LOGO 理研ニュース
No. 250 April 2002

(上)ナノ物質工学研究室が開発したDMA
「ナノ粒子のサイズごとの特性を探り、新たなナノ構造体を作る」から

(下)IP3受容体の構造変化
「生命の神秘を解き明かすカルシウム振動」から
(上)ナノ物質工学研究室が開発したDMA
(下)IP3受容体の構造変化



研究最前線

ナノ粒子のサイズごとの特性を探り、
新たなナノ構造体を作る

中央研究所 ナノ物質工学研究室
主任研究員 武内一夫

1nm(ナノメートル)は10億分の1mで、原子数個分の大きさである。ナノスケールの物質は、あるサイズ以下になったときにだけ特異的な機能を示す可能性が、理論的に予想されている。「そこがナノテクノロジーの面白いところです」と武内一夫主任研究員は語る。しかしこれまで、ナノ粒子をサイズごとに選別する技術がなかったため、サイズごとの特性を実験で確かめることができなかった。中央研究所ナノ物質工学研究室では、DMA(Differential Mobility Analyzer:微分型電気移動度測定装置)を使って、1nmから数百nmの粒子をサイズごとに選別する技術を開発した。その過程で、世界で初めてC60が1nmを示す標準粒子として使えることを実証した。研究室ではDMAを用いて、ナノ粒子のサイズごとの特性を探り、新しい機能を持つナノ構造体を作り出そうとしている。


手付かずの領域

武内主任研究員トンネル顕微鏡などの技術の進歩により、約0.1nmという原子レベルの大きさまで測定することが可能になってきた。ただしこれは、試料を顕微鏡にセットできる状態に限られる。粒子が浮遊している状態では、ナノ物質工学研究室が1999年に低圧型DMA(図1)を完成させるまで、1nmから数十nmサイズの粒子を精度よく計測することは不可能だった。
 数百nm以上の大きな粒子であれば、レーザーを照射して浮遊粒子からの散乱光をとらえる光散乱法で、粒子のサイズを精度よく計測できる。これは、暗い部屋に光が差し込んだときに、浮遊しているホコリがよく見える現象と同じ原理を利用した方法である。しかし光散乱法では、粒子のサイズが光の波長より小さくなると、散乱光が著しく減少して計測ができなくなる。可視光レーザーの波長は数百nmなので、数十nmの粒子を精度よく計測することはできない。波長を短くして、数十nm以下の粒子を測定するには、大規模な装置が必要となるだろう。
 逆に、nmよりも小さい粒子は、サイズを質量分析器で間接的に測定できる。質量分析器は、試料をイオン化して、磁場や電場をかけたときの試料の軌道から、質量を量る装置である。その質量からサイズを推定できる。しかし試料がnmサイズになると質量が大きくなりすぎて、電場や磁場の強度を飛躍的に強くしなければならない。質量のわずかな違いを見分ける分解能も著しく悪くなり、実用的な装置を作ることは難しい。


低圧型DMAの開発

図1:ナノ物質工学研究室が開発したDMA
図2:DMAの原理図
武内主任研究員らによるDMAの開発は、旧科学技術庁の「分子レーザー法ウラン濃縮プロジェクト(1985年〜1993年)」の中でスタートした。DMA自体は1970年代ごろから、大気科学において気象観測用に使用されていた。ただしウラン濃縮プロジェクトでは、低圧の環境で浮遊するナノサイズの粒子を計測することが求められた。「DMAをそのような条件で利用しようとは、私たち以外には誰も考えもしなかったと思います」と武内主任研究員は語る。
 DMAは2重の筒型電極からなる(図2)。外側と内側の筒の間に“シースガス”と呼ばれる上から下への安定したガスの流れを作る。そこに試料となる帯電させたナノ粒子を入れて、筒の間に電圧をかけると、静電気力が働き、ナノ粒子はシースガスで下方に流されながら、内側の筒に引き寄せられていく。このとき、小さな粒子ほど速く、上方で内側の筒に到着することになる。内側の筒にスリットを開けておけば、特定のサイズの粒子だけがスリットを通る。かける電圧の大きさにより、取り出す粒子のサイズを変えることができる。スリットから出た粒子は電流計に導かれ、粒子の密度が求められる。
 DMA開発の中心メンバーである薛光洙(ソル クァンスー)研究員は、DMAの原理を次のように例える。「川を渡ろうとするいろいろなサイズの船があるとします。それぞれの船には同じ馬力のモーターを搭載します。対岸に渡るときに、大きい船はより遅いスピードでしか渡れません。すると川の流れに流されて下流の岸に到着します。軽い船は速く、上流の岸に到着します。対岸の1ヶ所に出口を設ければ、常に一定の大きさの船が出口を通ります。船がナノ粒子、モーターが静電気力、川の流れがシースガス、対岸が内側の筒、出口がスリットというわけです」
 研究室で開発したDMAは、大気圧の数百分の1という極めて低い圧力で稼働させることができる。大気圧に近いと、浮遊するナノ粒子同士はすぐにくっつき合う。低圧で稼働するDMAだからこそ、ナノ粒子をバラバラな状態で、大きさごとに精度よく選別することが、初めて可能になったのである。さらに選別した粒子を堆積したり、加工する際にも、低圧の環境が必要となる。
 低圧の場でDMAを稼働させるには、わずかな圧力差でも、シースガスをよどみなく流れるようにしなければならない。ガスの流れに乱れがあると、正確な計測はできないのだ。「DMAの設計では、トライ・アンド・エラーでいろいろな形状を試して、いちばんよく動作する形にしていきました」と薛研究員。
 「DMAの完成は、技師1人の力でも、1人の研究員の画期的なアイデアによるものでもありません。あちらを立てれば、こちらが立たず、といった一種のトレード・オフの中で、装置製作技術と計測理論から知識や経験を持ち寄って、さまざまな条件を総合的に最適化し、唯一可能な設計を探り当てたのです」と武内主任研究員は開発過程を振り返る。


