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278[113]のアルファ壊変の様子
278[113]のアルファ壊変の様子
「113番元素を発見」より



113番元素を発見

矢野安重 中央研究所 加速器基盤研究部 部長

加瀬昌之 中央研究所 加速器基盤研究部ビーム分配技術開発室 室長

森田浩介 中央研究所 加速器基盤研究部ビーム分配技術開発室 先任研究員



原子番号113番の元素を世界で初めて発見することに、中央研究所加速器基盤研究部の研究グループ※1が成功した。113番元素は、これまで確認されている中で最も重い元素である。自然界に安定して存在する元素は原子番号92番のウランまでで、「超重元素」と呼ばれる93番以降の重い元素は、寿命が短いため自然界には存在しない。超重元素は、加速器を使って加速した原子核ビームを標的原子核に衝突させて人工的に合成することで、初めてその存在を確認できるのだ。超重元素の発見はこれまで、米国、ロシア、ドイツが激しい競争を繰り広げてきた。今回の113番元素の発見により、日本が一躍世界のトップに躍り出たことになる。113番元素は、いかに発見されたのか。超重元素の発見に挑んだ理研の3人の研究者に話を聞いた。

矢野安重部長
加瀬昌之室長
森田浩介先任研究員

自然界に存在しない超重元素を合成する
――原子番号※2113番元素は、どのように発見されたのでしょうか。
矢野:93番のネプツニウム(Np)※3より原子番号が大きい、つまり重い元素は「超重元素」と呼ばれています。超重元素は不安定ですぐに別な元素に崩壊してしまうため、自然界には存在していません。新しい元素を作るためには、標的の原子核を用意し、そこに加速した原子核ビームを衝突させて原子核反応を起こし、人工的に合成させる必要があります。
森田:私たちは原子番号113番元素を合成するため、原子番号83、質量数209のビスマス(209Bi)の標的に、原子番号30、質量数70の亜鉛(70Zn)のビームを衝突させました(図1)。亜鉛ビームは、線形加速器RILAC(ライラック)で亜鉛の原子核を光速の10%にまで加速させたもので、1秒間に2兆5000億個の亜鉛の原子核が標的を照射します。総照射時間が1920時間、80日間にも達する非常に厳しい実験でした。亜鉛の原子核とビスマスターゲットの衝突回数は1700京(1.7×1019)回にも上ります。その結果、原子番号113、質量数278の元素が1個合成され、その発見に成功したのです。
――超重元素の発見はどのように進展してきたのでしょうか。
森田:最初の超重元素である原子番号93のネプツニウムが1940年に発見されて以降、米国とロシア、ドイツが激しい競争を繰り広げてきました。93番から103番まではすべて米国が発見し、104番から106番までは米国とロシアが争い、107番から112番まではすべてドイツが発見しています。そして、今回の113番発見で、日本がトップに躍り出たのです。

図1 原子番号113元素の合成と崩壊連鎖


事の始まりは20年前
――理研での超重元素の実験は、いつから始まったのですか。
矢野:実は、理研では超重元素の発見を目指し、20年も前から着々と準備が進められてきました。最初に「超重元素実験をやろう」と言いだしたのは、当時サイクロトロン研究室にいた野村亨さん(高エネルギー加速器研究機構名誉教授)です。1986年に印刷されたリングサイクロトロンのパンフレットを持ってきたのですが、ここには「果たして誰が超重元素を見つけるか」とちゃんと書いてあるんですよ。
 当時、原子番号109のマイトネリウム(Mt)まで発見されていました。私たちも含めて世界中が狙っていたのは、原子番号114番です。超重元素の寿命は非常に短く、1000分の1秒ほどですが、114番は極めて長寿命だという予測がありましたから、比較的に発見が容易だと考えられていたのです。
 リングサイクロトロンで超重元素の発見にチャレンジするため採用されたのが、森田さんなんです。
森田:当時は私自身、超重元素についてよく知らず、その発見がこんなに難しいことだとは思っていませんでしたね。まずやったのが、GARIS(ガリス)と呼ばれる気体充填型反跳核分離装置の開発。標的原子核とビーム原子核が衝突して新しく合成された原子核を半導体検出器で検出するのですが、目的の原子核を他の原子核から効率よく確実に分離しなければなりません。しかも、合成された原子核はすぐに中性子や陽子を放出し、真っすぐ飛ばずに少し軌道がずれてしまいます。そこで、できるだけ検出器の口径を大きくしなければならない。結局、ゾウリムシのようなおかしなデザインになってしまいました。しかし、GARISは現在でも、世界一の性能を持った核分離装置です。
――リングサイクロトロンは1986年に完成し、翌年から本格的な実験が開始されました。成果はすぐに出たのでしょうか。
加瀬:それが、なかなかうまくいかない。超重元素実験をやると言ってはいましたが、加速器の設計はそうなっていなかったのです。最初、GARISは加速エネルギーを考えてリングサイクロトロンの下流に設置したのですが、ビームの強度が弱すぎる。とても新元素を発見できるような状態ではありませんでした。
矢野:本気で超重元素実験をやるには、ビームの強度を1000倍にも上げなければならない。そして作ったのが、18GHzという強力なイオンを作るECRイオン源と、イオンを加速する高周波の周波数を変えることができるRFQです。理研オリジナル、そして世界最高の装置によって、超重元素実験に不可欠な大強度のビームをやっと実現することができました。
森田:そしてようやく、GARISで少し成果を出すことができたんですよね。自然界に存在しない放射性同位元素、ラドン(197Rn、196Rn)とフランシウム(200Fr)を発見しました。1995年です。しかし、超重元素の発見には、まだ程遠かった。


