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研究最前線
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原酒
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骨・関節疾患の患者さんを助けたい
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池川志郎チームリーダーは、骨・関節疾患を専門とする整形外科の臨床医を13年間務めた。「私のいた病院には、それまでにたくさんの病院を回って、ここで駄目ならしょうがないと思って訪れる、とても困っている患者さんが多かった。しかし、有効な治療法がない疾患がたくさんあるんです。“先生、何とかしてください”という患者さんの切実な願いに応えられない。それは医者として、人間として、とても辛いことでした」
10年ほど前、池川チームリーダーは根本的な治療法の開発を目指して、臨床医を辞め、基礎研究に身を転じた。「有効な治療法がないのは、病気の根本的な原因である、病気と関連している遺伝子が分かっていないから。その遺伝子を見つけることが治療への第一歩だと考え、この道に入ったのです」 |
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世界で初めて変形性関節症の関連遺伝子を特定
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OAは、関節で骨と骨との間のクッションとなっている軟骨組織が変性・消失し、骨同士が直接ぶつかることなどで痛みや機能障害を引き起こす疾患である(表紙上段)。骨・関節疾患の中で最も患者数の多い疾患の一つだが、まだ根本的な治療法がない。
OAは遺伝的な要因と、体重や食事、運動などの環境要因・生活習慣要因との相互作用で発症する生活習慣病、多因子遺伝病である。一般に遺伝病というと単一遺伝病を指す。この場合、ある1つの遺伝子の変異によってほとんど100%近い確率で、その病気が発症するかどうかが決まる。遺伝子と病気の対応関係は、非常に単純明快である。一方、生活習慣病に関連する遺伝子は複数あり、1つ1つの遺伝子の影響はさほど大きくない。そのため、1つの遺伝子だけでは、病気を必ずしもうまく説明できない。遺伝の仕方も非常に複雑で、その遺伝子を持っているから必ず病気になるわけではない。このため生活習慣病の関連遺伝子は、遺伝病の原因遺伝子よりも見つけにくい。OAの関連遺伝子も、1つも特定されていなかった。 遺伝情報はDNAにある4種類の塩基の並び方で書かれている。ヒトのゲノム(全遺伝情報)は約30億塩基対から成るが、その塩基配列は個人ごとにわずかに異なる。だからこそ、一人ひとりの顔の形や背の高さ、体質、生活習慣病へのかかりやすさが違う。このような塩基配列の個人差を「多型」と呼ぶ。OAのかかりやすさも、いくつかの遺伝子の多型が関係しているはずだと池川チームリーダーたちは考えた。 「ヒトゲノムプロジェクトによって塩基配列がすべて解読され、遺伝子の数は2万〜3万であることが分かりました。OAの関連遺伝子もこの2万〜3万の中に必ずあるわけです。関連遺伝子を探すには、まず病気に関する情報と遺伝子のサンプルをたくさん集めることが必要です。それには、現実に病気で苦しんでおられる患者さんや臨床医の先生方の協力が不可欠です。そして相関解析という方法で、ある病気を持つ集団とそうでない集団の遺伝子多型の頻度の違いを探します。ある遺伝子多型が病気に関与しているのなら、その多型は、病気を持つ集団により多く見られるはずです」。つまり、ある病気を持つ集団にだけ多い多型のタイプを、統計学的手法を用いて見つけるのだ。遺伝子多型研究センターは、多型タイプを効率よく調べ、そのデータを統計的に解析するための世界最先端の技術を築いている。「研究の進め方には2通りあります。一つは全部の遺伝子を片っ端から調べるローラー作戦。もう一つはこれまでの知識、知見に基づき、病気に関連していそうな遺伝子を調べる方法です」 池川チームリーダーらは、まず知識に基づいてOAと関連していそうな遺伝子を調べることにした。これまでの研究で、SLRPファミリーと呼ばれる遺伝子群の多くが、軟骨で重要な役割を果たしていることが知られていた。さらに、SLRPファミリーの遺伝子の機能を欠くノックアウトマウスがOAを発症したという報告もあった。ただし、SLRPファミリーには40〜50個の遺伝子がある。池川チームリーダーらは、その中から、軟骨で特に働いていて怪しいと思われたアスポリンを調べてみることにした。まず、OA患者とOAでない人の軟骨で、アスポリンの発現量の違いを調べた。「すると大当たりで、OAでない人に比べて、OA患者の軟骨では発現量が著しく増加していました」 アスポリンの遺伝子の塩基配列の中には、12ヶ所の多型がある。この12ヶ所についてOAの集団とOAでない集団を比べると、ある1ヶ所の多型が膝(ひざ)や股(また)の関節のOAと強く関連していることが分かった。その多型は、タンパク質をつくるアミノ酸の一種であるアスパラギン酸(D)を指定する配列が繰り返されている場所である(図1)。その繰り返し回数は10〜19回の個人差がある。OA集団では14回の繰り返し(D14)が最も多く、OAでない集団では13回の繰り返し(D13)が多かった。D14の人はOA集団で10%弱なのに対し、OAでない集団では5%弱。