“ナノメートル原器”を作る

図:C60の分子構造とDMAによるC60モノマーの計測データ 選別した粒子が何nmに相当するかは、どのように確認できるのだろうか。DMAの目盛り付けに成功したのが、田中秀樹研究員である。「フラーレンC60(図3左上)は、結晶のX線回折により1つの直径がちょうど1.00nmであることが確認されています。このC60をDMAで測定できれば、DMAに1nmの目盛りを付けることができると考え、実験を始めたのです」
 現在ではC60だけを精製した粉末が市販されている。DMAで1個のC60の大きさを測定するには、C60粉末を400℃で蒸発させバラバラにし、1個1個のモノマーにする。「すぐに粒子同士がくっついてしまうC60をモノマーの状態に保つには、何よりも濃度を希薄にすることが必要です。しかし、その手段は今まで存在しませんでした。しかも散逸しやすい極微の粒子を、発生装置からDMAまで、低圧の環境で導かなければなりません。これが最も難しかった点です」と田中研究員は語る。
 図3がDMAによるC60の計測結果である。シースガスの圧力を3通りに変化させているが、横軸を見ると3本のラインのピークはいずれも粒径1.38nmを示している。シースガスとして用いたアルゴンの直径0.38nmを差し引くと、C60の直径はちょうど1.00nmとなる。
 1mの長さは、かつては“メートル原器”という物差しの長さで定義していた。ナノスケールでは、これまで大きさの基準となる原器、すなわち標準粒子が100nmまでしか存在しなかった。100nmより小さな粒子の計測では、標準粒子との比較から推定していた。「100nm標準粒子の数分の1、30nmくらいまでなら、まあ、信頼できるだろうという状態でした。今回、1nmの原器ができたので、100nmと1nmの間を連続して、信頼性高く目盛り付けすることが可能になりました」と田中研究員。
 C60は球形だが、同じフラーレンでもC70はラグビーボールのように少しだけひずんでいて、やや大きい。実際、C70の方がC60よりも0.06nmほど大きいと観測された。DMAは、この粒径の違いを区別できる分解能を持つことが示された。
 ただしDMAで測定する粒子の大きさは、さまざまな形状の粒子を球形に換算したときの直径である。nmレベルでどのような換算方法が妥当なのか、田中研究員が中心になって、検討を進めている。


ナノ粒子計測が産業や社会に
大きなインパクトを与える


左から田中秀樹研究員、武内一夫主任研究員、薛光洙研究員(DMAの前で)DMAの用途として、ナノ粒子計測とナノ物質創製の2つの分野が考えられる(図4)。
 ナノ粒子計測の用途として、例えば低圧の環境下で行われる半導体製造での汚染粒子モニターが挙げられる。現在の半導体の微細加工技術では、線幅が100nmに達しつつある。その加工工程で問題になる汚染粒子の大きさは、約10nmから数十nmで、DMAでしか測れない。
 「半導体メーカーの研究については、企業秘密のベールに隠されて、よく分かりませんが、数十nm以下の汚染粒子を監視することは、半ばあきらめていたようです」と武内主任研究員。
 研究室では薛研究員らによって、汚染粒子モニター用DMAが開発され、さらなる高感度化、高機能化を目指して研究が続けられている。
 DMAは、環境問題にも大きく貢献できるだろう。例えばディーゼルの排気ガスなど大気汚染物質のサイズを測るには、これまで光散乱法くらいしか方法がなく、環境基準も測定可能なサイズの粒子までを対象にしてきた。しかしDMAにより、ナノ粒子についてもサイズごとに人体に対する影響を詳しく調べることが可能となり、さまざまな環境基準が見直されていくことだろう。

図4:DMAの用途


新たな機能を持つ
ナノ構造物を作る


武内主任研究員は、DMAによりナノスケールでの新たな科学と工学が可能になったと指摘する。「ナノレベルで何らかの作用を物質に対して行うことを、ナノ操作といいます。ナノ操作の一つとして、ナノ物質のサイズを分けるという技術を私たちは特に重視して、DMAを開発したわけです。今後DMAを利用して、ナノ粒子のサイズごとの物性を探るという、今まで誰もできなかった実験を行い、ナノ物質科学の基礎を築きたいと思います。そして最終的には、ナノ操作とナノ物質をいろいろ組み合わせて、新たな機能を持つナノ構造体を作りたいと考えています。そのようなプロセスを、私は“ナノインテグレーション”と呼んでいます」
 田中研究員は、新たなナノ物質科学への意欲を見せる。「DMAによるC60の計測実験の過程で、条件を変えていくと、2つのC60が化学結合した粒子が、効率よくできることが分かりました。DMAを使えば、C60のような基本粒子が集積していくときの規則性を見いだせるかもしれません」
 薛研究員は、DMAを利用したナノ工学のアイデアを語る。「ナノ粒子は、そのサイズによって電気的、磁気的、光学的な性質が変わります。原子が数百個からなる“量子ドット”と呼ばれるナノ粒子で、電子1個1個を制御する単電子トランジスタを作り、メモリーなどに利用する研究が行われています。しかし粒子のサイズがバラバラだと、動作も不均一になってしまいます。ここでもDMAのサイズ選別技術が有効です。あるサイズで強い磁性を示すナノ粒子があれば、DMAでそのサイズの粒子だけを集めて、小さくても強力な磁石ができるでしょう。ある種のナノ粒子は、サイズが変われば発光するときの波長が変わります。DMAでサイズを選別すれば、同じ材料で、さまざまな色の発光素子ができると思います。これまで作られたナノ粒子のほとんどは単一元素からできています。しかし例えば、金属酸化物など複数の元素からなる化合物は、超伝導など独特な物性を示すものがあります。複数の元素からなるナノ粒子、しかもDMAによりサイズがそろった粒子を集めて、新たなナノ構造体を作りたいと考えています」
 近い将来、ナノ物質工学研究室から、ナノ物質の驚くべき特性や、まったく新しい機能を持つナノ構造体創製の報告が次々と生まれることだろう。