ジャポニウム計画に向けたGARIS移設
――本格的に超重元素の発見に取り組める状況になったのは、いつごろだったのですか。
矢野:1998年、米国のローレンスバークレイ研究所で原子番号118番元素を発見したという発表がありました。私たちも追試をしたのですが、確認することはできなかった。ドイツやフランスの追試も同じ結果でした。あってはならないことですが、118番の発見は捏造(ねつぞう)だったのです。これが、私たちが超重元素実験を本格的に行った最初です。
 そして、「超重元素実験を本格的にやりましょう」という加瀬さんにあてたメールが残っています。1999年10月です。「ジャポニウム計画」と名付け、大々的に宣伝しました。しかし、リングサイクロトロンの下流では、やはりビーム強度が足らない。それなら、どうしても線形加速器RILACでやりたい。東京大学原子核科学研究センター(CNS)の協力でCSM加速タンクという装置を追加したRILACは、加速エネルギーの面でも超重元素実験にとって申し分のないものになっていました(図2)。
加瀬:GARISをリングサイクロトロンからRILACに移動するのは、いろいろな制約があって本当に大変でした。なにしろGARISは60トンもあるのですから。しかも、ちょうどRIビームファクトリー(RIBF)計画の新しい加速器の建設が進行中で、GARISを移設する場所の目の前でも掘削が始まっていました。今のチャンスを逃したら、穴が埋め戻される3年後まで待たないとGARISを移動できなくなってしまう。GARISの改造もしなければならない。時間との戦いでした。

図2 線形加速器RILACと気体充填型反跳核分離装置GARIS


原子番号113番元素に挑む
――ジャポニウム計画で狙っていた元素は?
森田:113番。1996年に112番が発見されていましたから。でも、いきなりはできません。107番から112番までの元素を発見していたドイツ重イオン科学研究所(GSI)のデータを丹念に追試することから始めました。まず2002年7月に、原子番号108番の実験を開始。1週間で10個も合成しました。110番もやりました。111番については、GSIでの発見は数年間で6個ですが、私たちは50日の実験で14個合成しました。もう間違いなく私たちはGSIを超えている。そう信じることができるようになったのは、去年の夏ですね。
 そして去年の9月、GSIが原子番号113番の合成をやるという情報が入ってきたんです。予定していた112番を飛ばして、私たちも113番をやることにしました。しかし、年末まで実験を行いましたが出てこなかった。
 私たちは間違っていない、という確信はありましたが、もう一度112番に立ち戻るべきだと考えたのが今年の4月です。そして、和光研究所の一般公開日の前日、4月16日に112番元素が1個できた。急遽(きゅうきょ)ポスターを作って、皆さんに紹介しました。結局112番は、GSIと同じ数、2個合成しています。
加瀬:超重元素実験は、いったんそこで終わりにする予定でした。RILACからのビームをリングサイクロトロンに入射して使う予定があるので、ほかのユーザーにもビームを渡さないといけません。ところが、その後リングサイクロトロンが壊れてしまったのです。RILACは使えましたから、そのままではもったいない。じゃあ113番を前倒しでやりましょうと。
森田:そして、7月23日の夜に出たんです。113番が。
――113番を世界で初めて発見できたポイントは?
矢野:まずRILACという加速器が世界最高性能であること。そして、森田さんがビーム原子核の入射エネルギーをぴったりと決めたことも大きいですね。入射エネルギーが違えば、目的とする核反応は起きませんから。
森田:入射エネルギーは決めたが最後、実験を継続している間は変えられない。一発勝負。だからこそ、110番と111番の追試をしているときには、入射エネルギーを丁寧に変えながら、113番を合成するために最適の入射エネルギーを探っていたのです。しかもGARISは、他の研究所にある反跳核分離装置の100倍の精度がありますから、ほぼ間違うことはない。
矢野:そして運ですね。幸運がずっと続いてきたこと、そしてその幸運を逃さなかったこと。
森田:私たちは、やれることは全部やっている。あと残っているのは運でしょう。実は、いろいろな神社にも行きましたよ。お賽銭(さいせん)は113円と決めていました(笑)。
加瀬:最後の幸運は、6月25日にリングサイクロトロンが故障して実験が続けられるようになったこと。歴史に“if”はありませんが、あのときに故障していなかったら実験開始は9月1日の予定でした。しかし、他の工事も遅れていますから、実際は9月下旬になっていたでしょう。GSIに抜かれていたかもしれません。
 そして忘れてはならないのが、RILACの運転を行ったチームの貢献です。超重元素実験では、ビームが強大であるだけでなく、長期間安定に供給しなければなりません。80日間ビームを供給するために、100日間以上にわたって日夜、イオン源を調整したり、故障に対応したり、絶えず緊張を強いられていました。113番元素の発見は、装置の開発、調整から加速器の運転にかかわってきた多くの人たちの成果なのです。


113番元素の名前はジャポニウム?
――原子番号113番については、ロシアで先に発見したという報告もありますが?
森田:今年の2月、ロシアのフレロフ核反応研究所で原子番号115番元素を合成したという論文が出ました。115番はα崩壊すると113番になる。だから、ロシア流の主張をすると、115番も113番も自分たちが発見したということになります。この実験事実は、ほぼ正しいと思います。しかし、崩壊していった最後が未知の原子核で終わっている。これでは、合成された元素の原子番号、質量数の同定が実験的に難しい。そこがロシアの弱みです。
 私たちが合成した元素は、4回のアルファ崩壊とそれに引き続く自発核分裂によって崩壊しますが、既知の原子核に行き着いています(図3)。そこからさかのぼっていくことで、合成された元素の原子番号、質量数を実験的に証明することができます。こういう理由から、原子番号113番を初めて発見したと主張しています。
 原子番号114番元素もロシアで発見されていますが、崩壊の最後がやはり未知の原子核なのです。実験的な証拠がそろっている一番重い元素は、私たちが発見した113番です。
――元素の発見者には、命名権が与えられますね。
矢野:私たちが命名できる可能性が高いです。日本ではまだ元素に名前を付けた人はいませんから、ぜひ命名したい。ジャポニウムを候補にしています。リケニウムという意見もあります。
――今後の超重元素実験の戦略は?
森田:まずは113番をきっちりやること。原子核の個数を増やしたいですね。その先は、一歩一歩進めていくことになりますから114番、そして115番。私たちにとって新元素発見はまだ1つ目ですから、ここからがスタートです。
――RIBFの建設も進んでいます。完成予定はいつですか。
矢野:2006年12月16日15時34分にファーストビームを出すことに決まっています。ちょうど20年前の同じ日、同じ時刻に、今動いているリングサイクロトロンから最初のビームが出ました。そのとき私たちの新しい時代が始まったように、2006年12月16日は若い研究者たちの新しい時代が始まります。
 今、私たちに追いつこうと、世界中が一生懸命追ってきている。しかし、私たちはさらに先に行く。これは気持ちいいですよね。原子番号173番より重い元素は存在できないと、理論的に予測されています。できることなら、元素の存在限界を見極めたい。でもこれは、私たちではなく、若い研究者たちの仕事になるでしょう。