D14の人は、そうでない人に比べて、膝や股の関節のOAを発症するリスクが約2倍になるのだ。 軟骨組織は、軟骨細胞と、細胞間を埋める基質から成る。基質は、軟骨細胞で産生され分泌されるコラーゲンやプロテオグリカンなどのタンパク質から成り、軟骨組織のクッションとしての役割で重要な働きをしている。アスポリンも軟骨細胞でつくられて分泌され、基質に存在するタンパク質だが、その機能は不明だった。池川チームリーダーらは、試験管内で、培養した軟骨細胞にアスポリンをたくさん発現させてみた。すると、軟骨細胞の分化・基質産生が抑えられ、しかもその抑制の強さはD14を持つアスポリンで最も著しいことが分かった。 「外傷や機械的ストレスにより軟骨は日々、傷害を受け、軟骨細胞や基質が減少します。そのままでは軟骨組織のクッションとしての質が悪くなり、量も減る一方です。だからこの減少分を補わなければなりません。そこで、TGF-βなどの成長因子がやってきて、軟骨細胞を分化させ、基質を産生する能力を上げ、減少分を補っていると考えられます」 しかし、成長因子の無制限な作用は、軟骨の異常な増大、骨化、腫瘍(しゅよう)の発生など、新たな問題を引き起こす。従って一定の抑制・調整機構が必要だ。「アスポリンがその抑制・調整役を担っていると私たちは考えています。しかしD14のアスポリンを持つ人は、TGF-βの抑制作用が必要以上に強く効き過ぎるために、軟骨の再生能力が弱くなり、OAになりやすくなるのです」。なぜD14のアスポリンはTGF-βの働きを強く抑制するのか、そのメカニズムの詳細はまだ詰め切れてはいない(図2)。「それを解明して、初めてそのメカニズムに直接作用する薬をつくることができます」。池川チームリーダーらは、当初から製薬企業と共同研究を行い、成果をいち早く治療へ結び付ける体制を築いている。「5年後には、OAの根本的治療薬の芽を出したいですね」 |
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SNPから病気の遺伝子へ
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「アスポリンだけでは、OAの発症を説明できません。D14を持つ人はOA集団の10%弱にすぎないのです。また、D14は手などの関節のOAとは関連が弱い。OAといっても部位によって発症の仕方が異なることの証(あかし)です。ですから、OAの全貌を明らかにするには、その関連遺伝子をもっとたくさん見つけていかなければいけません」
池川チームリーダーらは、遺伝子を片っ端から調べるローラー作戦も進めている。この方法も、ある病気を持つ集団とそうでない集団の遺伝子の違いを調べるのだが、2万〜3万もの遺伝子を効率よく調べ生活習慣病の関連遺伝子を探すには、よい目印(マーカー)が必要だ。その目印として世界に先駆けてSNP(スニップ)(Single Nucleotide Polymorphism、1塩基多型)に注目したのが、遺伝子多型研究センターの中村祐輔センター長である。SNPとは、個人ごとに、ある場所の塩基の種類が1つだけ違う多型。ゲノム全体に300万〜500万ヶ所、遺伝子領域には50万ヶ所のSNPがあると考えられている。ゲノム全体にきめ細かく散らばったSNPという目印により遺伝子すべてを調べ尽くし、生活習慣病の関連遺伝子を見つける。それが遺伝子多型研究センターの基本戦略だ。 池川チームリーダーらは、中村祐輔センター長たちが発見したさまざまな遺伝子領域にある10万ヶ所のSNPについて、OAとOAでない集団のタイプの違いを調べた。そして、CALM1というカルモジュリンの遺伝子の一つが、股関節OAのなりやすさに関連していることを突き止めた。カルモジュリンは、細胞内でのカルシウムによる情報伝達で重要な役割を果たしているタンパク質である。CALM1があるタイプだと、OAの発症リスクを約2倍に高める。さらに、そのタイプのCALM1と先ほどのアスポリンのD14を両方持つ人は、リスクが約12倍になることが分かった。生活習慣病の関連遺伝子には、このような複合効果があることが多いのだ。それゆえ前述のように、1つ1つの遺伝子だけでは、病気を必ずしもうまく説明できなかった。「OAの関連遺伝子を系統的に突き止めることで、初めて遺伝的な発症リスクをきちんと把握できるのです。そうなってこそ、初めて真の『遺伝子診断』といえるでしょう。ただし、発症リスクは遺伝子だけでは決まりません」 例えば、タバコを吸ったときに肺がんになるリスクが高い遺伝的体質の人でも、タバコを吸わなければリスクは低くなる。「今までは、遺伝子のタイプが違う人たちを一緒にして、体重や食事、運動などの生活習慣のリスクを調べるしかなかった。関連遺伝子が分かれば、同じ遺伝子のタイプの人にとって、ある生活習慣がどのくらいのリスクになるのかを調べることができます。遺伝子は変えられませんが、生活習慣は変えることができます。リスクを正しく知ることで、人は自分の未来を変えられるのです」
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関連遺伝子探しの基盤が整った
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遺伝子多型研究センターが大きな貢献を果たしている、ヒトゲノム上の多型のパターンを特定して地図をつくる「国際ハップマッププロジェクト」により、SNPの中でも特に役に立つ目印、25万ヶ所が見つけ出された。「この25万ヶ所を調べれば、すべての遺伝子を調べたことになります。今までのローラー作戦は、目印の網の目がまだ粗くて取り逃がしていた関連遺伝子もあったはずです。これからは、関連遺伝子を本当の意味で一網打尽に捕まえることができる。まさに夢のような時代です」
