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電子集団の未知の現象を見つけ出す
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強相関電子系とは
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「子供のころ、エジソンや湯川秀樹、アインシュタインにあこがれました」と古崎主任研究員は振り返る。「もともと科学や数学が好きで、小学校6年生のときに相対論をやさしく紹介する本を読み、ブラックホールや宇宙論に興味を持つようになりました。やがて大学で物理を学ぶようになり、大学3年生のときに高温超伝導のブームが起きた――それが物性物理の研究に入る一つのきっかけです」
1986年、従来よりも高い温度で電気抵抗がゼロになる高温超伝導物質が発見され、世界中にブームが巻き起こった。高温超伝導は「強相関電子系」と呼ばれる特殊な電子集団で起きる現象の一種である。では、強相関電子系とはどんな電子集団なのだろうか。 金属の中では、原子から一部の電子が離れ、プラスの電気を帯びたイオンが整然と並んで結晶格子(けっしょうこうし)をつくっている。そして原子から離れた電子は、結晶格子の中をばらばらに自由に動き回っている。このような電子集団が引き起こす現象は、従来の物理学でうまく説明できた。 強相関電子系は、銅酸化物やマンガン酸化物など遷移金属の酸化物や、電気を通す有機物で見られる。そこにも原子から離れて動くことができる電子があるが、金属の中のように自由には動き回れない。例えば、物質を形づくるイオンの結晶格子が碁盤の目のように並んでいて、各イオンに1個ずつの密度で、動くことができる電子があるとする(図1)。しかし電子の入る軌道が狭いので、電子が隣の電子に移動しようとすると、もともとそこにあった電子と接近し過ぎて、マイナス同士の電気的な反発力(クーロン斥力)で、はじかれてしまう。 「(図1左は)動くことのできる電子が反発し合って身動きがとれなくなり、電気が流れない絶縁体の状態です。これをモット絶縁体と呼びます。このモット絶縁体から電子を抜き取っていくと、電子は互いになるべく近づかないように反発し合いながら、協力して少しずつ動けるようになります。このような状態の電子集団が強相関電子系です。この状態でさらに電子を抜き取って、電子が自由に動きやすいようにすると、通常の金属になります」 電子集団と物質の性質について考えるとき、電気的な反発力とともに重要なのが、電子のスピンである。量子力学以前の古典物理学のイメージでは、スピンとは地球の自転に似た運動で、電気を帯びた電子が自転することで磁力を帯びる。量子力学では、電子スピンは上向きか下向きのいずれかの状態をとる。電子は、いわば小さな棒磁石のような性質を持ち、そのN極が上を向くか下を向くかしているのだ。従って、電子同士が近づくと磁力が働く。二つの棒磁石のN極S極同士を同じ向きにそろえて並べようとすると反発し、向きを交互にすると安定になる。それと同じように、図1のような条件のモット絶縁体では、電子のスピンは上向き、下向きが交互に並んで安定化する(図2 左)。しかし、そこから電子を抜き取った強相関電子系では、スピンの向きのパターンが異なってくる。ある条件では、スピンの向きが全部そろった方が安定化し、その場合は物質全体が磁石になる。 このようにスピンの特別なパターンが、物質に新たな機能をもたらす。例えば、高温超伝導のメカニズムはいまだ完全には解明されていないが、スピンのパターンが重要な鍵を握っていると考えられている。スピンのパターンは電気抵抗にも関係する。1990年代、東京大学の十倉好紀(とくらよしのり)教授は、マンガン酸化物の強相関電子系で、磁場のかけ方を少し変えるだけでスピンの向きがそろい、電気抵抗が100万分の1以下に激減する「超巨大磁気抵抗効果」を発見した。この現象を磁気記憶装置などへ応用する研究が盛んに行われており、十倉教授はノーベル賞の有力候補との呼び声も高い。「強相関電子系には、ほかにも新たな機能をもたらす不思議な現象が潜んでいると考えられ、物性物理でいま最も注目されている物質系の一つとなっています」 |
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単純そうで解けない、超難問