図3 核図表の終端部分


プレスリリースは下記URLをご参照ください。
http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2004/040928_2/index.html


※1:研究グループ
理化学研究所のほか、東京大学、埼玉大学、新潟大学、筑波大学、日本原子力研究所、中国科学院蘭州近代物理学研究所、中国科学院高エネルギー研究所の研究員が参加。


※2:原子番号
原子の原子核は陽子と中性子から成る。陽子の数が原子番号、陽子と中性子の数の合計が質量数。同じ原子番号で、中性子数が異なるものを同位体という。


※3:ネプツニウム
理原子番号93番のネプツニウム(Np)と、94番のプルトニウム(Pu)は人工的に合成することにより発見されたが、その後、自然界にもごく微量存在することが分かった。


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ケミカルバイオロジーで
生命現象を解明し、創薬につなぐ

長田裕之 中央研究所 長田抗生物質研究室 主任研究員



「微生物がつくり出す化合物の力を使って、細胞分裂など生命現象のメカニズムを解き明かしたい。それが、私たちの研究の基本です」と長田裕之主任研究員は語る。生命現象の解析に使う化合物は「バイオプローブ」と呼ばれる。名付け親は長田主任研究員だ。長田抗生物質研究室では、これまでに新規のバイオプローブを40種類以上発見し、それらを用いてアポトーシスや細胞分裂のメカニズムの解析を進めてきた。しかし、メカニズム解明はあくまでも通過点だと、長田主任研究員は考えている。「この研究を抗がん剤など医薬品の開発につなげたいのです」。化学と生物学を駆使し、生命現象のメカニズム解明、さらには創薬を目指すケミカルバイオロジーの最前線を紹介する。

長田裕之主任研究員

化学と生物学の融合ケミカルバイオロジー
私たちの体をつくる60兆個もの細胞は、1個の受精卵から細胞分裂を繰り返してできる。そして今も、私たちの体では細胞分裂が絶えず起きている。「細胞分裂はとても基本的な生命現象です。しかし、細かいところになると、分かっていないことがたくさんあります。そこが面白い。私たちは、さまざまな生命現象の中でも細胞分裂がどういう仕組みで起きるのか、それを知りたくて一生懸命研究をしているのです」と語るのは、理研で50年の歴史を持つ抗生物質研究室を受け継ぎ発展させてきた長田主任研究員である。
 生命現象のメカニズムを解き明かす手法として、最近では遺伝子から迫る分子生物学が盛んだ。もちろん研究室でも分子生物学的手法は不可欠である。だが長田主任研究員らは、さらにもう一つの研究手法を駆使することで、生命現象のメカニズム解明に挑んでいる。
 それは化学と生物学を融合させた「ケミカルバイオロジー」だ。長田主任研究員はケミカルバイオロジーをこう説明する。「化学の力を使って複雑な生命現象を解き明かそうという手法です。現在、理研でもさまざまな生物系、化学系のプロジェクトが進行していますが、ケミカルバイオロジーはそれらの空白領域を埋め、生命科学の新しい局面を開くと期待されています。特に創薬の可能性が大きく広がります」


生命現象を解析する道具バイオプローブ
細胞分裂を止める化合物を探すことから、長田抗生物質研究室の研究は始まる。
 「化合物を探すといっても、私たちのスタンスは独特です」と長田主任研究員は言う。まず土の中から放線菌や糸状菌という微生物を分離し、培養する(図1)。そして、一つ一つ微生物の培養液を細胞に振り掛け、細胞分裂を止める働きを持つ新しい化合物を探す。「微生物から」というのが大きなポイントだ。
 微生物がつくり出す化合物といえば、ペニシリンやストレプトマイシンなど細菌感染症の治療に使われる抗生物質が思い出されるだろう。実は抗生物質以外にも、酵素の働きを阻害したり、細胞分裂を止めたり、自発的な細胞死であるアポトーシスに導いたりと、さまざまな細胞機能を調整する化合物が数多く見つかっている。
 それらの化合物は、それぞれ特定のタンパク質と結合してその働きを阻害することで、細胞の機能を調整する。細胞分裂を止める化合物であれば、その標的タンパク質は細胞分裂において重要な役割を担っているに違いない。化合物を道具として使うことで、細胞機能を調節する重要なタンパク質を突き止め、その調整メカニズムに迫ることができるのだ。
 長田主任研究員は7年ほど前、治療薬として使われる抗生物質と区別するため、生命現象を解き明かす道具として使える生物由来の化合物を「バイオプローブ」と呼ぶことを提案した。現在では、その名称が定着している。「プローブ」とは、探索する針という意味である。

図1 日本国内のさまざまな土壌から分離された放線菌(左)と、その電子顕微鏡写真(右)


