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No. 248 February 2002

研究最前線
核スピンで見通す物質の姿
統合失調症と気分障害
 ―精神疾患の原因遺伝子を探る―
SPOT NEWS
アルツハイマー病の原因となる酵素の働きを新たに発見
 ―原因酵素“βセクレターゼ”は糖鎖の合成を調節していた―
HETE-2により捕らえられたガンマ線バーストに残光を発見
 ―HETE-2の位置情報による即時追観測で得られた初めての成果―
記念史料室から
感光色素研究に一生涯を捧げた研究者
 ―写真工業の発展と尾形輝太郎の足跡―
TOPICS
理研バイオリソースセンター公開シンポジウムを開催
「ロボフェスタ神奈川2001」に出展
尾身科学技術政策担当大臣、SPring-8を視察
理研植物科学研究センター関連シンポジウムを開催
原酒
プレス発表について思うこと
(上)アクティブ・スピン・メーザー
マックスウェルの悪魔の手を借りてスピン歳差を維持する

「核スピンで見通す物質の姿」から

(下)ストレス脆弱性モデルマウスのQTL解析
「統合失調症と気分障害―精神疾患の原因遺伝子を探る―」から
アクティブ・スピン・メーザー
ストレス脆弱性モデルマウスのQTL解析

研究最前線

核スピンで見通す物質の姿

応用原子核物理研究室 主任研究員 旭 耕一郎

2004年半ばには、多種多様な不安定核の生成を可能にするRIBF(Radioactive Ion Beam Factory)が理研・和光本所内に完成し、運転を開始する。その最大限の利用を目指し、応用原子核物理研究室では核スピンを対象としたさまざまな実験方法を開発し、成果を上げつつある。「核スピンを飼いならし、これを使って物質についてのさまざまな情報を手に入れ、科学の基を築いていくのが私たちの目的です」と語る同研究室の旭 耕一郎主任研究員。どのように核スピンを飼育し、利用しているのか、その様子を探ってみよう。


核スピンメーザーを作る

 旭主任研究員 核スピンは原子核の持つ角運動量のことで、原子核は地球のように自転しており、それに伴う磁場を持っている。ただし、陽子と中性子の両方とも偶数個ある核はスピンを持たない。
 スピンを持つ原子核に外部磁場をかけると、外部磁場方向のスピン成分が外部磁場と平行なもの(上向きのスピン)と、逆向きのもの(下向きのスピン)の2つのエネルギー準位(2準位系)が生じる。上向きのエネルギー準位は下向きのそれより高いが、両準位のエネルギー差は非常に小さく、普通は熱ゆらぎによって同じ確率で占められる。
 「もし、上向きのスピンばかり揃えることができれば、これはレーザーにおいて励起状態に電子を揃えたことと同じです」
 レーザーの場合は、励起状態から基底状態に落ちる時に出す光を鏡で反射させて系に戻し、再励起と再発光を何度も繰り返させて発振にもっていく。同じことを原子核スピンの2準位系で行うと、光に比べればずっと周波数の低いキロからメガヘルツの電磁波(ラジオ波)を発振する「核スピンメーザー」となる。
図1:キセノンの核スピンを偏極させ、その歳差を観測する装置。中央のガラス球はキセノンガスとルビジウム蒸気を封入した容器。周りに大きく見えるコイルはスピン方向を制御するための振動磁場コイル。歳差検出は左右に貫くレーザー光の透過度の変化を通じて行う。  レーザーの場合の鏡に当たるのが誘導コイルで、コイルがラジオ波を受け取ると誘導電流が生じ、これが磁場を作って再び核スピンを高いエネルギー準位に押し戻す。この過程を繰り返して、メーザー発振に至る。
 「キセノン、ラドンなど希ガスの核スピンの向きを揃えること(スピン偏極)は、光ポンピングを用いた方法が確立されており、すでに私たちの研究室でも実現しています」
 この方法では、偏極させたい希ガス(キセノンなど)の中にアルカリ金属(ルビジウムなど)の蒸気を混ぜておき、まずアルカリ蒸気に円偏光(光は電場・磁場が高い周波数で振動する波だが、その振動が進行方向に対し右ネジか左ネジのようにねじれて進む光波を円偏光という)を当ててそのスピンを偏極させる。すると、偏極したルビジウム原子がキセノンと衝突する際に、そのスピンの向きがキセノンの原子核に移る。こうして円偏光を当て続けると、30分程度でキセノン核の数十%がスピン偏極する(図1)。
 さて、スピン偏極した原子核に磁場をかけ、それに垂直な方向にラーモア周波数と呼ばれる特定の周波数を持った振動磁場を短い時間かけると、どの原子核も外部磁場に対してスピンの向きが同角度だけ横に倒れた状態で、歳差運動を始める。
 「普通は、周りの壁と衝突したり、外部磁場の不均一性に乱されたりして、核スピンの歳差運動は数秒で崩れてしまいます。ところが、核スピンメーザーが発振している時には、常に誘導コイルによってエネルギーが核スピンに戻されるので、歳差運動が崩れません」


電気双極子モーメントで
標準理論を検証


図2:時間反転(T)のもとでのスピン(S)と電気双極子モーメント(d)の変換性。時間を逆回しにするT変換によって、S(古典的には“自転”に相当する)は向きが反転するが、正電荷と負電荷との空間的ずれを表すdは影響を受けない。右の粒子はSとdの関係が左の粒子と異なっているから、どう向きを変えても両者は一致しない。 なぜ歳差運動が崩れないことが大事なのか?それは、電気双極子モーメント(EDM:注1)が存在するかどうかを探るためだ。
 EDMとは粒子の電荷分布の偏りを表す量であり、図2に説明してあるように、それが存在するとすれば、物質を成り立たせている基本相互作用のどこかに、時間反転変換(T)に対する不変性が破れていることを意味する。
 EDMがあれば、磁場と同時に電場をかけると、EDMの大きさに従ったエネルギーが加わり、歳差運動の周波数が変化する。しかし、その変化は非常に小さいと考えられる。
 「歳差運動の観測時間が長ければ長いほど、周波数測定の精度が上がります。ですから、崩れない歳差運動の実現がEDM測定の第一歩であり、核スピンメーザーの機構を思いついたのです。後で調べてみると、1960年代に英国の研究者がすでに取り上げていましたが……」
 話をもとに戻すと、EDMがゼロでないということは、時間反転(T)不変性が破れていることになるのだが、もし見つかるとこれは大変な発見なのである。このことにもう少し立ち入ってみよう。
 場の理論から自然に導かれる定理として「CPT定理」というものがあり、これによるとT不変性の破れは即CP不変性[荷電反転(C)と空間反転(P)を同時に行う変換に対する不変性]の破れを意味する。CP不変性の破れは中性K中間子の崩壊に見られ、これを説明するために導入されたのが、ノーベル賞に値すると評価の高い小林・益川模型(注2)だ。これを核として現在の素粒子の標準理論(注3)が作られている。ところで、小林・益川模型におけるCPの破れの特徴は、それが中性K中間子の崩壊にはかなりの大きさで現れるものの、EDMという観測量には極めてわずかにしか現れないことである。したがって、もしEDMが観測にかかるほどの大きさであれば、標準理論そのものが問い直されることになる。


