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No. 258 December 2002

(上)和光本所のRIビームファクトリー建設地
加速器棟が3月に竣工し、4月からSRCの組み立てが始まる。
「史上最強の超伝導リングサイクロトロンいよいよ組み立て開始」から
(下)物体像による活動スポットのパターン(左)と、各スポットが応答した図形特徴
「脳は物体像をどのようにとらえているのか」から
(上)和光本所のRIビームファクトリー建設地
(下)物体像による活動スポットのパターン(左)と、各スポットが応答した図形特徴



研究最前線

史上最強の超伝導リングサイクロトロン
いよいよ組み立て開始

中央研究所 加速器基盤研究部
基盤研究部長 矢野安重

加速器技術開発室
研究員 奥野広樹

宇宙に存在するさまざまな元素はどのように誕生したのだろうか? 理研の「RIビームファクトリー(RIBF)」計画は、重い元素の合成過程で作られたと考えられる不安定な原子核(不安定核=RI)を人工的に作り出し、元素誕生の謎を初めて実験的に解明しようというものである。RIBFの心臓部が超伝導リングサイクロトロン(SRC)だ。SRCは、全元素のイオンを光速の70%にまで加速できる史上最強の重イオン加速器である。「技術的に非常に難しく、各国が開発を断念した“幻のサイクロトロン”がSRCです。私たちは、装置全体を鉄で覆うというまったく新しいアイデアで、今まで不可能だったことを可能にし、SRCを完成させます」とRIBF計画の全体責任者である矢野安重基盤研究部長は語る。欧米がSRCとは違うタイプの加速器で同様のRIビーム計画を準備する中、いち早く2007年の本格実験開始を目指し、SRCの組み立てが2003年4月から始まる。


これからの天文学と
元素誕生の謎

矢野基盤研究部長
1987年2月23日、大マゼラン銀河で起きた超新星爆発からのニュートリノが16万光年の旅を経て地球に降り注いだ。このニュートリノをとらえ、ニュートリノ天文学を切り拓いた業績により、小柴昌俊東京大学名誉教授は2002年にノーベル物理学賞を受賞した。実は、重い元素の原子核は、このような超新星爆発で、ニュートリノなどを放出しながら誕生したと考えられている。
 原子核はプラスの電気を帯びた陽子と電気的に中性な中性子からなる。元素は陽子の数で決められており、自然界には陽子が1個の水素から92個のウランまで、さまざまな元素が存在する。
 宇宙の始まりのビッグバンでは、水素やヘリウムなどの軽い元素しかできない。重い元素は、やがて宇宙で輝きだした星の内部で作られた。ただし、重い星の中心部では、鉄やニッケルより重い元素はできない。太陽の重さほどの比較的軽い星の奥深くでは、ゆっくり時間をかければ鉄よりも重い元素を生成することが可能だが、せいぜいビスマス(陽子数83)までである。では、もっと重いウランは、どのようにして合成されたのか?
 重い星は、一生の最期になると核融合の燃料が燃え尽きて、自分自身の巨大な重力を支えきれなくなり、中心部に向かって急激に物質が落ち込む“爆縮”を起こす。爆縮は反動して大爆発に転じる。超新星爆発だ。このとき大量の中性子ができ、その中性子をニッケルが次々と吸い込んでニッケル78(陽子数28、中性子数50)まで反応が進む。するとその中の1個の中性子が電子と反ニュートリノを放出して陽子に変わり、陽子数29の銅ができる。さらに中性子を吸収してできた銅79の原子核中の1個の中性子が陽子に変わって、より重い元素ができる。約1秒のうちに、急速にこの種の中性子吸収が繰り返され、ウランまでの重い元素が一気に合成された。ここで述べた重元素の合成は、すべて不安定核を経由して進行する。不安定な原子核は崩壊し、やがて安定な原子核に変わる。こうして新しく生み出された元素は、宇宙空間にまき散らされ、新たな星の材料となる。
 「これが元素誕生の仮説です。ただし、この仮説を地上で実験的に確かめることは、今までできませんでした。元素合成の鍵を握る不安定核を実験に十分な量だけ作り出し、その性質を調べることができないからです。例えば、ドイツ国立重イオン科学研究所が90年代半ばにニッケル78を作り出すことに成功しましたが、50万秒間(約5.5日間)かかって3個しか作れません。これでは“できた”というだけで、正体は不明なままです」と矢野基盤研究部長は現状を解説する。
 不安定核の性質を知るには、たくさんの不安定核を加速した束、RIビームを効率よく作る必要がある。RIビームは強力な重イオンビームを標的の原子核に当てて作り出す。「元素誕生の謎に迫るには、今までにない強力な重イオンビームを生み出す加速器が必要なのです」
 ニッケル78を1秒間に10個作れるような性能を持つ加速器計画が、現在世界で3つ進められている。米国のRIA計画、ドイツ国立重イオン科学研究所の増強計画、そして理研のRIBF計画である。米国の計画では、加速電極を直線上に並べて粒子を加速する線型加速器(リニアック)を用いる。ドイツの加速器は電磁石を円軌道上に並べ、粒子を加速するシンクロトロンである。
 「米国もドイツも、予算申請中ですが、RIBF計画を完全にライバル視しています。しかもこれらは、全米、全欧規模の計画です」と、矢野基盤研究部長は激しい国際競争の真っただ中にいることを語った。



なぜ超伝導リング
サイクロトロンか?

