1. 臨床研究計画の概要
本研究は、独立行政法人理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター網膜再生医療研究開発プロジェクト(高橋政代プロジェクトリーダー)と、公益財団法人先端医療振興財団先端医療センター病院が、神戸市立医療センター中央市民病院の協力・支援の下、共同で計画するもので、患者iPS細胞由来の網膜色素上皮細胞を移植することにより、眼科疾患の一つである滲出型(しんしゅつがた)加齢黄斑変性の治療法の開発を目指すものです。以下に、本臨床研究の計画概要を示します。ただし、これらはあくまで現時点での計画であり、今後変更する可能性がありますのでご注意ください。
1-1. 滲出型加齢黄斑変性とは
光を受容する網膜の中心部には、特に感度が高く視力を担う「黄斑部」と呼ばれる部位があります。網膜は、受容した光を電気信号に変える視細胞を含む感覚網膜(神経性網膜)と、それに寄り添う「網膜色素上皮(RPE)」と呼ばれる組織から構成されます(図1)。RPEは感覚網膜への栄養補給や老廃物の消化を担っているため、その機能が低下すると、視機能を担う感覚網膜の機能も低下してしまいます。
加齢黄斑変性は、加齢に伴ってさまざまな理由で黄斑部の機能が低下する病気ですが、滲出型加齢黄斑変性では、脈絡膜新生血管と呼ばれる異常な血管が生じ、この血管から血しょう成分が滲み出たり、出血したりします(図2)。その結果、RPEやさらには感覚網膜が傷害され、黄斑部の機能が低下します。症状としては、最初は視野の中心部(最も見ようとする部分)で、物が歪んで見えたり、小さく見えたり、暗く見えたりします。視力が急に低下することもあります。重症化して大きな網膜剥離や出血が起こった場合は、さらに広い範囲が見えにくくなることもあります。発症要因はよく分かっていませんが、加齢や炎症、遺伝的要因などによる、RPEの劣化との関連が指摘されています。また、加齢黄斑変性には萎縮型と呼ばれるもう一つのタイプがあり、滲出型と合わせると、国内で50歳以上の方の約1%に見られるといわれています(1998年、2007年、久山町研究)。
1-2. 既存の治療法
新生血管が黄斑部の真ん中(中心窩)に無い場合は、新生血管をレーザーで焼き、障害がそれ以上広がらないようにします。中心窩にある場合には、抗VEGF薬を眼球に注射するのが一般的です。VEGFは、新生血管の発生と発育を促進する因子で、それを阻害する抗VEGF薬が複数承認されています。しかし、これらは新生血管の発生や増殖を抑えるための治療であり、新生血管がすでに存在している部位には、治療後も変性した組織やRPEの障害が残ります。
より根本的な治療のためには、新生血管を取り除くとともに、傷ついたRPEを再建する必要があります。動物実験では、RPE細胞を移植することで視細胞の変性が抑制されることが20年ほど前から報告されています。ヒトの場合、海外では、中絶胎児や提供眼からのRPE細胞の移植が行われています。しかし、日本ではそれらは倫理上・法律上認められていません。また、RPE細胞の他家移植は拒絶反応が強く、うまく生着しないことが報告されています。そこで海外では、患者本人のRPE細胞を網膜の周辺部から採取し、黄斑部に移植することも行われてきましたが、手術に大きなリスクが伴うため、日本ではほとんど行われていません。
1-3. 患者iPS細胞由来RPE細胞の移植
そこで本研究では、患者本人の皮膚細胞から多分化能をもったiPS細胞を作製し、それをRPE細胞に分化させシート状にして網膜の黄斑部に移植することで、痛んだ組織の再生を促し視機能を維持・回復させるという新しい治療法の開発を目指します。
まず、患者の上腕部から直径4ミリ程度の皮膚を採取し、高度に清潔が保たれた細胞培養センター(CPC)で、皮膚組織からiPS細胞を作製します。これをRPE細胞に分化させ、細胞の形態や遺伝子発現を基準に、未分化細胞が混入しないように純化します。さらに、移植に適したシート状に成長させ、その品質・安全性確認を行います(図3)。皮膚を採取してからRPEシートが完成するまでに約10カ月かかります。
このようにして作製したRPEシートを、網膜下の新生血管を取り除いた後、移植用器具を用いて網膜下へ移植します(図4)。手術後1年間は、毎月または2カ月に一度、視力検査、眼底検査、画像診断などの検査を行います。その後も年に1度、合計4年間経過観察を行い、安全性の確認や視機能に対する有効性の評価を行います。また、患者の任意でより長期に渡って経過観察を続けます。
1-4. 移植後の評価項目
本研究では、iPS細胞由来の細胞を用いた臨床研究の初期段階として、安全性の確認が主な目的です。視力の大幅な改善といった顕著な治療効果を期待するものではありません。
- 【主要評価項目】
- 治療の安全性として、iPS細胞由来RPEシートの移植に起因する有害事象のうち、特に拒絶反応、腫瘍化、手術に伴う有害事象を評価する。
- 【副次的評価項目】
- 治療の安全性(その他の有害事象)と、有効性(網膜浮腫の改善、網膜感度、視力など)を評価する。
1-5. 対象となる患者
臨床研究の実施決定後、以下の基準に基づいて患者を選定します。患者の募集方法は未定です。
- 【対象疾患】
- 滲出型加齢黄斑変性
- 【目標症例数】
- 6症例(6名)
- 【適格基準】
- 既存の標準治療で滲出性変化が残存するもしくは再発を繰り返す患者。その他、選択基準および除外基準に基づいて患者を選定。
1-6. 臨床研究の流れと実施体制