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古崎物性理論研究室では、さまざまな条件の強相関電子系を理論的に検討し、電子集団の未知の現象を見つけ出そうとしている。未知の現象が隠されているはずだと考えられる条件の一つが、スピンの「フラストレーション」である。例えば、三角格子の電子Aのスピンが上向き、Bが下向きだった場合、残った電子Cのスピンはどちらを向くのか(図2 中央)。この場合、上を向くとAと反発し、下を向くとBと反発する。「あちらを立てると、こちらが立たず。このような状態がフラストレーションです。三角格子では、どのようにスピンの向きが安定化するか理論的に分かっていますが、例えば三角形と六角形が組み合わさったカゴメ格子(図2 右)では、どのようにスピンが向くと最も安定になるのか、難し過ぎて現在でも理論的に解けていません。このように単純そうに見える問題でも、なかなか解けない超難問がある。それがこの分野の面白いところです」
スピン間に働く力や温度などを連続的に変えていくと、あるときスピンのパターンが突然変化することがある。温度を下げていったとき水が氷になるように、条件を変えていったときに物質の状態ががらりと変わることを「相転移」と呼ぶ。スピンのパターン変化も相転移の一種である。 「どのようなスピンのパターンがあり得るのか、そしてどのようなスピンの相転移があり得るのかを調べることが、電子集団の不思議な現象を見つけるための一つの方法です。絶対零度(−273.15℃)では、スピンのパターンは一つに決まると考えるのが常識ですが、フラストレーションが強く起きるようにすると、スピンのパターンが一つに決まらず大きく揺らいだ状態(スピン液体)になるかもしれません。そのような従来の常識を覆す状態を理論的に予測し、示せたら、大きな成果だと思います」 |
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電子の違う顔が現れる
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スピンのパターンは、棒磁石を並べたときのN極S極の向きとしてイメージできる場合もあるが、日常感覚ではまったく理解し難い現象も起きる。
「電子を直線上(1次元)に並べたときには、普通に考えると、スピンの上向き・下向きが交互に並ぶことが予想されます(図3 左)。しかしある条件では、スピンが半分ずつに分かれ、隣の半分のスピンと上向き・下向きのペアをつくり磁力を打ち消し合います(図3 右)。隣同士の電子のスピンが量子力学的に重なり合った状態です。このとき面白いことに、ペアを組めない両端に、角運動量(回転の強さ)が半分のスピンが残るという奇妙な現象が起きます」 1980年代、ある種の2次元の電子系に極低温で強い磁場をかけると、電子の電荷が分数倍の値を示す現象が発見された。通常の電荷の1/3や1/5といった半端な電荷を持つ電子が発見されたのだ。これは「分数量子ホール効果」と呼ばれ、その発見者らと、この現象を理論的に解明したRobert(ロバート) B. Laughlin(ラフリン)教授には、1998年にノーベル物理学賞が贈られた。「分数量子ホール効果は、物性物理のいろいろな現象の中で、最も不思議な現象の一つだと私は思います。一つ一つは普通の電子なのに、ある条件で集団として集まったときに、分数倍の電荷など、不思議な性質の電子が現れる。1次元上に電子を並べると、端に半分の角運動量のスピンが現れる現象もその一例です。ほかにもこのような現象があるはずです。ぜひ新たな現象を理論的に追求し、見つけたいと思っています」
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ナノの世界の電子
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電子の未知の現象を探す舞台として、強相関電子系と並び有力なのが、電子を極微の空間に閉じ込めた量子ドットや、極めて細い炭素の管であるカーボンナノチューブのようなナノスケールの物質系である。
「例えば、半導体の量子細線やカーボンナノチューブのように、電子が1次元方向にしか動けない場合を考えます。極低温では、電子は電気的な反発力で等間隔に並ぼうとしながらまとまって運動します。これも一種の強相関電子系です。そこに電子がほんの少しだけ通りにくい関所(せきしょ)を1ヶ所設けると、絶対零度では電子がまったく流れなくなってしまうことを、理論的に突き止めました。それは従来の理論の常識を覆す現象で、理論計算からこのことを見つけたときにはとてもわくわくしました。電子がばらばらに動いている場合なら、その関所を次々に電子が通り抜けることができます。しかし、等間隔に並ぼうと互いに影響し合いながら運動していると、どんなにわずかな障害も集団全体の運動のネックとなる不思議な現象です」。古崎主任研究員のこの理論予測は、後に半導体の量子細線やカーボンナノチューブを用いた実験で確かめられた。
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電子集団に潜む無限の可能性