監修:ナノ物質工学研究室
主任研究員 武内一夫
研究員 薛 光洙
研究員 田中秀樹

[ 目次へ ]
研究最前線



生命の神秘を解き明かすカルシウム振動
発生、記憶、老化……
生命現象は細胞の内側から制御されている

脳科学総合研究センター 発生・分化研究グループ 発生神経生物研究チーム
チームリーダー 御子柴克彦

カルシウム(Ca)は、骨格を作るだけでなく、細胞内での情報伝達を担うセカンドメッセンジャー※1として働く、生物に欠かすことのできない物質である。最近、細胞内の小胞体から放出されるカルシウムイオン(Ca2+)は、ゆっくりとしたリズムの濃度変化「カルシウム振動」を生み出すことが分かってきた。御子柴克彦チームリーダー(東京大学医科学研究所教授を併任)は、Ca2+振動が受精や細胞分裂、背と腹の決定、さらには記憶学習まで制御していることを、世界に先駆けて次々と解明してきた。「内側から外を見るとまったく違う世界が見えてくる」と語る御子柴チームリーダーは、Ca2+振動という新しい切り口から、生命の神秘を解き明かそうとしている。


生細胞内からの
カルシウムイオン放出

御子柴チームリーダー 生物の体には、2つの状態のCaがある。1つは、リン酸カルシウムなどとして沈着した骨格。もう1つはイオン化したものだが、金属イオンであるCa2+は有害で、大量にあると細胞が死んでしまう。「ところが生物の体はとても巧妙にできていて、毒であるCa2+を少しだけ使うことで、薬にして生きているのです」と御子柴チームリーダーは語る。
 筋肉の収縮やホルモン分泌、神経伝達物質放出などの生命現象にCa2+が使われている。骨格としての骨という、Caの巨大貯蔵庫があるので、Ca2+をいつでも補充できる。
 血液中のCa2+濃度は10-3M※2である。細胞内では血液中の1万分の1、わずか10-7Mだ。毒であるCa2+は、細胞膜にあるポンプで細胞外にくみ出され、細胞内のCa2+濃度は低く保たれている。細胞膜にあるチャネルが刺激を受け取って開くと、濃度勾配に従って、血液中から細胞内にCa2+が自動的に流れ込む。チャネルとは細胞膜を貫いて細胞の外と内を結ぶ“栓”のようなものだ。
図1:IP3受容体とCa2+の情報伝達  かつてCa2+は、すべて細胞外から流入してくると考えられていた。しかし、細胞外からのCa2+流入を止めても、細胞内のCa2+濃度が上がる。「細胞内にCa2+の供給源があると考えなければ説明がつきません。細胞内からのCa2+放出には、細胞膜のイノシトールリン脂質が加水分解されてできるイノシトール三リン酸(IP3)が関わっていることが分かりましたが、Ca2+放出のメカニズムが分からない。そういう状態が続いていました」。1980年代前半のことだ。
 当時、御子柴チームリーダーらは、小脳のプルキンエ細胞に多く存在するP400という高分子タンパク質が、行動異常を起こすマウスではほとんど存在しないことを明らかにしていた。そして1989年、P400がIP3の受容体(レセプター)であることを世界で初めて発見し、構造を決定して、英国の科学雑誌『nature』に発表したのである。受容体とは、細胞膜や細胞内膜の表面にあるタンパク質で、特定の物質が結合すると、さまざまな機能や反応を引き起こす。
 「IP3受容体が小胞体の表面膜にあることから、小胞体がCa2+の貯蔵袋であることが分かりました。しかもIP3受容体は、IP3が結合する受容体であると同時に、Ca2+が通るチャネルでもあることを証明できたのです」(図1)


カルシウム振動が受精を制御

図2:卵の分裂溝におけるカルシウム波
「細胞外から流入したCa2+と、小胞体から放出されたCa2+は、同じCa2+ですが、大きな違いがあることが分かってきました」と、御子柴チームリーダーは語る。
 小胞体からCa2+が放出されると、Ca2+の濃度変化が細胞内を波のように伝わっていく。これを「Ca2+波」という。この波が次々と生み出されて10分に5〜6回のゆっくりとしたリズムでCa2+濃度の振動を起こす。これが「Ca2+振動」である。「Ca2+の蛍光指示薬が開発され、Ca2+濃度の変化が目に見えるようになりました。その結果、Ca2+振動がさまざまな生命現象を制御していることが分かってきたのです」
 生命現象のスタートは受精である。卵子に精子が侵入すると、侵入点からCa2+波が起きて、Ca2+振動を引き起こす。「私たちは、IP3受容体の機能を阻害する抗体を世界で初めて作り、ハムスターの受精卵に入れてみました。すると、受精もCa2+振動も止まってしまった。この結果から、IP3受容体が受精に関わっていることが明らかになりました。米国の科学雑誌『Science』に論文を発表した1992年当時は気が付きませんでしたが、実はCa2+振動が受精を制御しているという発見をしたばかりでなく、IP3受容体がCa2+振動を起こす振動発信装置であることを証明していたのです」
 卵割や細胞分裂では、分裂する際の分かれ目、分裂溝にCa2+波が起きて、やはりゆっくり振動する(図2)。また、IP3を注入すると細胞の形が変化することから、細胞の形を安定させる細胞骨格にもCa2+振動が関わっていることが明らかになった。


