要旨
理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、複数種の放射性薬剤を同時に可視化する半導体コンプトンカメラ「GREI(グレイ)」[1]を改良した「GREI-Ⅱ」を開発し、生体内のタンパク質とミネラル(必須金属元素)の振る舞いを体の外から高い解像度で同時に観察することに成功しました。これは、理研ライフサイエンス技術基盤研究センター(渡辺恭良センター長)次世代イメージング研究チームの榎本秀一チームリーダー(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科教授兼任)、本村信治副チームリーダーらの研究チームによる成果です。
体内に微量に存在する必須金属元素には、必須栄養素として働くものが知られており、シグナル伝達や特定の分子が担う機能に重要な役割を果たしています。ミネラル欠乏や細胞のがん化など生体に何らか異常があると、必須金属元素とその関連分子に同時に変化が現れることが考えられます。
研究チームは2008年、生体に投与した複数の放射性薬剤を、生きたままの状態で体外から同時に観察するGREIの原理実証に成功しました。しかし当時の性能では、医療現場で一般的に使われているPET(陽電子放射断層画像法)[2]用のプローブ(陽電子放出核種)と、亜鉛など必須金属元素を検出するための放射性同位体(ガンマ線放出核種)を同時に投与しても、検出感度が悪くデータ処理速度も遅かったため両方を明瞭に識別することが困難でした。
今回新たに開発したGREI-Ⅱでは、ガンマ線の検出感度を向上させると同時に検出データの処理法を改良し、従来は12時間かけなければ得られなかった画像を1時間で得られるようになりました。実証実験として、3種類のがん細胞株を移植したマウスに、特定のがん細胞を認識するPETプローブと亜鉛の放射性同位体を同時に投与して、11時間の連続撮像を行いました。その結果、PETプローブは特定のがん細胞を移植した部位へ、亜鉛は肝臓への集積を識別し、高い画質で可視化することに成功しました。さまざまなタンパク質とミネラルの挙動を同時に観察することで、これまで解明されていなかった疾患の原因に迫る新たな切り口を得ることが期待できます。
本研究成果は、英国の科学雑誌『Journal of Analytical Atomic Spectrometry』オンライン版に近く掲載されます。
背景
生きたままの個体を傷つけること無く、外部から生体内のタンパク質など分子の状態を可視化する分子イメージング技術は、疾患に関する定量的・客観的な指標を得る有力な手法であり、がんや認知症などの早期診断や根本治療に道を開く技術として期待が寄せられています。特に、放射性同位体の一種である陽電子放出核種11Cや18Fなどで標識した分子プローブを用いるPETは、感度や定量性に優れた分子イメージング技術であり、さまざまな低分子化合物やタンパク質の分子動態を追跡する臨床応用が進んでいます。
一方、生命活動に必要な機能を維持するためには、必須栄養素である亜鉛やカルシウムなどのミネラル(必須金属元素)が必要であることが知られています。例えば体内で微量にしか存在しない必須金属元素には、シグナル伝達や特定の分子が担う機能の調節に重要な役割を果たすものがあります。研究チームは、これらの生体微量元素の働きを網羅的に分析する「マルチトレーサー法[3]」の開発・利用展開にいち早く取り組み、現在は「メタロミクス[4]」と呼ばれる研究分野の創成にも貢献してきました。
研究チームは2008年、独自に開発したガンマ線イメージング装置である半導体コンプトンカメラ「GREI」を用いて、3種の放射性薬剤を生きたマウスに同時投与し撮像実験を行いました。その結果、薬剤が体内でリアルタイムに動く様子を確認でき、明確な画像でそれぞれ異なる挙動を示すことに世界で初めて成功しました(2008年7月3日理研プレスリリース)。GREIは、検出可能なガンマ線のエネルギー(波長)の範囲が他の放射線画像法に比べて格段に広く、その波長を識別して可視化できるのが特徴です。これにより、特定の分子に対するPETプローブと、必須金属元素を検出するための放射性同位体を同時に生体に投与し撮像して、その分子の状態と必須金属元素の挙動の関連性を正確な画像で調べることが理論的に可能となります。これらの成果や知見を基に、研究チームは分子イメージング技術と生体微量元素分析を融合した新しい研究領域を開拓してきました。
しかし当時のGREI(GREI-Ⅰ)では、PETプローブとその他の放射性同位体を同時に投与した撮像実験では、両者を明瞭に識別できませんでした。PETプローブに用いられる陽電子放出核種は半減期の短いものが多く、ある程度長時間の観察をするには、初期の投与量を十分に増やす必要があります。その結果、特に撮像開始直後のPETのシグナル強度が高くなり、不感時間(装置が処理を行っている間検出ができなくなる時間)が顕著に増加するため、同時に投与した放射性同位体の検出を妨げていました。
研究手法と成果
研究チームは、GREIの性能を向上させた「GREI-Ⅱ」を開発しました。新たな装置では、GREIの撮像ヘッド部であるゲルマニウム半導体検出器のガンマ線検出感度が2.3倍に向上しました。また検出データの転送速度を高速化することで、ガンマ線を1度検出する度に生じる不感時間を従来の600マイクロ秒から90マイクロ秒以下にまで短縮できました。その結果GREI-Ⅱでは、GREI-Ⅰと同等の画質を得るために必要な撮像時間を10分の1以下に短縮でき、同じ撮像時間ではGREI-Ⅰよりノイズの少ない高品質の画像を得られるようになりました(図1)。
次にGREI-Ⅱの実証実験として、がん細胞を移植したマウスの撮像実験を行いました。3種類のがん細胞株(A431、4T1およびC6)を移植したマウスに、PETプローブとして64Cu標識した抗HER2抗体[5]と、必須金属元素の放射性同位体である65Znの塩化物溶液を同時に投与し、11時間の連続撮像を行いました。事前の検査で、A431にだけHER2タンパク質が高発現することを確認していたため、投与した抗HER2抗体がA431の腫瘍部位だけに集積することが期待されました。撮像実験の結果、A431移植部位にPETプローブだけが集積し、肝臓へは65Znの集積する様子を同時に可視化することに成功しました(図2)。これらの移植細胞、臓器への集積は、撮像後に組織ごとの放射能を測定することでも確認できました。
今後の期待
疾患の原因となるような分子の異常が生じると、その分子の機能を調節している必須金属元素の挙動にも変化が生じている可能性がありますが、従来のイメージング技術ではこれらの生体内の変化を同時に捉えることは不可能でした。GREI-Ⅱは、ミネラル欠乏症など生体分子とミネラルが複合的に関与する疾患の病態を究明する新しい切り口を与えることが期待されます。研究チームは、GREI-Ⅱの有効性の検討、さらなる実用性能の向上を図り、創薬・医療に有用なライフサイエンス技術としての実用化を目指します。