アクティブ・メーザーへの進化

図3:アクティブ・メーザーの発振の様子。横軸は時間(秒)、縦軸はスピン歳差によってレーザー光の透過度に現れる変化をロックイン検波して得たシグナル(ミリボルト)。拡大図に見られる振動は、実際の歳差シグナルと固定周波数の参照信号との間のビートである。 旭主任研究員たちはキセノンガスを媒体として、核スピンメーザーの特性を調べてきたが、EDMの実際の測定は、RIBF稼動後に中性子過剰の重いラドンの不安定核を媒体として行う予定だ。同じTの対称性の破れでも、この方が強く現れるからだ。しかし、ラドンの不安定核は寿命が20〜30分で、セルに詰め込んでも次々と消えていくため、充分な数だけ蓄積するには至らず、そのままではメーザー発振はしない。
 そこでレーザー光を入れ、その透過光の強度からスピン歳差運動の状態を検出し、それに合わせて誘導電流を人工的に作り、これをフィードバックする方式を考え出した。いわばマックスウェルの悪魔(注4)の手を借りて量子2準位系を操作するのである(表紙の図)。この方法により、キセノンガスでは揺らぎの小さい非常に安定した歳差運動を、無制限の時間にわたって行わせることに成功している。図3にこの発信の始まりから約1時間の様子を示すが、発振は翌日、装置のスイッチを切るまでそのまま続いた。
 「これを私たちはアクティブ・メーザーと名づけ、発振に至る媒体密度の下限をどのあたりに設定できるかを、現在確かめているところです」
 その他、核スピンメーザーを使って、原子核でのカシミール効果の測定も試みられている。粒子系は真空と相互作用するため、その全エネルギーは孤立系で計算した時よりも実際には下がるというのがカシミール効果だ。原子については、すでに確かめられている。旭主任研究員たちは原子核のカシミール効果を、歳差運動の変化として捉える実験系を考案し、キセノンガスを対象に研究を進めている。


核スピンの起源を求めて

図4:原子核のスピンIと磁気モーメントオの成り立ち。構成粒子である中性子と陽子の固有スピンsおよび軌道角運動量lに付随するg因子がすべて互いに大きく異なるため、核のg因子はスピンIの成り立ちに大きく依存する。 さて、原子核の構造を探る時、g因子が一つの拠り所となる。原子核の磁気モーメントとスピン(角運動量)との比がg因子だ。そもそも原子核は陽子と中性子からできているのだが(図4)、陽子・中性子はどちらも自転に伴う角運動量(固有スピン:大きさはいずれも1/2)を持っている。さらに、陽子や中性子には原子核の中の軌道を回っているために、軌道運動(公転)によって生ずる角運動量(軌道角運動量:大きさは軌道の種類によって0、1、2……)を持つ。だから核スピンは、これらの起源の異なる4種類(陽子の固有スピンと軌道角運動量、および中性子の固有スピンと軌道角運動量)をベクトル算的に足し合わせたもの、ということになる。ところで、g因子はこれら4種の間で値が大きく異なる。したがって、原子核のg因子を測定すれば、その核スピンの成り立ち、ひいてはその原子核の構造を明らかにすることができる。
 g因子は核磁気共鳴(NMR)の周波数からわかる。通常、その測定には試料の周りのコイルに現れる信号を用いるが、不安定核のように次々と消滅していき量が極端に少ないものには、通常の方法は使えない。旭主任研究員たちは、スピン偏極させた不安定核からのベータ線を使った方法で磁気モーメントを測っている。
 17C(陽子6個と中性子11個からなる)のような中性子過剰な炭素の不安定核が崩壊を起こす時、ベータ線を核スピンの向きとは逆に多く出す。つまり、偏極した不安定核が、ある周波数の外部磁場で核磁気共鳴を起こしてスピンの向きが逆転すると、ベータ線放出の向きも逆転する。それゆえ2つの検出方向のベータ線数比の変化から共鳴周波数を知ることができる。これをベータNMR法という。
 17Cの場合、核スピンの基底状態として理論的に1/2、3/2、5/2の3通りが考えられるが、5/2についてはすでに他のグループの実験によって否定されている。旭主任研究員たちはベータNMR法により導き出したg因子の値から、基底状態は3/2であることを突き止めた。
 核スピンの源は、核を構成する陽子と中性子の軌道運動とスピンにあるが、g値から各々がどのような軌道とスピンを持つのかも明らかになってくる。17Cのg値からは、最外殻の3つの中性子は、 d5/2軌道に3個ある場合と、d5/2に2個とs1/2に1個ある状態が混在していることが示され、これは殻モデルの理論とも一致する。


RIBFに向け
高精度スピン偏極法を開発


「今のところ不安定核のg因子はほとんど不明で、どんどん磁気モーメントを測定していかねばなりません。しかし、ベータNMR法では時間がかかるのです」
 実をいうと、従来のスピン偏極法では、せいぜい5〜10%しか偏極しない。つまり10個の原子核のうち5.5個が上向きで、4.5個が下向きという程度のものだ。そのため測定に時間がかかる。
 そこでRIBFの稼動に向けて新しい偏極法が考案された。まず生成された不安定核をガス中に止める。次いで真空中に噴射させ、そこに強い磁場勾配をかける。磁場勾配は中心線上はゼロで外に向かうほど磁場が強くなっている。
 そのような磁場勾配の中では、磁場と同じ向きのスピンの成分を持っている原子は、より強い磁場環境のほうがエネルギー的に得なので、外方向に拡散する。一方、磁場と反対のスピン成分を持つ原子は、中心線上に収束する(図5)。
 「磁場による高精度スピン分析器ですね。6つの電磁石で磁場勾配を作るので、六極磁場スピン分析器と呼んでいます」 図5:六極磁場によるスピン選別。左の第1段は原子スピンを六極磁石の作る磁場勾配によって選別する。真ん中の第2段では高周波遷移によって原子スピンの偏極を一部核スピンに移し、右の最終段で再び磁場勾配を使ってこれを純化する。