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「一つ一つの電子の振る舞い方を説明する理論は、すでに完成しています。基本法則で分からないことは何もない。しかしたくさんの電子が集まり、相互作用しながらまとまって運動すると、未知の現象が起こり得ます。ある人は、それを将棋や囲碁に例えています。ゲームのルールは決まっている、しかしそこから、さまざまな新しい名局が生まれる。電子の集団も、まったく予想もできない現象が隠れている可能性を無限に秘めています」
2005年、強相関電子系の未知の現象を探究し、新たな機能を持つ物質の創製を目指す「電子複雑系科学研究推進グループ」が理研中央研究所で立ち上げられた。高木磁性研究室など実験系の研究室とともに、古崎物性理論研究室もグループの一員である。「実験系の研究室と連携して、そこでつくられた物質の特性を理論的に解明する研究を進めていきます」。すでに、高木磁性研究室でつくられたpyrochlore(パイロクロア)というフラストレーションが極めて強い格子構造を持った強相関電子系の磁性の理論研究などが行われている(表紙上段)。 「ただし、具体的な実験データを説明するだけの理論家になってしまっては面白くありません。抽象化された理論モデルの研究と、うまくバランスを取っていきたいと考えています。抽象化された理論モデルで新しい普遍的な現象を予測し、発見できれば、いろいろな物質に応用できるはずです」 古崎物性理論研究室で発見される未知の現象が、未来社会の姿を大きく変えるかもしれない。■
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サイトカインシグナルから亜鉛シグナルへ
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サイトカインとは
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「一つのことを徹底的に掘り下げて行けば、横に広がる普遍的な鉱脈に行き着くのではないか。それが私の研究方針です」
その言葉の通り、平野俊夫グループディレクターは30年来、サイトカインの一種であるインターロイキン6(IL-6)の研究を行ってきた。サイトカインとは、細胞間の情報伝達を担うタンパク質の総称である。IL-6は、リンパ球のB細胞に働いて抗体を産生させる因子として平野グループディレクター自身が1982年に発見し、1986年には遺伝子の塩基配列を決定した。 初めに、アレルギーの発症を例にサイトカインの働きをごく簡単に紹介しておこう(図1)。外界から花粉などのアレルゲン(抗原)が体内に侵入してくると、樹状細胞が抗原を取り込んで分解し、その一部を細胞表面に出して(抗原提示)、ヘルパーT細胞に抗原の情報を伝える。抗原の情報を受け取ったヘルパーT細胞は、サイトカインを出す。サイトカインにはたくさんの種類があり、この場合はIL-4、IL-5やIL-6を出して、B細胞に「免疫グロブリンE(IgE)をつくる抗体産生細胞に変化せよ」「IgEをつくって放出せよ」という情報を伝える。放出されたIgEはマスト細胞の表面に結合し、花粉などを捕らえるとヒスタミンなど化学物質が放出され、鼻水などのアレルギー症状を引き起こす。サイトカインはこのような免疫系のみならず、炎症反応や血液系、内分泌系、神経系にもかかわり、生体防御や体づくりなどにおいて重要な役割を果たしていることが明らかにされている。 「サイトカインは、細胞の表面にある受容体に結合することで、細胞から細胞へと情報を伝えます。サイトカインが受容体に結合すると、その刺激を受けて細胞内でさまざまな分子が生化学反応を次々と起こしながらシグナルを伝達し、最終的に増殖、分化、移動など、細胞の運命が決定されます。細胞内のシグナル伝達機構は複雑です。細胞の中でいったい何が起きているのか。それを理解したくて、自らが発見したIL-6をモデルに地道な仕事をコツコツと30年やってきたのです」 |
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関節リウマチを発症するモデルマウス
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平野グループディレクターは、まずIL-6が結合する受容体のgp130というサブユニットに注目し、2002年に画期的な成果を得た。「gp130のY759という部分のアミノ酸配列を1個だけ人工的に置き換えたノックインマウスで、ヒトの関節リウマチにとても似た症状が現れたのです。サイトカインシグナル異常で関節リウマチを発症するマウスは、世界で初めてでした」
