理研ニュースNo. 198 December
1997

No. 198 December 1997 理化学研究所

 
目次
研究最前線
  • マイナス256度でミュオン核融合を起こす
SPOTNEWS
  • ベトナム基礎科学のために「計算機センター」を開設
    −民間企業2社の支援によりハノイに−
TOPICS
原酒
  • 理事長ファンドを取る方法



完成した「理研―RALミュオン施設」のレイアウト図

ポート1でミュオン核融合実験を、ポート2でミュエスアール物性研究を、ポート3でミュオン基礎物性実験などが行われている

FRONTLINE

マイナス256度でミュオン核融合を起こす

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ミュオン(μ粒子)は決して珍しい粒子ではない。手の平を広げれば、毎秒1 〜2個は~ 宇宙線として降ってくる。 ミュオンには+1の電荷をもつ粒子と−1の電荷をもつ粒子の2種があり、質量は陽子の9 分の1とも電子の207倍ともいえる。したがって正ミュオン(μ+)は軽い陽子、負ミュ~ オン(μ−)は重い電子と考えることができる。また1/2のスピンをもっており微小な磁~ 石ともいえる。寿命はわずか2.2マイクロ秒だ。 軽い陽子、重い電子、微小磁石といったミュオンの特性によって、今や科学の一大研究領 域が切り開かれている。常にその先頭に立ってきたミュオン科学研究室の永嶺謙忠主任研 究員は、「ミュオンとの出会いは約25年前ですが、この間、守備範囲は物性から核融合に まで及び、実験のホームグランドもイギリス南部のオックスフォードシャー州にあるラザ フォード・アップルトン研究所(RAL)にまで広がってしまいました。」 低温度で高密度に核融合反応の起こるミュオン核融合は、従来の熱核融合とはまったく違 う新しいタイプの核融合として、現在注目を集めている。

ミュオンとの出会い

永嶺主任研究員がミュオン科学と出会ったのは、東大理学部物理学教室の助手の時代だっ た。「当時は原子核の構造研究をしていたのですが、ミュオン原子という現象があること を知り、この研究が原子核の新しい研究領域になるだろうと思ったのです。」 しかし、当時の日本にはミュオンを生成する加速器がなかった。一方、世界的にはカリフ ォルニア大バークレー校を始めいろいろな加速器施設ですでに実験が始まっていた。「私 たちは後発組だったのですが、ミュオンを意識してすぐに、当時の上司だった山崎敏光さ んと、ミュオンが微小磁石であるという性質を使った新しい物性研究法を思いつきました 。」
そこで、まずバークレー、続いてカナダのブリティッシュ コロンビア大にあるトライア~ ム研究所の加速器を使って実験を開始した。陽子を加速器で加速し、炭素などのターゲッ トに当てて、パイ(π)中間子を発生させ、これを真空中で長い距離飛ばす。飛んでいる うちに、正パイ中間子(π+)は正ミュオン(μ+)に、負パイ中間子(π−)は負ミュ オン(μ−)に崩壊する。
この時、パイ中間子やミュオンが四方八方に飛び散らないようにする工夫が必要で、強力 な超伝導磁石を使って運動方向をコントロールしている。  
こうして誕生したミュオンは、スピンの向き、いわば磁石の向きが、100%進行方向にそろ っており(偏極)、物質中で減速するときも変わることがない。
このミュオン微小磁石の性質を利用して物質のミクロな磁場の状態を探ろうというのが、 永嶺主任研究員たちの考えたμSR法(ミュエスアール法)である。
μSR法では主に正ミュオンを使う。固体物質に正ミュオンを打ち込むと物質の原子構造の 格子間位置に止まる。そして誕生から2.2マイクロ秒(100万分の2.2秒)たつとミュオン~ は寿命がつきて陽電子とニュートリノに壊れる。このとき陽電子は正ミュオンのスピンの 向きに放出されるので、陽電子を測定すれば、その場所における正ミュオンのスピンの方 向や運動を知ることができる。このスピンの運動から、正ミュオンが止まった場所の微視 的な磁場や磁場のゆらぎをつかまえることが可能になる。「μSR法を使って高温超伝導体 の重要な性質を明らかにすることができました。90K(−183C)で超伝導状態になるイッ~ トリウム系の物質ですが、酸素濃度を減らしていくと磁性を帯びることを他の方法に先が けて、ミュオンで世界最初のデータを出しました。」
この実験を成功させたのはカナダの加速器と、日本の加速器だ。その後、研究はRALの加~ 速器を利用することとなる。カナダからイギリスまでの道のりには、さまざまなドラマが あった。