核スピンで物質の
ナノ構造を探る


研究室のメンバー さて、この他にもベータNMR法を用い、物質のナノレベルの構造を調べるといった実験も進められている。スピン偏極した不安定核を表面に導いたり、表面からナノ単位ほど下に打ち込んだりし、出てくるベータ線の角度分布の解析からナノ構造中の原子の状態を捉えるのである。
 最近では、19Oのような短寿命核がベータ崩壊の後に出す2本のガンマ線を検出し、それらの間の時間差と放出開き角度との関係を調べることにより、物質中に働いている磁場や電場勾配、およびそれらが時間的にどう変化しているのかを探る方法なども開発中で、これを用いて、例えばフラーレン(C60)の多結晶試料中に植え込まれたF不純物がどの位置におさまるかなどが調べられている。
 「RIBFが生成する多種多様な不安定核を使って物質像をどこまで究められるか、それが私たちの課題です。そのためには備えがたいへん重要です」と旭主任研究員たちは、万全の準備を期している。


注1具体的に原子核129Xeを中心に持つキセノン原子の場合を例にとると、原子は全体で中性だが原子スピン(キセノン原子の電子雲は全体で角運動量ゼロなので核スピンと同じ)の向きに電気分極している可能性が考えられる。分極電荷量が+qクーロン、-qクーロンで、それらの間の平均位置のずれがaセンチメートルだとすると、EDMの大きさはqaクーロン・センチメートルと表される。
注2クォークは2種ずつペアになったいくつかの世代[(u,d), (c,s),……]からなっており、世代間にはわずかながら混合が起こっているとする模型。3世代以上あればその混合の起こり方により、中性K中間子崩壊におけるCP不変性の破れを説明できることから、世代数が3以上であることを予言することとなった。
注3それぞれ3世代からなるレプトンとクォークを物質の構成粒子として、それらの間にはたらく電磁相互作用、弱い相互作用、強い相互作用をゲージ不変性を基本原理に統一的に記述する理論。現在までの実験を見事に説明するが、いくつものパラメータを決まった事実として外からインプットしなければならず、この意味で現象論といわれる。最近出たミュオンのg因子測定結果は、標準理論の予言と食い違っている可能性が指摘され注目を浴びている。
注4有名な英国の物理学者マックスウェル(J.C.Maxwell)が1871年の「熱の理論」の中で考え出した架空の存在。2つの部屋を隔てる壁にとりついてそこに小さな穴を開け、右の部屋からは速い気体分子がやってきたときだけそれを左の部屋に通し、左の部屋からは遅い分子だけを通す。こうしてミクロな運動状態の情報を検出し、それに基づいた操作を系に行うことにより、熱力学の第2法則に逆らって両部屋の間に温度差を生じさせる生き物。



文責:広報室
監修:応用原子核物理研究室
 主任研究員 旭 耕一郎
取材・構成:由利伸子

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研究最前線

統合失調症と気分障害

精神疾患の原因遺伝子を探る
BSI 分子精神科学研究チーム チームリーダー 吉川武男

物理や化学、遺伝子工学といった分野のパイオニアとして知られる理研で、いま「心の科学」の研究も進められている。「心の風邪」と呼ばれるほど発症者の多いうつ病をはじめ、躁うつ病、統合失調症(旧来の精神分裂病)、「パニック障害」とも呼ばれる不安障害など、精神疾患は多くの患者やその家族を悩ませ、社会的にも注目されているが、原因の究明はまだまだ進んでいない。その理由のひとつは、症状を客観化する手段がないことだ。理研脳科学総合研究センター(BSI)の分子精神科学研究チームでは、吉川武男チームリーダーを中心に、こうした精神疾患を客観化するために遺伝子に注目した新しい試みが進められている。


精神疾患と「感受性遺伝子」

 吉川チームリーダー 精神疾患は二つに大別される。一つは統合失調症、もう一つはかつてはうつ病や躁うつ病と呼ばれていた気分障害である。この二大精神疾患ですら、分けられたのが20世紀初頭だというから、研究の歴史はまだ浅い。
 「何かを研究する場合には、対象を客観的な指針に基づいて絞り込む必要があります。ところが精神疾患の診断は、相手の言葉だけによって決まる。採血して出た値で糖尿病だ、肝障害だといえる客観的な指標がないことが、研究を困難にしています」と吉川チームリーダーは語る。
 では、ここでいう統合失調症とは、いったいどんな病気なのだろうか。
 統合失調症者の感じる世界は、「自分の感情や欲望が、自己の心の動きではなく、自分の外の物のはたらきとして意識される」「自我は外の力の支配下に圧倒され、無力となっている。考えは外から押し入り、自分の気持ちでないよその感情を持たせられ、表情は外から操られる……」(島崎俊樹『人格の病』より)といったもの。なるほど、客観的な手がかりを得るのはかなり難しそうだ。
 ここで、吉川チームリーダーらが注目したのが遺伝子である。
 これまでの統計的研究によって、精神疾患というのは家族の誰かが発病すると、他の構成員も発病する確率が高くなることがわかっている。
 例えば、一卵性双生児と二卵性双生児の発症一致率を調べてみると、統合失調症の場合、遺伝的なバックグラウンドが同じ一卵性双生児の場合は、二人とも病気になる確率は50%なのに対し、二卵性双生児では10%以下に落ちる。
 しかし、「逆の見方もできます」と吉川チームリーダーは話す。
 一卵性双生児でもたかだか50%しか一致しないということは、遺伝以外の要素も関わっているということ。同じ遺伝的背景を持っていても、病気になったり、ならなかったりする。これは、どういうことだろうか。
 「私たちの研究チームでは、こうした遺伝子を感受性遺伝子と呼んでいます。この遺伝子があれば絶対発病するというわけではなく、ないよりは発症しやすいという意味です」
表1:メンデル遺伝疾患と複雑遺伝疾患の対比  遺伝による疾患をまとめると、表1のようになる。そのひとつは、もしその病気の遺伝子を持っていれば、ほぼ100%発症するメンデル遺伝疾患といわれるもの。色盲や血友病、フェニールケトン尿症、小児の代謝異常などがこれにあたる。
 「ところが、メンデル遺伝疾患は症状は重いけれども非常にまれ。現代の医学・生物学が直面している問題は、むしろもうひとつの、複雑遺伝疾患といわれているものです」
 複雑遺伝疾患とは、複数の感受性遺伝子によって規定される疾患である。ひとつの感受性遺伝子を持ったとしても、持ってない人より発症の確率が上がるにすぎない。遺伝的な形質表現型は複数の遺伝子で決まると同時に、遺伝子間の相互作用、環境要因、生活習慣といったものにも影響を受ける。
 興味深いことに、こうした感受性遺伝子によると考えられる疾患には、精神疾患のほか、糖尿病とか高血圧、がん、脳卒中といったほとんどの生活習慣病が含まれるのだという。押し広げていえば人の性格や知能などもすべて、複雑遺伝のカテゴリーに入るのである。
 さらに、メンデル疾患が病気か、病気でないかはっきりと分けられるのに対し、複雑遺伝疾患によるものは、正常から異常の間にはっきりとした境界線を引きにくい。
 「糖尿病の血糖値にも、高血圧にも、正常域とはっきりとした危険領域の間に境界領域がある。量的な形質をとるわけです」
 精神疾患にも同じことが言える。これが複雑遺伝疾患の特徴なのである。