図1:RIビームファクトリー計画
RIBF計画では、サイクロトロンと呼ばれる加速器を用いる(図1)。サイクロトロンは、1929年に米国・カリフォルニア大学のE.O.ローレンスが発明した。そのローレンスの助言を得て、1937年に理研の仁科芳雄主任研究員が世界で2番目のサイクロトロン(図2)を完成させた。以来、理研にはサイクロトロンの技術が脈々と受け継がれている。
 サイクロトロンでは、電場をかけてイオンビームを加速しながら、磁場で曲げて周回させる。イオンビームは、遠心力によって軌道半径を次第に大きくしながら渦巻きを描く(図3)。しかし、ビームが速くなるほど曲げにくくなるので、速いビームを曲げるには強い磁場が必要となる。また、ビームが速くなるほどイオン同士がばらばらになりやすく、より強い収束力も必要である。
 磁場を強くするには、電磁石のコイルに大電流を流さなければならない。コイルに極低温で電気抵抗がゼロになる超伝導材料を用いた超伝導磁石ならば、より大きな電流を流して、強い磁場が得られる。
 ビームを束ねるためには、磁場の強さが変化する場所でイオンが曲がることを利用する。これはレンズで光を曲げて、細く絞り込むのに似ている。従来のサイクロトロンでは電磁石は1組なので、磁極面のところどころに鉄片をはり付けることで磁場を強くし、磁場の大きさを変化させている。しかし、これでは磁場の変化は小さい。そこで生まれたアイデアが、電磁石を分割してリング状に配置するリングサイクロトロン(図4)である。電磁石のあるところ、ないところ、すなわち磁場のあるところ、ないところを交互に通過させることで、ビームを強く束ねる。
 「つまり、サイクロトロンで強力なビームを生み出すためには、超伝導磁石をリング状に並べた超伝導リングサイクロトロンを完成させる必要があるのです」

図2:理研第1号
サイクロトロン 図4:理研で稼働中のRRC
図3:サイクロトロンの原理


幻のサイクロトロンを実現する

「超伝導リングサイクロトロンは、うまく設計すれば、コンパクトで最もコストパフォーマンスの良い重イオン加速器になります。世界の主要な重イオン加速器施設は競って超伝導リングサイクロトロンの研究開発を進めました。しかし私たち以外は90年代までにいずれも開発を断念したのです」と矢野基盤研究部長は経緯を語る。
 1組の円形の超伝導コイルからなる超伝導サイクロトロンならば、欧米ですでに6台が稼働している。大電流をコイルに流して磁場が強くなるほど、大きな力(ローレンツ力)がコイルに働くが、コイルが円形であれば形が安定しているので支えやすい。ところがリングサイクロトロンでは、コイルを扇のような台形にしなければならない。コイルの直線部には巨大な力が働く。しかも分割された電磁石には互いに外側に広がろうとする力が働き、支持が難しい。超伝導磁石は、少しでもコイルが動いて温度が上がると、超伝導状態が破れ、発生する大きな電気抵抗熱でコイルが焼き切れてしまう。超伝導リングサイクロトロンの製作は技術的に格段に難しいのだ。


SRC実現の決め手
“鉄の塊タイプ”

現在稼働中のRRCはセクターと呼ばれる扇形の電磁石が4基だが、SRCは6基となる(図5)。磁場が変化する回数を増やして収束力を強くするためだ。SRCはセクターのすき間をコの字形の鉄シールドで覆った“鉄の塊タイプ”である。「この鉄シールドを、私たちは“矢野シールド”とも呼んでいます。従来のリングサイクロトロンは、RRCのように鉄シールドがない“オープンタイプ”です。SRCも当初はオープンタイプで検討していたのですが、矢野基盤研究部長のアイデアで、現在の鉄の塊タイプに変更し、大幅な性能アップが可能になりました」と語るのは、SRC開発の若手リーダー、奥野広樹研究員である。
 セクターのすき間には、加速のための電場発生装置、ビームの通り道を真空にするポンプや計測機器など、モーターや電子部品を用いた精密機器を収める。しかし従来のオープンタイプでは、超伝導のセクターで発生する強力な漏洩(ろうえい)磁場に精密機器がさらされ、そのままでは誤作動を起こしてしまうことが大問題だった。鉄の塊タイプでは、鉄シールドが磁場の漏れを防ぐので、精密機器を加速器の内部やすぐそばに設置できるようになった。鉄シールドは、加速器で発生する放射線が外部に漏れないようにする役割も果たす。

図5:SRCの構造 装置直径18.4m、総重量7800トン
図6:セクターコイルにかかる力

 鉄の塊タイプの最大の特長は、ビームを曲げやすくなったことである。オープンタイプではセクターのすき間に磁場が漏れ、ビームを逆向きに曲げるような磁場が0.5テスラ働く。この分も含めて、強く曲げるためには4.3テスラという巨大な磁場が要求された。一方、鉄の塊タイプでは、シールド部分の磁場はゼロなのでビームは真っすぐ進む。0.5テスラ分を差し引いた3.8テスラのセクター磁場で済む。
 「磁場を下げられたことによる利点は計り知れません」と奥野研究員。まずコイルにかかる力が弱くなり、構造が安定した(図6)。オープンタイプでは、直線部分に1m当たり400トンもの力がかかる。このため、コイルの内側全体を剛性が高くしっかりとした鉄心で支える設計が試みられた。鉄心ごと4K(約−269℃)まで冷やして超伝導磁石にする。「この設計には1つだけ問題点がありました。鉄心の材料として使われる強磁性体の純鉄は、低温脆性(ぜいせい)といって低温ではガラスのようにもろくなるのです。しかし鉄の塊タイプでは、コイルにかかる力が弱くなったので、低温になっても、もろくならないステンレススチール(非磁性体)の薄い2枚の板だけでコイルを安定に支持することができます。そのため鉄心は常温のままでよくなり、低温脆性の心配がなくなりました」と、奥野研究員は鉄の塊タイプの利点を解説する。しかし、コイルの支持がSRC製作の最も難しい点であることに変わりはない。「超伝導コイルの部分は、たった十数本の棒で支えています。接触部分が大きいと、熱が伝わって極低温を保てないのです。それから鉛直方向の力は要注意です。少しでも位置がずれると、ずれを助長するようにどんどん力が強くなります」
 鉄の塊タイプでは、磁場を下げられたことにより、セクターのコイルの巻き数も以前の600回から400回へと3分の2に減った。それでもセクター1基でコイル全長が約4kmもあり、それを継ぎ目なく巻き続けなければならない(図7・図8)。SRCへビームを入射するための超伝導偏向電磁石SBMは、バナナのように曲がった形にする必要がある。「こんなに曲がった超伝導コイルは誰も作ったことがありませんでした。いろいろと試みた結果、だ円状にコイルを巻いてから押さえ込んで曲げる方法で、SBMのコイルを完成させました(図9)」と奥野研究員は、SRCの開発が試行錯誤の連続であることを示した。