チューブリンを壊すピロネチン
図2 チューブリンの構造とピロネチンの結合部位(赤)長田抗生物質研究室では、細胞分裂を止める化合物を40種類以上発見してきた。すでに多数の化合物が試薬として販売され、世界中で基礎研究に使われている。
 そして今、注目されている化合物がピロネチンである。ピロネチンの標的タンパク質は、細胞の運動や分子の輸送にかかわっているチューブリンだ。細胞分裂の際、複製された染色体を一組ずつに分離するときも、チューブリンは重要な働きをしている。チューブリンは、単量体であるαチューブリンとβチューブリンという2つのタンパク質が結合して二量体をつくり、それがつながって微小管と呼ばれるチューブを成している。ところがピロネチンを細胞に入れると、チューブが二量体単位にまでばらばらになってしまう。その結果、染色体の分離ができずに細胞分裂が止まるのだ。
 これまでにもチューブリンを標的とする化合物が複数見つかっている。だが、今までに発見されていた化合物はすべて、βチューブリンに結合するものだった。ピロネチンはαチューブリンに結合する(図2)。
 「ピロネチンが注目されるのは、抗がん剤の開発に結び付くからです。抗がん剤の開発において、これまでの化合物と結合場所が違うというのは、非常に重要なこと」と長田主任研究員は解説する。抗がん剤は、効果や副作用の個人差が大きい。同じタンパク質を標的としていても、結合場所が違えば、これまで効果がなかった患者さんにも使えるかもしれない。しかもピロネチンは、チューブリンの重合に重要だと考えられているGTP-GDP結合部位(図2)の近くに結合するため、効果の高い抗がん剤となる可能性がある。



抗がん剤の開発を目指して
正常な細胞は、栄養が十分にあるなど周りの環境が細胞の増殖に適しているときに分裂する。しかし、がん細胞は周りの環境を無視して分裂し、無限に増殖する。現在使われている抗がん剤の多くは、細胞分裂を止めるものである。しかし、長田主任研究員は「抗がん剤が、どのようなタンパク質を標的とし、どのようなメカニズムで細胞分裂を止めているかは、完全に解明されているわけではありません」と指摘する。
 そこで、期待されるのがケミカルバイオロジーである。化合物に釣り針のような仕掛けを組み込んだバイオプローブを使えば、標的タンパク質を“釣る”ことができる。細胞分裂にかかわるタンパク質を確実に、そして簡単に手に入れることができるのだ。タンパク質が分かれば、遺伝子も特定できる。長田抗生物質研究室では、さらに標的タンパク質の構造を解析し、化合物がタンパク質のどの部分に、どのように結合するかまで明らかにすることを目指している。その結果、薬効メカニズムの明らかな抗がん剤を実現し、さらに化合物を人工的に改変することで、より効果の高い抗がん剤まで設計することが可能になる。
 「がん細胞は、私にとって単なる道具でした」と長田主任研究員は振り返る。生命現象のメカニズムを知るためには、正常と異常を比べると分かりやすい。長田主任研究員も、がん細胞を使って細胞分裂の基礎研究を行ってきた。「ところが、自分が少しずつ年をとって身近にがんで亡くなる人が出てくると、考え方が変わってきました。がん細胞を道具として使うだけではなく、がんを治したいと心底から思うようになってきたのです。私の研究室では、基礎研究だけでなく、新しい薬をつくってがんを治すことを本気で目指しています」


リベロマイシンと骨粗しょう症
長田抗生物質研究室が発見した化合物の中で、抗がん剤に一番近いと期待されているのが、リベロマイシンである。だが、ここまで来るには紆余曲折があった。
 リベロマイシンの細胞分裂を止める効果が非常に高いことは、発見当初から明らかだった。「これは抗がん剤にできる」と研究室の誰もが思ったという。「私と一緒にリベロマイシンを発見した高橋英俊研究生が、薬にするためには血液中に表れる副作用のデータも必要だろうから計測しておこうと、早々にマウスで実験を始めたのです。私たちは薬をつくった経験はありませんから、すぐに薬にできると思っていたのです。今から思えば、ものすごい先走りでしたね」と長田主任研究員は笑う。
 しかし、それが思わぬ結果を生む。普通、がんの末期になると血液中のカルシウム濃度が上昇する。しかしリベロマイシンを投与すると、末期状態になってもカルシウム濃度が上昇しないのだ。調べてみると、リベロマイシンは骨を溶かして血中にカルシウムを放出する破骨細胞の数を減らしていることが分かった。
 リベロマイシンは、破骨細胞にアポトーシスを誘導して殺してしまうのだ。「骨粗しょう症の治療薬になるのではないか」と長田主任研究員らは考え、研究を進めてきた。骨粗しょう症はカルシウム不足によって骨の密度が減少する病気で、骨折しやすくなる。動物実験でも治療効果が高いことが認められたのだが、骨粗しょう症の治療薬とするには問題があった。リベロマイシンは、飲んでも血液中へ移行しないので、注射でしか効果が表れない。骨粗しょう症は、直接、生死にかかわる病気ではないため、自宅で服用できる飲み薬にする必要がある。先に進めなくなってしまった。


がん細胞の骨転移を抑える
しかし、リベロマイシンの研究には次の展開が待っていた。乳がんや前立腺がん、肺がんは骨に転移しやすく、骨転移すると大きな痛みを伴うことから、がんの末期治療の重大な問題になっている。「リベロマイシンは、少量でも骨転移を抑える効果が高いことが分かったのです」と長田主任研究員は言う。破骨細胞が骨を溶かし、そこにがん細胞が転移する。破骨細胞にアポトーシスを誘導して数を減らすリベロマイシンは、骨転移を抑える薬として使えるのではないかと期待されているのだ。
 しかし、今度はリベロマイシンの構造が複雑すぎることが、大きなネックになっている。標的タンパク質はイソロイシンt-RNA合成酵素だが、どのように結合しているのかが分からない。また薬にする場合、化学合成できる方が望ましいが、リベロマイシンは構造が複雑すぎて全体の合成は難しい。
 長田主任研究員は今後の戦略をこう語る。「まずは、リベロマイシンが標的タンパク質にどう結合しているのかを徹底的に明らかにすること。そこが分かれば、全体を合成しなくても重要な部分だけを合成することで、同じ効果が簡単に得られるかもしれません。コンピュータを使って標的タンパク質にぴったりと結合する化合物を設計する試みも始めています」。現在、共同研究者の臨床医や製薬会社とともに動物実験も進めている。