池川チームリーダーらは、OA以外にも4種類の骨・関節疾患の研究を進めている。「OAと同じ手法で、他の疾患の関連遺伝子も探し出せます。5月には、腰痛、座骨神経痛の治療につながる椎間板(ついかんばん)ヘルニアの関連遺伝子※の研究を発表しました。この5年間で、骨・関節疾患の関連遺伝子探しの基盤が整いました。今後、次々と疾患関連遺伝子が発見できると思います。それをもとに、よい診断法、治療法を開発して、喜んでくれる患者さんの顔が見たいですね」 ■
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※:椎間板ヘルニアの関連遺伝子 詳細は次のURLを参照ください。 http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2005/050502/index.html |
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背と腹を決めるメカニズムを読み解く
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なぜゼブラフィッシュか
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「ぜひ、ここを見てください」。そう言って日比正彦チームリーダーが案内してくれたのは、神戸研究所の発生・再生科学総合研究センターにある水棲動物棟である。4リットル水槽を2300個収納可能で、2万匹以上のゼブラフィッシュを飼育できる。ゼブラフィッシュは体長5センチほどの熱帯魚で、最近注目されている実験動物である。ここではアフリカツメガエルなども飼育されており、実験用の水棲動物飼育施設としては、国内でも屈指の規模を誇る。
「遺伝子を壊すと、背腹軸の形成に異常が表れることがあります。背腹軸に異常があるゼブラフィッシュの変異体を見つけ出し、その原因となっている遺伝子を突き止めることで、私たちは背腹軸形成のメカニズムを明らかにしようとしているのです」と日比チームリーダーは語る。生物の体には、背腹、前後、左右という「体軸」がある。体軸の形成は、1個の細胞から成る受精卵がさまざまな種類の細胞へと分化し組織を形成し、生物の体を形づくっていくための基本となるステップである。 では、なぜ体軸形成の研究にゼブラフィッシュを使うのか。「ゼブラフィッシュの利点はいくつもあります」と日比チームリーダー。まず、発生が早く、受精から24時間で器官の形成がほぼ終了する。しかも受精後24時間くらいまでは胚が透明なため、1個1個の細胞がどのように変化していくかを観察できるのだ。調べたい遺伝子に蛍光タンパク質GFPを結合して導入すれば、遺伝子の発現を生きた胚で調べることもできる(表紙)。飼育が容易で、一度にたくさんの卵を産み、世代交代が2〜3ヶ月と短いことも、遺伝学的な研究に適した特徴である。「技術的な利点も多い」と日比チームリーダーは言う。「遺伝子を壊して変異体を調べるには、遺伝子をランダムに壊してたくさんの変異体の中から自分の見たい変異を拾い出す方法と、狙った遺伝子を壊してどのような変異が出るかを調べる方法があります。1つ目の方法は、ショウジョウバエや線虫ではできましたが、脊椎動物では遺伝子の数が多過ぎて難しかった。それが可能になった最初の脊椎動物が、ゼブラフィッシュなのです」 2つ目については、1998年に画期的な方法が生み出された。モルフォリノという化学物質を使い、狙った遺伝子からのタンパク質生成を阻害する方法である。ゼブラフィッシュの受精卵は直径0.5mm。その中心に注射針でモルフォリノを注入するだけなので、とても簡単だ。 「こうした技術の開発もあり、発生を遺伝学的に解析する実験動物として、ゼブラフィッシュが注目されるようになったのです」。ショウジョウバエの遺伝学は非常に進んでいるが、その成果は直接ヒトに結び付かないものも多い。ヒトと同じ脊椎動物であるゼブラフィッシュであれば、基本的な発生機構は共通であるため、ヒトの発生機構の理解へと直接つながると期待される。 では、ゼブラフィッシュを用いた研究により、背腹軸決定のメカニズムはどこまで明らかになってきたのだろうか。 |
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背側オーガナイザーの形成
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ゼブラフィッシュでは、受精後45分後に1回目の卵割が起こり、その後15分ごとに卵割が進んでいく。受精後6時間ほどすると原腸陥入(げんちょうかんにゅう)が起こり、太く盛り上がった胚盾(はいじゅん)という構造ができる(図1)。胚盾を切り取って別の胚に移植すると、脊索と神経系を2つ持つ胚ができることから、この領域が背側の組織をつくる情報を持っていると考えられ、「背側オーガナイザー」と呼ばれている。ドイツのHans Spemann(ハンス シュペーマン)(1935年ノーベル医学・生理学賞受賞)とHidle Mangold(ハイドル マンゴールド)によってイモリの胚で背側オーガナイザーが発見された1924年以来、背腹軸が形成される機構を理解しようと、多くの発生学者が挑んできた。