これまで、主に理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター(CDB)において、本臨床研究の実施に向けた基礎研究、前臨床研究を行ってきました。臨床研究では、先端医療センター病院が患者からの皮膚細胞の採取、RPEシートの移植を行います。理化学研究所は研究全体の管理を行うとともに、患者から採取した皮膚細胞からのiPS細胞の作製、iPS細胞からのRPEシートの作製を行います(図5)。
1-7. 中央市民病院による協力・支援
本臨床研究では、対象患者の選定や検査の一部、術中術後の緊急時対応は、神戸市立医療センター中央市民病院の協力・支援の下に行われます(図5)。
2.前臨床研究(安全性試験)について
iPS細胞由来細胞の移植において懸念される点である腫瘍形成については、これまでにマウスやラット、サルを用いた三次に渡る安全性試験を重ねてきました。その結果、いずれの試験でもiPS細胞由来RPE細胞から腫瘍は発生しないことを確認しています。
(1)一次安全性試験(免疫不全マウスを用いた造腫瘍性試験)
腫瘍形成を促進するマトリゲルに懸濁したiPS細胞由来RPE細胞を57匹の免疫不全マウスに皮下移植し、6~7カ月後に剖検して移植細胞の造腫瘍性を評価しました。その結果、いずれの場合も腫瘍形成は見られませんでした。実際の臨床研究では、プラスミドベクターを用いた遺伝子導入によりiPS細胞を作製しますが、この一次試験では、より造腫瘍リスクが高いと考えられるレトロウイルスベクターを用いてiPS細胞を樹立しています。
(2)二次安全性試験(免疫不全マウスを用いた造腫瘍性試験)
臨床研究で用いるのとは一部異なるプラスミドベクターを用いてiPS細胞由来RPE細胞を作製し、18匹の免疫不全マウスにマトリゲル有り・無しの条件で皮下移植しました。この結果、移植したRPE細胞が腫瘍を形成することは無く、プラスミドを用いて樹立したiPS細胞由来のRPE細胞に造腫瘍性が無いことを確認しました。
(3)三次安全性試験(免疫不全マウスを用いた造腫瘍性試験)
臨床研究で使用するのと同じプラスミドベクターを用いて樹立したiPS細胞より作製したRPE細胞の安全性試験を実施しました。27匹の免疫不全マウスへiPS細胞由来RPE細胞を皮下移植し、6か月以上観察した結果、腫瘍形成は確認されませんでした。なお、三次試験に使用したRPE細胞から作製したRPEシートでは、RPE細胞に加え間質細胞様細胞の混在が見られました。間質細胞様細胞は生体内のRPEでも見られますが、万全を期すために、この間質細胞様細胞に対する造腫瘍試験も行ないました。その結果、造腫瘍性は確認されませんでした。
これらの結果から、移植する細胞の安全性は十分に確保できると判断しますが、現在、三次試験の時より長い培養期間を経て作製したiPS細胞に由来するRPE細胞の造腫瘍性を確認する四次試験も行っています。一般的に、継代を重ねて培養期間を延ばすことで、より均質なiPS細胞ができると考えられています。臨床研究における実際の移植は、この四次試験の結果が確認されてから行います。
3.臨床研究計画を妥当と判断する理由
iPS細胞から作製したRPE細胞は、その形態や遺伝子発現、分泌因子、貪食機能の面などから、生体由来のものと同様の機能を有していると考えられます。これまでに、iPS細胞由来RPE細胞をRPE障害モデルラットの網膜下に移植したところ、移植部の視細胞が維持され、iPS細胞由来RPE細胞が生体内で機能することを確認しています。また、iPS細胞由来RPEシートをサル網膜下に自家移植したところ、半年以上生着し続けることを確認しています。
RPE細胞はその形態的な特徴(茶色い色素や多角形の形状)から識別・純化が容易であり、他の臓器と比べて移植に必要な細胞も少量で済みます。さらに、目は外部から観察しやすい器官であるため、万が一何らかの異常が起きた場合、網膜断層画像検査(OCT)などで早期に異常を発見でき、腫瘍化した場合にはレーザーで除去するなど、速やかな対応が可能です。
これらの有利な点に加え、一連の安全性試験において腫瘍形成は見られず、造腫瘍性は極めて低いことを確認したことから、研究責任者が本臨床研究の計画を妥当と判断しました。
4.倫理委員会による審査について
これまでに、本臨床研究の実施予定機関である理化学研究所のトランスレーショナルリサーチ(TR)倫理審査委員会(2012年10月29日、11月19日開催)で、本研究計画が適正と判断されました。また、同じく実施予定機関である先端医療振興財団先端医療センターの再生医療審査委員会(2012年11月21日、12月19日、2013年2月13日開催)により、本研究計画が承認(条件付き)されました(図6)。なお、再生医療審査委員会で示された条件については、以下の通り対応いたします。
- (条件1)
- 四次安全性試験について、最終結果が得られ次第、当委員会に報告すること。
⇒条件の通り、四次安全性試験の結果が得られ次第報告します。
- (条件2)
- 当委員会におけるこれまでの審査経過を、理化学研究所TR倫理審査委員会に報告すること。
⇒条件の通り、理研TR倫理審査委員会に報告済みです。
- (条件3)
- 同意説明文書の文言を若干修正すること。
⇒条件の通り、移植したiPS細胞由来RPEシートに起因する腫瘍形成の可能性を完全には排除できない旨、患者向けの同意説明文書に記載済みです。
5.今後の流れ
厚生労働省による「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針」に基づく審査を経て、理化学研究所と先端医療振興財団先端医療センターのそれぞれの研究機関の長が実施の可否を判断します(図6)。実施決定後は速やかに臨床研究を開始する予定ですが、患者への細胞移植は、開始の時点から早くても10カ月後以降になる見通しです。