図7:物体像による活動スポットのパターン 図9:製作中の超伝導偏向電磁石(SBM)
図8:超伝導線の構造


2007年、SRCが動きだす

SRCでは、1周ごとに軌道半径を4mmほど大きくしながら、約400回転、10kmほどの軌道をビームに走らせる。時間にすると10万分の数秒ほどだ。相対性理論により速くなるほど粒子は重くなるので、磁場を強くしながらタイミングを合わせて電場をかけないと、ビームは減速してしまう。
 ビームはSRCでさらに1.5倍加速され、光速の70%になる。なぜ光速の70%なのか?「RIビームの発生率は、イオンビームが光速の70%になるまでどんどん向上します。しかしそれ以上の速さになると発生率はほとんど変わらなくなります。今よりもさらに加速できる装置にしても、コストに見合った成果は期待できません。私たちは元素誕生の謎を解くために、より強力で最適な加速器を作り、国際研究競争の場で勝負しようとしているのです」と矢野基盤研究部長は決意を語る。
 理研和光本所に3月に竣工する加速器棟(表紙)に、全国各地の工場で製作した総重量7800トンもの部品を集結して、4月から3年間かけてSRCを組み立てる。続く半年間でコイルの冷却や磁場の測定を行う。そして2006年中にビームの加速試験を開始し、2007年4月から本格実験を始める予定である。
 1937年の理研第1号サイクロトロン完成から70年、史上最強の超伝導リングサイクロトロンがついに動き始める。




※:不安定核 = RI
RI(ラジオアイソトープ)は、RIBFでは「不安定核」の意味で用いられる。
不安定核は、すぐにほかの種類の原子核に壊れてしまう原子核であり、陽子数と中性子数がどちらかに偏っている。一方、宇宙に存在する物質を構成するほとんどの原子核は、自然には崩壊しない「安定核」であり、陽子数と中性子数がほぼ同数である。安定核は約260種類ある。不安定核は今までに約2500種類が知られているが、全部で約6000種類あると推定されている。RIBFにより約1000種類の未知の不安定核を発見できると考えられている。





監修:中央研究所 加速器基盤研究部
基盤研究部長 矢野安重
加速器技術開発室
研究員 奥野広樹

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研究最前線

脳は物体像をどのようにとらえているのか

脳科学総合研究センター
認知脳科学研究グループ 脳統合機能研究チーム
チームリーダー 谷藤 学

目にする物体が何であるか分かる――ふだん意識することなく行っている物体認識だが、その神経メカニズムはまだ謎に包まれている。「視覚でとらえた物体像が脳の中でどのように表現され、どのように処理されるのかを明らかにすることが、究極のテーマです」と語るのは、脳科学総合研究センター(BSI)脳統合機能研究チームを率いる谷藤学チームリーダーである。谷藤チームリーダーの強みは、生物物理学と脳科学の2つの分野に精通していることだ。この強みを生かし、“新しい技術の開発”と“新しい技術を使って物体像が脳でどのように表現されているのかを見る”という2本立ての方針で研究を進めている。光を用いた内因性信号※1イメージングに加え、fOCT(機能的光コヒーレンス・トモグラフィ)という世界初の新たな技術を武器に、物体像を認識する脳の仕組みに挑む。


下側頭葉皮質に映る物体像
―物体像の脳内表現―

谷藤チームリーダー
図1:物体像の知覚認識に かかわる経路
「視覚でとらえた物体像は、スライドがスクリーンに投影されるように、そのまま脳に映し出されるわけではありません。物体像は、脳の中でどのように表現されているのか。それを見ようと、研究を進めています」と語る谷藤チームリーダーのターゲットはTE野である。
 網膜から入った視覚情報は、電気信号に変換され、視神経を通じて大脳皮質に伝えられる。ヒトやサルなどの霊長類では、まず後頭葉の第1次視覚野(V1)、そしてV2、V4と伝えられ、下側頭葉皮質の前部にあるTE野へと到達する(図1)。その先には、視覚情報に限らないさまざまな感覚情報をもとに、行動の計画や、事物の記憶に関係している部位がある。視覚的にとらえた物体像の表現という意味で最終段階に当たるのがTE野だ。
 視覚情報処理に関係する部位として下側頭葉皮質が研究されるようになったのは1970年代である。米国のチャールズ・グロスやその他の研究者による初期の研究によって、下側頭葉皮質の神経細胞がさまざまな物体像や図形パターンに応答することが、まず見いだされた。例えば、この部位には顔だけに応答する神経細胞「顔細胞」がある。
 1990年代になると、田中啓治(BSI認知機能表現研究チーム・チームリーダー)らが、多くの神経細胞は個々の物体像そのものではなく、そこに含まれる中程度に複雑な図形特徴に応答することを明らかにした。このことは、1つの神経細胞の活動だけでは物体像を表現することができないことを示している。
 「1996年、BSIの前身にあたる理研国際フロンティア研究システムに来た時、研究を進めるためには、まず新しい計測技術を確立しなければならないと思いました。それまでの研究手法には限界があったからです」
 従来の方法では、微小電極を使って1つ1つの神経細胞から活動を計測する。この方法で同時に調べることができる神経細胞は1〜2個だ。「神経細胞が物体像に含まれる図形特徴に応答するとしたら、たくさんの神経細胞の活動を同時に観測しなければ、物体像全体がどのような組み合わせで表現されているのかが分かりません」


多くの神経細胞の活動を
同時に見る

たくさんの神経細胞の活動を同時に観測するために、谷藤チームリーダーが使った技術が、内因性信号の光イメージングである。神経細胞が活動すると、血液中のヘモグロビンから酸素を奪う。酸素を失ったヘモグロビン(還元ヘモグロビン)はよく光を吸収するので、神経組織を照明して戻ってくる光(反射光)は減少し、その部位が暗くなる。このような神経組織の代謝に起因する内因性信号を利用し、神経活動を画像化するというものだ。「傷口から出る血は鮮やかな赤ですが、すぐ暗紅色になるのと同じ原理です」と谷藤チームリーダーは説明する。
 実験には、ヒトと視覚機能が似ているマカクザルを使う。波長607nmの赤色光でTE野を照明し、サルに物体を見せたときに脳表面が暗くなる様子をCCDカメラで記録する。その変化は、空気中に取り出した血液の明るさの変化よりはるかに小さい。「神経活動による脳表面の明るさの変化は、第1次視覚野でせいぜい0.1%、私たちが計測しているTE野ではわずか0.01%です。CCDカメラの映像から、その小さな変化を取り出してくるのは、技術的にとても難しいことです」。TE野の内因性光信号をとらえる技術を持っているのは、世界的にも脳統合機能研究チームだけである。