低分子マイクロアレイを開発
土壌1g中には微生物が1億個以上いるといわれるが、そのうち分離されているのはわずか1%と推定されている。微生物がつくり出す新しい化合物は、今後も続々と見つかるだろう。しかし、長田主任研究員は「たくさんの化合物の中から、いかに効率よく有用な化合物を見つけるか。それこそが重要なポイントなのです」と指摘する。これまでは、ある化合物を細胞に振り掛けて細胞分裂が止まるかどうかを観察し、次に別な化合物を振り掛けて観察し……と、気が遠くなるような作業が必要だった。
 長田抗生物質研究室が開発したのが、「低分子マイクロアレイ」である(図3)。ガラス基板上に何千種類もの低分子化合物を固定する。例えば、細胞分裂にかかわっているタンパク質に蛍光色素を付けてマイクロアレイにかければ、そのタンパク質を標的とする化合物を効率的に見つけることができる。その化合物は、抗がん剤の候補だ。
 低分子マイクロアレイは、DNAマイクロアレイの技術を低分子化合物に応用したものである。しかし、低分子化合物の構造はそれぞれ大きく違っているので、一度に多種類の低分子化合物を基板上に固定するのは不可能だと考えられていた。それを可能にしたのが、低分子の光親和型固定化法である。アリールジアジリンという物質に波長360nmの紫外線を照射すると高い反応性を持つカルベンが発生し、多種類の低分子化合物を基板上に固定できる。現在、2000種類の化合物を固定した低分子マイクロアレイを開発している。
 ヒトの遺伝子は約4万個。4万個の遺伝子がつくり出すタンパク質1個1個に特異的に結合する化合物があるはずだ。それを見つけたいと長田主任研究員は考えている。その成果は、創薬の可能性を大きく広げることになる。「今まで、そんなことを考えて探した人はいません。でも探せば必ず見つかるでしょう。低分子マイクロアレイは、そのための強力な武器になります」

図3 低分子マイクロアレイの概要


不易流行
長田抗生物質研究室のモットーは「不易流行」である。松尾芭蕉が提唱した俳句の技法で、不易は変わらないこと、流行は変わること。不易が流行を生み、流行が不易を生むという意味だ。「私の研究室の“不易”は微生物を使うこと、“流行”は時代に合った研究をすることです。先輩たちは、農薬や抗結核剤をつくってきた。今、私たちは抗がん剤を一つの目標にしています。また、高齢化社会で問題になる骨粗しょう症や、血管にかかわる疾病もターゲットです」
 長田主任研究員の夢。それは、ケミカルバイオロジーを日本中に広げることだと言う。「ケミカルバイオロジーは、アメリカが先行しています。でも最近、韓国に行って驚きました。韓国は、日本と同様に天然物化学が盛んだったのですが、アメリカの網羅的システムをいち早く取り入れ、日本に先駆けてケミカルバイオロジーに力を入れ始めている。一方、日本は危機感がまったくない。独自性を強調するあまり世界の流れから取り残されそうで、危ういですよ」
 アメリカの大学ではすでにケミカルバイオロジーの講義があるが、日本では相変わらず化学と生物学の壁は厚く、融合領域の研究の必要性が提唱されてはいるが、まだまだ難しいと長田主任研究員は指摘する。「日本中で化学と生物学が融合されていったら、日本の生命科学、そして創薬が変わっていきますよ。ケミカルバイオロジーを理研から日本中に、ぜひ広げていきたいですね」



監修 
中央研究所長田抗生物質研究室
主任研究員 長田裕之

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スピンの流れを操る

スピントロニクスの技術基盤を築く


大谷義近
フロンティア研究システム 単量子操作研究グループ
量子ナノ磁性研究チーム チームリーダー




現在の情報化社会を支えるエレクトロニクス(電子工学)技術は、トランジスタなどの素子をたくさんつくり込んだ半導体の集積回路を使って、より多くの情報を超高速に処理することを実現してきた。しかし、さらに微細化を進めていくと、やがて素子がうまく働かなくなり、近い将来、情報量や処理速度の進展は限界に突き当たるといわれている。その限界を打ち破る新たなエレクトロニクスとして期待されているのが「スピントロニクス」である。それは「スピン」と呼ばれる電子の性質を利用する技術である。量子ナノ磁性研究チームが行っているスピンの流れを操る研究を紹介しよう。

大谷義近チームリーダー
スピントロニクスとは何か
「大学4年生のとき、磁性の研究室に入りました。磁性体はとても不思議な存在です。磁石とは何か。なぜ、鉄・ニッケル・コバルトといった磁性金属だけが磁石になり、かつ、くっつくのか。強く興味を引かれたのです」と大谷チームリーダーは振り返る。
 磁石の力を生み出しているのが、電子の「スピン」と呼ばれる性質である。スピンとは地球の自転に似た運動量のことで、電気を帯びた電子が一定の速度で自転することで磁力が発生する。電子は磁石の性質があるのだ。
 では、なぜ普通の物質は磁石にならないのか。スピンにはアップとダウンの2種類の向きがあり、普通の物質ではアップとダウンが対になって磁力が打ち消されているからだ。しかし磁石ではアップとダウンの割合が異なっている。これを「スピン偏極(スピン分極)」と呼ぶ。磁石ではスピンが偏極し、多くの電子のスピンが一定の向きにそろうことで、磁力が生み出されている。鉄が磁石にくっつくのも、スピンが偏極していて、磁石を近づけると、スピンの向きがそろうためである。するとその鉄も磁気を帯び、ほかの鉄をくっつける。
 磁石や鉄など磁性を示す物質を「強磁性体」と呼ぶ。強磁性体は情報の記録媒体として広く使われている。プリペイドカードや鉄道の切符、カセットテープやビデオテープ、MDやパソコンのハードディスクなどである。これらは、例えば、ある磁化の向き(S極・N極の向き)を“1”、その逆向きを“0”として、情報を記録している。
 「ただし現在の情報機器は、磁性で記録した情報を、わざわざ電気信号に変換して情報を処理しているのです」と大谷チームリーダーは指摘する。例えば、半導体トランジスタに、電流が流れたか流れなかったかを“1”と“0”に対応させて、情報処理を行っているのだ。
 そのトランジスタなどの素子をどのくらい小さくできるかで、集積回路の処理できる情報量や速さが決まる。現在、素子を描く線幅は100nm(1nmは10億分の1m)を切るようになった。しかし、さらに微細化を進めていくと、ミクロの世界を支配する量子力学の効果が大きくなり、やがて素子がうまく働かなくなる。現在の技術の延長線上には限界が待ち受けているのだ。
 「私たちは、磁性すなわちスピンで記録された情報を、スピンのまま操作して情報処理を行い、その限界を突き破ろうとしているのです」と大谷チームリーダーは語る。スピンを利用するエレクトロニクスは「スピントロニクス」と呼ばれる。スピントロニクスの展開には、大きく分けて2つの研究が必要である。1つは磁石(強磁性体)の磁化の向きを外部から操作する研究。もう1つは、磁石の中のスピンの振る舞い自体を研究することだ。