日比チームリーダーもその一人である。「私は、背側オーガナイザーがどのようにできるか、そして背側オーガナイザーが出すシグナルがほかのシグナルとどのように相互作用して背腹軸をつくっていくのか、そのメカニズムを理解しようと研究を進めてきました」 受精卵には、動物極と植物極がある。「植物極には卵黄タンパクしかないと思われていたのですが、切り取ると背側の組織ができないことから、ここに重要な背側化決定因子が存在していると考えられています(図2左)。発生のごく初期に、微小管というレールのようなものができ、何らかの分子がレールに乗って背側となる領域に運ばれていき、背側オーガナイザーが形成されるらしい。微小管の形成を阻害すると、背側オーガナイザーも形成されないことから、何らかの分子が運ばれることは間違いないでしょう」 背側化決定因子の先では、Wnt(ウィント)シグナルが働いていることが分かっている(図2中)。Wntシグナルは、βカテニンというタンパク質を核に蓄積させる。βカテニンは背側に特異的な遺伝子の発現を促し、その結果、背側オーガナイザーが誘導されるのだ。 背側オーガナイザーを誘導する遺伝子はいくつか知られている。それらの中でも必須だと考えられているのが、日比チームリーダーによって発見されたbozozok (ボーソーゾク)/dharma(ダルマ)である。「この遺伝子を過剰発現させると、腹側がなくなって背側が大きくなるため、とぐろを巻いたようになる。その様子からdharma と名付けました。残念ながら、この遺伝子は、その変異体を発見したポーランド人研究者が名付けたbozozok と呼ばれることが多いのですが」と日比チームリーダー。この研究者は親日家で、彼が抱いていた暴走族のイメージに変異体の様子が近かったそうだが、スペルまでは知らなかったようだ。
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母性遺伝子と背腹軸の決定
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bozozok/dharma 遺伝子の発見は、Wntシグナルと背側オーガナイザーとの間をつなぐ大きな発見である。しかし、日比チームリーダーは「背側化決定因子という一番知りたいところがクリアになっていません」と指摘する。その謎を解く鍵を握っていると注目されているのが、tokkaebi (トッケビ)(韓国語で一角鬼の意)という変異体である(図3)。この変異体では、βカテニンの核への蓄積が起こらず、背側オーガナイザーを誘導する遺伝子が発現しないため、背側の組織がまったく形成されない。「ゼブラフィッシュでは、受精後3.3時間は、母親が卵子をつくるときに蓄えたRNAやタンパク質だけによって発生が進みます。父親由来の遺伝子は働いていません。これを母性遺伝子効果と呼びます。tokkaebi は、まさにこの時期に発現する遺伝子。ごく初期の背側化決定に重要な役割を果たしているのではないかと考えています」 研究チームでは、tokkaebi の原因遺伝子の特定を進め、現在十数個まで絞り込んでいる。しかし、変異の原因が母性遺伝子にある場合、その特定は非常に難しいと日比チームリーダーは言う。「これまで、変異体の原因遺伝子として母性遺伝子を特定した例はほとんどありません。この難しい問題を何とか乗り越えてtokkaebi の原因遺伝子を特定し、背側化決定因子の正体に迫る何らかの情報を得たいと思います」 |
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背腹軸を決定するシグナルの相互作用
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研究チームでは、背側オーガナイザーからのシグナルがどのようにして背腹軸を決定しているのかについての研究も進めている。背腹軸の決定では、腹側から出るBmp(ビーエムピー)タンパク質のシグナルと、背側オーガナイザーから出るChordin(コーディン)などBmp阻害因子のシグナルとの相互作用が重要であることが、すでに明らかになっている(図2右)。
「しかし、それだけではなかったのです」と日比チームリーダーは言う。「Bmpシグナルが発現を制御している遺伝子に、ogon (オゴン)/sizzled (シズルド)があります。ogon /sizzled は、Bmpのシグナルを阻害するフィードバック機能を持っているらしいのです。ogon/sizzled が壊れると、背側の組織が形成されません。ogon /sizzled のフィードバック機構によって背側と腹側のバランスが保たれることで、正常に発生すると考えています」 今後は、ogon /sizzled 遺伝子が背腹軸の決定に及ぼす分子メカニズムを解析していく計画だ。 |
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神経形成のメカニズム解明に挑む
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「背腹軸の形成については、最初の背側決定因子の正体はまだ明らかになっていませんが、一通り道筋は見えたと思っています。もちろん細かいところは、これからも詰めていきます。一方で、新しい世界を切り開きたい、その先にある神経系の形成をやりたいと考えています」と、日比チームリーダーは今後の展望を語る。「私は医学部を出て、臨床に進まずに基礎研究に入りました。実は、大学院で神経の研究をやりたかったんです。でも分子生物学で神経を理解する仕事はまだ始まったばかりで、分子生物学を学ぶには免疫がいいと考え、そちらに進みました。そして7年ほど前から発生学に取り組んできました。今なら、機が熟したと言えるでしょう」