パルス状のミュオンビームとの出会い

永嶺主任研究員たちがカナダの加速器で研究を続けるうちに、日本でもミュオンを生成で きるほどの大型加速器開発の気運が高まり、つくば市に高エネルギー加速器研究機構(当~ 時、高エネルギー物理学研究所、KEK)が開設され、1976年3月に陽子加速器の最初のビ ームが発射された。
翌年日本に戻ってきた永嶺主任研究員たちも、実験のホームグランドを、理研と兼任であ った東京大学理学部中間子科学研究センターの分室として、筑波に定め、80年から実験を 開始した。ちなみに永嶺主任研究員の兼務先は、今年3月に東大から高エネルギー加速器~ 研究機構へ研究室ごと移っている。「筑波での加速器は、その性能上、発生するミュオン ビームが世界初のパルス状ビームとなったのですが、これが私にとっては福音となりまし た。ミュオン科学の研究には普通の直流ビームよりはるかにメリットがあったのです。」 ミュオンの寿命は2.2マイクロ秒と短い。実験は時間との勝負になる。「私たちとしては~ 、できるだけ多くのミュオンによって多数の現象を生じさせ、これを可能な限り長く見て いたい…。ところが直流ビームですと、強度をあげるとミュオンが次から次へとやってき て、前のミュオンが起こした現象の測定を邪魔するのです」「パルスだと強度をあげても 、バッとかたまって来て次のパルスが来るまでに時間が少しある。ですから一気呵成の精 密測定が可能になります。」
パルスのメリットは他にも多々ある。その1つがミュオニウムの研究だ。正ミュオンは軽 い陽子として水素の原子核の陽子と入れ替わって原子をつくることができる。これがミュ オニウムだ。
原子の基本型ともいえる水素については昔から研究が盛んに行われている。「でも水素原 子の微細構造を探ろうと、エネルギー準位の精密測定をどんどん進めていっても、あると ころから意味がなくなってしまいます。陽子が電子のように点ではなく中に構造があるこ と、クォーク3個からできているということが、ネックになるのです。」
その点、ミュオニウムならミュオンが電子と同様に単なる点で中に構造がないので、原子 の原子たるゆえんを徹底的に調べることができる。「そこで考えたのが、2本のレーザー ビームを同時にミュオニウムに当てる方法です。これで共鳴をおこさせてエネルギー準位 の測定精度を上げ、遷移のエネルギーを精密に測定しようというアイディアでした。」 これには強力なレーザーが必要で、そのような出力をもつレーザーはパルスレーザーしか ありえない。パルスレーザーとのうまいマッチングをはかるには、ミュオンもパルスのほ うがずっと都合がいいわけだ。
このような方法を用いて、ミュオニウムの基底状態から1つ上の準位との間のエネルギー を8桁近くまで精密に測ることにKEKで成功した。87年頃のことである。「この実験は 現在も進行中で、後10年もたてば、今は点だとされているミュオンにも内部構造があるの かどうか、はっきりするでしょう。」
もし内部構造があるとなれば、これは素粒子物理学上の大発見となる。素粒子には、陽子 などを構成している“クオーク”、電子などの“レプトン”、電磁力や核力などの力を媒 介する“ゲージ粒子”の3種がある。ミュオンはレプトンに属する粒子で、レプトンはた だの点で内部構造はないとされてきた。もし、ミュオンに内部構造があるとすれば、従来 の理論を覆すことになる。「ミュオニウムの精密測定については、すでにびっくりする話 がありますよ。」
今年のノーベル物理学賞の受賞者の1人であるスタンフォード大学のスティーブン・チュ ー博士こそ、87年当時に8カ月の間筑波に滞在し、ミュオニウム実験のレーザーシステム を米国から運び込み、実験を行う中心人物の1人だった。ちょうどノーベル賞の対象とな ったレーザークーリング技術の開発直後のことだそうだ。