背と腹を決めるメカニズム

図3:IP3受容体の機能阻害抗体による2次軸の形成
図4:NF-AT阻害による2次軸の形成(上)がGSK-3βの過剰発現で回復(下)
受精して間もなく、各細胞が将来、体のどの部分になるか“運命”が決まる。体づくりで重要なのが、前後、左右、背腹という3つの体軸の形成である。背側に神経ができるため、特に背腹軸の形成は重要だ。
 発生初期、腹になる運命の細胞にリチウムを入れると、もう1つの脊髄(2次軸)ができることが知られていた。しかし、なぜ異常が起きるのか分からなかった。御子柴チームリーダーは、リチウムがイノシトールリン酸系の酵素の働きを阻害するらしいことに注目した。そこで、アフリカツメガエルのIP3受容体の機能を阻害する抗体を作り、4細胞期の腹になる運命の細胞に注入した。すると、細胞の運命が変化して背が形成された(図3)。「Ca2+振動が腹側化のシグナルとして働くという論文を1997年に『Science』に発表しました。しかし当時は、Ca2+の標的分子が分かっていませんでした」
 御子柴チームリーダーらが研究を進めた結果、背腹軸を決定する情報伝達のメカニズムが明らかになってきた。「Ca2+の標的分子は、リンパ球を活性化する転写調節因子※3 NF-AT(Nuclear Factor of Activated T-cell)でした。なんと、免疫系の分子が腹側化のシグナルに関わっていたのです」
 NF-ATの働きを阻害すると、腹が背になって2次軸が形成される。さらに、IP3受容体の機能を阻害して2次軸が形成された個体に、正常なNF-ATを過剰に働かせると、2次軸が消滅することも分かった。また、NF-ATは背側化シグナルとして働くグリコーゲン・シンターゼ・キナーゼ-3β(GSK-3β)※4と相互作用していた(図4)。GSK-3βは、脳の老化に伴って起きるアルツハイマー病の原因の1つと考えられている。
 「発生と老化は、1つの現象の裏腹であると私は考えています。今回明らかになった分子や情報伝達のメカニズム(図5)が、老化でも当てはまる可能性があります」と御子柴チームリーダーは語る。研究成果は、『nature』(2002年5月16日号)に掲載され、5月16日に文部科学省においてプレスリリースされた。


神経突起の成長を制御する“手”

図5:背腹軸の決定の細胞内情報伝達メカニズム
御子柴チームリーダーが、世界をリードする成果を次々と挙げる背景には、新規の研究・実験手法の積極的な導入がある。「注目すべき画期的な研究法の1つ」として挙げるのが、レーザー分子不活性法である。この方法により、神経突起の成長とCa2+振動との関わりが明らかになった。
 分化を終えた神経細胞は、1本の長い軸索と、数本の短い樹状突起を伸ばし始める。神経突起の先端には“手”のような成長円錐が形成され、周りの情報を判断しながら伸びていく。神経突起が正しい相手と神経回路を形成して初めて、新しい脳の機能が発揮される。神経突起の成長にはCa2+が関わっているのだが、IP3受容体は細胞体、神経突起、成長円錐に広く分布し、細胞外からの流入もあるため、どのCa2+が神経突起の成長に重要なのかが分からなかった。
 レーザー分子不活性法では、生きた細胞において色素で標識した特定の分子をピンポイントで、自由自在に壊すことができる。実験では、成長円錐のIP3受容体を破壊したときだけ、突起の成長は止まり、手を引っ込めるように退縮した(図6)。つまり、神経突起の成長を制御しているのは、神経細胞の中でも成長円錐からのCa2+放出であることが、明らかになった。

図6:成長円錐のIP3受容体をレーザーにより破壊したときの変化。突起の伸展が止まり、退縮した。


細胞の中は“森”である

図7:IP3受容体ノックアウトマウス
御子柴チームリーダーらは、世界に先駆けてIP3受容体を欠損させたノックアウトマウスを作製し、『nature』(1996年)に発表した。異常なノックアウトマウスと正常なマウスを比較することで、欠損させた分子の働きが見えてくる。「異常から正常を見る」というのが、御子柴チームリーダーの研究手法だ。
 IP3受容体ノックアウトマウスは、てんかんの症状と小脳失調があることが分かった(図7)。さらに、記憶学習にも変化が見られた。記憶学習は、外部からの情報によって神経回路の伝達効率が変わることで起きると考えられている。神経回路の伝達効率の変化には2つある。小脳における「長期抑圧(LTD)」は情報伝達の効率が長期間抑えられる現象、海馬における「長期増強(LTP)」は繰り返し刺激が与えられることで伝達効率が増強する現象である。IP3受容体ノックアウトマウスでは、小脳のLTDが低下し、海馬のLTPは増強した。Ca2+振動が、てんかんなどの脳機能障害、さらに高次機能である記憶学習にも関わっていることが分かる。
 一方、細胞外からのCa2+流入を妨げると海馬のLTPが低下するという報告がある。御子柴チームリーダーの結果とは一見相反している。「これは不思議なことではありません。細胞の中が“広い草原”なら、外から入るCa2+と、中から出るCa2+の作用は同じかもしれません。しかし、細胞の中は、真っすぐに歩けないような“森”なのです。Ca2+は、“木”つまりさまざまな分子にぶつかって、それぞれ異なった作用を引き起こすのです」と、御子柴チームリーダーは解説する。
 最近、IP3受容体には20個ほどの分子が結合していることが分かってきた。IP3受容体から放出されたCa2+は、すぐにその近傍の分子に作用して、その分子の働きに従った生理機能を引き起こす。しかも、IP3受容体に結合している分子は、細胞の種類や時期によっても変わってくる。Ca2+が多様な機能を持つことも、IP3受容体にいろいろな分子が複合体として結合していることで説明できる。今後は、分子間の相互作用などを明らかにしていく。