候補遺伝子からのアプローチ

それでは分子精神科学研究チームでは、この複雑遺伝による精神疾患について、どのように研究を進めているのだろうか。
 「ひとつの方法として、精神疾患の家系から採血したサンプルをもとに、連鎖解析をしています」
 連鎖解析とは、病気の遺伝子があるとしたら、染色体のどこにあるかを調べる方法である。具体的には、最低条件として兄弟が二人いて、双方とも統合失調症を発症し、かつ両親がそろっている家系にサンプルを求める。兄弟、両親の血液からDNAを抽出し、ゲノム上の遺伝的マーカを調べていく。そして、病気が連鎖しているマーカの周辺に病気の遺伝子があるという推測を立てるのである。
 一方、さまざまな状況証拠から、どんな遺伝子が関わっているかという仮定を立ててアプローチする方法もある。例えば、臨床でドーパミン神経を遮断する薬が効くことから、逆に、統合失調症ではドーパミンの受容体や伝達に関係する遺伝子のどこかに異常が生じていることが予想される。
 次にこうして得られた候補遺伝子を解析し、病気にどの程度関係しているか調べる。
 「私たちは統合失調症を例にとって、NMDA型レセプターを解析してみました」
 覚醒剤に似たある依存物質を人に投与すると、統合失調症に非常に似た症状が出る。この物質はNMDA型のグルタミン酸受容体にくっついて、その機能を遮断することが予想されている。そこで、NMDA型レセプターの遺伝子が統合失調症に本当に関係するかどうかを調べたのだという。
 この遺伝子には、遺伝子の発現を調節する領域(プロモーター領域)にGTという繰り返し配列があり、繰り返しの数が個人によって違う。この繰り返しの長さを調べた結果、統合失調症患者に長い繰り返しをもった人が多いことがわかった。GTが25回以上繰り返されている人の割合が、正常対象者に比べて高いのである(図1)。

図1:(A)NMDAプロモーター領域に繰り返されるGT配列
(B)GT配列の長さとプロモーター活性の関係
(C)GT配列の遺伝子型(S:short、L:long)と死後脳におけるNMDA受容体数の関係
 それでは繰り返しが長いと、機能的にどうなるのだろうか。繰り返しの数が長くなれば長くなるほど、このプロモーター活性は弱くなる。この遺伝子が発現しにくくなるのである。そうなると、この遺伝子の作用が遮断され統合失調症の症状が起こりやすくなると考えられる。
 こうしたアプローチは統合失調症以外の精神疾患にも有効なようだ。例えば不安障害。過換気症候群や閉所恐怖症などいろいろな名称で呼ばれていた症状が、現在は、不安障害ないしパニック障害という言葉でまとめられている。この不安障害にも遺伝子が関わっているのではないかということで、機能的な候補遺伝子解析が行われている。
 ここでもさまざまな家系を調べてみたところ、4塩基の繰り返し配列がプロモーター領域に複雑に集合していることがわかってきた。その繰り返し部分の全体の長さを調べると、ショート、ミディアム、ロングの3つのカテゴリーに分かれる(図2)。そして、不安障害を持つ人は、ミディアムのカテゴリーに含まれる人が非常に多いことがわかってきた。統合失調症と同様、DNA中のある繰り返しが病気に関係していると考えられる例である。
図2:不安障害の候補遺伝子上に見られる繰り返し配列


動物を使った「絶望モデル」

分子精神科学研究チームでは、うつ病や躁うつ病などの気分障害についても、候補遺伝子を調べるかたわら、動物実験からのアプローチを進めている。
 気分障害が統合失調症などと異なる点は、見た目にも元気がなくなったり、逆に極端にハイな状態になって行動が増えるなど、客観的症状が見られることである。また、ストレスをかけると多くの人がうつ状態になる。
 「これを動物にも類推し、ストレスをかけて動きを見ることで、人間のうつ病などのモデルになるのではないかといわれています」
 精神疾患というと高度な脳の機能を想像してしまうのだが、実験に使われる動物にも、ヒトと同じような症状が現れるものだろうか。
 「思考や認知というのは大脳の新皮質など高次の脳に関係するといわれていますが、感情や食欲、情動といったものは、脳でも辺縁系という、進化的には古い脳が大いに関係しているといわれています。マウスやラットにも辺縁系はありますから、気分の変動、食欲不振などがありうるわけです」
 ここで吉川チームリーダーは、「絶望モデル」という興味深い実験を示した。マウスをビーカーの中で泳がせたり、しっぽを計測器に固定して懸垂させた状態で動きを観察した場合、一定時間の間にどのくらいあきらめて動かない状態でいるかを調べるのである。この結果、あきらめやすさは、マウスの種によって異なることがわかってきた。個性ではなく、種の素因として違うことから、あきらめやすさに遺伝的な要因があると考えられるわけである。あきらめやすい体質がどの遺伝子によって決まっているのか、もしわかればヒトのうつ病の原因遺伝子を探す手がかりになるかもしれない。
 次に、マウスの染色体上のどこにその遺伝子が載っているかを探る。
 「ストレスに強い種C3という種とストレスに弱いB6という種をかけあわせて、第二世代を560匹作りました」
 分子精神科学研究チームでは、これらの一個体ごとにテストにかけて無動時間を計り、DNAをとり、マウスの染色体すべてを連鎖解析した。
 「両方のテストであきらめやすい遺伝子は染色体の8番と11番にあり、他にもいくつかの遺伝子について存在部位の候補がわかってきました」
 ところで、実際にうつ病を発症したときには、どの遺伝子が変化しているのだろうか。それを調べたのが、「学習性無力モデル」である(図3)。

