作用を知る必要があります。組織を切片にして、いろいろな角度から電子顕微鏡で撮影すれば、30〜50Åの分解能で、タンパク質の立体的な配置が分かります」。ただし、その画像ではタンパク質の種類を識別できない。宮澤チームリーダーらは、電子顕微鏡で観察できる標識を任意のタンパク質に正確に取り込ませる技術を開発しようとしている。 「電子顕微鏡によるタンパク質の解析には、原子スケールの構造を見る電子線結晶解析、1個の分子の全体像を見る単粒子解析、組織に埋まっている状態のタンパク質群を見る電子線トモグラフィーの3つの手法があります。この3つの手法を組み合わせて解析することにより、タンパク質が実際の体の中でどのように働き、命の仕組みを支えているのかが、見えてくるはずです」 |
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Structural Medicineを目指す
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「今まではX線でも電子線でも解析しやすいタンパク質を対象としてきました。しかし、もうそんな時代ではありません」と宮澤チームリーダーは強調する。これまで立体構造が決定されたものの多くは、たくさんの分子をつくり結晶を得やすいバクテリアのタンパク質である。「ヒトの体で働いているタンパク質と似ているものを、バクテリアで探して解析する例が多かったのです。しかし、それは似て非なるもの。現在では、分子生物学の進展によりヒトの遺伝子を発現させてたくさんのタンパク質をつくり、結晶を得ることも可能になってきました」
宮澤チームリーダーは、電子顕微鏡の手法を発展させ、構造解析を医療に役立てる「Structural Medicine」の確立を目指す新たなプロジェクトを立ち上げようとしている。「アセチルコリン受容体の構造決定が“すごく励みになった”と、難病治療に取り組む医師の方々からメッセージをいただきました。私たちのような基礎研究でも、人の幸せのために役に立つことができるのです。これからは解析しやすいタンパク質ではなく、解析すべきタンパク質、すなわち病気に関係しているタンパク質を積極的に調べる時代だと思います」■ |
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『メラニン色素』の
輸送メカニズムを解明 肌や髪の毛が黒くなる仕組み 2004年11月15日、文部科学省においてプレスリリース |
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――メラニン色素について説明していただけますか。
福田:ご存じのように、日焼けなどによって肌が黒くなるのはメラニン色素が皮膚に沈着するからです。メラニン色素は皮膚の細胞でつくられるのではなく、メラノサイトと呼ばれる特殊な細胞で合成され、メラノソームと呼ばれる細胞内の小さな袋(小胞)に貯蔵されます。この袋が細胞の中央部から細胞膜近くまで運ばれ、皮膚や髪の毛をつくる別の細胞に受け渡されて、初めて肌や髪の毛が黒くなります。 |
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――今回、解明したメカニズムはどのようなものでしょうか。
福田:膜輸送の制御にかかわる「Rab27A」というタンパク質が、2種類の特異的な結合タンパク質(エフェクターと呼ばれるパートナー分子)を連続的に使って、メラノソームをメラノサイトの核周辺から細胞膜まで輸送していることを突き止めました。メラノソームを“荷物”に例えると、「Rab27A」は“荷札”、エフェクター分子の「Slac2-a」はメラニン色素の“運転手”として荷物を届け先の近くまで運びます。次に“宅配人”役の「Slp2-a」により届け先(細胞膜)に配達されることになります。
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――Rabとエフェクターについて教えていただけますか。
福田:膜輸送を制御する因子として、酵母からヒトまで普遍的に保存されているものの代表が、低分子量Gタンパク質Rabです。ヒトには60種類以上のRabが存在しており、それぞれが固有の膜輸送を制御すると考えられています。RabはGTPを結合した活性化型とGDPを結合した不活性化型の2つのフォームをとり、活性化型のGTP-Rabは特異的な結合タンパク質(エフェクター分子)と結合することにより、膜輸送を促進します。実は、1種類のRabに対して複数個のエフェクター分子が見つかっているケースが多いのですが、エフェクター分子同士の機能的な関係はこれまであまり分かっていませんでした。今回のように、Rab27AがSlac2-a、Slp2-aという2種類のエフェクター分子を連続的に用いているという発見は、非常にインパクトがあったのではないかと思っています。
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――今後期待することは。
福田:従来の美白化粧品は、メラニン色素の合成を抑えるものが主流でした。今後は、皮膚や毛髪の細胞への受け渡しを抑えることを狙った新薬の開発が期待できると思います。今回の研究成果の発表後に、多くの化粧品メーカーから問い合わせがあり、関心の高さを実感しています。■ |