カルシウム波はなぜ起きるのか

図8:IP3受容体の構造変化。上段の矢印はIP3結合ドメイン。
Ca2+振動を引き起こすCa2+波がどのようなメカニズムで起きるかは、まだ分かっていない。「波」という言葉から、Ca2+が細胞の中を拡散していくと連想するかもしれない。しかし、Ca2+は細胞の中ではほとんど拡散しない。Ca2+波はIP3受容体そのものが作り出したものなのである。
 IP3受容体は、Ca2+とも結合することが分かっている。放出されたCa2+が隣のIP3受容体に結合して活性化し、その結果放出されたCa2+がさらに隣のIP3受容体を活性化する……。これならば、Ca2+自体が遠くまで拡散しなくても波が起きる。しかしそのためには、IP3受容体がすぐ近くに集まっていなければならない。御子柴チームリーダーは、IP3受容体の分子が集合している様子を世界で初めてとらえることに成功している。
 「さらに、生きたIP3受容体を生きたタンパク質のままで精製することに成功し、IP3受容体の構造が変化する様子をとらえることができました」。IP3受容体は4つのユニットからなり、各ユニットの“手”は四角になっている。Ca2+が結合すると“手”が矢車に変化する(図8)。IP3受容体の構造変化は、0か1かのとても大きなデジタル的な動きをするばかりではなく、アナログ的なゆらぎの世界でもある。「この両者の組み合わせが、Ca2+波を作る基盤になっているのではないかと考えています」と御子柴チームリーダーは語る。
 今後は、構造が変化したことでIP3受容体の働きがどう変化して、Ca2+波を起こすのかを明らかにしていく。御子柴チームリーダーは、IP3受容体の反応が“感覚の原理”と同じであることにも注目している。そのほかにも、Ca2+波のメカニズムに迫るいくつかの研究が進行中だ。
 「Ca2+振動が、さまざまな生命現象を制御していることが明らかになってきました。私は、バイオリズムもCa2+振動にコントロールされているという仮説を立てています。ぜひ、それを明らかにしていきたい。筋肉の収縮にCa2+が関わっていることを明らかにした江橋節郎博士のトロポニンC発見以来、Ca2+に関する重要な発見には日本の研究者の貢献が大きいのです。これからも、もっと頑張っていきたいですね」と、御子柴チームリーダーは自らの意気込みを語る。
 「異常から正常を見る」「発生と老化は裏腹」と御子柴チームリーダーが語るように、これらの研究は、神経の再生、神経の発達異常や脳機能障害の病因解明・治療、老化の制御など、医療へとつながっていく。


※1:セカンドメッセンジャー
細胞膜の受容体にシグナル物質(1次メッセンジャー)が結合することで、細胞内で新たに作り出されたり、細胞内に放出されたりして、情報を伝える物質。IP3やCa2+などがある。


※2:M(モル濃度)
1溶液中に含まれる溶質の濃度をモル(mol)数で表したもの。1molの物質には約6.02×10
23個の粒子が含まれる。

※3:転写調節因子
転写とは、DNAの遺伝情報をメッセンジャーRNAにコピーすること。メッセンジャーRNAの情報をもとにタンパク質が合成される。転写を抑制したり、促進したりするタンパク質が、転写調節因子である。

※4:GSK-3β
タウタンパクをリン酸化する酵素。リン酸化されたタウは結合して、神経細胞内に神経原線維変化を作る。神経原線維変化は、βアミロイドタンパクの蓄積による老人斑とともに、アルツハイマー病の特徴的な病変である。




監修:脳科学総合研究センター
発生・分化研究グループ 発生神経生物研究チーム
チームリーダー 御子柴克彦

[ 目次へ ]


研究最前線

新魔法数(マジックナンバー)が
出現する原因を解明

中性子過剰核の理解を加速させる新理論
(2002年4月4日、文部科学省においてプレスリリース)

当研究所は、原子核が安定に存在する新魔法数(マジックナンバー)「16」が出現する原因を世界で初めて解明した。理研中央研究所RIビーム科学研究室の谷畑勇夫主任研究員らによる成果。研究グループでは2000年5月、中性子過剰核では新しい魔法数が出現することを発見している。今回、この魔法数に関連した原子核23Oの反応を理研の重イオン加速器施設を用いて詳しく調べたところ、魔法数「16」が出現する原因となる中性子軌道の変化を特定することに成功した。本研究成果は、新魔法数という物理学上の新たな知見に対する理解を深めるものである。さらに現在建設が進められている「RI(不安定元素)ビームファクトリー」が稼働することによって、より重い元素合成に関与したマジックナンバーの研究を行うことができるようになる。


原子核は陽子と中性子からできており、陽子数や中性子数は、ある決められた数の場合、特に安定になる。このような数は、魔法数(マジックナンバー)と呼ばれ、「2」、「8」、「20」、「28」、「50」、「82」、「126」があり、この数は、陽子、中性子ともに同じである。これらの魔法数は、M.メイヤーとJ.イェンゼンにより、新しい相互作用(軌道・スピン相互作用)を導入することにより理解された(1963年・ノーベル物理学賞受賞)。それ以後、魔法数は、陽子と中性子の混合比によっても変化しないものと考えられてきた。しかし、RIビームを用いた実験によって、不安定原子核、特に陽子数に比べて中性子数の大きな中性子過剰核では魔法数が変化することが、谷畑主任研究員らの研究グループによって明らかにされた。


核子が運動している軌道は、内側(エネルギーの低い方)から1S1/2、1P3/2、1P1/2、1D5/2、2S1/2、1D3/2、1F7/2……となっており、おのおのの軌道には各2、4、2、6、2、4、8……個の中性子が入ることができる。1S1/2と 1P3/2軌道の間は開いており1S1/2軌道だけで1つの殻を作る。この殻が中性子で満たされたのが魔法数「2」。次にある軌道の1P3/2と1P1/2は互いに接近しており、この2つで1つの殻を作っている。この殻には6個の中性子が入るため、先の2個と合わせて、「8」が魔法数となる。その次は、1D5/2、2S1/2、1D3/2の3つの軌道で殻を作り、その殻が中性子で満たされたのが魔法数「20」である。すなわち、軌道の間隔がいく通りかある場合、大きなすき間ができたところが魔法数となる。


研究グループでは今回、中性子過剰核において新たな魔法数が出現する原因を、中性子過剰な23Oや、中性子が1つ少ない22Oの軌道から探った。実験の結果、22Oでは、2S1/2軌道が大きく変化し、1D5/2軌道の内側にシフトしてしまっていることが分かった。これは、エネルギー準位でいえば2S1/2軌道の方が低いエネルギーを持つようになったということになる。つまり、もともと2S1/2軌道が1D5/2と1D3/2の間にあったため、これらの3個の軌道が接近して1つの殻を作っていたのが、間にあった2S1/2軌道が下がってしまったために、1D5/2と1D3/2の間にすき間ができ、2S1/2と1D5/2だけで殻を作ってしまった。そのため、その殻には8個の中性子が入るため、この内側の8個と合わせて、「16」という魔法数が作られることになる。