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ミュオン核融合とは

さてミュオンのパルス状ビームのメリットは、話の真打ちとなるミュオン核融合にも十分 生かされている。ミュオン核融合の研究に永嶺主任研究員が取り組み出したのは、ミュオ ニウムの精密測定の成果が出る直前だった。
ミュオン核融合の概念は、40年代にロシアとイギリスの研究者によって出されている。そ して57年米国で泡箱の飛跡として実際に検出された。しかし、その後は70年代後半になる まで殆ど顧みられることがなかった。 
核融合とは、2つの水素同位体(重水素や三重水素)の核が近づき、ついには一緒になる 現象で、この時エネルギーが解放される。しかし通常の条件下では、核は正の電荷をもつ のでクーロン力で反発しあい、核同士が十分近づくことはない。トカマク方式にしろレー ザー方式にしろ従来の熱核融合は、同位体を1億度以上に加熱し、熱エネルギーによって クーロン力の非常に高い壁を乗り越えさせようというものだ。
ミュオン核融合の原理はこれとはまったく違う。システムとしては、重水素(D)および 三重水素(T)の混合物に負ミュオンのビームを当てるというシンプルな方式である。標 的の混合物は液体状態(20K,−253C)と固体状態(15K,−258C)の入り交じった密度の高 いもので、もちろん極低温にある。「熱核融合に対し、私たちはこれを『低温核融合』と よんでいます」と永嶺主任研究員。
標的に打ち込まれた負ミュオンは、重い電子として重水素や三重水素の電子と入れかわり 、ミュオン原子を形成する。ミュオンの質量は電子の207倍なので、量子力学からその軌~ 道半径は207分の1、結合エネルギーは207倍となる。非常に小さく固い原子ができるわけ~ だ。
誕生したミュオン原子は周りの重水素や三重水素の分子(D2,DT,T2)と衝突を繰り返して いるうちに、エネルギーの関係から重水素のミュオンは三重水素へと移っていき、三重水 素のミュオン原子(tμ)が多数できる。同時に衝突によって三重水素のミュオン原子は~ 重水素と分子をつくる。
三重水素のミュオン原子は、正の原子核に負のミュオンの絡みついた中性の原子核のよう なものである。そのためクーロン障壁が消失して重水素の原子核に十分近づくことができ 、近接した三重水素の原子核と重水素の原子核の周りをミュオンが回るようになる。この ような分子(dtμ)をミュオン分子という。
ミュオン分子内では分子の熱振動の助けによって、核同士は核融合反応の生じる距離まで 十分近づくことができるようになる。こうして(dtμ)分子のほぼ全てが核融合を起こす 。
原理は以上だが、核融合では他にも非常に重要な問題がある。投入したエネルギーより大 きなエネルギーを得ることができるか、ということだ。
ミュオン核融合の場合、核融合反応のあと、ミュオンは自由になり連鎖的に核融合を起こ していく。1個のミュオンがその短い寿命(2.2マイクロ秒)の中で何回核融合を起こせ~ るかが、エネルギー生産上の鍵となる。
理論的にはミュオン1個つくるのに5GeV必要だと考えられている。一方、1個のミュオン 分子が1回核融合を起こすと0.0176GeV のエネルギーを発生する。従って1個のミュオン が約300回の核融合反応を引き起こして初めて、ブレークイーブンとなる。
ミュオンによる連鎖反応を阻害するのは、核融合によってできるアルファ粒子だ。この粒 子は正の電荷を帯びているので、負の電荷のミュオンが付着してしまうのである。長らく 付着率がどの程度なのかが問題とされてきたが、測定が難しく未解決であった。これを最 初に可能にしたのが、永嶺主任研究員たちのグループであった。