図形特徴の組み合わせで
物体像を表現

ある物体をサルに見せると、暗くなる部位、つまり神経活動が起きている部位がスポット状に複数現れる。まさに、視覚でとらえた物体像が脳で表現される様子を示しているのだ。1つのスポットには約1万個の神経細胞が含まれている。
 3つの物体を見せた場合の例が図2である。3つのいずれにも活動するスポットもあるが、1つでしか活動しないスポットもある。この観測結果は、「前者は3つの物体像に共通して含まれる図形特徴に応答し、後者は1つの物体像にしか含まれない図形特徴に応答している」と仮定すると、説明できる。
 脳統合機能研究チームの角田和繁研究員は、その仮説を検証するために、物体を単純化して活動スポットの分布の変化を観察した。その結果、図3のように、単純化によって活動スポットが減少する場合があることが分かった。単純化によって活動しなくなったスポットは、単純化によって失われた図形特徴に応答していたのだ。「物体像は、まさに図形特徴の組み合わせで表現されていたのです」と谷藤チームリーダーは解説する。

図2:物体像による活動スポットのパターン
図3:単純化による活動スポットの減少

 しかし研究を進めていくと、簡単に説明できないケースが出てきた。「消火器を使っていたときです。単純化したら、新たなスポットが出現してしまったのです」。問題になったのは、図4のスポットCだ。谷藤チームリーダーは、予想外の結果をむしろ面白いと感じた。「複雑な物体像を表現するのに、神経細胞をたくさん使うばかりではなく、少ない数で表現できるメカニズムもあるのではないか、と考えたのです」
 スポットCは何に応答しているのだろうか。特定のスポットの神経細胞がどのような図形特徴に応答するかをリアルタイムで調べるには、微小電極を使って神経活動を直接調べる方法が簡便である。
 その実験結果が図5である。スポットAは手やノズルのように複数の突起が中心から突き出した形に、Bはホースのように緩やかに湾曲したカーブに、Dは長方形や消火器のようにある方向に細長く伸びた形に、それぞれ応答していることが明らかになった。注目すべきは、スポットDが細長く伸びた形であればよく、だ円にでも応答することだ。ところが、スポットCは長方形に応答するが、だ円には応答しない。つまり、消火器の胴体にホースがついた形は“長方形”ではなく、むしろ“だ円に近い長方形”であることを、スポットCが活動しないことで表現していたのだ。
 このような結果から、角田研究員は「物体像は、複数の図形特徴の組み合わせで表現される。しかし、活動するスポットの“足し算”だけでなく、あるスポットが活動しないという“引き算”も、物体像の表現に重要な役割を果たしている」と考えている。このように、活動しないスポットも含めて物体像を表現していると考えると、照明の条件や見る角度によっていろいろなふうに見える物体像を、TE野という限られた領域の中で異なるパターンとして表現することが可能になる。
 内因性信号光イメージングでスポットを見つけ、そこから微小電極で神経細胞の活動を直接記録するという、2つの手法を組み合わせた実験は、物体像の知覚についてのさまざまな問題にアプローチする有力な手段である。
 例えば、もし部分的な図形特徴の組み合わせによって物体像が表現されているとすると、部分と部分の空間的な位置関係はどのように表現するのだろうか、という問題がある。丸と四角という2つの図形特徴があることが分かっても、丸が四角の上にあるか下にあるかで、まったく違う物体像になる。脳統合機能研究チームで受託大学院生として研究している山根ゆか子さんは、図形特徴そのものの性質によらず、それらが上下に並んでいるときにだけ活動するスポットがあることを見つけ出した。すなわち、図形特徴の位置関係を表現している神経細胞があるのだ。
 ぬいぐるみと消火器が並んでいる場合、それぞれの図形特徴が混ざらずに識別できることも不思議だ。ぬいぐるみに含まれる図形特徴に応答するスポット群と、消火器に含まれる図形特徴に応答するスポット群は、別のタイミングで、それぞれ同時に活動しているのかもしれない。脳統合機能研究チームでは、内田豪研究員が中心になってその可能性を検討している。

