お知らせ 独立行政法人 理化学研究所
「膜タンパク質の結晶構造解析」に関し、武田薬品と共同研究を開始
- 創薬に役立つ、膜タンパク質の結晶構造解析を目指して -
平成20年4月1日
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長、埼玉県和光市広沢2番1号、以下理研)と武田薬品工業株式会社(長谷川閑史代表取締役社長、大阪府大阪市中央区道修町四丁目1番1号、以下 武田薬品)は、2008年4月から理研 播磨研究所 放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)において、「膜タンパク質※1の結晶構造解析」に関する共同研究を開始しました。
 タンパク質の結晶構造解析は、わが国だけでなく、国際的にも製薬企業における重要な標準技術となっています。しかし、創薬の標的となるタンパク質の半分以上を占める膜タンパク質については、その結晶化が困難なために構造解析がなかなか進みませんでした。本共同研究では、社会から必要とされている創薬研究を通じて人類に貢献する、という考えのもと、理研が大型放射光施設SPring-8※2にて培った膜タンパク質の結晶構造解析技術と、武田薬品の遺伝子・タンパク質工学技術を組み合わせ、それらの相乗効果により創薬に役立つ新たな技術開発を目指します。


経緯

 10万種あるといわれるヒトのタンパク質のうち、膜タンパク質はその約3分の1を占めています。膜タンパク質は、細胞を内と外に区切っている細胞膜にあり、情報や物質の通り道として重要な役割を担っています。膜タンパク質のうち、ホルモンやフェロモン、薬などの生理活性物質と結合することで情報を伝達しているのが受容体です。生物の体は、主に生理活性物質と受容体によって調節されているため、受容体は病気と密接な関わりがあります。ほ乳類の受容体の中でもっとも種類の多いものがGPCR(Gタンパク質共役型受容体)※3ファミリーで、7回膜貫通型※4という特徴的な構造をしています。細胞がインスリンを取り込む反応、我々が光を感じる反応、喘息などのアレルギー反応、HIVが細胞に感染する反応なども、すべてこのGPCRという膜タンパク質の受容体が関与しています。さらに、現在市販されている医薬品の半数以上がGPCRを標的にしているといわれ、最も重要な創薬の標的といえます。GPCRを標的としている医薬品は、向精神薬といった中枢神経系から、内分泌系、循環器、呼吸器、消化器などに至るまで多種多様です。このようにGPCRは、生命科学の基礎研究および実用化を目指す創薬研究の両方において極めて重要度が高いため、世界中の研究機関、製薬メーカーは熾烈な研究競争を行い、その構造解析に挑戦しています。
 これまで立体構造が解析されたGPCRなどの膜貫通型タンパク質は、高等生物に比べ解析が容易な微生物由来のものを含めても、わずか150種程度です。さらにヒト由来のものとなると、2007年に報告されたヒト由来膜貫通型タンパク質の構造※5の5種を加えても10種に満たない状況です。その理由は、膜タンパク質の発現量そのものが非常に少なく、結晶構造解析に必要となる十分な結晶の量と質を確保することが困難なことにあります。同時に膜を貫通したタンパク質の性質上、細胞膜からの抽出や精製作業も容易ではなく、結晶の再現性が低いという実情があります。
 理研放射光科学総合研究センターは、理研が所有する世界最高性能の放射光施設SPring-8を使って、これまで重要な膜タンパク質の結晶構造解析を進めてきました。ワシントン大学と共同で2000年に発表したウシロドプシン※6のタンパク質立体構造は、2007年に新たなGPCRの構造が発表されるまで唯一のGPCRの構造モデルとして利用され、現在までに2,100回以上引用されています。また2007年にはハーバード大学と共同で、膜貫通型タンパク質のひとつである、喘息などのアレルギー反応に関わるヒトLTC4合成酵素の結晶構造解析に成功しています
また、創薬の直接標的になるヒト膜貫通型タンパク質の試料調整方法においても一つの技術革新がありました。2007年以前は、もともと生体中に大量に存在するタンパク質試料を精製して使うしか方法がありませんでした。たとえば、ウシロドプシンの場合は牛の網膜から、ほかの稀少な膜貫通タンパク質の場合もウサギの筋肉やヒトの血液から、といった具合に、生体試料から直接精製したものが用いられていました。しかし、2007年にヒト由来の遺伝子を分裂酵母などの培養細胞に組み込み大量発現精製する、といった組み替え体タンパク質を利用する方法が確立されました。この技術により、ヒト由来膜タンパク質も、大量発現精製して構造解析することができる可能性が広がり、創薬を目指した膜タンパク質研究は新しい時代を迎えています。
理研は、SPring-8を基礎科学研究基盤の強化としての側面ばかりでなく、産業応用基盤として役立てることが社会的ニーズでもあり、重要な使命と考えています。播磨研究所内にはSPring-8に加え、タンパク3000プロジェクト※7によって発現・精製・結晶化などの作業をハイスループットに行うシステムが構築されました。これらの有形資産と研究室に蓄積されたノウハウなどの無形資産を最大限に活用し、社会に貢献していきたいと考えています。
 この度の、理研と武田薬品との「膜タンパク質の結晶構造解析」に関する共同研究では、創薬開発の鍵となる膜タンパク質の結晶構造解析に関する革新的な技術の確立を目指します。