今回の研究成果により、中性子過剰な原子核で新しい魔法数が出現するメカニズムを理解することができた。これは、粒子軌道が変化することにより起こるものであり、より重い原子核の領域でも同様に起こることが予想される。魔法数「28」、「50」、「82」の変化や、その周辺での新魔法数の出現は、核構造の見地だけではなく、世界の原子核物理学者が研究を進めている元素合成のルートを探る意味でも重要な発見となる。本研究成果は、米国の学術雑誌『Physical Review Letters』(4月8日号)に掲載された。

安定核と中性子過剰核での軌道の変化



監修:RIビーム科学研究室
主任研究員 谷畑勇夫

[ 目次へ ]


研究最前線

植物の成長を促進させる新しい因子を
世界で初めて発見

食糧増産に向けた新しい植物成長制御技術の開発
(2002年4月16日、文部科学省においてプレスリリース)

当研究所は、植物の成長促進などに関わる植物ステロイドホルモン「ブラシノステロイド」の情報を、核内に伝える働きをする新規タンパク質を世界で初めて発見した。理研中央研究所植物機能研究室の吉田茂男主任研究員、浅見忠男副主任研究員、中野雄司研究員らによる成果。研究グループは、理研で開発したブラシノステロイドの生合成阻害剤を活用し、阻害剤処理をしても健全に伸長するシロイヌナズナの変異体を見つけた。この変異体では、ホルモンの情報を細胞質から核内へ移行して伝達するタンパク質に変異が起き、常に核内に存在し続けることで、ブラシノステロイドによる効果を持続させていることが分かった。同じ変異を農作物にも応用することによって、高価なホルモンを使用することなく、成長促進、収穫量の増加、環境ストレス耐性などを農作物に持たせることが可能になると期待される。


植物ホルモンは、植物の生体内に存在し、さまざまな生理現象をもたらす化学物質である。その中の1つ「ブラシノステロイド」は、植物に与えることによって成長促進や収穫量増加、環境ストレス耐性を高めるといった効果を持つ。しかし、農作物などの育種開発に有益でありながら価格が高く、実際に薬剤処理した場合の効果にも問題点があることから、実際に使用されるには至っていない。一方、理研植物機能研究室では、ブラシノステロイド生合成阻害剤「ブラシナゾール(Brz)」の開発に成功しており、今回、Brz処理でホルモン濃度が減少しても通常の野生株と同様に成長する突然変異体を発見した。この変異体ではホルモンの情報を伝える仕組みそのものに変化が起きていると考えられるため、変異体を活用した情報伝達のメカニズム解明に向けて研究をさらに進めることとした。


発見した変異体は、Brz処理をしても大きく育つ研究グループではまず、Brzに非感受性である変異体の選抜のために、発芽直後の植物体の形態に注目した。暗所下で発芽した植物体は通常“もやし”になるが、Brzで処理すると光に当たったように双葉が開き、太く短い茎になる。そこで、暗所下でなおかつBrzを処理しても野生株と同様に“もやし”になる突然変異体として「bil1 (Brz-insensitive-long hypocotyl=Brz非感受性徒長型下胚軸)」を選抜した。一方、ブラシノステロイドの機能解析研究を行っていたソーク研究所(米国)でも同様の突然変異体(bzr1変異体、bes1変異体)を獲得していたため、両者が共同でこれら変異体の原因遺伝子の探索を行った結果、BIL1、BZR1、BES1はファミリー遺伝子(BIL1/BZR1/BES1)であることが分かった。


BIL1/BZR1/BES1由来タンパク質の細胞内の局在を調べたところ、野生株では、通常は細胞質に存在し、外部からブラシノステロイドを与えると10分以内に核へ移行した。しかし、変異を起こした遺伝子由来のタンパク質は、常に核の中に存在することが分かった。これによって、BIL1/BZR1/BES1が、ブラシノステロイドの情報を細胞質から核内へ伝達する「シグナルキャリアー」本体であることが明らかとなった。つまり、突然変異体では、細胞質から核へ移行するはずのBIL1/BZR1/BES1が、常に核内に存在してブラシノステロイドの刺激(情報)を絶えず「オン」の状態にし、ホルモンの効果を持続させていると考えられる。


将来、この変異を穀物などの農作物に持たせることによって、高価なブラシノステロイドそのものを使用したり、遺伝子操作することなく、食糧・環境問題に貢献することが可能となる。また、核内へ情報を伝達するタンパク質は、動物ではがんなどの病気に関わる多くの情報伝達に関係していることから、今回得られたタンパク質と類似したものが動物で発見されると、生物学および医科学の分野で新しい知見を与える可能性も期待される。本研究成果は、米国の科学雑誌『Cell』(4月19日号)、『Developmental Cell』(4月12日号)に掲載された。


※ ブラシナゾール(Brz)
植物体のブラシノステロイド生合成経路を阻害する化合物。この薬剤を使用することにより、すべての植物のあらゆる成長時期や部位で、ブラシノステロイド欠損状態にすることができる。



監修:植物機能研究室
副主任研究員 浅見忠男

[ 目次へ ]


研究最前線

脊椎動物の顎が発生・進化する
メカニズムを世界で初めて発見


(2002年5月17日、文部科学省においてプレスリリース)

当研究所は、脊椎(せきつい)動物の進化における顎(あご)の獲得において、ある同じ遺伝子が、胚の発生時に、それまでとは異なる場所に働きかけて顎を形成させるようになったことを世界で初めて明らかにした。理研神戸研究所発生・再生科学総合研究センター形態進化研究チームの倉谷 滋チームリーダーらによる成果。研究チームでは、顎の構造を決定する遺伝子をヤツメウナギから単離し、その幼生の口(上唇と下唇)の発生が、顎を持つ脊椎動物の上顎と下顎の発生と同じ機構になっていることを突き止めた。さらに発生パターンの分析から、それらは別の細胞群によって構成されており、同じ遺伝子が別の場所に働きかけて、顎という新しい構造を作り上げていることも分かってきた。本研究成果は、それまで働いていた遺伝子が場所を変えて、新しい構造を作る働きをするという「異所性:ヘテロトピー」による新規形態の進化の証拠を示したものである。