図4:単純化による新たなスポットの出現 図5:各スポットが応答した図形特徴


fOCTで神経活動の
断層像をとらえる

図6:脳統合機能研究チームが開発したfOCT
図7:fOCTによる第1次視覚野活動の断層像
内因性信号光イメージングと微小電極による計測によって、物体像が脳でどのように表現されているのかが、次第に明らかになってきた。しかし、現在の技術にはまだ、いろいろな欠点がある。谷藤チームリーダーは、新たな技術の開発によってその欠点を克服し、物体像の脳内表現をさらに詳細にとらえようとしている。
 「内因性信号の光イメージングでは、信号がどの深さの神経細胞に由来しているかが分かりません。次に知りたいのは、深さ方向の情報です」
 大脳皮質は厚さ約2mmのシートで6つの層からなっている。しかし、内因性信号の光イメージングで使う波長607nmの光は、1mmくらいの深さまでしか届かない。しかも反射光の変化は、厚さ1mmの情報が加算されてしまっているのだ。
 大脳皮質では、似た図形特徴に応答する神経細胞が1万個ほど集まって、直径約0.5mm、厚さ約2mmの柱状をしたコラム構造を作っていると考えられている。「内因性信号光イメージングで見えているスポットは、サイズとしてはコラムの直径と同じです。しかし、大脳皮質の表層しか見ていないので、厳密な意味でコラムに相当するかどうかは分かりません。もしかしたら、上層と下層では応答が違うかもしれません」
 深さ方向の情報を得るために、谷藤チームリーダーが注目した技術が、光コヒーレンス・トモグラフィ(OCT)※2である。OCTは、レーザーの干渉を用いて断層像を得る技術だ。「神経活動によって、血管が拡張したり細胞の形が変わったり、さまざまな組織の構造変化が起きます。その結果、神経活動の前後では入射光に対する散乱強度が変化し、反射光が増減する。OCTでその変化を画像化すれば、神経活動が分かるのではないかと考えたのです」
 脳統合機能研究チームでは、インドから来たラジャゴパラン・ウママヘスワリ研究員を中心に、物体を見たときの神経活動を画像化し、脳の機能を知ることができる機能的光コヒーレンス・トモグラフィ(fOCT)を世界で初めて開発した(図6)。
 図7は、ネコに物体を見せ、fOCTによって第1次視覚野における反射光の変化をとらえた断層像である。ある特定の深さの場所だけで変化が大きいことが分かる。この局所的な変化は、ある深さの神経細胞が特に高い活動をしているためなのか、あるいは神経活動によって引き起こされる代謝変化がその深さで大きいだけなのかを、現在検討している。さらに今後は、3次元像を得ることを目指す。
 研究チームでは、fOCTにパルスレーザーを使う準備を進めている。レーザーの強度を上げれば、より深くまで見ることができるが、脳に損傷を与えてしまう。そこで、短時間に強いレーザーを照射できるパルスレーザーを使うのだ。大脳皮質の表面には「脳溝」と呼ばれるたくさんの溝があるが、脳溝の奥は光が届かないため、これまで計測ができなかった。パルスレーザーを用いたfOCTであれば、脳に損傷を与えることなく脳溝の神経活動を調べることも可能になるだろう。


ヒトでの非侵襲計測も可能

「fOCTは将来、非侵襲でも使えるかもしれません」と谷藤チームリーダーは語る。fOCTで使う波長1.3μmの光は、透過性がとても高いのだ。外科的な手術を必要としない非侵襲計測であれば、ヒトを対象にした実験も可能である。現在、非侵襲で脳の機能を計測できる技術としてはfMRI(機能的磁気共鳴画像診断装置)がある。fMRIの空間分解能は、たかだか1mmだ。一方、fOCTの分解能は深さ方向0.034mm、水平方向0.015mmである。神経細胞の細胞体の大きさはおよそ0.01mmだ。fOCTの解像度がいかに高いかが分かるだろう。
 「脳科学の進展において、計測技術の開発は中心的な役割を果たしてきました。新しい技術ができると、新しい発見がある」と谷藤チームリーダーは語る。fOCTは、物体認識のメカニズム解明にとどまらず、広く脳科学全般に新たな展開をもたらすに違いない。




※1:内因性信号
神経細胞の活動に伴って起きる代謝変化の中で、光学的に検出が可能なもの。血流量の変化、還元ヘモグロビン濃度の上昇による光の吸収の変化、細胞の構造変化による光の散乱強度の変化などがある。



※2:光コヒーレンス・トモグラフィ(OCT)
コヒーレンス光源による光の干渉を用いて、生体組織の構造を測定する方法。光源からの光を2つに分け、1つは組織を、1つは参照ミラーに当てる。組織と参照ミラーからそれぞれ反射された光は、伝播した距離が同じ成分だけが干渉し、強くなる。この原理を応用して、参照ミラーを前後に動かして測定する深さを連続的に変えることで、断層像を得ることができる。





監修:脳科学総合研究センター
認知脳科学研究グループ
脳統合機能研究チーム
チームリーダー 谷藤 学

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SPOT NEWS

植物の維管束づくりに働く
遺伝子セットを発見

森林の環境保護や有用樹木の作出に向けた大きな一歩

当研究所は、東京大学と共同で、植物の維管束づくりに働く遺伝子セットを発見した。理研横浜研究所植物科学研究センター形態形成研究グループの福田裕穂(ひろお)グループディレクター、出村拓チームリーダーらの研究グループによる成果。植物の維管束は、動物の神経・血管に当たり、情報や物質の運搬に働いている。研究グループでは、1個の細胞から1個の維管束細胞へと分化する幹細胞分化系を自ら開発。分化系から単離した約8000の遺伝子が維管束形成過程で、いつどのようなセットで働くかを詳細に調べ、遺伝子をカタログ化することに世界で初めて成功した。この中には、地球上の最大のバイオマス※1であるセルロース※2、第2位のリグニン※2などの合成酵素遺伝子が含まれていた。今後これらの遺伝子や、それを制御する遺伝子を利用することで、植物の成長をコントロールできるほか、樹木のバイオマス成分の“量”や“質”を改変する道が拓かれるものと期待される。


樹木の材は、維管束細胞からできており、植物の作り出すバイオマスの大部分は維管束だといっても過言ではない。また、情報や物質の運搬において、維管束は極めて重要な組織である。近年、樹木の材の形成メカニズムを遺伝子レベルで明らかにするための研究が盛んに進められている。これまでに欧米では、マツやポプラなどの材形成過程で発現する遺伝子のcDNAが多数単離され、ポプラでは約3000の遺伝子について、材のどの領域に発現するかが調べられている。また、2004年までにポプラの全ゲノム配列を明らかにしようとする国際協力も始まっている。しかし、樹木から維管束の細胞だけを取り出し、材形成の時間を追って遺伝子の発現変動を詳細に調べるのは大変難しい。


研究グループでは、自らが開発した1個の光合成細胞から1個の維管束細胞への分化を誘導できるヒャクニチソウ培養細胞系を用いて、さまざまな手法で維管束細胞の形成に関する研究開発を進め、多くの研究成果を挙げてきた。ヒャクニチソウでは実験材料を破砕するブレンダーなどを用いることで、芽生えの本葉から光合成細胞(葉肉細胞)を簡単に取り出すことができる。また、取り出した葉肉細胞は、植物ホルモンであるオーキシンとサイトカイニンが含まれる液体培地での培養によって、水や栄養素の輸送に働く道管細胞をはじめとした維管束細胞へ分化する(写真)。今回研究グループでは、このヒャクニチソウ培養細胞系を用いて、維管束形成に働く遺伝子群のカタログ化を行った。