理研−RALミュオン施設の成果

ミュオンがアルファ粒子に付着すると特性X線が出るが、問題は三重水素が常に少しずつ 崩壊しながら莫大な量のベータ線を出し、それが強い制動輻射X線を出すことで、これに 隠れてしまって測定できないのである。
永嶺主任研究員たちは、またしても筑波のミュオンビームがパルスであることを利用して この難題を解決した。「ミュオンの付着によるものはミュオンパルスが来たときだけに生 じます。一方、三重水素の崩壊によるものは常に存在する…。ですからパルスのある時と ない時の差を求めればいい。」
こうして88年に世界で初めてミュオンのアルファ粒子への付着に伴う特性X線の測定に成 功した。「でも、筑波のビームが弱いので精密には測定できませんでした。もっと強いビ ームを使いたいと思っていました…。」 
一方、RALでは80年代に筑波の40倍強いビームを出す加速器がつくられ、これを使った正~ ミュオンによる物性研究も欧州共同体(EC)によって87年に開始された。その間、永嶺主 任研究員はミュオンの専門家としてRALからECへ提出された予算の審査員を務めたことも~ あった。また所長からは、「加速器利用のための実験ホールの場所を開けて待っているの で、ぜひ研究のホームグランドにするように」という強い誘いを受けていた。
そして89年の3月に起こったのが\351j融合事件Bこの騒ぎが従来とは違う新しい核融合に~ 対する政策・行政サイドの関心を引き付けた。その結果、\522ALに理研のミュオン科学施 設をつくりたい」という予算要求は89年末には認められた。
94年4月末に施設が完成し、以後永嶺主任研究員のホームグランドはRALとなった。そして 強いパルス状ミュオンビームを使い、加えて最高純度のD-T標的を作れるトリチウム操作~ 系を理研の手で設置し、96年6月からミュオン核融合の実験がスタートした。
これまでに液体と固体D-Tでのミュオン核融合について、見事なアルファ付着X線が捕え~ られ、アルファ粒子への付着率を精密に求めることができた。その値は0.4〜0.5%で、1~ 個のミュオンが起こす核融合反応の回数の上限は200回となる。また核融合に伴う中性子~ 数の測定からいくと150 回が実測されている。「150回から200 回の核融合が起きている~ のでしょうが、実験の第2期としてはブレークイーブンの300回にもっていかねばなりま~ せん。これにはいろいろな手が考えられますよ。」
アルファ粒子に付着したミュオンの3分の1は剥がれると最近考えられている。「全部剥 がれるように、周りをプラズマで満たそうというアイディアも出されています。また標的 のD-T混合系に圧力をかけて密度を上げたり、レーザーを照射して反応を起こしやすくす~ るという方法もあるでしょう。私自信もいろいろとアイディアはあるのですが、ちょっと 内証ですね。」
さらに実験第2期後には実用化への道を探らねばならない。実用化には1個のミュオンが 1000回の核融合を引き起こすことが必要とされる。「この実現のためには興味深い問題を 解かねばなりません。核融合の多体問題です。ミュオン分子のすぐ隣りにミュオン分子が 形成され、互いに影響を及ぼしながら核融合を起こすという状況ですね。こんな状況は熱 核融合では起こっていませんし、理論的にも誰も解いたことがない。この先どうなるか、 未知なだけにたいへんに楽しみです」と、常にパイオニアであり続けてきた永嶺主任研究 員はにっこり笑った。

文責:広報室
監修:ミュオン科学研究室
主任研究員 永嶺謙忠 
取材・構成:由利伸子

図1. 永嶺主任研究員

図2. ミュエスアール物性研究スピン偏極したミュオンを物質の原子レベルの結晶中にとめ、微視的な磁場を測定することにより、高温超電導体などの性質を明らかにする

図3. ミュオニウムレーザー共鳴実験(1987年,KEK)を行った、スティーブ・チュー氏(中央)、著者、およびアラン・ミルズ氏(Bell研究所)

図4. ミュオン核融合の原理

図5. ミュオン核融合のサイクル 歳差運動。光とX線で運動に差は見られない。

図6. ミュオン核融合のエネルギー生産性

図7. アルファ付着現象に伴うX線放出の測定結果と原理図

SPOTNEWS

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ベトナム基礎科学のために「計算機センター」を開設
−民間企業2社の支援によりハノイに−