関節リウマチは、関節が炎症を起こして変形したり、壊れてしまう病気で、日本人の1%弱がかかるといわれている。異物を攻撃する免疫システムが自己を攻撃してしまう自己免疫疾患の一つだが、その発症機構はほとんど分かっていない。このマウスでは、樹状細胞の異常や、抗原の情報を記憶しているメモリー細胞の増加などが見られる。このマウスを研究することで、関節リウマチの発症機構に迫ることができるのではないかと期待されている。 関節リウマチの発症機構の解明に向け、平野グループディレクターには戦略がある。「ENUミュータジェネシスです。それは、理研でしかできません」 ENUミュータジェネシスとは、エチルニトロソウレア(ENU)という化学物質を使って遺伝子に点突然変異をランダムに起こし、どのような変異体が現れるかを網羅的に調べる手法である。ENUミュータジェネシスの世界屈指の技術と設備を有するのが、理研ゲノム科学総合研究センター(GSC)だ。免疫・アレルギー科学総合研究センター(RCAI)の研究グループやチームはGSCと共同で、ENUミュータジェネシスを行って免疫系に異常が現れたマウスを見つけ、原因遺伝子の特定を進めている。その中でも、サイトカイン制御研究グループは一歩進んだENUミュータジェネシスを行っているという。 「関節リウマチを発症するノックインマウスに、ENUミュータジェネシスを行い、関節リウマチをより発症しやすくなるマウスや、逆に発症しなくなるマウスを見つけ、その原因遺伝子を特定します。関節リウマチの発症にかかわる遺伝子を数多く見つけ、その関係を明らかにしていくことで、初めて関節リウマチ、さらには自己免疫疾患の普遍的な発症機構の解明に近づける。これができるのは、世界中でも私たちだけです」 |
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マスト細胞の脱顆粒のシグナル伝達機構
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IL-6のシグナルが伝達される経路は、大きく二つある(図2)。STAT(スタット)3を介する経路と、SHP(シップ)2とGAB(ギャブ)を介する経路である。サイトカイン制御研究グループでは、IL-6のシグナル伝達機構において重要だと考えられるSTAT3とGABに注目し、その働きを調べている。最近の成果を紹介しよう。
まず、GABの研究によって明らかになったのが、マスト細胞における「脱顆粒」のシグナル伝達機構である。マスト細胞の表面に結合しているIgEがアレルゲンを捕らえると、ヒスタミンやロイコトルエンなどの化学物質がマスト細胞から放出され、鼻水やくしゃみといったアレルギー症状が引き起こされる。化学物質はマスト細胞中に存在する顆粒に含まれており、脱顆粒により細胞外に放出される(図1)。 「脱顆粒が起こるためには、顆粒膜とマスト細胞の細胞膜が融合する必要があります。細胞膜融合の過程はよく研究されており、カルシウムが必須であることが知られています。私たちは、その経路以外に、顆粒が細胞膜まで移動することが大事であることを世界で初めて明らかにしたのです。そして、その経路はカルシウムを必要としないこと、微小管が必須であることを突き止めました(図3)。さらに、この過程にはGab2が重要な役割を果たしていることも明らかにしました」 マスト細胞以外の免疫細胞や神経細胞における脱顆粒でも、今回明らかになったものと同じシグナル伝達機構が働いていると、平野グループディレクターは考えている。また、顆粒の細胞膜への移動過程は、アレルギー治療薬開発の新たなターゲットとしても有望である。
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サイトカインシグナルと亜鉛シグナルのリンク
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STAT3の研究からは、「亜鉛シグナル」という注目すべき新しい展開があった。「STAT3は、ほかの遺伝子に結合して発現を調整する転写因子です。STAT3がどの遺伝子に働いているのかを調べたら、LIV(リブ)1にたどり着きました。そしてLIV1は細胞の中に亜鉛を入れる亜鉛輸送体であることが分かったのです(表紙下段)。さらに、亜鉛のシグナルがSnail(スネイル)という転写因子を制御することで、細胞は隣の細胞から離れて可動性を獲得し、移動できるようになることを明らかにしました」と平野グループディレクターは解説する。
