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2013年4月18日

理化学研究所

白血病再発の主原因「白血病幹細胞」を標的とした低分子化合物を同定

-急性骨髄性白血病に対する生体内での効果をマウスで確認-

ポイント

  • 白血病幹細胞が発現する分子を狙った低分子化合物の効果を白血病ヒト化マウスで確認
  • 従来の抗がん剤が効きにくいFlt3遺伝子異常を持った悪性度の高い症例に有効
  • 低分子化合物の単剤投与により患者由来の白血病幹細胞と白血病細胞をほぼ死滅

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、ヒトの白血病状態を再現した白血病ヒト化マウス[1]を用いて、従来の抗がん剤が効きにくい白血病幹細胞を含め、ヒト白血病細胞をほぼ死滅させることができる低分子化合物を同定しました。白血病の再発克服・根治を目指す新たな治療薬として期待できます。これは、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長:現 統合生命医科学研究センター 小安 重夫センター長代行)ヒト疾患モデル研究グループの石川文彦グループディレクター、齊藤頼子上級研究員と、創薬・医療技術基盤プログラム(後藤俊男プログラムディレクター)、生命分子システム基盤研究領域(横山茂之領域長、現 横山構造生物学研究室 上席研究員)、国家公務員共済組合連合会虎の門病院血液科(谷口修一部長)との共同研究グループによる成果です。

成人の血液がんである急性骨髄性白血病[2]は、原因となる遺伝子異常によっては再発率が高い血液がんです。このため、再発を防ぎ、根治へと導く治療法の開発が強く望まれています。これまでに研究グループは、白血病再発の主原因となる白血病幹細胞[3]を同定し、どこに残存するか、なぜ再発が起きるのか―などを明らかにするとともに、白血病幹細胞に発現し治療標的となりうる候補分子を同定してきました。

今回研究グループは、同定した候補分子の中から、HCKと呼ばれるリン酸化酵素(キナーゼ)[4]を標的に選び、HCKの酵素活性を最も強く阻害する低分子化合物「RK-20449」を数万の化合物の中から同定しました。RK-20449は、試験管内で患者由来の白血病幹細胞を低濃度で死滅させただけでなく、病態を再現した白血病ヒト化マウスに単剤投与しても白血病幹細胞に対する有効性を示しました。特に、Flt3という遺伝子に異常を持ち、従来の抗がん剤に抵抗性を示す悪性度の高い白血病症例では、数週間、毎日投与するとマウスの末梢血から全てのヒト白血病細胞がなくなり、2カ月後には、骨髄にある白血病幹細胞と白血病細胞のほぼ全てを死滅させることができました。

この成果は、全ての症例ではないものの、急性骨髄性白血病の中でも最も予後不良な症例に対して、幹細胞レベルで白血病細胞を根絶できる新しい治療薬として開発されることが期待できます。

本研究成果は、『Science Translational Medicine』(4月17日号)にオンライン掲載されます。

※なお、今回の研究において、低分子化合物ライブラリーを使わせて頂きましたこと、東京大学・創薬オープンイノベーションセンターに感謝致します。

背景

急性骨髄性白血病は、成人に多い予後不良な悪性の血液疾患で、血液がんの1種です。これまでにさまざまな抗がん剤の開発が進み、寛解(白血病細胞の数が減少し症状が改善)という治療効果をもたらしています。しかし、いったん寛解状態となっても、原因となる遺伝子異常によっては高い確率で再発し、死に至ることもあります。

これまでに研究グループは、患者由来の検体を用いた研究を一貫して行い、白血病再発の原因となる白血病幹細胞やそれが局在する場所を同定し注1)、なぜ白血病幹細胞が抗がん剤に対して抵抗性を示すのかを明らかにする注2)とともに、白血病幹細胞に発現する25種の分子標的を同定注3)してきました。

今回、これらの成果をもとに、白血病幹細胞を死滅させうる分子標的医薬の開発を目指し、薬の候補となる低分子化合物の同定に挑みました。

研究手法と成果

研究グループは、2010年に同定している25種の分子標的の中でも、多数の患者の白血病幹細胞に共通して発現し、特に細胞の生存や増殖に関係すると考えられるリン酸化酵素「HCK」に着目しました。数万の化合物ライブラリーの中から、HCKの酵素活性を最も強く阻害する低分子化合物「RK-20449」を選び、理研の大型放射光施設“SPring-8[5]”などでX線構造解析を行い、HCKとRK-20449が強く結合していることを確認しました。

次に、実際にRK-20449がヒトの白血病幹細胞を死滅させることができるかどうかを評価しました。試験管内では、非常に低濃度から、投与する濃度に依存して患者由来の白血病幹細胞を死滅させることができました(図1)。さらに、白血病状態を再現する白血病ヒト化マウスを作製し、生体内での有効性を評価したところ、特に、Flt3という遺伝子に異常を持ち、従来の抗がん剤に抵抗性を示す悪性度の高い急性骨髄性白血病症例に対して有効でした(図2)。具体的には、数週間にわたってRK-20449を毎日投与すると、マウスの末梢血から全てのヒト白血病細胞がなくなり、2カ月後には、骨髄でも白血病幹細胞を含むほぼ全ての白血病細胞が死滅していました(図3)。