核科学計算機センターでの
インターネットの実演

設置したパソコン
理研のホームページに接続

1994年3月に、ベトナムの首都ハノイで「90年代後半における核物理の展望」と題する国~ 際会議が開催されました。席上、当所の有馬理事長は、長い戦乱で壊滅したベトナムの核 物理再興のために、戦後における日本の経験を踏まえて、いくつかの提言(頭脳流出の防 止 、 計算機センターの建設など)をしました。その後、ベトナム科学技術環境省 原子~ 力委員会(VAEC)委員長のN.D.Tu博士(故人)をはじめとする指導的科学者たちから、提 言の実現に向けた支援の訴えがありました。理事長は、理研内の中古パソコンを送る運動 から始めましたがめどが立たず、さりとて政府予算要求にはなじまず、結局、民間企業等 に協力を要請することにしました。幸いにも、日本電気(株)と富士通(株)から好意あ ふれる支援承諾を得ることができ、計画の実現に向けて動きだすことができました。この ように民間企業からの支援により外国との研究協力プロジェクトを実現したのは、理研で は初めてのケースです。
近年、ベトナム経済が驚異の躍進を続ける中で、かつてのロシア中心の科学技術体制は弱 体化し、国内研究施設の整備は大きく立ち遅れ、多くの優秀な研究者が海外に流出して戻 らずにいます。サイクロトロン研究室にSTAフェローで滞在中のN.D.Dang博士(原子核科~ 学技術研究所(INST)所属)もその1人です。彼が現地とのパイプ役を担当し、筆者と計 算科学研究室・古沢協力研究員が加わり、企画室、国際協力課とともに、計算機センター の構成の検討が始まりました。
1997年3月に、理研とVAECとは、長期研究協力のための覚書を締結し、VAEC傘下のINSTに~ 「核科学計算機センター(CCNS)」を設立することにしました。その構成は、海外に散在 するベトナム人研究者たちと密接な情報交換を可能にするインターネット接続を基本条件 とし、Windows-NTパソコン12台と、科学計算用のUnixワークステーション1台、各種サー~ バー6台等がLANを組みインターネット接続された、中規模ながら充分実用に耐えうる仕様 としました。これは学際利用としてはベトナム初のインターネット接続されたセンターと なります。
1997年6月にハノイで、このセンターの開所式が行われました。式典には日本電気、富士~ 通両社代表、ベトナム科学技術環境省副大臣C.Hao博士など60余名が参加し、盛大に執り~ 行われました。 式典後開催した合同シンポジウム「原子核研究における計算機ネットワークと加速器」に は、有馬理事長ほか、上坪理事、関審議役、谷畑、安部、戎崎各主任研究員等10余名が参 加し、活発な議論がなされました。今後これらの研究室を中心にセンターを活用した研究 協力がスタートします。
開所式の席上、理事長は、アジア各国との将来の研究協力について、「欧州共同原子核研 究所(CERN)において、国家の枠組みを越えた科学技術協力の成功に端を発し、欧州共同 体(EC)が発想され、そして欧州連合(EU)に成長しようとしている。この歴史的展開に 注目し、CERNと対等に渡り合えるような『アジア共同研究機構』を目指して国際研究交流 を促進すべき時期である。このセンターは、アジア科学史における1つの重要なランドマ ークとなり、同時に今後の日本とベトナムの緊密な科学技術協力の象徴となるものと確信 する」と夢を述べました。
欧米の協力を得て発展してきた我が国の科学技術の歴史を振り返ると、今度は日本がアジ アに支援を贈ることが大いに望まれています。「新たな有馬提言」が、アジア諸国の賛同 のもとに実現するような国際研究協力を進展させていきたいと思っています。

放射線研究室
研究員 吉田 敦

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脳科学総合研究センター開所記念式典、国際シンポジウムを開催