磁石の磁化を反転させる
図1 MRAMの構造量子ナノ磁性研究チームで進めている、磁石の磁化の向きを外部から操作する研究例をまず紹介しよう。それは次世代の磁気媒体として激しい開発競争が行われているMRAM(磁気ランダム・アクセス・メモリ)にも関連する研究である。
 磁気記録の良いところは、電源を切っても磁石の磁化の方向はそのまま保たれるので、記録された情報が消えない「不揮発性」を持つことである。磁気記録媒体の一種であるパソコンのハードディクスには、この特長を生かしてOS(オーエス)やアプリケーション、保存したい情報などが記録されている。
 しかし、現在のハードディスクは情報の書き込みや読み出しの動作がそれほど速くない。このため情報処理を行う際には、ハードディスクから必要な情報だけを動作が速いRAMラム)(ランダム・アクセス・メモリ)と呼ばれる半導体メモリに移す。そしてRAMとCPU(中央演算処理装置)とで高速に情報をやりとりしながら情報処理を行っている。ただし、RAMは電源を切ると記録が消えてしまう「揮発性」なので、保存が必要な情報は、再びハードディスクなどに書き込んでいる。
 磁気記録媒体でRAMのような速い動作を実現できれば、超小型で極めて消費電力が少ない高性能なパソコンができるはずだ。そのような磁気記録媒体がMRAMである。
 MRAMは格子構造を持ち、格子点にはTMRと呼ばれる柱状の素子がある(図1)。このTMR素子には非磁性体から成る薄い絶縁層を挟んで2層の強磁性体がある。一方の強磁性体層の磁化の向きを固定し、もう一方の強磁性体層の磁化の向きを変える。磁化の向きを同じ(平行)にすると、絶縁層を飛び越えて多くのトンネル電流が流れやすくなり、反転させて逆向き(反平行)にするとトンネル電流が流れにくくなるという性質がある。MRAMは、このトンネル電流の流れやすさの違いを“0”と“1”に対応させて、素早く情報を記録したり、読み出したりする。
 では、強磁性体層のスピンの向きは、どのようにして反転させるのか。「現在、開発が進んでいる方法は、電流に伴って発生する磁場を利用するものです。反転させたいTMR素子へ向けて上下の配線に電流を流すと、電流が重なる格子点にあるTMR素子でだけ強い磁場が働き、スピンを反転できるのです」
 ただし、この方法には問題点があると大谷チームリーダーは続ける。「記憶容量を増やすためには、格子構造をどんどん細かくする必要があります。磁場は広い範囲に作用する性質があるので、格子構造を細かくすると、隣のTMR素子にまで影響を及ぼし、誤作動が起きてしまうのです」
 「しかし、この問題はスピン注入磁化反転という方法で解決できます」と大谷チームリーダーは言う。普通、電流のスピンの向きはばらばらである。スピン注入磁化反転は、スピンの向きがそろった(偏極した)電流を強磁性体層へ流し、スピンと磁化をぶつけて反転させるのだ。大谷チームリーダーらは、「スピン注入磁化反転素子」と呼ばれる巨大磁気抵抗効果を利用したナノ構造物をつくり、研究を行っている(図2)。巨大磁気抵抗効果とは磁化の向きによって物質の電気抵抗が変化する現象であり、現在ではパソコンのハードディスクなどに応用されている。
 「現在の私たちの素子は、強磁性金属と非磁性金属から成ります。TMR素子よりも電流を流しやすい構造で磁化反転の実験をしているのですが、今後、それをナノスケールのTMR素子に置き換え、いかに弱いトンネル電流で磁化反転させられるかが課題です。現在の私たちの素子では5mAくらいの電流を流します。わずかな量に思えますが、素子はナノメートルサイズなので電流密度は極めて高い値になり、操作を繰り返すと壊れてしまうのです」

図2 スピン注入磁化反転の実験データと素子の構造


スピン流を引き起こす
大谷チームリーダーらは、電流を直接素子に流さないで、磁化反転を引き起こせる可能性がある「スピン流」という現象の実験も始めている。
 まず、図3のように2本の強磁性体を銅線で結んだ構造をつくる。強磁性体の中ではアップとダウンの割合が違う。このため非磁性体である銅線でも、強磁性体の接続部からある距離(スピン拡散長)までの範囲では、アップとダウンの割合が偏る。ただし、拡散長よりも十分離れると偏極は消えてしまう。
 この構造で、一方の強磁性体から偏極した電流を銅線へ流し込む。つまり、例えばアップスピンの電子をたくさん銅線へ注入するのだ。このとき、図3でいえば銅線の右側には電流を流していない。しかし接続部でアップスピンの電子が増えた分、スピン拡散長の範囲でアップスピンの電子は銅線の右側へも流れる。一方、そのアップスピンの電子の流れで増えた電荷を帳消しにするように、ダウンスピンの電子が逆向きに流れる。アップスピンの電子の流れからダウンスピンの電子の流れを差し引いたものが「スピン流」である。
 「銅線の右側は電流を流していないのにスピン流が発生するのです。スピン流は今まで理論的に考えられていただけの現象ですが、実験的に測定ができるようになりました。今後、スピン流をぶつけて磁石の磁化反転を引き起こす実験を行いたいと考えています」