これは、ゼブラフィッシュの受精卵を用いて、発生初期に細胞が大移動をする原腸陥入を詳しく調べることで明らかになった。上皮(じょうひ)系の細胞は、Eカドヘリンなどの接着分子によって隣の細胞と密着している(表紙下段 右上)。原腸陥入のときには、Eカドヘリンの発現が抑えられて細胞間の接着が弱くなり、ばらばらな間葉(かんよう)系細胞となって移動していく(表紙下段 左上)。細胞がしかるべきところに到着すると、再びEカドヘリンが発現して細胞同士が密着し、上皮系細胞に戻る。これを「上皮―間葉転換」という。これまでにSnailがEカドヘリンの発現を抑えることは分かっていたが、Snailがどのように活性化されるかがまったく分かっていなかった。Snailの活性が亜鉛シグナルによって制御されていたという今回の発見は、平野グループディレクターにとっても驚きだったという。その理由をこう語る。 「亜鉛は必須栄養素の一つで、欠損すると成長障害や免疫不全を起こすことは古くから知られていました。しかも、亜鉛と結合していないと構造を保てない亜鉛要求性の酵素や転写因子がたくさんあります。Snailもその一つです(表紙下段 下、蛍光部分)。亜鉛が重要であるというのは常識で、これまでも構造的な面からの研究はされていました。しかし、シグナルと結び付けた研究は皆無だったのです」 上皮―間葉転換は、器官の形成や傷の治癒など、さまざまな生命現象に普遍的な現象だ。がん細胞が転移するときにも、上皮―間葉転換が起きている。「今回の発見は、がん転移の予防や再生医療にもつながるでしょう。亜鉛が欠乏すると免疫不全が起こることから、亜鉛シグナルは免疫系とも関係しているに違いありません。その意味でも、サイトカインシグナルと亜鉛シグナルのリンクの発見は画期的です。すでに、亜鉛が免疫応答やアレルギー反応にどう影響を及ぼしているか、研究を始めています。かなり面白いデータが出てきていますよ」と平野グループディレクターは語る。 「亜鉛シグナルの研究者は、世界的にもまだ少ない。すべてこれからです。“サイトカインシグナルから亜鉛シグナルの世界へ”。そんな形で展開できるのではないかと、ワクワクしています。20世紀はカルシウムシグナルが脚光を浴びた。21世紀は亜鉛シグナルが脚光を浴びるかもしれません」 最後に、平野グループディレクターが目指す研究のアウトプットは何か? 「免疫機構を明らかにして、最終的にはアレルギーや自己免疫疾患を制御したいというのが、RCAIの任務です。それは、私の思いでもあります。サイトカインシグナル、そして亜鉛シグナルの研究を介して、生命現象により普遍的な原理を見つけたいというのが大きな夢です。また最終的に医療へ応用することができたらいいと思っています」■
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メタボリックシステムの解明を目指して
篠崎一雄 植物科学研究センター長に聞く |
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メタボローム解析の時代へ
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――第1期の成果には、どのようなものがありますか。篠崎:第1期では、植物科学の基礎研究を進める「植物に学ぶ」と、研究成果を産業に応用する「植物を活かす」という二つの分野の研究プロジェクトを進めてきました。 基礎的な研究では、葉にある青色光に反応するセンサーの機能分担の解明、種子の発芽を制御する遺伝子の発見、植物ホルモンであるブラシノステロイド受容体の分子機構の解明、根からの栄養分の吸収を調節する分子の解明など、多くの成果が挙げられました。 産業応用では、重金属などで汚染された土壌を植物によって修復する技術をはじめ、38件の特許出願を行いました。植物の能力を環境保全や健康に活かすことは、私たちの重要な課題です。光合成によってつくられた糖や脂質などの一次代謝物をもとにつくられる二次代謝物には有用なものが多く、例えばアントシアニンやイソフラボンは健康に良いと注目されています。これまでに、アントシアニンを蓄積する植物や、有用な二次代謝物を効率的に産生する根の培養システムも開発しています。 ――第2期では何を目指すのでしょうか。 篠崎:PSCの第2期のテーマは「メタボリックシステムの解明」です。 生物がつくり出す代謝物を総称して「メタボローム」と呼びます。植物の代謝物は、非常に多様です。ヒトの代謝物は2500種類といわれていますが、シロイヌナズナは5000種類、植物全体では10万〜20万種類に上るといわれています。私たちは、すべての代謝物の種類と量を網羅的に解析し、代謝物と遺伝子の発現、転写因子、タンパク質との関係を明らかにすることを目指しています。ゲノムから代謝物まで全体をシステムとして解析することが、新しいゲノム時代には必要なのです。 メタボローム解析の研究基盤をつくるため、新たにメタボローム基盤研究グループ(斉藤和季グループディレクター)を立ち上げました(図1)。