まず、ヒャクニチソウ培養細胞系で発現する遺伝子が、ほぼ同じ頻度で含まれる均一化cDNAライブラリーを作成した。このcDNAライブラリーから約8000種のcDNAを単離し、マイクロアレイ解析法を用いて、維管束形成過程でこれらの遺伝子の発現がどのように変動するかを詳細に調べた。その結果、少なくとも500種の遺伝子が、維管束形成過程で顕著な発現変動を示すことが分かった。さらに維管束形成の活性化にかかわる遺伝子セットなど、機能ごとの遺伝子セットに分類した。また、新たに発見された遺伝子群と、ポプラの遺伝子やモデル植物としてすでに全ゲノム配列が決定されているシロイヌナズナの遺伝子を比較したところ、遺伝子配列の相同性が非常に高い遺伝子が存在していた。


樹木の大部分を構成する材(維管束細胞)が作られる仕組みを明らかにすることは、森林の環境保護や有用樹木の作出につながる重要な課題である。研究グループでは、維管束形成のメカニズムを解明するため、国際協力のもと解読が進められているポプラの全ゲノム配列情報と研究グループが進めている遺伝子セットの解析結果を組み合わせることによって、材形成の鍵遺伝子を明らかにすることを目指している。本研究成果の詳細は、米国の科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America: PNAS』(11月18日号)に掲載された。

ヒャクニチソウ培養細胞系


※1:バイオマス
生物を原材料とするエネルギー源の総称。
その活用技術をめぐって、日米欧において開発競争が行われている。



※2:セルロースとリグニン
セルロースは、植物細胞壁の主成分であり、自然界に最も多量に存在する多糖。
リグニンは、道管などの維管束細胞の細胞壁中にセルロースなどと結合して沈着するフェニルプロパノイド重合物で、細胞壁を補強する役割を持つ。





監修:植物科学研究センター
形態形成研究グループ
チームリーダー 出村 拓

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特集


高エネルギー天文学の新たな夜明け
「EUSO」計画を支える理研の技術

宇宙では超高エネルギーの素粒子が光速に近い速さで飛び交っている。この極限エネルギー宇宙線を宇宙空間から観測し、その正体を解き明かすため、国際宇宙ステーション(ISS)に大型のレンズ望遠鏡を搭載する「EUSO(ユーゾ)(Extreme Universe Space Observatory:広角超高エネルギー宇宙線望遠鏡)」計画が進んでいる。EUSO計画は、欧州宇宙機関(ESA)を中心に、日・欧・米が協力して推進。日本は焦点面検出器を、米国は光学系(レンズ面)を、欧州は電気系統および打ち上げに対する責任を負う予定だ。日本では理研情報基盤研究部(戎崎俊一基盤研究部長)が中心となり、検出器の基礎研究を行っている。さらに、米国の担当するレンズ面の製作に当たっては、理研中央研究所素形材工学研究室の超精密加工技術が採用され、共同で製作することが決まった。日本の“ものづくり”技術の粋を集めて完成を目指すEUSOが、高エネルギー天文学の新たな地平を切り拓いていく。


相対性理論は正しいのか?

巨大なエネルギーが絶えずうみ出されている宇宙。はるかかなたの宇宙で起こるガンマ線バーストは、宇宙の一点から爆発的にガンマ線などが放出される高エネルギー現象の一つであり、高エネルギーを持った宇宙線が放出される。中でも最も高いエネルギー領域を持つ極限エネルギー宇宙線は、いまだ起源が解明されていない謎の現象である。この高エネルギー宇宙線は、宇宙空間を移動するうちに、ビッグバンの残光と考えられている宇宙背景マイクロ波放射との相互作用によって速度が落ち、5×1019eVまでエネルギーが減衰する。このエネルギー限界を発見者の名前からGZK(グライセン・ザツェピン・クズミン)限界と呼び、これ以上のエネルギーを持つ宇宙線は、存在しないと考えられていた。
 しかし1990年代に入り、この限界を超える極限エネルギー宇宙線が次々と見つかった。東京大学宇宙線研究所では、山梨県明野村に高エネルギー宇宙線を検出する「明野広域空気シャワーアレイ(AGASA)」を世界最大規模(約100km2)で展開。AGASAによる1990年から今までの観測により、GZK限界を超える1020eV以上の高エネルギー粒子が11個見つかった。このことはGZK限界を導く“前提”の見直しを意味する。その前提こそが現代物理学を導いたアインシュタインによる「相対性理論」であった。相対性理論のほころびは、物理学の根本を揺るがすものであり、極限エネルギー宇宙線にかかわる研究は、まさに物理学に残された最後の、そして最大のフロンティアである。


宇宙望遠鏡「EUSO」

図1:EUSOの検出原理
EUSOは、夜の地球大気に飛び込む極限エネルギー宇宙線によって生じる蛍光(チェレンコフ光)をとらえる望遠鏡だ(図1)。米国・アラバマ大学の高橋義幸教授(理研客員主幹研究員)らが計画をまとめ、2000年1月に欧州宇宙機関(ESA)へ提案した。3月にはESAの計画として正式に採択され、フェーズA(基礎研究・概念設計)がスタート。焦点面検出器の開発を日本が、光学系を米国が、電気系統を欧州が担当するスキームができあがった。EUSOは、大型化・広視野化の難しい反射望遠鏡に代わり、アクリル樹脂を用いた高精度な口径2.5m(視野角60度)のフレネルレンズを採用し、国際宇宙ステーション(ISS)のESAの実験モジュール「コロンバス」に取り付けられる(図2)。
 GZK限界の破たんを検証するためには、精度良いエネルギースペクトルが必要である。EUSOでは、1021eV領域までの高精度なエネルギースペクトルの決定を行う。さらに、高エネルギー宇宙線の到来方向分布を正確に決定することにより、起源天体の推定を目指す。最近の研究では、地球上に降り注ぐ極限エネルギー宇宙線は100km2当たり年間1個と考えられており、視野角60度を持つEUSOでは、約10万km2まで視野が広がるため、年に数百個は極限エネルギー宇宙線をキャッチできる計算だ。この極限エネルギー宇宙線にかかわるデータを効率的に蓄積することこそが、EUSOの使命であり、そこから得られる観測事実が新しい物理学を切り拓く。
図2:ISSの実験モジュール「コロンバス」(ESA)に取り付けられる「EUSO」