背側オーガナイザーからのシグナルと腹側からのシグナルの相互作用は、背腹軸を決定するとともに、背側の外胚葉を神経外胚葉へと誘導する。背腹軸の決定は、神経形成とも密接にかかわり合っているのだ。神経外胚葉からは、運動、感覚、介在という3本の神経が形成される。研究チームでは最近、3本の神経形成領域のパターニングにかかわる遺伝子を明らかにした。 さらに研究チームでは、高次の神経系形成メカニズムを解析するため、マウスを用いた研究も進めている。前脳に特異的に発現するFez -like (フェズ−ライク)遺伝子を阻害すると、普通のマウスの10倍も動きが活発になることが分かってきた。日比チームリーダーは「このマウスは神経形成の解明に役立つだけでなく、多動症のモデルなど臨床応用につながる可能性もあります」と話す。 日比チームリーダーが大学で医学部を選んだのは、人間を知りたかったからだという。「人間を知るには、いろいろなアプローチがあります。これまでの分子生物学の経験と、ゼブラフィッシュとマウスを使った実験により、人間の一番重要な機能である神経の形成メカニズムを明らかにすることで、その一翼を担えればと思っています」■
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播磨研究所 今後の展望
飯塚哲太郎所長に聞く |
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構造生物学のメッカ
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――播磨研究所はどのような目的で設立されたのですか。
飯塚:SPring-8は理研と日本原子力研究所が共同で建設しました。そのSPring-8をフルに活用して研究するために、播磨研究所が設立されました。播磨研究所には、大きく分けて3つの分野の研究グループがあります。構造生物学、ナノサイエンス、そしてSPring-8を築いた物理・工学のグループです。 ――特に構造生物学で、大きな成果が次々と挙がっていますね。 飯塚:枚挙にいとまがありません。そもそもSPring-8は強いX線を発生できる装置です。その強いX線を結晶化したタンパク質に当てて立体的な構造を次々と解析しています。播磨研究所ではたくさんのタンパク質を効率よく結晶化する自動化ロボット(TERA)や、結晶化した試料をSPring-8のビームラインに自動的に設置・交換するサンプルチェンジャー、データ測定やビームライン制御を一括管理するソフトウェアなど、測定の自動化・高効率化のための技術を開発してきました。構造生物学の基盤はかなり整ったと思います。 さらに、これまで解析が難しかったタンパク質の構造も決定できるようになってきました。例えば、細胞膜に埋め込まれた膜タンパク質は、細胞外からの情報を受け取り、細胞内に情報を伝える要となっています。しかし、膜タンパク質は結晶化しにくいので構造解析が難しい。その膜タンパク質の一種で、網膜で光を受け取るロドプシンの構造を宮野雅司主任研究員らが決定し、2000年に『Science』の表紙を飾りました。その論文は、2005年3月時点で、約1200回も引用されています。今後、引用回数はどんどん増えていくでしょう。ホルモンや薬剤の多くは膜タンパク質に作用するので、ロドプシンと同じような仕組みが働いていると考えられ、薬学や基礎医学の分野で大変注目されているからです。引用が3000回を超えると、おそらくノーベル賞の声が掛かるでしょう。 ――播磨研究所では、構造生物学のナショナルプロジェクト「タンパク3000」を推進していますね。 飯塚:横山茂之主任研究員が中心となって、播磨研究所のSPring-8と横浜研究所にあるNMR(核磁気共鳴装置)施設を駆使して、重要なタンパク質を大量かつ高速で解析しています。 かつて播磨研究所を設立するころ、横山主任研究員が高価なNMRを播磨研究所に100台導入したいと言いだしました。私は、どうかしていると思った(笑)。それほど、当時の常識からすると大胆な計画です。その後、理研横浜研究所に約40台の高性能NMRから成る世界最大規模のNMR施設がつくられました。NMRは、比較的小さな分子ならば結晶化することなく構造解析できます。横山主任研究員らによってNMRによるタンパク質の働きで重要な部位(機能ドメイン)の解析が、着実に進んでいます。大きなタンパク質は結晶化して、播磨研究所でSPring-8を使って解析する。播磨研究所は横浜研究所と構造プロテオミクス研究推進本部(RSGI)という横断組織をつくり、連携しながら「タンパク3000」を進めています。このような充実した体制で構造生物学の研究を行っているところは、世界的にも少ないと思います。横浜研究所とともに、播磨研究所は構造生物学のメッカとなっています。
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ナノサイエンスの拡充と
X線自由電子レーザーの建設 |
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――今後の展望をお聞かせください。