図3 スピン流のシミュレーション

磁石で演算回路をつくる
次に、スピントロニクスのもう一つの課題である、磁石の中のスピンの振る舞い自体に関する研究を紹介しよう。
 磁石の中でも磁化の向きはすべて一方向にそろっているわけではない。磁化の方向がいくつかの領域に分かれていて、その領域を「磁区」と呼ぶ。ところが、磁石をどんどん小さくしていくと、磁区が1つになる。円盤状の磁石(磁性円盤)では、厚みがあるとスピンが垂直方向を向き(図4)、平たいとスピンが横向きになる(図4)。
 大谷チームリーダーらは、このナノスケールの平たい磁性円盤で演算回路をつくり、スピンを利用した情報処理の可能性を考えている。平らな磁性円盤を図5のように並べると、互いの磁力が影響し合い、それぞれのスピンの向きが決まる。これは磁石を近づけると、S極とS極、N極とN極は反発し合い、S極とN極は引き付け合う力が働くためで、原理的にいえば方位磁石を並べても、磁針の向きが図5のように決まるはずである。
 例えばスピンが右向きのものを“1”、左向きを“0”とする。図5左では入力AとBがどちらも“0”のとき、出力が“1”となる。Cが“1”のときNANDと呼ばれる演算回路ができるのだ。磁性円盤の配列はそのままでCのスピンを逆向きの“0”にすると、NORという演算回路となる(図5右)。
 「AやBへの入力は、スピン流などによって外部から操作して入力できるはずです。今後、このようなスピンによる演算回路のデモンストレーション実験を行いたいと考えています」

図4 ナノ磁性円盤の3種類の磁区構造
図5 スピンを操作して情報処理を行う演算回路


磁石で人工分子をつくる
図6 磁気渦の運動 図4のように、直径や厚みがよりも少し大きい磁性円盤は、とても面白い性質を示す。「磁化が渦を巻き中心部ではスピンが円盤に対して垂直に立つのです」
 この磁気渦に外部から磁場を与えると、渦の中心部が円盤の中心からずれる。すると、円盤の周縁部にS極とN極が現れる(図6)。
 マイクロ波などの電磁波により特定の周期で磁場を与えると、そのエネルギーを吸収して渦の中心はぐるぐる周回するようになる。このような状態の磁性円盤を2つ並べると、磁力により結び付き、相互作用しながらそれぞれの磁気渦が回転する。「この状態は、2個の原子から成る分子に似ています。磁気渦の特性は磁石の大きさで決まります。さまざまな大きさの磁性円盤を配置することで、それぞれに対応した特定の周波数の電磁波を吸収する“人工分子”ができるはずです」



磁性金属の可能性を追求する
「私はもともと永久磁石の研究を行っていました。外部から強い磁場がかかっても磁化反転しない、強力な永久磁石をつくる研究です。従来、このような研究は、試行錯誤して良いものを見つけるという実験が主流でした。私はもう少し論理的に研究するために、微小磁石をつくって、磁化反転の仕組みを詳しく調べることにしました」
 1980年代末、現在のスピントロニクスにつながる磁性に関する2つの大きな発見があったと大谷チームリーダーは指摘する。「一つは、1988年にフランスで発見された巨大磁気抵抗効果です」。もう一つの大発見は日本の研究者による。「同じころIBMの研究所で、宗片比呂夫先生(現・東京工業大学教授)や大野英男先生(現・東北大学教授)たちが低温で強磁性を示す半導体(磁性半導体)を発見しました。半導体の技術を使ってスピンを利用できる可能性が開けたのです。これらの発見が起爆剤となり、スピンを利用したデバイスをつくろうという発想が生まれ始めました。私も、1991年にフランスのルイ・ネール磁性物理学研究所に留学したときに、磁化反転の研究を発展させ、今でいうスピントロニクスの研究を始めたのです」
 ただし、大谷チームリーダーは、磁性半導体ではなく磁性金属でどのようなことができるかを追求したいと語る。
 「半導体をつくるには大変な手間とコストがかかります。しかも室温で磁性を示す半導体の報告はまだ少ないのが現状です。一方、金属は加工しやすく、代表的な磁性金属である鉄はとても豊富な資源です。磁性金属で高機能なデバイスができれば、低コスト化により一気に普及する可能性があります」
 量子ナノ磁性研究チームから生み出された技術により、磁性金属がエレクトロニクスの主役として、半導体と並び立つ日が来るだろう。



監修 
フロンティア研究システム
単量子操作研究グループ
量子ナノ磁性研究チーム
チームリーダー 大谷義近

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TOPICS
「里庄セミナー」が開催される


「里庄セミナー」が開催される
第13回理化学研究所里庄セミナー(主催:理化学研究所、科学振興仁科財団)が8月21日、仁科芳雄博士の生誕地である岡山県里庄町の仁科会館で開かれました。同セミナーは、青少年の科学に対する関心を高めるとともに、仁科博士の故郷である岡山県内の企業や研究機関との交流を図ることを目的に、1992年から毎年行われています。
 今年は「ゲノム」をテーマに、理研ゲノム科学総合研究センターの竹田忠行上級研究員(ゲノム機能解析チーム)が「ゲノム解明の意義と方法および現状」、河合純チームリーダー(遺伝子情報解析研究チーム)が「全部の遺伝子が一冊の本になる−遺伝子百科事典プロジェクトからDNAブックへ−」と題して講演しました。高校生からお年寄りまで多くの来場者が訪れ、講演後の質疑応答では熱心に質問する来場者の姿もあって、盛況のうちに幕を閉じました。


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「NANO KOREA 2004」に出展


「NANO KOREA 2004」に出展
当研究所は8月24日から4日間、韓国ソウル市で開催された「NANO KOREA 2004」(主催:韓国科学技術省、韓国産業資源省)に出展しました。理研のナノテクノロジーに関する最新の研究成果を韓国の科学技術界において積極的にアピールすることにより、研究交流を深めることを目的として、初の海外の展示会への出展となりました。今回は「分子制御」、「単一分子操作」などをパネルで紹介し、多くの方からさまざまな質問を受けました。展示会には日本、米国を含む約80社が参加、来場者は4日間で約6300名でした。