このグループでは、種々の質量分析計(図2)や理研オリジナルの技術である多次元NMRによる代謝物の網羅的な解析技術を開発します。質量分析計では試料をすりつぶしますが、多次元NMRでは生きたままの試料の代謝をリアルタイムで見ることができる上に構造も分かるため、メタボローム解析の強力な武器となるでしょう。プロテオーム解析用であったものを、島津製作所と共同でメタボローム解析用に改良した超高性能の質量分析計も、間もなく動きだします。 ――メタボローム解析はPSCの独壇場ですか。 篠崎:いいえ。慶應義塾大学の先端生命科学研究所では、CEMS(キャピラリー電気泳動質量分析法)を使って微生物とヒトのメタボローム解析を行っています。(財)かずさDNA研究所でも、植物のメタボローム解析を行っています。それぞれの特徴を活かしてオールジャパンの体制をつくり、国内外の研究機関と協力していきます。慶大とは6月に「メタボローム研究に関する基本合意書」を締結しました。 ――メタボリックシステムの解明が進むと、どんなことが可能になるのですか? 篠崎:モデル植物であるシロイヌナズナやイネの全ゲノム配列の解読が終了し、その中から私たちの健康や食糧、環境保全に貢献する重要な遺伝子が次々に見つかってくるでしょう。さらにメタボリックシステムの解明によって代謝物と遺伝子の関係が分かれば、効率的に植物の生産力を質的・量的に向上させることも可能になります。 また、植物の代謝物には健康に良いといわれるものが多く、医薬品は植物の代謝物由来のものがたくさんあります。新たな有用代謝物が発見されれば、医療や食品産業にも大きなインパクトを与えるでしょう。 |
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モデル植物から作物へ
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――最近注目されている研究には、どのようなものがありますか。篠崎:生産機能研究グループ生産制御研究チームは、インディカ米のハバタキという品種で粒数を増加させる遺伝子を発見し、その遺伝子をコシヒカリに導入しました。しかし、多収性になると倒れやすい。そこで背を低くする遺伝子も導入して、多収性で倒れないコシヒカリをつくりました。この技術は、ほかの作物にも適用できます。生産機能研究グループ形態制御研究チームは、木質形成のキーとなる重要な転写制御遺伝子を見つけました。これを応用することで、例えば、パルプの原料となる木質部分の大きいユーカリをつくり出すことも可能になります。 新しい植物科学では、「モデル植物から作物へ」という流れが当然出てきます。基礎研究においても、作物や樹木を意識した研究が必要です。 ――作物や樹木に展開していく場合、栽培施設の問題はありませんか? 篠崎:PSCでは、東棟9階の温室や栽培室でシロイヌナズナやイネを栽培しています(図3)。PSCだけですべてやる必要はありません。農林水産省や大学、研究所、企業と協力していくことが、PSCの正しい生き方だと思います。具体的には、横浜市立大学との連携を進めています。 ――遺伝子組換え作物に抵抗を感じている消費者もいます。 篠崎:遺伝子組換えによって、従来の作物とどう変わっているのか分からないから不安なのです。“食べ物として実質的に同じですよ”という科学的なデータが出せれば、非常に説得力がありますよね。メタボローム解析の技術は、それを可能にするでしょう。世界で栽培されている遺伝子組換え作物は年々増えています。正確な情報を出して、安全性をきちんと評価するシステムを提供することが重要だと思っています。 |
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ターニングポイントは2020年
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――PSCの今後の展望をお聞かせください。
篠崎:PSCの第2期は、15年という長期的なビジョンで考えています。2020年はちょうどターニングポイントなのです。人口増加による食糧とエネルギーの危機が、2020年に顕在化するといわれています。植物は、食糧と直結しています。また、石油の代替として、植物由来の脂質やデンプンから発酵により得られるエタノールなどのバイオ燃料が注目されています。人類が2020年の危機を回避できるかどうかは、植物科学にかかっているのです。 人の健康、食糧増産そして環境保全。人類が直面するこの三つの重要な課題を克服し、持続的社会を実現するために具体的な貢献をする、PSCは、そういう強い意識を持って研究を進めていきます。■ |
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「2005年理化学研究所科学講演会」を開催