飯塚:SPring-8は、材料などの物理的な性質を調べる物性研究などのナノサイエンスにも大きく貢献しています。しかし播磨研究所では、物性の研究グループの規模が小さいので、ぜひとも充実を図りたいと思います。理研中央研究所には物理や化学の研究者がたくさんいます。その力も借りて播磨研究所の物性研究をもっと盛り上げたい。SPring-8を利用している日本原子力研究所や高輝度光科学研究センター(JASRI)は物性の分野が強いので、播磨研究所が拡充すれば、3者が連携してさらに発展が望めます。 もともと私は物性の研究室の出身です。大学院では、材料の磁性を測定する研究をしていました。その後、生体物理化学に転じて、鉄を含んだタンパク質(ヘムタンパク質)の研究などを行いました。ただし、私はあくまでも物性の材料としてタンパク質を研究するという立場です。最高の計測法を用いてタンパク質の物性を研究していくうちに、生命現象が理解できるだろうと考えています。 これまでの歴史を見ると、物性研究で生まれた計測法が、やがて生物の研究に使われてきました。X線による結晶構造解析法やNMRも、もともと物性の研究者が考え出したものです。ただし現在、それらを最も利用しているのは、生物学や医学・薬学の分野です。構造生物学も、計測技術の進歩により、さらに発展させることが可能です。 ――播磨研究所はどのような技術を目指しますか。 飯塚:SPring-8は大成功しています。次はX線自由電子レーザー(XFEL)です(図1)。SPring-8の放つX線はとても強いものですが、X線の波の山と山、谷と谷はあまりそろっていません。X線の波をそろえれば、SPring-8よりもさらに10万倍も強いX線レーザーが生み出せます。 ――XFELで、どのような観測が可能になりますか。 飯塚:X線ホログラフィーという方法により、タンパク質を結晶化しなくても、1つの分子あるいは数個の分子で構造解析ができると、物理・工学のグループは考えています。つまり膜タンパク質など結晶化しにくい重要なタンパク質を、次々と解析できるようになるのです。現在でも、分子に光る物質をくっつけて見るなど、1つの分子を計測する技術が開発されていますが、1分子の立体的な構造を直接見ているわけではないのです。XFELにより、本当の意味での1分子計測が可能となります。 XFELをフラッシュのように短時間当てて、生きた細胞の中を原子スケールの解像度でストロボ写真のように撮影することも夢ではありません(図2)。例えば、細胞の中の特定のタンパク質に注目して、それがどのように情報を受け取り、他のタンパク質と相互作用して機能を発揮しているのかを観察できるでしょう。現在、理研には脳科学、発生・再生科学、免疫・アレルギー科学などの生物系のセンターがたくさんありますが、その多くは細胞の構造と機能を明らかにする細胞生物学に基づく研究です。XFELは理研の各センターの研究にも大いに役立ちます。物質の構造を調べるナノサイエンスにも非常に有用です。XFELは、SPring-8のように新しい科学技術領域を切り拓く基幹技術となるはずです。 播磨研究所ではXFELプロトタイプの設計計画を進めており、2005年11月には最初の光を出す予定です。ナショナルプロジェクトとして予算が認められれば、2009年ごろにはXFELを完成できます。XFELにより、細胞生物学と構造生物学が融合した次の新しい生物学が、播磨研究所から生まれるでしょう。播磨研究所には明日への希望が満ちています。■ |
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平松礼二先生からの絵画の寄贈式および特別講演を開催
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わが国を代表する日本画家である平松礼二先生から
当研究所に絵画「雨の河原」を寄贈いただくこととなり、 4月7日、和光研究所において、 野依良治理事長主催による絵画の寄贈式および 平松先生の特別講演を開催しました。 |
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理事長あいさつ
桜が満開の中、私が日ごろから敬愛する平松礼二先生を理研にお迎えできたことを、大変うれしく思います。平松先生は、平松山水と呼ばれる独自の風景画を確立され、芝の増上寺や奈良・薬師寺の天井画を制作、平成12年からは月刊雑誌『文藝春秋』の表紙画を担当されています。さらに若手の育成にも力を入れられ、現在、多摩美術大学の客員教授を務めておられます。平松先生の作品は、日本人の魂そのものだと私は思います。寄贈いただいた「雨の河原」を拝見致しますと、本当に日本人であることを 幸せに感じます。 私は理研に着任して「文化に貢献する理研」を提唱致しました。技術的・物質的要素が強く、精神性をやや欠く現代文明は、私たちの心の拠り処である文化を踏みにじる傾向があるように思えてなりません。文化を尊ぶ文明をつくる。これこそ21世紀最大の課題だと私は考えています。文化と文明が相まって、社会は進歩していくのです。理研の研究が、文化を尊ぶ文明をつくることに貢献してほしいと、切に願っています。 研究施設がすべてではありません。いかに優れた研究者といえども、取り巻く人たちが素晴らしくないと、本当に良い仕事はできません。また理研の文化度を格段に上げていくことが、皆さんの知性と感性を磨くことになります。平松先生においでいただいた本日が、理研の優れた文化環境をつくるきっかけになればと思います。 |
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特別講演 芸術の力 平松礼二