図3:学習性無力の実験とDNAチップ解析。電流を流した部屋の中でどこにも逃げられないことを悟った(無力を学習した)マウスは、一端動かなくなると、何週間も何回テストしても動かない状態が続く。慢性のうつ状態に似たモデルとされる。
 学習性無力状態(Learned Helplessness=LH)になったラットにおいて、どういう遺伝子の発現が変化しているかを遺伝子チップで調べ、かつ、現在うつ病の治療に使われている二種類の抗うつ薬を投与し、再び遺伝子チップで調べる。こうして抗うつ薬で狙うべきターゲット遺伝子が絞られれば、より選択的な薬ができる。また、抗うつ薬の効かない難治性のうつ病についても、将来は原因となっていた未知の遺伝子が明らかになることで、新しい製薬の手がかりができるかもしれない。


精神疾患遺伝子は
不利な遺伝子か?


これまで精神疾患の研究においては、人権保護の問題から、家系を集めて遺伝的な研究をすることが難しい時代が続いていた。最近になって社会での理解が進み、全国組織の解析グループができて研究が進み始めたところである。
 また、ヒトの遺伝子を扱う研究に関して、2001年3月に文部科学省、厚生労働省、経済産業省の3省による厳しい倫理規定が新たに定められた。理研では、これを受けていち早く倫理委員会が再編されたため、ヒューマンサンプルを扱うゲノム研究の環境が速やかに整えられたのだという。
 「私たちの研究は、最終的には精神疾患の予防やよりよい治療法の開発だけにとどまらず、脳機能のメカニズムに関係する遺伝子のヒントになるのではないかと思います」と吉川チームリーダーは語る。
 「それに、統合失調症やうつ病の遺伝子は、本当に不利な遺伝子かという疑問も残っています」
 統合失調症の頻度は全世界、全時代を通じてだいたい1%、ほぼ一定なのだという。
 「精神疾患の原因遺伝子が淘汰されてこなかったということは、生存に有利な遺伝子なのかもしれません。場合によって統合失調症を引き起こすある遺伝子が、天才のもつ非凡な感性を付与している場合もあるでしょう。そのような点からも、研究が進むことで精神病に対する偏見がなくなっていけばと思っています」
 分子遺伝学の手法を用いた精神疾患の研究は、これからの私たちの社会にも、大きな意味を持つものになりそうだ。



文責:広報室
監修:脳科学総合研究センター
 分子精神科学研究チーム
 チームリーダー 吉川武男
取材・構成:小野蓉子

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SPOT NEWS

アルツハイマー病の原因となる
酵素の働きを新たに発見

原因酵素“βセクレターゼ”は糖鎖の合成を調節していた
(2001年11月20日、文部科学省においてプレスリリース)

当研究所は、アルツハイマー病発症の原因となる酵素の新たな働きを発見した。理研フロンティア研究システム糖鎖機能研究チームの橋本康弘チームリーダー、北爪(川口)しのぶ研究員および理研脳科学総合研究センター神経蛋白制御研究チームの西道隆臣チームリーダーらによる研究成果。アルツハイマー病は、脳内にベーターアミロイド(Aβ)と呼ばれる物質が蓄積して引き起こされると考えられ、Aβの産生は、アミロイド前駆体タンパク質がβセクレターゼ(BACE1)という酵素で切断され開始される。研究グループでは、BACE1がAβを作り出す作用だけでなく、細胞上にあって細胞同士のコミュニケーションを仲介する情報分子である糖鎖の合成を調節していることを世界で初めて見出した。現在、アルツハイマー病を克服するため、BACE1の働きを抑える薬物を開発し、Aβの蓄積を低下させる研究が精力的に行われている。本研究によってBACE1を阻害する薬物は、同時に高次機能に関わる糖鎖をも阻害することが示唆され、その結果生じる副作用を予測することが可能となった。また、その副作用に対する対策を講じることで、より人体に害の少ない薬の開発につながることが期待される。


ヒトの体を構成するそれぞれの細胞は、“同じ体を作る仲間”と互いに認識しあう必要がある。この認識をつかさどる物質として細胞膜表面の糖鎖が注目されている。糖鎖は、ゴルジ装置と呼ばれる細胞内小器官で作られる。例えば細胞膜上のタンパク質は、ゴルジ装置を通過するときに糖鎖が付加され、その後に細胞膜に運ばれる。この糖鎖の付加を行うのが糖転移酵素。糖転移酵素は、ゴルジ装置の膜に埋め込まれて存在しているが、一部の糖転移酵素は、ゴルジ装置の膜からタンパク質分解酵素によって積極的に切り出され、細胞外に活発に分泌されている。糖転移酵素を切り出してしまえば糖鎖の合成を停止できるため、この反応は糖鎖合成の重要な調節機構と考えられている。


一方、アルツハイマー病を引き起こす原因物質と考えられるAβは、アミロイド前駆体タンパク質が、2種類の酵素により2ヶ所で切断されて生じる。この酵素の切断作用を抑えることによりAβの産生を低下させ、アルツハイマー病を治療する方法が考えられている。しかし、このうち一方の酵素(γセクレターゼ)は、神経の分化に重要な働きをしていることが知られており、この作用を抑えてしまうと極めて重い副作用が引き起こされると予想される。それに対して、もう一方の酵素であるBACE1(βセクレターゼ)に関しては、生理的な作用が知られておらず、薬物によって作用を抑えても副作用は出ないと考えられていた。