独立行政法人理化学研究所:
独立行政法人理化学研究所は、科学技術(人文科学のみに係るものを除く)に関する試験及び研究などの業務を総合的に行うことにより、科学技術の水準の向上を図ることを目的とし、日本で唯一の自然科学の総合研究所として物理学、工学、化学、生物学、医科学などにおよぶ広い分野で研究を進めています。研究成果を社会に普及させるため、大学や企業との連携による共同研究、受託研究等を実施しているほか、知的財産権の産業界への技術移転を積極的に進めています。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 播磨研究所
研究推進部企画課

Tel: 0791-58-0900 / Fax: 0791-58-0800

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 膜(貫通型)タンパク質
細胞は、細胞膜とよばれる脂質によって外界と隔てられている。膜タンパク質は細胞膜上に存在し様々な機能を担っている。代表的な膜タンパク質の仲間に受容体タンパク質があり、物質の受容や伝達、変換などを担っている。受容体タンパク質の中でも細胞膜を貫通した膜貫通型タンパク質には特に重要なものが多く、ホルモンなどの生理活性物質を受容すると、細胞内へ情報を伝達し、細胞外から細胞内を調節する役割の一端を担っている。他にもゲートとしてイオンなどを通過させたり、細胞同士を接着させたりする仲間がある。膜タンパク質の研究が難しい理由として、発現量が少ないこと、精製法が充分確立していないことが挙げられる。発現量の少なさを解決するため、培養細胞に大量生産させる方法が確立された。精製法に関しては現在も発展途上にある。膜タンパク質の精製は、界面活性剤(洗剤)を使って脂質である細胞膜を壊しつつ、目的の膜タンパク質は壊さずに抽出しなければならない。とりわけGPCRなどの膜貫通型タンパク質は、通常の膜タンパク質以上に非常に不安定な構造をしており、結合する特異的化合物と複合体を作らせたり、タンパク質そのものをタンパク質工学的に安定化させるなど、不安定な動きやすい構造を固定するための工夫が多数必要となる。さらにX線で立体構造を決定するためには結晶化が必要となるが、温度やpHの条件設定に加え、扱いが大変難しい界面活性剤が存在する中で結晶化する必要があり、ほぼ無限に存在する条件の組み合わせの中から最適なものを見つけ出さなければならない。
※2 大型放射光施設SPring-8(スプリングエイト)
理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の大型放射光施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する、細く強力な電磁波のことである。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。SPring-8は日本の先端科学・技術を支える基盤研究施設として、日本国内外の大学・研究所・企業から年間1万4,000人以上が利用している。SPring-8が作り出す放射光は、蓄積リングのエネルギーが世界一高く強力であるばかりでなく、構造解析の困難なタンパク質結晶回折データ採集のために特に重要であるX線安定性を達成したトップアップ運転を2004年以来続けており、世界一安定な放射光を供給し続けている。
※3 GPCR(Gタンパク質共役型受容体)
Gタンパク質はグアニンヌクレオチド結合タンパク質の略称で、セカンドメッセンジャー・カスケードに関連するタンパク質のファミリーである。細胞内の生化学的反応を切り替える「スイッチ」としてグアノシン二リン酸(GDP)をグアノシン三リン酸(GTP)へ替えるためこの名がついている。Gタンパク質を発見・研究したマーティン・ロッドベル(Martin Rodbell)とアルフレッド・ギルマン(Alfred Gilman)は、1994年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。GPCRは、細胞膜を7回貫通する特徴的な構造から7回膜貫通型受容体と呼ばれることもある。細胞外の神経伝達物質やホルモンを受容してそのシグナルを細胞内に伝える際にGタンパク質を介してシグナル伝達が行われる。全タンパク質の中で最大のスーパーファミリーを形成しているも関わらず、そのほとんどの構造はいまだ解明されていない。ただし、構造の決まっているウシロドプシンや、β2アドレナリン受容体、スルメイカロドプシンの構造を見ると基本的な構造は非常に似ている。
※4 7回膜貫通型
ドメインとよばれるポリペプチド鎖が細胞膜を7回貫通する構造をしているため、このようによばれる。代表的なものとして、GPCRがある。
ロドプシンの模式図
※5 2007年に報告されたヒト由来膜貫通型タンパク質の構造
大手製薬メーカーであるメルクが5-リポキシゲナーゼ活性化タンパク質(FLAP)、スタンフォード大学がヒト由来β2アドレナリン受容体(hβ2AR)、ハーバード大学と理研宮野構造生物物理研究室の共同研究グループ、スウェーデンのカロリンスカ大学がそれぞれ独立に同一科学雑誌上へ発表し、2007年は相次いで創薬標的となりうるヒト膜貫通型タンパク質の構造が発表された年になった。
※6 ウシロドプシン
ロドプシンは視覚組織である目の網膜にある視物質で、ウシロドプシンは牛の網膜にある。GPCRという非常に大切なタンパク質の構造であることに加え、生物が光を感知し、電気信号に変わる瞬間の鍵となる物質という点においても非常に意義深い。宮野構造生物物理研究室はサントリー生物有機研究所と共同で、進化的にも興味深いイカロドプシンの結晶構造解析にも最近成功し、発表している(J. Biol. Chem. 2008年6月27日号: Shimamura, et al. 283巻, 17753-17756.)。
※7 タンパク3000プロジェクト
文部科学省が、2002年度からわが国発のゲノム創薬の実現等を目指し、国内の研究機関の能力を結集して、5年間で全基本構造の1/3(約3,000種)以上のタンパク質の構造及びその機能を解析し、特許化まで視野に入れた研究開発を推進することを目的としたプロジェクト。このプロジェクトで理研は、タンパク質の基本構造の網羅的解析プログラムを担当した。

[Go top]
copyright