以前、名古屋大学に野依先生の記念館ができたときにお招きいただきました。記念館へ入ると、ニューヨークの画家、リキテンシュタインの絵画がある。そのたった一点の絵画が、広い建物の中で話をしているように私には聞こえてきた。化学記号の世界だけかと思ったら、アートがあった。野依先生に対するイメージががらりと変わりました。実は先日、大学院を出た教え子の女性たちが遊びに来て、理研和光研究所の若い研究者の方たちと合コンをしたと言うのです。科学と芸術という両極にいる、どちらも“オタク”たちです。「まったく話が合わず、くたびれましたが、楽しかった。両方とも“夢”ということでつながっているのだと思います」と彼女たちは言う。理研の研究者の方も、彼女たちを変なやつだな、と思ってくださったはずです。“変”だとか“変わった”というのが大事です。画一的な教育を受けて、当たり前のことを当たり前のようにしかできなくなった人たちが、自分独自の発見や作品を発表できるかどうか。可能性は低いと思います。相手のことを変なやつだなと思うことで、そこから人間同士の歩み寄りの感情が生まれ、気になる存在になる。気になる、面白いと思ったことが、一番自分を成長させます。私自身も科学者の方々に絵を見ていただきたいと思い、野依先生にご相談して、理研に飾っていただくことになったわけです。 私は、自分が関心・興味を持って歩む先は、皆すべて自分のテーマだと考え、ライフテーマを「路」と定めました。中でも「命」が私にとって一番大事なテーマであり、「生」にかかわり合いのある風景を描いてきました。 以前住んでいた名古屋の家が崖の側にあり、春になると山桜の古木が満開になります。風が吹くと花びらが崖の下にある川へと舞っていく。やがて雨が降り、増水する前の様子は、画家としての私の心をとらえて離さない風景です。それを約10年間かけて「雨」というシリーズとして発表してきました。日本人が「命」を感謝しつつ楽しめるのは、四季がはっきりしているからです。四季の中で生まれた思想や哲学が、おそらく日本文化の特徴になっています。 西洋人は、図法も透視図法でないと納得がいかない。東洋人の場合はフリーハンドで、「逆遠近」といって論理的には訳の分からない図法で、自在に、勝手に描いてしまう。写真では絶対に撮れない世界です。例えば、江戸の浮世絵師たちが、自分たちの想像で自在に描いた。そのような日本のさまざまな文物が、明治初めのパリ万博のころに西洋へ入っていきます。それまで西洋の合理性でしかあり得なかった芸術の世界に、まったく不合理・非合理のものが現れた。しかもそれは、大変優れた世界を持っていたのです。300年間鎖国していた極東の島国で、こういう優れた世界が出来上がっていた。これは良い研究材料だと、パリを舞台にして、画家や工芸家、建築家などアートといわれるあらゆるジャンルの人々の間で、日本ブームが巻き起こりました。画家ではモネ、ゴッホ、セザンヌなどの印象派の人たちが、日本の風俗や技法を取り入れることに夢中になった。彼らを夢中にさせたエッセンスは、デザインです。それは知らず知らずに日本の匠たちが蓄え、さまざまな生活様式の中へ折り込んでいったものです。そのデザインのもとになったのが家紋です。欧州にも家紋がありますが、描かれている対象は狭い。日本の家紋のモチーフは、生き物や大自然、藤や月や竹……、ありとあらゆるものです。印象派の画家たちは、そのデザインに驚いたわけです。 このようなわが国の先輩たちの功績を、私たちがどのように残していけるのか。私は画家なので、「路」というライフテーマの絵の中に、世界に大きな影響を与えたデザインを大事に折り込んで、後輩たちに残していきたい。 西洋や東洋との交換は、大いに進めなければいけませんが、自分の立脚点を軽んじては交換の意味がなくなります。それぞれの国の人たちが、自分たちの文化に誇りを持って交換し合えば、芸術の力として文化に貢献していけるのだと思います。 |
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「科学論説懇談会」を実施
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新聞・テレビの論説委員で構成される科学論説懇談会のメンバー23名と、野依良治理事長、バイオリソースセンター(BRC)の森脇和郎センター長(当時)、小幡裕一基盤開発部長(当時、現センター長)との懇談会が3月16日、理研東京連絡事務所(千代田区)で実施されました。野依理事長が冒頭に「理研の使命と産学との連携」と題してあいさつし、引き続き森脇センター長が「BRCの戦略」、小幡基盤開発部長が「今後のBRC」について説明し、科学論説懇談会のメンバーと理研の運営等について意見交換を行いました。特に生物遺伝資源に関するテーマが関心を呼び、活発な質疑応答が行われました。 |
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愛・地球博で「植物力」を講演
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2005年日本国際博覧会(愛・地球博)の中部地方9県による「中部千年共生村」パビリオン(愛知県長久手町)で5月4日、植物科学研究センター 吉田茂男コーディネーター(元・中央研究所吉田植物機能研究室主任研究員)が、「イオンビームでアサガオが変身!? 世界に一つだけの花を咲かせよう!」をテーマにワークショップを行いました。突然変異の仕組みを利用して植物の新種を生み出す技術を紹介するとともに、イオンビームで生まれた新種の花を参加者に配布しました。「1000年先まで持続可能な社会」の実現を目指し、「植物力」を活用した技術が興味を引き、たくさんの参加者がありました。 |