研究チームでは、糖鎖の末端にシアル酸という糖を付加する“シアル酸転移酵素をモデルとして、その切断・分泌にかかわるタンパク質分解酵素の性質を研究していた。その結果、シアル酸転移酵素を切断するタンパク質分解酵素は、アルツハイマー病研究で明らかになっていたBACE1による切断の特徴と酷似していることが明らかになった。そこでBACE1がシアル酸転移酵素を切断するか否かを調べるため、BACE1とシアル酸転移酵素の遺伝子を培養細胞のゴルジ装置中で同時に発現させたところ、シアル転移酵素がゴルジ装置から切り出され、細胞外へ分泌される量が著しく増加した。また、試験管内で精製されたシアル酸転移酵素とBACE1を作用させると、シアル酸転移酵素が切断されることがわかった。


ゴルジ装置には、シアル酸転移酵素以外にも多数の糖転移酵素が存在している。これらの糖転移酵素は、BACE1の基質となる可能性が高く、高次機能に関わるさまざまな糖鎖がBACE1阻害剤の影響を受けることが考えられる。アルツハイマー病治療の対象が脳という高次の精神・神経作用をつかさどる臓器であることを考えると、ヒトでの副作用は、慎重に検討しなければならない。本研究成果は、米国の科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences USA: PNAS(11月20日号)』で発表された。

BACE1はシアル酸転移酵素を切断する

シアル酸転移酵素 ゴルジ装置に存在する糖転移酵素のひとつ。糖鎖の末端にシアル酸を付加する反応を行う。 抗体を作る細胞(Bリンパ球)では、シアル酸転移酵素の作用により、適当量のシアル酸が糖鎖の末端に付加されることが必要である。



文責:広報室
監修:ナノフロンティア研究システム
 糖鎖機能研究チーム
 チームリーダー 橋本康弘

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SPOT NEWS

HETE-2により捕らえられた
ガンマ線バーストに残光を発見

HETE-2の位置情報による即時追観測で得られた初めての成果
(2001年11月30日、文部科学省においてプレスリリース)

当研究所で開発した観測装置を積み、日米仏三国の国際協力によって打ち上げられたHETE-2(High Energy Transient Explorer:高エネルギートランジェント天体探査衛星・第2号機)は、“とかげ座”で起こったガンマ線バーストを捕らえ、発生位置を決定した。この位置情報に基づいて米国の研究チームが可視および電波望遠鏡で観測した結果、それぞれの波長域において残光天体があることを発見した。HETE-2のもたらした位置情報によって得られた初めての研究成果。わが国では、理研宇宙放射線研究室が中心となり本プロジェクトに参加している。HETE-2によるバーストの位置情報は、インターネットを通じて全世界に伝えられ、地上からの即時追観測に役立てられており、謎につつまれたガンマ線バーストの起源解明に迫れるものと期待されている。


ガンマ線バーストは、銀河形成、星形成が活発に行われていた太古の宇宙を探る貴重な現象。その物理機構やバーストが発生する深宇宙の研究を進めるためには、広い視野で常時バーストを観測し、バースト発生直後のできるだけ早い時点でその位置を決め、地上の望遠鏡と連携して精密観測を行うことが重要となる。HETE-2は、精密観測を行う上で最も大切な役割を果たす人工衛星で、2000年10月9日に打ち上げられた。搭載した3つの検出器でガンマ線バーストに対する正確な位置を機上処理で割り出し、10秒ほどで地上へ伝達する。さらに、NASAゴダード宇宙飛行センターが管理するガンマ線バースト位置情報ネットワーク(http://gcn.gsfc.nasa.gov/)を通して全世界の観測拠点にすぐさま配信される。


HETE-2は打ち上げ後、搭載された検出器の動作チェックや基本ソフトウェアの改善などを経て、2001年8月中旬から定常的な速報体制に移行した。9月21日には、ガンマ線バースト(GRB010921)を捕らえた。バースト源の位置がHETE-2の検出装置の一つである広視野X線モニターの視野の端だったため、一方向のみしか精度良く位置を決めることができなかった。しかしながら米国・カリフォルニア大学バークレイ校のケビン・ハーレー博士は、惑星探査機と人工衛星による「惑星間ネットワーク(Inter Planetary Network:IPN)」のデータを用いて求めた位置情報を併せることによって検出から15時間後、ガンマ線バーストの発生位置を正確に決めた。


HETE-2とIPNによって求められた位置情報を基に、カリフォルニア工科大学の研究チームは翌22日、カリフォルニア州のパロマ山天文台に設置された200インチ望遠鏡でガンマ線バーストの発生したエリアを撮影、可視光による残光を発見した。また22時間後には、ローレンスリバモア国立研究所(米国)によって運用されているロボット望遠鏡によっても残光が捕らえられている。カリフォルニア工科大学の研究チームでは、赤方偏移を測定することにも成功し、“とかげ座”の方向、約50億光年の距離でガンマ線バーストが起きたことを明らかにした。さらに同チームは、超大型電波干渉計アレイ(VLA)を用いてガンマ線バーストの残光付近に新しい電波源を発見し、ガンマ線バーストを引き起こした天体と対応することを指摘している。


今回、GRB010921に対する連携観測の成功によって、HETE-2がもたらす迅速かつ正確な位置情報に基づく、地上の望遠鏡などを用いたさまざまな波長による追観測が可能であることが実証された。わが国でも観測ネットワークの整備が進んでおり、当研究所では美星天文台、ぐんま天文台、宮崎大学、東京大学宇宙線研究所などと協力して、HETE-2の速報に対応して自動的に追観測を行う小型ロボット望遠鏡を開発した。さらに、国立天文台の大望遠鏡“すばる”においてもガンマ線バーストが起こった際には追観測を進める準備を整えつつあるほか、京都大学やぐんま天文台などでも速報体勢に応じた観測を行う予定である。