焦点面検出器の開発

図3:浜松ホトニクスと共同で開発を進めている検出器
日本が担当する焦点面検出器は、理研情報基盤研究部イメージ情報技術開発室の清水裕彦室長のもと、浜松ホトニクス(株)と共同で基礎研究が進んでいる。焦点面にはニュートリノ天文学を切り拓き、一躍有名になったカミオカンデにも使われている光電子増倍管(PMT)が敷き詰められる。スーパーカミオカンデのものは20インチ(約50cm)だが、EUSOのものは1インチ(約2.5cm)。しかし現在製品化されている1インチのPMTは、光を増倍する有感面積率が45%しかない。これを90%に引き上げることが研究開発の目標となった。衛星軌道からの観測では、遠方から大気中での発光をとらえる必要があるため、目的の蛍光をとらえるには感度を極限まで上げる必要がある。
 研究グループでは、有感面積率を上げるために“電子収束”という手法を用いた。PMTは、光から電子を生じる光電面と、発生した電子を増幅するダイノードからなる。改良型PMTは、光電面と1段目のダイノードとの間を広げ、付加電極を加えることによって、発生した電子を1段目のダイノードへと収束させる。この方法で有感領域を85%まで向上させ、さらに光電面に光を導く反射鏡をPMTの縁の部分に設置することで、有感面積率90%を達成した(図3)。この改良型PMTは、焦点面に約5000個設置される。さらに研究グループでは、光電面のピッチを6mm角から4mm角として角度分解能を高めた新しいタイプのPMTや、光電面の材質を変え、PMTの量子効率を向上させるための開発も行っている。


レンズ面の成形にチャレンジ

図4:超精密加工および熱プレス技術で作製されたフレネルレンズ
(ペタル)
EUSOの特徴の一つがフレネルレンズを使ったレンズ望遠鏡という点だ。現在、宇宙で活躍するハッブル宇宙望遠鏡は反射鏡を使ったものだが、より遠くの天体を観測するためには口径を大きくする必要がある。しかし大口径化は、反射鏡の重量が増し、加えて鏡面精度を維持することも難しくなる。一方、レンズ望遠鏡の鏡面は、反射鏡に比べ工作精度に対する条件が緩く、広視野化も容易だ。また、アクリルを素材として用いることによって軽量化もできる。レンズの製作は、米国・アラバマ大学で行われる。普通のフレネルレンズは平面だが、EUSOに使われるフレネルレンズは分解能を高めるために湾曲させ、レンズの両面に光を集光するための溝を切る設計となっていた。
 アラバマ大学の技術では、口径1m以上のレンズを作ることが困難である。計画では、その周りに扇状のフレネルレンズ(ペタル)を組み合わせることで、レンズを大型化する(図4)。ペタルを作るための金型は、両面を非対称な曲面に成形し、さらに微細(0.8μm)な溝を刻まなくてはならない。この世界最高難度の加工を実現させたのが、理研素形材工学研究室の大森 整(ひとし)主任研究員が長年培ってきた電解インプロセスドレッシング(ELID)研削を主体とした超精密加工技術だった。ELID研削技術自体はナノレベルの加工技術として有名だが、非対称な両面を加工するため、3軸の直行軸が回転し、4つの自由度を持った新たな超精密加工装置を考案した。また、非対称なレンズ面をアクリル樹脂に均等に熱プレスする技術も大森主任研究員らの研究グループによって開発された。


EUSOがもたらすもの

EUSO計画は、2002年9月よりフェーズB(仕様、設計、試作試験、重要項目開発・試験)に移行した。大森主任研究員らによる加工技術は、米航空宇宙局(NASA)が次世代望遠鏡技術として高く評価している。また、検出器の高度化は、EUSOの高性能化に直結するものであり、日本で培われてきた技術が花開くことは間違いない。まさに、日本の“ものづくり”技術が国際プロジェクトで脚光を浴びているのだ。
 現在、EUSOは2008年に打ち上げられ、ISSへの取り付けが予定されている。GZK限界を超えた極限エネルギー素粒子を数多くキャッチすることで、論争の的となっているアインシュタインの相対性理論の是非を検証できる。さらに宇宙誕生のビッグバンで発生した位相欠陥の発見や、量子重力の検出なども期待されている。






執筆・文責:嶋田庸嗣(広報室)
監修:中央研究所 情報基盤研究部
基盤研究部長 戎崎俊一
客員主幹研究員 高橋義幸
イメージ情報技術開発室
室長 清水裕彦
中央研究所 素形材工学研究室
主任研究員 大森 整

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TOPICS



“脳の発達と生涯にわたる学習”に関する
会議を開催



ネットワーク会議に先立ち行われた「脳と教育」に関する市民公開講座“脳の発達と生涯にわたる学習”をテーマに、研究の状況と今後の方向性を議論する会議が2002年12月10日から2日間、横浜ロイヤルパークホテル(横浜市西区)で開かれました。本会議は、OECD CERI(教育研究革新センター)が進める「学習科学と脳研究プロジェクト」の一環として行われ、脳科学研究者と教育者らとのネットワークを構築することを目的としています。理研脳科学総合研究センター(BSI)とOECD CERIとの共催で行われた今回の会議では、「幼児期における学習」、「少年期における学習」、「生涯にわたる学習」の3つをテーマに設定し、国内外の脳科学研究者による最新の研究を披露しました。その後、教育に関する専門家などを交え、今後の研究の進め方について議論しました。
 OECD CERIは、経済協力開発機構(OECD)の教育部門を構成する機関で、教育の革新とその実践のための研究事業を行っています。その事業の一つとして「学習科学と脳研究(Learning Sciences and Brain Research)」を展開。2000年からの2年間の研究(第1フェーズ)を終え、2002年より第2フェーズに移行しました。第2フェーズでは、「脳の発達と読み書き能力」、「脳の発達と数学的思考」、「脳の発達と生涯にわたる学習」の3つの国際的なネットワークを設け、研究を進めていきます。「脳の発達と生涯にわたる学習」では、理研BSIの伊藤正男所長がネットワークコーディネーターを務めています。
 また、会議に先立ち12月9日、市民公開講座「脳と教育〜未来社会への鍵〜」がランドマークホール(横浜市西区)で開かれました。公開講座では、日立製作所の小泉英明基礎研究所・中央研究所主管研究長が「脳を育む:学習と教育の科学」をテーマに、学習に関する脳科学研究の最前線を紹介。お茶の水女子大学の本田和子(ますこ)学長は、「『頭』ってなーに?」と題して、市民が抱く“脳”に対するイメージを披露したほか、教育者と脳の研究者との対話の重要性を説きました。講演後には、教育者、脳科学研究者らによるパネルディスカッションが行われ、約250名の来聴者がありました。