脳科学総合研究センターの発足を記念して、11月10日に開所記念式典を和光本所で行いま した。特設会場で行われた記念式には、加藤紀文科学技術庁政務次官、フランスにある国 際脳研究連合の事務局長・王立スウェーデン科学アカデミー会員デビット・オットソン博 士をはじめ、国内外から300人の脳科学研究に携わる関係者が出席しました。
また、翌11日には東京・芝公園の東京プリンスホテルにおいて、利根川進マサチューセッ ツ工科大学教授、『Science』誌のフロイド・ブルーム編集長をはじめ各国のトップサイ~ エンティストを招いて、開所記念国際シンポジウム「脳科学の未来と展望」を開催しまし た。シンポジウムでは「脳科学の未来」、脳の働きを解明する「脳を知る」、脳の病気の 克服を目指す「脳を守る」、 脳型コンピューターの開発を試みる「脳を創る」の4つの~ セッションが開かれ、計約700人にものぼる多数の参加者がありました。

開所記念式典 加藤政務次官 開所記念式典 D.オットソン事務局長 国際シンポジウム 利根川教授

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バイオ・ミメティックコントロール研究センター一般公開

記念シールの作成
11月9日、バイオ・ミメティックコントロール研究センターが一般公開されました。今回~ の公開は、名古屋市主催による「なごや・サイエンス・ひろば」(発見と交流のなごや科 学技術推進月間)事業に共催して行われたものです。
実験室では、視覚センサーロボットによって、画面上で来訪者を追尾するデモンストレー ションが行なわれ、来訪者の強い関心を引きました。好天にも恵まれ、総計600名を超え~ る来訪者を迎え、先端的研究の一端を紹介するとともに、理解を深めていただく良い機会 となりました。

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第5回名古屋市・理化学研究所ジョイント講演会を開催

理研と名古屋市が共同して主催する「第5回名古屋市・理化学研究所ジョイント講演会」が11月12日にバイオ・ミメティックコントロール研究センターの大会議室で開催されました。この講演会は、理研と名古屋地域の研究者、産業界との交流と連携の輪を広げることを目的として毎年行われ、5回目となる今回は、吉川研一・名古屋大学大学院人間情報学研究科長教授による「仮想生命現象の科学」、伊藤宗之・愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所長による「大脳皮質のバレル:目に見える脳地図」についての講演が行われ、約70名の参加者を迎えました。
吉川教授
伊藤所長

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「科学を楽しむセミナー」を開催

11月1日に「科学を楽しむセミナー」(主催:科学技術庁、後援:富山県・富山市教育委員会、協力:理化学研究所)が富山県民会館で開催されました。このセミナーは、青少年を対象に科学の楽しさ、すばらしさを実感してもらおうと、一昨年から始まったもので、8月の兵庫県富岡市での開催に続いて本年2回目の開催となりました。 演劇「マーニャ〜若き日のキュリー夫人〜」のあと、理研の谷畑勇夫主任研究員による映像や実験をふんだんに取り入れた「クイズと実験」の講演が行われました。今回も約400人の小学生たちがクイズを解きながら楽しく電子や光の 不思議について学びました。

実験の解説を行う谷畑主任研究員


理事長ファンドを取る方法
―Let's Debate―


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著者近影
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平成7年度 理事長ファンド成果報告会

理事長ファンド(創造的特別基礎研究奨励研究費)は、若い研究者を中心に研究費が配分 され、自由な研究に大きな可能性を与える。本年度より予算化されたこともあって、さら に多くの研究者の助けになると思われる。予算化されないときからこの制度があったこと も、こんなものが予算化されたことも理研の良さを示していると思う。 この機会に、申請の様式を新しくし、それに対しての意見を求めたところ、多くの有用なコメントをいただいた。しかしそれ以上に、このアンケートにより、申請をする者と審査する者との違いが、浮き彫りにされたの で、これを機会にいろいろなことでのdebateの場を造ろうという主旨で本稿を書いている。実は表題に偽りありで、ファンドを取るためのテクニックを教えようと言うわけではない。