HETE-2のとらえたガンマ線バーストに可視光残光と母銀河を発見


日米仏による国際協力 HETE-2 は、日米仏三国の国際協力によって製作され、 NASA(米航空宇宙局)が打ち上げた。 わが国では当研究所がプロジェクトに参加し、 ガンマ線バーストの位置決めにおいて中心的な役割 を担う観測装置、広視野X線モニター(WXM)を製作し、 ミッション運用計画、衛星運用に携わっている。 また、赤道付近に3ヵ所設けられる主地上局のうち、 シンガポール地上局の設置・運用を担当するほか、 同様に13ヵ所ほど設けられる副地上局のうち シンガポールとパラオ、マウイの3局を担当している。



文責:広報室
監修:宇宙放射線研究室
 研究員 玉川 徹

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記念史料室から

一生涯を捧げた研究者
写真工業の発展と尾形輝太郎の足跡

写真は、カメラの進歩とともにフィルム(感光材料)の改良によって大いに発展してきた。フィルムレスのデジタルカメラが幅を利かすようになった今日でも、いまだフィルムの能力を凌駕(りょうが)するにはいたっていない。このフィルムの改良に生涯を捧げた一人の研究者がいた。尾形輝太郎(てるたろう)(主任研究員)、フィルムが色を感じるために不可欠な“感光色素”に関するさまざま業績をあげ、わが国の写真工業の礎(いしずえ)を築いた人物だ。記念史料室に残されている史料などをもとに、尾形の足跡をたどりたい(敬称略)。


写真1:理研の研究生として採用を許可する書類(当時の初任給は80円) 1935年(昭和10年)12月7日、一機の飛行機が大阪上空4000mまで上昇、機中から富士山の姿を狙うカメラマンの姿があった。フィルムは、尾形輝太郎らの研究成果が詰まった「さくら赤外750フィルム」。河内平野の遙(はる)か彼方(かなた)に浮かぶ雪化粧した富士山の姿をくっきりとらえ、「大阪から見えた富士山!」の見出しで翌日の大阪朝日新聞の紙面を飾る。当時の富士山撮影の遠距離写真記録を破る画期的な成果で、しかも国産(現在のコニカ製)フィルムで成し遂げられたことに意義があった。


フランスの科学アカデミーによれば、写真術の歴史は1839年に始まる。フランス人画家のL.J.M.ダゲールは、ヨウ化銀を感光剤として用い、水銀蒸気で現像する「ダゲレオタイプ(銀版写真法)」を発見、今日のフィルムの原型となった。その後、紙の表面に画像をつくるネガ・ポジ法の「カロタイプ」や「湿版写真法」などを経て、1871年にはイギリス人のR.L.マドックスが、感光物質である“ハロゲン化銀”と“ゼラチン”を用いた「ゼラチン乾版」を考案し、現在の写真の基本形がほぼできあがる。


当時のフィルムには一つの弱点があった。それは色を感じることができる“感色性”に乏しかったことだ。銀塩写真に広く用いられる“ハロゲン化銀”特有の感度は、紫外線から青光までしかない。これではカラー写真はおろか白黒写真も限られた表現しかできない。この弱点を補うのが、感光色素(増感色素)である。色素を添加することで、ハロゲン化銀の固有感度よりも長波長域(赤色)に感色性を持たせることができる。この発見は分光増感と呼ばれ、1873年にドイツのH.W.フォーゲルにより成し遂げられた。


感光色素の研究は、発見もとのドイツで積極的に行われ、優れた増感作用を示す感光色素が見つかった。当時のドイツは染色工業が盛んで、世界各国は感光色素の供給源をドイツに頼っていた。しかし、第一次世界大戦の勃発(1914年)により供給が絶たれてしまう。感光色素の化学構造式などは公表されていなく、米、英などは一から感光色素の研究を行うことを強いられた。その渦中に日本もあった。そして日本で感光色素の研究を引き受けたのが、東北帝国大学理学部化学教室の真島利行教授(理研・主任研究員を兼務)に師事し、感光色素の構造決定で卒業論文をまとめた尾形だった。


写真2:尾形輝太郎[1891−1955] 尾形は1922年(大正11年)、東北帝大を卒業後、理研・真島研究室の研究生となり、感光色素と本格的に取り組むこととなる。シアニン色素の合成を真島から研究テーマとして与えられた尾形は、シアニン色素の新しい合成法の開発などに成功。写真乳剤への応用に打ち込んだ。わが国の写真工業がようやく芽生えたこの時期、尾形の研究報告は貴重な文献となったばかりでなく、試料の提供も積極的に行われ、さらに尾形のもとには国産メーカー各社から研究者が集まった。また、理研自らが感光色素を合成し、販売することで、メーカー各社は国産フィルム実用化へのめどを立てることができた。


1945(昭和20年)、理研(後に科学研究所)の主任研究員となった尾形は、生涯、シアニン色素の研究を続けた。尾形の残した論文(研究報告)は100篇にもおよび、その中には、シアニン色素の医学的効用や、植物に対する生長促進作用の発見をまとめたものも含まれている。わが国の写真工業、特に感光色素に関わる国産技術向上のために果たした尾形の役割は大きく、国産フィルムメーカーが躍進する一助となったことは間違いない。



執筆・文責:嶋田庸嗣(広報室)

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TOPICS



理研バイオリソースセンター
公開シンポジウムを開催



理研バイオリソースセンター(BRC:センター長・森脇和郎、リソース基盤開発部長・小幡裕一)は、2001年4月より、実験動物、実験植物、細胞材料、 遺伝子材料などの収集・保存・提供事業および技術開発事業に関する、本格的な活動を行っています。今回、BRCの発足を記念して11月20日、 「理研バイオリソースセンター公開シンポジウム」を開催し、あわせてバイオリソース棟を公開しました。シンポジウムでは森脇センター長をはじめ、 小原雄治国立遺伝学研究所教授、山村研一熊本大学教授が講演。総合科学技術会議の井村裕夫議員、(財)癌研究会癌化学療法センターの 菅野晴夫所長のほか各界の研究者ら200名あまりが参加し、バイオリソースを話題に交流を深めました。






「ロボフェスタ神奈川2001」に出展



Photo 当研究所は11月16日から10日間、パシフィコ横浜で開催された「ロボフェスタ神奈川2001」(主催:神奈川県など)に出展しました。工学基盤研究部で 開発中の前後左右全方向に移動可能な機構・特殊車輪を積んだ「3自由度独立型全方向移動ロボット」や、全方向移動ロボットでは乗り越えられない 段差を乗り越えることができる「小型全方向不整地移動ロボット」を展示、デモンストレーションしました。さらに、みずから判断する(自律型)移動制御 システムを積んだロボットでサッカーを実演、子どもたちは興味津々、ロボットの動きに見入っていました。期間中、会場には約24万人(主催者発表)の 来場者があり、たくさんの家族連れでにぎわいました。