「和光市民大学講座」を開催




筆者近影
写真02
生涯学習の一環として開かれる和光市民大学講座(主催:和光市教育委員会)が2002年12月14日、同市の中央公民館で開かれました。今回の市民講座は、当研究所の研究員が講師として協力。「ナノテクノロジーとは?―その目指すもの―」をテーマに、高橋勝緒氏(広報室)が「理化学研究所の先端研究」、川合真紀主任研究員(中央研究所 表面化学研究室)が「ナノテクノロジーとは;微細化から分子による機能構築へ」、原正彦チームリーダー(フロンティア研究システム 局所時空間機能研究チーム)が「ナノテクノロジーとバイオテクノロジーの融合」と題して講演しました。
 また、12月25日には、小・中学生を対象にしたクリスマスレクチャー「科学への招待」を理研・和光本所で開きました。クリスマスレクチャーには約40名の参加者があり、小林俊一理事長が「科学実験ってなあに?」をテーマに、科学の面白さについてやさしく講演するとともに、液体窒素とドライアイスを使った“低温実験”を披露しました。また、戎崎俊一基盤研究部長(中央研究所 情報基盤研究部)が「大宇宙と分子の世界を見る」と題して、コンピュータを駆使した立体映像を使って、分かりやすく解説しました。





和光本所 お花見・構内開放のお知らせ



桜の開花時期に合わせて、和光本所の構内の一部を開放する予定です。桜の開花時期を考慮し、開放日の詳細はホームページ(http://www.riken.go.jp)でお知らせします。





原酒
ぶらり金沢で


筆者近影
USM構内のモスク
昨年9月に開催された第39回全国広報公聴研究大会での広報誌コンクールで『理研ニュース』が賞を受けることになり、金沢を訪問した。その折、時間を見つけて石川県立美術館を訪ねることにした。目的は、かの有名な野々村仁清(にんせい)の雉(きじ)の香炉一対である。ほとんどの美術品を素通りして、目的の部屋に直行した。大きなガラスの展示ケースに入った一対の雉の香炉は、その形といい色といい、さすが国宝と重要文化財に認定されているだけのことはある。特に雌雉の銀色に輝く姿は、色絵で絵付けされたもう一方の作品と違って、より新鮮であり、かえって引きつけられるものがあった。


その興奮が覚めやらぬまま、他の展示室へと足を運んだ。工芸作品の展示室に、なにか記憶に残るものを見出した。雷鳥の図の文箱(ふばこ)である。だいぶ前に、テレビのドキュメンタリー番組で同じような作品が紹介されていたことを思い出した。鶉(うずら)の卵殻(らんかく)を使った蒔絵である。ほとんど一色に見える卵殻の微妙な色の違いを利用して作品を作り上げて行くものであった。その時、取り上げられていたのは何羽かの鶴の飛翔の姿であったような気がするが、その雰囲気は変わらなかった。漆黒の漆に浮かびあがる雷鳥は、凛とした印象を漂わせていた。作品に近づくにつれ、その巧みな技に圧倒される感じとなった。図柄の隅々にまで行き届いた感性と卵殻の微妙な色の移り変わり、素晴らしいという言葉以外見つからなかった。


一息ついて作品の下に掲げられた銘板に目を留めた。作者は、寺井直次、重要無形文化財技術保持者、いわゆる、人間国宝である。石川県出身であり、この美術館に作品が多く残されていることに納得する。無論、基本は、輪島塗蒔絵である。続けて、東京美術学校、現在の東京芸術大学を卒業後、なんと理化学研究所に在籍と書いてある。一瞬目を疑った。私の中で、すぐには科学と美術が結び付かなかったからである。また、時には、理研以外の理化学研究所があったりして、驚かされる経験も少なからずあったからである。読み進むと理化学研究所静岡工場に勤務とある。ますます分からなくなってしまったが、作品の美しさは変わらない。野々村仁清と寺井直次、2人の素晴らしい作品をみた余韻を残して、美術館を後にした。


さて、理研に戻り早速、正本弘子さん(広報室・史料室担当)にその話をした。すると、蒔絵のことはともかく、寺井直次が理研に在籍していたというではないか。戦前、理研は、開発したアルマイトが、様々な色に発色できることを利用し、これらを使った多くの製品を制作していた。そうだとすると、その応用として美大を出た寺井直次を採用することは、理に適(かな)ったことになる。またアルマイトの生産工場が静岡にあったことも分かり美術館で見た経歴とも符合する。その時、彼女が静岡県庁に所縁(ゆかり)のアルマイト壁画があると言った。静岡県庁本館も戦前の建物であって、作品の保存状態も気になるところから、早速訪ねてみた。2階から3階への踊り場にあったその壁画は縦4メートル横2メートルに達する大きなもので漆の上にアルマイトが象嵌(ぞうがん)された金胎(きんたい)であった。図柄は、蜜柑(みかん)とお茶の花が満載され魚の泳ぐ海に浮かぶ帆掛け舟でまさに静岡の産物礼賛であった。県の担当者によると県庁本館は、文化財として登録され永く保存されることが決まったとのこと。この壁画が、直次の作品であるかどうか今となっては不明であるが、これからも多くの人の目を楽しませることになるだろう。


広報室 室長●矢野倉 実


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理研ニュース

3 No.261:March 2003
発行日
平成15年3月5日
編集発行
理化学研究所 広報室
〒351-0198
埼玉県和光市広沢2番1号
phone: 048-467-8349[ダイヤルイン]
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