急性骨髄性白血病が発症すると、骨髄では赤血球など正常な血液の産生ができず、貧血(真っ白になった骨髄)に陥ります。同時に脾臓(ひぞう)でも、ヒト白血病細胞が充満し、脾臓の腫大(脾腫)が認められます。従来の抗がん剤を投与しても貧血と脾腫に改善は認められませんでしたが、RK-20449を6日間毎日投与したところ、貧血・脾腫ともに速やかに改善しました。52日間毎日投与し続けたところ末梢血で白血病細胞が再び増加することはなく、骨・脾臓ともに、正常に近い外観を示しました(図4)。

今後の期待

研究グループは、急性骨髄性白血病幹細胞に発現し、治療標的となる候補分子の1つと結合する低分子化合物「RK-20449」を見いだし、実際に白血病ヒト化マウスの生体内で患者由来白血病幹細胞をほぼ全て死滅させることができました。今回の研究の重要な点は①実際に再発している患者由来の検体を用いた検証であること②試験管内だけでなく白血病ヒト化マウスの生体内においても白血病幹細胞をほぼ全て死滅できたこと③急性骨髄性白血病の全ての症例ではないものの、最も悪性度が高いとされる遺伝子異常を持ったタイプに有効であること④白血病幹細胞を含むすべての白血病細胞に効果があること―の4つの課題を達成したことです。この成果は、今後、新たな白血病根治薬の開発に貢献すると期待できます。

原論文情報

  • Saito et al. "A pyrrolo-pyrimidine derivative targets human primary AML stem cells in vivo".
    Science Translational Medicine
    , 2013

発表者

理化学研究所
統合生命医科学研究センター ヒト疾患モデル研究グループ
グループディレクター 石川 文彦(いしかわ ふみひこ)

お問い合わせ先

統合生命医科学研究推進室 金子 明義(かねこ あきよし)
Tel: 045-503-9121 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.白血病ヒト化マウス
    ヒトの免疫・血液システムが生体内でどのように恒常性を維持し、ヒトの病気がどのように発症するかを研究することは、倫理的観点からの問題があった。その制約を克服するために、ヒトの正常免疫系を再現したヒト化マウスが開発された。白血病ヒト化マウスは、このシステムを白血病へ応用し、患者から得られた白血病の根幹となる細胞(白血病幹細胞)を免疫不全マウスに移植して作られたマウス。
  • 2.急性骨髄性白血病
    成人に多い白血病の種類。慢性骨髄性白血病と違い、原因となる遺伝子異常が多岐にわたることから治療薬の開発が困難であり、世界中で再発克服の手段が研究されている。
  • 3.白血病幹細胞
    これまで白血病は、血液のがんであり、単一の白血病細胞のクローン性の増殖と考えられてきた。しかし、同じ患者から得られる白血病細胞にも異なる性質を持つ細胞が存在し、白血病幹細胞こそが、白血病の発症と再発の原因となる細胞であることが分かってきた。
  • 4.リン酸化酵素(キナーゼ)
    リン酸基をほかのシグナル伝達分子に付加する酵素。一般にシグナル伝達系において、リン酸基の付加はシグナルの伝達を意味する。
  • 5.SPring-8
    理研が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設。その運転管理と利用者支援は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて小惑星探査機「はやぶさ」が取得した粒子の解析などの基礎科学からリチウムイオン電池や製薬などの産業利用までの幅広い研究が行われている。
試験管内での薬効の写真

図1 試験管内での薬効

数十nM(ナノモーラー:1nM = 10-9M)という低濃度の段階から、RK-20449の濃度に依存して患者由来白血病幹細胞が死滅することを確認した。

化合物単剤投与による血液中の患者由来白血病細胞の消失の図

図2 化合物単剤投与による血液中の患者由来白血病細胞の消失

生体内での有効性を評価するため、患者由来の白血病幹細胞を用いて作製した白血病ヒト化マウスに、RK-20449を単剤で毎日投与した。投与前には、マウスの末梢血中に多くのヒト白血病細胞が存在していたが、投与1週間後、ヒト白血病細胞は10分の1以下に減少した。RK-20449の効果はその後も継続し、5週間後には、ヒト白血病細胞がマウスの末梢血中から全てなくなった。また、投与中、治療抵抗性を示すヒト白血病細胞の増殖は見られなかった。

治療2ヶ月後、従来の抗がん剤治療との比較写真

図3 治療2ヶ月後、従来の抗がん剤治療との比較

従来の抗がん剤を白血病ヒト化マウスに投与したところ、2カ月後には骨髄内に多くのヒト白血病細胞(褐色)が残存していた。一方、RK-20449投与2カ月後には、ヒト白血病細胞がほぼ全て死滅すると同時に、正常な血液細胞が維持されていた。

化合物投与による骨髄での白血病細胞減少・正常造血回復・脾腫消失の図

図4 化合物投与による骨髄での白血病細胞減少・正常造血回復・脾腫消失

  • 上段:急性骨髄性白血病が発症すると、骨髄では赤血球など正常な血液の産生ができず、貧血(真っ白になった骨髄)になる(中)。脾臓ではヒト白血病細胞が充満し、腫大する(右)。
  • 中段:従来の抗がん剤を投与しても貧血と脾腫に改善は認められない(中、右の上側)。一方、RK-20449を6日間毎日投与すると、貧血・脾腫ともに速やかに改善した(中、右の下側)。
  • 下段:RK-20449を52日間毎日投与すると、骨・脾臓ともに、正常に近い外観を維持した。

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