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平成17年度「産業界との融合的連携研究プログラム」
募集について |
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当研究所は、5月9日から「産業界との融合的連携研究プログラム」の研究課題の提案受け付け(締め切り:7月29日(金)必着)を開始しました。本年度は2課題程度を選定する予定です。この制度は、企業のイニシアティブを重視した理研の新しい共同研究の仕組みで、1,研究テーマ、チームリーダーとも企業が主体となり、理研の研究人材や設備等を活用する提案に基づき、2,研究計画を共同で作成し、3,理研の知的財産戦略センター(丸山瑛一センター長)に時限の研究チームを編成して、研究を実施します。今回の募集については、事前相談窓口(知的財産戦略センター企画戦略チーム、電話:048-467-5459)へお問い合わせください。また、理研の研究者データベース等は下記のホームページでご覧いただけます。 http://www.riken.jp/lab-www/icr/yugorenkei/html/index.html |
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受賞のお知らせ(2004年12月〜2005年1月)
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DRI:中央研究所、FRS:フロンティア研究システム ※受賞者の所属は受賞当時のものです。 |
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一隅を照らす
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和光の理研中央研究所を離れ、西播磨の地、三原栗山(SPring-8)に、私が赴任して10年目となる。この間、日本で最初の挿入光源型結晶・小角散乱ビームラインBL45XUの小角ブランチを試行錯誤しながら設計・建設し、1997年7月に最初の光を出すことができた。ビームラインが軌道に乗った1999年度以降は、小角散乱に関して年間約3800時間の運転時間を切り盛りしている。ビームライン業務は他人の研究を手伝う必要性もあることから、当然人気があるわけではない。X線撮影が世界一と同僚に評された大阪大学 三井利夫教授の研究室で学んだ私がこの仕事を選んだ理由は、自分のビームラインで特色ある研究を推進し、タンパク質の“生の姿”に迫りたいと考えたからであった。しかし、諸般の事情で当初のビームライン計画を大幅に縮小せざるを得なかった。その中で寄生散乱が少なく平行度の高い理想的な光を用いた研究、すなわち、「無垢清浄光 慧日破諸闇※1(無垢(むく)清浄な光が 太陽の光のように諸々(もろもろ)の闇(やみ)を破り真実を照らす)」という戦略を堅持してきた。1999年以降は、以前からアイデアを暖めていたビームライン用の微小サンプル容量高圧セルの作製に取り掛かった。タンパク質は酵素反応の際、体積が変化するので、高圧という軸を導入すると新たな知見が得られると期待されているからである。勉強を重ねて高圧セルの設計図面を描いてみたものの、「技術的に難しくもうけにならない」と、どの業者も取り合ってくれない。当時、「高圧に困ったら最後に頼む所」として知人に紹介されたのが、神戸の下町にある湊川鉄工所であった。崩れ落ちそうな社屋の中で守時正人(もりときまさと)と名乗る初老の設計者の前で、自らの図面を片手に自分のやりたいことを一生懸命説明した。「図面でその人の技術レベルが分かります。私は老い先短く、助けられる人も限られているのでよく考えさせてください。もう一度来てください」と守時氏はおっしゃる。再度、湊川に赴いて長時間懇願した後、「あなたの出世のためではなく、人様のお役に立つものなら助けてあげましょう」と承諾していただいた。最近になって、守時氏が日本高圧力学会の元会長で、アメリカ商務省の日本技術視察団が訪問したという伝説の技術者、“守時博士”であるということを知った。 P. W. Bridgman(ブリッジマン)が半世紀以上も前に高圧に関してノーベル賞を受賞しており、今さらなにゆえそんなに難しいのかと思われるかもしれない。パッキン構造はまったく同じでも、サイズを変えるだけで高圧が維持できなくなる。そこが、人が加工する機械の奥深いところである。タンパク質小角散乱では頻繁に試料を入れ替え、昇圧・降圧を繰り返すため、通常より厳しい耐圧性が要求される。問題が生じるたびに工場を訪れ、守時博士や名旋盤工の山根晴雄さん、丸山展弘(のりひろ)社長と相談して対策を立てるということの繰り返しであった。バブル崩壊後の不景気による業者の時間的余裕も幸いした。現在、3号機の高圧セルを製作し、営業運転に向けて準備中である。 私の研究姿勢に共鳴してくださった大阪大学蛋白質研究所の高橋聡(さとし)博士が高速混合装置を持ち込み、世界で唯一、タンパク質の折り畳みをサブミリ秒で計測する仕事も舞い込んできた。放射光ですべてが分かるというわけではないが、ビームラインを維持しユーザーのお世話をするという地味な仕事が、「一隅を照らす※2」ことにつながればと精進する日々である。 ■
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