要旨
理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、2者が言語コミュニケーションしている時の脳波を同時に計測し解析する手法を確立し、発話リズム[1]が同調[2]すると脳波リズム[3]も同調することを発見しました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)脳リズム情報処理連携ユニットの川崎真弘研究員(現筑波大学システム情報系助教)、神経情報基盤センターの山口陽子センター長らによる研究チームの成果です。
私たちは日常生活で「何となくあの人とはリズムが合う」と感じることがあります。実際に発話や行動などのリズムが無意識に合うこと(同調)は、手拍子や会話中のうなずきなど、多くのコミュニケーションの場でみられ、社会的にも重要な役割を担っています。しかし、他者との無意識なリズムの同調が脳活動にどう関わるのかは、分かっていませんでした。そこで研究チームは、発話リズムと脳波リズムを2者間で同時に計測できる実験手法を確立し、謎の解明に挑みました。
研究チームは、発話のリズム以外の要素を排除するために、発話内容に意味は無いが相手とのコミュニケーションを必要とする実験課題として、2者が交互にアルファベットを発話する「交互発話課題」を考案しました。この課題を日本人20ペアに行った結果、個々の発話リズムは本来異なるにもかかわらず、2者で交互に発話すると互いの発話リズムが同調することを発見しました。しかし、一定のリズムで発話する機械が相手では、この同調現象は観測できませんでした。さらに、脳波を解析すると、発話リズムが同調するペアほど脳波リズムの同調が強いことも分かりました。
今回の成果は、環境と相互作用して複雑に変化する人間の社会性を脳神経科学の視点から解明することの有効性を示唆しています。今後、コミュニケーション障害の診断・治療の開発や人に相性のよいパートナーロボットの開発など、医学的、工学的応用も期待できます。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金、新学術領域研究(平成21~25年度)「ヘテロ複雑システムによるコミュニケーション理解のための神経機構の解明」および「人とロボットの共生による協創社会の創成」からの助成を受けており、英国のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』(4月22日付け:日本時間4月22日)に掲載されます。
背景
私たちの社会は、個性を持った人々が複雑に関わりあって(コミュニケートして)成り立っています。コミュニケーションの中で、個性と同じように各人の発話や行動などのリズムはバラバラですが、会話中のうなずきやジェスチャーなど無意識に相手とリズムが引き込み合う「同調」が見られます。これまでの心理学的研究によってこの同調は、他者との共感を増すことや協調作業の効率をよくすることなどが知られています。しかし、同調を引き起こすメカニズムや、同調が人間同士(生物同士)のコミュニケーションに特有なものなのかという点については、明らかにされていません。
一方、ジェスチャーなど目に見える行動リズムの同調と同様に、私たちの脳も記憶や思考などの認知機能を実現するために、神経細胞集団がある特定のリズムをもって同調して活動します。これらの同調は脳波リズムとして検出されます。近年の脳研究は、脳波リズムの計測技術の進歩により、コミュニケーションに関係した社会性の研究にまで迫りつつありますが、まだ1個体の脳活動を分析するものが主です。つまり、実際に複数体の無意識な行動の同調には脳個体間の同調が関係するのかどうかなどについては、未解明な部分が多いままです。
これまでに複数体の脳活動を同時に記録した研究はありますが、コミュニケーションにはさまざまな要素が含まれるため、同調だけを評価するためにはそれ以外の要素を排除する必要がありました。特に言語コミュニケーションには、話の内容や文脈などの複雑な要素から発話リズムのような単純な要素まで含まれており、脳活動どころか行動リズムの同調の分析でさえ困難でした。そこで研究チームは、この課題を解決するために(1)注目すべきリズムだけを取り出す実験課題の作成(2)2者間で同時に計測するための測定技術の確立(3)1、2から得られた莫大なデータから意味のあるものを抽出する解析技術の確立に挑みました。
研究手法と成果
まず研究チームは、実験課題として、発話リズム以外の要素をできる限り排除するために、特に発話内容には意味を持たせず、しかし相手とのコミュニケーションを必要とする「交互発話課題」を考案しました。これは、2者がそれぞれ自由なリズムでAからGまでのアルファベットを交互に発声し合う課題で、1被験者が「A」と発声した後、相手は「B」と発声し、被験者は続けて「C」と発声します。この音声データをスペクトログラム(各人の発話時に現れる周波数帯域を特定する方法)を用いて、各被験者の発話時間と発話間隔時間を算出しました(図1)。
両被験者は、ノイズを排除し脳波を正確に測定できる電磁気シールドルーム内にて机を挟んで離れて向かい合って座ります。発話リズムの影響だけを測定するために、実験中は両者の間におかれた透明な仕切りの中心点を注視することで視野に相手の顔を含めた状態で課題を行いました。さらに、被験者にアゴ台にアゴを乗せ、手を机の上に乗せ体を動かさないように指示することで、体の動きをほとんど排除しました(図2左)。脳波の測定には、体の動きによるノイズの影響を受けにくいアクティブ電極を用いて計測しました。こうして、交互発話に関わる脳活動だけを計測できるようにしました。
本研究ではこの交互発話課題を、人間同士で行う条件(図2左)と一定のリズムで発話するようにプログラムされた機械を相手に行う条件(図2右)で行ないました。この2条件を比較すると、私たちの発話リズムがノイズの無い一定のリズムと、人間のようにノイズや変調を含んだリズムとのどちらに引き込まれやすいかを調べることができます。
今回、2名の日本人被験者をペアとした合計20ペアに対して実験した結果、発話リズムは人間同士で行う実験だけで同調することが明らかになりました。また、発話リズムが同調するときに脳波リズムも同調し、特にθ波[4]とα波[4]を含む成分(6~12Hz)が増幅し同調することが分かりました。これらの2者の脳波リズムについて、どこの脳の部位の働きが似ているかの相関解析を行った結果、側頭部と頭頂部の関与が認められました(図3)。さらに興味深いことに、この脳波リズムの相関は、発話リズムの相関が高いペアほど高く、低いペアほど低いという結果を示しました。つまり、2者間の脳波リズムの同調が、発話リズムの同調と密接に関係することを初めて示しました。
今後の期待
今回の結果から私たち人間は、機械のように正確な一定のリズムよりも人間のように不安定なリズムの方に引き込まれやすいということ、また、この無意識な発話リズムの同調が脳活動においても同調することが分かりました。社会認知神経科学では、他者の行動を見てあたかも自分が行動したかのように振る舞うミラーニューロンの発見から、近年では他者の気持ちへの共感にまで踏み込んだ研究が進められています。ただ、こうした研究のほとんどは、他者からの受動的な脳活動の変化を示していました。一方本研究は、さらに2者が能動的かつ受動的に相互に関わり合って行動するときの、脳活動の変化を示した点で、これまで困難だった人間関係の脳活動評価への道を切り開いたといえます。
今後、コミュニケーションにおける行動や感性変化の定量化が可能となれば、コミュニケーション障害の診断ツールや治療方法への応用が期待できます。例えば、現在の高齢化社会において、高齢者と親族(または介護者)の行動リズムにズレが生じることがありますが、脳波リズムを基に発話リズムを相手と合わせることで、両者のコミュニケーションのストレスを軽減できるかもしれません。さらに、個人にとって適した発話リズムを音声リズムに導入することで人と円滑にコミュニケーションが可能になるパートナーとしてのロボットの開発なども期待できます。