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プレスリリースは下記URLを参照ください。 http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2004/041115/index.html ※本成果は、英国の科学雑誌『Nature Cell Biology』のオンライン版(11月15日)において発表され、朝日新聞(11/15)など多数の新聞に取り上げられた。 |
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フォトクロミック蛍光タンパク質、
Dronpa(ドロンパ) 新規蛍光タンパク質を使った書き換え可能な 2004年11月19日、文部科学省においてプレスリリース |
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――生物学研究で、蛍光タンパク質はよく用いられています。これまでの蛍光タンパク質はどこが問題だったのでしょうか。
宮脇:一般的な蛍光タンパク質を用いたイメージングは、蛍光の分布の定常状態を観察できますが、その動的な側面に関してはほとんど情報をもたらしません。以前、私たちがヒユサンゴから開発した蛍光タンパク質Kaede※1(カエデ) などは、分子を光でラベルして(蛍光を緑色から赤色に変化させて)その動きを追跡することを可能にしました。ただ、ラベル反応が不可逆的である(赤色から緑色に戻らない)ため、ラベル―追跡が1回のみに限られています。生体分子は絶えず動いており、その動きは条件によって変化します。生体分子の動きの変化を経時的に追うために、光ラベルを何回も繰り返してできる技術が求められてきました。 |
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――Dronpa(ドロンパ)、ユニークなネーミングですね。
宮脇:蛍光が「ドロン」と消えて「パッ」と光る、その蛍光が消えたり現れたりする様子を“Dron”と“pa”で表しています。paはphoto activation(光で蛍光タンパク質が活性化する)の略称でもあります。蛍光を出現させる場合に紫色の半導体レーザー光(405nm)を、蛍光を消す場合に青色のアルゴンレーザー光(488nm)をDronpaに照射することで、蛍光のオン・オフを自在に制御できます。図1はDronpaをガラス板の上に塗り付け、先ほどの2種類のレーザー光を当て、書き換えを繰り返した結果です。
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――書き換え可能な性質をどのように発見したのですか。安藤:この蛍光タンパク質はウミバラ科サンゴから発見しました(図2)。野生型には面白い性質が見つかりませんでした。しかし、遺伝子改変を加えて改良を重ねた結果、蛍光がついたり消えたりするユニークな性質を持たせることができました。この研究をどのように進めるべきか検討を重ねながら、粘り強く取り組んだことが今回の成果に結び付いたと思います。さらに研究を進めて、ドロンパがなぜ書き換え可能な性質を持つのかについて、詳細に解析できればと思っています。 |
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――今後どのような応用が期待されますか。
宮脇:この技術を細胞生物学に応用して、MAP kinase※2(マップ キナーゼ) という細胞内情報伝達分子にDronpaを融合し、この分子の細胞質―核間の往来を繰り返し観察しました。その結果、細胞増殖因子刺激により、MAP kinaseの核への流入と核からの流出の両方が亢進(こうしん)することを、初めて証明することができました。これは蛍光ラベルを1つの細胞で何度も繰り返して観察できるDronpaならではの成果です。細胞質―核間を移動する分子は、MAP kinaseのほかにも多く存在します。そうした分子の中には、創薬における疾患関連分子として注目されているものもあり、医薬品開発においてDronpaを利用した「可逆的光ラベル技術」が活躍できるものと期待しています。■ |
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プレスリリースは下記URLを参照ください。 http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2004/041119/index.html ※本研究成果は、米国の学術雑誌『Science』の11月19日号に掲載され、日本経済新聞(11/19)など多数の新聞に掲載された。 |
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埼玉県と包括的協力協定を締結