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関西地区を拠点に研究を進める4人の研究者の発表を中心に行われた「2005年理化学研究所科学講演会」。10月11日、当日はあいにくの雨模様となりましたが、約200名の熱心な聴衆が、「光」を使った最先端の研究の話に聞き入りました。また、会場入り口では「RIKEN Art & Science展」が開催されました。理研の播磨研究所と神戸研究所がパネル展示や顕微鏡観察の実体験コーナーを設け、さらに、理研が提供した研究データを、神戸芸術工科大学とArsnote Lab. のアーティストがアート作品にして展示。科学とアートの新たな融合という試みに、来場者の関心が集まりました。 |
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夢の光:X線自由電子レーザー
北村英男 理研播磨研究所 北村X線超放射研究室 主任研究員 |
私たちは、播磨研究所にあるSPring-8をしのぐ機能を持つ新しいX線発生装置として、「X線自由電子レーザー」の開発に取り組んできました。この装置の技術開発では、X線の波長をそろえるために「アンジュレータ」と呼ばれる部分が非常に長くなってしまうのがネックでした。そこで私たちは、アンジュレータに「真空封止型」という方式を採用、さらに真空超高電圧熱カソード、高加速勾配(こうばい)加速管といった技術によって、全長0.8kmと、欧米で開発進行中の装置の4分の1以下の規模で、世界最高性能のX線を発生させるためにモデル機器の製作を進めています。 |
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SPring-8による考古資料の活用:古鏡の研究
樋口隆康 京都大学 名誉教授/財団法人 泉屋博古館 館長 |
文化財の研究では、素材の成分分析も重要な手段であり、その際、非破壊的な方法を用いることが望まれています。古代鏡の分析を例に取ると、これまでは通常のX線管を利用した蛍光X線分析法が使われてきましたが、表面部分のさびの付着などのため分析精度は高くありません。私たちは最近、高エネルギーX線を発生して非破壊で物体の内部分析ができるSPring-8を用いて、古代鏡を分析しました。古代鏡に含まれる微量成分である銀とアンチモンのデータを解析して、中国産・日本産という産地の違いのほか、中国の三国西晋時代か日本古墳時代かというように、時代の違いも識別できることを明らかにしました。 |
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生殖細胞:全遺伝情報を刷新・継承する仕組みとは?
斎藤通紀 理研神戸研究所 発生・再生科学総合研究センター 哺乳類生殖細胞研究チーム チームリーダー |
多細胞生物の細胞は、「体細胞」と「生殖細胞」に大別されます。生殖細胞は、潜在的に生体内のあらゆる組織をつくることができる能力、「全能性」を有し、特に哺乳(ほにゅう)類の生殖細胞では、発生過程において遺伝子の発現が「ゲノム刷り込み」という高次の制御を受けることなどが分かっています。私たちは、マウスの細胞を使って、ヒストンというタンパク質にだけ付く“マーク”を観察しました。すると、生殖細胞では、体細胞に特徴的な遺伝子の発現を抑えるようなマークはどんどん消えていき、代わって、全能性を持つ細胞に特徴的なマークが新しく出現することを発見しました。 |
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生体分子イメージングによる病態解明と創薬の飛躍的推進
渡辺恭良 大阪市立大学 教授/理研和光研究所 フロンティア研究システム 分子イメージング研究プログラム 分子プローブ動態応用研究チーム チームリーダー |
生体を傷つけることなく、生体分子の情報を画像化・観測でき、定量化まで行える「生体分子イメージング」が注目を集めています。PET(Positron Emission Tomography、陽電子放射断層撮影装置)は、生体分子イメージングに用いられる重要な手段の一つで、放射性同位体を付けたPET標識化合物を追跡します。これまでに私たちは、PETを用いて、小児自閉症の発症に関連すると考えられる物質のイメージングなどに成功しています。今後は、新たな標識化合物の開発を中心に研究を進めるとともに、オールジャパン体制の創薬候補物質探索拠点の形成を進めていきます。 |
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「テラヘルツ光研究プログラム」を発足