尾身科学技術政策担当大臣、
SPring-8を視察



Photo 尾身幸次科学技術政策担当大臣は12月3日、播磨科学公園都市の大型放射光施設SPring-8を含む各研究施設を視察しました。当研究所からは 小川智也副理事長らが同席。高輝度光科学研究センターの吉良 爽副理事長がSPring-8の概要を説明した後、蓄積リング棟内のビームラインなどを 見学しました。理研ビームライン(BL45XU)の視察の際には、井上頼直理事(播磨研究所長)が放射光を使ったタンパク質構造解析の研究成果や、 研究成果の産業への応用の期待などについて説明、立体視メガネを使ったタンパク質構造の3Dデモンストレーションを体験しました。さらに、 科学技術の最先端の分野で着々と成果を挙げているSPring-8、および播磨科学公園都市の各研究施設の現状と未来への展望についての意見交換も 行われました。






理研植物科学研究センター
関連シンポジウムを開催



理研植物科学研究センター(PSC)は11月26日から2日間、東京大学弥生講堂(東京都文京区)でシンポジウム「Plant Morphogenesis(植物の形態形成機構の解明におけるホットな研究成果について)」を開催しました。本シンポジウムは、PSCと国内外の研究者交流のために開催しているもので、今年で2回目となります。国内外の著名な植物学者が講演し、PSCからは岡田清孝GD※1(遺伝子機能研究グループ)、福田裕穂GD(形態形成研究グループ)が成果を発表しました。
 また、12月3日から2日間、安田生命ホール(東京都新宿区)で「ミレニアム植物科学研究プロジェクト研究成果報告会(2001年)」(主催:未来開拓学術研究推進事業 植物遺伝子研究推進委員会、PSC、農林水産省イネゲノムプロジェクト)を開催。人類の直面する課題に応え、新しい産業を生み出す大胆な改革に取り組むことを目的としているのが“ミレニアムプロジェクト”です。PSCでは、本プロジェクトの一環として植物ゲノムの解析を行っており、今回の研究報告会には、PSCから岡田清孝GD、吉田茂男GD(機能制御研究グループ)、出村 拓TL※2(形態制御研究チーム)、榊原 均TL(コミュニケーション分子機構研究チーム)が研究成果を報告しました。

※1 GD:グループディレクター、※2 TL:チームリーダー



原酒
プレス発表について思うこと

筆者近影 昨年は「パーキンソン病」および「細胞死」に関する研究室の成果についてプレス発表をする機会に2度も恵まれた。お世話になった広報室のおすすめにより、この場をお借りして感想文を記すことにする。
 プレス発表に際してはまず記者の皆さんに渡す資料を作成する。A4用紙3〜4枚でわかりやすく研究成果の概要を述べたものに、プレゼンテーションで使用するパワーポイントの図もカラーコピーして添付する。その資料を携えて、記者会見に臨む。私の場合は2回とも文部科学省の記者クラブで行ったが、資料に基づき、10分程度のプレゼンテーションを行い、その後質疑応答に答え、だいたい30分〜1時間で会見終了となった。
 新聞記者の方々を相手にしゃべるのは今回が初めての経験であったが、これが意外に難しい。もちろん専門用語を意味をそこなわずに短くわかりやすく説明することも簡単ではないが、一番苦労するのは「研究成果の意義」である。ずぼらでルーズな筆者ではあるが、論文を書くときには別人のように厳格になる。きわめて批判的な専門家にも納得してもらえる結果でなければ、研究成果として認められないからである。新聞記事となると、考え方をまるっきり変えて、「わかりやすさ」と「世間一般への影響の大きさ」を重視しなければならない。記者の皆さんはさすがに理解が早いが、一般向けになるべくインパクトのあるまとめ方をしようという姿勢なので、研究者と記者の間で「どこまで言っても大丈夫か(間違いでないか)?」という点で綱引きになる。あとで誤解はなかったかと少々心配になったが、できあがった新聞記事をみると、まずまずの線に収まっており、安心した。
 自分たちの研究成果が新聞記事で紹介されること自体は嬉しい半面、プレス発表の準備はそれなりに時間もかかるので、研究の妨げになるという見方もある。また、プレス発表をしてもインパクトが乏しいと判断される場合は掲載されないこともあるので、せっかくの準備が徒労に帰するおそれもある。それでも、広く興味を喚起する可能性があると思われる場合には、科学者の社会的義務としてなるべくマスメディアに情報を提供するほうがよいと個人的には考えている。
 科学および科学者に対して世間一般の人々が持っているイメージは決してポジティブなものばかりではない。クローン人間、生物テロなど、科学が人間社会を破滅させるようなイメージが広く流布されている一方、科学者は「税金を使って好き勝手なことをしている連中」といった声も一部にはある。もちろん正当な批判は真摯(しんし)に受け止める必要があるが、最大限の自由を与えられたうえでの基礎研究が科学の最大の駆動力になってきたことは歴史が証明している。そして高度な現代文明を支えていくのが科学の進歩であることは疑いをいれない。今後も科学を発展させていくためには、スポンサーである国民へ、「科学はこんなに皆さんのお役に立っています、あるいは、立ちそうです」と科学者が直接アピールし、多額の税金を科学研究に投入する正当性を納得してもらう必要があるだろう。
プレス発表に使用した説明図  さらに言えば、「科学が人類の未来を切り拓く」と感じさせるようなニュースがマスコミでもっと報道されることによって「科学者はかっこいい」というイメージが定着してほしい。科学者が子供のあこがれになることが日本の科学技術創造立国の基礎だし、やや大げさかもしれないが、日本再生の鍵になると思う。
 理研には、大学などにはない、研究成果のプレス発表を力強く支援してくれる広報室があり、大変めぐまれた環境にある。世の中を明るくするような研究成果を理研から発信していくように研究者もプレス発表に積極的に取り組んではどうだろうか。

脳科学総合研究センター
運動系神経変性研究チーム チームリーダー●高橋良輔


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