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当研究所と埼玉県は、1月20日、科学技術の振興およびその成果の地域社会への還元などの事業を実施することにより、地域産業の振興、住民生活の質の向上を図るため、「独立行政法人理化学研究所と埼玉県との相互協力に関する基本協定書」を締結しました。野依良治理事長と上田清司埼玉県知事、野木実和光市長らが出席して、和光本所・大河内ホールで調印式が行われました。この協定書の下で、両者は協力して、理研の世界有数の研究ポテンシャルを最大限に活用し、地域の国際化や研究環境の充実を図ります。埼玉県に国際競争力を持つ自然科学の知を集積し、得られる成果をもとに地域に新たな産業の創出を促進するとともに、次代のわが国を担う人材の育成を目指します。具体的には、和光市全域を対象とした構造改革特区「国際研究開発・産業創出特区」を国に申請し、外国人が暮らしやすい街づくりを推進することにより、理研の研究活動をより活性化することなどを挙げています。 |
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竹市雅俊センター長、日本国際賞を受賞
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理研発生・再生科学総合研究センターの竹市雅俊センター長が、2005年の日本国際賞を受賞しました。竹市センター長は、細胞同士がカドヘリン分子の働きで接着する機構を解明、この業績が高く評価されたものです。同賞は科学技術において、独創的・飛躍的な成果を挙げ、科学技術の進歩に大きく寄与し、人類の平和と繁栄に著しく貢献したと認められた人に与えられます。 |
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受賞のお知らせ(2004年5月〜10月)
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DRI:中央研究所 FRS:フロンティア研究システム BSI:脳科学総合研究センター GSC:ゲノム科学総合研究センター PSC:植物科学研究センター RCAI:免疫・アレルギー科学総合研究センター |
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遠距離−車−通勤
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最近、所属が和光研究所でも曜日により横浜研究所など別の支所へ勤務する方々が増えてきたのであまり目立たなくなってきたが、私は和光研究所に採用されてこのかた、つくば市から通ってきている。つくばからバス・電車通勤となると片道最低2時間半はかかってしまうので、当然のことながら片道1時間程度で済む車を使うことになる。毎日往復140kmのドライブである。毎朝7時半に子どもを保育所に預けて、常磐高速自動車道・外環道を乗り継ぎ、事故渋滞などに巻き込まれなければ9時前に職場に着く。帰りは日によって職場を出る時間が違うので一概にはいえないが、だいたい1時間以内に帰宅できる。水曜日の定時退所日だけは定時に出て(出るように努力して)再び保育所に行き、子どもを連れて帰宅する。子どもを預けている保育所はつくば市立で、どんなに遅くとも19時までしか預かってくれないので、渋滞などに巻き込まれると間に合うかどうか冷や汗ものである。幸いこれまで多少の遅刻で済んでいるのと保育所の先生の理解があるおかげで、世間でままあるらしい、「真っ暗な保育所の外で子どもが保母さんと立って待っていた」ことはない。私がつくばに住んでいる理由は、妻がつくばの研究所に勤めているからにほかならない。しかし、つくばから通勤していることを知った周囲の方々から、いろいろとアドバイスをいただいた。そのほとんどが、つくばと和光の中間地点に住めばよいというものだ。それに対して私はいつもこう答える。「妻に、『家事と通勤、どっちを取る?』と聞かれて、『通勤!』と答えたんですよ」と。妻が専業主婦でなく同等(以上)に働く以上、お互い家事は分担せねばならない。しかし、家事分担を平等に半分にはできないのだから、現実的に考えてお互いがどちらかといえば負担に感じない方を担当するのがよいと思う。そうしないと、それこそ平等に疲れをため、生活自体がつらくなってしまうだろう。(別に調理、食器洗い、洗濯などが嫌なわけではありません。車なら1日500km程度を平気で走ってしまう性格なだけです。念のため) 車を使うメリット・デメリットはいろいろある。運転中のラジオは家で新聞を取っていない私にとって大事な情報源になっている。また一人でボーっとする時間も取れるし、その日の実験計画を練ることもできる。何よりも渋滞のときは日ごろ読む時間が取れず積(つ)ん読(どく)してある本をゆっくり読むことができる(!)。これらは大きなメリットだと思う。昔は渋滞に巻き込まれるとそれだけでイライラしていたが、最近はそれなりに楽しめるようになったのは年のせいだろうか? それに対しデメリットは、事故に遭う確率がどうしても高くなること(これまで追突されたこと3回、なぜか駐車しているときぶつけられたこと2回???)と、所内で行われるさまざまな人的交流(お酒の会!)に参加しにくいことか。しかしこれは肝臓の数値が入所時より改善されていることと表裏一体の現象でもある。 まぁ、慣れてみれば毎日140kmの車通勤など、他人がいうほどたいしたものではない、というのが実感である。が、唯一なんとかしたい点がある。毎日の高速料金とガソリン代だ。これがなんと1日約4千円、1カ月で約9万円にも上る。もう少し負担が少なくなってくれればいいのだが。 ■
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