進化的変化には、2つのカテゴリーがある。1つは変形による適応である。例えば、コウモリの翼は見事な進化の産物であるが、その中身はまったく私たちの腕と変わるところはない。一方、祖先が持っていた発生プログラムを打開することで、まったく新しい形を作ってしまうことがある。この場合は、相同性は失われてしまう。そして、この変化こそが真に新しい形態であり、“進化的新規形態”と呼ばれている。例えば、カメの甲羅もそういった形態要素である可能性が高いと考えられる。研究チームでは、これら進化的形態変化の分子レベルでの理解を目指しており、今回、脊椎動物の顎の起源について研究を進めた。


古生代初期の脊椎動物は顎を持たず、顎が新しく二次的に生じてきた構造であることだけは間違いない。この顎の形成が新規形態なのかどうか知るためには、顎口(がっこう)類と無顎(むがく)類の発生プログラムを検索し、比較する必要がある。そのため研究チームでは、ヤツメウナギの一種、カワヤツメ(Lampetra japonica)を研究材料として選んだ。ヤツメウナギは、アンモシーテスと呼ばれる幼生期を過ごし、そのときに上唇、下唇という構造を口の上下に発達させる。これが脊椎動物の上下顎と同じものかどうか探るため、初期咽頭胚ではなく、少し後期の胚における遺伝子発現を観察することにした。


顎の基部にはDlx1というホメオボックス遺伝子が発現し、先端部には同じくMsx1が発現する。この領域特異的な遺伝子が、私たちの顎の形態パターンの基礎となる。Dlx1の上流因子は、上皮に由来する成長因子FGF8であり、一方、先端の上皮は別の成長因子であるBMP4を分泌することで、神経堤間葉に作用し、Msx1発現を誘導する。そこで、これらの相同遺伝子群をヤツメウナギから単離し、発現パターンを調べた。その結果、上下唇が上下顎と相同物であるかのような発現パターンを示した。さらに、ヤツメウナギ胚に哺乳類の成長因子を過剰に与えると、内在的なヤツメウナギの遺伝子の発現が促進された。


遺伝子発現の違い このDlx1の発現する領域は、ヤツメウナギと顎口類で違うらしいことが分かっている(図)。目の後ろにある神経堤間葉は、ヤツメウナギでは上唇として分化するが、ニワトリでは鼻軟骨の一部になる。このことは、成長因子FGF8の広がりが両者においてそもそも違うことに起因しており、この違いは進化的発生プログラムの変化を反映したものと考えられる。そこでニワトリの初期胚で、FGF8の広がりをヤツメウナギのものと同じにしてみたところ、FGF8の標的遺伝子(Dlx1)の発現領域をヤツメウナギと同一にすることができた。このことは、顎の進化の背景に成長因子の分布変化があったという仮説と整合性がある。


FGFとBMPによるシグナル系は、脊椎動物の遠い祖先にすでに存在していたという意味では相同な機構といえる。これは、顎が進化するための下地と見るべきであって、相同な形質を見るための指標ではない。むしろ形態的相同性は、顎の進化において失われたと見るべきである。研究チームでは今後、唇から顎への変化のメカニズムをさらに追求していく。本研究成果は、米国の科学雑誌『Science』(5月17日号)に掲載された。



監修:発生・再生科学総合研究センター
形態進化研究チーム チームリーダー 倉谷 滋

[ 目次へ ]


TOPICS



シンポジウム「理研におけるナノサイエンスの展開」を開催



写真1当研究所は5月28日、科学技術館・サイエンスホールでシンポジウム「理研におけるナノサイエンスの展開」を開催しました。本シンポジウムは、2001年10月に発足した理研フロンティア研究システム(FRS)単量子操作研究グループの研究内容や、理研におけるナノサイエンスの現状について紹介することを目的に行われたものです。
 シンポジウムでは、まず初めに丸山瑛一FRSシステム長が理研におけるナノサイエンスに対する取り組みについて紹介しました。その後、理研中央研究所から川合眞紀主任研究員(表面化学研究室)が「理研中央研究所におけるナノサイエンスの現状」について、外村彰グループディレクター(FRS単量子操作研究グループ)が「ナノ領域に現れる量子現象を電子の波で見る」について講演。さらに単量子操作研究グループの各チームリーダーが、それぞれの研究活動を紹介しました。最後に理研の研究顧問であるノーベル物理学賞受賞者ハインリッヒ・ローラー氏が「The Magic of Small and Smaller : Nanotechnology」と題して基調講演を行い、約240名の来場者がありました。






発生・再生科学総合研究センター、新チームリーダー紹介

新しく就任した基盤研究部長、主任研究員等を紹介します。
1. 生年月日  2. 出生地  3. 最終学歴  4. 主な職歴  5. 研究テーマ  6. 信条  7. 趣味