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新チームリーダー等の紹介

新しく就任したチームリーダー等を紹介します。
1. 生年月日 2. 出生地 3. 最終学歴 4. 主な職歴 5. 研究テーマ 6. 信条 7. 趣味

中央研究所
丑田 公規 (うしだ きみのり)
環境ソフトマテリアル
研究ユニット ユニットリーダー

丑田 公規 (うしだ きみのり)
1. 1958年8月8日 2. 大阪府 3. 京都大学大学院理学研究科博士課程修了 4. 京都工芸繊維大学助手 5. 細胞外マトリックスの化学物理、廃棄物処理法開発、ソフトマター物理 6. 信じる心いつまでも 7. 独り旅・ウォーキング
脳科学総合研究センター
深井 朋樹 (ふかい ともき)
脳回路機能理論研究チーム チームリーダー
深井 朋樹 (ふかい ともき)
1. 1958年1月8日 2. 東京都 3. 早稲田大学大学院理工学研究科博士課程修了 4. TATA基礎研究所研究員、東海大学助教授、玉川大学教授 5. 計算論的神経科学、特に神経集団ダイナミクスと機能、認知的行動の脳回路モデル 6. 能くする<好む<楽しむ 7. 街道歩き、写真
発生・再生科学総合研究センター
Guojun Sheng (ゴジュン シェン)
初期発生研究チーム チームリーダー
Guojun Sheng (ゴジュン シェン)
1. 1968年5月17日 2. 舟山(中国) 3. Ph.D., Rockefeller University, NY 4. Postdoc. CPMC(Columbia University), Dept. of Anatomy UCL 5. 脊椎動物初期胚パターン形成 6. 美しい胚 7. 哲学、ファーストフード



各種展示会に出展


当研究所は研究成果を広く一般の方に知っていただくため、下記の展示会に出展しました。

「日経ナノテク・ビジネスフェア2004」
場所:東京ビッグサイト(東京都江東区) 期間:9月29日〜10月1日
「北陸技術交流テクノフェア2004」
場所:福井県産業会館(福井市) 期間:10月14日〜10月15日
「平成16年度埼玉県ビジネス情報交流会」
場所:さいたまスーパーアリーナ(さいたま市) 
期間:10月19日〜10月20日


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原酒
カレーはどこだ


中村 潤
NAKAMURA Jun
理研BNL研究センター 事務主査


筆者近影。中央が筆者。
手作りカレー。
私はカレー好きである。普通のカレーライスも好きだし、インド料理のカレーは大好物である。今までも各勤務地でインド料理屋をはしごしてきた。そんな私が今年の3月ごろ、事務主査としてニューヨーク州はロングアイランド島に位置するブルックヘブン国立研究所内に設立された理研BNL研究センターへの赴任を拝命したとき、最初に思い浮かんだのはカレーである。なんたって人種の坩堝(るつぼ)、ニューヨーク。インド料理屋もたんまりあって、毎日カレーが食べ放題(志が低いと言ってくれるな)。

しかし、現地に赴いてみると、研究センターの10マイル四方にインドレストランは影も形もない。そう、私は地理的条件をちゃんと把握していなかった。ここはロングアイランド・サフォーク郡。マンハッタンを東京都内に見立てると、距離的には理研筑波研究所ぐらいか。そしてシカも生息するその自然は、理研播磨研究所くらい。マンハッタンと同じものを求めちゃいけなかった(両研究所の皆さますいません)。

こちらの生活にも慣れてきたころ、自宅より20マイルほど離れたところにインド料理店を2軒発見。食べ放題ランチで8ドル。安い。しかもうまい。しかし車で行く都合上、ビールを飲みながらインド料理という、最大の幸福を味わうことができない。こうなったら自分でつくってみるしかないのである。

クミン、カルダモン、カイエンペッパー、フェンネルシード、コショウなど。ここまでは近所のスーパーで簡単にそろう。カレーはなくとも、さすがアメリカンスーパーマーケット。品ぞろえは日本の比じゃない。さらにアジア系食料品店でガラムマサラにカレーパウダーを入手。これで準備万端。いやちょっと待てよ。ナンがない。ナンとは小麦粉を練ったインドのパンである。イースト菌を使わないので普通のパンとはまた違ってプレーンな風味である。これがないとインド料理を自宅で実現したことにならない。

マンハッタンはイーストビレッジ、インド人街へ。インド人向けの食料品店でナン(10枚入り3ドル)を発見。おっ、インド風のレトルトカレーもあるぞ。1.69ドルとは安いねぇ。まとめ買いして行こう(ナンを買うだけで目的は達成されていたはずだが、筆者も意地になっていた)。

やっと準備完了。後のレシピはすべて自己流。用意しますは前出のスパイス、ショウガとニンニクのすりおろし、塩、トマトピューレ、ヨーグルト、ラム肉、タマネギ。量は全部適当。まずはタマネギをみじん切りにしてじっくりいためる。焦がしてはいけない。これインド料理の鉄則。弱火で30分。あめ色になったら、ガラムマサラを除くスパイスとショウガ、ニンニクを入れてさらにいためる、焦げそうになったら適宜水かヨーグルトで調整。スパイスの香りが出てきたらラム肉も入れて、表面に火が通ったらさらにヨーグルト、水を入れてよく煮込む。スパイスの油が浮いてきたら、トマトピューレを加えて最後にガラムマサラと塩で味を調えたら出来上がり。簡単でしょ? 悩みは、いつも同じ味になるとは限らないこと。なぜならすべて目分量だから。後はナンを温めて、一緒に召し上がれ。

ちなみに筆者はさもインド料理=カレーのごとく書いているが、ビリヤニ(インド風炊き込みご飯)やサモサ(インド風コロッケ)も忘れちゃいけない。しかし字数も尽きたので、それはまた次の講釈で。





理研ニュース 

11
No.281
November 2004

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発行日
平成16年11月5日
編集発行
独立行政法人
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有限会社フォトンクリエイト