さっそく本論に入ろう。まず申請書はなぜ必要か? それは明らかに『ファンドを与える かどうかを判断するためである』しかし、これだけでは何の面白味もない。実はそれだけ ではなく、申請者の研究内容を整理する機会を与えるよう意図されている。忘れがちな最 初の発想や手順をうまく書くことができれば、研究を進める上で指針になるはずである。 さて新しい申請書は、1ページ目のサマリーと2ページ以降の補足説明とになっている。 この補足説明の部分が自由形式になったことで、強調点を各自が選べるようになったのが 特徴である。もちろん審査員が最低限知りたいことは書くように求めている。この形式は 、全般的には好評であったが、いくつかの戸惑いがみられ、以下のような質問や要望があった。
(1)自由になったのはよいのだが、長さの基準を示して欲しい。
(2)意味のなさそうな項目があるが、どうするのか?
(3)どのような判断基準で選考されるのか、解るようにして欲しい。
これらは、私には受験ぼけの発言に聞こえる。まず (1)だが、なにが一番かといって、 必要な情報が入っていて、短ければ短いほど良いのは自明である。申請書のページ数や、 読むのに必要な時間で判断はしない。ページ数を満たすことで安心感を得るのは無意味で ある。理研には、種々の違った研究分野があることが特徴であ る。それ故に判断の基準は一つにはならない。申請書には、ある分野では重要だが他の分野ではそうでもないことが当然含まれている。すべての人に、同じように配点されている わけではない。(2)について特に目立ったのが、実用化の可能性の項である。基礎研究分 野の方は、この質問に敏感で、聞かれたくない質問の筆頭のようであるが、心配無用。審 査員は基礎分野の研究者からの答えを期待してはいない。(ただし現実的なものが あれば歓迎されることは事実である)申請者にとって意味のない質問は、自分の判断ですっ飛ばしてもかまわない。(3)はそれ故とんでもない要望である。試験の様に一様に各項 目に点数をつけて、というような判断基準はない。そんなものを作ったらきっと受験(申 請)産業が出来てしまうだろう。そのほかにも複数の方からの、意見があったのは、「予 測される困難」の項である。この質問はネガティヴに感じるようである。しかし質問にそういう意図はないし、単に「難しそうだから予算やるのはやめよう」のためでもない。逆に、全く困難のない研究はあるのだろうか? 技術的困難や、選ぶ方向を予測できない分 岐点があるのがふつうである。

これらの問題点をいかに掘り出せているか、理解しているかが、研究者の能力といえるし、研究の準備の状況を表してもいる。だから、これは重要な判断基準なんですよ!

もう一つは、「項目にないことを書いてもよいのか」である。答えは当然Yesである。申請書にも、「以下の項目を」ではなく「以下の項目を含めて」とある。申請者が研究の重要性を示すことは、当然含めるべきである。

さて最後に、大きな問題がある。「不採択の理由を知らせる」べきかどうかである。この問題は、ほかの申請などの場合も含めて、課題予算委員会でときどき議論になる。しかし結論は出ないのが現状である。特に申請の選択は、絶対的判断ではなく、その場の相対的判断できまる(予算に限りがあるため避けられない)。それ故すべての申請に対して、申請者に納得の出来る理由を書くことは、時間的にもほとんど不可能に近い。(これは理由 としては最低に近いが、現実としてはもっとも重い)どうすればよいのだろうか? 理由が聞きたい場合は、直接聞くのがよいと私は思う。そうすることによって、ただ単に報告を読むよりは、得られるものが多いのではないだろうか。理研外の申請などでは、審査した人と接触するのは、はばかられるかもしれない、しかし理研内での場合には、自由に意見を聞くのがよいと思う。そうすれば思ったより多くの助言が得られるだろう。

結局は、「申請者のめざすものが科学として重要な意味を持つこと」、「それが実際に実行できそうであること」を簡潔に示すことが重要なのである。それに加えて、研究への心 意気が大事にされる。ヒアリングでも本人がおもしろいと思っていることが溢れて来るよ うなものは、評判がよい。もちろんその前に「言ったことはちゃんと最後までやる」とい う信用を勝ち得ておくことが基本ではあるが。

理研は自由で闊達な研究が出来るとよく言われる。しかし、研究員の方々から理事長ファンドを始め、いろいろな審査委員会に対しての意見や要望を聞くことはほとんどなかった。研究者の身近な話題である理事長ファンドについて、意見を聞く機会を得たので、意見交換の提案をこの場を借りて行いたい。自由に意見を出し「良いとこ取り」をしていくの はどうだろうか。Let's Debate!

リニアック研究室  
主任研究員 谷畑勇夫