佐々木 洋(ささき ひろし)
胚誘導研究チーム
佐々木 洋(ささき ひろし)
1. 1962年12月15日 2. 富山県 3. 東京大学大学院理学系研究科博士課程 4. 大阪大学細胞生体工学センター 5. 誘導による脊椎動物胚形成の制御機構 6. 日々是好日 7. 和食を食べること
中村 輝(なかむら あきら)
生殖系列研究チーム
中村 輝(なかむら あきら)
1. 1967年3月25日 2. 神奈川県 3. 筑波大学大学院博士課程生物科学研究科 4. 筑波大学生物科学系遺伝子実験センター 5. 生殖細胞の形成・分化制御機構の解明 6. 現場主義 7. 音楽鑑賞
Anthony Perry(アンソニー ペリー)
哺乳類胚発生研究チーム
Anthony Perry(アンソニー ペリー)
1. 1961年12月4日 2. ロンドン(英国) 3. リバプール大学(英国)Ph.D(微生物遺伝学) 4. 高等細胞工学研究所 トランスジェニック研究チームリーダー 5. 哺乳動物の早期胚の分化方向決定機構 6. 創造的な生物学 7. 音楽
中山 潤一(なかやま じゅんいち)
クロマチン動態研究チーム
中山 潤一(なかやま じゅんいち)
1. 1971年3月26日 2. 東京都 3. 東京工業大学大学院生命理工学研究科博士課程 4. コールドスプリングハーバー研究所ポスドク、「さきがけ研究21」研究者 5. クロマチン構造よるエピジェネティックな遺伝情報の伝達機構 6. 正直 7. 読書・映画鑑賞
浅原 孝之(あさはら たかゆき)
幹細胞医療応用研究チーム
浅原 孝之(あさはら たかゆき)
1. 1955年11月2日 2. 東京都 3. 東京医科大学 4. タフツ医科大学セント・エリザベス医療センター(ボストン) 5. 成体幹細胞の血管・組織・臓器形成メカニズムの解明と、その医療応用研究 6. ソロモンの指輪 7. サッカー、ジャズ、散歩、趣味を見つけること
Raj Ladher(ラージ ラーダー)
感覚器官発生研究チーム
Raj Ladher(ラージ ラーダー)
1. 1971年4月5日 2. ロンドン(英国) 3. 国立医学研究所(ロンドン) 5. 感覚器官発生 6. バランス感覚、聞いて理解すること 7. ハイキング、旅行
榎本 秀樹(えのもと ひでき)
神経分化・再生研究チーム
榎本 秀樹(えのもと ひでき)
1. 1961年1月29日 2. 宮崎県 3. 千葉大学大学院医学研究科 4. ワシントン大学医学部病理学教室 5. 神経発生・分化 6. 温故知新 7. 音楽・釣り




原酒
私がアメリカで学んだこと


写真1:温泉旅行(伊豆にて、前2列目、右から2人目が筆者、5人目が恩師)
写真2:温泉旅行後、恩師から来た手紙
私は博士課程の学生だったときに、休学して2年間、米国ニューヨーク州のコロンビア大学へと留学した。夫が博士研究員として留学することになり、それについて行くことになったためである。今思い返せば、私は指導教官の研究テーマに直接従事したことはなく、なんら貢献していないのにもかかわらず、先生は快く推薦状を書いてくださった。また、受け入れてくださった先生も、まだ博士号をとっていない学生に研究ができる場を与えてくださった。そうでなければ、今私は、たぶん研究者としての道を歩んでいなかったので、両先生(だけではないけれど)には感謝の言葉もない。

 NMRの機器設備などは日本の方が良かったのだが、アメリカでは研究においては「人」がいちばん大きな研究環境であり、ファクターであることを、ディスカッションなどを通して学んだ。実験結果が悪ければ悪いとして素直に受け止め、どう対処すればよいのか、ひとりひとりの化学者同士のディスカッションとして行われた。これはまだ、博士号をとっていなかった私に対しても変わらなかった。アメリカでは、博士号をとっていない人は原料合成や機器測定だけの下働きだという噂を信じて渡米した私にとって、自分が一人前の科学者として、とても大切に扱われたことは大変な驚きであった。そのディスカッションは2、3時間続くことも珍しくなく、分からないことがあれば先生自ら図書館で調べてくるというものであった。しかしながら、その姿勢はどこかユーモラスで悠然としていた。セミナーでもポスドクからの質問に、いろいろな知識を交えながら答える様子は圧巻であった。理研でも仁科芳雄博士が持ち帰られた、自由で活発なディスカッションを大切にする「コペンハーゲン精神」があったと聞いている。

 日本の先生には「せっかく世界の一流のモノが集まるニューヨークへ行くのだから化学なんてどうでもいい。美術にしろ、スポーツにしろ、一流のものを見てきなさい」と乱暴な激励を受けて旅立ち、いろいろなものを見たり聞いたりしたものの、やはり専門分野の一流のものに触れたことが、いちばん「一流」というものを理解できたような気がする。そうそうたる教授陣からは、世界の先駆者であろう、あり続けようと努力する姿勢を通じて、明日の科学を自分たちの手で創り出そうとする気概を教えていただいた。また、ひとりの研究者を育てることの大切さや大変さも教えていただいた。

 しかしながら、いかにすごい先生方でも「天才」ではなく、あまり自分たちと変わらない人間ではありながら、ほんの少しの努力を怠らず、ほんの少し自由であろうとすることの積み重ねの結果であることも教えていただいた。

 中田英寿選手や野茂英雄投手が素晴らしいのは、世界に羽ばたいたパイオニアとして、プレーで人を魅了する一流のものを示し続けることができるだけではなく、ワールドカップ開催中に外国人向けに情報提供の場を兼ねたインターネットカフェを開いたり、過去の自分のチームやアメリカ独立リーグのオーナーとなって、自分が育ってきた環境に恩返しができるように努力することにもあると思う。

 アメリカ時代の恩師が3月末に日本化学会の招待により、ご高齢にもかかわらず日本へ8年ぶりに来られた。日本にいるOBたちは同窓会と称して温泉へと1泊2日のセミナー旅行を企画した。みんな偉い先生方になっているにもかかわらず、以前のボスの前で研究発表をするときは、ポスドク時代に戻ったかのような表情であった。

 アメリカで私が体験した素晴らしい「環境」を、私もいつの日かどこかで実現できるようにしたいと願っている。

細胞制御化学研究室 研究員●眞鍋史乃


[ 目次へ ]




理研ニュース

7 No.253: July 2002
発行日 平成14年7月15日
編集発行 理化学研究所 広報室
〒351-0198
埼玉県和光市広沢2番1号
phone: 048-467-8349[ダイヤルイン]
Fax: 048-462-4715
Email: koho@postman.riken.go.jp
http://www.riken.go.jp
デザイン 株式会社デザインコンビビア
制作協力 有限会社フォトンクリエイト