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当研究所は10月1日、フロンティア研究システムに「テラヘルツ光研究プログラム」を発足させました。この研究プログラムは、かつて理研が東北大学に研究室を置いたことに由来して仙台で推進されてきた「フォトダイナミクス研究」と、理研中央研究所を中心とした「エクストリームフォトニクス研究」の連携のもとに開始したものです。 本研究プログラムはテラヘルツ光源の高度化、テラヘルツ光の新しい検出システムの開発、および、それらの応用技術の有機的融合により、テラヘルツ光の持てる潜在能力を十分に引き出し、テラヘルツ光を基軸とする新たな科学技術や産業分野を開拓することを目的としています。 |
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バイオ・ミメティックコントロール研究センターの施設を一般に公開
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バイオ・ミメティックコントロール研究センターは9月23日、「なごや・サイエンス・ひろば」事業(名古屋市主催)に共催し、施設を一般公開しました。ヒューマノイドロボットをはじめ群ロボット、音源定位ロボット、多脚歩行ロボットの動作実演や超小型汎用(はんよう)コントローラーの展示などを行い、ロボット研究やさまざまな制御技術に関する研究内容を分かりやすく紹介しました。またロボットのほかに、顕微鏡観察、高速度カメラによる瞬間の世界の体験、指先から脳の活動を観察する装置の実演なども人気があり、多くの人々がセンターの研究に高い関心を示していました。当日は晴天にも恵まれ、名古屋市近郊を中心に約650名の来場者がありました。 |
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台風一過
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周囲を見渡せば山・山・山。そんなところに播磨研究所はある。通勤経路にはヤギを飼う家。夜は信号の下でシカが跳ねる。昨年は近くでクマが目撃され、注意が喚起されたようなところである。 2004年8月30日。台風16号襲来。暴風警報の発令に伴い、帰宅命令が出た翌日。SPring-8蓄積リング棟(SR棟)被災。葛飾北斎が描いた「富嶽(ふがく)三十六景」の神奈川沖浪裏(なみうら)の大波のように、屋根の金属板が軒先から褶曲(しゅうきょく)し、あとに断熱材が飛び散っている。メーリングリストには被災を物語るメッセージ。 |
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しかしこれだけでは終わらなかった。次週の9月7日。今度は台風18号が接近。SR棟はまたも被災。現場からの実況メール。 |
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応急工事を進めながら、被災原因の調査が始まる。(財)高輝度光科学研究センター(JASRI)のメンバーを筆頭に、SR棟屋根を何周も歩き、現場の観察を重ねていく。JASRIと理研で共同チームを結成し、観察結果をもとに議論。度重なる議論と調査の結果、ついに原因を特定。原因が分かれば次の段階。共同チームは、被害の再発を防ぐ性能を持った部品を新たに設計し、工法ミスを防ぐ作業手順を考え、現場作業員への教育にまでかかわった。復旧工事は、SR棟建設時のように、理研・JASRI・業者が一丸となって行われた(詳しくは、http://www.riken.jp/r-world/press/050407/参照)。そして2005年9月。復活したSR棟は、台風14号の強風に耐え、播磨の山中に健在である。 さて、去年・今年の台風は、日本全国に甚大な被害を及ぼした。大被災地の一つ、宮崎県椎葉(しいば)村は、平家の落人伝説が残る深山である。昨年・今年の台風によって多くの斜面崩壊が発生した。9月下旬の時点では、同村大河内地区への通行可能な道路は1本を残すのみで、復旧も未定とのことであった。さらに、多くの地形が大きく変わっていた。小川の底が道路より高くなっていたり、沢にかかる橋が30mほど下流に移動していたり、直径50cm超の大木が幹の途中からへし折れていたり。極め付きは、山が一つ無くなっていたこと。聞いた話では、豪雨で崩れた山の土砂は谷を埋め、さらに谷からあふれ出た土砂は対岸を十数mもよじ登り、対面の道路を通行不能にしたということであった。 残念ながら、自然の猛威に人間が刃向かえることは限られている。ともあれ、自然災害には気を付けましょう。 ■
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